巻物語   作:一葉 さゑら

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「待ちなさい!!!!」

 

 距離を詰めたジャンヌダルクが剣を振りかざし今にも僕に斬りかかろうとしたその時、僕が咄嗟に出した両手共々止めるように暗い火薬庫に甲高い声が響いた。

 聞き覚えのあるアニメ声。彼女の闘志に応えるように吠える二丁拳銃。そして、私は自信満々です、といわんばかりのしたり顔。

 間違いない。

 神崎アリアだった。

 

「神崎アリアぁ! なぜお前がここにいる! お前は遠山キンジと星伽白雪諸共、あの時に水に沈めたはずだ!!」

「あらあら、お大事に。あなたの目が雹と入れ替わっていたなんて」

「ダメだよ、アリア。女性の目はいつだって見たいものしか映さない。見たいものとはつまり美しいものなのさ。そして、だからこそ女性の目はあんなにも美しい光を放つ」

「……遠山。それに星伽までおめおめと生き残っていたか!」

 

 ジャンヌダルクの背後から現れたのは、神崎、遠山、そして星伽と呼ばれる女性。そうか、あれが星伽白雪か……。

 長い黒髪ロングの大和撫子。こんな緊急事態にもかかわらず、羽川と同レベルのたわわに実ったそれに目が行くのは彼女が巫女服なせいなのか。どこか羽川を思い出す風貌だ。

 ザッ──と、氷を足元から自分を押し出すように生やしたジャンヌダルクは僕から飛ぶように離れる。対して神崎達はゆっくりと僕の元まで近寄ってきた。

 ああ、忍はこいつらの気配を感じて影に戻ったのか。

 

「あら、ごきげんようコヨミ。災難だったわね。その様子じゃ随分とやられたようじゃない」

 

 太いツインテールを揺らした神崎はしゃがみこんで僕の瞳を覗き込む。

 なぜここに神崎達がいるのか、何がここで行われていたのか、ジャンヌダルクとどんな因縁があるのか。

 いろいろ聞きたいことはあったが、こちらを物凄い目で見てくるジャンヌダルクと、それに呼応するように目に見えて下がっていく気温に僕はその全ての疑問を飲み込んだ。だんまりした。

 

「皆してビショビショだし、『生き残る』ってなんだよ……とかいろいろ聞きたいことはあるけど──あんまり状況を聞いてる暇はなさそうだな」

「あらコヨミは分かってるじゃない。……キンジもこの対応力を見習うべきじゃないのかしら」

「キ、キンちゃんはいつもスマートです!!」

「ああそうだね、アリア。君のいう通り無駄話をしている時間はないようだ。お相手は今にも踊りたがっている」

 

 あれ? というか、遠山のキャラが変わっていないか。テコ入れでも入ったのだろうか。だとしても、そのキャラクターは明らかにミステイクだし、それにそれを自分のキャラだとテコ入れ(デビュー)するには余りにも中途半端な時期だと思うのだが。

 ま、まあ。なにはともあれ、少なくともこいつらは僕の敵としてではなく、ジャンヌの敵としてここに駆けつけたようだ。

 

「待って、キンちゃん。──ここは、私にやらせてほしい。私は星伽の巫女。星伽の巫女は守護りの巫女。誰かに尽くして、誰かのためにこの身を投げ打つが定め。だから、今が、その時なんだと思うの」

 

 星伽が僕らを庇うように前へ出る。

 それになにやら意味深な口上を述べている。

 見た目からはおっとりしたような印象を受けたが、随分な気丈夫らしい。手にした薙刀を一振りすると、鋭く喝を入れた。

 

「掟を破るか、星伽の巫女」

「──貴女はジャンヌダルクの系譜を継いでいるんだっけ?」

「……」

「30世だか400年の歴史だか知らないけれど、時間が経ち過ぎたようね。──忘れているようだから今一度、焼き直してあげるわ」

 

 星伽は片手で薙刀を構えるように、刃をジャンヌダルクに向けたまま、腕を引く。腰を下ろして逆側の手を伸ばして照準をつけ、そしてそのまま薙刀を持った手首を返し肩から力を入れて野球ボールを投げるかのように薙刀を思い切り振るった。

 ジャンヌダルクとの距離が相当あるというのに、まさか薙刀を投げるわけではあるまい──と、僕がそう思うのも束の間。

 彼女の薙刀を起点としてジャンヌダルクに向かって炎が噴き出した。あっという間にその炎は僕らを燃やさんとする勢いで広がって行く。

 

「あぶねぇ! 火薬が誘爆するぞ!」

「落ち着きなさい、コヨミ。ジャンヌの超能力で空中に舞った火薬は全くないし、棚に置かれた銃弾もまだ一つ残らず氷漬けになってるからその心配は。……というか、ここまで氷漬けになっているって、私たちが来るまでどんな激戦を繰り広げていたのよ。よく死ななかったわね」

「これが落ち着けるか。お前らはこの異常な光景をよく受け入れられるな!」

「あら、私はともかく、キンジはさっきまで変なリアリストを気取っていたわよ。超常だろうが日常だろうが現実だというのに、ね」

「……ははは」

 

 じとっと睨む神崎に苦笑いを浮かべる遠山。

 ……ひょっとして、超能力とかそういう力が当たり前に蔓延る世界なのか? だとしたら怪異も、いやそれどころか……。

 気になるところだが、隣にいる2人の目は僕と話しているにも関わらず僕の方を向くことはなく、星伽の演武のような太刀筋とジャンヌダルクの整った剣術の打ち合いに向けられている。

 多分、これは目の前の異常から目が離せない、なんてことではなく武偵として戦場から目を離すことがありえないんだろう。僕には想像もつかないことだけれど。

 2人の武偵と1人の似非武偵が見守る中、魔剣と薙刀が織りなす剣舞は徐々に熾烈の一途を辿っていく。火花が散れば氷華が散り、炎が踊れば氷塊が舞う。金属が金属を叩く音が響く度に空間を支配する熱量が変化していく異常な空間。

 聞きたいことも言いたいことも一秒単位で増えていくものの、僕はなんとなく黙って見てなくてはいけないという雰囲気に縛られていた。

 

「あの時の炎とこの焔、どちらが痛い?」

「──ッ! 黙れっ」

「……ふぅ。キンちゃん、見ててね。私を。ちゃんと」

 

 ジャンヌダルクと星伽のやりとりは、チリチリとひりつくような熱となって僕の頰を焼く。網膜が熱の急激な上下に歪んだ景色を捉える中、星伽はするりと髪留めのリボンを解いた。

 

「星伽神社所属巫女、星伽白雪。改め当代【緋巫女】。参ります」

「来い哀れな囚われの巫女よ」

「囚われた聖女が、よくもまあ!」

 

 彼女は火を纏った薙刀を両手にジャンヌダルクへと再び突進していった。

 

「は? ヒミコ? ヒミコってあの卑弥呼?」

 

 そして、僕はいよいよもって、この空間に流れる『黙って唐突に始まる因縁じみた戦いを見守らねばならない』という空気に耐えきれなくなって口が開く。いや、耐えきれなくなったのはこの空気ではなく、頭に流れ込む未知の情報の多さゆえのことだった。

 

「少しは空気読みなさいよ、コヨミ」

「いや、だって」

「だっても何もないわ」

「あるだろ。神崎、もしかしてお前。卑弥呼って超有名な占いの人なんだけど、知らないのか?」

「バカにしないでっ」

「占いの人……」

 

 ガンを飛ばしてくる神崎と呆れたように笑う遠山。遠山が卑弥呼を占いの人なんて俗っぽいくくりに入れるのはどうなのかと断りを入れるが、しかし、時代の違いこそあれやっていることは同じ……はずだ。

 反論しようにも、目の前をちらつく炎に思わず語尾が弱くなる。

 

「いや、やっぱ訂正するわ。僕、あんな物騒な占い知らねえ」

「まあアンタが近付けばまず抹消は免れないでしょうね」

「うーん、さすが卑弥呼の末裔というだけはあるね」

「キンジ、その言い方は幼馴染としてどうなのよ。随分と他人事のようじゃない」

「まさか。ただ俺はあの炎が彼女の美しい激情を表しているといっただけさ」

「いや、言ってねえだろ」

 

 あと、やっぱりそのキャラ設定は無理があると思う。

 なんだか、会話を始めた途端に野次馬と化してしまった気がする。この雰囲気を防ぐためのあの雰囲気だったのだろうか。

 けど、もとより僕達は外様も良いところ。この雰囲気も、良いご身分ではあることは重々承知の位置取りといえよう。

 

 あと、今更ながら神崎の「追いついた」という発言から、僕と忍がジャンヌダルクをここに引き止めてしまったことが歴史改変に繋がる気がしないでもないが、それはまあ置いておくことにする。よもや、ジャンヌダルクがここから悠々自適に脱出劇を描くことが正式な歴史であったとしたら、と思うと僕の背筋が凍りそうだけど……しかし。

 歴史は、今が作ることだから。

 未来は、誰にも分からないから。

 僕にも、彼らにも。

 だから、この世界の正史は今僕がここにいて、こうやってジャンヌダルクを引き止めてしまう歴史のはずだ。

 そうなると、僕達が外様である云々は矛盾していることになるけれど仕方がない。なぜなら、歴史は捻られるものだから。捻ってメビウスの輪にして矛盾をなくしてしまうものだから。

 そしてそれは後世からでも、否、後世からこそ行えることだから。

 つまり、今それを気にしたって仕方がないのものなのである。

 ──戯言だけどね!

 

「……こんな時に八九寺がいてくれたなら、お目目ぐるぐるな僕を殴ってでも止めてくれたのだろうか」

「ハチクジ? 籤が殴るわけないじゃない。変なこと言って、普通じゃありえない光景だからって白昼夢と間違えてるんじゃないでしょうね。現実を受け入れないのは怠慢よ」

「籤って、そりゃあ紙が殴ることはないだろうよ。けどまあ、八九寺が白昼夢のようなものであるという点では大意はあってるけどな……」

 

 暑さと寒さが同時に襲ってくるせいか、気のせいか。

 少し意識が朦朧としてきた。

 

クソッ(fuck)クソッ(fuck)クソッ(fuck)!!」

「聖女がそんな汚い言葉を使っていいの?」

うるさい(shut up )! 神は死んだ! あの日、ジャンヌダルク1世と共に燃え尽きたんだ!」

「訛りのキツイ英語……フランス語じゃなくていいの?」

「貴様ァ! 私をあんな場所にまだ閉じ込める気か!!」

 

 しかし、バカなことを考えて口に出している間にも戦況は勇ましく終局に向けて一歩、また一歩と踏み出しているようだ。

 ここまで圧倒的な火力で押していた星伽だったが、挑発に乗ったジャンヌダルクの癇癪によって増大した氷柱群に押されて後退する。

 

「阿良々木! 貴様がここにいなければ私は今頃!」

「──今頃、なに? 私を誘拐することにも殺害することにも失敗してスタコラと逃げて、それで? ふふ、追い詰められた現実(わたし)から目を逸らして良いの?」

「ああああああああ!!!」

 

 ミシミシ、を通り越してバキバキと音を立てて遂に部屋全体が分厚い氷で覆われる。しかし、ジャンヌはその大きな力の代償を払うかのようにぜえぜえとが肩で息をし始めた。

「……そろそろ集中力も切れたかな?」星伽がとどめを刺すべく薙刀を振りかぶった。

 

「白雪! まだだ!」

「いや、遅いっ!」

 

 遠山の叫びに覆いかぶさるように鋭く発声したのはニヤリと笑ったジャンヌダルクだった。

 一瞬の出来事だった。

 星伽が遠山の忠告に体を硬直させたのを見逃さずジャンヌダルクは星伽が持つ薙刀を彼女の手から払い落とす。そして、跳ね上がるように立ち上がり、その勢いのまま星伽の土手っ腹に思い切り膝を入れた。

 迷いのない一撃に、現実の女性からはまずもって聞こえないような鈍い悲鳴が星伽から上がる。

 重たい砂袋を落としたような音が部屋に響き渡り、数秒。神崎と遠山が星伽の名を叫んだ。

 

「……ふん、気絶したか」

 

 他愛もなさそうな声でジャンヌダルクが呟く。割と追い詰められていた気もしたが、肩で息をしている様子もないので、部屋を冷凍庫にする勢いだったあの激情込みで演技だったのだろう。

 魔剣を左右に振るって刀身についた煤をジャンヌは落とす。

 

「アリア」

 

 遠山が一言つぶやいて、上着を床に落とす。水を吸っていたせいか、やけに大きな音が聞こえた。

 星伽がやられたから次は自分の番だ、ということだろうか。それとも敵討ちといった感じだろうか。

 なんにしても、状況判断が早い行動だった。

 

「……探偵科Eランク武偵、遠山金次。強襲科ではSランクだったらしいが、体つきは特段評価に値しない。かといって銃の腕にも長けているわけでもなく敵の策略にはまり溺れ死にそうになる程度の脳しかない。──ははは、別に後ろのSランクと一緒に戦ってくれても良いのだぞ。なんの異能も持たない武偵など、超能力者からすれば何人いようが変わらん」

「……今の俺は、今のジャンヌに優しくできない」

「なんだそれは、わたしに負けたあとなら遠山は私に優しくするというわけか? はは、奴隷根性甚だしいな! さすが神崎アリアの相棒だ!」

 

 棚にぶつかり沈んだ星伽をえっさこらさと僕と神崎が運ぶのを他所に、遠山とジャンヌダルクがカッコいいやりとりをし始めた。キザッたい遠山の口調とジャンヌダルクの大袈裟な身振りがこの空間を劇場のように演出する。まるで、遠山のキャラ変更はこのためにあったのではないか、よもやこの一連の流れは僕以外全員によるヤラセなのではないか、なんて考えが僕の頭をよぎる。

 

「この桜吹雪、散らせるものなら、散らせてみやがれッ!!」

「望みの通り、凍り散るがいいッ!!」

 

 しかし、振り返ってみれば、勝負は一瞬だった。

 ヤラセのように綺麗な流れで、ヤラセにはないほどに苛烈で。

 しかし、ヤラセではないかと思わせるような非日常的な結末で。

 銃撃戦も斬撃戦も打撃戦も接近戦も遠隔戦も頭脳戦も異能戦もなにもない。宣言通りあっけなくて、通常通りのあたりまえで、通常ではありえない結末。

 ──ジャンヌダルクが遠山の腰から下を凍らせた。

 

 そりゃそうだ。この部屋全体を冷凍庫にできるのだ。人1人の半身を氷つけるくらいわけはない。丁寧に遠山のベレッタは氷塊の中に閉じ込められている。しかし、遠山は手まで凍りつかされる前にベレッタを手放して、余裕綽々に『やれやれ』と肩をすくめて手をヒラヒラとさせている。

 

「手の早い子だ」

 

 なんてのは遠山の言葉だけどそれは平常に聞けば、なんとまあちゃらけた言葉なわけであって、非常である今現在のところで聞いたところで、非常に非情な現実を突きつけられた状況を端的に言い表したようにしか聞こえないのだった。負け犬の遠吠えと変わらない実質上の白旗宣言だった。事実、その余りにも呑気すぎる発言は僕達にむしろ『ああ、やばいんだな』と大きな動揺を波状させた。

 いや、逆だ。

 遠山以外の全員に動揺を発現させた。

「なにやってんのよ!」と発砲する神崎アリア。なんだか彼女の発砲は日常的な動作に見えるから不思議だ。登場人物ならぬ日常人物たる僕にとって、その音は文字通り非常音であるというのに。

 

「貴様の上半身を残してやったのは、遠山という桜吹雪を散る様を花見して貰おうと思ったからだ。言うだろう? 散り際こそ美しき、ってな」

 

 上手いんだか上手くないんだかよくわからないことを吶喊しながら遠山に突撃するジャンヌダルクを前に僕は逡巡する。

『なにか、できることはあるのだろうか』ではなく、『できれば神崎が()()のが正確だ』と。しかし、声をかけるにはあまりにも時間が足りない、と。

 やるべきことは浮かんでいた。

 神崎が発砲した時点で、思い出していたから。

 幸い(というか、不幸中の幸いなのだが、そう言うにはあまりにも皮肉が過ぎる)、去年の春休みから今年の春休みに至るまでの人生経験が僕に迷いという行動を取るのを防いでくれたようで、ジャンヌダルクが遠山に突撃してから僕が行動を取るまでにそうタイムラグはなかった。

 

「伏せろ! 遠山!!」

 

 つまりは、僕は、引き金を引いた。

 手にした、グロッグ17をジャンヌダルクに照準を合わせて、明確な意思を持って撃ったのだ。

 撃った瞬間に僕を襲ったのは、衝撃でもなく後悔でもなく唐突な無気力だった。『あ、やったんだな』という自分の何かがぽっかりと抜け落ちたような喪失感にも似た感覚が僕を覆った。フルオートにしていなかったため、銃口から飛び出したのはたった数グラムの鉛一つだったが、そんなの御構いなしと腹から下を切り落とされたかのような感じだった。

 本来なら外したことを考えて2発3発と撃ち込むべきなのだろうが、気力はまさしく一球入魂、1発の銃弾に全て吸い込まれてしまっていた。

 しかし、そんな重みはないが僕の想みを背負った銃弾は、ビギナーズラック甚だしいことに、狙い通りジャンヌダルクの突貫の延長線上を走って行ってくれたようで、吸血鬼の目はその行方をゆっくりと映し出した。

 

 ……って、あれ?

 あれあれあれ? どういうことだ?

 ん? 気のせいか? むむむ。いや、気のせいじゃない。

 ──遠山の眼球が()()()()()()()()()()()

 

 予定なら、僕の銃弾はジャンヌダルクの上段に構えた聖剣もとい魔剣のどこかに当たり遠山へ繰り出されるだろう袈裟斬りをそらすはずだったのだが。けれど、あれ?

 確かに銃弾は当たった。音を立ててジャンヌダルクはバランスを崩し袈裟斬りの勢いは落ちたし、その行き先も逸れて当たりどころも遠山の脳天から肩にずれた。

 僕の予定なら、武偵高の制服に防刃ベストがあることを加味すれば、まあ致命傷が深刻な打撲に繰り下がる程度に落ち着くはずだった。その後の展開はまま適当にどうにかするしかないとは思っていたものの、それでもその間に神崎の冷静さを取り戻してジャンヌダルクをどうにかする手はずだった。

 しかし、どうしたのだろうか。

 僕の目がおかしくなったのだろうか。

 吸血鬼が怪異の王である所以であるところの『できると思ったことができる』という特性が暴走して僕の目ん玉が都合のいい景色を映し出してしまったのか。

 

「──は?」

 

 と間抜けな声を出した時にはもう、遠山は、ジャンヌダルクの魔剣であるデュランダルを白刃どりしていた。

 噂に聞く真剣白刃取りである。

 しかも、指二本で。

 

「逮捕よっ!!」

 

 いや、『逮捕よっ』じゃないだろ。さっきまで『なにやってんのよ!』と怒り散らしていただろう。なにをそんなに冷静さを取り戻しているんだ。

 僕なんかお前の落ち着きに反比例するように動揺を取り戻したんだぞ。正確には、一周回ってさらに半周したわけだから、反比例ではなく三角関数的なんだろうけどな! そんなどうでもいいことを考えてしまうくらい動揺しているんだぞ。

 なんだか、星伽も遠山のもとに駆け寄って縋り泣いているし、遠山も遠山で当然のように受け入れて頭を撫でているし。

 

 なんだよこれ。

 一瞬の出来事すぎるだろう。

 今までの経験則的にも、問題発生はたらたらと、問題解明から解決はさくさくとっていうのは分かっていたけれど、これは余りも急展開すぎる。序破急ならぬ、序序急である。それなんてスージーQ?

 

「助かったわ」

「え、いや。うん」

 

 ジャンヌに手錠をかけた神崎が僕に近付いてそんなことを言うが、正直それどころじゃない。なんだか、証明問題を自明の一言で片付けられたような。しかるべき描写によって何秒にも感じていた数秒のやりとりが丸々省かれてしまっため数秒のやりとりにさえ感じることができなくなってしまったような。

 そんな視点のズレと時間のズレを感じる。

 気のせいなんだろうけど。

 

「くそっ、阿良々木。お前のせいだからな」

 

 悪態をつくジャンヌダルク。この期に及んで僕に敵意を向ける彼女だけど、僕は彼女がこうやって睨みつけてくれることになんだか安心感を覚えていた。それは僕にしては珍しい種類の安堵の気持ちだった。

 僕の射撃で死ななくて、良かった、と。

 行動に迷いはなかった、なんてあの時はカッコつけてみたが本来、迷いなんてのはいつ生じてもおかしくないものだ。事象の前に生まれたら『迷い』というレッテルが貼られるだけで、それは後悔や心配や憂慮なんて言葉で事後最中に生まれることだってある。

 

 つまりはそういうこと。

 数分経った今になって僕は手汗をびっしょりとかいていた。

『癖になる』と忍は言っていたが、撃った今なら、撃ってしまった今になって分かった。

 癖になるのではない、後戻りできなくなるのだと。

 かの信長公は鉄砲はその殺人の容易さだけでなく、罪悪感なく人を殺せるという点で優れている。と言ったそうだが、それはてんで的外れだと言わざるを得ない。かの時代の人はそもそも死に近かったからそんなことを言えたのだ。

 銃の引き金は、弾を出すキッカケであるとともに、区切りをつけるスイッチなのだ。文字通りSwitchする。

 人を変え、人の位置を変える。

 神崎アリアの発砲が日常的な動作だと思ったというのは、鈍感な僕が珍しく感じ取った彼女と僕の明確な差異だったのかもしれない。

 

 今回、僕が一歩立ち入りかけた世界で彼女達は生きているのだ、という。

 

「コヨミ」

「はい」

「私達は地上に戻るわ。あんたも時間の参考人だから後で一緒に教務科(マスターズ)に来てもらうから、呼んだら来なさいよ」

「……ああ」

 

 右手に握ったグロッグ17を見る。

 できることなら、今後は使うことがないようにしよう。

 誓った僕は、それを腰に戻した。

 

 一度解散するのも効率が悪いし、この状況じゃあ僕のお使いも遂行はとてもじゃないがかなわない。ということで、僕は彼女達について行くことにした。先頭に遠山と星伽後ろに神崎とジャンヌダルク。その後ろに僕とジャンヌを囲うように隊列を組んで道を歩く。

 錆びついた階段を数階分登って、凍りついたエレベーターに絶望してさらに数階分の階段を上って。

 入り口が近付いたところで手錠を繋がれながらもデュランダルを抱き込んだジャンヌダルクが首を大袈裟に傾げて振り返った。

 

「ああ、そうそう。こうやって捕まってしまったからな。教えといてやろう」

「教える?」

「先日、神崎アリアがラグジュアリーショップで見たという阿良々木暦は私だ。それに、私の仲間が一度だけお前に扮して平賀文の元へ訪れた」

「は? お前、それって──」

「が、()()()()()。それに、平賀文にはバレたらしい……なあ、阿良々木暦。お前には、この意味が分かるか?」

「……つまり、それは」

 

 なんのためにこいつがラグジュアリーショップに僕の格好で入店したのかはさて置きたくはないが、さて置いて。

 一度だけ、平賀の元に現れて、バレた?

 となると、平賀さんは阿良々木暦とそうじゃない誰かの違いは付いていたということ──は?

 

「数が、合わない……」

 

 ジャンヌ・ダルクの言っていたということが本当ならば、平賀文が言っていた新宿の阿良々木と、新宿のラグジュアリーショップに行った阿良々木が別人ということになる。つまり、この僕と、新宿の二人で合計3人。

 じゃあ、新宿に遊びにいった阿良々木暦は誰なんだ?

 まて、ならそもそも──。

 

「……どういうこと?」

 

 神崎が呟く。

 と言ったところで入り口に着く。

 遠山が重い扉を開いてその奥から眩い光が差し込んで、

 そして、

 

 

「やっと追いつめたぞ、偽物め!!」

 

 

 その先には、銃を構える男が1人、立っていた。

 何故だろうか、僕はその男の名前を知っていた。

 その男の名前は。

 

 ──阿良々木暦。


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