『 ガチャッ 』
男はこちらを睨みつけたまま荒々しく閉じたドアに後手で施錠した。
『 ドンッ 』
「ゲフッ」
掴んでいた腕ごと放り投げられた足柄は身体を壁に背中から叩きつけられ呻き声をあげた。
「何をするつもり!?ひっ!」
気丈に男を睨みながら声を絞り出した途端、男の両腕が襲いかかるように伸びてきて咄嗟に胸を庇うようにクロスした足柄であるが、男はお構い無しに両手首を掴み頭上に持ち上げてしまった。
「くっ!は‥離せ(なんて力なの!)」
足柄は人間の男など軽く捻って仕舞えるだけの自信があった。事実、あの豚野郎が襲いかかってきたときは一捻りで撃退したのだ。艦娘は艤装を展開していなくとも常人の身体能力を陵駕するのだ。
そう、確かに同世代の女性より遥かに身体能力は高い。しかし相手は鍛えられた男性なのだ。例えば足柄の握力は両手とも約50キロ以上もあり、これは常人女性の倍程もある。しかし、逞しい男の腕が発する握力は軽く80キロを超えていた…
「や‥やめ‥(振りほどけない!)」
必死に男の腕を振りほどこうと足掻く足柄の苦痛に歪む顔を間近に眺める男は左手一本に足柄の両手を掴み固定する。自由になった右手は足柄の顎に伸び…グラスを持つかのように掴みあげて自らの顔面に向き合わせ唇が触れる程に近づける。
「クッ!」
あまりの接近に顔を背けようと足掻くが、男の手はしっかりと掴み動けない。
「生意気を吐く割には可愛い唇じゃないか。…お仕置きをしないとな?」
男はそう言うと彼女の腰に右腕を回し込み引き寄せる。二人の身体が密着し、互いの体温を感じる…。足柄の心臓は鼓動を速めていく……
「あっ! や‥やめて!!」
男の左足が上がり、足柄の両脚を押し広げようと膝を滑り込ませてきた!咄嗟に堅く閉じられる両脚だったが、即座に男の手は左太腿を掴みあげていた!
両手を掴まれ上げられた姿勢で踏ん張りが利かない足柄は易々と男の膝の侵入を許してしまった!
膝が押し上げてスカートがずり上がる…脚の付根部分まで露になり下着が露出してゆく。
男の膝頭が薄い布地越しに股間に触れた…
「いっ‥嫌ぁぁぁーー!!」
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【当日の早朝】
その男は九州へ向かう機上にあった。
本日付で鹿屋基地司令に着任するのだが、色々と訳ありなのだ…鹿屋基地のみならず、この提督も…
「前任者は懲戒処分されて既に居らず、引継ぎは副官からか…。人材不足とは言え、民間から登用した弊害か?」
前任の提督は民間出身であった。約2年もの間鹿屋基地司令として指揮を執っていたということだが、不正行為は着任直後から常態化していた。何故それほどあからさまに不正を行いながら軍令部に漏洩しなかったのは…憲兵隊長を筆頭に丸ごと買収しての基地ぐるみの行いだったのだ!
鎮守府・基地に於ける提督の権限は大きい。資金面では一般会計の予算とは別枠に『機密費』為るものが自由裁量で与えられているのだ。提督執務室内の最奥壁面に大金庫が備えられ、年度初めに壱億円が入金される。
勿論、使わなければ増える一方ではあるが…
「機密費をばら蒔いていたのだから、恐らく金庫は空に近いだろう…」
基地司令を頭に不正に関わった隊員は全て処分済みで人員は入れ替わっているが、所属艦娘はそのままだ。
「艦娘達がどんな状態か…。一番の不安だな」
報告書によると、不正行為は物資の横流しを中心とした横領だけでなく…艦娘への虐待行為並びに猥褻行為。恐らくは前任はこちらが目あてだったらしい。
提督は自身の性的欲望を満たす為に艦娘へ猥褻行為を日常的に行ったらしい。部下へは横流しなどの小遣い稼ぎを黙認すると共に各部署の責任者へは袖の下…所謂、買収だな。上層部への発覚が遅れたのはそういうことだ。
「奴の前職はと…無業者(NT9)か……成る程な。FTなら未しも、親に寄生して生きてきた者を提督にするとは…」
無業者とは無職と同意だ。(NT9)とは隠語というか、まあ‥ニート歴9年のことだ。因みにFTはフリーターだ。
艦娘の指揮官である提督に民間人‥それも無業者を登用した理由。
提督の必須条件である『妖精の加護』を受けた人間が極僅かなのだ。全国各地に散らばる提督の内、海軍士官出身者は二人しか居ないのだ。残りは全て…民間人の素人だ。
そして数少ない妖精の加護を受けた海軍士官のこの男。
先月まで長期間の入院をしていた。
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5年前
「…う?……ここは?」
「気がついたか? たいした怪我もなく無事で良かったな!」
「…これはいったい?ここは病院?」
目が覚めると知らない場所だった…
確か俺は……
相模湾沖で訓練中に誤って転落した…そうだ!海に落ちたんだ!
「海に転落して… 」
「そうだ、君は運が良かった! 航行中の艦から落ちて助かったんだからな! 」
目の前の人物を見ると白衣を纏っている。どうやら、ここは病院であるようだ。
「そうでしたか…運良く救助されて運ばれたのですね。では、ここは横須賀ですか?」
「そう、ここは横須賀海軍病院だよ少尉」
やはりそうか…横須賀……海軍病院?…少尉?
「海軍?それに少尉とは?」
「どうかしたかね?」
とてつもない違和感を覚えた…
「…こ‥ここは…海上自衛隊の横須賀基地では?」
恐る恐る口にしてみたが…
「怪獣‥ジエイタイ? なんだねそりゃ?」
「あ、怪獣じゃなく‥海上です」
「海上‥ジエイタイ?はて?そんな部隊は聞いたことが無いが?」
「そ、それより!ここは横須賀…基地です‥よね?」
「横須賀基地?何を言っておる?ここは横須賀鎮守府に決まっておる!」
「ハッハッ ハヒッ! フッ フッ」
焦燥感に包まれ呼吸が乱れて息が出来ない!
「おい!しっかりせい! いかん!過呼吸を起こしてる!」
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暫くして落ち着いた俺は個室のベッドに寝ていた。
これまでにわかったことは……
ここが俺のいた世界ではないらしい……だけだ。
この病院は海軍横須賀病院だそうだ。自衛隊横須賀病院は田浦にあったのだが、この辺りは在日米軍エリアがあるはずの場所のようだ。それは窓の外に広がる景色から窺えた…三笠公園が見えるのだ。
しかし、それよりも強烈な違和感を発するものが存在していた!
記念艦【三笠】の横には……
戦艦三笠より遥かに巨大な戦艦?
「あれは? あの戦艦はなんだ! 」
「知らんのか? あれは記念艦【長門】じゃないか」
横に居た軍医殿が教えてくれた。そう、医官ではなく軍医だ。そして俺は3等海尉ではなく少尉らしい…
再び対岸に目をやると日露戦争の日本海海戦で聯合艦隊旗艦を務めた戦艦三笠に並ぶように佇むのは…紛れも無く‥第二次大戦時の聯合艦隊旗艦【長門】の姿だった。
「戦艦長門だと?……そんな馬鹿なっ!!」