楠芽吹は勇者である 外伝 -不枯の勁草-   作:まつゴロー

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4.兆し

 防人の少女たちの初の御役目は終わった。

 結果を見れば重傷者が数名出たものの死傷者を出さずに目的を遂行したので大成功と言って差し支えなかったが、当の防人の少女たち自身はそのことに喜びを露わにすることはなかった。

 少女たちが見て感じた滅んだ世界と戦場の雰囲気。それらは中学生という青春を謳歌するうら若き乙女たちには過酷を極めた。

 少女たちは四国を守る神樹の結界の壁の中に帰ってきた後は各々感情を放出する者や疲労困憊で座り込む者など様々な反応をする者がいたが、等しく喜ぶものはいなかった。血の気を失った表情をしてゴールデンタワーに帰り、そのまま自室に引きこもった。それほどに衝撃の大きかった一日であるのは想像に難くない。

 そして北畠秋も自室に帰り、

 

「第一回御役目の生還を祝って、乾杯!」

 

 任務の慰労会を行っていた。

 なぜそのようなことになったのかはゴールデンタワーに帰ってきた直後まで遡る。

 

 

 

「お疲れ様会をしよう!」

 

 ゴールデンタワーの入り口に到達し、各自解散と宣言された後、北畠秋は後日反省会を行うと宣言するために二番隊を集めた。

 そしてその事を話そうと思った瞬間に牟田蓮音が真っ先に口を開いた。

 思わず秋は頭を抱えそうになるが、何とか堪える。

 

「…どういういうことかしら?」

「そのまんまの意味だよ。 お疲れ様会しようぜ!」

 

 先ほどまでの壁外から帰ってきたときの静かに泣いていた姿が嘘であるかのような気分の変わりようである。

 

「一度みんなで集まることに反対ではないわ。私も反省会を行うべきと思っていたしね。でもいくつか質問させて」

 

 蓮音の楽しそうな姿に突っ込む気が失せそうになるが、それでも確認しなければならないことがある。

 

「その祝賀会はいつ行うの?」

「今日」

 

 今度こそ秋は手で顔を覆った。他のメンバーの少女たちも驚いている。秋は蓮音と同校で接する機会が多かったから彼女の行動力を知っていたが、それでも今回は呆れざるを得ない。

 

「蓮音、いくら何でも今日はやめましょう。任務を終えたばかりで皆疲れているだろうし、今日ぐらいはじっくりと考えたいでしょう。いろいろと、ね」

 

 秋は蓮音に話しながら視線を周りに向ける。ゴールデンタワー入り口付近は顔に死相が出ているかの如く疲労困憊の少女がいる。

 少女たちは肉体面の疲労だけでなく、精神面の疲労も大きい。外の惨状はそれほどに大きな影響を彼女たちに与えた。

 そしてそれは北畠秋の率いる小隊も例外でない。舩坂千里は壁内に戻ってきてから口をポカンと開けていて、もう一人の少女は明後日の方向を見続けている。そして何より、祝賀会を行うと言っている牟田蓮音自身にも隠し切れない疲労の色が見られる。彼女は護盾隊の中でも最も一位二位を争うぐらい星屑の攻撃を耐え続けていたのだから疲労も怪我も他者より大きい。

 だが疲れた顔でも口を大きく開けてニコリと人の良い笑みを浮かべている。

 

「いいや、今日やろうぜ! せっかく最後尾で命を張って一緒に戦い合ったメンバーなんだしいろいろと語り合いたいんだよ。 明日なんて待てないぜ!」

 

 蓮音の言葉に秋を含めた4人はお互いに顔を見合わせた後、誰からとは言わずに笑い合った。必死の撤退支援で培った一種の連帯感は戦いの終わった今でも秋の小隊のメンバー全員に強く残っている。そしてその余韻を醒めさせるのは些か勿体ないとメンバー全員が感じていることも同じだった。

 

「まあ確かに蓮音の言う通りかもね。 二人はどう?」

 

 秋は改めて銃剣隊二人に確認をする。二人はそれぞれ了解の返事と首肯で参加を証明した。その様子を眺め、改めて微笑みを浮かべる。

 いいメンバーを持ったな。そう思わずにはいられなかった。

 

「ところで牟田先輩、どこでその…お疲れ様会を行うんですか? 御役目の後は遠くに外出するのは禁止されてるって聞いたのですけど」

 

 ふと思い出したかのように2歳年下の後輩である千里が質問をする。

 防人はその任務の重要性と秘匿性の高さから、ゴールデンタワー付近の建物以外は外出を表立って禁止されていないが暗黙の了解で遠出はいけないこととなっている。更に今回は初任務の前に神官から直接外出の禁止を言い渡されていた。

 

「まあ無難に食堂で行いましょうか」

「いいや、食堂だとなんか特別感ないじゃん。 せっかくのお疲れ様会、他の面々に気を遣うなんてやだよ」

「それじゃあ展望台でどうでしょう! 夜景が綺麗だと思うんですよ!」

「…展望台は大赦の神官が使用すると先程神官の方が言ってたような気がします」

「安心しなって、場所は決まってるから」

 

 小隊メンバーが開場をどこにするかで話し合っている中、蓮音は手を鳴らして注目を集める。その顔には先程と違う笑みが浮かんでいる。

 そして付き合いの長い秋には理解できた。

 --これは良からんことを考えているな、と。

 

「場所はキタバアの部屋だ!!」

 

 蓮音はビシッと秋を指さす。秋以外の3人の視線がその先に固定された。

 

「ちょっと蓮音、いくら何でも自室はどうなのかしら。 防人の部屋はみんな同じ広さなのよ? 一人部屋に4人で、しかも祝賀会は手狭よ」

「なんだよ北畠隊長ぉ、せっかくの北畠隊のメンバーのお疲れ様会なのに場を貸してくれないんですかぁ? 識別番号『二番』の器にしては小さいんじゃないかな?」

「いきなり相談もなしに人の部屋を会場にしといてその態度は図々しすぎるわよ。さっきも言ったけれど祝賀会をやるには自室は狭いのよ? 幹事として祝賀会の参加者に不自由を強いるのは如何なものかしら?」

「うっ…でもさ、小隊のお疲れ様会なんだしメンバーの部屋でやりたいじゃんさ。 だから…」

「それならば蓮音の部屋で行うほうがいいと思うわね。 貴女も幹事として勝手の利く自室の方がやりやすいでしょう」

「ぐぬぅ…!」

 

 蓮音は反論を述べようと必死に頭を回転させようと宙に視線を彷徨わせている。対する秋は『相変わらず論争に弱いな』と思いつつ、最後の一手を詰めに入る。

 

「大体いざ私の部屋にと言われても私にもプライベートというものがあるのよ? いきなり相談もなしに部屋を会場にされたら私も困る…」

「私も秋先輩の部屋がいいと思います!」

「「!?」」

 千里が急に乱入してきたことに二人は一瞬、時間を忘れる。そして秋は眉根を顰め、蓮音は万遍の笑みを浮かべる。理由は不明だが現状では賛成二人に対し反対一人と秋の不利である。賛成派二人は『いい選択したな、将来大物になるぞぉ』や『秋先輩の自室…』など好き勝手に言っては話し合う気がない。

 秋は最終手段として最後の一票握る一人に視線を合わせる。同数票に持ち込めば嫌でも話し合いへともつれ込むこととなり、そうなれば話術で蓮音に負けることはない。

 すると彼女は一瞬だけ秋と視線を合わせ--

 

「私はどちらでも」

 

 --棄権を表明した。

 先に動いたのは蓮音だった。蓮音は銃剣隊二人を両脇に抱え、走り出す。

 

「それじゃあアタシたちは購買でお菓子買ってくるからアキは部屋でも片づけて待っていてくれ!」

「ちょっ!? は、蓮音!!」

 

 秋が話す前に蓮音は二人を抱えたままエレベーターへと駆け込んでいった。まるで戦闘後とは思えない素早い動きと行動力に秋はその場から動くことが出来ずに呆然とするしかなかった。

 そして十秒ほど閉じたエレベーターを眺めた後、

 

「とりあえず、木刀は閉まっておいた方がいいわね」

 

 観念して重い足取りで自室へと向かうのであった。

 

 

 

 そうして現在、秋の自室にて祝いの場が設けられたのである。一人部屋に四人が集結し、どこから持ってきた卓袱台を置いてその上にそれぞれお菓子や飲み物を用意する。それだけでも少し窮屈であるがそこで蓮音がギターを用意して演奏しようとするなどの混乱があったものの、御役目の慰労会は恙無く進んでいた。

 時折繰り広げられる少しお茶目なガールズトークを除き、祝賀会は明るい雰囲気で行われている。出身の話やそれぞれのいた中学校の話、趣味の話や得意なことなど話は大いに盛り上がり、数週間の訓練の場で培った連携とは別に、たった一日で打ち解けたような気がした。

 

「こういったもの良いものね」

 

 秋は何気なく呟く。秋が後日行おうとしていた反省会はこの慰労会のような明るい雰囲気になることがなかったのは確かだ。

 反省会という名の『謝罪』をしなければと思っていた。殿という危険極まりない特別任務につき合わせたことに対する謝罪を。

 だが今、周りは明るい顔をしてお互いに会話を交わしている。その暖かい空間が、心地よい。

 

「みんな、今日はありがとうね」

 

 だから秋は感謝の言葉を述べることにした。失敗を掘り返すのでなく、未来へとつなぐ祝福の言葉を紡ぐ。

 これからもこのメンバーと共に戦い、そしてこのさきもずっと笑い合って過ごすために。

 

「これからも一緒に頑張りましょう」

 

 三人はそれぞれ顔を見合わせた後、それぞれの反応を示す。一人は大きく笑いながら親指を突き出し、一人は微笑みながら『勿論です』と答え、一人は首肯する。いずれも秋の言葉に異論はない態度だ。

 秋は三者三様の反応を見ながらそれぞれの個性を感じて微笑む。

 私はいい仲間に出会えたものだ

 

「さて、せっかく人の部屋にいるんだし…漁るか」

「…せっかく人が良い気分に浸っていたというのに貴女は…。 全く、本当に図々しいわね」

「まずはロッカーを…って冗談冗談ッ!! 拳構えるのやめて!!」

「蓮音、貴女仮にも三年生でしょ? 後輩たちの前でそんなはしたないこと教えないで」

「わ、私はちょっと気になるかも…」

「え?」

「ちょっとわかるかも」

「ちょっ!?」

「おお! 後輩たちもこの気持ちが分かるか! ならば三人でかかれば怖くない…いくぞ!」

「はい」「了解です」

「あ、貴女たち!!」

 

 ただ少し打ち解けすぎたのか、はたまた緊張の緩みが今になって来たのか。

 自室で暴走しだす少女たちに秋はプライバシー(ロッカーの中身)を守るためにまさかの二度目の死闘が行われた。

 結果からすれば秋は一人で三人を叩き伏せてプライベートを守ることに成功したが、乱闘騒ぎに怒った隣室の子に苦情を言われて陳謝し、後日部屋の管理者から忠告されたりと割に合わない対価を払わされることとなった。

 掛け替えのない友と共に、永遠に消えない頭痛の種が増えたような気がした。

 

 

 

 一通り少女たちは秋の自室で暴れまわった後、秋が隣室の少女に謝罪に行っている間に眠りについていた。

 初任務で疲れているのは秋自身も自覚していたがあれだけ大騒ぎをするほど体力があるなと感心していた秋であるが自分が面倒事を済ませている間に暢気なものだと思いつつ部屋の片づけを始める。

 四人分の菓子や飲み物を掃除し、数本の木刀などが散乱するロッカーの中から丹前を取り出し寝ている少女たちに掛ける。

 それからロッカーから羽織を取りだして、部屋を後にした。

 しばらくして屋上に辿り着いた秋は空を見上げる。そこには前日と同様、無数に煌めく星々と夜の闇を照らす大きな月が秋を見下ろしている。

 

「人類救済、か…」

 

 秋が呟いた言葉、それは北畠秋にとってのこの御役目の意味。人類を救うために、自分は御役目を命を懸けて臨むつもりであった。

 自分の命は人類の救済に使う。もし自分が御役目で死ぬことになっても、そのことに後悔などはなく、むしろ人類を救うために命を使えたのだと誇らしげに死んでいくであろう。

 そして、それは彼女自身でなく防人の少女たち全員も同じものだと微かに思っていた。

 誇らしく死ぬかはさておき、誰もが己の死に対しある程度の覚悟があるはずであると。

 だが、

 

「『全員で必ず生きて帰る』か」

 

 戦闘中に聞こえたその言葉が、頭から離れない。

 聞いた直後から壁に帰還した後や、先ほどの慰労会の間にも、ずっと頭に残っている。いや、むしろその時にこそ強く思い起こされる。

 世界の美しさを本当の意味で知ったあのときや、仲間で一緒に食事を共にしてその中で笑い合いながら絆を感じ合ったあのときにこそ、その言葉が胸に突き刺さる。

 楠芽吹が助けに入る前、秋は星屑に囲まれた少女を一瞬我を忘れたように視界に焼き付けていた。

 

 --ああ、これが死ぬというものか。

 --これが私たちの御役目であり、人類を守るための代償なのか。

 --これが、将来の私の姿か。

 

 痛みと絶望に歪み、私たちの必死に救いの手を伸ばす姿。そこに自分の姿が映った気がした。

 だが、そのことに自然と恐怖はなかった。心は平静そのものであり、動揺は一切ない。至って平常であった。

 そこまで考えて我に返る。そして救出をしようと考えたが、そこまで成功確率は五分五分と内心思っていたことは確かである。

 これが命を懸けるということか、実際に直面することで自覚した。

 死とは簡単に私たちを飲み込んでしまうものなのだ。

 そして、それは仕方がないことなんだと。

 だからこそ、忘れられない。

 

 誰も殺させない

 全員で必ず生きて帰る

 

 その言葉で、防人の少女たちは生きて帰ることが出来た。

 その言葉で、最後尾で防人を護るという北畠秋らしくない『犠牲を許容しない』行動に出た。

 あれだけ人類を救うためには仕方ないと思っていたはずなのに、傷口を抑えて泣きながら足をもつれさせながらも必死に生きようとする少女たちと、その子たちに肩を貸して歩調を合わせながら必死に呼びかける少女たちを見た瞬間、彼女は振り返った。

 襲い掛かる無数の星屑と、他の少女と同じく傷つきながらそれでも力強い目をした仲間たちを。

 その瞬間、秋は決意した。

 --全員で生きて帰る

 

「私らしくないわね」

 

 人類を守るために犠牲は致し方ない--

 全員で生きて帰る--

 

 その反する思いが、秋の心でぐるぐると混じり合う。

 私がしたいことは、どんな手段を持ってでも必ず人類を救う。だが、あんなに良い笑顔をする子たちを失いたくない。

 冬の訪れを感じさせる体を突き刺すような空気が秋を包み込む。

 

「この風は……。 ふふ、もう『秋』も終わりなのね」

 

 季節と自分の名前の紛らわしさに小さく笑う。

 父から教えられた秋という名の由来。暑い夏を越えた先に待ち受ける。万物の豊穣を祝い、辛き冬を乗り越えるための重要な時期であり、最も美しい季節。

 紅葉もあと数日で最高の時期だ。季節は冬に移ろいつつある。

 これから星空は一層澄んで綺麗に見えるのだろう。そう思い夜空を仰ぎ見た。

 ふと、煌々と輝く昨日よりほんの少しだけ欠けた様な月に自分の姿が見えた気がした。

 

「北畠秋、貴女の願いは本当に人類の救済なの」

 

 答えは返ってこない。ただ、先ほどより優し気で涼やかな風が吹いた気がした。

 小さく息を吐いてから秋は屋上を後にする。自らに問いかけた答えは見つかったわけではない。

 だが、それでも彼女は冬の夜空を思い起こされるような澄んだ笑顔だった。

 

 

 

 秋風は冬への兆しである。

 季節は冬へと向かって少しづつ移ろいで行く。寒さが身に染みて凍える世界であり、最も静かであり、最も夜空が美しい季節へと。

 そしてそれは、同じ名を冠した少女にも訪れた、小さな変化の兆しだった。

 

 

 

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