『速さ』だけを求めたゲーマー   作:Re:クロバ

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※修正しました。


第2話:邂逅

『刹那の英雄』

 

刹那に現れ、刹那に消え去ったあるプレイヤーのことをALOプレイヤーたちが賞賛と皮肉を込めて付けた、二つ名だ。

 

かの巨神を討伐するのに貢献した名も無きインプが習得した、瞬間的に『速さ』を『神速』へと昇華させるOSS《セツナドライヴ》の登場はALO内に衝撃を与えた。

 

MP全てを消費することにより、約30秒間だけステータスを超越した『速さ』を獲得できるOSS。それが《セツナドライブ》の正体だ。と、万人は推測しているが、実態は少し違う。

 

MP全てを消費することにより、約30秒間だけ本人が望んだ通りのことをそのままに再現するOSS。

これこそが《セツナドライブ》の本当の姿。

いくらでも応用の効く常識破りのOSSだが、当の本人が『速さ』しか求めていないため、その真価を発揮できないでいる。

 

しかし、極限を超えた速さを手に入れることができるOSSであるのには変わりはない。MP全消費、そしてMPを全快したとしても、約5分間使用不可というデバフ(ハンデ)が付与されるのみ。

 

故に、それを求める攻略組の面々は数知れず、1週間近く、インプの元に足を運ぶ者は絶えなかった。

 

同時に諸々のギルドからの勧誘も凄まじかった。クリア不可能とされた巨神を実質一騎打ちで撃破したゼノンの偉業を素直に評価したゲーマーたちが我先にと、草原フィールドや砂漠フィールドにいる彼の元まで集っていた。

 

だが、そのお陰で過大評価されすぎていたインプの本当の実力が明らかとなってしまう。

熟練度は上がったであろうにも関わらず、スライムを倒すにも手間取り、空から攻撃してくるトカゲ形モンスターに悪戦苦闘。おまけに状態異常耐性も皆無。

 

《セツナドライブ》を発揮しても、タガが外れたような『速さ』に対する強い想いは常時引き出せないので、少し移動速度が上昇する程度。そんな期待外れすぎる彼の醜態っぷりはこれまた刹那のように伝播。

ゲンナリとした顔で去っていくゲーマーたちもあれから1週間経った今ではもうインプの周りにはいない。

 

と、事後の経過を述べたところで、当のインプは今日もデータで生成された壮大な青空を見上げ、芝生を下にして、寝転がっていた。

 

周囲に人の気配は無かったので、こらえずに思いっきり欠伸をする。腰に帯刀した漆黒のエリュシデータが場違いな存在感を放つ中、インプは怠惰に無意味な時間を過ごしていた。

 

そんな彼を訪ねる少女が1人。相も変わらず、流麗な金長髪を風になびかせ疾風の如く滑空を見せた後で、着地。

見下ろすようにインプを見る華やかなシルフ。

 

その豊かな胸を下から抱えるように腕組みした彼女はくつろぐ俺を見て苦笑した。

 

「こんなとこにいたの?」

 

「リーファか」

 

「いつもより早いログインだね。何か気分転換的な?」

 

「まぁ、少しね」

 

「あはは。それはそうと……今日も誰も来ないんだね」

 

物寂しそうに笑うリーファ。

 

「いや、いつも通りに戻っただけだよ。それに…ここ数日間がおかしかったんだ。ゲーマー気取りの癖して、正体はただの雑魚プレイヤー。そんなヤツの下に攻略組の面々が集うこと自体珍し──」

 

「そんなことないよ!!」

 

俺の言葉を遮ったリーファの声に驚き、起き上がった。

そして、リーファは必死にまくし立てるようにして、話した。

 

「ゼノンは…あの巨神を一人で討ち取ったんだよ!?あのキリトくんでも出来なかったって言ってたじゃん!」

 

そういえば、そんなことをリーファ伝いに聞いていたな。

……だと、してもだ。

 

やっぱり、放った矢が偶然図星に当たるよりかは、必然の方が断然良い。下手で、尚且つ遠まわしな表現だが、俺とキリトの差はそう言い換えることができるんだ。

 

「リーファ…」

 

しかし、彼女は顔を歪ませていた。今にも泣き出しそうな彼女の端正な顔を見たお陰で、そんな妄執に囚われている暇は無さそうに思えた。あくまで気のせいだけど。

 

「ゼノンは弱くないよ!私が保証するからっ!だから──」

 

「も、もう、いいって!」

 

自分への評価に恥ずかしくなり、僕は両手を大袈裟に振って、リーファの話を終わらせた。

 

「ぜ、ゼノン?」

 

「いや、いくら周りに誰もいないっていっても……ンなこと言われると恥ずかしいって。ゲームのことで褒められたことなんて無いから…余計にそう感じるのかもしれないけどさ」

 

紫紺の髪を清涼な風になびかせ、ルビーのような瞳を羞恥故に泳がせた。

それを見るリーファは先程とは打って変わって満足気に微笑んだ。

 

「ね?これから暇?」

 

「うん?まぁ、特にやることは無いけど」

 

「じゃあさ!街を見て回ろうよ!」

 

「いや…この前も見て回ったんじゃ?」

 

「でも、何も買えなかった前回と違って今はユルドがたんまりあるでしょ?」

 

「あー…確かに。貢献度ランキングはトップだったからな。ユルドのほとんどをぽっと出の俺がかっさらっちまったみたいだしな」

 

「ってことで…どうかな?」

 

「まぁ、断る理由もないしそれこそ消費アイテムの補充もしておきたかったし……いいよ、行こう」

 

「よっし!それじゃあ転移門までレッツゴー!!」

 

「うわっ!?速っ!?ま、待てよ!──」

 

 

 

 

 

 

「──ふぅ」

 

アミュスフィアを外した直葉は大きなため息。しかし、それは疲労でなく、うっとりとした喜色をにじみ出させていた。

それが一体どういった意味を持っているのかは彼女以外分からないが。

 

寝巻きに既に着替えていた彼女は部屋を後にして、兄の部屋のドアをノック。すぐさま返事が帰ってきたので、入室。

 

「直葉。何か用か?」

 

ふわっと笑う彼は桐々谷和人。本来は直葉の従兄弟に値する彼だが、とある理由により我が家で暮らしていた。

そんな優しげな兄のベッドに遠慮なく座り、とうとう直葉は話を切り出した。

 

「ねぇ、お兄ちゃん」

 

「んー?」

 

「って……何やってんの?」

 

「モンハン」

 

「……少しくらいはゲーム止めなよ」

 

「それは無理な相談だな」

 

廃人ゲーマーである兄からゲーム機を取り上げたら禁断症状が出そうだなと、起こり得そうな事柄を想像し笑えなくなる。

 

「──っていうか、そうじゃなくって!本題なんだけどっ」

 

「うん」

 

「……ゼノンのこと、どう思う?」

 

「お前が最近仲良くしてる、あのインプだよな?」

 

「お兄ちゃんも何度か顔を合わせてるでしょ?」

 

「あぁ。それにゼノンは今、ALO界隈を賑わせている『刹那の英雄』じゃないか。あの巨神を実質一騎打ちで討伐したっていう。

リーファが連れてきた当初はあんまりよそよそしかったもんだからニュービーだと思ってたが──アレは俺の誤りだったらしい。あんなに強いヤツ、初心者なワケないよな」

 

「うん。彼の強さ……いや、『速さ』は間近で見てた私が保証する」

 

「ていうか直葉。アイツをどう思うか……って、どういうことだ?」

 

「あー……あの……強さとか技術とか……じゃなくってさ。その、もっとこう……人間性っていうか……」

 

「人間性?関わる機会が少ないから、完全に把握できてないけど、大人しいヤツなんじゃないか?」

 

すると、和人はゲームの手を止めた。直葉の眼を覗き込み、話す。

 

「とは言ってもだ。あそこはオンラインゲームの世界。見ているアイツの姿もアバターによる仮の容貌に過ぎないし、性格だってそうだ。世の中にはゲームと現実で性格が変わる人がいるしな」

 

和人は真摯に語っているようだが、あまりにも丁寧な特大ブーメランだったので、直葉は呆れながら言い返した。

 

「それお兄ちゃんが言う?」

 

「え?俺?」

 

自分のこととなると本当に鈍感なんだから、そして、やはり想像通りの回答が帰ってきたな、と直葉は思った。

 

「どんな人なんだろうね?実際」

 

「会えるなら会ってみたい。あそこは不思議とそう思わせてくれる場所だ。けれども……やっぱり現実の様子を捉えるだなんてことは不可能に近いし……止めておいた方がいい。ゼノンにもゼノンの生活があるんだからな」

 

「わ、分かってるってば。言ってみただけだよ!そ、それじゃあ……お、おやすみ」

 

「おう、おやす──」

 

そこで何かの着信音。音源はどうやら和人の携帯のようだ。

片手を上げて、妹に応えようとしたが、中断し、和人はそのまま右手で端末を取った。

 

「はい──」

 

『おっ、キリトか!?』

 

「うわっ!?うるさっ!って、クライン……?どうしたんだ?」

 

『いやー、夜分にすまねぇ。ちょっとALOにログインできるか?』

 

「実はさっきログアウトしたばかりなんだけど」

 

『頼むって!ほら!この通り!』

 

生憎だが、クラインの誠意は声からのみ伝わってくるので『この通り』と言われても、和人は『どの通りだ?』と思考するしかなかった。

 

「──はぁ……分かった。じゃあ、ちょっとだけだからな?」

 

『おぉとも!んじゃ、噴水広場で待ってんぜ──!』

 

ブチッ。ツーツー。

 

「って、切りやがった。……噴水広場で待ち合わせか。あそこってALO内でも有数のデートスポットだよな……?」

 

「どうしたの?」

 

「あ、あぁ、悪い悪い。それじゃあスグ、おやすみ」

 

「うん」

 

 

 

 

 

 

「──よっ」

 

「どうしたんだよクライン」

 

「呼び出して悪かったな。実は気になることがあってよ?この前のイベント覚えてっか?」

 

噴水広場。定刻になれば水が噴射されるオブジェの前で、黒コートに身を包んだキリトが腕を組んでいた。

 

「巨神のヤツか?」

 

「そう、それ。じゃあ、そん時に舞台になったフィールドも記憶にあるか?」

 

「特別フィールドだよな?えーと……『神の御前』っていう名の」

 

「あぁ。実はな?そこが一般公開されてんだよ」

 

「……まさか男2人で見に行きたいと?」

 

「おぉとも!」

 

「クライン……お前が悲しい人生を送っていることは分かるが、男に走るのだけは止めとけよ?」

 

「変な誤解すんじゃねぇ!ちゃんとした理由があるんだよ!ほら、さっさと行こうぜ!」

 

「はいはい──」

 

 

 

 

 

 

寝室に戻った直葉はベッドに倒れ込んだ。

 

──前触れは何も無かった。

 

だが、枕に顔を埋めると、どう形容すればよいのか分からないような気持ちが胸中に渦巻き始めたのだ。

 

すると、彼女はその悶々とした思いを断ち切るかのように首をブンブンと横に振った。

 

普段快活な直葉はこのようなハッキリとしない心地だけは御免だった。だから、今のは彼女なりの気を紛らわせる動作なのかもしれない。

 

「──ゼノン」

 

そんな時にふと、彼の名前が口をついて出た。別に意識したワケではなく、不覚のそれだった。

 

直葉はすぐにどうしてだろう?と、自らに問いただした。

しかし、先程、和人と彼について会話を交わしていたのだからかもしれないと、全く根拠のない結論へと瞬時に至った。

 

故に。

 

枕に顔を沈める直葉の脳裏に、あの世界の草原に佇む1人のインプの様々な姿が泡沫のように出現したり、消えたりし始めたのにも、その根拠の無い結論をパズルピースのようにはめることで『不可思議でない』と、彼女自身思うようになっていた。

 

まるで暗示をかけているみたいだ。何か、とても大切な気持ちを隠すために。と、直葉は更に枕に顔を埋め、そのまま襲ってきた睡魔に抵抗せず、深い眠りについた。

 

その寝顔はとても穏やかだった。

 

 

 

 

 

 

それと同時刻。シャワーから出てきたゼノン──野田・ゼート・アルムは黒と金髪の中間、ようするにオリーブ色の髪をドライヤーで乾かしていた。

 

髪が温風でなびく中、日本人とアメリカ人のハーフであるアルムはあの妖精の世界へと思いを馳せていた。いや、正確に言うならば金髪のシルフのことを思い返していた。

 

彼女と知り合ってから驚きの連続だった。そして、それと同時に自らの力量不足、技術不足を再確認させられた。

規格外の『速さ』を手にいれたものの、今後それだけで真のゲーマーらと太刀打ち出来るのかと言われると……反論出来なくなる。

 

何事もまずは基礎から。今後は種族熟練度だけでなく、初級ソードスキルなどの向上を目指そうと心に決めた彼は乾ききったサラサラの髪をタオルであてがいながら、自室へと戻った。

 

そしてダンボールだらけの部屋を見つめる。名残惜しく部屋の隅々を撫でていった。

 

──引越しは間近であった。

 

親の離婚故に父親に引き取られたアルムは引越しを余儀なくされた。住み慣れた地元を去ること、母親と離れることはとても辛いが、現実を受け止めたアルムは先程まで使用していたアミュスフィアをダンボールへと詰め込んだ。

 

「今日は良い夢……見れるかな」

 

そう呟いたアルムはベッドに体を横たえた。しかし、そんな言葉とは裏腹に、アルムには自身の体が酷く鈍重なものに思えていた。

 

──良い夢なんか見れるワケがない。

 

きっと、おそらく見るのは悪夢。もしくは眠ることすら不可能だろう。

 

さっきは洗面所の鏡も風呂の湯気で曇っていたので、視認できなかったが、自分は今どんな顔をしているのか。いや、きっと酷い。そう断言出来る。

 

アルムは無理やり眼を閉じながら、そう悲観した。

 

しかし、不思議なことに、すぐに眠気がやってきて、彼は夢の世界へ誘われた。

アルムはその日、笑顔の素敵な金髪シルフと共に雄大な空を飛ぶ夢を見た。

 

その時の身体は──とても軽かった。

 

 

 

 

 

 

「──よっと、到着」

 

和服ベースの衣装を翻すクラインの声だった。

 

「で?来たものの……何を見るんだ?」

 

「多分、これは俺たちくらいにしか分からねぇんだろうけどよ?実はこのフィールド。ゼノンが戦闘を行ったブロックのフィールドなんだ」

 

「ゼノン?『刹那の英雄』?」

 

「おうとも。んで……付いてきてくれ」

 

ふわりと浮上したクライン。言われるがままに、キリトも薄黒の羽を広げ中空へ躍り出る。

 

「ほら……ここだ」

 

そのまま真っ直ぐに進み、何かを探し求めるように何度か高度を調節した後にクラインは空中で静止した。そして、キリトが彼が指さす先を見ると普通の人には分からないレベルの……、

 

「……バグ?」

 

そう。バグがあった。

 

「あぁ。この空間だけ、微妙にモザイクがかってないか?」

 

「言われてみれば。ここの部分と他の景色が僅かにズレてる。──運営には?」

 

「問い合せた。実は三日前に」

 

「そんなに前に気づいてたなら教えてくれれば良かったのに。それで、結果はどうだった?」

 

「気づいて貰えるように50通もメール出したんだが……これまた返信された内容もおかしくってよ」

 

「おかしい…?」

 

「これなんだが」

 

指を振り下ろす動作をしたクラインの眼前に広がるは多数のウインドウ。それらを数回タップ、スクロールし、運営からのメールというヤツを彼はキリトに見せた。

 

「えーと……『クライン様。此度の報告感謝致します。運営の方でも指摘された箇所を確認致しました。ですが、バグなどは発生しておらず、依然としてALOは正常に起動しております』って、えぇ!?」

 

「だろ?目の前にくっきりとバグがあるっつーのに」

 

「確かにこれは……不思議だな。明日、アスナたちにも言ってみるよ」

 

「おー、頼む。んじゃ、俺はエギルとかに伝えとくぜ!」

 

「よろしくな──」

 

 

 

 

 

 

──後日。

 

アスナたちにバグのことを伝えたキリトたちは検討に検討を重ねた。送り主を変えて運営へ問い合せてみても、結果は芳しくない。

 

『異常は発見できない』

 

この一点張りのお陰でキリトたちは頭を抱える羽目になった。

 

そんなある日のことだった。

 

家でALOにログインせず、ベットに仰向けになり直葉が虚空に見つめていると、呼び鈴の音。

「は~い」と間延びした声で応じ、階段を駆け下り、外へ。

 

「えと…どなたですか?」

 

「あ、あの……桐ヶ谷さん……ですよね?この度と、隣に引っ越してきた野田という者なのですが……」

 

その訪問者はフワッと笑った。

 

黒と金の中間のような髪を揺らし、剣道少女に笑いかけた。

果たして、これも運命か。

 

直葉──リーファと共に空を舞っていたアイツは目の前に颯爽と現れた。柔らかな笑みを讃えた彼の名は野田・ゼート・アルム。挨拶代わりであろう粗品を携えた彼こそは──、

 

かの『刹那の英雄』であった。

 

 

 

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