第6話:進化①
私はあれ以来、ALOでゼノンを避けてしまっていた。
ゼノンの視界に入ると、身が燃え、頭がクラクラとしそうになるからだ。いや、最近は彼のことを考えるだけでそう感じるようになった。
そして、この感覚を私は経験していた。
──あの感覚だ。
歯を食いしばる。
まさか私が、と自分を嗤う。
懲りないなぁ、と嘲る。
学んだでしょ?
今回は条件が違うけど、でもでも──一緒のようなものだ。
彼はどこの誰とも知らない馬の骨。だから……ダメなんだよ。
そんな感情を抱いちゃ。
でも……この胸の暖かい痛みは……確実に……アレだ。
キリトくんの時と似ている……アレだ。
◇
空が今日も壮大だ。
データで再現されたものだが、俺には本物と相違ないように思える。豆粒のようなMobが上空高く飛んでいるのを、俺は傍観していた。
(今日も来ないな……リーファ)
やはり、自分のあの失言はリーファを相当傷つけて──。
「クソッ」
唾棄するように、悪態をついた。
鋭く、自らを蔑んだ。
途端に、寝そべっていられなくなった俺はガバッと起き上がった。
帯剣していたエリュシデータを勢いよく抜剣し、虚空を切り裂いた。
何度も何度も、切った。
上から下、右から左、剣を振り回し、剣に振り回されるように俺はエリュシデータを振るい続けた。
幾分経っただろう。
疲れを感じないこの世界のお陰で、気の済むまで独りで暴れ回った俺は柔らかな芝生に漆黒の剣を突き立てた。
それでもこの昂った気持ちは抑えれそうになかった。
「馬鹿ヤロッ……!」
何度もエリュシデータで地面を刺した。けれど、鬱憤は発散せず、溜まるばかり。
どうしようもなく、空を仰いだ時だった。
蒼穹を一条の影が過ぎていった。勢いよく通過していった、その影を目で追うと、
「ケットシー……?」
影の正体が獣耳を持つ妖精であることが判明できた。
そして、あの空色の髪は──。
「あれは……シノンだよな?」
俺は慌ててエリュシデータを納刀し、飛翔しようとしたが、地を蹴ろうとした瞬間踏みとどまった。
お陰でバランスを崩して、無様に尻餅をついてしまった。
痛覚は皆無だが、一応お尻をさすった。
俺はシノンが飛んでいった方向を見据えた。そして、同時に自問した。飛翔しようとしていたが……どうしてだ、と。
話しかけようとしていたのだろうか。だが、俺はリーファを除いたあの人たちとは小さな溝が出来ていたはずだ。
《セツナドライブ》の件で。
いや、今やリーファとも別件の影響で溝が──。
と、再び鬱屈になろうとしていると、俺の視界の遥か先の上空でシノンが多勢の敵Mobに包囲されていた。
シノンはそれを見計らい、わざと囲まれたのか。ケットシーほどではないが、強化された視力でシノンが珍しくニヤりと微笑むのを垣間見た。そして、次の瞬間。
ザバァッという効果音がお似合いな弓の掃射が始まった。
シノンは華麗で、豪快な弓さばきでたった一人、あの集団に立ち向かっていた。
飛龍型Mobの猛攻をいなし、翼、脚部、腹、頭と順序良く矢を命中させ、ガリガリとMobのHPを削っているようだ。
「スゲェ……」
ため息混じりに感嘆の声が盛れた。あそこまで洗練されたプレイが可能なのか、と。
しかし。
俺はシノンの元へ飛翔せず、ここで彼女の戦いっぷりを観戦していたからこそ分かったことがある。
「命中精度が……!」
そう。弓というのは打撃系の武器とは違って集中力を要するウエポンだ。
俺はシノンの集中力の凄まじさ、それによって放たれる神業とも言えるほどの射撃の精度を目の当たりにしてきたので、いつもの間にか彼女をキリトと同類の超人的ゲーマーだと勘違いしていたが……。
やはり、シノンにも存在するらしい。──集中力の乱れが。
シノンが敵の攻撃を回避しつつ、不安定な姿勢で放つ矢は、いつの間にか翼竜の脚を掠める程度に化してしまっていた。さっきまでなら、必ず当てていたのに。
やはり、これも単身であの群れに突っ込んだせいか。
近接攻撃系統の武器でのソロプレイより遥かに難易度の高い、シノンの弓でのソロプレイ。
先ほどから言っているように、最初は彼女が優勢だったが、今は弓の精度が落ちてきて──そして。
「──!」
遠目にシノンが声を上げるのを見た。敵Mobの尻尾攻撃が彼女に直撃したのだ。
シノンはきりもみ回転しつつ、高度を落としていき、やがて体勢を立て直した。
俺はホッと胸を撫で下ろすような思いで、シノンが再びあの軍団に向かっていくのを観覧していた。
だが、状況はやはりシノンが劣勢のままだった。
シノンの集中力の減少もあったが、敵が容赦なく
シノンはどんどんと追い込まれていった。あのシノンが、と俺は驚くばかりだったが、そこで再び自分に疑問が浮かんだ。
どうして、助けに行かない?と。
俺が行けば足でまといになる。と、自身に即答した。
弓装備のプレイヤーとの連携は非常にシビアなのだ。
それにそもそもそれほど友好度の高くない他人と共同プレイをした場合、連携が成立する可能性は低い。
リーファとあそこまですぐに連携が成立したのが、奇跡に近かったのだ。まぁ、アレが連携と言えるかどうかはこの際置いておこう。
あまりにもスムーズにリーファと波長が合ったため、違和感を感じる暇も無かったが、よく考えてみればそうだった。
けれど。
俺は思い出した。あの日のことを。
あのイベントで俺が感じたことを。
『自信』を──獲得したんだろ?なら、やれよ。
俺の足は今にも駆け出しそうで、その勢いを抑えるので必死だった。右手はゆっくりとエリュシデータの柄へ伸びていき、妖精の薄羽が徐々に広がっていった。
そして。
「──!!」
シノンが連続で敵の攻撃を浴びた瞬間、とうとう俺は空へ駆けた。
そして、俺はエリュシデータを抜剣し、大きく吠えた。
「セツナ……ドライヴゥゥゥ!!」
両足と背中、そして脳にまで熱が生じた。
そして、不思議なことに俺は従来のセツナドライブを上回る速度でシノンとの距離をグングンと詰めていった。
シノンは弓矢を放ち続けていて、俺の接近に感づかなかったようだ。故に、突如シノンの眼前に俺が出現したとき、彼女は小さく悲鳴を上げた。
「──あ、貴方はゼノン!?」
俺は以前よりも意識の加速度が上昇していることに心臓をバクバクと鳴らしながら、出来るだけ平然を装い、エリュシデータを構えた。
「た、たしゅ、助けに来た」
情けない声で俺は周囲の敵Mobに目を走らせた。
「ど、どうして?貴方がここに?」
「そ、そんなことはいいから!早くこの状況を何とかしないと!」
「そ、それもそうね。──いけるのかしら。ゼノン」
「た、多分」
「……なんだか不安ね」
助けに来たというのに、シノンを不安にさせてしまうなんて……俺ってば罪な野郎だ。と、ツッコミどころ満載のアホ発言は控えつつ、俺とシノンは同時に敵へと踊りかかったのだ──。