ユーノなるイタチ少年をお助けになったはにゃーん様は、その翌日から、魔法少女はにゃーん様となってジュエル・シードの回収にご尽力なさり、一週間の内に十ものジュエル・シードを回収なさった。
それは、はにゃーん様の類い希なる能力だけでなく、はにゃーん様の並々ならぬ努力と精神力によってなされた結果である。
そんなユーノなる少年と出会って一週間たった日曜日の朝、はにゃーん様はいつも通りに起床して、父士郎が持つサッカークラブの観戦に行かれた。
はにゃーん様やそのご友人方には、サッカーなどという低俗な競技より乗馬やヴァイオリン等の方が余程教養になるのだが、これも男の性と言うものと納得してご友人方と観戦なさることに決めた。
《ふーん、これがサッカーね》
《たまの休日には悪くないだろ?ま、私には無縁の競技だ》
《じゃあ、どんな競技ならやるのさ》
《パイロット》
《えぇっ!?》
《フッ、冗談だ。乗馬とヴァイオリン、それと料理か……》
《……意外な趣味だね……》
《貴様のような俗物と一緒にされては困る。それに、そうでもしなければ……》
《どうしたの?》
《……少し感傷に浸っていただけだ。おっと、そろそろ決まるか?》
はにゃーん様の読み通り、試合は3-0で父士郎のクラブチームが圧勝で幕を下ろした。キーパーの少年があそこまで奮闘しなければ危うい試合だったかもしれなかった。
その後は、父士郎の翠屋で祝勝会となり、はにゃーん様とご友人方は外のテーブルでケーキをお食べになっていたのだが……
「このフェレット、なんかフェレットっぽくないわよねー」
「うん、お医者さんも、この子はちょっと違うねって言ってたしね」
「にゃはは、そこはまぁ……ね。でもホラ、ユーノ君お手」
「キュッ!」
笑顔で手を差し出すはにゃーん様、しかしその裏では《私の指示通りやれ》とご命令なさっている、それに若干八歳のイタチ少年が反発できるはずもなく、ただただ賢い愛玩ペットの体を振る舞って、大人しくお手をする。
するとその仕草にご友人方は「キャー!可愛い!」と黄色い声援を口々にあげて、ムチャクチャにユーノの頭をなでたり触ったり引っ張ったり……
ユーノは「キューッ!キューッ!」《助けて!痛い痛い!そこは引っ張らないで!ウアァァッ!!》、と悲鳴を暗に上げるのだが、そこでじゃあかわいそうだから、と助けるほどはにゃーん様は慈悲をお持ちになっていない。
男なら、これぐらい切り抜けてこそ、というものだ。
「ご馳走様でした!ありがとうございました!」
『ン……祝勝会が終わったのか……アレはっ!?』
祝勝会を終えて翠屋からゾロゾロと出て行くサッカー少年達の中に、一人バックから何かを取り出しそれをポケットに入れた少年を、はにゃーん様は見た。
少年がポケットに入れたのは、あのジュエル・シード……のように見えた。
だが直ぐ別の少年が前を通り過ぎたのでハッキリとした確証は無いし、プレッシャーもまだ感知されていないので何ともいえない。
だがその後、その少年は待ち合わせていた少女と合流して、仲良く雑踏の中へ紛れてしまった……
『あの二人……男と女か……』
「あー楽しかった、はいなのはこれ」
「キュゥゥゥゥ……」
「アララ、すっかり揉みくちゃだね。えーっとこれから二人は用事があるんだよね」
「うん、私はお姉ちゃんと……で」
「私はお父さんと」
「そ、じゃあここでお別れだね。私も少し用事ができたから」
「バイバーイ!」
手を振って、翠屋から立ち去ってゆくお二人をお見送りし、はにゃーん様はそれまでの年相応の顔付きから一変、真剣な面もちになってテーブルの上で目を回すユーノに話し掛ける。
「さて、行くぞユーノ」
「キュゥゥゥゥ……」
「ボヤボヤするな、時間が惜しい」
役に立たないユーノはポケットに押し込んで、はにゃーん様は駆け出す。
行く先はあの仲良しアベック、悪い予感は何時だって当たるもの。
もしあの少年がジュエル・シードを持っていて、そしてそれで面倒なことを願ったりすればそれはまた厄介なことになる。
特に今回、女と仲良く歩いていて、その二人が恋人同士ならば願う事は只一つだ。
「間に合えよ……!」
* * *
「そこのご両人ちょっと待った!」
えっ、と振り返るとそこにいるはチームのオーナーのご息女。
相当走ったのか額に汗が浮かんでいるが息が切れた様子は全くない。
「えーっとご両人って……」
「そう、あなた方お二人だ。なかなかの仲のようで」
「いやぁそんな事……」
「いやいやご謙遜なさるな、だが貴殿の心には邪がおありのようで……」
「まさか!」
「フフフフフフフフ……貴殿がズボンのポケットの中に入れている綺麗な石がそれを物語っている」
オロオロしだす彼女を横に、少年はコレのことか、とポケットの中からさんさんと輝くジュエル・シードを取り出した。
『やはりな、追って正解だった』
「だけどなぁ!コレがどこが邪だって言うんだ!」
「貴殿はあろう事か隣に立つお嬢さんと添い遂げたいとお考えのようだ」
「えっ!?そうなの?」
はにゃーん様がそう仰られるや、少女の方は目を丸くし、少年の方はギョッとした顔付きになった。
「えっ……ああっ!!なんでそれが」
「顔に出ていれば誰にだってお分かりになりましょう?ですが、それを願掛けするとは見過ごせませんな」
「願掛けして何が悪いんだ!オ、オレは本気なんだぞ!」
そう言って、少年はポケットの中を弄って青い宝石を掲げた。
宝石は日光を反射してキラキラと光が、それ以外に不審な輝きを見せている、そろそろ処置を施さねば危険な証拠だ。
「なんで願っちゃいけないんだ!」
「願うとは、そこ心の何処かに不信不安があるからだ。確信が有る者が神等の類に縋るはずはない」
「当たり前だろ!もしもフラれたりしたら怖いし」
「人間とは不確定な動物だ。どれだけ純粋であろうと、社会のや大人の醜さを見れば嘗ての志を捨てるか、または社会に同調して同じムジナとなる。貴様の行為はそれを認めてるようなものだとお分かりか!」
「そんな……!そんなつもりじゃ…」
少年は青白い顔でブツブツと呟き、それを見た少女が「大丈夫?」と声を掛ける。
そろそろ限界だ。
これ以上長引けばこやつはバケモノになるだろう、とはにゃーん様はお思いになった。
「ならばコソコソ願掛けなどに頼らずその思いを吐き出せ、そのお嬢さんなら受け止められよう」
「あ、ああ……そうだな……そうだ。願掛けなんて情けないよな、ごめんよ」
はにゃーん様の御言葉を聴いて感銘を受けたらしい少年は、何度も頷きながら少女へ頭を下げた。
そして少女が顔を真っ赤にしてアワアワしている内に少年はジュエル・シードをはにゃーん様へ献上し、仲睦まじく帰って行く。
しかしそれを見るはにゃーん様のお顔は穏やかとは程遠いものだった。
『これはジュエル・シードを手に入れるために必要であった、と考えよう。でなければこんな情けないこと……』
並んで帰るアベックを一睨みしてはにゃーん様もご両人に背を向けてもと来た道をたどる。
はにゃーん様の行き場のない苛立ちは冷める事はなかった……