巻物語   作:さゑら

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【001-AA】

【001-AA】

 

 

「帰ってきたのか、あの人……」

 

 体育館に備え付けられたトレーニングルーム。生徒からはマッチョルームの名前で親しまれているこの部屋で、一年強襲科(アサルト)Aランクの火野ライカは体育館の入り口を見てつぶやいた。

 隣でガチャコンと背筋を鍛えていた間宮あかりは不思議そうな顔で尋ね返す。

 

「あの人?」

「ああ、そうか。あかりがここに来た時にはもういなかったっけ」

「……うん? あれ? 前にもこんなやりとりしなかったっけ?」

 

 遠山キンジがアサルトに復帰した時のことだろう。

 しかし、どうして様子が違うとアカリは察する。

 アカリがライカの視線の先に向ければ、確かに見慣れない男子生徒がいる。少し緊張しているのか、ぎこちない動きで体育館の端を歩いていた。

 かえって、周りを見れば数人の生徒──恐らく上級生が入り口を見ている。しかし、その内の誰も入り口に行こうとしない。

 

(遠山キンジ……先輩が帰って来た時は大騒ぎだったよね……?)

 

 体育館の雰囲気はかつての時のように盛り上がることはない。それどころか、どんよりとした圧力が徐々に蔓延している気がする。

 歓迎ではない、それは明らかに責めるような──。

 ライカちゃん、と声をかけようとしてアカリは声を引きつらせた。

 

 怒ってる。アカリは息を呑む。

 

 荒っぽい性格だけど、義と正義と可愛いを大切にする友達想いなライカ。その彼女が見たことない位、噛み締められた口元に歪んだ顔をしている。それを隠そうともしていない。勝気なつり目がさらにつりあがった彼女の顔は一般市民が見たら卒倒ものだろう。

 

 思い返せば先の発言も少し震え気味だった。

 あれは怒りからくるものだったのか。

 けど、なぜそんなに怒りをあらわにするのか。

 泡のようにアカリの心内には疑問が浮かび弾けていく。

 

「──ライカちゃん?」

 

 忿怒の情を隠そうとしない彼女にこうも話しかけられるのはアカリの女人望たる所以なのだろう。

 戸惑いながらの呼びかけは、幸い功を奏したようで、ライカは相好を崩す、とまではいかないまでも冷静さを取り戻した。

 ふぅ、と一息ついた彼女は手に持ったダンベルを下ろして座り込む。

 そして小さな声で謝罪した。

 

「……悪りぃな」

「気にしてないからいいよ。それで、えっと、あの……」

「あの人──阿良々木暦先輩のことだろ?」

 

 阿良々木暦、先輩。

 アカリは小さく呟く。

 髪は長く、体系はやや痩せ型。背は男子にしては小さい。

 世間より平均身長が高い武偵の世界ではやや珍しいタイプの武偵。

 

「ニ年Cランク強襲科(アサルト)。実力はニ年の平均よりやや高いくらい。Aランク装備科(アムド)(あや)先輩の窓口として有名……だった先輩だよ」

「文先輩って、この学校のAランク以上の大半がお世話になっているあの文先輩のこと?」

 

 違法改造さえなければSランク確実な才媛と名高い先輩だ。

 アカリはそんな先輩の元で働くなんて、阿良々木先輩はすごい先輩なんだなぁ、と能天気に考える。

 

「……ん?けど、Cランクなら私と一緒じゃん!」

 

 そして、そんな先輩と同格なことに気付いたアカリは喜色満面の笑みを浮かべた。

 彼女は確実なステップアップを変なところで感じていた。

 

「あれ? なんでライカちゃんさっき『だった』っていったの?」

「ようやく気付いたか、うりうり」

「きゃっ、髪が乱れちゃうよぉ」

「愛いヤツよなぁ」

 

 口端だけを上げて笑みを表現したライカはアカリをひとしきりいじり倒して、話し始めた。

 なぜ、かの先輩がアサルトから良い顔をされないのか、その事情を。

 

「あの先輩はな、『仲間殺し』って呼ばれてるんだよ」

「へっ?」

「『仲間殺し』。まあ、平たく言えば、あの先輩とチームを組むと必ず『重症、ないしは退学するような事態』になるんだ」

「……それは、阿良々木先輩が弱いってこと?」

「いんや、実力は中の上だって言ったろ?そうじゃないんだ。……そうだな。アカリは聞いたことないかもしれないけど、あたし達みたいな奴等の世界には何人か存在の真偽すらの怪しい人物がいるんだよ」

 

 アカリは一瞬考えて応える。

 

「へえ……緑松校長みたいに?」

「ぶっ!い、いやっ。そうじゃない。例えるなら聖徳太子みたいなもんだ」

 

 ツボに入ったのかケラケラとライカは笑う。

 アカリはむー、と頬を膨らませて話を促す。

 

「悪い悪い。そんでな。そんな人達の中に『無為式』って呼ばれる人がいるんだよ」

「無意識?」

「違う、無為式。無為混沌の無為に方程式の式って書いて無為式。まあ無意識とのダブルミーニングでもあるからそこはどうでもいいんだけどよ。とりあえず、そう呼ばれている人がいるんだよ」

「ふうん。その人はどのくらい強いの?」

 

 アカリは同じく二つ名を持つ自身のアミカを思い出す。

 

「……さあ?」

「へ?」

「分からない、いや、正確には分かることができない。『無為式』っていうのはそういうものらしいからな」

「んん? どゆこと?」

「存在しているのか、武偵なのか、人なのか。そういった基本的な情報が喪失しちまってるんだよ。あたしの推測が正しければ多分、そんな『些細な』こと気にする必要なくらいにその『性質』の方が悪名高いからなのかもしれないな」

「些細?性質?悪名?」

 

 小首を傾げるアカリにリスを幻視してライカは思わず微笑む。

 

「『ムイシキ』ってのはな。『無意識』に、そして『無為』に『(のっと)る』っていう、そいつの性質をそのまんまストレートに表した(もの)なんだよ」

「ライカちゃん、わざと難しく言ってない?」

「……あー、そうだな。例えば社会が歯車仕掛けであたし達がその歯車だとするだろ? あたしの歯車の歯の数が60、アカリのが30ってな調子でな。いや、無駄歯も考えて61と30にしようか」

「無駄歯?」

「互いの歯車が壊れないように歯を一つ増やすんだ。つまり、あたしとアカリの関係に思いやりを挟む(プラスワン)ってことだな」

「ふーん、じゃあ60と30の時はお互いずっと本心で接し合ってる状態ってこと?」

「そう。そんな状態だと始めは良くても、直ぐに相手が嫌になっちゃうだろ?……そんで、言っちゃえば、その『無為式』って奴はな60の歯車なんだよ」

「ん?」

「そして、タチの悪いことに、問答無用であたしの歯車を60に変えちまう。始めはなあなあに上手くやってるんだけど、段々と雲行きが怪しくなっていて、気付いたら周りは破損した歯車ばかり。残ってるのは『無為式』だけってな」

 

 より詳しく言えば、『無為式』は自分が代理品だと誤解しているがゆえに、どんな所でも一旦は収まってしまう。

 そのことが更に性質を悪にしているのだが、ライカは今は言う必要はないと判断した。

 アカリは『ふーん』と分かったような分かっていないような相槌を打つ。

 

「けど、それが阿良々木先輩の何と関係あるの?もしかして先輩がその無為式? とかいう人なの?」

「いや、違う」

「えー!じゃあ、なんの話だったのこれ!」

「あははははは!」

「うがーっ」

「あははははは!」

「笑いすぎだよっ!」

「くく。いやな、阿良々木先輩はな、さらにその数段タチが悪い。許せないくらいに、タチが悪いって話なんだよ」

「あ!わかった!阿良々木先輩は『無為式』なんじゃなくて『有為(うい)式』なんだ!」

「それは別にいる」

「いるんだ!」

 

 アカリ、さっきから叫びっぱなしである。

 余談だが、『無為式』と『有為式』の違いは、天然か人工かの違いだ。

 

「阿良々木先輩はな──」

 

「おい、後輩。さっきからうるせえぞ」

 

 どすの利いた声が二人に刺さった。

 

「ひゅっ」

 

 アカリが短く息を吸う。

 周りを見れば、上級生も同輩も、マッチョルームにいた全員が間宮アカリと火野ライカを見ていた。

 

(やっちまった!阿良々木先輩タブー具合を図り違えた)

 

 ライカは内心舌打ちをする。

 そっとアカリの腕を引っ張り上げた。

 

「……すんません。行くぞ、アカリ」

「えっ、ちょっ?ライカちゃん?」

「ちっ」

 

 憎々しげに睨まれた二人は逃げ出すようにマッチョルームにを出た。

 そして、体育館の出口へ向かう。

 途中ですれ違った阿良々木暦の顔には余裕ありげな笑いの表情が浮かんでいた。

 

 アカリは不思議そうに一瞥し、ライカは苦渋の表情を晒して体育館から出ていった。

 

 

 そう遠くない日の出来事だった。




【解説】

《無為式》
……元ネタは西尾維新のデビュー作より、主人公《いーちゃん》の異名から。

《無駄歯》
……歯車を組み合わせる時の工夫の一つ。
ずっと同じ歯同士が当たり続けると摩擦による歯の削れ具合に特徴が出てしまい、直ぐに歯車がダメになってしまいます。
そのため、お互いの歯車の削れ具合を一定にするため、なるべく同じ歯同士が噛み合わないように片方の歯に一本足す工夫を施します。
全ての歯車仕掛けに使えるわけではないので注意が要注意。
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