スパロボ学院 ~ OGだよ、全員集合! ~   作:北洋

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<注・意・事・項>
絶賛、キャラ崩壊中です!
みんな大好き、苦労人のお兄さんがキャラ崩壊しています!
読む方によっては不快感を覚える可能性があります。
それでもいいという方はどうぞ!
ちなみにシリーズ初の前後編です。


苦労人、世にはばかる 2 ~もしドラ? いいえ、もしかしなくてもドラです 後編~

……── 「海の家 クロウ」営業3日目。

 

 

「いらっしゃいませー、海の家クロウにようこそ!」

 

 昼、忙しさのピークを迎える頃に、エスターは新規の客に挨拶をしていた。

 

 開店してから3日目、今日も俺の店の勢いは留まる所を知らない。

 チラシなどで宣伝をしていないが口コミで海の家ができたと広まったのか、エリアの暇人たちが海水浴がてら店に押しかけ盛況を博していた。

 そしてエスターはと言うと、黄色のビキニに着替え来客に笑顔を振りまいている。ファミレスでバイトしていたと言うのは本当だったらしく(実は少し疑っていた)、エスターは接客を完璧にこなして見せた。

 我ながら良い拾い物をしたと思う。

 水着の女子が働いていると言うだけだが、昨日とは見違える程に店内が華やいだように思う。ちなみに客層の8割方は、女の子目当てのスケベで思春期真っ盛りな男子諸君である。

 もしドラに書いてあった通り、エスターを看板娘として雇ったのが功を奏していた。エスター目的の客が多くなれば、それだけ店の売り上げも多くなる。店の売り上げに貢献できる程度にはエスターに人気が出ていた。

 まぁ、俺は正直、小娘には興味がないのでエスターに惹かれることはないのだが、思春期真っ盛りの客の中にはエスターに個人的に声をかける者もいるぐらいだ。

 

「エ、エスターさん、良かったらこの後お茶でもしませんか?」

「ごめんね! あたし今忙しいから!」

「そ、そっすか……」

 

 なんて具合に頻繁に声を掛けられている。最もエスターは誘いに応えるつもりは毛頭ないようで軽くあしらっていたが……というか、今のカズマじゃないか?

 先ほど声を掛けていた茶髪の少年は、一昨日・昨日と2日連続で店に訪れていたカズマだった。エスターに誘いを断られてしょ気返っている。今日も1人だが、友達2人は今日も彼女とデートなのだろうか?

 カズマを見ていると手を貸してやりたくなる。しかし他人の色恋に首を突っ込まないのが俺の主義だ。カズマには頑張ってもらいたいと思った。

 カズマの誘いを無下にしたエスターが満面の笑みで俺に近づいてきた。

 

「どうだクロウ? あたしの仕事姿は様になってるだろ!」

 

 小ぶりな胸を張って自信ありげに話しかけてくる。

 エスターは立派に仕事をしてくれていた。今日の俺は彼女のおかげで、厨房に引っ込んで料理するだけですんでいる。昨日までは客席へ注文取りに走っていたのが嘘のようだ。

 実にありがたい。しかも自給250円。衣食住を提供せねばならないが、それを差し引いてもエスターは優良株だ。

 

「どうだ? 私、役に立つだろう?」

 

 エスターは相変わらず胸を張ったまま、ふふん、と鼻を鳴らしている。

 もしかして褒めてもらいたいのかね? ガキを褒めすぎるのは俺の主義じゃないが、助かっているのは事実だし少しぐらいは構わないだろう。

 

「ああ、助かるぜ。水着姿も中々様になってて可愛いし ──」

「にゃ!?」

 

 この調子でドンドン客を呼び込んでくれよ……と言おうとした俺の声は、エスターの発した甲高い叫び声で掻き消された。

 まるで猫みたいな声に少し驚き、エスターを見ると彼女の頬は桃色に染まっていた。

 

「か…可愛い…!?あたし、可愛い…?」

「ん、あ、ああ……そうだな。可愛いと思うぞ」

「よ、よーし、クロウ! あたし、頑張るね!」

 

 エスターは元気いっぱいで接客の仕事に戻って行った。

 適当に合わせて答えたが、可愛いという言葉はエスターにとって地雷なのだろうか? 過敏に反応していたし。面倒事になりそうな気がするから、これからは控えた方がいいかもしれん。

 エスターが仕事に戻るのを確認して、俺も厨房で焼きそばづくりを再開することにした。

 海の家を建てる時に拾ってきたガスコンロに点火キーを回す。

 しかし中々火がつかない。5,6回捻ったところで初めて火が付き、フライパンを熱し始めた。

 

「うーん、拾い物だし限界が近そうだな。売上金は少し貯まったし、新しいコンロを買って方がいいのか?」

 

 昨日までで売上は20万円を超えている。新しいコンロを買うくらいなら店の経営には全く支障は来さないだろう。

 しかし勿体ない……拾い物すら捨てるのが惜しい……自分のドケチ根性に内心驚きながらも、やはりコンロは買い替えた方がいい気がしていた。

 今すぐではないだろう。しかしこのコンロはいつか壊れる。営業中にコンロが完全に壊れて使えなくなる方が、コンロ買い替えのストレスよりも遥かにリスクが高いからだ。

 

「しゃあないか。

もしドラにも『時には不要な物を斬り捨てることも必要です。リスク管理もマメジメントする者の大切な仕事の一環なのです……嘘ではありませんよ』と書いてあったしな」

 

 この海の家が成功しているのは、もしドラのおかげと言ってもいいだろう。

 今はもしドラを信じて行動するのが間違いない。

 俺は近い内にコンロを買い替えることを心に決め、忙しさのピークを乗り切るために気合を入れて料理作りを続けるのだった。

 

 

 

 

 営業3日目も大盛況で閉店を迎えることができ ── 夜の22時。

 

 俺とエスターは客席の机の上で売り上げの勘定を終え、もしドラを広げて、続きを一緒に読んでいた。

 「もしも苦労人がドラッガーの『マネジメント』を読んだら」 ── 略してもしドラ。

 こいつのお蔭で、俺は海の家を建てることを決意し、繁盛して今に至る。しかし依然としてもしドラを読破したわけはなく、仕事の終わった後の時間を活かして読み進めている段階だ。

 今日はエスターも片づけを手伝ってくれたため、読書に多くの時間を割くことができた。

 

「結構ページ多いね。200ページぐらい?」

「ああ。今は150ページ目ぐらいだな。そろそろ第3章に入る」

 

 エスターの質問に答えページを捲ると、もしドラの第3章が始まっていた。

 

「なになに……『店をより盛り上げるためのノウハウ。そろそろ店の経営も軌道に乗り始めた頃だと思います。しかし安心してはいけません。お店に来てくれた人たちをリピーターとして獲得しなければ、あなたのマメジメントは次のステップに進むことはできないでしょう』……ふむふむ」

「なんだか、それっぽい事書いてあるね」

「そりゃあ、そういう本だからな」

 

 視線をもしドラの活字に合わせたままエスターに返事をする。

 

「『店からの客離れを防ぐコツはお客を飽きさせないことです。料理、音楽、手品……なんでも構いません。ちょっとしたユーモアや変化が、次も店に来てみようという客の好奇心を呼び起こすのです。理想はその筋のプロを雇うことですが、無理ならあなたなりのエンターテイメントを提供するのも良いでしょう…………特に女の子に歌を歌ってもらうのが良いかもしれませんね……嘘ではありませんよ?』

……エンターテイメント ── 要するに、ショーのようなものを店でやってみろということか」

 

 どんな素晴らしい料理や音楽でもいつも同じではいつか飽きが来る。

 俺の店にいたっては、メニューは焼きそば・かき氷・ビールの3つだけ。放っておけば、すぐに飽きられるだろう。今は物珍しさも手伝って客足が途絶えることはないが、海の家でもできるショーのようなもので客を引き付け、退屈させないことは確かに必須かもしれないな。

 

「……プロを呼びには金がかかるからなぁ」

「ねぇ、クロウ? 今の段階で店の売り上げってどのくらいあるの?」

「食材はもう調達しているから、光熱費を除けば〆て30万円ぐらいが純利益だな。だが芸人のギャラは高いから……ちょっと呼ぶのは無理か……それに芸人にはツテもないし」

 

 もしドラの言う通りにしておきたいところだが、今の元手じゃあちょっと厳しいな。……ふっ、ついこの間まで全所持金が656円だったとは思えない考えをしてるな俺。

 現段階ではショーの開催は断念するしかない。

 と、もしドラを閉じようとしていた俺に、エスターが大声で話しかけてきた。

 

「クロウ! あたし、歌うよ!」

「ぶっ!?」

 

 思わず吹き出してしまった。

 エスターは机から立ち上がり吠えた。

 

「あたし、クロウのために歌うよ! 要するに客を引き付けるようにすればいいんでしょ! 大丈夫、あたしに任せて!」

「任せてって、お前……楽器とかどうすんだよ? それに俺たち2人かいないんだぞ?」

「音楽はラジカセでなんとかして、アクセントでインパクトのある打楽器を使って盛り上げる。明日買いに行ってくるから! クロウ、お金貸しておいてね!」

「あ、あぁ」

 

 エスターの勢いに押されてつい頷いてしまった。

 打楽器とラジカセとエスターの歌……まぁ、ちょっとしたショーにはなるかもしれん。客の暇つぶし程度にはなるだろうか。まぁ、やる前から諦めていてはなにもできないし、やってみることは悪くないと思う。

 しかし打楽器は店の売り上げで仕入れるのか……店のためのショーだから当然なんだが、身が擦切られそうに感じるのはなぜだ?

 

 その晩、俺はエスターに店の売上金30万円を手渡すことになった。

 翌日のショーの成功を祈りながらエスターは寝袋に、俺は文字通り床につく。

 

 朝になり、エスターは金を持って打楽器を買いに出かけて行った ──……

 

 

 

 

 

 

 ……── 「海の家 クロウ」、営業4日目。

 

 ……エスターが帰ってこない。

 時刻は既に昼過ぎ。「伊豆浜」で泳ぎいた海水浴客が、腹を空かせて店にやって来るピークの時間帯になってたが、楽器を買いに行ったエスターは未だに帰ってきていなかった。

 

「……遅い」

 

 昨日とは違い、1人で注文と調理を捌きながら俺は呟いた。

 

「いったいエスターは何処まで行ったんだ? 朝早く出て、もう昼過ぎ……幾らなんでも遅すぎる。もしかして方向音痴なのかアイツは?」

 

 2週間も家出少女を続けているような女だ。案外、帰らないのではなく帰れず彷徨っていただけなのかもしれない。……なんて、楽観的な思考で気を紛らわせる。

 あるいは……いや、あんな娘に限ってそんな馬鹿な……。

 最悪の展開が過り、べったりと頭から離れない。

 俺の頭に浮かぶ最悪の想像……それは、

 

── エスターが店の金を持ち逃げした

 

 こんなことを考える俺は最低だろう。

 しかし俺とエスターは一昨日出会ったばかりで、互いのことをあまり知らない。加えてエスターは家出中で所持金がほとんど尽きていた。年頃の女の子が海の家で寝泊まりするのははっきり言って苦痛だろう……30万円という大金を持ち逃げすれば、柔らかく温かいベットで寝泊まりすることだってできる。

 まさか、そんなことはないとは思う。

 だが疑念が脳内を渦巻、俺を疑心暗鬼にしていた。

 

「ちっ……!」

 

 馬鹿馬鹿しい。

 金を持ち逃げされた? それがどうした。仮にそうだとしても、今の俺は働かなくてはならないのだ……。

  

「焼きそば3人前上がったぞ!」

 

 俺はさらに盛った焼きそばをカウンターに並べた。

 しかし返事はない。そうだ、エスターはいないのだ。この焼きそばは俺が客席にまで持って行かなければならない……そう考えると、何故か胸に小さな穴が空いたような感覚を覚えた。

 俺は焼きそばの皿を持って、注文した客のテーブルに向かった。

 そこにはもう見慣れた茶髪の少年が座っていた。カズマだ。

 

「なんだ、また来たのか?」

「あ、クロウさん。今日は来る気なかったんすけど、ちょっと野暮用でね」

「そうかい。ほい、焼きそば」

 

 俺はカズマのテーブルに焼きそばを置く。カズマ1人しかいないのに、オーダーされた焼きそばは3つだった。俺は不審に思う。

 

「お前、3人前も喰うのか? 大食いだな」

「まさか、今日は連れがいるんですよ。これはそいつらの分」

「ほぉ、まさかコレか?」

 

 俺はカズマに向けて小指を立ててみた。

 カズマは乾いた笑い浮かべ、ため息をつく。

 

「はぁ……そんなんじゃないすよ。連れが彼女だったどんなに楽しいでしょうに」

「なんだ違うのか。連日、浜に来ているから、そろそろナンパがせいこ ──」

「コラァ ── ッ! バカカズマ ──── ッ!!!」

 

 俺がカズマと話していると店の外から女の大声が聞こえてきた。

 カズマは肩を震わせて恐る恐る外を、俺と他の客は何事かと店の外に視線を向ける。

 声の主は青い髪の女の子だった。傍に茶髪の小学生ぐらいの女の子もいる。

 

「アリアの奴……なんだよ、大声出しやがって」

 

 カズマは青い髪の子の方を見て毒づいていた。

 

「バカカズマ! ちょっと手伝ってよ!」

「お兄ちゃん、早く早く!」

「分かった分かった! ちょっと待ってろよミヒロ!」

 

 小さい方はミヒロ、青い髪の方はアリアというらしい。

 カズマは席を立ち彼女たちの方に向かって行く。

 俺はその様子を見ていた。知り合いに呼ばれた、ただそれだけのことだろう。俺はさっさと仕事に戻ろうとしたのだが、カズマを呼んだ少女たちの傍に奇妙な物があることに気が付き、目を奪われ動けなくなった。

 白い砂浜にデカい ── 直径1mはあろうかと言う円盤状の金属の塊が立っていた。色は黄土色で、架台のようなものに吊り下げられている。海に不釣り合いな奇妙な物体だ。

 だが俺の釘づけにしたのはソレではなかった。

 奇妙な金属の円盤を見知った顔 ── エスターが汗を流しながら押していたからだ。円盤を吊り下げた架台には車輪が付いているようだが、浜の砂や小石に足を取られて中々前に進んでいない。

 

「な、なにやってんだあいつ?」

 

 俺が店を飛び出して近寄ると、カズマを呼んだ少女たちは、エスターを手伝い架台を押していた。

 傍で見ると、金属の円盤には太鼓のバチのような物が付属されていた。おそらくこの円盤は楽器だ。しかも何処かで見たことがあるような……そんな気がする楽器……

 

「ちょっとバカカズマ! アンタも押しなさいよ!」

「え? 別にいいけどさ、それより、これ何なんだ?」

 

 俺の疑問をカズマが代弁してくれていた。

 アリアが「はぁ?」とカズマに侮蔑の声を漏らす。

 

「アンタ、バカぁ? 見て分からないの? 銅鑼(どら)よ、銅鑼(どら)」

 

 そうだ、銅鑼だ。

 チャイニーズの有名な打楽器だ。 

 エスターの奴……どうせトライアングル程度の打楽器を買ってくると思っていたが、予想外にデガブツを仕入れてきやがった。

 汗だくになって銅鑼を押していたエスターが、俺に気付いて声をかけてくる。

 

「あ、クロウ! お待たせ、今帰ったよ! 一番良い物買ってきたからね!」

 

 おーおー、満面の笑みを浮かべちゃって。

 仕入れた銅鑼に余程自信があるのだろう。こんな充実感で満ち溢れた表情を向けられちゃあ、怒る気も失せるってもんだ。

 だがガキを甘やかすのは俺の主義に反する。

 ここは一言ガツンと言っておかなければなるまい。

 

「……おう、お疲れさん……てかお前、なんだこりゃ? 楽器買ってくるにしてもなぁ、もうちょっと常識的なサイズの物をなぁ……ったく、まぁ、いい。この銅鑼は俺たちが運んでおくから、お前はさっさとシャワーを浴びて着替えて来い」

「分かった! すぐ戻ってショーを始めるから待っててね!」

 

 エスターは放水用の蛇口のある店の裏側へと走って行った。

 カズマが俺に訊いてくる。

 

「ショーって、クロウさん、なにかやるんですか?」

「ん? ちょっとした出し物でな、エスターが歌を歌ってくれるんだよ」

「エスターちゃんが歌うの!? なにそれ! 超楽しみ、ねーミヒロ!」

 

 アリアがミヒロの頭を撫でながら言う。

 カズマがアリアに訊いた。

 

「つーかアリア、お前エスターさんと知り合いなのかよ?」

「違うよ。初対面。浜の入り口から重そうに銅鑼運んでたから、手伝ってるうちに仲良くなっちゃった」

 

 カズマの妹というアリアは笑って答える。

 

「なんだよソレ? 俺だって、エスターさんと仲良くなりたかったのに、ズルいぞアリア」

「え? どういうこと?」

 

 カズマの返答にアリアが過敏に反応していた。

 カズマを見据えるアリアの視線は、相手を射殺そうとする矢のように鋭い。気のせいか、アリアとカズマの妹というミヒロの視線にも、殺気と呼ばれる類のソレが混ざっているように思える。

 しかし、俺と違う感性をカズマは持っているのだろうか?

 2人の妹に向けられた感情に気付くことなく、彼はこう答えた。

 

「え? だって、エスターさん可愛いじゃん?」

 

 そして、カズマはこう続けた。

 

「俺、彼女欲しいんだよなぁ。エスターさんって可愛いし、あわよくば仲良くなって彼女に……なんてな! なぁ、アリア、仲良いんならエスターさんと話す機会を作ってくれよ?」

 

 カズマの問にアリアは無言のまま、こめかみに青筋を浮かべていた。

 ……そーかい、そーかい。

 カズマよ。お前はこれ以上、なにも喋らない方は身のためだと思うぞ。良く見れば、2人の妹ミヒロの方も黒いオーラを出しているし、面倒事の匂いがプンプンするぜ。

 俺は他人の色恋事には首を突っ込まない主義なんだ。

 止めときゃいいのに、カズマが言った。

 

「なぁ、俺とエスターさんが付き合うのってどう思う? お似合いかな? そう思うよな?」

「思わないわよ! バカカズマの大バカァァァアァ!!」

「お兄ちゃんアホー! お兄ちゃんなんて、一生彼女できなければいいんだ!!」

「え!? ちょっ、酷くないソレ!?」

 

 カズマの言葉に反応して、アリアとミヒロが絶叫し、彼に背を向けて走り去ってしまった。方角は「伊豆浜」の入り口の方だ。エスターと出会った方向に向かっているのか、それともカズマの顔を見たくないから逃げているのか……おそらく後者だとは思うが。

 置いてけぼりに去れたカズマはというと、訳が分からないと言った表情で俺を見てきた。

 

「なんなんすか? これ?」

 

 俺に訊いてくるあたり、妹たちの気持ちを微塵も分かってないのがすぐ分かる。

 

「……人気者だねぇ、お前は」

「……? はぁ。でも俺、彼女いませんよ?」

 

 やはり、カズマは何も分かっていない。

 おそらく、カズマは思い込みが強いタイプの子なのだろう。今まで彼女がいないという経緯からか、自分に向けられている好意に気付けず、自分を卑下している傾向があるように思える。

 しかし全てを解説してやるのは癪なので、適当にあしらうことにした。

 

「お前なぁ……男の価値を決めんのは、彼女や嫁さんの有無だけじゃねえんだぞ? とにかく、妹さんたちを追っかけて来い。見失っちまうぞ?」

「は、はい! 分かりました!」

 

 カズマは俺の言葉を鵜呑みにして、アリアとミヒロを追いかけていく。

 適当な俺の言葉に従うあたり、カズマは実に素直だねぇ。……あっという間に、カズマは浜の入り口に向かって走って行き、姿は見えなくなってしまった。

 浜に1人取り残された俺は、銅鑼を押して店へと戻った。

 1m級の銅鑼が現れたのだから、客たちから好奇の視線を向けられるのは避けられなった。客のざわめきが俺を出迎えてくれる。

 

「クロウ、お待たせ!」

 

 同じぐらいのタイミングで、シャワーを浴び水着に着替えたエスターが戻ってきた。手にはバックミュジークを奏でる用のラジカセが持たれている。

 

「おう、もう大丈夫なのか?」

「うん! あたしの方はいつでもOKだよ!」

「そうか。じゃあ……レディース&ジェントルメン ──」

 

 俺は店内の客に向けて声を張り上げた。

 つかみをどうしようかと迷った結果、海外のマジックショーなどで司会者がよく言うセリフを真似てみた。言った後で、海の家で言うセリフではないかとも思ったが、客の注意は俺に完全に向いているので結果オーライということにしておきたい。

 マイクなんて高級な品は無いので、聞き取りやすいようハキハキとした口調を意識して続ける。

 

「── 本日は『海の家 クロウ』をご利用いただき誠にありがとうございます! 日頃のご愛顧の感謝をこめて、ささやかではありますが、ちょっとしたショーをご用意いたしました! 

 少しでもお楽しみいただければ幸いです! では当店の看板娘エスターによる歌をお楽しみください!」

「エスターです! みんな、よろしくな!」

「へぇー、歌だってさ」

「どんな歌だろう、楽しみだな」

「エスターちゃん、愛してる」

 

 俺がつかみのセリフを言い終える同時に、客席からめいめいの呟きが聞こえてきた。どさくさに紛れてエスターに告白する呟きも聞こえた気がするが、いったい何処のどいつだ?

 俺の声が良く通ったのか、満席の店内からだけでなく、店先から浜を歩いていた海水浴客が足を止めて中を覗き込んでいた。

 ショー ── イベントの少ない「伊豆浜」では、抜群の集客力を持つ魔法のようだ。俺はエスターの歌の邪魔にならないように厨房に引っ込むことにした。

 

「あ、クロウ」

 

 すれ違いざまにエスターが俺に茶封筒を手渡してくる。それは彼女が銅鑼を買いに行く際に手渡した店の売上金を入れた袋だった。

 

「これ、お釣りね」

「おう、悪いな。頑張れよ、エスター」

「うん!」

 

 俺の言葉に破顔して応えるエスター。

 その笑顔に、俺は罪悪感を覚えながら厨房へと戻る。

 針が胸に刺さったみたいな小さな痛み……元気よくショーの準備に取り掛かるエスターを見ていると、彼女を疑ってしまった自分が情けなくなる。

 エスターの帰りが遅いから、彼女が店の売上金を持ち逃げしたのでは? 十数分前にした思考だが、そんなことを邪推してしまった自分が嫌になってくる。

 エスターはエスターなりに店のことを考えて、頑張って行動してくれていたのにな。

 準備が終わったのか、エスターは元気いっぱいにこう言った。

 

「みんな、いっくよー! 1曲目は『わてニ敵ナシ』!」

「おお、龍虎ガッシーンの曲だな」

「あ、それで銅鑼なの?」

「エスターちゃん、マジ天使」

 

 誰だ? 海の家の中心でエスターに愛を叫んでいるバカは?

 だが俺の疑問も、ラジカセから流れてきた中華風の音楽と ──

 

 

── ぐわぁーんぐわぁーんぐぁんぐぁんぐぁん ──……

 

 

 エスターが叩きならした銅鑼の音で消し飛ばされた。

 「わてニ敵ナシ」とは「龍虎ガッシーン」という2人組がリリースしている曲だった気がする。俺の知る「わてニ敵ナシ」のイントロ部分では確かに銅鑼を鳴らされていた。

 原曲を真似たエスターの演出は迫力十分で、店の外にまで響く銅鑼の音に海水浴客たちが続々と引き寄せられてきた。

 打楽器でインパクトを出す。エスターの狙いは見事当たったようだ。

 

「萌えーるわては~、超美人~♪」

 

 エスターの歌声も悪くない。銅鑼を使ったのは曲の冒頭部だけで、あとはラジカセから流れてくる音楽に合わせて歌っているのだが、店内だけでなく店外から覗いている客もエスターの歌に聞き入っていた。

 俺はほっと胸をなで下ろす。

 当初の不安を余所に、エスターのショーは上手くいきそうだ。店外にも人が集まり見ているので口コミで噂が広がり良い宣伝にもなりそうだし、これからショーを続けていくのも悪くないように思えた。

 

「お、そうだ」

 

 エスターの歌は続いている最中だが、俺は彼女からお釣りの茶封筒を渡されていたことを思い出す。

 あの銅鑼の値段がいかほどかは想像できないが、残金は確認しておく必要はある。

 茶封筒を振ってみた。チャリンチャリンと硬貨がぶつかり合う音が聞こえてくるので、小銭が中に入っているようだ。

 封筒を逆さにするとつり銭が手のひらに落ちた。

 666円、海の家を始める前の俺の全所持金がそこにあった。

 

「あれ? 札が出てこないぞ?」

 

 お札が封筒から出やすいように縦に振ってみた。しかし中から諭吉さんや野口さんが顔を出す気配は微塵も感じられない……俺に染みついた貧乏根性がそうさせるのだろうか?

 と、封筒から1枚の紙きれが零れ落ちてきた。

 お札ではない。白い紙に領収書と書かれてあった。

 

「お、ちゃんと領収書を貰ってくるなんて、偉いじゃないかエスター」

 

 俺は感心して領収書を手に取る。

 銅鑼の値段を確認しようと値段の欄に目を向けた。

 そのとき。

 俺は。

 自分の目を疑った。

 

 

── ¥300000

 

 

 値段欄にはゼロが5つついていた。頭文字は3。分かり易く漢字表記すれば30万円也……俺はゼロが並んでいるので一つ多く見間違えているだけだと思い、目をこすってからもう一度領収書に目を落とす。

 ……やはりゼロは5つあった。

 ……5つあった。

 ……5つあったんだ? ん? 待てよ、ということは ──

 

「さ、さんっじゅうまぁぁぁぁん!?」

 

 ── ヴァァカな!? そんなことがある筈がない。

 俺の上げた奇声は、エスターの歌で掻き消されたようで客の視線は俺に向いていなかった。

 俺は急いで封筒の口と俺の眼を広げ、中身を凝視した。茶封筒の茶色い地肌だけが俺の視界を出迎えてくれた。中身は空だ。

 浜辺で銅鑼を押していたエスターの言葉が蘇る。

 

 

── 一番良い物買ってきたからね!

 

 

 まさか、30万円で買える一番高価な物を買ってきた……のでは?

 俺は楽器の値段など知らないから、足りないといけないと思い30万円をエスターに手渡した。超高級な楽器を買ってこさせるつもりは毛頭なかった。適当な打楽器を見繕ってくれればよかった。だが封筒の30万円をエスターの解釈は違ったようだ。

 俺の全身から冷や汗が吹き出し震えが止まらなくなった頃、エスターの1曲目が終わった。

 

「みんなー、ありがとー!」

「いいぞー、上手いぞー!」

「アンコール! アンコール!」

「エスターちゃん、俺だ! 結婚してくれ!」

 

 誰だ!? エスターに告ってるやつは ── ええい! そんなことは今はどうでもいい! 何故、こんなことをしたのかエスターに問い詰めなくては。

 仮にエスターがアホの子で何の悪気がないとしても、一度話し合わなければ、この俺の昂った気持ちは収まりそうにない。

 俺は意を決して厨房から出ようとした。

 ……と、そのとき……鼻を突くようなにおいが俺の嗅覚を刺激する。

 

「……なんだ?」

 

 反射的に鼻を押さえたが、卵が腐ったようなにおいが厨房に立ちこめているのが分かる。硫黄臭、あるいは刺激臭と表現できそうなにおいだ。

 

 

── シューシュー

 

 

 嫌な音が聞こえ、音源に目を向けると、そこには俺が拾ってきたガスコンロがあった。

 俺が拾って修理したが調子の悪くなったコンロだ。近い内に買い買えようと思っていたそれから何かが漏れる音 ──── まさか……

 

「ガス漏れ……?」

 

 青ざめる俺を知らずに、エスターは大声で客に向かって叫ぶ。

 

「よぉーーし! じゃあ2曲目は『我こそはバラン・ドバァン』だよ! みんなー、よろしくねー!」

「「「イエー!!」」」

 

 客もノリが良く、拳をつき上げてエスターに応えていた。

 エスターがラジカセのカセットを入れ替え、銅鑼を叩くためのバチを持ちかえた。ただし「わてニ敵ナシ」の時とは違う金属製のバチだ。

 俺の知る限り「我こそはバラン・ドバァン」という曲もイントロ部分に銅鑼のような音が鳴っている。しかし鳴り響くという表現が相応しい「わてニ敵ナシ」の銅鑼の音と違い、カチ鳴らすような硬質な銅鑼の音なのだ。

 エスターは金属製のバチで銅鑼を叩き、その音を表現するつもりのようだ。

 

「や、やめ ──」

 

 ガス臭い厨房からの俺の叫びが届く前に、

 

「鉄球、入魂!」

 

 エスターがラジカセのスイッチを押す。

 例の音のイントロが始まり、エスターがノリノリで銅鑼を叩き始める ──

 

 

── カァーンカァーンカァーンカンカンカンカンカン……

 

「いよぉぉぉっ!!」

 

 気合を込めてエスターがもう一振り。

 

── カッカッドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!!!!

 

 

 視界が炎の赤に包まれた。

 鼓膜をかち割るような爆音と共に、「海の家 クロウ」は大爆発を起こし……俺の意識はそこで一度そこで途切れた ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 次に目覚めたのカイメラ医院という病院のベットの上だった。

 

 銅鑼と金属製のバチが生み出す火花にガスが引火しての大爆発。それは新聞にも取り上げられる惨事になったとのことで、店内は勿論、店外の野次馬たちも軒並み病院送りにされたとのことだ。

 エスターはこの騒ぎを聞きつけた両親に引き取られ、別の病院に入院している。

 

「気分はどうだい? クロウ?」

 

 包帯でグルグル巻きにされた俺の病室に、狐の面を付けた和服美女が面会にやって来ていた。

 狐面和服美女の名前はトライア・スコート。

 俺を借金という名の楔で縛り付け、珍獣ハンターという世にも奇妙な仕事を押し付けきたマッドな科学者である。

 彼女はベッドサイドのパイプ椅子に腰かけ、差し入れに持ってきたリンゴの皮を剥いている。皮を剥いたリンゴを6等分すると、それを自分の口に運び美味そうに食べた。俺に持ってきてくれたんじゃないのかよ。

 イラッとする。俺が口を詰むんでいると、トライアがしつこく訊いてきた。

 

「私の与えた仕事を無視して金儲けに走った挙句、失敗して大怪我をしたクロウさん? ご気分はいかほどかな?」

「……最悪だぜ。借金のことを考えると胃が痛くなる」

 

 今回の「海の家 クロウ」の爆発で、大勢の人たちが病院送りになってしまった。

 入院すれば当然入院費が必要になる。経営者の管理責任ということで、俺は全ての入院患者の入院費を肩代わりしなければならなくなった。しかし店の売り上げ30万はエスターにより銅鑼に変わっていた。残金666円しか持っていない俺は、他人はおろか自分の入院費すら払えないありさまだったのだ。

 そこで出張ってきたのがトライアだ。

 彼女は俺と他の患者の入院費を一括で支払い、被害者の中には俺を訴えるという面々もいたのだが、そちらは示談金で解決するという荒業をやってのけた。

 …………全て俺の借金という形で、だ。

 トライアが微笑みながら言う。

 

「金儲けしようとしても、巡り巡って借金は結局倍増。

クロウ、これはある意味凄いことだよ。間違いなく、あんたは借金に好かれる才能を持っている」

「ありがとう。最低の褒め言葉だよ」

 

 まったく失礼極まりない女だぜ。1発叩いてたりたくなる衝動に駆られもしたが、俺は女と恩人には手を上げない主義だからな。何とか自重した。

 

「……途中までは上手くいっていたんだけどなぁ」

 

 俺は手荷物の中からもしドラを取り出して呟いた。

 何故か、あの爆発の中でもしドラだけは燃え尽きずに残っていた。表紙のハードカバーが少しすすけてしまっているが、中の文章は問題なく読める。

 俺はまだ読んでいなかったあとがき部分に目を通そうと、もしドラを開く。

 するとトライアが興味深そうに訊いてきた。

 

「おいクロウ。それは何だ?」

「これか? これはもしドラってんだ。正式名称は『もしも苦労人がドラッガーのマネジメントを読んだら』ってんだ。ベストセラーだし、知ってるだろ?」

「ドラッガーだと?」

 

 トライアが不思議そうに首を傾げていた。

 トライアの反応を見ると、どうも、彼女はもしドラを知らないらしい。

 物を知らない女だな。しょうがないので、俺がもしドラについて教えてやることにした。

 

「いいか。もしドラっていうのはベストセラーになったあの有名な ──」

「それは知っている。クロウ、私を馬鹿にすると借金増やすぞ」

 

 メガネ越しでも鋭いトライアの眼光。条件反射で俺の背に寒気が奔る。どうもこの女には一生勝てそうにないきがするなぁ、と悲しいことを考えながら、ふと疑問に思う。

 

「もしドラ知ってるんなら、何が気になるんだよ?」

「ふむ。クロウ、その本の正式名称をもう一度言ってみな」

「『もしも苦労人がドラッガーのマネジメントを読んだら』だが」

「そこだよ」

 

 トライアが表紙のタイトルを指さしてきた。

 

「ドラッガー。そんな人物は実在しない。かの有名なマメジメントの著者はピーター・ドラッカーという名だ」

「へ?」

「分かり易く言ってやろう。もしドラの『ドラ』は『ドラッガー(・・・・・)』ではなく『ドラッカー(・・・・・)』だ。要するにその本は真っ赤な偽物ってことさ」

「え? マジで?」

「勿論だ。トライア姐さんは嘘をつかない」

 

 真顔で応えるトライア。

 俺のもしドラが偽物だと? ははっ、そんな馬鹿な。この本の言う通りに動いたら、海の家は繁盛していたぞ。もっとも、最後は爆散してしまったのだが。

 俺は疑惑の真相を確かめるために、まだ目を通していない後書きを読むことにした。

 200ページに渡るマメジメント論は、たった3行の言葉で締めくくられていた。

 

『これまで長々と述べてきましたが、それらは全て嘘です。

正直に言いましょう。私は嘘つきなのです。しかしこの本を手に取った貴方は幸せ者です……もちろん、嘘じゃありませんよ?  著者 I・L=アイム・ライアード』

 

 俺はもしドラだと思ってた本を、静かにそっと閉めた。

 そして一言。

 

「マジで?」

 

 季節は夏。でも俺の懐はいつでも真冬。

 いつか春が来ることがあるのだろうか? 誰か知っていたら、是非教えてもらいたい。

 

 

 

 

 

ここは高校がなぜか密集する土地『エリア』。

『エリア』には個性豊かな人間が沢山いる。

今日も、楽しく愉快な仲間達がアホな事件を巻き起こす。

次はどんな事件が起こるのだろう……それは誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 




<キャラクター紹介>

クロウ・ブルースト:借金を返す為、トライアに珍獣ハンターとして雇われているたれ目のお兄さん。守銭奴で金に非常にがめつい。おそらくお金を稼ぐ才能はあるのに、常に借金まみれで、金欠状態が続いているのはご愛嬌。主な栄養源は砂糖水。今回は海の家でお金を稼ごうとしたが、あえなく失敗する。

エスター・エルハス:両親とケンカして2週間も家出している家出少女。金が尽きたが、ついついクロウの店で食事したことにより出会う。基本的に明るい性格で物事をあまりよく考えず、アホの子疑惑も浮上している。店を崩壊させた張本人だが、被害者の怒りの矛先は彼女ではなく、なぜかクロウに向いたという……。

トライア・スコート:クロウの雇い主。珍獣ハンターをさせて、珍しい写真を集めさせている。今回の騒動の借金を全て肩代わりしてくれて、クロウはますます彼女に頭が上がらなくなるのだった……。

カズマ・アーディガン:ジェネ高2年生、エリアで運び屋をしている「ヴァルストークファミリー」の長男坊。人気はあっても何故か彼女はできない。絶賛、彼女募集中!
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