『速さ』だけを求めたゲーマー   作:Re:クロバ

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自分で執筆している作品なのに、たまに設定を忘れてしまうことがあります。怖い怖い。





第7話:進化②

ホワイトアウトした視界がやがて色付き、私は満を持して目を開けた。私の翡翠色の双眸にはイグドラシル・シティのアヴェニューが広がっていた。それと同時に「来てしまった」と口だけを動かした。

 

私は恐る恐る何かに怯えるように一歩踏み出してから、普段の調子を徐々に取り戻すように、大通りを歩いていった。

微笑みや喝采に包まれた往来の人々を躱しながら、私はたった一人──あの妖精のことだけを思っていた。

 

……怒ってないかな。

 

心の中でポツリと呟いた。

あれ以来、彼とは直接会話を交わしていなかった。

前回の彼との別れ方がああだっただけに、嫌な印象を与えたのではと懸念の感情が渦巻いてしまう。

まぁ、自業自得なのだが。

と、私は自身を嘲弄した。

 

ゼノンは深い意味を込めてあんなことを言ったのではないだろう。

それは、彼の普段の様子を見ていた私が一番よく知っている。

いや、この仮想現実という前提があるならば『よく知っている』なんて言葉には無限の矛盾が生まれるけれど。

 

私は肩で風を切るようにして、足早に大通りを通過していった。

そのまま転送ポートにまで到達し、私の足は突然泥沼にハマったように鈍くなってしまった。

 

……躊躇してるんだ。

 

私はすぐにこの現象の理由を究明できた。この先の転送ポートに足を踏み入れたが最後。私が行くのはあそこしかない。と、思うとますます両足は釘が打たれたかのように動くことを拒んだ。

しかし、そんな身体の反応とは裏腹に、私の意識はあそこへ向いていた。

 

柔らかな風が吹く……若草が萌える……蒼穹が澄み渡る……あの草原へ。そして、芝生を枕にして、呑気に惰眠を貪っている……アイツへ。

 

最後には私の意識が勝った。

私は後ろから誰かに押されたかのように、よろけつつ、転送ポートへ足を踏み入れた。

勿論、行先は草原エリア。

彼の大好きな場所。

きっと、アイツはまたあそこにいる。例え、寝ていなくてもあそこ以外にアイツに似合う場所はない。

 

そして、私はアイツとの邂逅一番、どんな会話をしようか思考を練りつつ、淡い光に包まれた──。

 

 

 

 

「──フッ!」

 

鋭い気迫と共に、俺は剣を振り抜いた。眼前の飛龍型のMobが醜い悲鳴を上げながら失墜していくのを見届け、くるりと反転。

すぐさま、次のターゲットに向かう。

 

一体、どれだけの時間、コイツらを相手にしたのだろう。

多分、実際には五分ほども経っていないだろうが、体感時間では既に三時間を超えている。

無限ポップってのも考えものだなと思いつつ、今度は敵を串刺しにしてやった。

 

「凄い上達っぷりね」

 

回復魔法の詠唱を終えたシノンが俺を賞賛した。その声音には素直な驚嘆も込められていた。

ALOを始めて以来、皮肉を伴った褒め言葉なら多々頂戴したが、このような賞賛は片手で数えられるほどにしか貰っていない。

故に、俺は嬉しさと、それから生まれる照れを隠すために一心不乱に敵Mobに踊りかかった。

 

「まだやれるのね。……フフ、望むところ!」

 

俺のその行動を良い方向に勘違いしてくれたようで、シノンは新たに矢をつがえ、どんどんと放っていった。

 

そんなバトルが数分続き、かなりの熟練度を稼ぐことができた俺たちはトップスピードで飛翔して(勿論、セツナドライブは未使用で)、戦闘エリアから離脱した。

 

俺とシノンは巨石を背に柔らかな青草に座り込み、同時にフゥッとため息をついた。

すると、どうしたことか。

あのシノンが急にクスクスと笑い出した。何か俺に滑稽な部分があったのだろうか。そんな疑問を抱きつつ、俺は彼女の様子を見守った。

 

「あ、ゴメンなさい。なんだか楽しくって」

 

俺の視線に気付いたシノンが答えた。そして、再びニコニコとした。

 

シノンも……こんなに笑うんだな。

 

こんなこと言えば失礼だろうな。という、俺の懸念はよそに、シノンは口元を隠すように、上品に笑い続けた。

 

いや、なに。以前にも、シノンを含めたキリトを筆頭とするあのパーティにお邪魔させていただいたことはあった。

その時には、シノンという人はクールという言葉がお似合いな人物なんだなというイメージしか抱いていなかった。

しかし、今のシノンの笑顔には──。

 

可愛いという言葉以外、何も合致しないはずだ。

 

いくらアバターだとしても、こんなに可憐に笑うシノンの綺麗な横顔に吸い込まれるように、俺はまじまじとその様子を眺め続けた。

そして、幾秒か経った後、

 

「さっきはありがとう」

 

と、突然シノンは礼を言ってくれた。しかも、こちらに振り向いてきたものだから、俺は慌てふためきながら、何とかそれに応じた。

 

「ぃ……ぃやっ……」

 

汗なんてかくはずないのに。

緊張の汗が滝のように流れ出る感覚をおぼえた。

 

「ふふっ、変なの」

 

すると、俺の慌てようにシノンはそう言って、また微笑んだ。

まぁ、言われて当然だ。

まるで潰れたカエルのような声だったのだから。いや、勿論聞いたことがあるわけではない。

あくまで表現としてだ。

 

と、ここまで雰囲気は和やかなものではあったのだが、俺はふとある事を思い出し、顔が自然と強ばるのを感じた。

シノンは俺の変容に、不思議そうな顔をしたが、これにはキチンとした根拠がある。

 

──そういえば俺って、シノンを含め、キリトたちに嫌疑をかけられたことがあったんだよな。

 

と、心の中で呟いた。

こんなこと思いたくないが、こうやって笑っているシノンもあの時……と、よからぬことを想像してしまったのだ。

アレは終わったことだろ、いい加減にしろ。自らにそう言い聞かせるが、一度何かを疑えば、その心情を長く保持してしまう俺の悪い癖が働いて、なかなかこの思考を脱することができずにいた。

「どうかした……?」

 

その時、シノンの声が聞こえた。俯いていた俺は横へ向いた。すると今度は、首を傾げ、俺の眼を覗き込んでいるシノンの心配した顔が視界に入った。

猜疑渦巻く中、やはりその整った容貌にドキッと心臓が跳ねてしまう。俺は「だ、大丈夫」と、再び足元の芝生へ視線を落とした。

ここまでくれば、この行動の理由が果たして猜疑か緊張か、分からなくなってくる。

 

すると、俺のそのおかしな様子に「あっ」と、何かを察したシノンは居住まいを正し、口を開いた。

 

「もしかして、気にしてる?」

 

「な、何を……?」

 

「惚けても無駄よ。以前のあのことでしょ?」

 

聡いシノンは俺の懸念を悟ったようだ。それに軽く驚いてから、俺は弱々しく笑いつつ、頷いた。

 

「うん。そうだ」

 

「様子がおかしかったのはそういうことね」

 

「ご、ゴメン」

 

「確かにあの時、私たちはあなたに嫌疑をかけた。……そして、少なくとも私は今でも同じ気持ちよ」

 

淡々と述べるシノンに再び冷静沈着に徹底しているイメージをおぼえた。

 

そして、シノンの話は続いた。

 

「あの不可解な現象。あなたの供述。どれも不明瞭なことばかり。真相が分からない以上、疑うしかない」

 

「そう……だよな……」

 

「──ただし」

 

そこでシノンはすっくと立ち上がり、俺に微笑んだ。

 

「あなたが私を助けてくれたことに関しては……紛れもない事実。こればっかりは認めないとね」

 

「──!」

 

「あなたに対しては未だに疑問が残留しているけれど……その他人を最優先するプレイスタイルは好感が持てたわ。さっきの共闘で、あなたの人物像が見えた気がする」

 

シノンの達観した意見に俺は聞き入っていた。故に、眼前に手が差し出された時には、少しばかり戸惑ってしまった。

 

「あなたは……どこかあの廃人ゲーマーに似ているのかもね。仲間を優先する姿勢もそうだし、何より背中を預けていた時、安心感が私の中にはあったから」

 

「安心……感……?」

 

「えぇ。ステータスが上がっていた。《セツナドライブ》があった。そんな理由じゃなくって、もっと別の何かが安心感を生んだの」

 

「別のものって……?」

 

「さぁ?分からないわ」

 

なんだそれ。

ここまで話しておいて、と俺は苦笑した。

 

「まぁ、とにかく。嫌疑は続行だけど信用はしているから。そんなに畏まらなくて大丈夫よ。分かった?」

 

「……うん、うん。分かった」

 

「ふふ。ならば、良し。で?どうするの?まだ序の口でしょ?」

 

「序の……口?」

 

俺が首を傾げると、シノンはニヤリと笑って、弓を出現させ、矢を青空へと放った。ノールックで。

すると、高空から醜い悲鳴が響いた。それは、さっきの戦闘で、俺が仕留めた敵Mobの絶命時の叫喚に似ていた。

 

「まさか……命中したのか?」

 

俺は鳩が豆鉄砲を喰らったかのように、口をあんぐりと開けた。

 

「確認してみる?」

 

俺の驚きようが愉快だったのか、シノンはクスクスと笑声をこぼし、俺に訊いた。

 

「……ヘッドショットでない限りは可能だけど」

 

「ふふ、そうね。で、もう一度聞くけど。どうするの?」

 

シノンは大仰な弓をちらつかせ、俺の返答を待った。依然として、手を差し伸べながら、まるで俺を試すかのように微笑みを讃えている。

 

その時、上空から酷い雄叫びが幾つも降り注いだ。

俺とシノンは即座に上空を仰ぐと、さっきの戦闘でお世話になった敵Mobたちがうじゃうじゃと群がっていた。

きっとシノンのあの射撃で俺たちに気付いたのだろう。

 

この軍勢相手に尻尾を巻いて逃げるだなんてできそうにないなと、俺は悲観に暮れた。

そして、その時気付いた。

さっきのシノンの射撃。

あれは──。

 

「こういうことか……」

 

俺は額に手を当てた。

シノンは意地悪く口角を上げており、やはりそうかと確信を得ることができた。

 

──コイツ……わざと打ったな。

 

「さ、時間は余り無いようだけど?」

 

「……お前……わざと……」

 

「さて、何のことかしら」

 

惚けても無駄だ。と、心底言い返したかったが、俺は口をつぐみ、その代わりとして、シノンの手をやっと取った。

そのままグッと身体を引き上げ、空いていた手に黒長剣を出現させた。

 

「あら、やる気満々ね」

 

「一体、誰のせいだと……まぁ、いいや」

 

まるで嘆息のようなため息をついた俺は、気持ちを切り替えて、ニッと不敵に笑った。

俺の笑みに幾分か反応を見せたシノンだが、次の瞬間、彼女は空中へ躍り出て、矢を射り始めた。

俺はシノンと繋いでいた手にエリュシデータを持ち替え、キッと敵の大軍を睨んだ。

 

「二回戦目……開始だッ……!!」

 

ドスの効いた声を出してから、俺は地を蹴って、空へと翔けた。

大軍の中へ突き進もうとしていたシノンを追随し、共に中央へと到達した。

俺たちはすぐさま背中合わせになり、無数の敵Mobを見渡した。

 

「さっきよりも多いわね」

 

シノンが言った。

しかし、その声音は当然震えておらず、逆に研ぎ澄まされた闘争心を孕んでいた。

俺は無言で頷き、エリュシデータを構えた。これから始まる戦闘の立ち回りをイメージしてから「よしっ」と小さく呟いた。

 

「行こう、シノン!」

 

「ええ。足引っ張らないでよ!」

 

そして、俺たちの二度目の戦闘の幕が上がった──。

 

 

 

 

「どういうこと……?」

 

疑問が零れた。

とある浮島から強化された視力で事の成り行きを見守っていた。

その時から肥大化していった疑念がとうとう言葉となったのだ。

 

どうしてシノンさんとゼノンが……?

 

どうして、どうして、どうして。

と、同じ言葉が頭の中で渦巻いた。見つからない答えに苛立ちをおぼえた。

私はらしくなく、芝生を引きちぎり、絶賛戦闘中の彼らを見つめた。

 

拙い部分が多々垣間見える戦闘光景だった。ほとんどゼノンが足を引っ張っているようだったが、それでもシノンさんは的確なアシストをするし、ゼノンもゼノンで、シノンさんが仕留め損ねた敵Mobにトドメを刺していた。

 

それでも。

 

彼らは戦闘中、お互い笑みを終始浮かべていた。

獲物を求める獰猛な笑みや、ミスに対する苦笑、でも一番多かったのは楽しそうな会心の笑みだった。

 

すると、私の胸の奥が鈍く痛み始めた。水面に落ちた水滴が生む波紋のように、痛みは身体全体へと浸透していった。

さらに、その痛みはゼノンがシノンさんに笑いかける都度に、激しくなっていく。

 

「あ……ぁ……」

 

私は眼を覆った。

こんな光景、見たくなかった。

 

──思い出すからやめて……。

 

私は背を丸めて、顔を芝生に擦りつけた。あの時の絶望が蘇りそうで、怖くなったのだ。

 

あの黒の剣士が……かつての想い人が……私の大好きなお兄ちゃんが向ける真の微笑みが私じゃなかった時の悲痛が……容赦なく蘇って──。

 

「……ッ!」

 

私は下唇を噛んだ。

不感の痛覚を良い事に、私は全力を込めて、噛み締めた。

 

まだ、そうと決まったワケじゃない。

 

なんとか自分に言い聞かせようとした。しかし、ゼノンのあの笑顔はお兄ちゃんがアスナさんに向けるのと酷似していて──胸のざわめきが止まらなかった。

 

──私はその日の後のことを詳細に覚えてはいなかった。

しかし、彼らの戦闘が終わったのと同時に、私は人知れず市街地へ戻り、ログアウトしていた。

 

気付けば、ベッドから起き上がり、アミュスフィアを傍らに置いている自分がいた。

視界が眩み、激しい頭痛と吐き気がした。

 

「どう……して……?」

 

しゃがれた声で呟いた。

当然、答えてくれる人は誰もいない。ため息をつき、私は眼前の部屋の壁を植物人間のように眺めた。

 

考えすぎかな、なんて楽観的思考にはどうしてもなれなかった。

こんなのないよ、と私はせせら笑い、再びベッドに倒れ込んだ。

 

「あぁ……青空だ……」

 

私は消え入りそうな声で呟いた。

当然、視線の先には天井があるだけで、空なんて拝めないが、確かに私には見えていた。

あのどこまでも広がる青空が……そして、隣で草を枕にして、優しい目で空を見つめ続けるあのインプが。

 

私には……確かに……見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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