絶賛、キャラ崩壊中です!
みんな大好き、苦労人のお兄さんがキャラ崩壊しています!
読む方によっては不快感を覚える可能性があります。
それでもいいという方はどうぞ!
なぜか高校の密集する地域「エリア」。
突然だが、エリアには商店街というものが存在する。
商店街では生活必需品や食料品、その他多くの雑貨を取り扱っている。エリアで生活するうえで必要な物が全て揃う ── 生活と切っても切り離せない地域 ── それが商店街だ。
もちろん、商店街だけではなく住宅街や高校の密集する地域もあるし、繁華街なんて貧乏人の俺には縁もゆかりもない場所もある訳だが……よく知りもしない場所を説明できる器用な口を、あいにくと俺は持ち合わせていない。
そんなわけで、繁華街や住宅街について語りたいのはやまやまなのだが、誠に遺憾ながら割愛させていただく。
食料品や呉服問屋など何でもござれな商店街の中で俺 ── クロウ・ブルーストはある1件の古本屋で立ち読みに勤しんでいた。
……
………
…………なに?
古本ぐらい立ち読みなんかせずに買えばいいだろうって?
馬鹿を言っちゃいけない。
季節は夏。ギンギラギンと肌を突き刺してくる紫外線とは対照的に、俺の財布の中身は寂れた山奥の村の空気を醸し出している。
「金がない……」
愛用のガマグチを開けて中身を見れば、過疎化極まりない我が村の老人たちが姿を現す。
……全所持金666円。
貯金なんて当然ない。預金通帳は解約され、俺に残されているものあの女(・・・)に任命された「珍獣ハンター」という不名誉極まりない職業と、総額100万以上にもなる親父の残した借金だけだ。
珍獣ハンターはキツイが金は稼げない。
借金を返済できなければ、俺はこの不名誉な職から逃れることができないのだ。
もしかすると、ずっとあの女(・・・)の言いなりなんじゃなかろうか? あぁ嫌だ嫌だ……想像するだけでゾッとする。
先の見えない生活に嫌気がさした俺は、藁にもすがる気持ちで「お金の稼ぎ方」を書いた本を古本屋「らいあー堂」に探しに来ているところだった。
「えーと……『マルチ商法入門』……『サルでもできる金庫破り』……なんだこりゃ? 物騒な本ばっかり置いてあるな」
日焼けした本棚から、収められた背表紙の危うげなタイトルが次々と目に飛び込んでくる。
他に目についたタイトルは「るぱーん4世になろう」や「美人局入門書」など。ビジネス書と呼ぶには不穏な空気を放ちすぎている本ばかりだ。ちなみに他には「部下に慕われる上司なろう」などの実用的な書物も置いてあったのだが、悲しいことに俺に友達はいても部下はいない。
かといって、他の危険書物を手に取る気に俺はならなかった。
犯罪は俺の主義に反するからだ。
悪いが、この古本屋にはあまり期待できない。諦め半分ながらせめてビジネス書のコーナーだけでもと、俺は本棚に指を添わせてタイトルを確認していく ──
「……ん? なんだ、これは?」
── ふと、あるタイトルの書物が目に留まる。
俺はその本を手に取る。表紙には、セーラー服を着たアニメ調の女子高生が描かれている本だった。
危険書物とは別の意味で「ビジネス書らしくない」ビジネス書だった。
「なになに……もしも苦労人がドラッガーの『マネジメント』を読んだら……? なんだこりゃ? 略すともしドラか」
珍獣ハンターなんて浮世離れした仕事をしている俺でも知っている。
「もしドラ」 ── 偉い人が書いた「マメジメント」という本を読んだ主人公が、その知識を活かして集団をマメジメントしていく話だ……と記憶している。
読んだことはない。風の噂で聞いたことがあるだけだ。
俗に言う、いわゆる1つのベストセラーという類の本である。
「マネジメントねぇ……金を稼ぐには、体を張るか、店を経営するのがいいのかねぇ……」
もっとも、俺に店を構える経済力は皆無な訳だが。
使う者の元にあるからこそ、知識書というものは奴に立つ。もしドラは、そう言った意味で俺には必要ないものだった。
ダメで元々、俺は買うつもりないがもしドラを開いてみる。
「なになに……諦めてはいけません。苦労している人はそれだけ人生経験が豊富なのです。苦労を重ねてきたあなただからこそ、この書物を手に取り、店を経営することで人生の勝ち組になることができるでしょう、本当です……フムフム」
なぜだろう?
書かれている活字には何の根拠もない。しかし「苦労している人は~」の下りに妙な親近感を覚えてしまう。陳腐な言葉回しなのに、凄くタメになることが書かれているような気がしてきた。
ページを捲って、文字に目を這わす。
「どれどれ……経営するなら海の家などが良いでしょう。飲食店ですが、レジャーに来ている人たちは殆ど一見で、多くの場合出された料理が劣悪でなければ文句はいいませんし金払いも良いです。並以下の食材を使って、原価を抑えることもできます。儲かります、この本は嘘をつきません……なるほど、腕さえあれば差額で沢山稼げるとこの本は言っているのだな」
中々、このもしドラは実践的なことを記している。
そういえば、エリアにも海があったことを思い出す。小さな浜だが「伊豆浜」という所で、夏になれば海水浴客でにぎあう場所だ。
ちなみに海の家はない。昔、俺が泳いだときには腹が空いて仕方なかったものだ。
「……おいおい、これはチャンスって奴じゃないか?」
都合の良いことに季節は夏だ。
食事の場がない浜に海の家ができれば、海水浴客がこぞって押し寄せることは簡単に予想できる。
好機? なのか、これは?
「しかし金がない……」
深いため息を吐きながら、俺はもしドラのページを捲る。
「……なになに。お金なんて必要ありません。確かにお金をかけることも大切です。しかしお金をかけずにできることもあります。例えば不要になった廃材やペンキを集めれば、海の家くらい作れます。
これまであなたが味わった苦労に比べれば、きっと朝飯前を通り過ぎて夜食前の仕事に違いありません。嘘じゃありませんよ……? なんだか末語が一々不穏だな」
だがもしドラに書いてあることにも一理ある。
無駄を省き儲けを増やすことは、経営者にとって不可欠なスキルだからだ。
なぜだろう?
もしドラを読んでいると、海の家ぐらい簡単に作れそうな気がしてきた。知り合いの大工に廃材やペンキ、トタンを分けてもらい自作すれば、建設費用はタダである。
調理器具や食器なども不要になったモノを回収し、メンテして使えばできないこともなさそうだ。
もしドラを読んで、海の家をマネジメントする。儲けが出る。借金完済、俺自由 ── リアリティが風船のように俺の中で膨らんでいく。
しかしあることを思い出し、俺の期待感はそれこそ風船から空気が抜けるように萎んでいく。
「どうせ、高いんだろ? 分かってるさ。ベストセラーだもんな、お前」
俺は失笑して、もしドラの裏面に張られた値札と著者名を見た。
著者名「I・L」、価格 ──
── 10円
茶色い硬貨1枚分の価値が安っぽいシールには刻まれていた。
「マジでか!?」
迷うことなく、俺はもしドラを購入したのだった。
スパロボ学院 ~OGだよ、全員集合!~
苦労人、世にはばかる 2 ~もしドラ? いいえ、もしかしなくてもドラです~
俺の人生の大半を占めてきた、筆舌に尽くしがたい苦労の連続。
それに比べれば、海の家の建設など造作もないことだった。
「伊豆浜」には相変わらず海の家はなかった。
役所に海の家をしたいと申請すると、無気力全開のお役所仕事で俺は調理師免許も持っていないのに、あっさりと認可された。
さらに知り合いから廃材とペンキを調達。しかも相手は面白がってセメントなどをサービスしてくれた。
海の家だから壁なんかは最小限でいい。地ならししてセメントで土台を作ると、あとは気合と根性の2週間で海の家は完成するのだった。
「ふ……俺にかかれば、ざっとこんなもんよ」
「海の家 クロウ」と書かれた看板を店先に構え、完成した店を眺めて呟いた。今の俺はきっと満足げな表情をしているに違いない。
「海の家 クロウ」は廃材を使ったとは思えない見た目に仕上がっていた。
店内の配色は素材を活かして木の色のままで、所々にペンキでアクセントを加えてある。派手にペンキで彩色するよりも、自然のままの方が客も落ち着くと考えたからだ。
机やイスも廃材を借りた大工道具で整えて作ってた。食器は住宅街を回って不必要なものを回収し、キレイに吹き上げてある。ガスコンロや調理器具も同様で、さらにファミレスが廃棄しようとしていたビールサーバーまで入手に成功した。
水道もガスも引いた。食材や飲料水もコネで入手した。もちろん料金は後払い、全所持金656円なので、冷静に考えてみれば大冒険である。
「分の悪い賭けは主義じゃないが、季節は夏、さらに人の集まる海岸で経営している唯一の海の家 ── 勝算は十二分にある」
俺の手の中には「らいあー堂」で購入したもしドラがある。
もしドラの言う通り、金をかけずに海の家を建設した。道具も揃えた。少し品質は落ちる食材も後払いという条件付きで入手した。
「あとは俺の腕に次第ってわけだ。稼いでやるぜ。たんまりとな」
目指せ、借金完済!
俺は決意も新たに、海の家建設で貯まった疲れを癒すために休むことにした。愛用の寝袋に包まって、海の家の床に比喩なんかじゃなく床につく。
そういえば店員を1人も雇っていないが、所持金656円では雇える余裕などある筈もない。
明日は1人で頑張らないといけない……そんなことを考えながら、俺は泥のように眠るのだった。
開店1日目。
「海の家 クロウ」の一日は客の呼び込みから始まった。
「さあさあ、いらっしゃい! よってらっしゃい、見てらっしゃい!」
太陽が頭上に上り切った昼過ぎから、俺は海の家の入り口で大声を張り上げていた。拾った古いメガホンから響く俺の声に海水浴客の注意が店に向く。
拾ったり貰ったりした材料で作り上げた「海の家 クロウ」……店主である俺の残金は656円しかなく、店の宣伝にチラシを刷り配るような余裕がある筈もない。しかし金が無くとも宣伝はできるのだ。
もしドラの第1章にも書いてあった。
『良い物、上等な物を作れば人気が出るというのは、販売者やクリエイターに都合のいい妄想に過ぎません。客に知ってもらわなければ、どれほど良いサービスを提供していても客は来ません。まずは存在を認知してもらうことが、『マネジメント』における最初の目標なのです』
なるほどなぁ。もしドラには一々納得できることが書かれてある。これからも俺のマメジメントの参考図書として大事にさせてもらおう。
兎に角、客に来てもらうことだ。
客に足を運んでもらって初めて「海の家 クロウ」は機能し始めると言っていい。客に存在を知ってもらうことで、俺が廃材を集めて作ったこの海の家は「海の家 クロウ」へと生まれ変わるのだ。
さらにもしドラの1章はこう締めくくられていた。
『昔の偉い人も言っています。
ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられん……もちろん、嘘は言っていませんよ?』
なぜか耳に覚えのある、そんな不思議な言葉だった。昔の偉い人……きっと有名人の格言なのだろう。なら俺が聞いたことがあってもおかしくはないはずだしな。
ま、何はともあれ宣伝だ。
「海の家クロウは本日開店だよ! ちょっと、そこの兄さんたち! 少し休憩していかないか?」
俺は白い砂浜を往来する水着の若者たちに声を飛ばす。だが、ほとんどの人たちは訝しげに眉をひそめて店に足を運んではくれない。
「伊豆浜」には去年まで海の家は建っていなかった。物珍しさで客が寄り付くだろうと楽観視していたが、チラシでの宣言すら行っていない俺の店では、胡散臭さの方が鼻につき立ち寄りにくいのかもしれない。
しかし興味は惹かれるのか、多くの海水浴客が横目で店の方を見てはいた。
時間をかければ客を呼び込めるかもしれない。俺は古いメガホンを振り上げて、映画監督バリの大声を上げて客引きを続けた。
「おい、海の家だってよ」
数km先で1円玉が落ちた音すら聞き取ることができると噂(?)の俺の地獄耳が、浜の喧騒の中から声を拾い上げた。
声の主は高校生ぐらいの年と思われる茶髪の少年だった。海から上がったばかりなのか、小さく括った後ろ髪から水滴が垂れている。左頬に絆創膏を貼ったその少年の他に、金髪の美少年と海水浴に来てまで緑色のバンダナを巻いた少年が「海の家 クロウ」に視線を向けていた。
「なぁ、タスク、ブリット……あんなの去年まであったっけ?」
茶髪の少年が、金髪とバンダナの少年に向けて首をかしげる。
「いいじゃん。腹減ってるし、丁度いいから喰っていこうぜ」と、バンダナの少年 ── タスク。
「そうだな。かなり泳いだし、カズマ、お前も腹が空いただろう?」と、金髪の少年 ── ブリット。
茶髪の少年 ── カズマは「じゃ、食ってくか?」と快諾し、3人の少年が足並みを揃えて店の方に歩いてきた。
どうやら、彼らが「海の家 クロウ」初のかもね ──── 客になってくれそうだ。
カズマが俺に訊いてきた。
「すんません。3名、大丈夫っすか?」
「は~い、3名様ご案な~い!」
俺は客引きを止め、カズマたち3人を連れて海の家へと戻る。
店に入れる人数は20人程度だろうか。廃材から俺が自作した4人掛けのテーブルの1つに案内すると、グラスに冷水を注ぎ3人に差し出す。
机にはリユースの箸とクリアファイルに入ったメニュー表を置いてある。両方とも100円均一ショップで売れ残り、廃版となって処分されそうになっていた物を譲り受けたものだった。
カズマが俺自筆のメニュー表を手に取った。
「えーと、メニューはっと……焼きそばと、かき氷のすい……あとビール……だけ?」
「すいません。まだ開店したばっかりで、それだけしか用意できていないですよ」
「ふーん、そうなんだ」
素直に納得するとメニュー表をブリットとタスクに見せるカズマ。カズマはあっさりと信用したが、メニューを3つしか用意できていない ── というのは、勿論真っ赤な嘘である。
正確には用意できなかった(・・・・・・・・)、だ。
俺の全財産は656円だからな。メニューのバリエーションを増やせば、それだけ祖座いを多く揃えないといけなくなる。さらに注文が入らなければ、入らなかったメニューの素材は無駄になるのだ。
用意した素材を無駄にせず元手を確保するため、あえて、俺はメニューを少なくしたのだった。
蛇足になるが、メニューに焼きそばとかき氷のすいを加えたのは原価が安く、海の家のイメージに合っているからだ。焼きそばに入れる野菜は農家に直接掛け合って売り物にならない形の悪いものを分けてもらったし、かき氷のすいというのは砂糖水と煮たものをシロップとして使うから、金がなく砂糖水で栄養摂取することの多い俺にとっては、材料を常備している砂糖でまかなえるため原価はほとんどかからず非情においしい。
ちなみに価格はオール500円。
1品につき400-500円程儲かるって寸法よ。
我ながら、呆れる程に儲けに走った有効なラインナップだと言える。
「じゃあ、俺は焼きそば」
カズマが最初に声を上げた。
「あ、俺も」
「俺もそれで」
「はいよ、焼きそば3人前!」
タスク、ブリットも同じメニューを注文し、これだけで1000円以上の利益が確定した。これで俺の全財産は約1656円……一瞬で倍以上になるのは、果たして嬉しい事なのか悲しいことなのか。
俺は焼きそばを作るため、海の家に用意した狭い厨房スペースに移動する。
水道とガスは後払いを条件に引いてもらったが、冷蔵庫や換気扇、強力ガスコンロは全て拾い物を修理したため原価はゼロだ。普通に用意していたら10万円以上の出費となる。言うまでもなく、ない金は出せない。修理スキルは皆無だったが、気合と根性と努力を用いたら意外となんとかなった。
冷蔵庫からあらかじめ刻んだ野菜と肉を取り出した。
これまた拾い物を磨き上げたフライパンをコンロに置き、点火する。
「……あれ? 点きが悪いな」
拾い物のせいか、点火スイッチを捻っても中々火がつかない。しかしカチッカチッと数回音を響かせた後、コンロは口からゴゥっと炎を吐き出してくれた。使えない訳ではないらしい。
熱したフライパンに油、肉、野菜、塩コショウ、麺、ソースを入れる。あっという間に3人前の焼きそばができあがり、民家から頂いた平皿に盛りつけた。
カズマたちのテーブルにそれを運ぶ。
「焼きそば3人前お待ちどうさま!」
「お、待ってました」
「あー腹減った。さぁ、食おうぜ!」
初の来客ということもあり、俺のサービス精神で気持ち野菜大目でかさ増しした焼きそば。カズマたちは箸を伸ばして勢いよく口にかきこむ。
麺ではなく野菜でボーリュームアップさせたのは、不揃いの野菜ならタダで手に入り出費にならな ── ではなく、昨今の若者の野菜不足に対する気配りであったのだが、俺の意図などお構いなしに、カズマたちは見ていて気持ちが良い速度で食事を続けた。
3人はものの数分で焼きそばを平らげ、コップの冷水を口に運ぶ。
「ははっ、気持ちいい食べっぷりだねぇ。俺も作り甲斐があるってもんだ。……そういや兄ちゃんたち、今日はこの浜に何しに来たんだい?」
俺は空になった皿を下げながら3人に訊いた。
海の家を経営するのだから、浜に来る海水浴客の傾向は知っておきたいしな。適当な言葉を投げかけてみることにする。
「男のダチ3人で遠泳対決か? 彼女というか、女の子の友達とは来てないのか?」
「ちぇ、痛いところを突いてくるなぁ」
3人の中で一番彼女がいそうにないカズマが眉をしかめていた。
俺に対する良くない印象を抱かせてしまったかもしれない。
取りつくろおうかと迷ったが、俺よりも先にタスクがブリットを指さしながら言った。
「実は今日は下見なんですよ」
「下見?」
一体なにのだろう。
「いやぁ、ブリットがクスハちゃんと海に行きたいって言うもんだからさ、明日誘う前に一度見に行こうって話なって……」
「バ、バカ。タスク、余計なことを言うんじゃない」
ブリットが慌てふためき、
「いいじゃねえか。俺も明日はレオナちゃんを誘うんだ。目指せ! 白い砂浜でキャッキャッウフフの追いかけっこ!」
「俺はどうしよう……ナンパ?」
カズマが最後にぼそりと呟いていた。
どうやらこの3人の少年は、女の子と海水浴に来る前の下見に「伊豆浜」に来たようだ。ブリットはクスハ、タスクはレオナという目当ての女の子がいるようだが、カズマにはいないようだ。
カズマの彼女いないオーラ力はブリットたちよりも強いように感じた。顔は悪くないのにな。妙に不憫に思えたが、客の事情に首を突っ込むつもりもない。彼には自力でなんとかしてもらいたいものだな。
「すいませーん」
「あ、いらっしゃいませ! 空いている席にどうぞ!」
気付くと、カズマたちに続く客が店に訪れていた。
カズマたちとの会話を打ち切り、俺は新たな客を空いている席へと案内する。そして注文を取り、店のマネジメントを続ける。
それから続々と客が押し寄せ、大忙しのうちに「海の家 クロウ」の開店初日は幕を下ろしたのだった ──
── 夜22時。
店を閉め、後かたずけと翌日の仕込みを済ませた俺は「海の家 クロウ」のテーブルに腰かけその日の会計を行っていた。
「ひぃ、ふぅ、みぃ…………ふふふ、ふはははは ──」
机の上に並ぶ500と刻まれた銀色のコインの山を見て、俺は自分の口から笑い声が漏れ出るのを押さえることができなかった。
メニューの商品を一律500円と設定していたため、お客のほとんどが500円玉で清算を済ませていた。1000円札も数枚受け取りはした。しかし8割方の今日の売り上げは500円玉で構成されていて、目に見える銀色のコインの山が俺を歓喜の渦へと引き込んでいく。
計算しやすいように500円玉を10枚1組のタワーにして並べていく。
タワーの数は〆て20、さらに余玉と100円札が数枚あり。
「金だ! 金だー! ヒャッハ ──── ッ!!
信じらんねえ! たった1日で売り上げ約10万円かよ! 競争相手の海の家がないってのはこんなにボロイ商売だったとはな。今までの苦労がバカみたいだぜ」
「伊豆浜」で唯一の海の家、そして行楽地に来て財布の紐が緩んだ海水浴客。
金を入手するのは実に容易かった。一度客足が付き始めてからはまさに入れ食い状態で、元手のほとんど掛からない焼きそばとかき氷が文字通り飛ぶように売れていき、気づけば10万円だ。
海水浴客、あざーす。
つい先日まで全財産656円だったは思えない。目の前の銀タワー群が全て俺の持ち金なのだ。
し、幸せだ。下手すれば「副作用:多幸感」と書かれてしまう薬を使ったときのような……いや、そういった薬を使うのは俺の主義じゃないので経験はないのだが、とにかく幸せだと感じていた。
充実感と達成感も味わう。
これほど満たされた経験は、あの女に唆されて珍獣ハンターをし始めてから一度もなかったような気がする。
しかし ──
「さすがに1人は疲れるなぁ……」
もやのように包み込んでくる幸福感とは裏腹に、俺の体はとても重かった。
疲労だ。珍獣ハンターとして重い機材を持ち運びし体力には自信があった俺だったが、慣れない作業を全て1人でこなすのはツライ。
今日、俺がした業務を具体的に上げれてみよう。オーダー取り・調理・料理の運搬・会計……あと後片ずけもあったな。全部、俺1人で行わなければならなかったわけだ。これは厳しいと言わざるを得ない。
売上の多さで気持ちは昂っても、いつか体が付いてこなくなる日はやってくるだろう。そう遠くない未来を想像しながら俺は、手元に置いてあったもしドラを手に取った。
「えーと、なになに……
『マネジメント入門その2。さて、この本の第2項を読んでいるあなたは海の家を建ち上げに成功しているはずと思います。ここで注意しておかなければならない点が1つあるので紹介しておきます。マメジメントは決して1人では完成しません。もしあなたが店を1人の力で運営・管理しようとしたならば、それは間違いなく大バカ野郎だということができます……嘘ではありませんよ』……早く言えよ……」
俺の状況を見透かしたような文書に、思わずもしドラを投げ捨てたい衝動に駆られる。……落ち着け、クロウ・ブルースト。この本に書いてあることは正しい。
もしドラに従って海の家は成功しているし、恩を仇で返すのは俺の主義じゃあない。
海の家を完成させたテンションのままで営業1日目を終えた俺だったが、冷静に考れば勢いに任せただけの無謀だったと言わざるを得なかった。よくよく考えてみれば、海の家での仕事以外にも仕入もしなければならなしな。猫の手も借りたいとは正にこのことだろう。
「たくっ、作者先生よ、どうすりゃいいんですかー?
『バイトを雇いましょう』……はい、そうですね」
営業初日は全財産656円だったため無理だったが、今ならバイトを雇うことも可能だろう。募集をかけれるのは明日からだから、必然的に明日は俺1人で店を切り盛りする必要が出てくるが。
もしドラはこう続けていた。
『どうせなら若くて可愛い女の子を雇いましょう。看板娘として雇うのです。顧客の記憶に残るような店づくりはリピーターを増やす秘訣です……嘘ではありませんよ?』
看板娘か……リピーターを増やすなんて単語が出てきて、読んでいると俺が店をマメジメントしている実感が沸いてくるぜ。
とにかく、募集の張り紙を店の軒先に張っておくことにした。上手くいくかは分からないが、営業中に勧誘もかけてみることにしよう。
俺は2日目も激務であることを覚悟し、仕込みを済ませて寝袋に身を潜り込ませるのだった ──……
……── 「海の家 クロウ」、営業2日目。
海の家、本日も盛況なり。
20ほどしか入れない店内は海水浴客で賑わっており、店内のそこかしこから注文の声が飛んでくる。ピーク時にはメモ用紙にオーダーを記録する暇もなく、俺は客の顔と注文を覚えて捌いていった。
やはり、はっきりと言っておこう。
個人営業には無理がある。体が持たない。今、俺の体を支えているのは意地と根性と売上への執着心だけで、砂糖水で貯えたエネルギーはとっくに燃やし尽くしてしまっていた。
しかし勧誘の声をかける暇などあろうはずもなく……俺は注文されていた焼きそばを客席に運ぶ傍ら、出て行った客と入れ替わりで入ってきた新顔の客に注文を取りに行くことにした。
客は若い女の子だった。黒いTシャツに緑色の上着を着た金髪の少女……黒いジーンズとスニーカーを履いていて、およそ海水浴に来る出で立ちには見えなかった。他の客層のほとんどが水着ということもあり、やはり少女は店内で浮いている。
しかし客の服装など俺には些細な問題である。
見ようによっては美少年に見えなくもない少女に、俺は注文を取るために近づく。
「いらっしゃい。注文は決まったかい?」
「…………」
俺の声が聞こえないのか、金髪碧眼の少女から返事はない。
「おーい、聞こえてんか? ご注文は?」
俯いたまま俺の方を見ようとしない少女。俺は顔の前で手を振ってみたが、いまいち反応が悪い。もしかして冷やかしと言う奴だろうか? 営業2日目にして妙な客が現れたものだ、と……
「おいおい、冷やかしなら余所でやってくれないか? 見ての通り、俺は忙しい身の上でな ──」
殺気を感じて俺は口を閉じた。俯いていたはずの少女が、切れ長の瞳で俺を睨んでいる。
「黙れよ……黙らないと、その減らず口を垂れ流す舌をちょうちょ結びにしてやるぞ……!」
「なっ……」
「それとも、そのイヤらしい垂れ目にハバネロをなすりこんでやろうか?」
蒼い瞳で俺を凝視しながら、少女は罵詈雑言を俺に向けて吐き飛ばしてきた。もちろん、言われのない誹謗中傷だ。断っておくが、俺の口は垂れ流すというほど軽口は叩かないし、少々垂れてはいるが決してイヤらしい目はしていない。
どうも、この少女はとんでもないじゃじゃ馬のようだ。もしくは猛犬。気に入らないことがあれば何でも噛み付く……パッと見で10台後半の印象を受ける少女だし、もしかすると絶賛反抗期中なのかもしれないな。
少女はまだ俺を睨みつけている。聞く耳を持つようなタマには見えないし、このままでは注文が取れず時間も浪費していくだけだ。
と ──
── グォゥゥゥゥゥゥ……
大きな大きなお腹の音が聞こえてきた。響いてきたのは少女の方からだった。
少女は相変わらず俺から好戦的な視線を外してはいないが、頬がトマトのように真っ赤に染まっていた。
「ち、違うぞ! い、今のはだな……その、あの……わ、私がお腹の中で飼っている宇宙大怪獣フロンの鳴き声だ!」
「…………」
俺は静かに、声を出さずに鼻で笑ってやった。
「ほ、本当だぞ! 嘘じゃないんだからな!」
「はいはい。焼きそば、大盛りでいいな」
「ち、違……ッ!」
少女が背後で何が叫んでいたが、嬉しい事に俺のクロウイヤーは便利でな。お子様の暴言をシャットアウトできるのだ。
というわけで、面倒そうな少女から注文も取れた訳だし、俺は料理を作るために厨房へと足を運ぶ。
客席から厨房への短い道のりで、見覚えのある背中を俺は発見した。
「ん? あんたは昨日の……たしかカズマと言ったか」
「あ、海の家のお兄さん。こんちわっす」
振り返って挨拶を返してきたカズマ。
しかしその顔には心なしか元気がない。色で表現するならブルーだ。煌めく海面の蒼ではなく、深海の青に近いブルーな雰囲気をカズマは醸し出していた。ついでにいうと昨日の取り巻きブリットとタスクの姿がない。
「昨日の兄ちゃんたちはどうした? 今日は女の子を誘って海に来るはずだったんだろ?」
「はは……ええ、誘いましたよ。そしてOKしてくれましたよ。……でもさ、クスハは海じゃなくで健康ランドに行きたいとかでブリットを連れて行くし、レオナはタスクを連れてプライベートビーチに行っちゃって……それが決まったのも、集合時間のほんの10分前……既に海に来ていた俺は1人で海水浴中ってわけですよ……ははっ」
……不憫な。カズマの乾いた笑い声に、俺は黙って肩を叩くしかなかった。
「意を決してナンパ、してみたけど撃沈したし……あれ? 今日の焼きそばやけにしょっぱいな。オカシイな、海だからかな?」
焼きそばを頬張るカズマの言葉に、俺は静かに微笑むしかできなかった。
「……おかわり、いるかい?」
「ああ、大将。大盛りで頼むよ」
カズマの背中が実年齢より数歳年老いて見えた。カズマは外見は悪くないのに女子にはとんと縁がないようだ。もしかすると彼にトークスキルが足りないのかもしれないが、なんとも世知辛い。
ちなみに焼きそば大盛りは100円増しの600円だ。しかし同情はしても、徴収をきっちりするのが俺の主義である。悪いなカズマ。
結局、カズマは大盛り焼きそば3杯を完食し、1800円の料金を支払って寂しく帰路についた。
昼時のピークは過ぎ、太陽が下り出すと海水浴客たちの姿も少なくなる。夕方の17時ともなると、外はまだまだ明るいが人影は段々と見えなくなり、海の家に足を運ぶ客もいなくなった。
別に閉店時間は決めていない。俺が一般的な海の家の閉店時間を知らないからだ。しかしこの様子だと、17時ぐらいが丁度いい潮時なのかもしれないな。
店先の看板を片そうとして、今日はバイトの希望者が来なかったことを思い出す。勧誘の声もかけれることはできなかった。
「まいったな。このままだと、明日も1人で営業か……キツイぜ」
明日も今日と同じ程度の負担が強いられると思うと気が重い。いや疲労は蓄積するから、今日より明日の方がツライかもしれない。
ため息をつきながら店内に看板をしまい込む。
ふと、まだ店内に人影が残っていることに気が付いた。
残っているのは、俺に罵詈雑言を浴びせてきたじゃじゃ馬少女だ。誰もいない店内で、綺麗に平らげた焼きそばの皿を前に1人でポツンと机に座っている。
「なにやってんだ、あいつ?」
食事を終えたなら、料金を支払って出ていくのが普通だろう。少女の座っている机の位置は、昼間に会話を交わした席と同じ場所だった。つまり、昼のピーク時からあの席に居座っていたということになる。
客である以上出て行けと俺は言えないのだが、混雑時に机を1人で占拠し続けるとは……常識的だとは言い難い。客がいなくなった今でも、少女は俯いたまま机から動く気配を見せていなかった。
ため息が自然に沸いてくる。
「ちっ、しゃあねえなぁ」
面倒だがいつまでも居座られてはこっちが困る。店の片づけにお楽しみの会計、明日の材料の調達に仕込みと、やることはまだ山のようにあるのだ。
「おい、あんた」
「……ッ!」
俺の声に少女の肩が大きく跳ねた。
「もう閉店の時間だ。そろそろ料金払って、お引き取り願えませんかね?」
少女は俺の言葉に応えず、体を強張らせて俯いている。心なしか顔色が悪い。隊長でも悪いのかもしれない。
「おいおい、大丈夫か? 具合が悪いんなら尚更お家に帰ることをお勧めするぜ。だがその前に、ほら、払うもん払ってもらおうか」
手のひらを少女に突きだしてみた。
少女はちらりと俺の手を見たが、すぐに視線を逸らし……
「…………ない」
「あん?」
不穏な言葉を口にしたのだ。
……WHY? いやいや、まさかな。しかし飲食店で料金を請求されて「ない」と返答されれば、必然的に導き出される答えは1つだ。だがまだ営業2日目だぞ?
きっと俺の聞き間違いに違いないさ。
「つまらんジョークはいいから、早く出すもの出しな。いい加減にしないと、子守り手当も請求するぞコラ」
「……このデバガメ守銭奴め……!」
少女は屈辱に顔を歪めながらズボンのポケットを探り、握り拳を作って中身を俺に差し出してきた。
よしよし。初めから素直になっていればいいのだ。握られているはずの銀色のワンコインを受け取って、さっさとこの小娘にはお帰りいただこう。
俺は少女の握り拳に手を添える。
── チャリン
1枚のコインが少女の手から俺に手渡される。
見慣れたコイン。
…………ただし、色は銀色ではなく茶色だった。
「……10円玉? おい嬢ちゃん、大盛り分はサービスするとしても焼きそばの代金は500円だ。あと490円足りないぞ。早く出せ」
ほれほれー、と手のひらを振って要求した。すると悪かった少女の顔色が、なぜか、徐々に赤く染まっていく。
「…………ないって ──」
「あん?」
「── だから、ないって言ってるだろー! お金は持ってないんだよ! あたしの全財産はその10円玉だけさ! なんか文句あっかバカ────ッ!!!」
少女は突如激昂して机を叩いた。大声で暴言を俺に浴びせると、紅潮した顔を再び俯かせる。鼻息荒く口をへの字に結び、目じりに涙を溜めていた。
……ふむ。
どうやら、この少女は手持ちの金がないのに焼きそばを食べてしまい、料金を払えず店から出るに出られず困っていた……といったところか。
まったく、金がないなら最初から店に入らなければいいものを……俺は指先で受け取った10円玉を遊びながら考える。なにか事情でもあったのか、それとも……
「で、なぜこんなことをしたんだ?」
俺は机の少女の対面の椅子に腰かけ訊いた。
「嬢ちゃんは見たところ、中学生か高校生ぐらいの歳だろう? 金を払わずに飲食店で食べちゃいけないってママに教わらなかったか?」
「し、知ってるさそれぐらい……! それと私は17歳だ。中学生じゃないからな、このロリコン垂れ目!」
俺の優しい質問に、帰ってきた少女の答えはこの始末。
どう思う? 若さと勢いと感情に任せて喋っているのが見え見えだ。俺は大人だから、ガキの癇癪にいちいち目くじらなんて立てやしない。
訊くべきことを訊いていく。
「じゃあ、なぜ食べた。金がないなら、こうなるのは分かり切っていたはずだ」
「だ、だって……」
「だって?」
「……し、しょうがないだろ! お腹が空いてたんだから!」
少女の答えに、俺は苦笑することしかできなかった。
お腹が減ったから。腹が減っては戦は出来ぬ。うん、腹が減れば飯を食いたくなるのは当然の欲求だと俺も思う。
でも金もないのに食べちゃダメだろう。まったくよぉ……と、しかしよくよく考えてみると、少女が焼きそばと注文を口にしてはいないことに気付く。俺が少女の腹の虫を聞いて焼きそばを作って持ってきたのだ。
客観的に見れば、俺が少女に焼きそばを押し売りしたようにも見えないこともない。
俺にも落ち度はある、ということだろう。
少女に貰った10円玉を弄りながら、俺は考えた。
「もういい」
「え……?」
少女がすっとんきょうな声を上げる。俺は構わず続けた。
「焼きそばの料金のことはもういい。出血大サービスだ。10円にまけてやる。だからガキはさっさとお家に帰んな」
「…………」
俺の譲歩に少女は無言のままで、机から動こうとしなかった。
「おいおい、閉店だって言ってるだろ? パパやママもお前の帰りが遅いと心配するぜ」
少女からの返答はない。
十数秒の沈黙が俺たちの間を流れた。俺は痺れを切らせて言った。
「携帯出せ。親御さんに連絡する」
「な、ないよ……携帯なんて」
「嘘付け。お前ぐらいの年頃の娘が持ってないわけないだろ? それとも、焼きそば料金500円請求されたいのか?」
「……この変態……!」
言われのない少女の悪態程度じゃ俺の鋼のハートはビクともしない。
少女の携帯電話は生意気にもス○―トフォンだった。俺がまだ5,6世代前のオンボロを大事に使っているというのに……まぁいい。
指でタッチパネルを操作してみる。
しかし画面は黒いままで反応がない。振ってもみたが反応はない。
「おい、電池切れてんぞ」
「当たり前だろ。2週間前から充電してないんだから」
「はぁ? 充電しろよ。家で」
俺の言葉は至極真っ当なものの筈だ。
だが直後、少女の表情に3度目の影がさした。
「…………帰れるわけないだろ……あんな家……!」
ボソリと。
少女の呟きを俺の耳は聞き逃さなかった。
正直、聞かなければ良かったと思う。スタッフー、なんかートラブル臭がハンパないんですけどー、と妙な言葉づかいで喋る残念なイケメンぐらいには近寄りたくない。
苦労を重ねてきた俺の人生経験が告げていた。
この少女に関わるとロクなことにならないぞ、と。
「あのクソ親父……! クソババアも……! クソックソッ……思い出すだけどムカつく!!」
どうにも「家で」というキーワードが地雷だったらしい。
少女は机をドンドン叩きながら勝手にキレ出した。キレる若者、怖いです。
この少女はアレだ。いわゆる1つの……
「家出少女って奴だな」
「そうだよ! 同情するなら金くれよ!!」
「同情するか! このワガママ娘め!」
この年頃の女の子のことだ、取るに足らないことで両親と喧嘩して家を飛び出してきたに違いない。
所持金10円、2週間、電池の切れた携帯電話。
これらの情報を総合して推測するに、この少女は2週間ちかく家出状態であり、おそらくその間に持っていたお金も使い切ってしまったのだろう。身なりは小奇麗だから、俺と違って野宿なんかはしていそうにない。金を払い何処かに泊まったか、友達の家に転がり込んで夜を越していたに違いない。
だが2週間でその生活にも限界が来て、所持金は底を突き、家に帰りたくはないが腹は減り…………焼きそばの匂いに引き寄せられて、金もないのに俺の店に足を運んでしまった……大方、真相はそんなところだろう。
「家、帰れよ」
「嫌だよ! なんでそんなこと言うんだよ!」
「常識的に考えて、帰るだろう普通?」
あとトラブルメーカーっぽいし、できればお引き取り願いたいというのが本音だ。
「あっ、そうだ!」
少女が大きな声を上げた。
「良いこと思いついた。なぁあんた、あたしを雇わないか?」
「あぁん?」
「だってこの店で働いてるのあんた1人だし、見るからに人手足りてないじゃん」
痛いところを突いてくる。良く見ているな、というか人材が足りないのは一目瞭然だから指摘されるのは当然ではある。
「だからあたしが手伝ってやるよ! こう見えてもファミレスでバイトしたことあるんだぜ!」
「……交換条件は?」
「バイト代貯まるまで、ここで住ませてくれ! 代わりにバイト代は安くてもいいよ!」
目を輝かせながら答える少女の笑顔は可愛らしかった。
元々はつらつと笑う娘なのだろう。落ち込んだり、怒っている顔より元気よく笑っている顔の方が良く似合う。
しかし住ませてくれ、か。
俺の店「海の家 クロウ」は宿泊施設ではない。俺も店で寝泊まりしているが、寝袋に包まって床に転がっているだけだ。風呂は放水用の蛇口からの水で済ませている。はっきり言って女の子が住むような環境の場所ではないぞ、この店は。
しかし同時に脳裏に浮かぶのは、昨晩もしドラで読んだあの言葉。
『若くて可愛い女の子を雇いましょう。看板娘として雇うのです。顧客の記憶に残るような店づくりはリピーターを増やす秘訣です……嘘ではありませんよ?』
俺は少女を見た。
歳は17と言っていたので若いし、やや性格に難がありそうだが外見は上々、しかもファミレスでのバイト経験があるということはオーダー確認や配膳、後片ずけはお手の物だろう。
……あれ? かなりいいんじゃないか?
看板娘として雇えれば俺は厨房から出なくて済むし、仕事の労力をかなり軽減できるように思えた。
問題は住み込みと言う点と、あとはバイト代である。
少女はバイト代は安くて構わないというが……
「自給250円」
「乗った!」
「雇った!」
俺と少女はがっちりと熱い握手を交わした。戦友と間に結ばれる絆のように、俺と少女の間には「自給250円」という鋼の契約が結ばれたのだった。
「あたしの名前はエスター・エルハス! よろしくね!」
「俺はクロウ・ブルースト。オーナーと呼んでくれ!」
「うん! よろしくね、クロウ!」
「呼び捨てかよ……ま、いいさ」
こうして、いともあっさりと家出少女兼看板娘のエスター・エルハスが「海の家 クロウ」の一員として加わったのだった。
蛇足だが寝袋はエスターに貸す羽目になり、俺は木の床の上で雑魚寝する羽目になった。翌日、体の節々が痛かったのは俺だけの秘密だ ──……
長くなったので後半に続きます。