魔法少女リリカルはにゃーん様   作:沢村十兵衛

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第13話 はにゃーん様、御別れ

時の庭園内は静まり返っていた。

爆発や足音すら聞こえず、生々しい戦場の傷跡を見つけさえしなければフェイトはなのはの言った事は嘘だと決め付けたかもしれない。

動く陰すら見当たらない通路を駆け抜けて、人影を見つけたのはプレシアの私室の扉の前だった。

「アルフ!大丈夫なの!?」

「ン……あぁ、やっと帰ってきたかい。あまりに遅いモンだからすっかり寝ちまったよ……」

「そう……良かった……そこの人は?」

「ああ、怪我を押して飛んできたバカさ。ちょっと捻るだけでこのザマさ」

のっしりと起き上がったアルフはチェーン・バインドで縛り上げたクロノを鼻でちょっと笑って、プレシアの私室の前まで歩いてフェイトを振り返る。

「あの女、たった一人で武装局員を消し炭にしやがった。ちょっと作業が終わるまで一歩も入らせるな、ってさ」

「じゃあやっぱり……母さんはジュエル・シードを全て発動させたんだ」

「何だって!?だから管理局が……でもジュエル・シードを一気に発動させてなにしようってんだい」

「さぁ……そこまでは……」

ジュエル・シードの一つ一つには膨大なエネルギーが内包されているが、ジュエル・シードの数を増やすことによってその成功率は比例する。

プレシアがあれ程までに多くのジュエル・シードを渇望したのは、より確実に自分達を失われた都へと誘う為であった。

しかし反面、それは巨大な次元震を誘発し易く、次元断層を引き起こす可能性も増大する行為でもある。

『でも、ジュエル・シードを発動させる事をあの子は予期しているようだった……。ジュエル・シードの発動が私と、あの子の為になるっていうのはどういうことなんだろう……?』

そう、プレシアの狂気を予期していたような素振りを見せたなのはが何故、自分達の世界を危機に晒してまでジュエル・シードを自分達に譲渡したのか……

* * *

「戦力が私達だけでどうにかなるんですか?」

「ジュエル・シードの発動は中央やや後部の、この場所から確認されているわ。そして発動させたのはSランク魔導士プレシア・テスタロッサ、あの黒衣の少女はその娘と見ていいわ。となると相手の数もこちらと同じぐらい。といえば聞こえは良いわね」

アースラの転送ルームで説明された作戦の概要は、今アースラに残された戦力を揶揄したような内容だった。

イタチ少年はもちろん、艦長職に就いて前線で戦う事は久しいリンディではサポートするのが精一杯で、力押しの作戦で発動を食い止めるのには厳し過ぎる戦力だった。

リンディが特に悲観するような素振りは見せずに淡々と説明をしたのも、絶望的な状況を前に開き直ったようなものだからだ。

「どうにか敵は抑えられたとして、ジュエル・シードの発動は止められるんですか?」

「そうね、タイムリミットはあと五分。ジュエル・シードのエネルギーが臨界に達したら、その時は……」

そう言ってリンディは顔を俯かせた。

そして、神の見えざる手によってシナリオへ事態は傾いている事を思わせるかのように、潜入した庭園内大広間には多数の傀儡兵が配置されていた。

ユーノとリンディのサポートとはにゃーん様のメガ・ディバイン・バスター・ランチャーで一掃したものの、最後の大型タイプを撃破するのに手こずり、残された時間は既に三分を切っていた。

そして、私室前に彼女達はいた。

「プレシア・テスタロッサ!」

「遅かったわね……ジュエル・シードのエネルギーが臨界するまで、もう三分切ってるわよ……?」

「あなたがどうしてこんな事をするかは知らないけど、あなた一人の独善の為に大勢の人が犠牲なるのよ?あなたは何とも感じないの?」

「フフフフフ……この次元世界には同じ様な世界がゴマンとあるわ……一つくらいなによ……?」

「ならばもはや語るまい、ここがお前の死に場所だプレシア・テスタロッサ」

リンディの背後から飛び出したはにゃーん様はプレシア目掛けディバイン・バスターを放ち、その砲弾はプレシアの手によって霧散される。

だがプレシアが砲弾に気を取られたので、はにゃーん様は彼女の背後にファンネル・シューターを滑り込ませることが出来た。

「させない!」

直ぐさまプレシアの後ろに控えていたフェイトがはにゃーん様のフェイクに反応して、ファンネル・シューターにアーク・セイバーを放ち、撃ち落とすまではいかなくとも弾丸の軌道を反らしプレシアは危機を脱した。

「チッ」

「フェイト如きに助けられるなんて……屈辱だわ!」

フェイトに助けられた事に、プレシアは憎悪ともとれる感情を隠しもせず、感情の赴くまま紫電を走らせた。

はにゃーん様は更なるファンネル・シューターを出現させつつ体を捻り、迸る紫電をやり過ごしながらディバイン・バスターを三連射する。

だが三発目を放った瞬間利き腕に違和感を覚え、着地したときにはにゃーん様は片膝を着いてしまった。

回避したはずのプレシアの電撃も、怨念が籠もってか視認できる範囲以上にまで影響を及ぼし、はにゃーん様の左腕を完全に封じ込めたのだ。

「チッ、こんな時に利き腕が……!」

舌打ちしながらはにゃーん様はレイジングハートを持ち替えてファンネル・シューターを再び三人へ放つ。

が、利き腕が痺れてか思うように集中できずファンネルは散漫な挙動をし、これを機とフェイトはバルディッシュをサイズ・フォームに切り換えはにゃーん様へと突進した。

飛び回っているファンネル達は一斉に突進するフェイトへと集うが、それを叩き落として跪いているはにゃーん様へ肉迫する。

遂にはにゃーん様は障壁でフェイトの斬撃を防ぐほか無かった。

ファンネルはそれ一つが意志を持つ弾丸故独自に動くが、素早い動きの標的には追従しきれない欠点がある。

そして一発辺りの威力が低いので初見ならまだしも、その特性を見破ってしまえば見掛け倒しの攻撃にすぎないのだ。

一撃、二撃とバルディッシュと障壁はぶつかる度にスパークを起こし、その余波は容赦なくフェイトを襲いバリア・ジャケットをボロ切れのようになってゆく。

だがフェイトは押し切れば勝てると確信していたので手を緩めるつもりはなかった。

「はにゃーん様!」

少し離れた場所で獣人と化したアルフにと戦うユーノとリンディらも苦戦を強いられていた。

アルフと違い、コレといった攻撃魔法を持たない二人には防御、または捕縛する以外手段はなく、動きの遅いチェーン・バインドでは人外の速さを持つアルフを捕縛できないでいるのだ。

ユーノとリンディ等がアルフに攻め倦ねている間に、フェイトがバルディッシュを叩き付ける障壁には亀裂が走り始める。

「ええい小賢しい!」

守り一辺倒では敗北必須。

ならば負傷を引きずってでも攻勢に出るべしとはにゃーんは自らに檄をいれると同時に、フェイト目掛け凄まじいプレッシャーを押し付けた。

「邪魔はさせんぞ……この私の宿願を果たすため……貴様如きに、やられはせんッ!!」

「な……こ、コレは……」

フェイトに押し付けたプレッシャーは、はにゃーんの意識により凝結し、嘗てのハマーンの愛機キュベレイの形となってフェイトに立ちはだかる。

無論、それはフェイトの錯覚、幻視だろう。

しかしその蜃気楼は無言の恐怖でフェイトを釘付けた。

「何をマヌケな……!真面目になさい!」

「ああっ!?」

だがその光景を、プレシアは怖じ気づいたと判断し、フェイト目掛け紫電の雷を落とし、フェイトは仰け反った。

当然、同士討ちで一瞬動きの止まる戦場をはにゃーんは見逃さず、右手に持ち替えた杖をフェイトの鳩尾へ突き出し、くの字に曲がるフェイトの体へ至近距離から砲撃魔法を唱えた。

「ディバイン・バスター」

「か、母さん……助け」

フェイトの最期の言葉は光に掻き消されていった。

はにゃーんは崩れ落ちるフェイトに目もくれず、正面をキッと睨んだ。

「ちっ、ここまでね……」

はにゃーんの視線の先で、プレシアはあくまでも冷静に、けれども明らかな失望と侮蔑の籠もった声を漏らして杖を掲げ、紫電を走らせて周囲を無差別に破壊してはにゃーんとプレシアの中間点に瓦礫の即席のバリケードを築き上げ、土埃が落ち着かない内に奥の間へと退いた。

「逃がすか」

「待て!」

はにゃーんが杖を振るい、ユーノは彼女の盾となって瓦礫を破壊して、プレシアを追って奥へ走り抜け、リンディも彼女達に続いて走り出す。

「フェイト……」

背中から聞こえるアルフの悲しげな声が、不気味なほど大きく庭園の中に響いていた。

* * *

「良くも邪魔てくれるわ……でも、コレで全てお仕舞い」

最深部、プレシアの私室である玉座の間の中央にプレシアと集められたジュエル・シード、そして彼女がいた。

その彼女は、はにゃーん等と激戦を繰り広げていた人物と瓜二つの容姿を持っていたが、明らかな違いがあった。

「プレシア・テスタロッサ、彼女は……」

「私の可愛いアリシア……後少し、後少しで元通りになるからね?」

その光景を目の当たりにして、リンディの顔から血の気が失せていった。

ユーノは全身の毛を逆立てる。

はにゃーんのみ冷めた目つきでプレシアを見ていた。

「後少し……そうすれば、直ぐに目が覚めるからね……?」

プレシアは、とても愛おしそうに、大切な宝物を扱うように大きな試験管の中に浮かぶ少女に話しかけていた。

その少女は……これまで自分達に立ちはだかったフェイトと瓜二つの容姿の持ち主ながらも、既に生気のない人形に過ぎなかった。

「プレシア、その子はもう死んでいるわ……かわいそうだけど」

「違うわ……アリシアは眠っているだけ。だから起こしてあげるだけなのよ」

「いいえ、今わかったわ。アナタがジュエル・シードを欲するのは、ジュエル・シードの願望実現能力を利用してその子を……」

「全く分かってないわね、私の望みは"失われた都"アルハザードへと旅立つ事よ!」

「……どういう事だ?」

リンディとユーノが愕然とする中、ただ一人上手く飲み込めないはにゃーんはソッとリンディにその真意を訊ねる。

「アルハザード、いわばお伽話の世界。そこには多くの失われた技術が眠っていて、死者蘇生さえできる……って伝説だけど……」

「この期に及んで、何ともメルヘンチックな発想だな」

あの娘にしてこの母親ありだな、とどこかマヌケたフェイトを思い浮かべ、はにゃーん様はネジ一本抜けた考え方をするフェイトの母親に冷ややかな目線を向けた。

「何よ!夢の国の何処が可笑しいのよ!」

「その言い方は紛らわしいから止めろ」

「私の望み……アルハザードへアリシアと旅立って、そこで何もかも……あッ!」

プレシアが全てを言い終える事さえまだるっこしい、そう言わんばかりに閃光が奔り、その耳を掠めてガラスポッドを貫通し、揺り籠に眠るアリシアの胸に突き刺さった。

「ああっ何てこと!アリシア!」

プレシアは悲鳴を上げる。

はにゃーん様はプレシアの悲鳴が耳に入る前に、アリシアの胸に突き刺さったファンネル・シューターに命令すした。

果物ナイフのように佇立する閃光は四散する。

アリシアの姿は、その過剰ともいえる炎の中に消えた……

「そんなっ!アリシア!」

我が身を顧みず、プレシアは炎に身体を投じようとするが、はにゃーん様とその他は、阿吽の呼吸と呼べる連携で、プレシアの見動きを封じた。

もっとも、はにゃーん様の思考の片隅にも冷徹な部分があり、そのまま焼死させてしまえば、見え透いた形ではあるが最も楽な形でケリが着くと分かっていた。

そうしなかったのは、せめてもの償いである。

「ああああっ!!いやぁ!」

「……火力は高めに設定しておいた。生命活動が残っていたかは知らんが、骨も粉々になっているだろう」

少し間を置いたのは、はにゃーん様なりのご配慮といえよう。

レイジング・ハートで床を強く突くと、炎は一瞬で鎮火した。

プレシアは拘束されたまま、すすり泣いている。

アリシアのいた箇所には高熱で溶解したガラスポッドの残骸がこびり付いていて、アリシアであったものは見当たらない…

頃合いを見計らって、リンディはプレシアの肩に手を置いた。

抵抗は、なかった。

「人は……いえ、今はそんなことはどうでもいいわね。みんな、行きましょう」

「なんだか、あっけない終わりですね」

「言ってしまえば、いつまでも葬式を挙げない喪主に代わってやっただけだからな。こんなものだ」

正直な所、もう少し場を乱したいのがはにゃーん様の本心であった。なぜならば、はにゃーん様はドサクサに紛れてジュエルシードを頂戴するつもりだったからだ。

しかし……

『プルとプルツーを、この二人に重ねるとは……私も毒されたものだ。アイツに配慮するなんてな……』

今頃、狼娘に介抱してもらっているフェイトを一瞬想いやる。

もしかすると、アリシアもそうされることを望んでいたのだろうか?

至近距離で爆発したはずが、プレシアには火傷一つないのだ。

『ま、どうでもいいか……』

三人はプレシアとやや熱のあるジュエル・シードと共に、帰艦した。

そして間もなく、アルフから自首をしたいという通信が入り、彼女たちが乗艦すると庭園は崩壊していった。

* * *

「本当にありがとうございました」

人気のない公園でリンディとクロノ、そして事の発端のユーノが深々と頭を下げ、はにゃーんは気にするなと手を振る。

「何というか……その、君には驚かされるよ。とても10歳の」

「執務官殿、わたしはまだ9歳でございます」

「ああごめんごめん。とても9歳のやることとは思えないな」

「フフフ……時として感情を吐き出させるよりも、行動に移した方が手っ取り早いことがあります。執務官殿もよく覚えておくと、今後役に立ちましょう……」

ははは、覚えておくよと、朗らかに答えるのがクロノだが、リンディやエイミィは何かを察したのか、引き攣った笑いを見せた。

一団から、フェイトが一歩前へ進み出る。

はにゃーん様は一瞬顔色を窺ってみるが、その色はやや疲労気味というもので、引き摺ったものはみられない。

プレシアは真相を話してないようだ。

「恐らく長くなるだろうが、体を大事にな。もうこんなバカはするなよ」

「はい、ご迷惑おかけしました……あの」

「どうした」

「これからも、友達に、なってくれますか?」

恐る恐るといった様子で訊ねるフェイトに、はにゃーんはふっと微笑んで勿論と返し、涙ぐむフェイトの頭を撫でた。

「そうだ、ユーノ」

自分の胸で泣き出したフェイトを撫でながら、はにゃーんはユーノを呼び、飛び上がったユーノはうわずった声で返事してはにゃーんの前へ出る。

「もうあうこともないだろうからな。今まで助かった、ありがとう」

コレまで我が儘に付き合ってくれてありがとうと微笑んだ。

「ワ、ワ……バンザーイ!」

「……やりすぎたか」

叫び出すユーノにはにゃーんは溜め息を吐きながら、ふと思い出したことがあって少しポケットの中を弄り、少ししてユーノに赤い宝石を差し出した。

「元はといえば、これはユーノの所有物だったな。今までは私が使っていたが、返しておこう」

「あっ、持っていても飾るくらいしかできないので、管理局の方々さえ良ければ、はにゃーん様に……」

言いながらリンディ達の方を顧みると、構わないわ、と返答があった。

「私の身代わりと言っては何ですが、お守りに持っていただけたら……」

「そうか、大切に持っておくよ」

そうした後、まずリンディが一足先に、と言って魔法陣の中に消えた。

それを合図にアルフ、エイミィも魔法陣の中へ消え、フェイトは名残惜しそうにはにゃーんから離れ、リンディ達の所へ戻る。

「そうだ、フェイト、お前とアルフに」

「え?」

振り返ったフェイトは投げ渡された一対のリボンを受け取り、それを見たユーノはフェイトを仇敵のように睨み付けるが、キョトンとリボンを見つめるフェイトは気付かない。

「餞別だ」

「じゃあ私も」

そう言ってフェイトもリボンを解いてはにゃーんへ投げ渡した。

「じゃ、行きましょう。なのはさん、本当にありがとうございました」

最後にもう一度、リンディは頭を下げた。

そして魔法陣が消え、公園にははにゃーんだけが残された。

「さて、これで静かになってしまったな」

ほんのり寂しさを感じる、静まり返った公園。

はにゃーん様はポケットから、残された二つのジュエルシードを取り出した。

旅立つ前、ユーノに命じて魔力は空にさせてある。

「ようやく手に入った、ジュエル・シード……この願望実現機能は興味深い。今すぐには役に立たんだろうが……その人の意思に反応する機能、サイコミュ・システム構築の良い手本となるだろう……」




考えた挙句、なんだか葬式やってやるのが楽だろうという結論に至りました。

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