絶賛、キャラ崩壊中!
前回ほどのキャラ崩壊はございません。
しかし冒頭から不幸&鬱展開全開ですので注意してください。
注意:今回は病院ネタ。
でもこんな病院は存在しません(笑)
私の名前はセツコ・オハラ。
何故か高校の密集する地域「エリア」で暮らすごく普通の女です。
突然ですが、私は入院しています。
「エリア」にある私設病院である「カイメラ医院」。
生まれつき体の弱かった私はカイメラ医院に押し込められて、病院から殆ど出た事はありません。
白い天井に固いベッド。同室の他の患者が入れ替わり立ち代り退院していくのを、私は見ているしかできなかった。
体はすっかり成人しているのに……主治医であるアサキム・ドゥーイン先生は退院を許してくれません。治療費がかさむだけの私は家族にとっても厄介者なのでしょう。いつの頃からか両親も面会には来てくれなくなりました。
悲しいです。
寂しいです。
私だけが何故こんな目に会わなければならないのでしょうか? 不幸だわ……私はアサキム先生に退院できない理由を尋ねたことがありました。
「その眼はなんだい?」
アサキム先生は黒衣をなびかせて答えてくれました。
「君に許されるのは闘病を続ける事だけだ。この病院を出て、君が生きていけると思っているのかい? 乙女のスフィアの発動を抑えるためには、君は僕の傍に居るしかないのさ」
スフィア?
アサキム先生の言う事は難しくて、院内学級を卒業した程度の私には理解できない。
でも先生の言っていた事は嘘ではなかった……。
一度、先生の忠告を無視して病院の外へ出た事がある。
「エリア」1のマンモス高校であるジェネ高を覗きにいったのだ。私の通えなかった高校というものを一度は見ておきたかったから……でも、私の帰る場所は病院しかない……結局、夕方には自分のベッドに戻るしかなかった。
看護師のツィーネに怒られた。
味気ない入院生活が戻ってきた。
特に美味しくもなく、栄養バランス第一の夕食が配膳されたとき、私は絶望という言葉の意味を知った。
── 味が……ない。
口に入れて噛んでいる触感はある。しかし味覚を感じない。
私はツィーネに内緒で隠し持っていたお気に入りのドロップを取り出して、舐めてみた。
まるで小さな石ころが口の中で転がっているようだった。
「スフィアが脳の味覚中枢を冒したようだね」
それがアサキム先生の診察だった。
だからスフィアって何? アサキム先生は太極へ至る道と言っていたけど、私には理解できなかった。
「この薬を飲むんだ。症状の進行を抑えられる」
「先生! 私の病気は治らないのでしょうか!」
「ああ」
宣告。
人の希望を刈り取るには十分すぎる言葉。
「僕はこの無限獄から逃れる術を知らない。この世界での君は力を覚醒できずスフィアに喰われて死ぬだろう。しかし転生することもできない。君も僕も『エリア』という檻に捕らわれた、哀れな子羊なのさ」
「先生……なにを言っているのか分かりません……」
「……この病院から出れば、君は必ず不幸になる……そういうことだ」
先生の顔に深い影が差したことを私は覚えている。
それから、私は病院を抜け出そうとしたことはない……そんな気力は沸いてこなかった。
何不自由ない……でも面白みのない病院生活は続いた。
不幸だわ……同室の患者が何度も入れ替わるぐらいの時間が過ぎていた ──……
スパロボ学院 ~OGだよ、全員集合!~
薄幸処女 ~目指せ、栄光の星!~
私の同室の患者たちは少し変わっている。
「うひょひょひょひょ、アイラーヴュ~、セツコちゃん、この汚らしい老人をぶってくだされい」
「嫌です」
同室の老人、ジエー・ベイベルがベットに腰掛けていた私に擦り寄ってきた。
私の病室は4人部屋で、ジエーさんはぎっくり腰で入院してお爺さんです。ナマズみたいな髭と醜悪な風貌をしているけどひょうきんな性格で、事あるごとに私にこう言ってきます。
「女の子に叩かれたいのじゃ!」
一度、軽く頬を叩くフリをしてみたら、顔を赤らめて息を荒げていました。
二度とこのお爺ちゃんの要望には応えることはないと思います。気持ち悪い。
ジエーさんを適当にあしらって遠ざけると、男の人の声が聞こえてきました。
「どうしたトビー! まだ訓練は終わっていないぞ! スクワットをあと100回だ!」
同室の中年男性 ── デンゼル・ハマーが檄を飛ばしていた。
デンゼルさんは高校の体育教師らしく、誰かに指導するのが大好きとのこと。スポコン万歳な熱血中年男性です。
デンゼルさんに檄を飛ばされているのは金髪の青年でした。
病衣を汗まみれにしながら、ヒンズースクワットを続けています。入院しているのに元気な人です。
彼の名前はトビー・ワトソン。最近、私の病室に入ってきた男性です。
「星だ! トビー・ワトソンよ、お前は栄光の星(グローリースター)になるのだ!」
「デンゼルのオッちゃん!」
「栄光の星たち(グローリースターズ)に仲間入りするために、入院中でも鍛錬を欠かしてはいかんぞ!」
「分かったぜオッちゃん! 俺は病気を治して、栄光の星(グローリースター)になってみせるぜ!」
「トビー!」
「オッちゃん!」
デンゼルさんとトビーが汗と涙を振りまきながら抱き合っていた。
とても暑苦しい。私は入院生活しかしていないのでスポーツには疎いのだけど、彼らのやっているのがスポコンなんだろうなぁと思う。
トビーはプロ野球チームの「栄光の星(グローリースター)」を目指しているらしく、努力を重ねていたが病気が見つかった。青天の霹靂だったに違いない。
なんでも心臓の奇形らしい。生まれつき心臓の中にある仕切りに穴が開いている病気だそうだ。外科手術で穴を埋めれば治る病気らしい。
トビーは病気を治すために「カイメラ医院」に入院してきた。
病気に絶望せず、夢のために立ち向かっていく姿は輝いて見えた。カッコイイ、素直にそう思えます。
「あなたたち、なにを騒いでいるのよさ──のよ!」
2人の大声を聞きつけて、看護師のツィーネが部屋に来た。
コメカミに青筋が立っている。怒ると変な口調に変わるツィーネがトビーたちを睨み付けていた。
「病室で騒ぐなって言ったでしょうが! この馬鹿患者ども!」
ツィーネは胸も大きくて美人さん。男性患者から人気を博しているが、怒らせると非常に怖いので基本的に誰も逆らわない。
只一人の人物を除いて、だけど。
「もっと、もっとじゃ! ツィーネちゃん、もっとこの腐れ老人を罵ってくだされぇい!」
「キモいのよ、このクソ虫が! そんなに元気ならさっさと退院しなさいよ!」
「もっともっと! もっとぉ、もっとぉ! MOTTOッ、MOTTOッ!!」
「失せろ、このクソ爺!」
「いやんばかん」
恍惚の表情を浮かべるジエーさん。
ツィーネの注意もジエーさんにだけは一切通用しない。相手をしても喜ぶだけだから、ツィーネにとって厄介極まる存在に違いないだろう。
ヒルのように絡み付いてくるジエーさんを必死に引き剥がしながら、ツィーネは私に言った。
「セツコ、アサキムが呼んでいたわよ!」
「先生が?」
「診察じゃない? アサキムも忙しいから早く行ってあげ ── って離れるのよさ! じゃない、離れなさいよエロ爺!」
生理的にちょっと……というレベルにニヤけた顔をツィーネの胸に押し当てるジエーさん。私がツィーネでなくて良かった。不謹慎だけど本当にそう思う。
アサキム先生の待つ診察室に向かおうと、ベットから足を下ろした。
「なんだセツコ、診察か?」
スクワットを止めたトビーが話しかけてきた。彼の汗と熱気が鼻を突く。男っ気のない私には少し刺激が強すぎる、かな?
私が少し目を逸らすと、
「あ、悪い。少し、臭かったかな?」
「そ、そんなんじゃないですけど……」
トビーは汗だくだから確かに少しにおいは気になるけど、嫌な感じのにおいではない。すえた油のようなにおいならなら私だってお断りだけど、トビーのは気にならなかった。
むしろ気になる。ドキドキする。
トビーはフェイスタオルで汗をふき取っていた。
「俺もシャワーでも浴びてくるかな。あ、そうだセツコ」
「なんですか?」
「アサキム先生に会ったらさ、俺の手術の日程決まったか聞いといてくれよ。俺、早く病気を良くして、全力でトレーニングしたいんだ」
「分かりました。聞いておきますね」
凄いな、トビーは。いつだって前向きだ。手術する事に恐怖を覚えたりしないのだろうか?
私はトビーに挨拶すると病室を出た。
アサキム先生の診察室に向かう。
●
「カイメラ医院」内にあるアサキムの診察室。
アサキム先生は「ブラックなんたら」と揶揄される高名なお医者様だ。
外科手術でメスを握らせたら右に出る者は「エリア」内にはいない。先生の治療を受けるために法外な治療費を払ってまで掛かりたいという人が後を絶たないそうです。
そんな名医が私の主治医。
「特に変わったところはないね?」
「はい、先生」
もう慣れたもので、診察は滞りなく進んでいった。
聴診、触診、レントゲン写真に腹部エコー……変わらない診察メニューが淡々と消化されていく。
診断は健康そのもの……でも私が退院することはできない。
スフィア……原因不明のそれが私の体を徐々に蝕んでいるらしい。自覚症状はない。あるのは味覚が失われたという事実だけ……。
「今日から薬を変えよう。僕が調剤した特製だ」
「先生……それで病気は良くなるんでしょうか?」
「無理、だろうね」
アサキム先生は言い切った。
先生の言葉はいつも切れ味鋭いメスのようだ。まるで私を追い詰める事を楽しんでいるかのよう……先が見えない。この不透明さの苦痛を誰か理解してくれるだろうか?
「セツコ。今の君の魂も、僕の魂にも自由はない。『エリア』に住む全ての人たちは無限獄に縛られている。太極の意志を覆すことはできない。できることは、やがて訪れる不幸を先延ばしにしてやることぐらいだ」
「……夢も希望も……」
答えは何度も聞いた。
帰ってくる言葉は分かっている。
それでも呟かずにはいられない……言葉が変わっていると願いたいから。
そう。希望を捨てきれない私は、きっと、哀れで滑稽なお人形。
「ない」
先生の返答は同じだった。
「僕らが僕らに戻るためには、この世界から旅立たなければならない。しかし、今の僕にその術はない。まさに、籠の中の鳥、だよ。僕の翼は何者かによってもがれてしまったのさ……フフ」
絶望的な結果以外、先生の言葉はいつも抽象的で的を得ていなくて、私には意味を理解する事できません。
籠の中の鳥。
それは私。アサキム先生じゃあない。
アサキム先生は多くの患者さんを救っている。
でも私は無力だ。なにも出来ない。病院から出る事も叶わず……いえ、肉体的に出る事は可能なのだろうけど、その勇気がもう私にはない。
このまま、病院で私の人生は終わりを迎えるのでしょうか……。
「フフフ、笑ってくれセツコ」
先生は天井を見上げ、顔を覆っていた。
「君を壊すことのできない僕を笑ってくれ。『エリア』に捕らわれ、太極を目指せぬこの僕を。無力で小さな、この僕を……」
いいえ、先生。
私は笑ったりしません。
無力なのは私。もし喩えるなら、先生はきっと黒い翼を持った大きな鳥。鎖が無ければ何処までも飛んで行ける漆黒の翼。
でも私には翼なんてない。
飛べない鳥、走れないダチョウ、泳げないペンギン……それが私……。
「今日の診察は終了だ」
「……ありがとうございます、先生」
あぁ……不幸だわ ──……。
●
……ああ、トビーに頼まれていたことを忘れていました。
それを思い出したのは、既に病室に帰ったときだった。
「セツコ、どうだった?」
トビーが訊いてきた。
「ごめんなさいトビー。聞くのを忘れてしまいました」
「そっか。じゃあいいや。悪かったな、頼みごとしちまって」
「い、いえ。私にできることなら何でも言ってください」
私の心は沈んでいたけど、それは出来るだけ表に出さないように勤めました。
微笑をトビーに返す。
トビーに頼られるのは嬉しい。それが単なる雑用だとしても、私にできることは限られている。だから手伝えることが嬉しいというのは、私の心の底からの本心なんだ。
でも私の笑顔は薄っぺらい。
「大丈夫か、セツコ?」
診察で落ち込んでいる事を、あっさりとトビーに見破られてしまっていた。
「またアサキム先生になにか言われたのか?」
「……ううん、大丈夫。いつものことだから、トビーは気にしないで」
私は嘘をつくのが下手なのだろうか?
私の嘘はいつもトビーに見破られてしまう。
心配をかけまいとトビーに笑ってみせた。本当に慣れたことなの……私の入院生活では本当に……日常なの。アサキム先生の宣告は……。
「ほら、まただ」
トビーの眉が歪んでいた。
「どうして無理に笑おうとするんだ? 辛いときは我慢しなくってもいいんだ。セツコは1人じゃねえだろ」
「トビー……」
「困った事があったら俺たちにいつでも相談しろよ。俺たち仲間だろ?」
トビーは白い歯を見せて思い切り笑ってみせた。
明るい、太陽のように眩しい笑顔ね。羨ましい。私も、いつかトビーのように笑えるときが来るのだろうか?
デンゼルさんのように、熱く誰かに接する事ができるようになるだろうか?
ジエーさんのように、自分の事を表出していけるようになるだろうか?
……無理、だ。
私は「カイメラ医院」から出る事はできない。
トビーは仲間だと言ってくれたけど、いつの日かトビーたちはこの病室を去っていき……そして、私はまた1人になる……
「あぁー、もうッ!」
トビーが叫んでいた。
「分かった! セツコ、デートしよう!」
「え、デ、デデ、デート?」
舌が回らない。トビーの突然の提案は私の心を揺るがすには十分すぎた。
トビーに気がある事がばれてしまったの……?
「俺のお気に入りの場所に案内してやる! 誰にも内緒の、俺の秘密の場所だ!」
「え、え……?」
「そこに行けば、暗い気持ちなんてきっと吹っ飛ぶさ! 無理して笑う必要なんてない。一緒に笑おうぜ。心の底からよ!」
トビーは私の手を取って歩き出した。
繋がった手の平から熱が伝わってくる。温かい……この人はなんて温かい人だろう。私なんかのためになにかしてくれようとする。
嬉しかった。私は返事をしなかった。それは無言のYES。
廊下ですれ違う患者さんたちの視線が向けられてくる。顔が熱かった。
夢に向かうトビーもカッコイイけど、強引なトビーも……。
しかし興奮にはすぐに水が差された。
「ト、トビー、病院の外に出ちゃ駄目だよ」
「いいから」
「で、でも……!」
私はここから出たら不幸になる。
味覚は無くなった。次に外に出れば、どうなるかなんて分からない。
「いいか、セツコ」
トビーがこちらを振りむいた。顔が近くて、気恥ずかしく思わず顔を背けてしまう。
「どんな病気だって、気持ちが負けてちゃ良くなるはずがない。今のお前に必要なのは薬や最新の施設なんかじゃない。きっと、心の支えになり得る、楽しい記憶や思い出だと思うんだ」
楽しい、思い出。
これまでの人生を振り返る。
いいことなんて無かった。不幸なだけの生活で、思えば他人や世界を恨まず生きてきた事が不思議な位に、私の胸の中は空っぽだ……。
なにごともない日々を繰り返すだけの日々。
喩えるなら私は静かな水溜りで、トビーは水溜りに投げ込まれる小さな石なのかもしれない。
彼の言葉に私の心は揺らいでいく。
「それに俺はセツコの笑顔が見たい」
「トビー……」
「行こうぜ!」
「うん……!」
私はトビーと一緒に病院を抜け出した ──……
── 案内されたのは、山の上にある展望台だった。
ジェネ高の裏山にひっそりと佇む人気のない展望台。
山肌に人の手が加わった平地があり、小さなベンチが一つぽつんと佇んでいる。
周囲は木々に囲まれていて、いつの間にか日は落ちていた。光源は空から降り注ぐ月光だけで、聞こえてくる虫や鳥たちの鳴き声で展望台は神秘的な雰囲気に包まれていた。
「ほら、座れよセツコ」
「うん」
トビーに促されるままにベンチに腰掛ける。
「見てみろよ」
トビーの指差す先には光があった。
「エリア」の町の光。
暗い空間に灯っているそれは生活の光だった。一つ一つの光の元で人が暮らしている。
目を凝らせば「カイメラ医院」も見えた。今頃、ツィーネはカンカンになって私たちの事を探しているだろう。そんな光景がそれぞれの光の元で繰り広げられているかもしれない。
「どうだ、ここの眺めキレイだろ?」
「うん。本当にキレイ……『エリア』ってこんなにキレイだったんだね」
初めて見る、上から見下ろす「エリア」の夜景だった。病室の窓から見ていた夜景が、目線が変わるだけでマジックアートのように見せる顔を変えていた。
キレイだと思った。
天上の星に負けるとも劣らない、まさに地上の星だ。
「俺さ、落ち込んだりした時によくここに来るんだ」
「トビーが?」
俄かには信じられなかった。でもトビーも人間だもの、喜びもすれば落ち込みもする。
トビーは夜空を見上げた。
「俺は栄光の星を目指してる。俺は自分の好きな事で一番になりたい。夜空に輝く一番星みたいになりたい。だから努力している」
視線につられて空を見上げた。
まだ日は沈んだばっかりで一番星はすぐに分かった。たった一つだけで光り輝いている。
「でもよ……」
トビーの声が暗くなった。
「正直、挫けそうになることもある。栄光の星(グローリースター)はプロ野球チームだから、生半可な事で入団できるわけがないのも分かってる。努力が全て報われるわけじゃないことも知っている。一度や二度じゃないさ、挫けそうになったのは……」
私がトビーから弱音を聞くのはこれが初めてだった。
「よく挫けそうになるよ。でも、そのたびに俺はここに来るんだ」
「……? どうして」
「見てみろよ、セツコ」
一番星から目を降ろし、町の明かりを指差した。
ネオンが煌びやかな繁華街、優しい光が灯っている住宅街、残っている光の少ないジェネ高……色々な夜の光が私の目に飛び込んでくる。
「みんな、同じなんだ」
トビーが言った。
「どんなに権力を持った偉い人でも、天才と持てはやされている人でも、みんなあそこに住んでいるんだ。どんなに輝いている人でも空に住んでいるわけじゃない。みんな、地に足をつけて生きている」
「うん……」
「ここへ来るとな、みんな、俺と同じだって思えるんだ。手の届かない高みに居る人も、俺と同じ場所で生きている。だから俺も努力すれば、そこまで行けるんじゃないかと思うんだ」
トビーは町の光を見下ろしていた。
町の明かりが夜の暗闇に映えている。「エリア」……私たちが生きている土地だ。私たちは鳥じゃない。どんな人間だって、ここを離れて生きていくことはできないんだ。
……なんとなく、トビーの言っている事が理解できた。
強い人や偉い人を目の前にすると、まるで自分とは違う存在のように感じることがある。住む場所が違うような、そんな感じ。
でも、もしかしたらそれは気のせいで、自分の中で壁を作ってしまっているだけなのかもしれない。
分からない。
実は言うほど変わらないのかもしれないし、違うのかもしれない。
浮かんだ疑問の答えが私には分からなかった。
でもきっと、そういうことなんだと思う。
届かないモノなんてない。
自分が作り出した壁を壊せるのは自分だけで、その先に進めるかどうかもきっと自分次第なんだ……。
「ここに来ると少し安心するし、また頑張らなきゃと思えるんだ」
「トビー、あなたは頑張っているわ。あなたの頑張りを私は見ていたわ。だから無理はしなくてもいいのよ」
「でも、俺はなりたいんだよ」
トビーは笑いながら言った。
「俺はプロ野球選手になりたい。栄光の星(グローリースター)になりたい。だから俺は頑張るのさ。誰かに強要されたからじゃない、俺はなりたいから努力するんだ!」
「凄いな、トビーは……」
やっぱり凄いよ。トビーは凄い。
夢に向かって頑張るトビーはカッコイイ。私にはないものを持っている。
「いいなトビーは……私にないものを全部持っている」
「何を言っているんだ、セツコ。俺もセツコも大して変わらないよ」
「……嘘よ」
「嘘じゃないさ。俺の持っているモノは誰でも持っているモノだから」
トビーは手を夜空へと突き出した。
その先には一番星。周りにも星が輝きだしたから、来たとき程の強い印象を受けなかった。トビーは一番星をグッと掴み取るようなに手を握りこむと、拳を私の胸に近づけてくる。
「星ってのは夜空に輝いているモノだから届かない。でも栄光の星は違うんだぜ。栄光の星は空に無いんだ」
「え……?」
「栄光の星ってのはな ──」
トビーは握った拳をトンッと私の胸に当てて、
「── そこにあるもんなんだぜ」
「トビー……」
「セツコ。お前にだって栄光の星はあるはずだ。まだ、それが何なのか気づけていないだけなのさ」
栄光の星は私の胸の中にある……?
きっとトビーの言っているのは、夢や希望というモノなのだろう……。
「……ある、のかな? 私にも栄光の星が……」
「あるさ、必ず! だから元気出せ、セツコ!」
トビーが励ましてくれた。
栄光の星 ── 果たして、夢や希望は本当にあるのだろうか? アサキム先生にばっさりと切られたその言葉が私の中にあるのだろうか?
分からない。
答えなんて分からない。
私の歩く道は不透明で、先なんて見えないの。それがあるのかどうかなんて、私に分かるはずもない。
でもトビーは、私の中にあると言ってくれた。
嬉しかった……トビーが言ってくれて良かった。
トビーの事を考えると胸がぽかぽかしてくる。温かい。あぁ、そうか……私は、きっと、この人の事が好きなんだ。
「ありがとう、トビー」
感謝の言葉が自然と口から出ていた。
ありがとう。感謝の言葉。初めての言葉、ではない。何度も言ったことのある言葉だった。
けれど顔が熱くてしようがない。
空気は刃物のように冷え切っているのに、感情が高ぶっているのか体全体が熱かった。
「お、おいおい、泣くなよセツコ」
「え……?」
トビーが困惑した表情を向けていた。
頬を触れると温かい液体が流れている。痛くもない。悲しくもない。でも自然と涙が溢れて止められなかった。
トビーは困ったように頭を掻いていた。
「悪かったよ。嫌がるお前を無理やり連れてきてごめんな。謝るからさ、許してくれよセツコ?」
「違うよトビー……お礼を言うのは私の方。ありがとう、トビー」
私はこの人を好きになって良かった。
トビーは少し困っていたが「そうか」と、頷いてくれた。
その後、私たちはしばらく「エリア」の灯火を見つめていた。
栄光の星は各々の胸の中に違う形で存在している。
いつか私も気づく事ができるのだろうか?
自分の中にある栄光の星の形に。
形は漫画のような形だろうか、それとも歪な球体だろうか。
分からない。
でも、もし分かったなら、私は真っ先にあなたに伝えたい。私だけの栄光の星の形を、あなたに。
ねぇ、トビー……ありがとう。好きです。この言葉も伝えていいのかな?
こんな事訊けないよね?
分かってる。でも、いつか伝えたい……。
「冷えてきたな。帰ろうか?」
「うん」
私とトビーは暗い道を下り、ジェネ高の裏山を後にした ──……
── 街頭の点いた道をトビーと一緒に歩く。
「カイメラ医院」まであと少しだ。
きっと、帰ったらツィーネから大目玉を喰らうんだろうな。
でも、いいの。
今の気分は最高に幸せなんだから。
この道が永遠に続けばいいのに。そう思った。
そのときだった。
── 目の前が暗闇に包まれた
闇夜なんて表現は生ぬるい。
完全なる黒。
街頭に照らされていた歩道が一瞬にして暗転した。なに、これ!? 見えない! 怖い!!
「ト、トビー! トビー、何処!?」
「ん? どうしたセツコ?」
声は聞こえるが姿はない。
私はトビーの声がする方向に向かって駆けたが、なにかにぶつかって倒れてしまった。
太もものあたりに固い衝撃があり、頭から地面に転倒する。手で頭をかばったけど、その手を思い切り摺ってしまう。
「い、痛い……」
「セツコ、危ねえッ!!」
トビーの絶叫と共に体に強い衝撃が走った。
肩に強い痛みが走ったかと思うと体が投げ飛ばされていた。そのまま受身も取れずに肩から地面に落ちる。
なにも見えない。
だから、良く聞こえた。
車のエンジン音と車輪に急激な制動を駆けた音が空気を切り裂き、
── なにかにぶつかる鈍い音が耳に届いていた。
「な、なに?」
状況が理解できない。
けれど、とてつもなく嫌な予感がした。
人が集まってきたのかザワメキが徐々に大きくなっていく。
聞きたくないキーワードが耳に飛び込んできた。
「人が撥ねられたぞ!」
……嘘?
撥ねられたって……まさか、まさかまさか!
そんなはずがない! 私は頭を振って最悪の結論を追い出そうとした。
途端に、視界が開けた。
目の前の光景が網膜に飛び込んでくる。
── トビーが頭から血を流して倒れていた……
「ト、トビー……?」
震える足を動かす。
血を流したトビーの顔には血の気が無かった。
「う、嘘よ! こんなの嘘よおおおぉぉぉ!!」
「おい落ち着け! 誰かその娘を押さえろ!」
「救急車だ! 救急車を呼べ!」
「いやああぁぁぁ!!」
見知らぬ誰かが呼んでくれた救急車に乗せられて、トビーと私は「カイメラ医院」へと戻された ──
── トビーの緊急手術がすぐに決定した。
私の目の前で手術室に運び込まれていく。
目の色を変えたツィーネや、MEのレーベンさんとシュランさんがそれに追随していた。
「カイメラ医院」を抜け出したことを怒って欲しい……怒られる程度で済む怪我だと思いたい。次の瞬間には、元気なトビーが私にこう言うの。悪いなセツコ、心配かけたな、って……
それは単なる逃避だとは分かっている。
でも願わずにはいられない。
お願いです神さま。
トビーを……トビーを助けてください!
「彼は死ぬ」
死神の一言がアサキム先生から発せられた。
「前回で15499回目だ。15499回中、彼が助かった事例は一度もない。10509回の死因が交通事故死、残りが原因不明の心停止だ」
私には先生の言葉が理解できなかった。
でもトビーの命が危ないという事だけは理解できる。
「セツコ・オハラ、君はどの世界でも何回も廻った人生の中でも彼を救う事はできなかった」
「そんな! 先生、私、なんでもします! だからトビーを助けてください!」
「その言葉も14598回目だよ」
先生の言葉に世界がぐにゃりと歪んだ。
涙で視界がぶれたのだと気づく。
先生は手術室の自動扉を潜ろうとしていた。
「彼の瀕死は今回で実に15500回目だ」
背を向けたまま先生が言った。
「過去15499回中、実は一度も試した事がないことがある。私の考えでは試行したとしても、彼が助かる可能性は限りなくゼロに近い。現に過去の君は僕の提案を全て断っている」
「いいえ、先生! 私はなんでもします! いえ、やらせてください!」
「そうか。では提案だ」
先生の口から出たのは信じられない言葉だった。
「君には手術に同席してもらう」
「え?」
「彼は頭部を強打して硬膜内に血腫が形成されている。術式は開頭血腫除去術だ。端的に言えば、頭を割って血の溜まりを除去する。
君にはそこに同席し、手術を見てもらう。これが僕からの提案だ」
頭が真っ白になり、動悸が激しくなっていくのを私は感じていた。
私はただの入院患者だ。
私が手術場に居ようと居まいと手術の成績は変わらないだろう。いや。むしろ役に立たない人間がいることでツィーネたちの集中力が乱れ、手術は失敗してしまうかもしれない。
冷静に考えれば、私はアサキム先生の提案に応じない方が良い。
「もちろん、断ってくれても構わない」
先生は私の方を振り返らない。応えるのなら早くしろ、と言うことだろう。
「この世界は狂っている。彼の死が太極の意志だと言うのなら、来世でもこの悲劇が繰り返されるだけだ。僕が無限獄から逃れる術を見つけるまで、ずっとね……」
「先生……私……!」
私は先生の言葉を理解するのを止めた。
先生はきっと私とは違う次元に生きる人なんだ。
私の理解できないことを理解し、やってのける。その先生が無理だと言うのなら、きっと本当に無理なのだろう……。
どうしようもない……あぁ、不幸だわ。
でも……不幸だからって諦めるのはもう嫌だ。
トビーを助けたい。無力でも、助かる望みになるのなら私は……
「やります! 私、行きます!!」
私の答えに先生は振り返っていた。驚きに満ちた顔。私の答えが余程意外なものだったらしい。
「そうか、では準備したまえ」
「はい!」
この後、ツィーネに教えられるままに着替え、手を洗う。
私は人生で初めて、手術室に足を踏み入れた。
●
手術室の真ん中に手術台があり、トビーは既にそこで寝かされていた。
私はトビーの頭元に立っている。
手術室を入ってすぐの所で、最も邪魔にならなそうな場所だ。
トビーの首の付け根から3又の点滴ラインが迫り出しており、それぞれに輸液が繋がっている。3つのラインには三方活栓(入院生活が長いのでコレくらいは知っている)と呼ばれるモノが数個取り付けられており、他の薬液も横から注入されていた。
口には太いストローのようなモノが差し込まれており、大きな機械に繋がっている。人工呼吸器、というモノだと思う。
MEのレーベンたちはトビーの足元で呼吸器の2倍はあろうかという機械に、太い太い点滴のようなモノを取り付けていた。この機械は使っていないようだけど、なんだか怖い。使っちゃいけないモノのように感じる。
「術式開始」
アサキム先生の宣言と同時、手術場内の時計が動き出し、空気が緊張するのが分かった。
いきなり、先生はトビーの髪の毛が剃り始めた。キレイな金髪が10cm程にわたって切り落とされた。丸い肌色のスペースが出来上がる。
そのスペースが見えるように穴を開けた布を被せて、先生がメスを握った。
アサキム先生は鋭利なメスを迷いなく振るっていく。繊細かつ慎重に、しかし大胆にトビーの皮膚が切開され、白いモノが覗いて見えた……。
骨だった。
「ひっ!」
小さく悲鳴を上げてしまった。
先生の手に握られていたモノを見てしまったから……。
先生の手に握られていたのは小さな電気ドリル。鋭利な切っ先がモーター音を響かせて回転する。
先端が骨に触れる。がぁぁ、と嫌な音が耳を劈く。
私は目を瞑った。見たくない。
私は耳を塞いだ。聞きたくない。
人の骨が削られる瞬間を見聞きする事になるなんて、思っても見なかった……。
「出て行ってもいいのよセツコ」
手術道具をアサキム先生に渡していたツィーネが、こちらを一瞥もせずに言った。
「無理しなくていいわさ ── じゃなくて、いいわよ。キツイでしょ?」
「……いいえ、私、ここに居ます」
「そう」
ツィーネは手術の介助に戻った。
私に出来る事はただ見守ることだけだ。
トビーが助かるように祈る事だけだ。
目は閉じない。耳も塞がない。トビーが受けている苦しみをしっかり私も受けるんだ……私にできることはそれしかないから。
先生はドリルで骨に数箇所小さな穴を開けた。
間髪居れずに、今度は電気のこぎりのような器具で頭蓋骨が切断されていく。形容しがたい音が耳に届く。でも耳は塞がない。
音が止んだ頃、髪を剃った形にトビーの頭蓋骨が取り外される。
だが先生の手は止まらない。
素早くメスを走らせ、なにかを切り開いた。
そして、それを捲り上げる。
私の立っている位置からでは良く見えない。しかし手術場に設置されたカメラを通して、テレビ上に中の光景が映し出されていた。
なにかの膜を捲り上げた下には、トビーの脳があった。
その周囲に血の塊……気分が悪くなってくる。
「これより、血腫を除去する」
「アサキム! 血圧が落ちてるわ! 50台! 心拍数も!」
ツィーネの切迫した声が響いて、私の吐き気は吹き飛んだ。
血圧や心拍数を表示している画面があり、赤い文字が53mmHgと表示されていた。
「輸血とヘスパンダーを全開投与しろ」
アサキム先生が冷静に指示を飛ばした。
「外回り看護師はマップを全部温めておけ。取り急ぎ4単位は使う」
「はい!」
「麻酔科医。ノルアドリナリンを増量して、ボスミンを1アンプル引いておけ」
「アサキム! 心拍数が!」
再びツィーネの悲鳴。
画面上の緑色の文字と波形が変化していく。40、30、20……と少なくなっていき、遂にはゼロになる。波形が私でもドラマで見た事のある形になっていた。
横一文字の一本線だ。
つまり ──
「心拍停止」
「トビー!!」
── あくまで冷静な先生の言葉に、私は気が狂いそうになった。
トビーの心臓が止まってしまった。死んでしまった!
しかし先生は私の叫びなど気にも留めない。
「助手、CPRだ」
「は、はい!」
「レーベン、人工心肺は行けるな」
「俺を誰だと思ってやがる! 10分で行けるぜ!」
「5分だ!」
「楽勝!」
「あぁレーベン、僕は君だよ!」
シュランさんが意味不明なことを叫びながら、トビーの足元にあった機械を弄り始めた。レーベンさんも同様に手早い手つきで作業をしていく。
私が怖いと感じた機械……人工心肺というらしい。
アサキム先生がトビーの股の辺りをメスで切り開き、レーベンさんから受け取った太い太い点滴のようなチューブを体の中に挿入した。
トビーの体から抜き出された血液がチューブの中を伝って、人工心肺に吸い取られていく。レーベンさんたちMEが人工心肺を操作しているようだ。
「血だぁ!! 俺は血が見たい!!!」
「あぁレーベン、君こそ鮮血の貴公子だよ!!」
言動とは裏腹に仕事は正確にこなしているようで、アサキム先生からの注意はなかった。
先生は反対側の股に人工心肺からの血を還す点滴を刺し、縫い付ける。それを介して血液がトビーの体の中に戻っていき、助手が心臓マッサージを中止する。
「よし、手術をさい ──」
── ボン!
小さな爆発音にアサキム先生の声が遮られた。
音源は人工心肺だった。
「馬鹿な! 人工心肺がトラブった! ピクりとも動かない!」
「……これも太極の意志か……」
アサキム先生の声が聞こえた。
弱音だ。この言葉は、どう聞いても弱音にしか聞こえない。
つまり、もう手がないということ!?
トビーが死んでしまう! 嫌、そんなの絶対に嫌よ!
「先生! 手術を続けてください!」
「しているさ……」
周りを見ると助手が心臓マッサージを再開し、麻酔科医が薬を注入していた。
だけど先生の顔には諦めの色が濃い。
どうして……?
「今回も運命には逆らえないようだ……通算、15500回目か」
「諦めないで!」
どうして、簡単に諦めてしまうの!
トビーはまだ死んでない、生きてる! 患者の命を救うために全力を尽くすのが医療職者じゃないの!? 先生がなにを見てきたのかは知らない!! でも諦めないで、アサキム先生!!
私は諦めない!
諦めたくない!!
トビーの命は助ける!! 私のなにを犠牲にしたって構わない!! トビーだけは絶対に助ける!!
「セツコ? なにをしている? 止めるんだ!」
アサキム先生の声色が変わった。
慌てて私を止めようとしたアサキム先生の手に腕をつかまれた。患者の命を救う神の手だ。今、それを差し伸べるべきなのは私じゃない!
私は先生の手を払って、
「────────」
「トビーを助けて!!」と叫んだ。
確かに私は叫んだ。
でも口は動くのに声が……出なかった。
しかし出なかった私の叫びに代わる絶叫が手術室に木霊していた。
「人工心肺が動き出したぞ!」
レーベンさんの声だった。
人工心肺が動き出している。モーターで脱血された血が人工心肺を通してトビーの体に戻っていく、
手術場内に小さな歓声が沸きあがり、助手は心臓マッサージを中断した。後はアサキム先生が手術に戻り、トビーの血腫を取り除けばトビーは助かる!
きっと、助かる!
事はそんなに単純じゃないのかもしれないけど、私には彼が助かる予感が ── いや、確信が持てた。
「そうかセツコ……君はスフィアに声を捧げたのか……」
「────」
「スフィア?」── 私の呟きはやはり声にならなかった。
「いいだろう。僕も希望を捨てない。共にこの檻を抜け出そう。いつの日か、君を壊すことを夢見て」
先生は手術に戻った。相変わらず言っている事は意味不明だったけど、先生の腕なら手術はもう問題ないだろう。
良かった……これでトビーは助かるんだ……本当に良かった……。
まだ……伝えていない……やっと気づいた私の栄光の星を……私の気持ちを……
「セツコ!?」
ツィーネの声が聞こえたのが最後、私の意識は途切れた ──……
●
トビーの手術は成功した。
あの後、心臓が動き出し問題なく人工心肺も離脱し、骨も戻して固定して手術は終了したと聞きました。
トビーには奇跡的に後遺症は残らず、順調に回復しています。
ただ事故直前の記憶は抜け落ちてしまっているそうですが、命あっての物種です。本当に助かってよかった……アサキム先生にはもう足を向けて眠れません。
アレから1週間が経過し、トビーはリハビリしながら入院生活を続けています。
「たるんどるぞトビー! 手術から何日たったと思っている!」
「デンゼルのオッちゃん!」
「日々のたゆまぬ努力だけが、お前を栄光の星(グローリースター)とするのだ!」
「分かったぜオッちゃん! 俺は栄光の星(グローリースター)になってみせるぜ!」
デンゼルさんの叱咤激励を受けて、今日も病室でトビーはヒンズースクワットを繰り返しています。飛び散る汗、沸き立つ男の香り……正直、私には刺激が強いです。
私の病室の患者は相変わらず変わった人たちばかり。
「のう? セツコちゃん?」
ジエーさんが私のベッド柵にもたれかかり、首を「わし、可愛いじゃろ?」とアピールするかのように曲げて、目をキラキラさせています。
「ねぇ、ぶって?」
嫌です。気持ち悪い。
ジエーさんは最近趣旨変えして、ぶりっ子しながら殴打を要求してくるようになりました。厄介な上に気持ち悪いので無視しています。
しかしジエーさんは相手にしなければしないで、駄々っ子のように床に寝そべってわめき始める。
「いやじゃいやじゃ~、ぶってくれなきゃいやじゃ~!」
「喧しいのよさ ── じゃなくて喧しいわよ、このクソ患者ども!」
ツィーネが顔を阿修羅面【怒り】にしながら入ってきた。
「他の病室から苦情が来てるわよ! 666号室は馬鹿ばっかりだってね!」
「メシアキター!!」
ジエーさんは絶叫すると、ツィーネの足元に老人とは思えない動きで這いより腰を突き出した。
もちろん、ツィーネの行動は無視。
でもツィーネに女王様チックな雰囲気があるからか、ジエーさんは「ほ、放置プレイじゃ♡」と頬を染めていました。もはや手に負えません……。
「トビー・ワトソン! 勝手にトレーニングをするな!」
「げっ、やべ!」
ツィーネの怒声にトビーは肩を引っ込めてベッドに逃げ去り、カーテンを閉めてしまいました。デンゼルさんに至っては、ツィーネが入ってきた直後にロッカーの中に隠れていました。鍵をかけてしまいましょうか?
病室の患者の始末をつけたツィーネが私に話しかけてきた。
「ごめんねセツコ。女部屋の病室が空かなくってね、空いたらすぐに移動させてあげるから」
【いいんですよ。私は嫌いじゃないですよ、この部屋】
手元にもっているホワイトボードに文字を書いてツィーネに見せた。
あの手術以来、私は喋る事ができなくなった。口は動かせるし、食事も取れる。でも声だけがでない。どうやら、声門を支配している神経がスフィアに冒されてしまったらしいです。
診察をしてくれたアサキム先生はこう言っていました。
「この『エリア』という名の無限獄から抜け出す鍵は、セツコ、君かもしれないな」
相変わらず、アサキム先生の言葉は理解不能です。
きっと思考回路が私たち常人とは違うのでしょう。
声が出なくなった以外で変わった事と言えば、飲む薬の量が増えた事くらいで、トビーも元気だし以前と変わらない入院生活に戻ったんです。
……ああ、そうそう。
もう一つだけ変わったことがありました。
【そうだツィーネ】
「なに、セツコ?」
ツィーネは笑顔で答えてくれました。
【私、勉強して医療職者になりたいです】
そう、夢が ── 私だけの栄光の星が見つかりました。
これがもう一つの変化です。
「へぇー、どうしてそう思ったの?」
【私って入院生活長いですから、患者さんの気持ちは良く分かるんです。だから医療従事者になって、患者さんの力になってあげたいって最近思うようになりました】
私は味覚が無いのと、声が出せない以外は至って健康です。
免許を取って仕事をするのに少し障害があるかもしれませんけど、きっと誰よりも患者さんに親身に接することができるのではないかと思います。
あの手術の前、トビーに助けられたこの命を、誰かのために使いたいと思ったんです。
トビーを助けたアサキム先生のように、なりたいと思ったのです。
不幸を嘆いていただけの私は死んだ。
私の栄光の星はまだおぼろげで形は分からないけど、前を向いて、後悔しないように生きて行きたいです。
「凄いじゃない! 応援するわさ ── じゃなかった、応援するわセツコ!」
【ありがとう、ツィーネ】
私はもう不幸なんかじゃない。
いえ、不幸なのかもしれないけど、こんな良い人たちに囲まれて私は幸せです!
この幸せをみんなに返していきたい。
だから私は頑張ります。
「目指せ! 栄光の星!」
トビーが我慢できなくなったのか、ベッドの上で腹筋運動を始めたようです。
ツィーネに説教されるトビー。
退屈だった入院生活は変わり、私の生活は色鮮やかになったように思います。今は無理だけど、いつの日か私の気持ちを伝えられる日が来るといいなぁ。
ありがとう、トビー。
トビーはツィーネに説教されて、しょげ返っていたけれど ──
── こんな日が、ずっと続きますように ──……
ここは高校がなぜか密集する土地『エリア』。
『エリア』には個性豊かな人間が沢山いる。
今日も、楽しく愉快な仲間達がアホな事件を巻き起こす。
次はどんな事件が起こるのだろう……それは誰も知らない。
<キャラ紹介>
セツコ・オハラ:カイメラ医院で療養生活を送っている女性。味覚がなくなったりととにかく不幸。トビー・ワトソンに気がある。
トビー・ワトソン:プロ野球集団「栄光の星」を目指している青年。心臓に奇形があり、今回は手術目的の入院。セツコの不幸に巻き込まれる……。実は婚約者がいるとか、いないとか?
アサキム・ドーウィン:カイメラ医院の凄腕医師。白衣ではなく黒衣を着ており、「ブラックなんたら」と呼ばれる程の敏腕。言っていることは基本的に意味不明だが、「エリア」の秘密に感づいているように見える……?
ツィーネ・エスピオ:カイメラ医院の看護師。巨乳で男性患者から慕われているが、怒らせると超怖い。「~のよさ」「~わさ」と言ってしまうことがある。
<次回予告>
キョウスケ
「不幸だー!」
エクセレン
「どうしたの?」
キョウスケ
「なんでも作者の通勤中に自転車がパンクして遅刻したそうだ」
エクセレン
「日ごろから整備してないからでしょ」
キョウスケ
「うむ。みんなはタイヤのパンクに気をつけるように」
エクセレン
「じゃあ、次回予告いってみよー」
キョウスケ
「もうすぐ1月も終わりますね。
アニメでの出番はまだだろうか……?
それはさておき、2月にはあのイベントがあるな。菓子メーカーの陰謀の日が、今年もやってきた!
ジェネ高に貧民VS富豪の戦いの火蓋が切って落とされた?!
戦乱の嵐が巻き起こるジェネ高に救いはあるのか?
なぜかモテナイあいつはチョコをもらえるのか?
次回、スパロボ学院、俺たちゃヴァルストークファミリー5 ~仁義なき戦い! 見よ、ジェネ高は嫉妬に燃えている!~に、ランページ・ゴォォォスト!!」
エクセレン
「義理チョコもよろしく!!」
はい、今回は病院ネタですよ。
セツコ編……手間取った。
なんか、書いてて疲れました。
やっぱり書くならアホな話かぎりますね。
ちなみに人工心肺は脳外科の手術で使ったりしません。
人工心肺、超怖いッス……管理してるMEさんには脱帽。調子に乗って実名のクスリとかも出してます。
私の文章で、手術場の中を想像できたあなたは医療従事者に違いない(断言)!
ちなみに今回は「エリア」の秘密に少し触れてみたりしてます。
あと、ジミにPV1万突破しました! やったね、ドンドンパフパフ(自演)。これからもジミに頑張ります!
ロボッツさん、ケルンバイターさん感想ありがとうございました!
ラノベのパロディは好きなんですけど、最近ストックがなくなってきました。かと言って仕事終わりに小説書いていると、あまり読んでいる暇がなかったり……。
数読めないので、面白いラノベあったら是非に教えてもらいたいです。
ではでは、次回も宜しければお付き合いください。