人見知りが垣間見える笑い声がリビングに響く。黒と金の中間である髪の毛を揺らす俺は挨拶がてら訪問しただけなのだが、桐ヶ谷家にお邪魔させてもらっていた。
「へー…ハーフなんですか」
「は、はい。日本と欧米の」
緊張を隠すように、ふんわりと笑った俺は同じように笑う対面側に座る少女を見つめた。
健康的な容貌、言っちゃあなんだが服越しでも、出るところはしっかりと出ている彼女の身体。ショートボブとか言うのだろうか、女子の髪型には詳しくないからはっきりとは分からないが、そんな黒髪も特徴的。
彼女は桐ヶ谷直葉といった。
「野田っていうのは…苗字?」
「え、えぇ。で、アルムが名前です」
「ごめんなさい!そういう人、身近にいなかったから……」
手を合わせて詫びる彼女。
「よ、よく言われますから大丈夫です!慣れてるんで」
「あ、そうですか?あー……っていうか、その……どう見ても年近いですよね?敬語やめませ……やめようよ。ね?」
彼女の謝る姿勢を制していた俺だが、その急な提案に
「そ、そうですね。あっ、そ、そうだね」
なんとか口角を上げる。意外と恥ずかしいな、コレ。
それにしても、挨拶に来ただけで、ほぼ初対面の俺らだが、何故こんなにスムーズに会話できるんだ?
俺の人見知りを考慮の枠組みから外したとしても、ここまで円滑なのは一体どういうことだ?
今までの人生経験の中で、初対面の女の子相手にここまで上手く話せたことなんてまず無かったぞ?
けれど、どうしてか。
桐ヶ谷直葉──彼女といると、なんだか変な親近感が湧いてくる。
今まで感じたことのない……そんな類の特殊な親近感である。
「──アルムくん!」
「へ?……ぬわっ!」
すると、俺の思考が直葉の呼び声によって遮られた。それだけなら良かったものの。
熟考していた俺は彼女の接近に気づけなかったのだ。
多分、怪訝そうな眼前の美少女は無意識なのだろう。
だがしかし、視界いっぱいに広がった端正な顔は俺を赤面させるのに充分すぎるほど効能を発揮した。
後ずさろうとしても、背後はソファー。そんな俺が取れる行動はただ──、
「うえっ!?だ、大丈夫!?」
「ふ、ふぁい……」
へたり込むだけだった。
『ゲーム外では』女の子に免疫が無い俺は貧弱な声を絞り出した。今まで、健全だった声帯が嘘のように萎縮してしまっている。まぁ、無理もない。
肩で息をしながら姿勢を直すため、俺は再び深くソファに腰掛ける。
「だ、大丈夫?アルムくん」
「う、うん。桐ヶ谷……さん」
「んもー、水臭いなー。……ふふっ、直葉でいいよ?アルムくん」
まるで天使のような笑顔だった。
本当にやめてもらいたい。
そういうことをされると……反応に困るんだ。
「あ……えと……す、直葉…ちゃん……
?」
「なんで疑問形?」
「さ、さぁ?」
苦手なんだ、他人の扱い。本当に。人見知りだからさ。
でも、まぁ──、
「なんだか、アルムくんって面白い人だねっ。あはは」
俺は直葉の天真爛漫といった様子の笑みを見て、こう思った。
嫌いじゃ……ないかな。
◇
それから結局俺は直葉と他愛のない話を交わし、なんとお茶や菓子もお呼ばれしてしまった。
晩御飯のために、お腹は空かせておきたかったが、仕方ない。
出された茶菓子が俺の持ってきた『粗品(デパ地下で即売り切れの高級饅頭)』だったのだから。
そして約半刻だろうか。それほど経った頃に流石に申し訳なく思い始め、俺は腰をやっとこさ持ち上げた。
「今日はありがとう。これからお隣同士よろしくお願いします!」
このたどたどしさが減少した俺の話し方から、彼女とどれだけ会話が弾んだのか察してほしい。
正直言って、楽しかった。
「んー、じゃあね!今度はいつ会えるかな?なんて!」
「近所なんだからいつでも会えるよ、それこそ──『刹那』のように」
──俺、イタいな。
◇
新居に戻った俺はまだ材木臭い私室に入り、ダンボール箱からヘッドギア──アミュスフィアを取り出した。よしっ、と呟きベッドに身を投げる。
「……リンクスタート!」
◇
賑わい栄える音が鼓膜を震わせた。ゆっくりと瞼を持ち上げる。そこには見渡す限り、色彩豊富な妖精たちがいた。
紫紺色の髪を揺らし俺は往来の人々に習って歩き出す。
「──あっ、ゼノン!」
しばらく特に理由もない散策を続けていると、背後から声をかけられた。それは今の俺にとって信頼しきった声で、自然と薄ら笑みを浮かべながら振り返った。
「うぃっす」
「えーと、3日ぶりくらい?最近ログインしてなかったからどうしたのかなーって思ってたんだよ」
「あー…ちょっと『あっち』で諸事情があって」
「あ……オッケー。なるほど」
現実世界の隠語を口に出した俺はそのまま歩を進めた。それ以上追求することなく、トコトコとリーファは追随してくる。
正しい判断だと思う。
仮想空間の中で、いくら親しい仲だからと言っても現実のことを問いただすのはマナーに反している。
「──今日は何するの?」
リーファが問うてきた。
「んー……Extra Questでもして熟練度をあげよっかな」
「ボス連戦タイプ?」
「いやいや、それをこなせるほど俺はゲームセンス無いから。単発でいくよ」
「それじゃあ手伝おっか?」
「んえ?良いのか?」
「もちろんだよ!『刹那の英雄』っ」
「もうそういう風に呼ばれるのは、誰かに
「あはは」
『刹那の英雄』呼びにゲンナリしつつも、クエストカウンターに到着。もちろん目的はボス戦のクエストであったので、迷わずそれを受注するためにカウンターのNPCに話しかけようとしていると──、
「──やぁ、ゼノン」
これもある程度聞き覚えのある声。そして、俺が絶対に敵わないと考えるゲーマーの一人。
「……き、キリト?」
黒衣の剣鬼キリトであった。
「アレ?キリトくん?」
「おぉ、リーファもいたのか。ちょっと悪いが、ゼノン借りれるか?」
「え?良いけど……」
目配せしてくるリーファに気づいた俺は「何だろう」と、思いつつ首を縦に振りキリトに了承の意を伝えた。
「よしっ」と小声で言ったスプリガンは俺とリーファを引き連れ、ダイシーカフェという憩いの場へと案内した。
カフェ店内は広かった。
BGMとしてジャズがかけられ、雰囲気はまさしく現実のソレと酷似しているものだった。
いや、仮想空間内のカフェという事実のお陰で、もしかすると現実のカフェよりも勝るほどの『カフェっぽさ』を感じ取れた。
と、素人ながらに俺は思った。
「いらっしゃ……ってキリトにリーファ……そして、確かゼノンだったか?」
カウンターには禿頭のノームのアバターが立っていた。丁度、カップを磨いている最中だったらしい。布巾を手にして、俺たちに視線を向けていた。
キリトが片手を上げて、彼に応じている。確か彼はノームのエギルだっけ?リーファやキリトらの知り合いの。
「こっちだ」
すると、キリトがズンズンと進んでいくので、慌てて俺は会釈だけして、スプリガンの後を付いていく。
幾席か過ぎると、キリトは立ち止まり踵でクルッと反転。俺を見つめ、席へ促している。
「──このメンバーで何するんだ?」
俺が疑問を抱くのも当然であった。なにせ、彼が案内した先の大テーブルにはリーファが親しくしている連中が勢揃いしていたからだ。
「ほら、座って」
紫紺色のインプが登場したのに気づいたウンディーネのアスナも俺に席を勧める。俺は言われるがままに椅子に腰を落ち着けた。
ちなみに、キリトは俺と対面できる席に座った(どうでもいいが、リーファは自然と俺の隣に座ったようだ)
「よし。それじゃあ話の主役も来たことだし……早速本題に入らせてもらうよ」
案内主のキリトが言葉通り早速話を切り出した。
「これを見てくれないか?」
指を振り下ろす動作をしたスプリガンはスクリーンショットらしきものを拡大し、俺に見せる。
この風景は……確かこの前のイベントの……いや、待てよ。
「これ、バグ…?」
そう。俺が言った通り、見覚えのある巨神を倒したあのステージの中空には背景と一致しないバグが確かに存在していたのだ。
「これって…運営には?」
「それが……俺たちが何度も試したんだが『異常なし』の一点張りだったんだ」
「……おかしい」
「だろ?それでだ。あの時そのステージにいた……『刹那の英雄』に話を伺おうと思ってな」
「なる……ほど。俺を招集した理由がやっと分かった」
「突然のことで悪く思う。でも、事態は個々人の問題じゃなく……」
「分かってる。ALOというゲームの問題……なんだろ?」
「察しが早くて助かる。で、当時あそこで巨神と対峙していたお前は……何か気づかなかったか?これは変だな……みたいなヤツ」
「残念ながら、巨神を倒すことに夢中で。……っていうか、実はあんまり覚えてないんだよな。あの時のこと」
「……?」
「いや。なんていうか……身体だけじゃなく……意識も加速したっていうか」
「意識も加速?」
本当に今更なのだが。
頭に血が上っていた。だけではない理由で、俺はあの時の戦闘時の記憶がおぼろげなのだ。
それこそが今、キリトに話した、意識の加速。
いや、馬鹿らしいとは思う。そんなものあるわけないとも思う。
けれど、なんというか……確かにそう感じたんだ。
──まるで意識や記憶がショートカットされたように……感じたんだ。
「上手く言えないんだけど……気づいたら巨神を切り刻んでいる自分がいて……その数秒後にはヤツを仕留めていた」
「曖昧な記憶……意識の加速……そして不可解なバグ……」
キリトが興味深い観察対象を見つめる研究員のような態度で、俺をジロジロと見つめてくる。
いくら、君だからといって、流石に不快に感じるぞ。
っていうか、こんなのまるで──、
「…………俺が何か絡んでるみたいな見方してくるんだな、キリト」
「いやいやまさか。ただあの場にいた君の話が聞きたかっただけなんだよ。──時間割いて悪かったな」
「いや……これぐらいのことなら大丈夫」
「うん」
ふぅと一息吐いた俺はゆっくりと席を立ち上がり、話の終了を示す。反論は無かったので、カフェを後にし、再びクエストカウンターへと歩いていった。
◇
ゼノンが去った後、テーブルを囲むメンバーは表情を険しくさせていた。カフェにあるまじき、剣呑な雰囲気が満ちる。
「お、お兄ちゃん?」
「リーファ──いや、スグ。俺は今から……あのインプに対して嫌なことを言う。お前は不快に思ってしまうかもしれない」
「え?」
「今の話を聞く限り……アイツを怪しまないの方がおかしいとは思わないか?」
「私もキリトに同意よ。リーファが見たと言うその『速さ』……あくまで予測だけど『チート』の可能性も考慮できなくないかしら?」
そんな同意を示すのはケットシーのシノン。水色の髪を揺らしながら、若干申し訳なさをにじませつつもリーファにきっぱりと言い切った。
「お、お兄ちゃん?シノンさん?なんでそんなこと言うの?だ、だってゼノンだよ?ゼノンがそんなこと……あ、ありえないよっ」
「直葉」
「っ…!」
愛称ではない呼ばれ方をしたリーファは思わず口をつぐむ。それほどまでに彼女の義兄は真剣味を帯びていた。
「前にも言ったよな?仮想空間と現実世界の同一人物が……本当に性格や容姿まで同一ではないってことを」
「……」
「お前も理解してるだろ?それがこの仮想空間の……VRMMOの暗黙の了解だ。俺だってお前と初めてALOで会ったとき、容姿の違いようやその他諸々にとてつもなく驚いた。……そんなものなのかもしれない。平然として振舞っているあのゼノンももしかしたら……なんてな」
リーファは眼前の義兄の述懐を聞いている内に、
ギリッと奥歯を噛み締め、固い握り拳を作った。
そして、次の瞬間。自分でも驚くほどの低い声音で言葉を零していた。
「
「直葉。そ、それは……」
「ゼノンだけがどうしてここまで言われるの?ゼノンが何か悪いことでもしたって言うの……?」
「おい、なにもゼノンが悪いとか言ってないぞ?ただ、その可能性があるってだけで──」
「うるさいよっ!!」
腹の底が響くほどの
「お、おいっ?スグ?」「直葉ちゃん?」「り、リーファ?」
みんなの怪訝そうな声が聞こえた。──けれど、そのどれもが……私の心には響かない。
「アイツがそんなことするわけないじゃん……アイツが……あの、草原で特に意味もなく怠惰に過ごしてるようなゼノンが……」
「リーファ。だから──」
「もういい……もういい!しばらく皆私に話しかけないで!!ゼノンにも!!」
「あっ、オイ待てスグ!!──」
◇
──嗚呼、私どうしたんだろ。
現実世界の姿も性格も知らない相手のことを疑われただけで、こんなにも激昂しちゃうなんて。
いつもの私ならこんな気持ち、一片も抱かなかった。
仮想空間で仲良くなった人が他人に愚弄されることは当然、今までも怒ってきた。
けれど、こんなに激情を溢れさせることはまず無かった。
非情なんじゃないかなって、ときどき思う。けれどそれがこの世界の暗黙のルール。本当はお兄ちゃんが言ってたことも理解してるんだ。
でも。
それでも、許せなかった。
草原に独り佇んで……晴れ渡った青空を見上げて……呑気に笑うあのインプを侮辱するような発言をしたお兄ちゃんたちを……、
今回ばかりは何故か決して許せなかった。後悔も何も──皆無だった。
どうして?
悶々とした気持ちを抱きながら、人でごった返した通りを間を縫うように駆け抜けた。
目指す先は決まっていた。
とうとう、私は紫紺色の髪のインプを見つけた。
「ぜ、ゼノンっ!」
「──ん?あれっ、リーファ。どうしたんだ?そんなに息切らして……ってここは仮想空間の中だぞ?息切れなんてどうして発生するんだよ」
「そのままアナタにバットで打ち返したい言葉」
「え?」
「って、なんでいつもそんなに呑気なのー!」
「うわっ!ど、どしたんだよ急に!」
「ほらほら!早くクエスト行こう!」
「あ、そういえばそうだった。んじゃ、手伝ってください」
「そんなこと言わなくても手伝うよ。だって、約束でしょ?」
「流石、リーファ。そこに痺れる。憧れ──」
「やっぱ手伝うのやめよっかな」
「酷いっ!俺の今世紀最大のボケを一蹴しやがって!」
「笑いのセンスを疑うよ……ってか、行こうよ。こんなことしてなくてさ」
「おいっ!分かったから、押すなって!………ところで、リーファ」
「ん?」
「えと、その──今日もありがとう」
──嗚呼、私どうしたんだろ。
遠慮気味に笑う彼を見て、胸の高まりは治まらず、決して苦しくはない痛みが全身を駆け巡る。
さっきの兄らに向けていた、際限ない怒りの炎は既に鎮火されていた。
仮想空間、そしてそこに存在している人たち。
そんな中の一人のインプ。
つい最近では『刹那の英雄』ともてはやされ、私の仲間には疑われ。
そんな状況下にある無自覚のインプのことが私は、
──気になって仕方がない。