絶望と悲観に暮れるフェイト達の前に現れた一匹のフェレット。
散々自分達を痛ぶってきた白いヤツの使い魔は興味なさげに部屋を見回しながら私達の所へと歩いてくる。
アルフが牙を剥いて人質にしてやろうかと脅しを掛けると、小さなフェレットは愛くるしい顔を横に振って私達に悪くない話しがあると言ってきた。
「何だい、悪くない話したぁ?」
「一つ目、なのは様……君達の言う白いヤツはこの件から手を引くことを御決断なされた、つまりもう戦場には出てこないということだ」
「へへぇ、そりゃ良いねぇ。出来れば引退ついでに餞別としてジュエル・シードも欲しいんだがね」
牙を剥いたままのアルフが慎重にユーノとの間合いを詰めながら言う、するとユーノの周囲に緑色の魔法陣が現れ、フェイトもアルフも遂に本音を見せたか、と臨戦態勢に入った。
「二つ目、なのは様は君達にジュエル・シード十二個、渡してもいいと言っている」
しかしユーノの口から出てくるのはまさに予想外の言葉。
フェイト達が真偽を計りかねている間に、ユーノの魔法陣からは十二個もの青く輝く宝石を浮かび上がり、それらは全てフェイト達の目の前にバラバラと落ちて転がった。
「なのは様は到着の遅れた時空管理局を快く思われていない、なのでちょっとした意趣返しに困らせてやろう、と君達に協力する気になられたのだ」
傲然とした態度でそのように語るユーノ、アルフはジリジリと引き下がりさっきから床に散らばったジュエル・シードに目が行きっぱなしの哀れな一般庶民フェイトに耳打ちする。
「どうするフェイト……あの白いヤツ何をたくらんでるか……」
「でも……これだけ持って行けばきっと母さんも喜んでくれる……!」
「そりゃきっとそうだろうけどさぁ……時空管理局が出てきたんだよ?」
「大丈夫、きっと母さんには何か考えがあるんだよ……本当にこれ全部良いの?」
「煮るなり焼くなりお好きに」
「やった!早く母さんの所行くよアルフ!」
「まぁ、ウチのお姫様が喜んでるならそれでいいか……」
不安はあるけれど、久しく嬉しそうな表情を見せるフェイトを見て、逃げたところでどうせ捕まるなら……とアルフはそれ以上口にするのを止め、小走りに屋上へと向かうフェイトの後を追いかけた。
「こないだ言ったことが解ってくれたのね……母さん嬉しいわ」
急遽フェイトの母親の居城へと戻り、早速プレシアにユーノから受け取った十二個のジュエル・シードを見せるや、予想通りプレシアは能面のような表情を崩し、フェイトへと微笑んだ。
そして更に優しく頭を撫でるというサービス付きだ、その時のフェイトの喜びようは言うまでもない。
『フェイトを散々痛ぶってきてよく言うよ……』
離れた距離でその光景を指をくわえて見届けるアルフはそう心の中でプレシアの事を罵る。
だが、これでフェイトもまともに食事を取るだろうし、今フェイトが喜んでいるならそれが自分にとって最もの幸福だ。
「今日はゆっくり休んで行きなさい……疲れてるでしょう……?」
「はい、母さん」
* * *
「よろしかったのですか?これで手元に残ったのはたった二個ですが……」
はにゃーん様の御自宅へと戻ったユーノは食事をとる間も惜しんで、私室でおくつろぎなさっているはにゃーん様の御前へと参上し、フェイトにジュエル・シードを譲渡したことを伝え、無礼を承知の上で何故あのような救いようのない一般庶民に救いの手を差し伸べたのかを訊ねた。
「ああ、傍目にもフェイトは疲弊しきっていたからな……ヤツには残りのジュエル・シード六個確保してもらわねば困るのでな……」
ベッドの上で足をパタパタさせながら下ろした御髪を指でくるくると弄るはにゃーん様は、不適な微笑みをお浮かべになった。
それを見てすっかり鼻の下を伸ばしきったユーノは確信する、これで後十年は戦えると……
* * *
翌日、すっかり実母プレシアの手により骨抜き……もとい十分な休養をしたフェイトは、プレシアに見送られ、後ろ髪引かれる想いでマンションへと戻った。
マンションの屋上へと降り立ったフェイトは空を見上げ、決意を新たにする。
「母さん……私、絶対残りのジュエル・シード集めるから!」
『……あんな疲れ切ったフェイト見るのは嫌だけど……コレもちょっとねぇ……』
「アルフ!行くよ!残りのジュエル・シードの場所は母さんが特定してくれた!」
「へいへい、んじゃあ行きましょ!」
黒衣のバリアジャケットを羽織り、彼女等はマンションを飛び立つ。
最後のジュエル・シードの在り方は海の上、つまり原始的な手段で強制的に発動させる必要があるため、作業は困難を極める……
だが、母プレシアのきょ……寵愛を受けた今のフェイトは絶好調の為、不可能ではなかった。
一方、今日もお可愛らしいはにゃーん様は、ベッドからお起きになられると眠気眼を擦りながらカーテンを開ける、海鳴の空を走る二つの光が海へ向かっていくのをご覧になり御機嫌になられたはにゃーん様は直ぐに着替え、元気に食卓へと向かわれるのであった。
今日は傘を持って行った方が良さそうだ。
そしてもう一方の勢力、今更ノコノコやってきた時空管理局、時空航行艦アースラ艦長のリンディはモーニング・ティーを邪魔されて不快感を露わにしながらブリッジへと入った。
「状況は!どうなってるの!」
「海上で膨大な魔力を感知!」
「例の女の子ね……」
モニターには海上で巨大な魔法陣を形成し、精神統一を計るこの間の黒衣の少女が映っている。
そしてそれと共に周囲から感知される魔力の量が半端じゃないほど膨れ上がる、これは明らかに彼女の限界を超す事だ。
「丁度いい、自滅するか体力を使い果たしたときに捕獲しましょう」
「ええそうね、私のティータイムを邪魔するような輩は容赦しないわ」
「フェイト!やっぱり無理だよ!」
「いいや、行ける!無理というのはそこで諦めるから無理なんだよ、アルフ。だけどそこでやりきればもう無理なんて無い!」
と、すっかり小心者に落ちぶれたアルフに檄を飛ばしつつ、フェイトはバルディッシュの刃を嵐目掛け思いっ切り飛ばす。
フェイトの気合いによって増幅されたアーク・セイバーは放たれるや巨大化し、海上を荒らす嵐の内二つを切り裂き、フェイトはそこからジュエル・シードを二つ掠め取り、手のひらでバルディッシュを回転させ、手の中で暴れるようなエネルギーを放つジュエル・シードを無理やり封印し、バルディッシュへと収容する。
明らかに彼女は以前のフェイトと違っていた。
「さあ!残り四つ!」
「一体……どうしちまったんだい……」
フェイトからみなぎる異常なオーラにアルフは恐怖した。
アルフがぼやぼやしている間にもフェイトは巨大な魔力の刃を形成して残り全ての嵐を叩き切り、ジュエル・シード四つを全て封印した。
「フェイト……」
「そこまでだ!」
「チィ、この間の執務官かい!」
嵐が収まった瞬間、二人の真上から無数の魔力弾と怒声が降り注ぎ、時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンのご登場を二人に告げた。
アルフはとうとう来たか、と張り詰めた面持ちで身構えるが、その主で、本日絶好調なフェイトはつまらなさそうな目でクロノを見る。
ジュエル・シードを全て回収した彼女にとって、クロノは、時空管理局は大事な家族団らんを邪魔する存在、昨晩家族愛を確かめたフェイトにとってそれを邪魔する存在には容赦しない。
「私の、母さんとの一時を邪魔するヤツ……!」
『なんだコイツ……昨日とはまるで雰囲気が違う……』
フェイトの豹変には流石にクロノも気付いた。
だがそれで怖じ気づくようでは執務官は務まらない、彼は愛用のデバイスを構え、そしてフェイトが放った魔力の刃を撃ち落とし、魔力弾を放ちながら叫ぶ。
「これ以上止めろ!ここらで大人しくした方が身のためだぞ!」
「お前に言われる筋合い無い!」
「グゥッ!」
アルフからの攻撃に気を取られて後ろを取られたクロノは背中をバッサリと切り裂かれて墜落する、が、直ぐに持ち直して上昇し、初速の速い照射系の攻撃で先ずはアルフを撃ち抜く。
ついでに動きの速いフェイトには幾つもの魔力弾を放って、一瞬動きを止めた瞬間、本命を放って肩を撃ち抜いた。
だがそれに倒れる今日のフェイトではない、フォトン・ランサーとアーク・セイバーの連撃でクロノの足を止めた瞬間、クロノをバインドで拘束し彼にデバイスを向けた。
「アルフ、彼をお願い」
「な、何をするつもりだ……!」
「黙ってな、チェーン・バインド!」
「ウワッ!」
「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ」
歌唱を始めたフェイトの周囲に幾つもの光の球が浮かび、クロノは嫌な予感がした。
しかしフェイトの歌唱は中断されず、浮かび上がった光の球からは電撃がほとばしる。
「オイ……まさか!」
「バルエル・ザルエル・ブラウゼル。フォトン・ランサーファランクスシフト!」
《Photon Lancer Phalanxes Shift》
その瞬間、クロノは雷の嵐に晒された。
容赦なく貫く雷に既にクロノの意識が途絶えようとも、天神の雷はクロノの肉体を切り裂き、余りの破壊力にアルフのチェーンバインドが砕け、彼は海へ落ちた。
「戻ろう、母さんの所へ……」
「こりゃ戦争だな……」
フェイト等は海へ飲まれたクロノには見向きもせず、街の方へと飛び去る。
管理局へ戦争をふっかけた以上、情けを掛ける必要もないのだ。
はにゃーん様の戦いは終わりを迎えようとしていた……