『速さ』だけを求めたゲーマー   作:Re:クロバ

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初投稿です。(大嘘)

ちなみに、オリ展開とかがございますので嫌いな方は回れ右推奨。

※修正しました。



第1幕:邂逅
第1話:刹那の英雄


『速さ』が欲しかった。

 

誰も彼をも後ろに残し、独りだけ悦に浸れるような『速さ』が。

 

嫌なことから目を逸らし、前に向かって駆け抜ける『速さ』が。

 

力を振り絞って、弾丸のように敵に突撃できる『速さ』が。

 

──大切なあの子の右手を取るまでの……短いようで、長い道を一瞬にして走破できる……『速さ』が……!!!

 

 

 

 

 

 

──午後7時。

 

俺はALOにログインした。慣れ親しんだアバター。両手を開いてから、ギュッと握りこぶしを作った。

 

インプである俺は紫紺色の髪をなびかせ、頭上にそびえる世界樹を見上げる。

賑やかなイグドラシル・シティは今日も今日とて、様々な人でごった返していた。

 

多色が混ざる中、俺は大通りを抜ける。クエストカウンターへ赴き、何かめぼしいものが無いかと探る。これが日課だ。

 

と、言っても…。

 

「特にイベントも無い時期だしなぁ……荒稼ぎできるクエストは本日もナシと見た」

 

どうしたものか。正直言って、この前の特大イベントの連続ボス戦でかなりの回復系アイテムを消費し、金も尽きた。

リカバリーするために早めにユルドが喉から手が出るほどに欲しい。

 

「はぁ……稼げるクエストは無しかぁ……」

 

隣からも俺と似たような台詞が聞こえた。やはりゲーマーは皆、似た思考回路をしているのだなと、一人で納得してしまう。

 

ちらりと流し目に声の主を見た。流麗な金髪に大きな髪飾りと、その豊かな胸。エメラルドのような輝く双眸に愛くるしくも端正な顔立ち。

もしここがリアルなら素直に恋に落ちていたところだ。

 

すると、そんな可憐な女性アバターも俺に気がついたのか視線をこちらへと向けた。

 

「あっ…」

 

思わず、声が漏れる。

 

「え、えーと。もしかして聞こえてました?」

 

「へ?あー、いやぁ……同意見だなぁと思って聞いてました」

 

「あはは…やっぱり貴方もゲーマーなんですね」

 

笑いかけてくる彼女の笑みには一切の曇りも無かった。それに「そうなんです」と、返事してから、クエストカウンターを離れた俺は近くの椅子へと座った。

 

「よっと」

 

すると、誰が予想できたことか。

 

先程の女性アバター、おそらくシルフのアバターは俺の眼前に平然と着席した。

 

「え、え……?」

 

「あ、すみません。目当てのクエストが無かったから、付いて来ちゃいました」

 

「あ、そ、そうなんですか」

 

はっきりと喋る彼女とは対照的に、コミュ障全開な喋り方をする俺の頬は羞恥から紅潮した。

いくら仮想だとしても、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 

「あ、そうだ。これも何かの縁ですし、街でも見て回ります?」

 

シルフが笑った。

屈託のない笑顔だ。

いや、しかしそんな突拍子もないことを言われても……。

 

「え?あ、いやー…お誘いしてくださって有難いんですが……生憎とユルドが…」

 

「大丈夫ですよ!見て回るだけですし!ね?」

 

見て回るだけって。

 

しかし、折角の誘いだ。

乗らない手はないだろう。

恥ずかしいが、これは仮想だ、仮想。大丈夫、イケる……はず。

 

さっきの考えと矛盾するようだが、僕はこみ上げてくる羞恥心をグイグイと押さえつけながら、承認した。

 

「あ、えーと……じゃ、じゃあ。僕でよければ、よろしくお願いします」

 

と、こんな感じで俺は彼女──リーファと出会った。

 

 

 

 

 

 

「えいやっ!」

 

可愛らしい声とは裏腹に裂帛の気合いが入ったリーファの斬撃に惚れ惚れする暇もなく、背後から敵襲。

 

彼女と出会って2週間後。いつもだいたい同じ時間にログインする俺たちは幾度か会話を交わすうちにすっかり意気投合し、こうやって暇さえ見つけてはクエストへ赴いていた。

 

仮想現実ってのは見ず知らずの人とすぐ親しくなれるのだから、不思議だな。

 

ちなみに、彼女のお陰で他にもフレンドと呼んでいいのか定かでないが、そんな人らが増えたことも言っておこう。

 

「憤っ…!!」

 

剛健さを見せつけるかのように、斧を振り下ろす彼はノームのエギル。普段は商店を営んでいる。勿論、ゲーム内での話だ。

 

そして、向こうの方で蒼い小龍を操った攻撃を披露している小柄なケットシーのシリカ。その愛くるしい要望はアバター関係なしに街中の男性らを虜にしていた。

そして獅子奮迅といった様子の相棒のピナ。

 

片手棍を振るう、鍛冶師泣かせのレプラコーンのリズベット。彼女はエギルのように自身の店を持っていた。かなり景気は良さげ。

 

更には、狙った獲物は必ず仕留める凄腕スナイパー、ケットシーのシノン。常にクールで、物事を冷静に捉えられる逸脱した判断力の持ち主。俺も少しくらい分けてほしい。

 

袈裟斬り、逆袈裟、唐竹、逆風、刺突……多彩な斬撃法で相手を自分の間合いに入らせない刀のエキスパート、サラマンダーのクライン。

根拠は無いが、何故か彼を見ていると、将来捨てたもんじゃないなと失礼なことを考えてしまう。

 

攻撃では相手に甚大な被害をもたらし、味方には高速詠唱で瞬時にHPを回復させる慈母のようなバーサクヒーラー、ウンディーネのアスナ。

 

そして。

 

「ぜぁぁぁぁああああ!!!」

 

唸る咆哮と共に真一文字に敵を切断、そのまま中空に浮かぶ敵目掛けて真紅に光るヴォーパル・ストライク……からのインターバルを見せないほどの凄まじいスキルコネクトによるホリゾンタル・スクエア。

 

まるでゲーマーと名乗っていた自分が恥ずかしくなってしまう程の腕前を持つリーファの仲間たち。そして、その中でも他の追随を許さず群を抜いて飛び出ている黒髪のスプリガン。──キリト。

 

結局、俺はスライムを2体倒すだけに終わってしまった。何とも達成感のない……これでは寄生プレイと言われても間違いないような醜態っぷりだった。

 

「よぉし!やった!」「次に行こう!」「了解!」

 

自分の不甲斐なさに失意の念を胸中で渦巻かせていると、そんな声が耳に届いた。

顔を上げると、皆がニコニコと笑い、早くも次へ行こうとしていた。

 

──本当に俺がここにいていいのか?

 

そんなマイナス思考だけが頭を支配して始めていた。ギリッと歯を食いしばり、誰にも見えないように握り拳を作った。

 

「どうしたの?行こうよ!」

 

すると、前方から朗らかな声。

ハッと平常を装い目線を上げる。

 

「リーファ……」

 

「ん?」

「あ、いや。う、うん。行こう!」

 

だが、それ以降。

俺が敵Mobを狩ることは無かった。俺は呆然と立ち尽くしたまま、パラメータ上のEXPが蓄積されていくのをボンヤリと見つめていた。

 

その時は妙に、所持していた武器を軽いと思えた。

 

 

 

 

 

3日後。

 

今日は珍しくリーファと2人で草原の街道に出ていた。今回はクエストを請けてはいなかったので、晴れ渡る蒼穹の下で雑魚モンスターをひたすら狩り続けていた。

 

作業のように手際よく敵を排除する彼女に比べ、俺のなんと遅延なことか。

彼女が敵を4体倒す頃合に、ようやく俺は1体倒すペースだ。以前のこともあり、劣等感を覚えずにいられない。

 

真横でバーチカル・スクエアを発動させるリーファを尻目に俺は、負けじとスラントを発動するが、その時点で力量の差は一目瞭然。

 

「ぜぇはぁ……ち、ちょっとタンマ」

 

「えー?仮想世界の中じゃあ疲労なんて感じるはずないんだけどなぁ……じゃあ休んどいてね、ゼノン!」

 

朗らかに笑う彼女は俺に話しかけながら、背後へ風の魔法。この容赦無さがある意味怖い。

 

粒のような熟練度を稼ぐリーファに、それを見届ける俺。無駄に時間は過ぎていく。怠惰に時間を持て余す俺は彼女の鬼神の如き躍動を視界に留め続けていた。

 

童話に登場する神秘さ満開の妖精とはかけ離れた戦闘っぷりだったが、彼女の動きには無駄がなく、知らない内に俺はリーファの戦いに感銘を覚えていた。

 

俺もいつかあんな風に──。

 

しかし、そんなことを続けていたある日……とうとう始まってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

「ゼノン、ゼノン、ゼノン!!」

 

俺はクエストカウンターへ身を乗り出していた。そして、俺の背中をつついてくる人物。そのよく通る声でリーファだと断定できたが、今はそんなところではない。

 

周りには俺と同じような切羽詰まった人たちで溢れかえっていた。

 

なにせ、とうとう始まるからだ。

 

リーファが─まぁ、俺は尽力していたか定かではないが─草原で雑魚敵を倒していたのも無意味なことでない。もちろん来たるべき日に備えるため。そして、その日が来た。

 

事前に告知されていた、大型アップデートによる特大イベントクエストが。

 

 

 

 

 

 

準備エリアには様々な種族の妖精たちが敷き詰められていた。俺とリーファは同じブロックに入れたが、彼女のフレンドたちは別ブロックへと転送されたらしい。

 

唐突だが、このイベントクエスト。ターゲットは巨神だ。

 

神話をゲームシステムに積極的に組み込んでいる運営は今回も神的要素を存分に取り入れ、世界樹に匹敵するほどの身長を誇る巨神をこの世界に創造したようだ。

そして、これがゲーマーたちに見事なまでの闘争心を植え付けた。

 

そんな巨神相手に俺は果たして生き残れるのだろうか。懸念材料は大量にあるものの、今は目の前のことに向き合わなくてはならない。キリトがいれば百人力だったなんて思わない。思ったら負けだ。そんな気がする、してきた。

 

「大丈夫?ゼノン」

リーファが問うてきた。

楽しそうだ。そりゃあそうか。

こんな特大イベント。ワクワクしない方がおかしいはず。

 

「リーファ………うん。大丈夫。クリアすればいいだけの話だよ」

 

らしくなく、何故か俺は虚勢を張ってしまった。

 

「うわっ、強気じゃん。珍しく」

 

そりゃあ、当然そんな反応するよな。

 

「珍しくは余計。あ、カウントダウン入ったっぽい」

 

俺は先程の発言を猛省しつつ、前方のホログラムを指した。

それと同時に来たるクエストに意識を集中しようと努めた。

 

「頑張ろうね!」

 

「お互いにな」

 

そんなこんなで。

 

──今、闘争心を燃やす『戦いに飢えた獣』と書いて『ようせい』とルビ振りできるようなゲーマーたちの戦いが始動した。

 

 

 

 

 

 

──戦いは一方的だった。

 

様々な種族が入り乱れる中、統率を取っている幾人かの部隊長が指示を飛ばす。

その統率力は見事なもので、本当にこのゲームがPvP推奨なのか疑いたくなった。

 

近接部隊がソードスキルを発動させ巨神に斬撃や打撃をお見舞いするなか、射撃部隊が雨のように弓矢を掃射。

 

その隙に魔法部隊が詠唱を済ませ、高度な熟練度の長時間詠唱魔法をデカ物にお見舞いする。獄炎、吹雪、暴風、超電、土砂が入り乱れる中、俺は固唾を呑んで見守ることしか出来なかった。

 

やはり、俺は無力であった。

 

インプである俺は、半年以上このゲームをやっているのにも関わらずステータスは平均を大きく下回る。特に『速さ』のステータスは折り紙付きに悪い。

ソードスキルも《スラント》並の物しか使えないし、魔法も皆無だ。

 

何故か。単純明快な理由が一つ。

 

──敵Mob狩りがヘタだからだ。故に熟練度が上昇せず、ソードスキルの威力を昇華させられずにいる。

 

まぁ、簡単に言えばゲームセンスが無いということだ。小さい頃からゲームは好きだが、実力が伴っているワケじゃあない。

 

ということは、以前にあった、連戦イベント。回復系アイテムをかなり浪費したのだが、その理由が何故だかもうお分かりだろう。

 

自称ゲーマーは──何度も敵の攻撃を無様に頂戴し、ガリガリと減るHPバーを満タンにするため、血眼になってアイテムを使役していたというワケだ。

 

そんな無力な俺を置いていくかのように攻略組であるだろう鬼神の如きゲーマーたちが大地を削り取るかのような活躍っぷりで巨神に躍りかかっている。リーファもそのうちの1人だった。

 

土埃舞う戦いの中、金色の長髪を揺らす彼女は酷く魅力的で、まさに女神が顕現したかのように錯覚させた。

そこだけが時間が止まった世界のよう。切り取って、額縁に入れ部屋で永久に飾っておきたくなる衝動に駆られる程に美しい光景。

 

戦姫の名が似合うであろうリーファは《エアロ・エンハンス》を用い、急造のパーティに風属性を付与、見事なまでの立ち回りで浅黒い巨神の肌に残酷なまでな切り傷を与える。

 

故に俺は勝利を確信していた……。

 

 

 

──戦いは一方的だった。

 

 

 

切っても切ってもビット単位でしか削れない膨大過ぎるHP、目の前を飛ぶハエのような妖精たちを鬱陶しそうに振り払う巨人の剛腕は突風を呼び、そのまま妖精たちを地へと堕とす。

 

そしてその一撃を見舞ったプレイヤーは即座に死亡。俗に言う、ワンパンだ。お陰で、魔法部隊が回復部隊に変更を余儀なくされるのは時間の問題だった。

 

一応、近接部隊に部類されている俺が未だ1度も死なずにいられるのは奇跡に近い。まぁ、傍観しているだけだから当たり前か。

 

ていうか、あんなのどうやって攻略すんだよ。運営は何考えてんだ?いつALOはマゾゲーと化した?

 

ここまでくれば、あんなビット単位でHPが減っていく馬鹿みたいなイベントボスを相手にして、俺がこうして腰が抜けてしまっているのは当然だろ?

こんな俺を叱責する輩がいるか?

誰もが仕方ないと、思うはずだって。

 

──けれど、そんな惨めな俺の元に飛来する人物が1人。

 

たった1人……雑魚野郎を見捨てない戦姫が金髪を翻し、俺の目の前に降り立った。

 

彼女──リーファは無言でメニューを開き、猛威を振るう背後の巨神にも目を向けず必死でスクロールさせる。

 

「メニュー開いて」

 

「り、リーファ?」

 

「開いて」

 

「で、でもっ……」

 

「いいから開いて!ゼノン!!」

 

彼女の気迫に気圧され、弾かれるように俺は指を振り下ろした。

 

「あった…!今からトレードするから!受け取ってね!」

 

「と、トレード!?何のために!?」

 

「ゼノンのためだよ!ゼノンが少しでも戦えるように剣を渡すんだよ!!」

 

必死にリーファはホログラムをタップしている。すぐに交渉メールの着信音が鳴り、俺は交渉内容を確認せず承認。交渉成立。

即座に、届いたギフトボックスを開封する。それはとある片手剣だった。

 

俺は逡巡せず、それを装備。

すると、右手にズッシリとした重量の漆黒の剣が顕現した。

 

「こ……れは?」

 

「ランク9の激レア片手剣!ソードアート・オンラインとこのALOが融合したことによって生まれた……キリトくんもSAO時代に使っていた漆黒の片手剣!その名も……──きゃあ!!」

 

「っ!?リーファ!!??」

 

声を張り、背後に吹き飛ぶ彼女の名前を呼ぶ。土塊の砲撃を繰り出した巨神の攻撃故の出来事だった。

 

紙くずのように宙を舞うリーファ。飛行に自身のある彼女でも制御出来ないほどの暴風なのだろう。感じないはずの痛みに苦しむかのように眉間にシワを寄せる彼女は有らん限りに叫んだ。

 

「その剣の名前は…!」

 

 

 

「「エリュシデータ!!」」

 

 

 

彼女の声に自身の決意の声を重ね、なけなしの勇気を振り絞って弱気なインプは残酷な猛威を振るう巨神に相対した。

 

「巨神…!覚悟しろ…!!」

 

俺は静かに叫んだ。

 

──これは仮想空間。決して、現実の出来事じゃあない。そもそも、これはゲームに過ぎない。

 

それは分かってる。けれども、眼前の超大な巨人相手が与えてくるプレッシャーは本物だし、俺の虚勢も本物だった。

 

だが、俺はそれを無理やり打ち破った。

リーファが剣を託してくれたから。信じてくれたから。それだけのつまらない理由で、だ。

 

都合が良いってのも分かってる。今更、しゃしゃり出やがってと周囲のヤツらに思われていることも重々承知だ。

 

だが、こうまでされて。

 

やらないワケにはいかないさ。

 

「……!!」

 

言葉が通じたのかは分からないが、僅かにこちらを見た巨神。瞬間、俺は宙へと躍り出る。

精一杯持てる力を持って、速度を上げろ!そうだ!……俺は、俺は、俺は……!!!

 

「勝つッッッ!!!」

 

──しかし、運命は悪戯か。いや、この電子の世界に運命なんてものは存在しない。全て、データのおもむくままに、だ。

 

渾身の一撃を喰らわせるかのように片手剣を前に出すが、俺はリーファ同様、剛腕により発生した突風に吹き飛ばされた。

 

ぐるぐると回る視界。制御の効かない四肢。先程の覚悟を嘲笑うかのように巨神は俺だけではなく、他のゲーマーをも叩きのめしていく。

 

たった数秒間回った程度だが、体感時間では1時間のように思える程の時間が過ぎ、俺は停止した。

グラグラとくる頭や、酔って吐き気が催す辺り、まだ(ゲームの世界で)生きているという証拠だ。

 

いけない、シャンとしろ!

俺は頬を思いっきり叩き、巨神を睨み返す。

 

──そして、気がついた。

 

少量のHPしか残っていないであろうリーファが、巨神の足元で仰向けに倒れていることを。

そして、スタン状態になっているので身動きが取れないのであろうことも同時に察した。

 

絶望的状況。

 

誰も彼女に救いの手を差し伸べられない。自分のことに必死だからだ。回復部隊も今やもう自分の回復に手一杯であった。

 

倒れ込む金髪の戦姫は遥か上空で浮き上がる俺を見て、微笑みかけた。強化された視力で彼女のその切ない笑みを見て取れた。

 

ここはゲームの中であるのに……あれほどまでに心にジンと来た笑みはかつてないだろう。

自分もつくづくゲームに入り浸り過ぎているなと自分で自分を嘲笑する。

 

左腕を俺へと伸ばすリーファ。まるで何かを求めるかのように。

クソッ。なんて、切ない顔してんだよ。

 

……分かったよ。お前が本当はどう思っているかなんて分からない。だがな。俺はその『求める何か』になってやろうじゃないか。

 

英雄なんかになれなくったっていい。攻略組になんかなれなくったっていい。けれど、ただ……今、この時だけは…!彼女が見ている前だけでは……!!

 

「その求める何か……英雄でありたいんだァァァァ!!!!」

 

刹那、両脚が青白く発光した。微弱な熱を感じた。そして、俺の体は中空に残像を残す程の勢いで疾走。倒れているリーファを文字通り目にも見えないスピードで回収した。

 

「ぜ……ノン!!」

 

「リーファ。俺、やるよ」

 

──大切なあの子の右手を取るまでの……短いようで、長い道を一瞬にして走破できる『速さ』が欲しい。欲しいと俺は願った。今、強く願っていた。

 

すると、どうだろう。

 

──手に入れた。

 

取ったのは左手だったけども、そんなのはどうでもいい。銀鈴のようなリンリンとした音が鳴るなか、俺の思考速度は急速に高まっていく。

 

リーファを安全な地へと寝かし、巨大な巨神を見上げる。

周囲のゲーマーは皆、攻撃をやめていた。つまり、実質俺と巨神との一騎打ち。

 

「さぁ、やろう。デカブツ」

 

意地悪くニヤリと嗤う『刹那の英雄』は天翔る。巨神の豪腕故に引き起こされる突風すら凌駕する超絶な『速さ』で肉薄した。そのまま漆黒の片手剣を巨神の肌へと穿った。

 

今まで痛みも何も感じないような雰囲気であった巨神は目を見開き。苦悶の声をやっと挙げた。邪悪に英雄らしからぬ笑みを浮かべる俺。この光景を録画されていたら、完全なる黒歴史と化すだろうがな。そんなのは今は関係ない。

 

──リーファがいるから。

 

アイツがこの剣を渡してくれたから…アイツが俺を見捨てずに機会を与えてくれたから……。

 

──アイツが俺に手を伸ばしてくれたから。

 

それを取った刹那の英雄は爆誕した。目の前の天敵をそれこそ刹那に刈り取るために。

 

突き立てたエリュシデータはそのままに強引に巨神の肌を駆け上がる。腕や胸、腹や脇もお構い無し。斬りたいと思った場所を余すことなく縦横無尽に切り刻む。

 

するとどうだろうか。『速さ』だけが飛躍的に上昇しているので、HPの減少は相も変わらず微々たるものなのだが、塵も積もれば山となる。

 

1人のインプの疾風攻撃は今まで翻弄され続けていた討伐隊の面々を一蹴するかのように、凄まじいスピードでビット単位で巨神の体力を削ぎ落としていった。

 

ガクンガクンとHPバーは減少していき──その時が遂に訪れた。

 

莫大な破砕音がステージに木霊し、大気が震えた。そして浮かび上がるはCGの花火。大げさなド派手なCREARの文字。

 

刹那の英雄は偉業を成し遂げた。1人で……討伐不可能だと思われた巨神を打ち倒して見せた。

 

故に零れる笑みはこのALO中で今だけは1番に輝いていた……かもしれない。

 

俺はリーファの元へ文字通り舞い戻った。高度を下げながら、足底をゆっくりと地面に接地した。

 

「リーファ」

 

俺の巨神討伐後の第一声はこれだった。

 

「ゼノン……!」

 

スタン状態からすっかり解放されていたリーファは笑顔に見せた。

俺はそれを視界に収め、エリュシデータの装備を解除した。

 

「やったぜ、俺」

 

グッと握り拳を作り、眼前に掲げた。

 

「自身のないインプが……倒したぜ。刹那で」

 

少し、イタい台詞も混ぜてみた。

すると、予期せぬことが起こった。

 

「ゼノンっっ!!」

 

「んむっ!?」

 

彼女に抱きつかれたのだ。喜んでいる彼女の胸に顔を押し付けられ、俺はトマトを彷彿とさせるほどに赤面した。

 

必死に抵抗し、なんとか拘束から抜け出す。

 

「んぶはぁ…!!や、やめてくれって!!」

 

未だに動悸が治まらない。

あの柔らかさを思い出すと、顔から火花が散りそうだ。

 

「あはは。で、でもさ?どうしてあんなに速くなったの?ステータスは……巨神を倒したことで種族熟練度が上がってるものの依然としてAGIはパッとしないし」

 

羞恥する俺を笑うリーファが質問してきた。そして、それに対する答えは自分の中でもう出ていた。

 

「違うんだよリーファ」

 

「?」

 

「こんなデータの世界でも……思いは通じるんだ。例え痛みを感じなくても……あれだけ悲痛な顔を浮かべていた誰かを助けたい……そんな願いがこの電子の世界に通用した結果なんだよ、これは」

 

1度、息を整え、更に俺は語る。

 

「俺はキリトのように強くない、エギルのように力強くないし、クラインのように多彩な技も持ってない」

 

「リズベットのようにしっかりしていないし、シリカのように優しくなれない。アスナのように時に厳しく、優しく……なんて臨機応変な態度は皆無だし。シノンのように常々クールには徹せない」

 

「それでも俺はなれた。刹那だけだけど……本物の英雄にさ!」

 

「ゼノン……!」

 

「だからさ?俺は目指すよ。今度はこんなヘンテコな力に頼らずにさ?……本物の英雄ってヤツを」

 

「ゼノンならなれるよ」

 

「そうか?結構イタいこと言ってる自覚があるんだが」

 

「大丈夫。最高にイタくてカッコイイから」

 

「アハハ。……絶対に馬鹿にしてるだろ」

 

「いやぁ?」

 

「なんだか胡散臭いな……」

 

 

 

 

──そして始まるは『速さ』を手に入れた少年の仮想世界での物語。真の速さを少年が手に入れる時には……彼はきっと『本物の英雄』になれるのであろう。

 

 

 

 

「それはそうと。どうしてリーファ、ほっぺ赤いんだ?」

 

「え、えぇ?……別に?」

 

「普通にしらばっくれるんだな」

 

「アハハ」

 

 

 

物語は今、刹那に開幕した──。

 

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