シンデレラのぶかぶかなガラスの靴   作:結城 理

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episode4:スタープラチナスカウト

スタミナドリンク10

品名:炭酸飲料

原材料名非表示

内容量:150ml

保存方法:高温多湿をさけてください。

販売者非表示

効能:スタミナ切れや疲労困憊時の栄養補給、滋養強壮作用

賞味期限:今日より14日後まで、か…………。

 

仁奈ちゃんに飲ませた飲料のラベルにはそう表示されていた。

とんだ魔飲料だなこれは。

こういう時にコンビニでバイトをした頃の経験が活きる。

まず原材料が不明という時点でもう危ない。

というかその時点で売り物ではない。

製造元が不明という要素も入るとそろそろ麻薬入っているだろと疑いたくなる。

更に次の欄も曲者だ。

品名は炭酸飲料なのに効能だと?

これは第三次医薬品かはたまた飲む温泉か?

賞味期限も短すぎる。

そして現在進行形で起こっている問題点が、

 

「グォゲェェェェ」

 

仁奈ちゃんのゲップが止まらない。

ゲップというより中ボスモンスターの咆哮だ。

炭酸飲料をがぶ飲みすると人によってはゲップを発してしまう事がある。

しかし、俺は仁奈ちゃんにはゆっくり飲ませた筈だ。

もしかして仁奈ちゃんは炭

 

「グォゲェェェェ」

 

酸が苦手なのか?

仁奈ちゃんは今はもう見たところ身体の異常は見

 

「グォゲェェェェ」

 

られない。

……そろそろゲップの演奏に腹が立ってきた。

 

初めは心配せずにはいられなかった。

俺を間違いでもパパと呼んでくれて、そんな仁奈ちゃんがずっと咆哮を発するのだから。

儚げがある仁奈ちゃんを俺が殺してしまうのかと思って。

泣きそうにもなった。

 

だが今はもうそこまで心配はしていない。

それなりに身体の介抱はしてあげられた。

仁奈ちゃんの瞳はしっかりと焦点が合っており、意識も正常に働いているだろう。

とりあえず仁奈ちゃんから視線を外し、スタドリを睨みつける。

よくも仁奈ちゃんの可愛さに泥を塗ることをさせやがって。

ストローを抜き、左手を腰に当てる。

この俺が飲み干してやる。

右手でスタドリをグイッと飲み干す。

一滴残らず。

ンゴクッ……ゴクッ、ゴクッ

忌まわしき魔材を空にしてやった。

これで少しは仁奈ちゃんへの贖罪になったのだろうか。

視線を仁奈ちゃんの方に向く。

顔が既に咆哮の準備体制に入っていて。

 

「グォゲェェェェア!」

 

ついため息が出てしまった。

いや、今のゲップは確かに俺の口から出たぞ!?

ため息を出した筈の喉に激痛が走る。

 

「グォゲェェェェ」

 

今のは仁奈ちゃんのだ。

いや、それより炭酸は普通に飲める俺でも出たぞ!

これは一体なんだ?

 

「グォゲェェェェ!」

 

また出てしまった。普通に汚い。

止め方を二人知らぬ為、交互に響く下品な咆哮。

 

「グォゲェェェェ」

 

でもゲップを放ち続ける仁奈ちゃんもおぼこい可愛さがあって。

 

「グォゲェェェェ」

 

なんだかどうでも良くなった。

 

「「グォゲェェェェ!!」」

 

 

汚い合唱は10分にわたりホテルの一室を響かせた。

互いにそれ以上は出なかったので、買ってきた食べ物を仁奈ちゃんに差し出す。

 

「えっ?いいんでごぜーますか!」

 

「当たり前じゃん。何も食べてないんでしょ?」

 

当初の目的を忘れるわけがない。

スタドリよりパンやお菓子の方を食べさせるのが第一の目的だ。

 

「やったー!いただきます!」

 

言うなりガブりと菓子パンをひと齧り。

頬張る顔がなんとも微笑ましい。

 

「仁奈ちゃんの好みが分からなかったんだけど、美味しい?」

 

「うーん、よく食べる味でやがります!」

 

つまりはちゃんと食べてくれるということだ。

そのことに関しては嬉しい限りだ。

でも、それは仁奈ちゃんがずっと偏食を繰り返していることも意味している。

 

朝食などで毎日菓子パンを食べることは別に構わない。

だがそれはその他のおかずがあった場合での話だ。

ちゃんと親に調理されたスープやサラダなどの副菜を入れてもらう必要がある。

いつどんな食事でも食物バランスは大事だ。

副菜がないのなら、菓子パンは逆に毒物になり得る。

仁奈ちゃん曰く、多忙で全く構ってくれない両親が果たして毎日副菜を作ってくれるのだろうか。

 

「……仁奈ちゃんはちゃんと朝ごはん、お母さんに作って貰ってる?」

 

答えが予め解っている愚問を問いかけた。

菓子パンを食べ終え惣菜パンを食べ始めた仁奈ちゃんがビクンと反応する。

 

「ママは、朝は忙しいので……何も作らねーです」

 

俺の中で『仁奈ちゃんの母親がネグレクト』というレッテルが着実に完成していった。

 

「そうか、辛いね……」

 

「うん……」

 

段々と仁奈ちゃんの食べる速度が落ちていった。

こんな年齢が2桁もいかない幼女が朝一人で朝食を食べるのはとても酷だろう。

そのことを思い出させてしまったのか、俯いた状態で惣菜パンを頬張っている。

 

何か、何か彼女を笑顔にできることはないのか?

彼女の暗い顔を見るのが辛い!

俺まで仁奈ちゃんの孤独に呑まれそうだ!

どうすれば…………。

 

ビリッ、ビリッ……ズッ

 

俺まで俯いた頭の前で、何かが千切られる音が聞こえた。

ゆっくり顔を上げて見る。

仁奈ちゃんがもう一つの惣菜パンを二つに千切っていた。

 

「……………………ねーです、か」

 

何かを問うている。仁奈ちゃんが、何を?

聞き逃してはいけない気がして、まだ少し俯く仁奈ちゃんをそっと覗き込む。

それはとても不安な顔をしていて。

俺に問いかけていた。

 

求めていた。

 

「一緒に、食べて、くれねーですか?」

 

それは可哀想なシンデレラの、孤独なキグルミのSOSだった。

 

「……仁奈ちゃん、俺を誰だと思っている」

 

受信したからには助けないとな。

 

「俺は、お前の保護者だ。

その程度の頼みくらい、いつでも聞いてやる」

 

全てを二人で分け合って食べた。

二人の間に会話は一切存在しなかった。

 

だけど、寂しがり屋のキグルミはこの上ない安堵の表情を見せてくれた。

 

 

 

「「ごちそうさまでした」」

 

静かだが、心の弾む食事が終わった。

ゴミをレジ袋に入れた刹那、仁奈ちゃんの大きな欠伸が聞こえて。

振り向くと、満足そうな顔を見せて寝息をたてている。

 

明日には可愛い寝起きの顔を見せてくれるのだろうか。

 

「……そうだ明日!」

 

仁奈ちゃんのことばかり考えていたが、自分のことはアウトオブ眼中だった。

明日から346プロじゃんか!

疲れてるしさっさと寝よう。

いや、身支度整えてからにしよう。

 

「いや待てよ。仕事道具持ってきたっけ?」

 

冷や汗が全身から滲み出る。

そういえば俺家出してましたね……。

当然のこと、スマホと財布以外は全て自室だ。

それにわざわざスーツに着替えて家出するわけもなく。

 

「うわどうすりゃいいんだよ!」 ガンッ

 

焦ってドタバタしているうちに鞄を蹴ってしまった。

 

「鞄?そんなの、持ってきたっけ?」

 

そう、新品の革製の鞄。

思えば俺が先刻気絶する直前もこんな感想を抱いていた気がする。

無意識に家から持ち出したのか?

それだと予め玄関に置いておく必要がある。

 

「……ッ、痛っ」

 

爪先あたりが悲鳴を上げている。

思わず下を見ると、俺の靴は革靴だった。

そんなバカな。俺はスニーカーを常用している。

鞄も革靴も購入した覚えは全く無くて。

それじゃあ、買ってくれたのは……?

予め俺が持っていくように用意してくれたのは……?

 

「お、親父が……か?」

 

合点がいった。

心の中で精一杯の感謝をした。

鼻の感覚が曖昧になり、目頭が熱くなってきた。

 

寝ている仁奈ちゃんを起こさないよう声を殺して謝った。

 

「ごめん、ごめんッごめんごめん……!」

 

謝罪は謝る相手が居て初めてすることができる。

そんなことぐらいわかっている!

それでも、今すぐ、たちどころに謝らない訳にはいかなくて。

静かに一室が懺悔で満たされていった。

 

 

 

 

「……て……せー!

……は…………でご……ま…!」

 

ん?何?何か聞こえる。

束の間、肩に柔らかい感触があって。

あることを思い出し、急速に意識が覚醒していった。

ガバリと起きて肩の感触の正体は仁奈ちゃんだと確認した。

 

「ッ!仁奈ちゃん?

今何時か分かる!?」

 

考えられる最悪のアクシデント。

 

「もう8時でごぜーますよ!

このままじゃ仁奈、仁奈っ!」

 

杞憂で終わって欲しかった現事象とドンピシャリ。

 

「「遅刻だ!(でごぜーます!)」」

 

 

 

おそらく346プロへの出社時刻は8時半。

ホテルから出て10キロ以上はある。

普通に考えて俺の足では間に合わない。

だが、

 

「仁奈が行くのもそこでごぜーます!」

 

仁奈ちゃんも346プロの近くに用があるようで。

遅刻だと言っていたから多分近隣の学校か?

今日は土曜日だし、何処校か気になるが今は走る。

 

だが昨日の夜のようには走れなくて。

普通に考えて当たり前だ。

革靴でフルマラソン程の距離を爆走したのだ。

疲労骨折してないのが奇跡じゃないのか?

それに加え今は鞄の中に入っていたスーツを着ている。

親父が用意してくれたものだろうが、今は足枷でしかない。

おまけに仁奈ちゃんをおんぶしながら走っている。

 

「ファイトでごぜーます!

お馬さんの気持ちになるですよー!」

 

仁奈ちゃん、この状況をなんか楽しんでない?

俺もう走れないんだけど……。

 

 

そのうち足が言うことを聞かなくなった。

万事休すか……!

仁奈ちゃんをズルズルと降ろし、スマホに手をかける。

 

「ごめん仁奈ちゃん……。

もう俺走れないから、行き先の電話番号教えてくれるかな?」

 

一時的とはいえ、保護者がこんな始末で不甲斐ない。

 

「しょうがねーですね。

でも、多分大丈夫でごぜーます!」

 

「えっ?それってどういう」キュイイイイイ!

 

一台の赤いスポーツカーが俺の言葉を遮った。

車窓がスムーズに降りていき、運転手が顔を出す。

 

「美世おねーさん!」

 

え?知り合い?ホワッツ?

 

「おはよう仁奈ちゃん!

誰そこの人?知り合い?」

 

とりあえず自己紹介しないと。

ミヨという女性の顔を見る。

が、表現しがたい可愛さと美しさを感じる顔で。

俺のコミュ障に拍車がかかり、仁奈ちゃんの時のように口を開けない。

それを見た仁奈ちゃんが、

 

「このおにーさんですか?

この人はですね、誘拐犯でごぜ……ムグッ!?」

 

迂闊だった。この子まだ俺を誘拐犯呼ばわりするのか!?

ほぼ言い終わるところで口を塞いだので、確実にミヨさんには間違って伝わった。

 

「仁奈ちゃん、こっち乗ろっか」

 

ミヨさんが仁奈ちゃんを誘導して助手席に乗せる。

直後、ドアが乱雑に閉じられた。

 

「あなた、仁奈ちゃんに何をしたの?

そもそもあなたはこの子の何?

返答次第で、警察にトップギアで連れて行くわよ」

 

さっきの顔が台無しになる程の鬼の形相で睨みつけられる。

それに本当に誘拐犯として逮捕すると脅してきた。

たまったもんじゃない。

 

「お、俺は……誘拐犯じゃ、なくて。

だから……そのッ」

 

親父の時と同じだ。

責められるのが怖い!

俺は何だ?何だ?何だ!?

 

いや、今はもう決まっているんだ。

346プロへの遅刻も後回しだ。

 

「私はこの子の、市原仁奈の保護者です」

 

コミュ障による震えも恐怖も消し去った。

 

「え?そうなん……ですか。

失礼しました」

 

「いいえ、お気になさらず。

それより仁奈ちゃんが遅刻しそうなんです。

連れて行ってあげて貰えませんか?」

 

俺のことよりまず仁奈ちゃんのことだ。

 

「ああ、それなら。

今日はプロデューサーは朝の会議があるから遅刻しても大丈夫だよ」

 

「へっ?会議でごぜーますか?大人だー」

 

会議?プロデューサー?何の話をしている?

俺が首を傾げているとミヨさんが、

 

「ほら、えっと……保護者さん!後部座席に座ってください」

 

とりあえず言葉に甘えて後部座席の真ん中に座る。

車窓が全て閉まり、かかっていたbgmが消された。

 

「あたしは、346プロダクション内アイドル芸能事務所『スクエアエコー』所属の原田美世です。

ええっと、以後お見知り置きを?」

 

346プロ所属のアイドル?なら!

 

「自分は本ジッ」ゴッ

 

音速で立ち上がり頭部強打。

今車内でしたねそういえば……。

なんかTPOを弁えなくて本当すいません。

 

気を取り直して。

 

「自分は本日より346プロにて勤務します新人のプロデューサーです」

 

胸ポケットに手を入れる。

……流石に名刺までは用意してくれないよな。

 

「生憎名刺を切らせていまして。

どうぞ、以後お見知り置きを」

 

我ながら完璧だ!

コミュ障の俺氏、大進撃ってか!

ドヤ顔をミヨさんに見せながらドスンと座る。

仁奈ちゃんの方を向くと口をパックリ開けた状態だった。

きっと俺がクールすぎてリアクションを取れないのだろう。

数瞬の後、仁奈ちゃんが助手席に抱きつく形でこちらに身を乗り出した。

 

「おにーさん、プロデューサーでやがりましたか!?」

 

「そうだよ。黙っててごめんな」

 

誰が誘拐犯だ。

 

「仁奈もスクエアエコーのアイドルでごぜーます!

いごお味噌汁置きを?でごぜーます!」

 

仁奈ちゃんもアイドルだったのか!

俺も改めて仁奈ちゃんに自己紹介しようとすると、ミヨさんがテキパキとシートベルトを掛けて、

 

「なら急がなきゃだね!

多分今日の会議は全プロデューサー集合だし」

 

マジで?んじゃ余韻に浸る暇が無駄だったじゃないか!

帰ってこない時間に舌打ちし、こちらもシートベルトを掛ける。

 

「みんな準備はいい?」

 

「「はい!」」

 

今は美世さんの運転に全てを委ねよう。

 

「んじゃ、フルスロットルで行くよ!」ギュイイイン!

 

身体まで美世さんの運転に委ねてはいけないことに気づくのはすぐ後のことだった。

 

 

 

なんとか生きていることを確認しながら、地下駐車場に到着した。

 

「お疲れ様!降りていいよ」バタンッ

 

「はぁー!楽しかったでごぜーました!」バタン

 

気は確かかこのキグルミ。

まだ目が回っている気がするが、なんとか立て直し下車。

 

「なんか今日は業者さん多いね」

 

言われて周りを見ると、かなりの数のトラックが駐車していて。

 

「何かフェスとかやるんですか?」

 

「いや、そんなこと聞いてないけど」

 

ふーんと頷きながら、スマホで時刻を見る。

『08:17』の文字が俺を当初の予定を思い出させる。

 

「ああっと美世さん?

会議室って何処にありますか?」

 

「ああ!そうだったよね。

あたしがナビしてあげる」

 

それは有り難い。

低めに小さくガッツポーズを取ると、その手に柔らかい感触が触れた。

感触源を見ると仁奈ちゃんが不安そうな顔で俺を見上げていた。

 

「もう、さよならでごぜーますか……?

仁奈に会ってくれねーですか?」

 

消え入りそうな声で問いかけられる。

可能ならば、「そんなことない、ずっと一緒だよ」と言いたい。

でも、仁奈ちゃんを待っている人は他にもいて。

俺は『市原仁奈担当プロデューサー』ではない。

保護者としての役割もここで終わりだ。

 

「そうだな、もう保護者として一緒にはいられない」

 

淡々と事実を告げられたキグルミはこの上なく落ち込んで。

きっと美世さんが俺を睨んでいる。

わかってるよ、この事が仁奈ちゃんを傷つけるって。

 

だから、

 

「でも、俺はプロデューサーだ。

今は新米で全然他のアイドルに会えないかもしれない。

でも一杯努力してスクエアエコーのアイドルとも共演できるくらいの事務所を構えて、必ず仁奈ちゃんに会いにいく。

絶対の約束だ」

 

「ほんとでごぜーますか?

……絶対の絶対ですか?」

 

俺が仁奈ちゃんを裏切ることなんてしたか?

 

「ほんとだよ、絶対の絶対」

 

「やったやったー!

ケイヤクとして指切りしやがれです!」

 

キグルミが可愛い小指で指切りを求める。

当然俺も小指を絡める。

ついでに愛らしい頭も撫でてやる。

 

「うっきゃー!指切りげんまん!」

 

嘘ついたら自害でも何でもしてやるよ。

 

これで『保護者としての俺』は死に絶え、『プロデューサーとしての俺』が生まれた。

 

 

 

仁奈ちゃんは午前レッスンの予定があるらしく、一人でレッスンルームへ向かった。

今俺は青いシートが壁一面に貼られた通路を美世さんと歩いている。

ひたすら美世さんはそわそわしている。

 

「何で?解体整備でもするのかな?」

 

どうやら青シートは普段はないらしい。

何故だろう、どこかの部署の撤収とかなのか?

 

色々思案してる内に会議室に到着した。

 

「それじゃあここでナビは終了だね」

 

「助かりました。

仁奈ちゃんのことを宜しくお願いします」

 

「宜しくするのはこっちのプロデューサーだからね。

ちゃんと伝えておくよ」

 

互いに軽く会釈し、俺はドアに手をかけた。

と同時、美世さんに手首を握られて。

 

「スクエアエコーは少数精鋭の事務所だよ。

ハンデはあるけど、上手く並んできてね!」

 

当然だ。その印として、

 

「失礼します!」ガチャ!

 

勢いよく入室した。

 

「君が新米のプロデューサーか。

常務の美城だ、宜しく頼む」

 

本格的にプロデューサー活動が始まった。

 

 

俺が座るや否や、会議が開始して。

 

「忙しい中、皆に時間を取らせて貰って申し訳ない。

手短に、統括重役としての私の方針を先に言っておく。

現アイドル事業部門の全てのプロジェクトを解体し、白紙に戻す」

 

瞬時に周囲にざわめきが起こった。

美城常務は気にする様子もなく続ける。

 

「その後、アイドルを選抜し、一つのプロジェクトにまとめ、大きな成果を狙うのが目的だ。

これは決定事項だ、追って通達を出す」

 

会議室全体がどよめきに揺れた。

美城常務が言ったことについてほとんど理解出来ない。

貧弱な脳で理解する。

言葉を咀嚼しきれない。

まだ美城常務の報告は続いている。

でも全く理解できない。

何とか理解しないと……仁奈ちゃんとの約束を……!

 

ガララッ!

 

「プロジェクトにはそれぞれ方針があり、その中でアイドルは成長し、個性を伸ばしていると思うのですが!」

 

反抗の意の声が聞こえた。

右隣の席の長身で強面の人だった。

とても怖そうな目つきだが、どこか滾るような情熱が見えて。

そんな彼の姿を眺めている内に、

 

「以上でミーティングは終了とする。

各自解散して結構」

 

会議が終わっていた。

ヤバいヤバいヤバい!

俺結局ほとんど理解出来ていない!

既に横の強面の人も居なかった。

最奥にいた常務は

 

「君はこの後私について来て貰おう」

 

目の前で凍るような表情を見せてきて。

 

「ッ!?……は、はい」

 

心の底から震え上がった。

 

 

恐らく常務室までの廊下を歩く。

周りはみんなパニックに陥ったようで慌ただしかった。

会議で聞いたことを改めて整理する。

 

「君は本来ある事務所のアシスタントを頼む予定だった」

 

「……はい?俺、いや僕は上層部へ配置されると聞いていたのですが」

 

それなりにきょどらずに喋れている。

さっきは現役美女アイドルと会話したんだ。

少しはコミュニケーションの耐性はついただろう。

 

「その上層部のアシスタントを務めて貰いたかったのだ」

 

なるほど、流石に初っ端からプロデューサーは出来ないわけか。

しかし、貰いたかった?

何で過去形なんだ。

 

「その事務所は何というところですか?」

 

素朴な質問をぶつけただけだった。

しかし、その問いが一瞬常務の歩行を停止させた。

そしてまた歩き出し、答えを言う。

 

「スクエアエコーという事務所だが、君はまだ知らないだろう」

 

いや、普通に知ってるぞ。何故なら、

 

「それは、仁奈ちゃんが所属している場所ですよね?」

 

肯定を意味する沈黙が返ってくる。

なら、聞くことがまだある!

 

「先ほどの会議でプロジェクトを白紙に戻すと仰っていましたが、スクエアエコーも対象ですか?

もしそうなら、仁奈ちゃんのこれからはどうなるんですか!」

 

怒気を込めすぎだ、自分でも分かっている。

だが、止まらない、止められない。

 

「当然対象だ。市原仁奈は私が預かる」

 

は?どういうことだ?仁奈担当プロデューサーは?

 

「担当プロデューサーと隔離させるのですか?

それは何故」

 

言葉を遮るように密着された。

 

「君は一体彼女の何だ?

何故そこまで彼女に執着する?」

 

保護者だから……いや違う。

会いたいから……論点がずれてる。

約束があるから……あまりにも個人的過ぎる。

 

「プロデュースしたいから…………!」

 

今の言葉は確かに俺の口から出た、心のどこかで望んでいた願いだ。

もう口に出してんだから、我慢する必要はないよな。

 

「仁奈ちゃんと出会って、思ったんです。

守らなきゃって、俺が彼女の心の隙間を埋めなきゃって」

 

常務の目つきがまた恐ろしいものへと変貌した。

怖い、プレッシャーに押し潰されそうだ。

 

「だから、仁奈ちゃんが346プロに所属してるって聞いてとても嬉しかった。

間接的だとしても、彼女の寂しさを軽く出来るから」

 

いや、怖いから何だ。

それだけで仁奈ちゃんを灰被りのキグルミにさせていいのか?

 

「俺も仁奈ちゃんと出会って考えが変わった!

他人を想うように、助けようって思えるようになれた!」

 

そんなこと断じて許さない。

俺は仁奈ちゃんをずっと守りたい。

 

「俺は仁奈ちゃんを輝かせたい!

そして成長していく仁奈ちゃんに、ぶかぶかだったガラスの靴を履かせてやりたいんです!」

 

ポエム交じりで、俺自身何を言っているのか分からなくなってきた。

なので、改めて俺の頼みを伝える。

サッと常務から距離を取る。

仁王立ちをして、大きく息を吸う。

そして大きな声で

 

「俺に市原仁奈を、プロデュースさせてください!!!」

 

言い切ってやった。堂々と。

 

常務は顔色を一切変えず向きを変え、速歩きで常務室に向かった。

……ダメだったのか?

人生で一番強く主張した。

一番頑張って要求をした。

それでも、ダメなのか……?

 

「何をしている、早く入りなさい」

 

遠くから、俺を呼ぶ声が聞こえた。

美城常務の声だ。

 

「!……今行きます!」

 

猛ダッシュで常務室へ入室した。

 

すると奥で常務が何かを抱えたまま俺を待っていた。

 

「これを受け取りなさい」

 

常務が差し出したのは封筒だった。

それも閉じ口が青色で、尚且つ刺繍が入っている豪華そうなやつだ。

恐る恐る受け取り、顔で開封の許可を求めた。

常務が静かに頷く。

一気に封筒を開ける。

 

中に入っていたのは、『アイドル・市原仁奈』のプロフィールだった。

 

「覚悟があるのなら、やって見せなさい」

 

 






無人のスクエアエコープロデューサー用個室。
そこだけは、プロジェクト白紙の影響を受けなかった。
業者も、誰も寄り付かなかった。
理由は誰もわからない。
ただし、確かに『何か』は存在していた。
パソコンが一人でに動く。
誰も操作していないキーボードがカタカタと音を立てていた。



ー第三レッスンルームー


「あれ?ルキトレおねーさん、ちょっと来てくだせー」

「どうしたの仁奈ちゃん?」

「これ、本当に仁奈のでごぜーますか?」

「そうだよ?予めレッスン用に置いていた靴じゃない。
何かおかしなところがあったの?」

「この靴、ぶかぶかでちゃんと履けねーですよ」
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