巻物語   作:一葉 さゑら

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024-B

 なぜ、この世界の服を着て、この世界の僕の携帯を持つ。

「……理解ったか」

 なぜ、あの時の肢体は短髪だったのか。

「……やはり、愚か」

 なぜ、目の前のコイツが本物なのか。

「愚か、お前は、愚か」

 なぜ、目の前のコイツは短髪なのか。

「何故、気づかないのか。その愚かさはおろか、愚か」

 髪の毛なんて、そう。

「……相変わらず、愚かですねえ。阿良々木()()?」

 切ってしまえるのに。

 

 

【024-B】

 

 

 下を見た僕の耳打するように目の前から僕と同じ声がする。

 思えばこれも、本来ならおかしな話である。

 なぜ、僕が考える声と同じ声を発することができるのか。

 普通、人間が発する声というのは本人が思うのとは違う声であるのが当たり前である。骨振動だかなんだかという話はおいといたとしても、ホームビデオやスマホが浸透した現代っ子には心当たりのある話だろう。

 だというのに、なぜか。目の前の声は僕と同じ声がするのだ。鏡写し、鏡越しの声ではない。それそのままの声。

 それでいて、この世界の知人達に違和感を抱かせないなんて。

 いうなればそう、こいつの声は写すのではなく、写したかのような声なのだ。

 

「……」

 

 カタカタと急激に頭が整理されていく。

 バラバラだったパーツが『髪の毛』によって再配置、接合されていく。

 なにが、『昔の僕のよう』『一年前の僕は』だ。『自傷癖で自責気味な自分から成長した』だ。

 なにも成長していないじゃないか。

 僕は何も、成長していない──僕は、僕を見て(、、、、、、、)そう実感していた。

 

「どうした? 顔を上げないのか?」

「まて、待て待て、ちょっと待て」

 

 つまりはそういうことだったのだ。

 端的に言えば、目の前の阿良々木暦。コイツは怪異だ。

 それもクロスオーバーもへったくれもない。

 僕の世界から、僕の世界で、僕の世界の、この僕の僕が。

 この僕が生み出した怪異だった。

 

「……お前は、僕だったのか」

 

 尋常じゃない雰囲気を感じたのか、周りの武偵は腰あたりに手をあてて黙っている。神崎は訝しげな目でもって、峰とジャンヌは好奇の目でもって見守る。唯一僕らの会話を止めようとする遠山も神崎に手で静止を促されている。

震えるような僕の声に、目の前の阿良々木暦は一度呼吸を行うと先程までの狼狽が元々なかったかのような態度で足を組み、嗤い、僕の目を射殺すように覗き込んだ。

 

「やっと気付いたか? いつまで演技という名の便宜を図り続ければいいのかと思ったけど──そうだよ。僕はお前だ。さっき『偽善者』といったようだけど……はは。自傷癖はどうやら治らなかったようだね。阿良々木暦。君は懲りずに凝らずにまたまた。はたまた君は。そうなんだ。

「君は、僕を『生み出した』」

 

 忍野扇、ミラーワールド、そして阿良々木暦(ドッペルゲンガー)

 僕ってやつは、どこまでも内向的なんだ。

 大学生にもなってみっともない。

 大学デビューなんて以ての外じゃないか。

 

「そして、阿良々木B。お前は条件を満たした」

「……条件?」

「そう、因ともいっていい。否、印と言い直そう。僕は今、君によって僕という現象に因果の印を付けられたんだ。名付けられ、格付けられ、条件付けられた」

「……印……条件……」

「つまり、阿良々木暦風にいうなら『この話のオチ』ってやつさ。そして──」

 

「『ドッペルゲンガーのオチは、そう。

 主人公の消滅だ』」

「──ッ!!」

 

 

 ああ、やられたっ。

 そうか、コイツはこれを待っていたのか。僕がコイツに【ドッペルゲンガー】という現象を名付けるのを。

『成り代わったという事実』が『現象』という形で表面に現れるんじゃない。

 『現象』が現れるから『事実』が定義されるんだ。

 つまりは千石撫子と似た状況。彼女の場合、彼女は同級生達の呪いを『自覚』し、『対処』しようとしたことで曖昧模糊として幽かだった筈の呪いを、怪異として具象化して確かにしてしまった。今の僕も同様。僕は目の前のコイツを僕のドッペルゲンガーとして『自認』し、一人の怪異として警戒してしまったのである。

 それは、言の葉の霊だ。零を一にする行為。要は名付けであり、例を実として位置付ける行為だったのだ。

 そうして、ドッペルゲンガーはニヤリと笑う。

 

「巻いていこう。オチの長い物語は嫌われている」

「ちょっと待て」

「いや待たないさ。さあニセモノ。顔を上げろ。顔を上げて前を見るんだ」

 

 カヒュ、カヒュゥ。

 触れるか触れないかなところで震える奥歯、更に奥の方から弱く短い息が漏れるのを感じる。

 なんだかんだ、ヤケになりやすくてピンチになりやすくて、勢いで清水から飛び降りる事がある僕だけど。こんなに密な距離で、淡々と自分の消滅が近づくのは初めての体験だった。

 そして、初体験で有ろうと無かろうと毎回襲うで有ろう濃密な恐怖が、奥歯僕にねっとりと纏わりつく。

 周りから見れば、きっと、まるで僕が容疑者でコイツが探偵のように映るのだろう。いつだって推理小説の主人公というやつは自信ありげで、満ち足りたような顔で人を急き立てるものだから。

 言え、言え、と。

 心の蟠りをえぐり取るような目ん玉で陰湿に執拗に舐めくりまわしていじくり回してきて、それでいて悪びれない。名探偵というのはタチの悪い、とんだダークヒーローである。

 こうなってしまったら、どこぞと知らぬ何奴に悪態をつこうともう遅い。

 例え、この場の何人が僕を被害者かも知れないと思おうが僕は自分のたった一つの動作──首をくいっと上げる──だけで消滅してしまう。

 それがどう物語の終着点に行くのかなんて関係ないのだ。

 それが、最もドッペルゲンガーという巷説の恐ろしいところだった。

 

「し、し。しの」

「──無駄だ。今、お前がここでかの最愛の奴隷を呼んだところで何の意味もない。お前と違って無知蒙昧でない彼女が今この時点で現れない時点で察しがつくというものだろう?」

「……」

 

 わからない。

 話から、話の輪から離れていくような錯覚を覚える。コレが極度の緊張感からくるものなのか、コイツ固有の【在り方】からくるものなのかはそれこそ分からないけれど。

 

「ちょっと、結局どういうことなのよ。私達が置いてけぼりなんですけど!」

「ちょっと、待っててくれ。ことが終わったら煮るなり焼くなり好きにしてくれて良いから」

「……ジャンヌを引き渡すまでもう時間がないわ。あと10分以内に説明しなさい」

「分かった」

 

 汗が滴り落ちる。

 吸血鬼の視力で捉えた雫に映る僕は驚くほどに疲れ果てて褪せて焦っていた。

 ぐるぐると数々の取り留めのない会話の種が浮かんでは消えていく。僕がこの先生きのこるルートが全く見えない。

 とどのつまりの詰み。

 思わず受け入れてしまいそうになるほどのどん詰まりだった。

 

「──さぁ、顔を上げてくれ

「会話をしよう

「なんなら弁解だってかまわない

「どっちが阿良々木暦でどっちが何者なのか

「決めようじゃないか」

 

 適当並べやがって!! 

 そう言えればどれだけ良かっただろうか。

 ただの一言だって許さずに消そうとするなんて、王道をこよなく愛する僕から産み出た怪異とは思えない。

 それとも何だ。羽川が押し殺していた二面性を異なるアプローチで表現したとように、僕は押し殺したかった二面性を異なるアプローチで否定したとでもいうのか。

 むしろ、今回の方が愚直で安直で直球の否定だった、と。

 そして、それに気づかなかった僕はどれほど愚かなのか、と。

 ──と。

 

 しかし、そんなこと考えても意味はない。

 

「……分かった。分かったよ。阿良々木暦。認めるよ。僕は確かに阿良々木暦であって阿良々木暦じゃない。そして君はきっと僕より阿良々木暦たりえるよ」

「なら、顔を上げろ」

「だからさ、きっと君は阿良々木暦になることができない」

「……」

 

 散々自責の念に囚われて、反省して、後悔したところで。

 僕は過去には戻れない。入れ替わらない、なり変わらない。

 なぜなら僕は、ドッペルゲンガーなんかじゃあないのだから。

 

「【ドッペルゲンガー】、君は良くやったよ。成り代わり立ち代わりで良くやった。だから、手詰まりな被害者の悪あがきとして聞いてくれ。よくある自供、犯罪者の独白というやつさ」

 

 それは【阿良々木暦】である僕、あるいはお前にしかできないことなのだから。

 

「つまり、こういうことなんだろう!? 僕がこの世界で会った初めての死体はお前が殺した阿良々木暦の死体だったんだ。今思えば往来の中で弾痕残る死体があるなんておかしな話だし、大方、成りかわる直前に僕が運悪く現れてしまったとからそんなとこじゃないのか。

「それでいて、悪鬼巷説の成就を逃したお前は次に僕を殺そうとした。いや、違うな。お前の狙いは初めから僕だった。ただ、そのためにこの世界を利用としていたんだ」

 

 つまり、図式としてはこう。

 どのタイミングかは不明だが僕がドッペルゲンガーを生みだす。

 そして、ドッペルゲンガーがこの世界にやってくる。

 その後、僕より先にこの世界の阿良々木暦と接敵したドッペルゲンガーがこの世界の阿良々木暦と成り代わろうとする。

 その瞬間に僕が転移する。

 ドッペルゲンガーとしては、時空転移の不安定さからくるタイムラグなどを考えれば余裕に行える犯行だったはずだったのだろうが、僕のタイミングの悪さが一枚上手を行ってしまったのだろう。

 なんというか、僕の巻き込まれる事件の発端って毎回こんな感じな気がするな。

 

「その後、徐々にこの世界の阿良々木暦の成り代わりとお前の成り代わりがクロスオーバーして、今に至る」

「くくく。焦りすぎにしても、自供がざっくばらんになりすぎてるんじゃないのか?」

「どうせ、僕の知らない僕がお前なんだ。推理も何もないだろう」

 

消去法で生まれた答えは推理とは言わない。ただの事実だ。

 それに、僕は名探偵じゃないし。むしろ、名も何もかも奪われかけている身だ。

 

「まあ、確かに、その真偽はそれこそ、『さて置いて』おいてもいいことなのかもしれないな……もういいだろう? いい加減、顔を上げろ」

「いい加減……か。いい塩梅の話ならもう散々扇ちゃんとしてきんだけど」

 

 と、言ったところで僕は目を伏せたまま、手を挙げた。その行動はあたかも、阿良々木暦Aに対して降伏するように、白旗を挙げるように、僕は彼に右手を差し出した。

 

「なんだ、殊勝じゃないか。そんな態度を見、せ……て?」

「この極限下でできる事はなにかって最初は思った」

「まだ、何か」

「……だから、お前に取って変わられてしまう。その理由を考えてみたんだ」

 

余裕のない事態の中での考察だ。今の考えが当たっているかなんて分からない。けれど、目の前の影法師(ドッペルゲンガー)がこの世界の阿良々木暦ではない僕と取って変わろうとする理由はなんなのかがどうしても引っかかった。それは、諦めの悪い僕らしい思考だった。

 

「もしかして、今、この世界の阿良々木暦にとって替わったドッペルゲンガー。それはもしかして、この僕──武偵世界に移り来てしまった『阿良々木暦』なんじゃないのか」

「……」

「なぜなら、君は短髪だ!」

「──ッ!!」

「つまり、僕が初めてあったあの死体と同じ髪型、同じ服装をしている! そして、先程いった『僕のドッペルゲンガーである』という推察に対する冷静すぎる態度。つまり、君は」

「うるさい! これ以上の言葉は必要ない!」

 

阿良々木Aはここに来て再び、さっきアリアに問い詰められた時のような慌て具合──むしろ、それ以上の狼狽を取り戻す。

机を乗り越え、僕の頭をつかみ、無理やり顔を起こそうとしてくる。

伸びた前髪が掴まれ、グイッと手前上へと強く引っ張り上げられる。

 

「いつまで顔を下げているつもりかと何度言わせるんだ!」

「──つまり、君は、今、この機会! これを逃したら『消滅する』ということだ!」

 

時間稼ぎのような即興はここまで。僕はドッペルゲンガーに無理矢理顔を上げさせられるのと同時に、右手を、再度、強く自分の眼前に差し出した。今度は抵抗するように、突っ張って。

 

「まだ無駄な足掻きを──!?」

「消滅する前、とはいえドッペルゲンガーの性質としてこの僕と同じ知識を有しているなら分かるだろう? この意味が。だから、お前は、今、こうやって怯えている!」

「お前、それ。それは……」

 

僕の眼前であると同時に、ドッペルゲンガーの眼前でもある、その位置。そこに在ったのは右手だけではなかった。

携帯電話。

僕の右手には固く携帯電話が握り閉められていた。もちろん弄っていたのは鳴らないジャンクと化した僕のケータイではなく、この世界の阿良々木暦のモノである。

 

「『もうどうにもならない。故郷から遠く離れたこんな場所で僕は死ぬのか』。一時はそう思った。てか、今さっきまで考えていた。けど、そう思うと同時に、過去に一度そう思ったことがある事を思い出した」

 

 どうせ知り合いもいないだろうし、平賀文の顧客リストで埋まっていたその連絡先。そのひとつ。

 つい先日行った平賀さんのバイトの最中、ふと見つけたある人への連絡先。思わず見つけてしまったあの時ばかりは、今よりもよっぽど脂っぽくてやけに冷たい汗が背中の筋を撫でたものだった。

 

「かつて同じことを考えていた時の僕は、パラレルワールド、並行世界ではないけれど、しかし同じように別世界──『裏世界』なんて場所にいたんだ」

「……【臥煙 遠江】!!」

「『頭のいい敵にとっておきの方法を教えよう』」

 

 僕は、消滅するかしないかの瀬戸際で、頭を伏せたその上で頼りに頼った彼女との連絡(メール)を抜粋して読み上げだ。

 

「『ペンは剣よりも強いってのは、剣を持った連中の言葉さ』」

「……まさか、まさかまさかまさか!!」

「『そのまさかさ。例外の方が多い規則が溢れるこの世界において唯一無二の効力はペンじゃない──暴力だよ』」

 

 

 

「【例外の方が多い規則(アンリミテッドルールブック)】。キメ顔は君の心の中にある」

 

 

 なかなかアレンジの効いた決め台詞が窓の外から聞こえた。

 

 

 後の事は次の章で。

 推理も何もない暴力的で冒涜的な小説だ。

 1話ぐらい、オチがなくたって、いいだろう?


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