俺は今‥とても動揺している!!
それは何故か? その理由は此の場所だ!
とても場違いな空気を感じずにはいられない。
「なに唸ってるの? 早く入りましょ! 」
某有名ブランドの直営店入口で固まる俺の手を容赦なく引摺りいそいそと店内へ足を運ぶのは江田島ハルナ【金剛型戦艦三番艦の榛名】だ! 勿論、艦娘様である…
彼女は冷や汗を垂らす俺などお構いなしにお目当てのバッグへ猫まっしぐらである…
「こらこら… ええいっ! 引っ張るんじゃない! 」
どうやらお目当ての品はバッグのようだ。ガラス張りのショーケースに展示されている…あきらかに通常の3倍は高そうである。ハルナは迷うことなく一点のバッグを指定し、店員さんと一緒に白手袋をはめて手にしながら真剣な表情で…納得したように頷いたよ?
「素敵! これにするわ!」
「有難う御座います。では、こちらのカウンターにてお会計を… 」
ハルナは上機嫌な様子だ。 何故か店員さんも上機嫌でホクホク顔だな? 流石は一流店ともなると、たかが鞄ひとつでも最上級のおもてなしの接客態度を見せる。店員さんに感心しながら支払いをするべく、納品書に表示された値段を見て凍りついた……
通常の3倍どころではない! 30倍ではないかっ!!
車が買えてしまう……ゼロがひとつ多い。
「うむ、そうか‥ 支払いはカードで頼む」
俺は背筋に冷や汗を感じながらも動揺を悟られぬように精一杯のすまし顔を作り金色に輝くクレジットカードを颯爽と店員さんに差し出した。カードの隅には『BUSINESS』と表記がある。限度額は知らないが大丈夫だろう‥多分。請求先は勿論『海軍』である… 後で個人決済に変更届けしておこう。
宝物を手に入れご満悦でブランドロゴが入った大きな袋を手にしたハルナと俺は店員さん一同に見送られながらお店を後にした。本日一番の高額品が売れたのだろうか? 皆さん嬉しそうで何よりです… めでたしめでたし …シクシク
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翌朝
朝イチ番で主計科にて決済変更届けを平謝りしながら済ませた俺は江田島ハルナ大尉を連れて横須賀沖に浮かぶ猿島へやって来た。これから【艦娘】金剛型戦艦三番艦榛名の実射試験を行うのだ。本来なら相模湾沖に設定された訓練海域まで行くのだが、深海棲艦の驚異が沿岸部に及ぶ今日では警備上の理由で変更された。
東京湾での実弾射撃というのもかなり不安が付きまとう… それというのも、艦娘は提督の指揮下に於いてその戦闘力が発揮されるのだそうだ。現時点の戦艦榛名の指揮官は俺ということになるが、提督どころか艦長経験すらないぞ? しかも彼女は最近まで一般人として生活していた訳で… そういう意味では余計な知識がてんこ盛りであり、まっ更な状態で純粋な艦娘達とは勝手が違うのではないだろうか?
もう少し時間が欲しいところなのだが…
横で逸る気持ちで興奮気味の永倉提督を見るととても言えたものではなかったのだ。彼にとって‥いや、海軍にとって待ちに待った戦艦なのだからなぁ…
「いよいよ戦艦の艦娘の勇姿が見れるのだな!」
「はい総長! 待ちわびていた戦艦です!」
永倉中将と話すのは軍令部総長だ。この海軍トップの後楯があったことが他国に先駆け我が国が艦娘部隊創設に至ったのだそうだ。実のところ榛名のお披露目は非公式に行われる予定で、本来なら大勢の将官が列席するであろう場所にはこの二人だけだ。仮設とは言えど立派な展望席が設えられ、煉瓦造りの嘗ての猿島要塞を偲ばせる景色を背に立つ将官の姿は特撮ヒーロー物に登場する悪の組織かと錯覚しそうな絵である。
「ハルナ、そろそろ用意はいいか? 」
仮設テントの控室で着替え中の江田島ハルナ大尉に声を掛けてみる。すると艦娘装束を纏い…少々不機嫌そうな顔で出てきたぞ?
「どうもしっくりこないわ… 」
ハルナは何やら呟きながら胸辺りを気にしている様子だ。
「何か問題あるようだな? 」
「晒木綿巻くのがちょっと… キツいから外してみたんだけど、ノーブラってのも直に擦れて‥って! 言わせないでよっ! 」
勝手に喋っておいて怒るとは… 長く俗世に塗れた艦娘はこういうものなのか? ゲーム画面の榛名は清楚で淑やかなイメージだった記憶ですがねぇ?
口振りからすると‥ハルナは今ノーブラなんだな? ふぅん… ノーブラ!? ノーブラなんだって! じ、じゃ‥擦れてるのはチ⚫ビだよね?
「なにブツブツ言って… 変な想像したでしょ!! いやらしいわね」
「と、兎に角もう時間だ! 艤装展開だ! 急いで急いで! 」
ハルナの指摘が図星で焦った俺は時間が無いと急かしてその場を誤魔化した。頭の上では妖精がヤレヤレと謂わんばかりの態度で榛名の艤装展開を行う。現状で戦艦榛名は自力での艤装展開をマスターしていないので妖精の手助けが必要なのだ。勿論、海面に立つことからして初めての所謂『ぶっつけ本番』である。
軍令部総長以下数名の関係者が見守るなか榛名は埠頭に設置されたスロープを恐る恐る海面へ足を乗せる…
「ひぃ‥ あ、浮いてる! すごぉーい! 」
「榛名さん、あたしに続いてください!」
海面に立ち興奮気味のハルナの横にすうっとやって来たのは永倉提督指揮下にある艦娘の駆逐艦【水無月】だ。彼女も既に艤装を纏い足元では波飛沫があがる。どうやって水面上に浮き、またそのため吃水がないのに航走波がたつのか? 物理的にあり得ない光景なのだが、妖精や艦娘などと言う存在からしてオカルト現象に馴れてしまったことで特に疑問を口にする者は居ない。
「いいですか? ゆっくりいきますから‥そう、スケートの要領わかりますか? 」
「スケートならわかるわ! 滑る感じね? 」
スケートの経験があったハルナは水面を滑るような感覚を理解したらしく、ゆっくりと進む水無月の後に続いて凪いだ海面を滑るように移動して行く。
「榛名さん上手ですよ! 案外すんなり出来ちゃったね! じゃ、次は砲撃やりますよ! お手本イッキマ~ス! 」
そう言うとピタリと静止し、腕に持つ主砲を構え沖に浮かぶ標的に狙いを定めると…
《 ドンッ 》
12サンチ単装砲が火を吹き標的を見事一撃で破壊した!
「あれを撃つのね! よし‥あれ? そういえば私の大砲って手に持ってないよ? これって‥どう動かすの? 」
水無月のような駆逐艦は手に持つ主砲を直接操作するのだが、戦艦は背にした筐体に主砲が据付けられている。
「あっ、そうだった! 多分‥巡洋艦と同じ仕組みだと思います。榛名さんの砲塔内に居ませんか? 」
水無月は榛名の主砲に近づくと軽くノックする。すると中から妖精が顔を出した!
「ええっ!? 中に住んでるの?? 」
「大型艦は主砲の中に砲術妖精さんが居るんです。このコ達に指示すると、後は上手くやってくれる‥筈? 」
そうは言っても駆逐艦の彼女はいまいち仕組みが理解できていないらしい…。本来なら巡洋艦の艦娘を連れてくれば実技指導も出来たのかもしれないが、本日のお披露目は軍上層部にも極秘なのだで当然ながら他の艦娘の参加も見送られた。
「…よろしくね? 」
戸惑いの表情で見つめるハルナに妖精達は任せとけと頷いた。やれるかな?
「目標はあれよ! 撃て! 」
《 ズドンッ 》
「キャッ!」
ハルナの指示に従い主砲の一門が火を吹いた!
打ち出された砲弾は瞬時に本来の35.6サンチ砲弾へサイズアップしながら標的へ一直線! ……素通りして遥か遠方に水柱が上がった。
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展望席のお偉方二名が緩い放物線を描いて彼方へ飛翔する砲弾を眺め…表情が強ばる!
「……永倉くん。彼女は…標的を間違えてはおらんよな? 」
彼方に立ち上る水柱を双眼鏡で眺める総長は永倉中将に念を押すように尋ねる。心無しか声と手が震えているようだが? その手に持っていた双眼鏡を無言で差し出してきたので、永倉中将は受け取り覗き見た。
「…!!! ……」
双眼鏡から見えたのは立ち上った水柱が崩壊して水飛沫となり飛散する傍に航行するタンカーの姿である。永倉の顔は青ざめ、言葉を失った…
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「びっくりしたぁ! ‥あれ? ハズレちゃった…」
初めて撃った主砲の音と衝撃に驚き、ハルナはその場に尻餅を突いている。銃に関心のない素人が初めて撃った姿のような感じだ。
「最初から当たるものでもないんじゃないか? 俺も初めて拳銃撃った時は的にカスリもしなかったさ! 」
「そうですよ榛名さん! あたしも最初は同じでしたよぉ? 気を取り直してもう一発いきましょう!アハハ‥」
俺と水無月はハルナがご機嫌を損ねないようにフォローする…が、そこへ永倉中将が血相を変えて走ってきた。
「まてまてっ! まだ撃つなぁっ! あれを見ろ中佐!」
永倉提督の指す方向? さっきハルナが撃った砲弾が翔んでいった… タンカーが? ええっ!?
榛名の主砲に目を向けると妖精が腕組みして何か喋っているようだ?
「おい‥お前の仲間はなんと言ってる? 」
頭の上の我が妖怪‥もとい妖精に聞いてみた。
「ツギハ キョウサダ! ‥トイッテル」
「ど阿呆!! 目標は手前の廃船だっ! 危ねぇ‥
榛名の主砲妖精は標的艦の真後ろ(かなりの距離がある)を航行する民間船を狙っていたようだ。レーダー射撃で無かったのが幸いした…
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「東京湾での実弾射撃は私のミスでもある。やはり戦艦級の火力は侮れんなぁ。以後の慣熟訓練は熟考するとしよう… 危うく三人のクビが跳ぶとこだったな! ハハハ‥ 」
総長閣下…三人て? 俺も入ってんのかよ!!
何はともあれ本日のお披露目は終了した。
晴れて金剛型戦艦が戦列に加わる目処がたったことに加え、此れまで防戦一方であった作戦が転換期を迎えようとしている。深海棲艦に対する反抗作戦… この日、艦娘艦隊を統合する聯合艦隊司令部が創設された。
「横須賀鎮守府に聯合艦隊司令部を設置する。司令長官は永倉
軍令部総長から直々に期待をかけられた俺とハルナは戦力を連れて来いと臨時の任務に赴くことになるのだった。
ことの発端は…
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艦娘の戦装束に着替えたハルナが鏡に映る姿を眺め呟いた……
「そういえば… 私が艦娘なんだから… ユウナちゃんがもしかしたら? 」
「もしかしたら? なんの話だ? 」
ハルナは何かを思いだして思案顔で俯いている。話が見えない俺はハルナに問い質してみる。
「う~ん、もしかしたらだけど… 同じ境遇のコがいたのよね…… 孤児院に」
「その話‥詳しく話してくれんかね? 」
傍にいた永倉提督の耳に入っていた時点で本件は始動したようなものであった…