楠芽吹は勇者である 外伝 -不枯の勁草-   作:まつゴロー

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今回は原作で明言されてないシーンや大幅な原作改変があります。



3.世界

 神世紀三〇〇年、秋。夏が完全に終わり金木犀の香る頃。

 海上に聳え立つ巨大な壁の前に、防人の少女たちは集結していた。

 人類を守る結界の壁の上で、少女たちは今か今かと待つ。壁の外に出る、その時を。

 少女たちの顔つきは様々である。ある者は強い眼差しで壁の外を睨み付け、ある者は不安そうな顔を隠し切れず体が震える。中には外の世界を想像して笑顔を浮かべている者もいた。いずれにせよ、少女たちはその殆どが壁の外へ目を向けていた。

 北畠秋はその中、ただ一人だけ別の方向を向いている。壁とは正反対の四国の街並みだ。

 火の光に反射する海面、街を通り抜ける車、海上を悠々と羽ばたく鳥たち、そして無残に折れ曲がった大橋。

 今まで見たことのなかった海上からの街並みを、ただ見つめる。別段、目を見開くほど美しくも、ましてや心を揺さぶられるほどの光景でもないのに、ただただいつもと違って見える街並みから目が離せない。

「こんなところにいたんだね」

 秋の隣に並び立つ者がいた。新田佳夏である。この子はいつでも気づいたら隣に立っているわね、などと思っていたら自然と笑みが浮かんできた。

 佳夏はそれから何も言わずにじっと街並みを眺めていた。秋も隣に人が立っていることを気にせず景色を眺める。言葉がなくとも、彼女たちの思いは通じ合っていた。

 

 

 暫くの間二人で街を眺めていると、不意に大きな声が壁に響き渡った。声の主は楠芽吹。この防人の少女たちのリーダーである。

「総員、戦闘態勢に入って!」

 芽吹の号令で、少女たちが一斉にスマートフォンを取り出し始める。その様子を眺めながら秋と佳夏もスマートフォンを取り出した。二人は一瞬目が合い、お互いに笑顔を浮かべる。

 陽だまりのような優しく、花が咲いたような笑み。業物の太刀のように鋭く、故に何物をも魅了する蠱惑な笑み。その二つの笑みが並び立つ中、二人は同時にスマートフォンのアプリを起動させた。

 二人の体に変化が起こる。着ていた制服が一瞬にて姿を変える。彼女たちは若草色と黒を基調としたコートのようであり、全身一体化したスーツのような特殊な服を身に纏う。肩には衝撃吸収用の肩当に、顔を含めた頭部にはヘルメットのような防具が装着され、二人の長髪を仕舞い込み、目を覆うように顔の上半分は不思議なゴーグルで覆われた。さらに周りの大多数の防人とは違い、秋と佳夏には耳の部分に大きなヘッドホンのような装備が装着されている。一番から八番の指揮官専用に作られたヘッドホン型の通信機器だ。

 更に右手を伸ばすとその手に筒状の光る物体が浮かび上がる。それを強く握りこめば、光る物体は光を強めながら形を変え、銃剣が付いた小銃へと変化した。これが防人の主な武器である。これには指揮官型にも変わった部分はなく同じ性能となっている。

 光が収まる頃に、秋は自身の変化に気が付く。防人の衣装という大きな見た目の変化もあるが、それ以上に体の奥から普段では感じられないぐらいの大きな力を感じ取った。それは剣の打ち合いの時のような高揚感とは違う、純粋に力が湧き上がってくる不思議な感覚だった。

(これが神秘の力か…)

 不思議な力に感心しつつも秋は手の持つ銃剣を構える。射撃訓練や銃剣格闘訓練で使用していたものと同じサイズであるが、これから戦地で自らの命を託す代物である。不備や扱いづらさがないかの確認のために様々な角度で構えたり軽く突きや払いを行う。不備はなさそうであるどころか、秋の手に歴戦のエモノのように馴染んでいた。

「帰ったら名前を着けてあげなきゃね」

 銃剣の銃身を優しく撫でた後、クルンと手元で一回転させてから肩に担ぐようにして防人たちがかたまっている場所まで移動する。他の防人たちは最前列で防人たちに祝詞を唱える巫女に注視していているようだ。

 比較的背が高い秋は後方からでも見ることができたが、その巫女は大分幼い見た目をしている。だがその見た目に反し、祝詞を唱える姿はとても凛々しい、厳かな雰囲気を醸し出していた。

 祝詞が終わり、巫女が最後に防人たちへ無事を祈ることを言った。先程の凛々しさはなく、ただただ防人の少女たちを案じているのだろう。少女たちはそれを感じ取り、雰囲気が変わる。皆、覚悟を決めた顔だ。

 肩に構えていた銃剣を構え直し秋は後方の防人の群れを悠々と通り過ぎる。そして先頭に立つ防人の左後方に立ち、下知を待った。

「それじゃあ、行くわよ!」

 先頭に立つ芽吹の号令により、防人たちが一斉に動き出す。壁の外に向かい、三十二人の少女たちが前進し始めた。

 ふと秋は一瞬立ち止まりかける。だがすぐに歩調を速め、壁の外へと向かう。小さな笑みを浮かべて。

 秋が立ち止まりかけたのは、小さな声が聞こえたからだった。その声は足音で消されかねないぐらい小さく、そしてその声の主にそぐわないものだった。

「ちゃんと『生きて帰って』きますよ」

 呟きの答として、秋も小さな呟きで返す。秋の目線の先は、先の声の主。仮面で顔を隠した、人間味のない神官から受け取った真心の籠った、小さな祈り。

『死なないで』

 その言葉は、どんな激励よりも心の奥底に残った。

 

 

 結界の壁を前進し始めてすぐ、壁の半分を踏み越えた瞬間、少女たちの世界が一瞬にして消え去る。先ほどまで見えていた秋晴れの青空と穏やかな瀬戸内海は消え失せ、真実の世界が少女たちに姿を現した。

 神樹が見せていた幻影の先にあったのは、まさに地獄である。焼け爛れ、大きな溶岩が唯一の足場と言えるような紅蓮の大地。ありとあらゆる足場から天へと激しく昇る無数の劫火。目の奥まで熱で痛くなるような炎の世界ですら簡単に飲み込んでしまうような、色という概念すら奪い去る暗黒の空。壁の外の何もかも全てが、人類の長年積み重ねた成長の証と世界を嘲笑うが如き、生を微塵に感じることが出来ない地獄が、一面に広がっていた。

 人生で経験したことのない異様な世界に少女たちは歩みを止め、呼吸を忘れたかのように息をのむ。ひたすらに滅亡を象徴する世界に目を見開き恐怖を覚え銃剣の構えを解いて自身の体を強く抱いて震えだす者がいたが誰もそれを注意することはなかった。それぐらい、壁の外の世界は、人知から乖離した世界だった。

 そんな中、秋は静かに世界を眺めていた。灼熱の世界を見つめ、真っ暗な空を一瞥し、遠くの漂う白い物体や、大地に根付く卵から這出てきた奇妙な生き物を、じっくりと観察した。

 そして外の世界を一言で表す。

「醜いわね」

 その言葉に恐怖はなく、ただただ侮蔑と嫌悪が込められている。壁の外の世界など、秋にとってはその程度のことでしかなかった。人類救済を目指す秋に滅んだ世界など興味はなく、ただの戦場でしかない。世界の感想より、戦術的に有利な地形がないかを調べるぐらいであった。結局は結界以外は高低差のほぼ無い、不安定な足場であるということが分かっただけで充分であった。

「みんな、壁から降りるわよ!離れず一箇所にまとまって!」

 部隊長の芽吹の指示に少女たちは我に返る。そして一番に結界の壁から飛び降りた芽吹の後を追い、爛れた地に降り立った。鋼鉄ですら簡単に溶かしきってしまうような地に勢い強く着地したことから強く目を瞑って熱に耐えようとする防人もいたが、いつまでたっても熱さを感じず息を吐いて心を落ち着けていた。防人の戦闘衣装、「戦衣」は機能では勇者と比べるのは烏滸がましいぐらい非力なものだが外の世界の灼熱に対する性能は段違いに高い。この戦衣のおかげで防人たちの行動が制限されることはなかった。

「おいおい、外の世界ってこんなにやばいもんだったのかよ、アキ」

 壁から降り立ちドロドロになっている地を踏み固めて足場の確認をしつつ、遠くに漂う白い物体に照準を合わせて位置を図っていた秋に牟田蓮音が話しかける。彼女の顔色は灼熱の世界にいると思えないぐらい血の気を失った白い顔だった。

「御役目を知らされたときや座学のときで散々見たでしょう」

「画面越しと実際見るのじゃ訳が違うんだよ!」

 蓮音の怒鳴り声に秋は眉を顰める。普段の飄々とした態度は見えず、眉に大きな皺を寄せて粗い息継ぎをしながら辺りを忙しなく警戒している。こんなに余裕のない蓮音を見るのは秋は初めてだった。

 蓮音の肩に優しく触れるように手を置き、ゆっくりと力を入れる。きょろきょろと辺りを見渡していた蓮音は痛みで小さな悲鳴を上げ、秋を睨み付ける。

「蓮音、安心なさい。私の指示に従っていれば、貴女は死なないわ」

 立ち上る炎の轟音が響き渡る中で、努めて優しく語り掛ける。その様子に蓮音はキョトンとした表情をした後、口の端を大きく釣り上げ野性味のある笑顔を浮かべた。

「へへっ、言うじゃねーか!分かったよキタバア、アンタの指示に従ってやるよ!だからアンタもアタシを頼ってよね」

 蓮音は右手に持っている自身の身長より大きい盾を空いている方の手で力いっぱいに叩いた。

 防人は指揮官型や銃剣隊以外にも、蓮音のように大きな盾を持った「護盾隊」という集団がある。銃剣隊が仕留めそこなった敵を防いだり、敵の遠距離攻撃を想定されて作られた部隊であり、防御力の殆どない防人たちの生命線を支える部隊だ。

 その防人を護る盾から重厚で鈍い金属音が鳴る。その音はとても力強く、安心感を与える姿だった。--盾を地面に落とし、左手を抑えながら呻いている蓮音の姿を見なければ。

「何やってるのよ」

「き、気合を入れようかと…」

「戦う前に無駄な負傷しないで」

 涙目で左手に息を吹きかける蓮音を半目で睨み付ける。呆れると同時にいつもの彼女が戻ってきたことを実感した。

「さて、遊びはそこまでにしましょう。…来るわ」

 素早く秋は銃剣を構える。その照準の先には白い物体の群れが防人の少女たちに向かって飛んできているのが見える。

 その白い物体こそが外の世界の唯一の生物。天の遣いであり、人類の敵である「星屑」だ。ただ人間を食らい尽くし滅ぼすために、無限に生まれ続ける敵の先兵である。

 射撃姿勢を取った秋の前に素早く蓮音が盾を構えた状態で待機する。射線を隠すくとはなく、だが秋を盾でしっかりカバーする姿に隙はない。

「おし、いっちょやったるか!」

「いつもと同じよ。厄介ごとは私が片付ける。貴女は露払いをお願い」

「おう! 人愛部の部長を舐めんじゃねえよ」

「私だって生徒会長よ」

 射撃と防御を整え、いつでも攻撃できる状態になったところで秋は攻撃命令を求め隊長の芽吹に視線を移す。視線の先には二人が大声で騒いでいる様子に眉根を顰めている芽吹の姿が見えた。騒いでいる片方は秋もよく知っている弥勒夕海子。もう一人は戦闘成績最低で有名な加賀城雀であった。やがて芽吹が大声を出して二人を沈め、そして先程よりも大きな声を出す。

「銃剣隊、射撃用意、構え!!」

 隊長である芽吹の指示により、銃剣を所持している少女たちが一斉に銃口を迫りくる星屑の一団に向ける。一部の防人は恐怖による震えからか照準が定まらないがそれでも全員が射撃準備が完了した。

 星屑たちは人間とは比べ物にならない速度で少女たちとの距離を詰めてくる。それと同時にその恐ろしい風貌が少女たちの視界にはっきりと映る。手足のない白い胴体を持ち、顔も具体的な器官が見当たらない特徴がないようにみえて、その全てを忘れさせるかのごとき成人男性ですらを一飲みしてしまいそうな口と思しき大きな部位が存在する。その大きな口がガバッと大きく広がる。瞬きをしてしまったら次に目を開くことはできないであろう距離までいつの間にか星屑は迫っていた。

 防人たちの緊張は高まる。芽吹の号令がない限り勝手に射撃することは許されない。号令を待ち、いつでも射撃できるようにトリガーに掛けた人差し指を限界まで引き絞り、照準がずれないように左手で銃剣を支える。その一つ一つの小さな動作に力が入る。

 まだか…まだなのか…

 防人たちの緊張は最高に達し、劫火の轟音ですら忘れさせるまでに至った。

 一部の防人が過呼吸気味に荒い息をし、小さく悲鳴を飲み込む。そして、星屑の咢が銃剣の照準から溢れそうになった瞬間。

「撃って!!」

 芽吹の鋭い号令が響き渡る。それと同時に限界まで絞り込んだトリガーの最後の一線が切り落とされた。カチンという小さな金属音と共に耳を劈く炸裂音が周囲の音をかき消す。跳ね上がる銃身を銃底から体を使って受け流しつつ最低限に抑え込む。跳ね上がる銃身の先である銃口から光り輝く幾多の弾が星屑たちを捉えた。銃弾は星屑の群れに大きな穴を複数空け、見るも無残な姿に引き裂きながら貫通する。

 防人たちがそれを認識する頃には、星屑は砂のように崩れながら小さな輝きと共に消滅していた。

 その様子を眺めながら秋は小さく嘆息する。

 こんな原始的な生物が、人類を滅ぼしかけたのか。

 本能のままに人間を襲い、その生命と文化を食らい尽くす。そんな知性のかけらもない存在に、私たち人類はこれほどまで苦しめられたのか。

 ふと脳裏に勇者と呼ばれた少女たちが思い浮かぶ。彼女たちはバーテックスと呼ばれる超巨大な敵と戦っていた。自分はこんな小さな敵を相手にしていて良いのであろうか。

(いや、今はできることをするだけだ)

 思考を中断し、改めて状況を把握しようと辺りを見回そうとしたとき、隣からどさりと何かが落ちる音がした。その方向に目を向けると隣にいた銃剣隊の少女がへたり込んでいた。その少女は秋が指揮する防人の一人だった。

「舩坂さん、大丈夫ですか?」

 辺りの星屑を警戒しながら手を差し伸べる。少女は呼吸を何度も繰り返し、目に大きな涙を浮かべながら震える体で何とか秋の左腕にしがみつく。秋は思わず自身の左腕から彼女を引きはがそうと思い浮かんだが、縋りつく彼女と小さく聞こえる「もういやだ…」という言葉に考えを霧散させた。その代わりに銃剣を持ったまま上手く彼女の脇の下から背中にかけて右腕を回し、抱え込むようにして立たせる。立たせ終わった後も視線は常に上空へ向けつつ、耳元で大丈夫、大丈夫…。と何度も呟いた。

 秋の指揮下の防人の一人である舩坂千里(ふなさかちさと)は防人番号は『31』番目であり、下から二番目の戦闘成績である。それだけでなく、大人しい気性から御役目に向かないと思われていたが、いやな予感が的中したようだ。

(せめてこの戦いが終わるまでは何とか踏ん張ってもらわないと)

 秋は他の少女が防人の御役目を断念することに否定的な見解を持っていない。むしろ危険な役目は自分のような恵まれた家柄の義務であると感じ、他の少女たちにはいつもの平和な生活に戻って幸せに暮らしてもらいたいと切に思っていた。ましてや自分の指揮下になると知って交友を深めた舩坂の人間性を知ったのなら尚更だ。

 こんなに優しい子に、御役目は合わない。そのことを今はっきりと理解した。

「あらあら。怖いのならば結界内に戻っていればよろしいのに」

 少し離れた場所で夕海子が困ったように秋たちを眺めている。夕海子を含めた芽吹の周辺にいる少女たちは皆、平気そうな様子だ。その立ち振る舞いに余裕があり、悠然としている。雀を除いて。

「私たちに撤退はありません。みんな、一箇所に固まって!」

 芽吹の号令から舩坂を含め、戦意を喪失してしまった防人三人を守るように全防人が集合する。秋は指示に従うように千里を円陣の中心部に座らせ、芽吹の隊の隣に蓮音ともう一人の自信の指揮下の銃剣隊の少女と共に陣取る。

 防人の初の御役目の内容としては、『壁外にある土や溶岩の大量摂取』である。初の御役目ということもあって簡単なものにしたのであろう。だからこそ、こんなことで命を落とすわけにはいかない。ここにいる少女たち、一人一人に輝かしい未来が待っているのだ。秋の銃剣を握る手に力が入る。

 完全に一団となった防人たちにここぞとばかりに上空を漂っていた星屑たちが襲い掛かる。先程の数の倍以上であり、銃剣隊では倒しきれないかもしれない数だ。

「銃剣隊、射撃用意! 護盾隊は盾を構えて!」

 再び銃剣隊が銃剣を構えると同時に、今度はその銃剣隊を守るように自身の身長よりも大きい盾を構え、防人全体を守るように盾の円陣を組む。

「キタバア、守りは任せろ!しっかり守ってやるからな」

「期待してるわ」

 小さなやり取りをした後、秋は照準を定めた。先程の銃撃により、防人の弾丸には多少なりとも貫通能力があることは認められた。ならばそれを活かす手はない。

 照準を大まかに調整し、銃身を支える左手でさらに微調整を行う。狙うは重なり合う星屑。その中でも致命傷を狙える最低限の箇所であり、装甲の薄そうな部位。それらを瞬時に見定めて、息を小さく吸い込み、止める。

 星屑をしっかりと自身の瞳で捉え、呼吸により僅かに上下していた胸部が止まり、照準が完全に定まった。

「銃剣隊、総員斉射!」

 再び放たれた防人たちの銃弾が星屑をズタズタに引き裂きては穿ち、眩い光に変えていく。その中でも秋の銃弾は三体の星屑を的確に撃ち抜き、目の前の星屑を一掃した。だが他の方向はそうはいかず、数体の星屑が大きな口を開けて襲い掛かろうとしていた。

「盾!」

 星屑が襲い掛かるその瞬間、護盾隊が盾を全体重を使って前面に強く押し出す。耳を劈くような金切音と共に少女たちの体重を圧倒的に上回る衝撃が護盾隊を襲う。しかし、普段なら決して耐えることが出来ないであろうその突進は、防人の戦衣により強化された筋力と護盾の性能により星屑を押し返した。星屑たちは突進を弾かれた衝撃により無防備に胴体を晒した。その隙を逃す芽吹ではない。

「今よ! 突いて!!」

 合図と同時に護盾隊が盾で完全に密封していた円陣に僅かに隙間を作る。隙間が出来た瞬間、銃剣隊の少女たちが一斉に剣を突き出した。真っ直ぐに突き出された切っ先は深々と星屑たちの腹部に食い込み、一瞬で消滅させた。銃撃とは比べ物にならないぐらいの消滅速度である。

 防人の武装の銃剣は銃撃よりも斬撃の方が威力が高い。つまり敵を屠るのであれば銃剣の刺突攻撃が確実であるがその分星屑との距離が狭まり負傷確率が上がるどころか下手をすれば囲まれて命を落としかねない。ゆえに防人の基本戦法としては基本的に遠距離から一方的に攻撃を加え、接近を許してしまったら護盾隊による盾の防衛陣から確実に敵を滅することとなっている。そしてその戦法が正しいことは先程証明された。

(けれどこの戦法には不確定要素がある)

 秋はいくつか不安なものを感じた。戦法はこの防人の少女たち三十二人を活かす最高の作戦であるが、それでも補えない不安を。

 まず一つ目としては、銃剣隊の狙撃練度だ。この戦法はいかに無数に存在する星屑たちに攻撃をさせずに一方的に倒すかが問題となる。そのためにはできるだけ遠くにいる内に敵を倒せるかが重要となる。だが今回初任務である防人たちは空中を自由に動く星屑に狙撃を成功させることは難しい。そうなると確実に射撃を当てる距離まで接近を許すしかなく、その分多くの星屑の接近を許してしまうことになる。

 そして二番目には…

「んあああ! しつけえんだよこいつら!」

 大盾にぶつかる星屑の群れに押し負けないように蓮音が吠えながら踏ん張る。他の大盾にも満遍なく星屑が突進をかまし、それを懸命に護盾隊の少女が押し留めるがいずれの少女の顔にも疲労の色が絶えない。

 これが二つ目の不安要素である護盾隊の疲労だ。星屑のいかなる攻撃であっても防人の盾を破ることができないと分かったのは大変良いことではあるが、いくら破壊されないとは言ってもそれを使いこなす人間の体力と気力は無限でない。一瞬の気のゆるみが部隊の全滅に繋がりかねないプレッシャーは下手をしたら銃剣隊の少女どころか指揮官型の防人よりも大きいかもしれない。

 何か手を打たないとまずい。

 秋の胸の中で不快な何かが渦巻いていた。

「北畠さん!」

 秋の後方で声が上がる。銃剣の刺突で星屑を消滅させながら素早く射撃し蓮音の盾の前に敵がいなくなったのを確認し振り返る。そこには先程まで円陣中央部で座り込んでいた千里がいた。彼女はガタガタと体を震わせて大粒の涙を流していた。しかし、命綱である銃剣を力いっぱい握りこみ、涙で濡れて赤くすらなっているその眼には言いようのない力を宿していた。

「舩坂さん、貴女…戦うのね」

 秋の問いに千里は小さく頷く。それを確認して秋は再び星屑が迫る大盾に視線を移す。星屑は先程盾前から消し去ったと思えないほど増えてまた突進を試みようとしている。

 その集団に銃剣を素早く構え、照準を注視することなくトリガーを数回引き絞る。銃弾は星屑を貫きその多くを消滅させたが一体だけ盾に到達しようとしていた。

 不意に後方にいた千里の腕をグイッと掴み、盾を持つ蓮音の左斜め後方に立たせる。それと同時に蓮音の盾に星屑がぶつかり、盾に隙間が生まれる。銃剣だけが僅かに通れ、無防備な敵の真っ白な腹部が見えた。

「やりなさい」

 決して大きくない、むしろ炎で騒々しい戦場で出す声とは思えない静かな声と裏腹に背中が凍り付くような声に突き動かされるように抱えていた銃剣を咄嗟に体当たりするかのように突き出す。

 一瞬の反発感とその直後にズブリと何かに沈み込むような感覚が銃剣を通して伝わる。気が付けば千里の銃剣の切っ先は眩い光に覆われていた。

「訓練通りでしょう」

 はっと我を取り戻して秋を眺める。既に秋は銃剣を構え射撃を繰り返していた。狙う敵は他の防人が狙うよりも遠くに位置する星屑。その多くに命中弾を与え、秋が向く方向の星屑は他の方面と比べ、星屑の層が薄くなっていた。おかげで他の防人も少ない星屑に対して銃撃の命中度を上げて護盾隊の負担を減らしていた。

「ありがとうございます、北畠さん」

 顔の上部を覆うバイザーに隠れる涙を振り落とすように一度強く目を瞑った後、銃剣を構え照準をのぞき込む。

その顔に迷いはない。ただ一つ、強い戦意が宿っていた。

「おいキタバア、お前わざと一匹だけ撃ち漏らしやがったろ?あいつらの体当たり中々重いんだぞ」

「牟田口(むたぐち)叩いてないで前方に集中しなさい」

「おまっその名前イジリはやめろよ! …全く、こっちの体力だって無限じゃないんだからな!」

 二人の小さなやり取りは星屑に集中する千里の耳に届かなかった。

 

 

 ここまでの戦闘経過はある程度ではあるが当初の予想通りに進んでいた。星屑に対する戦法は効果を表し今の所防人に負傷者はいない。だがそれとは別の問題が起こっていた。星屑の襲撃が過激すぎて本来の任務である素材収集が全く進んでいないのである。

 本来の役目を果たさない限り撤退はできない。だが今戦力を収拾へ回すと下手をしたら戦線が崩壊しかねない。

 どうしたものかと考えていたら後方から悲鳴が上がる。

 振り返ると後方の盾の一部が崩壊して、そこから銃剣隊の少女が星屑に防衛陣の外、星屑の溢れる地獄に引きずり込まれる瞬間が見えてしまった。

 息が止まる。星屑の群れに一人で取り残される。それは狼の群れに取り残される羊のようで--

 確実な死を示していた。

「ひいいぃぃっ!?」

 引きずり込まれた防人の少女の悲鳴が辺りに響きわたる。護盾隊以外のほぼ全ての防人がその様子を呆然と眺めていた。

 それほどまでに、死が彼女たちに迫っていたことを理解しきれなかった。

 少女はもう姿が見えない。見えるのは一人の少女にこれほどかと群がる星屑と、苦痛を耐えることが出来ない、本能のままの恐怖の悲鳴だった。

 人はこんな風に死ぬのか

 一瞬そんなことを考えていた秋ははっと我に返り、銃剣を構えた。目標は貫通による複数撃滅。その後に突撃して少女を救出を行う。瞬時に目標を決め、トリガーを引き絞ろうとした瞬間、秋の目の前を何かが横切った。

「誰も、殺させないっ!!」

 一足で防人の防御陣を飛び越えその勢いのまま星屑を貫く。その正体は楠芽吹であった。彼女はその勢いを活かし星屑を瞬く間に切り伏せ、何かを抱えて陣に戻った。そして抱えていたものを陣の中央に優しく置いた後、再び自身の位置に就きなおした。

 陣の中央に置かれたのは、先程星屑に引きずりこまれた少女だった。あちらこちらに痛々しいまでの噛み跡が残りそこから血を流しているが肩は上下している。つまりは生きていた。誰もが死を予期した中で、生き残った。部隊長の咄嗟の機転で。

 思わず秋は芽吹に目を向ける。彼女は既に星屑の掃討に入っている。先程のことなどなんとでもないかのように。

 そんな芽吹の態度に秋はなぜか心がざわつくのを感じた。

 咄嗟に最良の行動を見つけ出し、それを素早く遂行して絶望的な状況を覆した。そんな芽吹に対し、自分は一瞬とはいえ呆けて判断が遅れてそして行動も最良のものを選べなかった。

 もし芽吹が翔け出さず、自分の行動が実際に行われていたら少なくとも少女は今よりもっと重傷を負っていただろう。下手をすれば、無残な姿になっていたかもしれない。

 自身が出来なかったことを平然とやってのけた芽吹に、強い感情が募る。

 それは今まで秋が感じたことのない感情。

『悔しい』

 それは、小さな嫉妬であった。 

 今まで感じたことのない感情に秋の心が乱れる。それは戦闘に大きく影響を与える。先程まで命中していた狙撃は七割程まで精度を落とし、複数撃破は起こらなくなっていた。

 遠距離での撃破率が下がればその分接近を許す星屑の数が増えることを意味する。そしてそれはダイレクトに護盾隊に影響を与えていた。

「うおおおお! 中々にきっついぞこれは!?」

 盾を抑える蓮音の声が大きくなる。盾に到達する敵が増えたことにより気力を無理にでも高めなければならない状態になりつつあった。

 そうでなくとも長時間による敵の攻撃により護盾隊全体の疲労が凄まじい。中には護盾隊だけでなく銃剣隊にも負傷者が出始めていた。秋の隊も千里が突進の受け流しに失敗したことにより負傷したが、それでも秋の隊は防人全体としては最も被害が少ない隊の一つであった。

 このままでは陣が崩壊するのも時間の問題であろう。打開策を一部の指揮官型防人が模索し始めたころ、突如号令が響き渡る。

「護盾隊は隊全体の防御を継続! 二番から八番の指揮官防人は盾の外で星屑を撃退し、護盾隊の負担を軽減して! それ以外は採取を!」

 その宣言と同時に芽吹が真っ先に陣の外に飛び込む。それと間を置かずにすぐさま秋も盾の外に飛び出して銃剣を構える。秋も芽吹と同じ結論に到達しており、いつでも盾の前に出る準備はできていた。

 消耗する前に多少のリスクを冒しても、一気に終わらせる。

 盾の外に出た指揮官型の防人の構え方は銃を撃つ構えでなく、小剣の部分を使った銃剣格闘の基本的な構えだ。これから来る敵を護盾隊に近づけないためであるため、殲滅力が強くて動きやすい銃剣格闘の方が適しているからだ。

 指揮官型が全面にでて銃剣隊が一斉に採取作業を始めたことにより弾幕が絶え、その分の星屑が一斉に盾の前にいる八人の少女に襲い掛かる。

 秋の前にも八体の星屑が群れを成して迫りくる。そして真っ先に三体の星屑が秋の前方三か所から挟み込むように襲い掛かる。

 視界いっぱいを胴体の白と口部の赤が埋め尽くす中、秋は銃剣を左右持ち替えて右後方に振り上げつつ、ゆっくりと左足を左前に伸ばす。

 星屑との距離がなくなり、口部が秋を引き裂こうとした瞬間、伸ばした左足に引っ張られるかのような動きで左前方に素早く移動する。そしてその移動の過程で右後方に構えた銃剣の切っ先を星屑の口の端に引っ掛けるようにし、前進した勢いで一気に銃剣を引き抜く。銃剣の切っ先は口の端から徐々に深々と星屑の体にめり込み、全身を引き裂き前に一瞬で光と化した。

 二体目の星屑は前進した左側の真ん前のわずかに左側にいる。先程振りぬいた銃剣を右手だけで力いっぱい握りしめ、後方に銃剣を持つ右腕を逸らしながら、背筋のバネを使って一気に星屑に突き出す。切っ先は星屑の左の頬と思しき部分を深く貫いた。そして右手を反時計回りに捻じり、空いた左手を銃底に引っ掛け、梃子の要領で一気に引っ張り上げ、星屑を横一文字に引き裂いた。

 大きく振りぬいた銃剣は右後方に銃口を向いている。その先には三方向から襲い掛かった星屑の最後の一体がいて、先ほどまで秋が立っていた地面に食らいついていた。体は前に向けたまま顔と腕だけを後方に向けつつ左手をトリガーに移動させる僅かな間、後方に一瞬だけ振り返り、照準を確認する。照準先に見える星屑はドロドロの溶岩上の地面に食らいつく姿はとても--

「滑稽ね」

 炸裂音と共に衝撃で跳ね上がる性質を活かし、横に寝かせて撃った銃剣が正面に戻ってくる。残りの五体が一斉に動き出した。秋は改めて銃剣を射撃体勢に構え直した。

「蓮音、一体分だけ耐えて」

 後方から、おうっ!と力強い返事が返ってくるのを聞き終えたと同時に引き金を引く。素早く発射された二発の弾丸は一体と二体の星屑を穿つ。だが次弾を発射するには星屑との距離が狭まりすぎていた。

 先程と同じように避けるようにして一体をを引き裂いたが、もう一体は盾に向かって体当たりを行った。

 盾に突進することは成功した。しかし星屑は多くく押し返され、秋に胴体の後部を大きく晒す。そこに銃弾を撃ち込み、簡単に撃破した。

 時間にすればほんの数十秒であるが、その間に八体の星屑を倒した秋は軽く息を吐く。

(まだまだいけるわね)

 再び銃剣格闘の構えに直しつつ敵を再視認する。先程倒した八体という数が馬鹿らしくなるぐらい天を覆う無数の白い塊。その一つ一つが倒すべき敵なのかと戦場にいるのに関わらず、暢気に考えてしまった。

 周りを見回すと各々指揮官型の防人が獅子奮迅の活躍をしているのが見える。剣道の達人の娘である秋からしても盾の外に出て戦う自身を除いた七人の少女は一般的な女子中学生とは思えないぐらいの動きを見せていると感じる。

 特に目覚ましいのは楠芽吹である。圧倒的な技術と身体能力をもって数多の星屑を撃滅していた。

 だがそれ以上に気になるのは、六番の識別番号を持つ防人、新田佳夏だ。

 今、星屑と戦う佳夏に普段秋が知る優しくて暖かい雰囲気はなく、まるで獣のように歯をむき出しにしながら銃剣を振り回す彼女に思わず目を見開いてしまったほどである。

 だがそうならなければならないほど緊迫した状況であることは確かだ。たった八人の攻撃と八人の盾で残りの十六人全てを守らなければいけないこの状態は長くは続かず、今度こそ、いつ守りが崩壊して部隊が全滅するか分からない状態なのだ。

 再び襲い掛かる星屑に刺突を加えつつ、ひたすら採取完了の報を待つ。

 早く… 早く撤退を…!

 指揮官型と護盾隊の疲労が限界を越えそうになったその時

「撤退開始! 怪我人と動けない人には、無事な人が肩を貸してあげて! 死者は絶対に出さない! 全員で生きて帰るのよ!」

 採取完了の報告と撤退の合図が出た。

 指揮官型の防人と護盾隊は倒れこみそうになりながらも結界の壁へと移動を開始する。中には銃剣隊の少女に肩を貸してもらいながら必死に壁へと歩みを進める。

「北畠さん、肩をどうぞ」

 ちょこんと秋の隣に千里が陣取り秋の左腕に自身の体をねじ込むようにして肩を担ごうつする。だが長身で体格の良い秋と小柄で小動物のような千里では割に合わず、肩を貸したら押し潰れてしまいそうに見える。戦衣の性能からそのようなことはないであろうが。

 秋は左肩をどう抱くか苦心している千里を抱かれている方の手でその頭を撫で、優しく振りほどく。自由になった左手は銃身へ。

「ありがとう舩坂さん。でも私は大丈夫よ」

 振り返って、背後に誰もいないことを確認し、銃剣を背後に構えながらゆっくりと後退する。決して後方の防人を追い越さず、自身が最後尾になるように、ゆっくりと警戒しながら撤退する。

「おいおいキタバア、まさか…」

 北畠隊で一番前を歩く蓮音が引き攣ったような笑顔を秋に向ける。千里は小首をかしげ、もう一人の少女は事態を察したかのように、小さく悲鳴を漏らす。

 そんな彼女たちに、秋は当たり前のように告げる。

「ええ、私たちは『殿(しんがり)』よ」

 

 

「なんで撤退指示が出てるのに戦わなきゃいけないんだよぉ!?」

 突進してきた星屑を押し返しながら蓮音は自身の前で銃剣で星屑を殲滅している秋に吠える。

「このまま全員が撤退すれば無防備な背中を狙われるでしょう? なら一番部隊の被害が少ない隊が撤退のための時間稼ぎをするのは当然でなくて?」

「そんな指示楠さんから聞いてないんだが!?」

「当然よ。私の独断だもの」

「おいいいい!?」

 現在防人の最後尾にいるのは識別番号『二番』の北畠秋が指揮する四人の防人である。彼女たちは撤退中の防人を援護するため四方八方に派手に銃弾をばら撒き、星屑の攻撃を一身に受けるという囮として活躍している。

 とはいえ彼女たちも撤退が第一の為、撤退中の防人を襲う星屑以外は相手にせずに自分たちも後退しながら戦っているが、それでも疲労した状態で一手に星屑の攻撃に晒されるのは狂気の沙汰ではない。現に銃剣隊の少女二人は奇妙な雄たけびを上げて半狂乱になりながらひたすら単発式の銃剣を乱射し、護盾型防人の蓮音は恨み辛みを秋に当たり散らすように喚きながら必死に盾を前面に押し出していた。

「ここは普通、みんなと一緒に全力で壁まで走ってさっさと離脱するのが最善じゃないか? てかこの人数でこの星屑を抑えるのは無理があるだろ! さっさと逃げようぜ!?」

「私もそう思います北畠さん!」

「…死ぬ」

 蓮音を含め他小隊全員が手を止めずに秋に抗議する。徐々に壁に近づいてはいるものの星屑たちの追撃は激しく、負傷を避けるのであれば殿を放棄して即時撤退することが自明の理だ。

「けど、私たちが撤退したら彼女たちはどうなるの」

 星屑を瞬く間に二体貫いた後、後方を指さす。そこには怪我を負い、肩を借りながら必死に壁へと歩む防人の少女たちがいた。その行軍速度は歩く速度と変わらない。星屑にとっては格好の獲物である。

「隊長も言ってたでしょ? 『死者は絶対に出さない! 全員で生きて帰るのよ!』ってね。 確実にやるなら、これしかないわ」

 再び襲い掛かってきた星屑に再び刺突と斬撃を加え、その数を減らしていく。全防人で二番目の戦闘力を持つ秋は、最後尾に立ち、数多の星屑を相手取りその多くを屠るほどの活躍をしている。だがさすがの秋もその顔に疲労を色が濃い。戦衣はあちらこちらが擦り切れ、顔や腕に足と、ところどころで血の跡が目立っていた。だがその顔に宿る覇気と美しさは少しも損なわれない。

 ただ堂々たる姿で敵を滅ぼし、優雅に仲間に微笑む。

「私一人では確かに無理でしょうね。でも、貴女たちがいる。だから、確実にできるわ」

 一瞬だけ振り返り、秋は自分の指揮する防人の少女たちに微笑む。皆呆気にとられたのか面白い顔をしているな、と漠然と思いながら再び敵に向き直る。

「命令は簡単、あと二分だけ耐えなさい。そうすれば撤退は完了する…私たちの勝利よ」

 いいわね。と確認を取れば、三人から了解との返事が聞こえた。声の大きさや覇気など差はあれど確かに分かってくれたようだ。

「アタイも混ぜてよ」

 後方から声と共に銃弾が飛翔し突進の構えを見せていた星屑を穿つ。そこには指揮官型の防人の戦衣を纏った佳夏が立っていた。

「佳夏、貴女自分の部隊は?」

「アタイ以外全員怪我しちゃったから先に他の指揮官に預けて撤退してもらったよ。アタイはまだまだ元気だから手伝うよ!」

 ふと隣に並んだ佳夏を眺めてみると、確かに前線で戦っていた指揮官型の防人とは思えないぐらいに戦衣にダメージがないことに気が付く。あんなに荒々しく戦っていたのに怪我の様子が見て取れないことに多少の疑問を抱いたがそれでも助っ人が増えることに越したことはない。

「助かるわ、佳夏」

「アキねえのためならドンとこいだよ!」

 改めて星屑の様子を確認する。また数体が突進をかけようとしているのが見えた。

「さあ、かかってきなさい」

 照準を星屑の群れに合わせ、発射する。それと同時に佳夏の銃口も火を噴き、二つの弾丸が星屑の群れに突き刺さり、その大半を消滅させた。あまりの星屑が突進してくるが二人とも華麗に避けながらすれ違いざまに銃剣の切っ先をお見舞いし、敵を倒す。そしてまた新たな敵に狙いをつけ、射撃する。

 同じことを何度も繰り返していくうちにどれぐらい時間が経ったのだろう。漠然と佳夏の戦い方は間近で見ると怖いなぁなどと思いながら星屑を蹴飛ばして刺さった刃を抜きとると、声が響き渡った。

「北畠さん、もうみんな壁の上にたどり着きました!」

 千里の声を聞き、考える前に声を出す。

「全員撤退! 壁まで振り向かずに全力で駆け抜けて!」

 その合図を待っていましたと言わんばかりに五人が一斉に壁に向かって全力疾走を始める。先頭を蓮音その後に佳夏が続き、銃剣隊二人が最後尾の秋に背を押されながら急加速して溶岩地帯を走り抜ける。壁はすぐ目の前だ。

「ちょっと失礼」

 蓮音と佳夏が走った勢いのまま思いっきり地面を踏みつけ樹木状の結界をジャンプで駆け上る。その様子を確認し、秋は銃剣隊二人を小脇に抱えて一気に加速する。腕の中で目を回す二人に気づかないまま最高速度まで一気に駆け抜け、そして最大の力をもって跳んだ。

 秋の跳躍は結界を登っていた蓮音や佳夏ですら悠々と飛び越え、そのまま結界内に入った。

 後を追うように二人も結界内に飛び込み、防人全員の撤退が完了する。

 これにてようやく初の防人の任務が終わった。

 目標の壁外の物質は大量に採取されたが、それに伴って防人の被害は小さくはない。全員、疲弊し傷だらけのボロボロと言われる状態である。

 それでも、初任務は死者が出ていなかった。そのことが何よりの大成功である。それは防人の少女たちの総意であり、真実であった。

 

 

「おっとっと」

 思いの外、跳躍してしまいそのまま壁の内側に入った秋は体勢を立て直し着地する。両脇に抱える少女たちが無事なことを確認してゆっくりと地面に座らせてあげつつ壁の外を見る。そこから結界を通り抜けるようにして蓮音と佳夏が姿を現した。

「キタバア、行くの速いよ!?」

「アキねえ、すごいねさっきのジャンプ! どうやったの!?」

 秋は苦笑いしながらお疲れ様と二人を労う。だが二人はそれに返事をしない。秋の後ろを眺めて言葉を失っていた。

 つられて秋も二人の視線の先を追う。そして、言葉を失った。

 秋たちが見たのは、壁の中の世界。そこにあるのは鮮やかな赤色に染め上げられた、夕焼けの景色だった。

 今さっきまで自分たちがいたのも同じ、視界一面を赤く染め上げられた世界だった。だが壁の中の赤い世界は違う。赤く染まる穏やかな瀬戸内海に、それに沈みゆく真っ赤な太陽、そして様々な色の光を灯す、町の建物たち。いつもの日常が確かに、そこにあった。

「ッ…!!」

 背後と両隣から必死に声を押し殺す音と、鼻を啜る音が複数聞こえる。振り向かずとも秋には分かっていた。だから何も言わない。

 視界に広がるのは何気ない、いつもの日々の風景。

 少女たちが普段過ごしてきた世界であり、これからもきっと続いていく日常。

 だが、少女たちは世界の真実を見た。いや、見せつけられた。

 残酷なまでに滅んだ世界と、いずれ訪れる確かな未来の姿を。

 故に少女たちは惹かれる。この風景に。偽りの世界であろうとも、確かに存在するこの平穏の日々に、ただただ惹きつけられる。

 視界に入る街並み、潮の香り、穏やかな波の音、髪を撫でる風。ありとあらゆるものが、切に美しくて、尊くて、愛おしい。

 少女たちは今日、世界の本当の美しさを知った。

 

 

 これより語られるのは、美しく華麗に咲く花たちの物語ではない。

 名の知られず誰の目にも止まらず、人に踏みつけられながら、それでも地を這うようにして必死に生きる、決して枯れることのない勁き雑草たちの物語。

 

 勇者でない者たちが、勇者に成る物語---。

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