巻物語   作:さゑら

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【001-A】〜【002-A】

【001-A】

 

 

(あで)やか。

少女はその本意を考えていた。

 

身に纏う服飾を取り払う度に彼女の側面はその性質を変えていく。

 

ネクタイを、襟を、ブレザーを、ワイシャツを、フリルを、スカートを、靴下を。

変えて、変えて、変えて。回帰して。

 

やがて生まれたままの姿になる。

そして、変身。

少女は女になる。

 

手で空を掬うように、姿鏡に映る自分を撫でる。

 

「ほう」と一息。

込められた想いは自惚れではなく、確固たる自信と事実。

武装された信念は服を脱ごうともあせることはない。

 

リップクリームで着彩された小さな唇は三日月をかたどるように吊りあがり、口端が描く軌跡はラメ入りのピンクにキラリと光る。

イタズラに失敗した少女のようにチロリと出された先のとんがる舌は、見る者の脳髄の底の奥深くに『陶酔』という名の麻酔を舐めつけるように付与するに違いない。

 

犯罪的な妖艶さは母譲りのものなのか。

魅せる動作は父譲りか。

 

才能がなくとも、努力をしていても。

その心から漏れ出すオーラはやはり、選ばれし者から這い出た奇跡を示し続けている。

 

女から男へ。

 

外国人然とした白い肌は純国産だと一目でわかるように。

スッとした鼻筋は露骨に厳つく。

大きく風変わりな色合いの瞳は、黒く、穿つような目付きに。

華奢なボディラインは堅く。

呟く声は低く、笑いは捻て。

纏う服は肩パッドが入り、フリルなど入る隙間がないような四角いフォルム。

 

そして、突き刺すような視線で再度姿鏡の前に立つ。

 

「うんっ!ん゛ん!……あーあ。あああ──よし」

 

少女、もとい男は見事なまでの変装に、自身の努力を感じる。

先祖の仇敵に教わった変装術に変声術。

 

自分とは特に確執があるわけではないけれど、それでもかつての大敵の子孫に躊躇なく技術を教える彼は人としての器からして違うのだと思う。

 

(それに比べて私は……なんて、烏滸がましいのかな)

 

彼女は演技をすることなく、自然に、捻くれた笑みを浮かべた。

 

やがて部屋から出た女が向かうのは、見慣れたラボラトリー。

 

好きなこと以外には適当に寛容な本人の性格を如実に表す字体で『入り口』と書かれた扉を彼女は開けた。

 

「んぅー? あぁ、やっと来たのだ、阿良々木君。待ちくたびれちゃったのだ」

「……待たせて悪かったな」

 

いやほんとほんと。ケータイいじってて予定より20分遅れたとかはないからさ。なんて。

 

語り部は交代だ。

 

ここから先は、私の領分。

なあに、思い他人の心を盗むより難しいことはない。

3分でことを済ませてやるよ。

なんて。私は歪に微笑むのだ。

 

 

【002-A】

 

 

うぅん、期待はずれかなぁ。

 

目の前のギフテッドとしばし談笑を楽しんだ後に私は思った。

 

急に登校し出したあの男が私の計画にヒビを入れるかもしれない。そんな思いで軽い調査に乗り出して来たものの、結果はお世辞にも芳しいとは言えなかった。

 

内向的思考に主眼を置いた臆病な性格。

 

そう結論付けざるをえない彼に対する評価は、残念ながら今回も変わりそうになかった。

武偵高2年としてはごくごく平均的なCランク程度の実力。かといって遠山のように素晴らしい一発芸を持っているわけでも、不知火のように実力を隠しているわけでもない。

オールラウンダーと言えば聞こえはいいけれど、結局の所は器用貧乏以下の平凡生だ。

一般的な生徒ともいうけれど。

やはりそれは、凡才と同義なのだろう。

 

一本の強く、太く、鋭い。

そんなナイフを、技術を、信念を、覚悟を。

彼は持っていない。

 

(……だとすれば、私がなぜ今回、再調査に赴いたのか)

 

そう改めて問われると言葉に詰まる。

いや、言葉に詰まるからこそ調査を行なっているとも言えるのだろうが。

 

母に言わせれば『女の勘』。

父に言わせれば『嗅覚』。

 

若干思考停止気味ではあるが、まあ、そんな所だろう。

 

「それで、あの銃のことなんだけど、来週の頭辺りに持って来てくれると嬉しいのだ!」

「……来週の頭?」

「うん。ホントは今すぐにでも渡そうと思えば渡せるけど、ヤッパリ微調整は怠りたくないし……その代わり、今回のはこっちの領分に興味関心のない阿良々木君でもビックリするようなギミックましましでお届けするのだ!」

 

改造銃の依頼でもしたのか?

いや、阿良々木暦は臆病な性格を如実に表す汎用性至上主義だ。一般的なモデルこそが最高の状態だといってはばからないタイプ。

別に改造銃を使うことが勇気を示すことであるとは思っていないらしいが、その辺は理科する必要はないはずだ。

 

しかし、彼女の怪しげな改造を進んで受け入れるのは考え辛いのには変わらない。

 

「そ、それは楽しみだ。それで『代金』はいつ払えばいい?受け取り時か?受け取り前か?それとももう払ったっけ?」

「……? その懐のやつで十分なのだ!」

 

懐のやつ?

懐のやつってなんだ?

いや、武偵として普通に考えたら銃かナイフか。

けど、目の前のスペシャリストがわざわざCランクの得物を欲しがるだろうか?

 

カマをかけてみるか……いや、ここで追求しても怪しまれるだけだな。

 

──待てよ。

ここに来た時彼女はなんて言った?

『待ちくたびれた』

確かにそう言った。

だとすれば、彼女は阿良々木暦に何か用件があったということ他ならない。

だがしかし、今現在に至るまで話したのはどうでもいいことだけ。取るに足らない、雑多でざっくりとした諸問題についての、ごく一般的でステレオタイプな雑談だ。

 

だとしたら、一体、本題とは──。

 

「……阿良々木君じゃないのだ」

「!!」

「君は阿良々木君じゃないのだ!」

 

頰が引きつりそうになるのを抑える。

平賀は得意げに笑う。

 

「むふふ、甘い、甘すぎるのだ!声も体も顔付きも、何もかもが微妙に違うのだ!」

「は、はぁ?急に何を言いだすんだよ。前会ったまんまだろ?」

「『前』ねえ……確かにそうかもしれないのだ。だけど、その体の阿良々木君と会っていたとしてもそれは3月末までの、武偵のランク認定試験までの阿良々木君なのだ。……わかったのだ!ひょっとして、君は阿良々木君の今の姿をしらないのだ!」

 

……おいおい。マジで言っているのか?

勘弁してくれよ。

天下の大怪盗の娘が事前調査を怠ったせいで変装を見破られるだって?

 

「……fuck」

 

つい汚い言葉が口に出る。

それすらも悪手とは知らずに。

 

「英国人を気取るには少々訛りがきつすぎるのだ。あやや、その罵り方聞いたことあるのだ。

 

 

「君、フランス人系なのだ」

 

 

ガバッと手に持ったカバンを掴んだ。鞄に仕込んだボイスレコーダーにノイズが入るななんて気にしている暇はない。

そして迷うことなく、予め確保しておいた退路まで最短距離、最短経路で翔ける。

 

しくった(fuck)

しくった(fuck)しくった(fuck)しくった(fuck)

 

何が領分だ!

司法取引を終えたばかりで浮かれていたのか?!

まさか私がこんな平凡な武偵ごときに遅れを取るなんて!

張り付いた変装マスクをビリビリに破きたい衝動を抑えて廊下を走る。

 

(今ばかりは阿良々木の悪名に感謝だな)

 

モーゼの海のように自主的に避ける武偵をみて思う。

平賀文は決して私を追いかけることはしないだろう。

まず私の追跡を面倒くさいと感じた上で、手にある仕事と天秤にかけ、再び面倒臭いと判断する。

天才らしい思考だ。

私の大っ嫌いな天才の考えだ。

天然で斜を向き、自身の行動に一切の責任を感じない。

身勝手で、曲がっている。

反吐がでる。

 

校舎を一目散に駆け抜け、監視カメラを潜り抜けて海辺近くの廃棄された排水口に身をひそめる。

 

「クソッ!クソッ!……畜生!」

 

マスクを剥ぎ、服を脱ぎ捨て、サラシを解き、いつもの服装に着替える。

そして、変装後のルーチンを心の内で唱えた。

 

私は可愛い、私は可愛い。私は、可愛い。と。

 

アイデンティティの確立方法は一つ以上持つべきだと教えてくれたのは父だった。

怪盗の祖であるあの男の子孫とは思えないくらいに純日本風の顔付きの父。そうでありながら、あの男の才能を最も色濃く受け継いだ彼は、今の私を見て、なんと言うだろうか。

 

「……戯言ね」

 

冗句、と言い換えてもいい。

寿限無の名前のように、内容があっても意味はない。

下らない感傷だった。

 

「ふぅ。いけないいけない。まだヨミくんの性格に引っ張られているのかな」

 

『阿良々木暦だからヨミくんね!』なんてノリで名付けたあだ名。

呼んだのは多分、半年以来じゃないだろうか。

 

「ええと……ジャンヌと待ち合わせているのは倉庫の方だったよね」

 

心に渦巻く阿良々木暦への怨嗟と自分へのやりきれなさを閉じ込めて私は呟いた。

 

「峰・理子・リュパン4世だなんて、確実に名前負けだよ」

 

自嘲した笑みは倉庫へ続く真っ黒な空洞に溶けて、消えてった。

 

 

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