大佐
「始めたまえ」
「‥艤装展開」
その男は静かに命令を下した。
すると横に控えていた少女が一足踏み出して構える‥
「おおおぅ!?」
「ど、どういうことだっ!?」
「ひぃっ!! ば、化け物か!?」
一瞬にして彼女は猛々しい装備を纏った姿へ変貌…いや、変身したと謂うべきか?
その場に集まっていた海軍高級軍人は驚きを口々に叫んでいた。
「ふむ、これがそうか…。近くで見ても大丈夫か?」
「構いませんが、砲の正面には立たないで下さい。万が一ということもありますので…」
壮年の高級軍人は少女に歩み寄ると、彼女が構え持つ主砲塔を繁々と見回し‥そっと触れてみる。
「ほう‥本物なのだな? 見たところ口径は小銃程度だが‥」
「では、次に実包射撃を御覧にいれましょう。12サンチ単装砲撃ち方用意! 」
「撃ち方始め! 撃てっ!」
〔〔ドンッ!〕〕
その小さな砲は見た目からは想像できない重厚な発砲音を放つ! 打ち出された小銃弾のような砲弾は瞬間的に姿を本来の12サンチ砲弾に変貌させながら標的へ飛翔していった。
次の瞬間、海上の的は木端微塵に吹き飛んだ。
周囲から感嘆の声が上がるなか…
「凄いな‥ 君の話は全面的に信じよう。早急に部隊創設に取り掛かってくれ! 頼んだぞ大佐‥いや、提督と呼ぶべきだな」
「はっ! 有難う御座います総長」
大佐と呼ばれた男の肩には妖精が立つ。しかし、男と一緒に軍令部総長に対して敬礼する姿に気づく者は誰一人いない…
その場に居合わせた中で、妖精が見えているのは大佐と少女の二人だけなのだ。
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「漸く認めて貰うことが出来た。先ずは第一歩を踏み出せたことを喜ぶべきか…。今日はご苦労だった」
「有難う御座います‥司令官」
今この男の元にいる艦娘は彼女一人。
彼女との出会いは……
消息を絶った艦隊の捜索に赴いた時だった。彼が艦長を務める駆逐艦が海域に入ると…、そこは地獄だった。海面は様々な浮遊物が漂い、油と血で汚れていた。さらには無数の鮫が群れをなして獲物を貪る光景に絶句する。
―その海に彼女はいた―
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その日、まだ明けやらぬ早朝から駆逐艦は総員配置で生存者の発見に全力を尽くしていた。そろそろ正午になる…絶望視せざるを得ない状況の中、艦橋ウィングの見張り員が叫んだ。
「あっ! 海面に生存者‥ゴクッ‥らしき…ひと?」
彼は双眼鏡越しに目に映る人影に歓喜しかけ…息を飲んだ。その人物は青い色の髪でセーラー服を着て海面に立ち竦んでいたのだ!
異様な光景に驚きながらも彼は職務を遂行し、即座に艦橋にいる艦長へ報告した。
「左舷‥あれか? ……ふむ、ヒトに違いないな? 直ちに救助! 急げっ!」
艦橋に居た誰もが思った。流石に艦長は冷静沈着だと…ところが実情はやや異なるのだ。
―彼の肩には妖精が立っている―
一月ほど前に突如として彼の前に妖精が現れた。当然驚いたのだが、彼は幼少期から不思議な体験を繰り返していたために耐性があったのだ。不思議な体験とは…所謂、霊感が強いために見えたりするヤツだ!
妖精さんとの生活に馴れたところで今回の捜索任務中に不思議な少女だ。今更驚く程の事象ではない…少くとも相手はヒトなのだから…
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横須賀に戻ると、保護した少女は憲兵隊により海軍病院へ移送された。何者か判らないのだが、とりあえずは救助した国籍不明の民間人としての処置だ。既に彼が話してみたのだが…彼女は記憶を喪失していた。唯一覚えていたのが自身の名前なのだが、それは人間の名には相応しくないものだった……
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「⚫⚫型駆逐艦‥⚫番艦‥⚫⚫⚫⚫」
「な‥んだと? それが君の名前なのか? 」
肩に乗る妖精が居なければ信じることはなかっただろう。彼女‥でいいのだろう妖精は真剣な顔で頷き肯定する仕草を私に向けていた。
こいつが言葉を話してくれたなら楽なんだがな?
「なんだね? ふむふむ…いや、それは‥また難題を言うな」
妖精とは直接会話は出来ないのだが、彼はA4サイズのボードにカタカナ五十音を書いたものを用意した。妖精は言葉を発しないが、理解はしているのだ。子供の頃にある事件でトラウマになった『こっくりさん』の要領で会話することに成功している。
彼は霊感体質なだけにこっくりさんには苦い経験がある。
「わかったよ。なんとかやってみよう…。先ずは艦隊司令に相談してからだな…やれやれ」
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あれから三ヶ月が過ぎた。
大佐は休暇を取り、海軍横須賀病院にやってきた。
あの少女に面会するためだが、目的はもうひとつある。
面会室に入り待っていると、程なくして青い髪の少女が女性憲兵に付き添われて入室してきた。セーラー服ではなく、病院で用意したジャージ姿だが良く似合っている。何れにしても髪の色を除けば中学生に見える。
「久しぶりだね。私を覚えているか? 」
「覚えております。助けていただきありがとうございます」
初めて会った時も儚げな美しさを醸していたが、少女はこの三ヶ月の間に何があったのか…見た目の年齢に見合わない程に疲れた顔だ。
「あれから何か思い出せたのか?」
問い掛けに少女は横に振り哀しい顔をする。
「覚えているのは名前だけ…。ここの人は誰も信じてくれない…あたしが駆逐艦だと。何度も身体中検査されて、色んなことを聞かれてもわからなくて……グスッ」
少女は気丈に耐えているが、透き通るような瞳からは涙が湧き出す。
「…君の検査結果は見たよ。どこも異常無く、健康な人間だと断定している。だが、本当は何か秘密を隠してはいないかな?」
「な、なにも隠してなんか!? ‥あ」
大佐の質問に激昂しかけた少女の前に妖精が立ち、その小さな両手を広げていた…瞬間、彼女は身体の中から溢れてくる感覚に身を震わせた。
一瞬にして少女は鎧を纏ったような姿に変貌した!
「うわぁっ!!」
「ひっ!!」
目の前にいた大佐は座っていた椅子ごとひっくり返り、少女の後ろにいた憲兵は漏らした…
それは艦娘が艤装展開した姿であった。
「これが‥あたしの本当の姿…」