魔法少女リリカルはにゃーん様   作:沢村十兵衛

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前回出した短編が思ったより好評だったので始めました。
暇潰し程度にどうぞ。


無印編
第1話 はにゃーん様、御転生


そこは寝室だった。

ダブルサイズのベッドが一つと、他には向き合うように置かれた二脚のソファーとその間にある小さなテーブルだけだが、寧ろ余計なものを好まない彼には丁度良い部屋だ。

その寝室のソファーの一つで、バスローブに身を包んだ金髪の青年は片手に琥珀色の液体が入ったグラスを片手に、物憂げな表情で液体の中に浮かぶ氷を見つめている。

 

「人類が、宇宙へ上がっても覇権争いを続けたのは何故だ?」

「……例外に、地球へ居続けた人種がいたから……だろ?」

 

そう言いながら、彼と同じくバスローブ姿の自分は彼の肩に手を乗せる、彼はそれを無視してグラスを見続ける。

 

「ああ、だが足りないな。人類が己のテリトリーを欲しがる社会性を持つ動物だからだ」

「それで、私と共に地球潰しかい?」

「人類全てを宇宙へ上げるには、誰かが業を背負わねばならん」

「そう言って……実はアムロ・レイと決着を着けるのが本当の目的だから笑えるな」

「私は真実ニュータイプでは無いからさ。生の感情が有りすぎる」

 

彼は自嘲してグラスをグイッと傾け、その中身を喉に流した。

自分は黙って膝を着いて、彼と同じぐらいの高さになるとソファーの後ろから彼の首へ腕を回して、彼の喉辺りに自分の頬を押し付けた。

今度は少し驚いたようだった。

 

「いきなりどうした?」

「この戦力差でよくも考え付くな、無謀だよ」

「手足をもがれた百式でお前に勝負を挑んだようにか?」

「集結したネオ・ジオンの艦艇でもロンド・ベルとやり合うのが精一杯だ、お前は……」

「明日は頼む、私は先にアクシズへ先行するから……」

 

そう言って彼は顔をこちらへ向けるとそのまま自分の唇を近付けた……

 

 

「はっ!夢か……チッ」

 

いい気分でいるときに、急にそれを他の要因に強制的に止めさせられた時、心地良い気持ちが急にサーッと引く海の潮のような切ない気持ちに、朝からさせられるのはあまり良いものではない。

せめて持ち主に少しぐらいの融通は利かないのか、と恨めしくピンクのケータイを睨む。

だがそうしていられる程、朝はのんびり出来ないのはどの時代も同じで、彼女も直ぐにお気に入りのピンクと白のパジャマを脱ぎ捨てると小学校の制服に着替え、洗面所で髪をリボンでツインテールに可愛く結んでリビングルームにトタトタと向かう。

 

「おはよー」

「おはよう、なのは」

 

私は、人は死んだ瞬間に無に帰るか、それとも意思だけが永遠に現世とあの世の狭間をさまよい続けると思っていた。

特に俗物の数倍意思の強いニュータイプは、死んでもその意思だけは永遠に生き続け、生者を見守り、時には力を貸す……

私もそうなるつもりだった。

死んでもシャアやジュドーの事を永遠に見守り続けるつもりだったが……

どういった訳か、私は私で居た頃の記憶を持って、この子どもに生まれ変わってしまった。

初めは無論、取り乱し、何度となく親と兄姉の手を焼かせてしまった。

けれど、これは人生をたった二十数年で棒に振った私にとってまたとないチャンスだ、しがらみから解放され、奔放な、本来の私が望んだ人生を歩める。

シャアやジュドーが居ないのは未練だが……

今度こそ、幸せな家庭をモノにしてみせる!

 

「う~ん、やっぱり桃子の料理は何時も美味しいなぁ」

「あらやだ、士郎さんったら~」

 

元の私の家族といえばマハラジャ・カーン、ザビ家に媚びを売るため姉を差し出したアクシズの指導者だ。

そういう意味では今の両親はかなり良心的な親といえる。顔を見る度新婚生活をしている所を除けば……

いいや!私だって昔はシャアとイチャついて、その頃二歳だったミネバ様もおられたので、充分新婚生活はしていた……ハズだ。

シャアが偵察に出た後、シャアの意を汲んで私情を挟まずミネバ様を利用さえしなければ……

あの会談は成立してジャミトフなどいう老害は直ぐにでも抹殺し、シロッコとかいう頭に輪っか着けた変人は木星に送り返し、連邦を建て直した後はシャアとミネバ様とで地球の何処か静かな所へ隠居し、質素ながら幸せな家庭を築けたモノを……!!

 

「なのは?何処か具合でも悪いのか?」

「ン……何でもないよおにーちゃん、大丈夫」

「そうか……なら良いが……」

 

そういえば、イチャついているといえば私の兄は、シャアのように無自覚に女を寄せ付ける男だった。

 

「美由希、リボン曲がってるぞ」

「あっ、ありがとう恭ちゃん……」

 

忍とかいう女がいながら妹を魅了して……

自分の見識では、既にひい、ふう、みい……五人の女から好意を向けられている筈だ。

背中を斬られないよう注意するのだな兄上……

ちなみに私も、実の兄である以上、好意は向けている。

ラブではなくライクだがな。

俗物の諸君は勘違いせぬようにしろ。

生きていればチャンスはやってくる、シャアを失って途方に暮れた私の前にジュドー・アーシタが現れたように。

その時までは……この高町なのは耐えてみせるさ!!

 

「行ってきまーす」

「はい行ってらっしゃい」

 

朝食を食べ終えたなのはは元気よく家を出てバスの停車場まで走る。

普通の公立小学校ではなく、私立校に通っているので歩くのは家からバスの停車場までの短い距離なので非常に有り難い。

殊に今の自分は運動神経がガザC並なので少し走った程度でも息切れを起こす、それを自覚して家からバス停までの間は走るよう心掛けているのだが、なかなか成果は見られない現状だ。

 

「シャアのようには……いかないか……グフッ」

 

と、虫の息でいるとき、予想した時刻になってバスがやってきて目の前で止まる。なのははおぼつかない足取りでバスへ乗り込み、蚊の鳴くようなか細い声で運転手に挨拶して、友人達のいる奥へ進んだ。

 

「おはようなのは、相変わらず死にかけね」

「無茶はダメだよなのはちゃん」

「おはよう……アリサちゃんにすずかちゃん……」

『こんな体でなければこんな醜態も晒さずに済むというもの……!』

 

表面上は小学三年生でも中身は三十路近い女傑なので、やはり子どもに同情されても嬉しくはないが、二人とも気の合う人間なので嫌いではない。

環境が違えば態度や言動も変わるのか、嘗てはどんな人物と話すときも隙を見せず絶えず見下していたというのに、この人生を歩んでから彼女は一切そういう気が起こらなくなった。これも親の愛情の賜物というべきか……

何はともあれ、なのはと気の合う二人はバスへ揺られて、有名私立校まで送られるのであった。

 

* * *

 

「そしてここで……」

『……やはり退屈だ……』

 

第二の人生を歩んだ彼女にとって、授業程退屈なものはない。

彼女は十代の内にアクシズの指導者に抜擢された才女、そこらの人間とは頭の構造が違うような人間だ。

当然、小学で習う程度の学問はミネバのお守りをしている間に皇室警護官を勤めていたシャアに全て教わり、帝王学や戦闘技術も彼から学んだ。

それでも授業を真面目に受けているのは大勢の子どもに紛れて一人の教師から知識を授かるという風景が新鮮だったから、それに将来家庭を持ったときこの経験は必ず役に立つ。

 

『もしシャアと手を組んで、ミネバ様には地球の一般大衆と共に学問を受けていただいたらどうなったか……』

 

まず間違いなくシャアはミネバ様の送り迎えをするだろう。

ある日、寝坊したシャアが慌てて朝食を食べるのを笑いながら見る私と、早く学校に行こうとシャアの袖を引っ張るミネバ様……

そこで私が今日は私がお送りしますと言って、咽せながらも止めようとするシャアの手を振り払いミネバ様と共に学校へ……

校門の辺りでミネバ様を下ろし、学校へ走っていくミネバ様を見送る私……

と、そこでようやくやってきたシャアは、何故起こしてくれなかったのかと詰め寄り、私はシャアに「ふふん、赤い彗星が朝寝坊とは堕ちたものだ」と得意げな顔で一言。

ええい、何だ何だと騒ぐシャアに此処では人目があると言ってひとまずは家に帰らせ、玄関に入るやまた騒ぎだすシャアになら、仕事仕事と言って夜中まで仕事をするな。私も手の合いてる時間は内職ぐらいするさ、と耳元で囁きシャアはハッとした表情で私を見る。

驚く顔を見せるシャアに私はすかさず「夫を支えるのが妻と言うものだろ?少しは相談でもしたらどうだ」と呆れ顔で言えば、私の言葉に感激したシャアは……

 

「じゃあ、この問題はなのはさん!」

「はい、答えは3xです」

「はい正解です!なのはさんに拍手~!」

「やるわねなのは……」

「すご~い、私も見習わないと」

「ありがとうアリサちゃん、すずかちゃん」

『ええい、私の邪魔をするな俗物め!』

 

しかし、この脈絡もなく急に問題の解答者に指名される制度は考え物だ……教育委員会には改正させる必要がある……

 

はにゃーん様の理想の家庭はまだまだ遠い……


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