現在時刻は午前3時くらい。
天候は晴れ。月は見えず新月。夜空に星が映える綺麗な晩のこと。
きっとこの時間なら寝ているはず。あれだけ一緒に生活してきたのだ、相手の生活リズムくらいは覚えている。
そおっと、そおっと、抜き足、差し足、忍び足でターゲットまで近づく。
落ち着け、落ち着くんだ俺。相手の家からは一番遠い。きっと大丈夫、大丈夫なはず。
頭ではわかっている。しかし体が言うことを聞かない。
進もうとしない足で進み、震える手を動かす。
そして俺は、ターゲットを掴み一気に引き抜いた。
―――――――――
「ホントに行くの?」
かぐや姫がもう何回目かわからない質問をしてきた。
「ああ、行ってくるよ。ま、大丈夫だって死ぬことはないからさ」
たぶん……
そう言ってから俺は笑った。苦笑いだけど。
「いや、手足震えてるから。それじゃあ説得力皆無だから」
むぅ、仕方ないだろ、だって怖いものは怖いのだ。
できれば行きたくない。行きたくないけれど都中の笑いものになるよりはマシだ。できることは全てやりたい。
そして何より俺が行かなかったら、かぐや姫や翁夫婦にも迷惑をかけそうだし。人間相手に借りを作るのはいいけれど、借りを作られるのは嫌なのだ。
「んじゃあ、行ってくるよ」
そんな言葉を残し、行こうとしたら姫様に止められた。
「はあ!? えっ今から? もう夕方じゃない。例え行くとしても今からっていうのはやめときなさい。本当に危ないわよ?」
「違う、今から行けば暗いうちに花畑に着く。だから今が一番安全なんだ」
「何それ、意味わかんないわよ」
俺を引きとめようとするかぐや姫を説得するが、いつかのように『じゃあ、私もついて行く』とか言い出した。こら、人間は無理しちゃいけません。
ここからは化け物のお話だ。
「こう見えても私、強いのよ?」
「はいはい、そうですねー。姫様は強いですねー」
「もうっ馬鹿にして。ホントに強いのに!」
なんて言っていたけど適当にあしらう。
キャーキャー、ギャーギャーやっているうちに
――もう知らない。勝手にすれば?
と結局、拗ねちゃったけれど行かせてもらえるようになった。
ごめんね。
でも、アイツに姫様と一緒にいるところを見られたら、何されるかわからんもん。何かをされることは確かだと思うけど。
「んじゃあ、行ってきます」
「……いってらっしゃい」
うん、いい感じだ。
よしゃ行きますか。
もう真夜中と言っていい時間だろう。漸く、都から見える山の頂上辺りまで来た。
「紫」
ぽそりと言葉を落とす。
どうせ見ているんだろう? このイベントをアイツが見逃すとは思えないから。
……
…………
…………あれ?
お、おっかしいな~
ま、まあね。こういうこともあるさ、こういうことくらいあるさ。
いや、あれですよ? 『紫』って言ったのはただのクシャミなわけでして。たまたま、あのストーカー妖怪の名前っぽく聞こえただけですよ?
あ~もう、恥ずかし。
「ふふっ。何の用かしら?」
……出てきやがった。やだ、この人ホント意地悪いね。
「き、奇遇だな紫」
「ええ、奇遇ですわね」
紫はまだ笑っている。
もう勘弁してください……
ふぅ――
「お願いがある」
「イヤ、ですわ」
「…………」
内容も聞いてくれないとは、これいかに?
「どうせ『あの妖怪の花畑から花を取ってきてくれ』とでも言うのでしょう? 自分で行きなさいな」
――自業自得ね。
と言ってまた紫は笑った。いや、まぁ、その通りなわけですが……
むぅ、少しだけ期待していたけれど、やっぱりダメだったか。
「はぁ……まぁ、仕方ないか。悪かったな呼び出したりして」
じゃあ紫って何をしに来たんだろうね。
「フフッ、とは言え、貴方と私は友人。少しだけ種を仕掛けておいたわ。ま、頑張ってちょうだい」
――バーイ。
なんて言って紫は消えていった。
少しだけ紫を見直した。
少しだけだけどな!
そして話は冒頭へ――
―――――――――
1、2の3!!
ヒマワリを一気に引き抜いた。
よしっ! 逃げろ! 逃げろ! 逃げるんだッ!!
後ろなんて振り返らない、それほどの覚悟と勇気だ。絶対に俺は生きて帰るぞ。
しかし、踵を返して走り出してすぐ、何かにぶつかった。
「あいたぁ」
んもう。この急いでいる時になんだっていう、の……さ。
「あらあら、こんな時間に泥棒かしら? いえ、こんな時間だからでしょうね。そんな悪い泥棒さんには少しばかりのオシオキが必要ね」
きゃああああああああ!!
叫んだ。
そしてお腹にいいのを一発。
ふぐぅっ……
薄れていく視界。能力を使う暇なんてなかった。自業自得ではあるけれど、ホント上手くいかない人生だ。
「お帰りなさい。赤」
たぶん幽香はそう言っていたと思う。
「起きます」
いや、起きたくなんてないんだけどさ……
目が覚めたら土の中ということはなく、ちゃんと寝床に寝かされていた。
「ふふっ、おはよう赤。そして」
――お帰りなさい。
目が覚めると幽香が側にいて声をかけてきた。
「うん。ただいま。幽香」
「ずいぶんと長い外出だったわね」
と幽香は言って、一枚の紙を持ちピラピラさせた。出て行くときに残していった、あの書置きだろう。
よく残っていたね。たぶん、300年は経っていると思うけど……
「い、いや~、道に迷っちゃってね」
「そうね。赤は私がいないと直ぐに迷っちゃうものね」
終始笑っている幽香が非常に怖い。
そして、そんなことよりも――
「あの~幽香? この左手についている手錠を「イヤ!」……ああ、そうですか」
因みに手錠の先は幽香の右手だ。
「だって、また赤は私を置いて勝手に行っちゃうんでしょう? また私を一人にするんでしょう? そんなの絶対に嫌!」
前科があるだけに何も言い返せない。ホント、申し訳なかったとは思っているんだけどね……
う~ん、なんて言い訳しようかな~なんて考えていると、幽香がはぁ、とため息を一つして言った。
「と言っても、赤が私の言うことを聞かないことくらいわかっているわ」
おっ、お? もしかしてこれは許してもらえるのだろうか?
しかし
――でもね。
と幽香は付け加えてから……
「今日だけは、今日くらいは……」
――全力で甘えてやるんだから。
なんて言って幽香が襲いかかってきた。
抵抗はしなかった。これでも本当に悪かったと思っているのだ。
……はい。
話を進めますよ~。何もありませんでしたよ~
なんちて。
「そう言えば……どうして幽香はあの時間、花畑にいたの?」
隣にいる幽香に訪ねた。作戦は完璧だったと思うんだけどなぁ。そうだというのに、あの場所に幽香がいたのは気になった。
「胡散臭い妖怪が教えてくれたのよ。今日の夜、花畑で面白いことが起きるから起きてろって。言うことを聞くのは癪だったけれど気になったのよ。本当、起きていて良かったわ」
そう言って幽香は笑った。いい笑顔だことで……
こんなことになるなら、普通に取りに来ればよかったな。俺だって幽香のことは、その……まぁ、嫌いじゃないし。
そして胡散臭い妖怪ねぇ……何が種を仕掛けただよ。友達やめようかな。
それから一週間ほどまた一緒に幽香と生活した。
ちょっとばかしのんびりし過ぎちゃいました。そろそろ戻らないとまずいよなぁ。
また絶対帰って来るから。と、なんとか幽香を説得して外出の許可を得ることに。
また、事情を暈しながらもヒマワリが欲しいことを言うと――
「赤ならいくらでも持って行っていいわ。貴方の子でもあるわけだし」
と言われ、実際に大量のヒマワリを持たされた。さらりと夫婦発言をされた気がするけれど、きっと気のせい。
う~ん、どうやって運ぼうかな、なんて考えていたら幽香が『一緒に運んであげる』と言ってきた。
都が火の海になりそうだから丁重にお断りした。幽香はむくれたが。
結局、持っていくヒマワリは3本だけにして、残りは置いていくことにした。
さて、そんじゃ行きますか。
「幽香」
「なあに?」
「行ってきます」
「ふふっ、行ってらっしゃい」
今度の外出は短めにしようと思った。
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