『速さ』だけを求めたゲーマー   作:Re:クロバ

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遅くなってしまい、大変失礼致しました。


第5話:鈍色

──柔らかな風が肌を撫でる。

俺はいつも通り、仮想世界の芝生を枕にして、目を瞑っていた。

そして、まぶたの裏では先日の激闘がプレイバックしていた。

 

イベント報酬が先着制ということもあり、目標のMob狩りプラス、プレイヤー同士の競走と苛烈を増したが──。

 

「へへっ……」

 

ニヤリと笑う俺の指にはしっかりと、『ソレ』が装着されていた。

──その名は《リヴァイヴリング》。

 

ハァと恍惚なため息が漏れた。

鈍色の指輪(アクセサリー)なのだが、俺にはこれが太陽にも勝るとも劣らない輝きを放っているように思えた。

 

なにせ、初めて獲得することができた限定装備なのだ。

故にこれは俺にとって大切な宝物と化していた。

しかし、ただ愛でるだけではこの指輪を装備している意味がない。

 

そう。この指輪の真価は《復活(リヴァイヴ)》にある。

 

試しに昨日、指輪の効果を発動させたが、これがなんとも痛快だった。

 

「《フィールドに出てから一度だけ復活(リヴァイヴ)できる》……か。よく死んじゃう俺にとってはクッソ便利な代物だッ……!」

 

嬉しさを抑えきれずに、つい独り言を発してしまう。それと同時にRPGゲームで定番の小鬼(ゴブリン)のような汚い笑いさえも混じってしまった。

後々、周囲が無人で良かったと心底思った。

 

感情の抑制が効かなくなってしまっている俺はひとしきり笑ってから、膝に手を付き、立ち上がった。

 

「よーし!精が出るってもんだ!とことんMobを狩って、熟練度を底上げしてやるッ!見てろよ──!」

 

 

 

 

とは、言ったものの。

 

「自分で倒さないと意味無いじゃん」

 

俺はイグドラシル・シティのカフェテラスで、カフェオレ片手にリーファと対面していた。

周囲の陽気な雰囲気とは裏腹に、俺は項垂れていた。

そして、リーファの発言から結果を容易く想像できるだろうが──。

 

「いや、そっちがトドメを刺すからじゃん」

 

ボソッと俺は反論した。

 

──先日のイベント後、俺は定期的にリーファとパーティを組み、熟練度上げのため、各フィールドに赴いていた。

けれど、ある問題が起こった。

 

俺が折角必死こいてMobのHPを削ったのだが、リーファが横から風魔法で掃討してしまうのだ。彼女も攻撃魔法の熟練度を上げたい故の行動だったらしいが、こっちからしてみると良い迷惑行為だった。

 

つまりは、俺は《リヴァイヴリング》という強力なアクセサリーを入手したのにも関わらず、その特性を当然活かすことなく、当初の目的である熟練度上昇を達成できていないのだ。

 

俺はチビチビとカフェオレを啜ってから、ハァとため息をついた。

草原の時のような喜色に塗れたソレではないことは明白だった。

 

「死んでも大丈夫(オーケー)になったんだから、俺に一任させてくれればいいのに。俺がある程度HP減らしたらすぐに『バヒューン』だもんな。で、もって『ありがとう』の一言。……お前に慈悲はあるのか?」

 

「『バヒューン』?もしかして私の風魔法のこと?しっかり名前あるんだけどー。って、何その言い方!」

 

リーファはティースプーンで角砂糖を突っついてから(すく)い、手元のコーヒーに落とした。どうでもいいが、これで3個目だった。

 

そして、俺はその僅かな動作の中でも、彼女の指の中で自らの存在を主張するかのような鈍色を見逃さなかった。

 

「──リーファはその指輪を発動させたことある?」

 

彼女の指の中の鈍い輝き──先日のイベントの戦果(ゆびわ)を見て、俺は訊ねていた。

 

「あ、話題逸らすんだ。まぁ、いいけど。──まだ、ないかな~」

 

まぁ、リーファほどの実力者ならばこの指輪の恩恵は不必要だろう。

もしかすると、逆にお荷物になってしまうかもしれない。

 

じゃあ、何故リーファは指輪を付けているのだろう?

強化(バフ)などが常時付いて回るようなスキルがついたアクセサリーを装備しておけば、鬼に金棒なのに。

 

「ウゲェ、苦いっ」

 

渋い顔をしたリーファは再び角砂糖に手を出し始めていた。

 

「なんで、ブラックにしたんだ……」

 

誰にも聞こえない程度の声量でボソッと呟いてから、こんな調子ならば《リヴァイヴリング》が逆にお荷物になるなんて思考には至ってないかもなと失礼な考えを抱いた。

 

「あ、そういえば」

 

俺の視線の焦点に気づいたのか、リーファは自分の指輪を指でなぞり、発言した。

 

「──?」

 

俺は首を傾げる。

 

「この指輪ってさ実はカラーリング変更できるらしいよ」

 

「色彩変更可?マジ?」

 

何故、このタイミングでそんな情報を伝達するのか。

だが、そうだったのか。と、俺は自分の指輪に視線を落とした。

 

この地味な鈍色を落ち着いた寒色や派手な暖色などにカスタムできるということなのか。

なんだか、白黒写真がカラー写真に進化した時のような感慨深さが全身を駆け巡った。

まぁ、白黒写真の全盛期に生きているワケではないのでこの表現が正しいか否かは別だが。

 

──けれども。

 

俺はここまで考えてから、フフッと笑みをこぼした。

 

「俺はイジらないかなぁ……」

 

俺は愛子(いとしご)を愛でるように、指の中の鈍色を見回した。

そのままスッと触れてみると、仮想ではあるが、金属の冷たさが肌に伝わった。

 

──俺は既に、デフォルトであろうこの地味な鈍色を気に入っていた。

 

太陽に照らされてもほとんど輝かないこの色を、客観的に見ると特別感が一切無いこの色を俺は──。

 

「好きなんだ。このカラー」

 

「そうなの?……えへへ、実は私も」

 

意見が合致した瞬間、俺たちはティーカップ片手にニシシと笑った。俺はリーファの花のような笑顔を視界に収めた。

 

「あ、でもそうなればさ」

 

と、ここで。

指輪を話題にしていた俺の頭の中で意地悪な発想が浮かび上がった。多分、言ってはいけないジャンルのものだ。

 

「どうしたのゼノン」

 

ダメだダメだ、と思いながらも次の瞬間、勢いに任せて口を開き始めてしまっていた。

 

「いやぁ。俺たちお揃いだなって思って」

 

「まぁ、デフォルトだけどね」

 

こんな本当の顔も声も何もかも知らない男からの『お揃いだね』発言。ドン引き要素は十二分だ。

しかし、リーファは態度を変えることはなかった。

 

彼女本人の度量の大きさがなせる技なのだろうか。それとも、単に俺の話をスルーしていた……?

それなら、俺は圧倒的後者の方が良い。受け止めもされない方が幸いだ。

 

──しかし、俺の脳内に浮かび上がったヘンテコ発想はここでは終わらない。この発想の核が存在するのだ。だが、それだけは絶対に口にしない方が良い。

 

『お揃いだね』発言なんかよりも、端的に言ってキモいに尽きる言葉を俺は残弾としているのだから。

──と、普段の俺ならばここで何食わぬ顔で黙ってカフェオレでもすすっていたところだ。

 

けれど。

 

俺の脳裏にフィールドでのある光景がフラッシュバックした。

苦労してHPを減らしたMobを平然と風刃で刈り取っていく、無慈悲な金髪シルフの舞空を想起した。

 

瞬間。宜しい、ならば。と、俺の中で魔が差した。

あそこまで好き勝手やられたんだ。ならこの際、ドン引き発言をしてやろう。

 

スーッと鼻の穴を膨らませ、俺は口をわざとらしく大きく開けた。

 

 

 

「鈍色のお揃い指輪か~……まるで──結婚指輪みたいだな」

 

 

ブハァッ!という噴出音と共にリーファの口からコーヒーが飛び出た。俺はそれをモロに浴びた挙句、椅子から転げ落ちてしまった。

石畳に腰をしたたか打ち付け、仮想空間であることを忘れ、臀部(でんぶ)を必死に手で(さす)る。

 

「なっ、なんだよ!」

 

通過していく往来の人々が物珍しい様子で視線を投げてくる中、俺はたまらず抗議の声を上げた。

フラフラと立ち上がり、コーヒー塗れの彼女に近づく。

 

「……っ……ぁぅ」

 

そこには、酸素を求める鯉のようにパクパクと口を開けるリーファがいた。顔はトマトのように真紅に染まっていて、いつもとは様子からはかけ離れていた。

 

やったぜ。という汚い感情とやりすぎた!という申し訳なさが続々と浮かんだ末、弁明しようとしたが、NPCのウェイトレスが近寄り、布巾を渡していたので、そのチャンスを失ってしまった。

 

そして、しばらくした後。

 

呆然と目を見開いたリーファはゆっくりと立ち上がり、魂の抜け殻のように心もとない足取りでテラスを出た。

精算は既に済んでいたから良かったものの、俺は慌てて彼女を追った。

 

「リ、リーファ。ゴメン。まさかそんなに怒るとは思ってなくて!」

 

だが、そんな必死の弁解も彼女は聞く耳を持たず、そのまま俺たちは街の外れにまで到達してしまった。

 

これより先はシステム上、行き止まりだったのでようやく進行を止めたリーファ。

だが彼女が次に起こした行動は俺に更なる罪悪感を残した。

 

「ちょっ、あの……!」

 

指を縦に振り下ろしたリーファ。

突如、メニューが彼女の眼前に出現した。そのまま淡々と操作を進め、次の瞬間彼女は粒子となってこの世界から消えた(ログアウト)

 

その一連の流れに唖然となり、俺はその場に棒立ちになってしまった。口の中が異様に乾き、視線が自然と足元に落ちる。

 

「やっちまった……」

 

魔が差した、冗談のつもりだったと言い訳が際限なく湧くが、現状がこうである以上そんな無責任な言い訳は絶対に言えない。

そんなことを言えば、彼女との絆は永遠に破綻してしまう。

 

いや、あの態度から想像するに、既に崩壊してしまったのかもしれない。

 

「──俺もログアウトしよう」

 

まさか、こんな結末になるだなんて。あの時の俺が想像できただろうか。いや、確かに俺は自らに注意喚起はしていた。なのに──。

一時の感情に負けてしまった。

 

俺はリーファと同じように黙々とメニューを操作し、光に包まれた。そして、視界は暗転し、リアルの自室の光景が広がった。

けれどもちっとも安心感は湧かなかった。

 

陽光はカーテンに遮られ、俺の自室は薄暗かった。

まるで俺の心境を具現化したようだった──。

 

 

 

 

「はぁ……」

 

と、桃色の吐息を漏らす。

そして、彼女自身自分のため息にそんな思いが込められているとは理解していなかった。

 

仮想世界の中で紫紺色の妖精が笑いながら発した言葉が何度も頭の中で木霊す。

よくもまぁ、あんなことを言えたものだ。しかし、口端の筋力は緩み、ヘナッとだらしの無い表情を浮かべてしまう。

 

「どうして、こんな……?」

 

その独り言に答えるものは当然おらず、彼女は悶々とする気持ちに押し潰されそうになった。

 

──彼への興味は知らないうちに、彼女の予想ラインを超過していたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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