湿気た場所は私とキノコの聖地だ、お前らが踏み込むんじゃねぇ!!!』
遠くで輝子ちゃんのスピーカー音が聞こえる。
「小梅ちゃん、採取終わったにゃ〜」
すぐ下から志希さんの声が聞こえる。
「ど、どうだった?」
「まぁ身体自体は疾患は恐らくナシ。
粘膜からはスイーツ?を摂取した形跡があるから、普通に健康体だと思うな〜」
私は志希さんに、目の前の人の昏睡と健康状態の確認を頼んだ。
私自身に大人の男性を気絶させる力はない。
そして、降霊させる際には対象が健康体で意識がない状態であるのが条件なわけで。
「眠らせる時に、どんなことをしたの…?」
「んーとね、シメジを貰ったの、輝子ちゃんのね。
それで試作の睡眠薬とブレンドしてみたら見事に成分がベストマッチ♪」
だからさっきギャバがどうとか……。
色々と、輝子ちゃんに助けられているなと改めて思う。
今346プロのロビーで輝子ちゃんは懸命に闘っている。
『ヒィャッハー!!!お前らまでブナシメジみたいになったらやってられねぇだろおが!!!』
言ってることは相変わらずあまりよく分からないけど、しっかりと周りの人の注意を引いている。
私は輝子ちゃんに、いわゆる陽動を頼んだ。
降霊時に周りに人がいれば、当然怪しまれる。
それに彼が正しい対象に憑いてくれないときっと大変なことになる。
私はトイレ前で対象に会ったときに初めてプロデューサーがはっきりと視えた。
だからきっとこの人が最適な降霊対象になるのだろう。
「聞こえる?………始めるよ」
あの子に話しかけ、降霊を開始する。
それを察したのか、志希さんがそそくさと退散しようとしていた。
「あ、志希さん…ありがとう」
「はいはーい、どういたしまして。
あ、でもでも。
小梅ちゃんの目的は知らないけど、あまりこの人に無理させ過ぎたら死んじゃうよ?」
そう言って去っていった。
大丈夫。あの子はきっとそんなヘマはしない。
『ヒィヤッハッハッハアアアア!!!』
遠くで輝子ちゃんの歌が聴こえる。
他の人のコールも聞こえるから、陽動は順調なんだろう。
こっちに人が来る気配がない。
「………んしょと」
対象の人を担ぎあげ、壁際のベンチに腰掛けさせる。
再会出来たら、何を話そう。
少し前から、このことばかり考えてる。
もうトイレで泣き尽くした。
これ以上悲しみたくないんだ。
ぎゅっと、対象の手を握る。
「小梅か……!」
声が聞こえた。
私の名前を呼ぶ声が。
でも、知っている声じゃなかった。
「……どこや小梅……?
どこおんねん……!」
隣の人が目を開きだした。
発音、人の探し方、そわそわする仕草、どれも私の知っているものだ。
でも、隣の人は私の好きな人じゃなかった。
スッ、
それが分かった途端、隣人から手を離していて。
罪悪感に襲われる。
友人と見知らぬ人を私欲で利用したから。
虚無感に襲われる。
降霊しても、私の大好きな人は帰ってなんかこないから。
そして、途轍もない悲しみに襲われる。
こんな形で会ったら最後、自分はもう立ち直れなくなることを悟ったから。
キュ、
怖くて、悲しくて、寂しくて。
押し潰される前に、袖を掴んだ。
多分、反射的な挙動。
「俺が、誰か……ちゃんと、分かるか?」
「う、うん……。
分か、て……いる、よ……?」
禁忌を犯して、望んだ人と会ってしまった。
目の前の人は、よく知らない従業員。
それでいて、スクエアエコーの、プロデューサー。
私の大好きな人。
「プロ……、デュゥ、ーサー……」
情けない自分の声が、彼の名前を呼ぶ。
暗い表情があの人にも伝染して。
「……ほんまに、ごめんな」
謝られた。
謝らなきゃいけないのは、私の方なのに。
「……ほんまに、ごめんな」
魔法使いは謝罪の言葉をかけた。
「………………」
シンデレラは俯き沈黙で返事。
「……ぅ…」
魔法使いも間もなく押し黙るようになり。
二人の間に流れる重い空気。
時たま遠くからのシャウトがそれを微かに彩る。
魔法使いは、プロデューサーだった。
身体と魂は同一のものではない。
魔法使いの元の身体はとうにこの世にない。
別の身体に憑依出来たのも、魔法の一種だろうか。
一方シンデレラは、アイドルだ。
偶像と本心の彼女は同一ではない。
偶像の彼女は、自身を求めるファンが大好きで。
本当の彼女は、プロデューサーが大好きだった。
いや、今でも大好きなままだ。
彼女は彼の魔法に魅せられているのだから。
「ーい、今小梅の上におるのが『あの子』か?」
魔法使いはついに沈黙を破り、顔を上げた。
突っ立つシンデレラの頭上を興味津々なふりをして眺める。
魔法使いには一人の少女しか見えない。
「へぇ……結構小梅に似てるねんな〜」
彼にはシンデレラしか見えていない。
そのことは彼女に筒抜けだった。
「顔も問題ないし、スタイル良さそうやからアイドルやれそうやな!」
魔法使いは今流れる重い空気を振り払う。
しかし、ステッキを持っていない彼にそれは不可能で。
「なぁ、小梅もそう思うやろ?」
彼はまた、己の無力さを感じる。
だからプロデューサーは今、後悔している。
「…………なん、で」
ようやく開口したアイドルも今、後悔している。
禁忌を犯したから。
「何も言わず、に……死んじゃったの…?」
アイドルは恋愛禁止である。
にもかかわらず、どうしようもなく彼を愛しているから。
その彼が死してもなお、求め続けてしまったから。
挙句、禁忌の降霊までさせてしまった。
「そうやな………」
その結果がこれだ。
全く知らない男の中に入った大好きなプロデューサー。
それはまるで生きた骸。
骸骨を見るのは好きだったが、これは、無理だ。
「上からの圧力に疲れきってんやろな……。
気ぃ付いたら、道具揃えて死に急いでたわ。
最近身体の調子ずっと悪くて苦しかったし」
魔法使いはまた嘘をついた。
「ちょっと宗教にもハマってもうてな、死ぬことへの素晴らしさを知ってん。
まぁ急やし勝手やったけど、ごめんな」
……一体今まで何個の嘘ついてんやろか。
ついた嘘が相手をあるべき方向へ動かし、幸せにする。
それが彼の魔法だった。
それをいいことに、巧みな魔法をポンポンと放ち。
シンデレラが昇華されていくのと同時、罪悪感が消せなくなって。
「……そう、だったんだ…」
シンデレラもそれが嘘と気づいても、魔法に依存するようになった。
「まぁでも、小梅やったらもっと優秀な人が拾ってくれるし、問題ないやろ?」
自分が輝いていくことに抵抗は感じないし、むしろ快感だから。
その人の嘘に乗れば何でも上手くいく。
「ぶっちゃけ俺なんかがいたから、出されへんかったライブとか何個かあったからな」
…魔法使いの嘘に乗ればもっと彼が好きになる。
「まぁ俺自身は満足やから、ええねんけどな」
……プロデューサーの嘘に乗ると時々悲しい気持ちになって。
「小梅も俺も未練はなしやな、多分!」
………段々とプロデューサーの嘘に乗るのが哀しくなってきて。
「それに小梅も後もうちょいしたら次回分のラジオの収録やろ?
もうくたばった俺に構ってる暇ないで」
でも、今を逃すと、彼の嘘はもう聞けなくなる。
「せやから、挨拶だけしてパパーっと成仏出来るわ!」
………これが最後の機会なんだ。
「……最後に会えて良かった。
心おきなくちゃんと死ねるわ」
最後まで、乗ってあげないと。
「……ほんじゃ。
……………………ぅ……」
プロデューサーが『現世』から離れていく。
新人のプロデューサーの身体が虚になっていく。
……最後まで、見送ってあげないと。
「…………………………」
プロデューサーは無理矢理に己の死を受け入れる。
アイドルは嘘に最後まで乗り、彼の死を
「……私、は……………」
本当に、受け入れ……るの?
「…………嫌だっ!!!」
受け入れない。
「認め、ない……!」
白坂小梅はスクエアエコープロデューサーの勝手な死を、
「今なら……まだ、間に合うから!」
大好きなあの人の嘘の成仏を、
「……お願い、戻って!」
断じて許さない。
新人プロデューサーの身体から上半身までの憑代化を解除していたスクエコプロデューサーの魂が小梅の声に反応し、透き通っていた空間に若干の歪みが生じた。
「もう一度、その人に入り込んで……!」
小梅は人生の中で一番力強く声を張り上げて、彼の再憑代化を呼びかけている。
『あの子』は力を使い果たし、再憑代化の協力が出来ない。
その様な状況で再憑代化は成されるのか?
そもそも『憑代化』とは本来人間や有機物に対してするものではない。
狛犬や御幣などの効力のある無機物に神霊を宿らせることが一般的な憑代化である。
宿り先は無機物ではなく、ただの人間。
スクエコプロデューサーは神霊とは程遠い存在。
それも、自身の劣等感から逃げる為に自ら命を絶つような弱いもので。
そんな彼が再憑代化を成功する可能性は極めて低い。
………………
現に、歪み出していた空間は元に戻り。
「間に、合わなかった…の………?」
星輝子の叫びすら聞こえない。
痛いくらい澄んだ静寂が流れている。
もう、私には何もない。
スクエアエコーの仲間達はそれぞれ別の道を辿ることになるだろう。
皆は強いから。
私と違って、しっかりとアイドルを全う出来るのだから。
でも、私は違うんだ。
私は、アイドルじゃない。
一人の男性に禁忌の恋を犯してしまった。
彼が死んでしまったのも、私が恋をした罰なのかな。
「………………っ、すっ……」
項垂れ目頭を熱くしていく小梅から発せられる嗚咽が、静寂の空間に介入しようとしたその瞬間、
キュッ、
新品のビジネススーツとパーカーとの擦れる音が鳴り。
「…!!?ッ」
「………もう一回だけ、謝らせて」
プロデューサーの再憑代化が成功した。
いや、違う。
「ぁ、……ぅぁあ…プロデュ、ゥサ……」
これは、魔法だ。
「ほら、こっちに……」
プロデューサーの、最初で最後の。
「ほんまに」
本当の魔法が叶った。
「「ごめんなさい」」
ずっと、嘘ばっかり吐いてしまって。
アイドルなのに、貴方を忘れられなくて。
本当に、ごめんなさい。
そう言い、静かに抱擁を交わす。
二人は互いに謝り続けていた。
本当はお前達を、もっとプロデュースし続けたかった。
貴方を離したくない、迷惑で我儘でごめんなさい。
どちらも、どうしようもない悔恨をありのままに吐く。
吐いても吐いても、満たされないこの気持ち。
それはやがて、嗚咽となってより大きく鳴り響いた。
言葉は、激しい嗚咽で互いに認識出来ない。
だが、今の二人は言葉がなくとも構わなかった。
互いの想いが、手に取るように理解できるからだ。
一体どのくらいの時間が経ったのだろう。
数分かもしれないし、日を跨いでいるのかもしれない。
二人の涙は乾ききっていて。
「「………………………」」
声も暫く発さなかった。
出し尽くしてしまったのか、感情すら発さなかった。
ふと、プロデューサーが思い出したかのような顔をする。
「あ、そうや。小梅に宿題があんねん」
「……え?」
小梅が首を傾げている内に互いの背中に回されていた両腕が剥がされて。
「もうそろそろポンコツの身体が保たれへんくてさ、離れなあかんくてさ」
そう言ってスクエコプロデューサーは新人の肩を自ら殴りつける。
「ーうん」
「離れた後は何とかしてこいつを病院に運んで欲しいねん」
「分かった」
プロデューサーは少し目を大きく見開いた。
てっきり、俯いて悲しむのかと思っていた。
小梅の目が『任せて』と応える。
「これ一つ目な。すぐやるように」
一息、
「二つ目やねんけど、これはほんまに長いこと頼むわ」
小梅のくしゃくしゃになった髪を撫で、
「小梅はこれから、ずっとずっと、幸せでいること。
そんでもってその幸せ報告を人生全うした時にじっくり報告して」
「………!」
今度は小梅の目が大きく見開いた。
だがすぐにすぼまり、
「それは、すっごく時間掛かっちゃうね?」
優しく微笑む。
「そやな〜。いっそアンデッド化して報告しに行かんでもええで」
言うなり小梅は首を横にゆっくり振る。
「あの子にも、いつかはしっかり会いたいから」
「…そうか、まぁ間違っても焦るなよ」
プロデューサーが俯き出した。
あれ………?
顔が上手く上がらん。
もう時間が来てもうたか……。
これ以上我儘言うたら地獄落ちそうやし、大人しく成仏しとこ。
まだ声は出せるな、よし。
「もう時間やわ、俺は行くで」
スクエアエコーのプロデューサーが別れを告げる。
アイドルは静かに頷き、抵抗はしなかった。
「ありがとう、ほんまに」
彼の最後の言葉は、ありがとう。
「………………あ!!!」
ではなく、
「忘れてた!小梅!」
「宿題のこと?」
「そうそう、最後の宿題な」
一縷の望み。
「スクエアエコーのみんなで、トップアイドルになってくれ!」
346プロダクションの最高峰の座に立て。
それがスクエアエコープロデューサーの最後の望みだ。
「……違うよ、プロデューサー。
私達はトップアイドルにならない」
「は!?何でやねん小」
「『トップアイドル』じゃなくて『シンデレラガール』になる。
……これでいいよね?」
そう、白坂小梅、原田美世、二宮飛鳥、市原仁奈はシンデレラガールになる。
絶対になってみせる。
彼は今、小梅の決意の眼差しは覗けないが、確かに理解した。
そしてニヤッと笑い、
「……せや、頼んだで」
この世から、去った。
「……絶対、に。
シンデレラガールに、なっ、て…なるから」
暫くして再び襲いくる虚無、悲壮、禍根。
「今、だけ………ゥ…最後に、泣くのを……許して………」
それらに打ち剥がれる灰を被った少女。
しかし、灰被りの少女は、挫折はしなかった。
いつか、いつかの年のいつの日か。
この灰被りの少女、白坂小梅は。
その年のシンデレラガールになって。
この世で最も透き通る綺麗なガラスの靴を履いた。
そのことは、また別の話である。
ー原田美世宅ー
「うおおー!その程度でごぜーますか!」
リビングから仁奈ちゃんの叫びが聞こえる。
今、仁奈ちゃんにはウチに来てもらってカートレースのゲームをやらせている。
「ドリフトはもう捨てたでごぜーます!」
スカイラインGT-R R32の爆走する音が聞こえる。
今日初めてプレイしたというのに、相当上手い。
「………」
私は何をやっているのかというと、ただただ自室のベッドでうつ伏せている。
『さあ始まりましたマジックアワー、司会進行はお馴染み私、高森藍子が務めます。
そして今回のゲストなのですが、予定を急遽変更してこの方』
『フフーン、かわいいボクこと、輿水幸子ですよ』
ラジオを垂れ流しにしているが、ぶっちゃけ興味が湧かない。
いつもより元気がないなとは思うけど。
私も今は元気なんて湧くはずもない。
「あんたとの思い出だったら、ポンポン湧き出るのになぁ……」
出会い、初ドライブ、フェス、レース………。
「何で勝手に降りたの……?」
また、涙も湧き出てきて。
………ダメだダメだ!
ブレーキブレーキ、仁奈ちゃんに気づかれちゃう。
何か別のことを考えよう。
『ハンドルを振り切れ!お前はハンドルなんかじゃない!
俺がハンドルや!
お前はそれを握るアイドルなんや!!!』
あの時って、あの人一体何が言いたかったんだろう?
いくら何でも車のことに例えるあたしでもアレは理解出来ない。
「そういやプロデューサーも無理して物事をパーツに例えてたっけ」
振り切れ、かぁ。
「………………さてと、カスタム積むかな」
もう隣のシートに執着するのはやめよう。
あたしが守らなきゃいけないのは、後ろの席だ。
小梅ちゃんと飛鳥君と、そして仁奈ちゃん。
その為の第一歩は………。
ピピッ、
『君か。………答えが出たのか?』
「はい美城常務。私はプロジェクトクローネに入りたいです」
『そうか。後悔は無いな?』
「何があっても、突っ走っていく所存です」
『承知した』
ガガッ、ツーツー
私、絶対チェッカーフラッグを掲げてみせるから。
「あ、美世おねーさんも遂にやる気になったでごぜーますか!」
「うん!勝負しようか!」
「仁奈はつえーですよ?
四輪ドリフトごときに負けねーです」
「ふふふ、本気を出したらGT-Rなんかハチゴで勝てるから!」
本気を出したら、シンデレラガールなんてあっという間になっちゃうから!