『速さ』だけを求めたゲーマー   作:Re:クロバ

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第8話:進化③

「ふーっ……疲れた」

 

「あら、この世界では疲労は感じないはずだけど?」

 

イグドラシル・シティのアイテムショップで一通りのドロップアイテムを換金し終えた後、俺とシノンはあのエギルが経営しているカフェで一服していた。

水色の髪をかきあげ、優雅に紅茶をすするシノンにそう言われ、俺は反論しようとしたが、

 

「はい、お待ちどう。コーヒーだ」

 

コーヒーを差し出す店主に邪魔をされた。

 

「──しかし、珍しいな。この組み合わせは」

 

刺青の入った顔をかきながら、エギルは俺とシノンを交互に見つめ、そんな疑問をこぼした。

 

「まぁ、確かにね」

 

シノンはそう答え、今度は所持品の整理を始めた。

 

「お前……もっと会話しようぜ?」

 

エギルは眉を八の字に曲げ、困っているようだ。俺はハハハと苦笑し、湯気が立つコーヒーをゆっくりとすすった。

コーヒーの良い香りとほろ苦い味わいが舌に広がった。

 

「どうだ?美味いか?」

 

エギルはシノンと会話をすることを諦めたようで、今度は俺に話を振ってきた。

俺はコーヒーを置いて「はい、とっても」と答えた。勿論、素直な感想だ。

 

「なら、良かった。……まぁ、ゲームの中だし、美味いのは当然だがな」

 

じゃあ、どうして聞いたんだ。

俺はいかにも「どうして?」らしく、エギルを見つめた。

それに気付いたエギルはハハハと下手な作り笑いをした。

最近見た中でも、上位の部類に入るほどの拙さだった。

 

「ま、まぁ。そんなことはどうでもいいんだ」

 

「は、はぁ……」

 

強引に話の流れを打ち切ったエギルは芝居臭い笑いを止め、俺に真剣な眼差しを向けた。

俺はエギルが纏うその雰囲気に自然と背筋を伸ばした。

 

「──なぁ、ゼノン。一つ、聞きたいことがあるんだが」

「な、なんでも答えます」

 

「そうか。じゃあ質問だ。実はお前が気付いていないだけで、俺は結構お前のことを──」

 

「好きなの?」

 

「って、話の腰を折るんじゃねぇよシノン」

 

空中に浮かぶホロウインドウを弄りつつ、乱入してきたシノンにエギルはまたもや困った顔を浮かべた。エギルとしては話が中断したことは不本意だろうが、俺としてはシノンの乱入で雰囲気が少しばかり和んだことに感謝したい。

 

俺は少しだけ楽に座り直してから、こっそりとシノンを見た。

シノンはエギルに顔を向けて会話を交わしていたが、その時確かに彼女は俺に視線を向け、口角を上げた。紛れもないドヤ顔というヤツだった。

 

果たして、さっきの言動がエギルへのちょっかいなのか、俺の緊張の緩和のためなのか、分からないところではあるが、存分にやりきった感を出すシノン本人は満足している様子だ。

 

「……悪いな、中断して」

 

エギルが俺に一言詫びてから、再び彼の質問が再開した。

 

「俺は実はお前を街中でよく見かけるんだ。店先だったり、広場だったりな」

 

「そうなんですか」

 

「あぁ。そして、お前はいつもリーファと一緒にいただろ?」

 

「リーファ……は、はい。いつもではないですけど」

 

「じゃあ頻繁にだ。俺はよくお前ら二人が楽しそうに街中をうろついているのを目撃してたんだ」

 

「は、はい」

 

「しかし、最近……お前とリーファが一緒にいるのを見かけない。だから、何かあったのか聞いておきたくてな」

 

エギルが聞きたかったこと……それがこれか。エギルはそれっきり黙りこくり、腕を組み、返答を促した。シノンさえも、手を止め、事の成り行きを見守っている。

 

しかし、だ。

 

恐らくリーファが俺の前に姿を見せなくなった理由として思い当たるのは、あの『ちょっかい』だろう。逆に、あれ以外ありえない。

けれど、こんなことを話してみろ。どういった反応が帰ってくる……?俺は模索を始めた。

 

エギルには呆れられ、シノンには……。

 

そこまで考えると、ヤバイ。と、いう文字が頭の中を埋め尽くした。呼吸が荒くなり、コーヒーカップを持つ手が震えた。

 

「どうした?」

 

エギルが怪訝そうに尋ね、シノンは珍種の動物を見るような視線を俺へ向けてきた。

やっぱ、そうなるよなぁ……!と、俺は頭を掻きむしりたくなったが、なんとかその衝動を抑えた。

 

さて。ここは正直に話すべきだろうが、やはり想像上のエギルとシノンの反応が頭を過ぎり、やむを得ず俺は、

 

「ちょ、ちょっと……喧嘩しちゃって……」

 

という、それっぽい理由をエギルへの返答とした。

まぁ、オブラートに包んではいるが、本質は変わりないはずだ。

とは言っても、俺が一方的にリーファを不快にさせてしまっただけだが。

 

「なるほど、そういうことか」

 

エギルは納得したように頷き、

 

「なら、早いこと仲直りしちまえよ?」

 

と、微笑みながら忠言してくれた。

俺はその優しさに罪悪感を感じつつ、その励ましに「はい」と返事をした。

その後、エギルは接客のため、この場を離れたが、彼のかけてくれたお節介がとても心地よく俺の心の中に残留していた──。

 

 

 

それから二十分後。

シノンの所持品整理が終わったようで、俺たちは共にカフェを出た。店内の静けさと反対に、賑やかな往来の人々の声が俺たちを包んだ。

 

しかし、俺とシノンは周囲に習って「よっし、遊ぼうぜ!」と、はっちゃけるワケでもなく、その場に佇み、無言を貫いていた。

別に、あの後一悶着あったとか、そんなことではない。

単純に──、

 

どう話せば良いのか分からないのだ。

 

戦闘時はアドレナリンが分泌されていて、何も考えずに喋れた。

さっきのカフェではエギルがいたから、なんとか話せた。

けれど、今は二人きりだ。

しかも、シノンはリーファとは正反対の人だ。ということは、いつもみたく、子供っぽい会話ではなく、高尚な会話が必須だぞ。と、自身を奮い立たせた。

 

そして、俺が口を開いたと同時にシノンが話しかけてきた。

 

「ねぇ」

 

「な、何?」

 

「さっきの話だけど」

 

「さ、さっき……?」

 

「カフェでしてたでしょ?アナタとリーファの喧嘩の話」

 

「あっ……、う、うん」

 

シノンは俺に向き直り、真剣な眼差しを注ぐ。

もしかして……聡いシノンのことだから、俺の嘘を見抜いたのか?

そういえば、あの時。シノンはエギルと俺の会話に途中から水を差さず、聞き入っていたような……。

まさか、その時から既に──!?

 

シノンという人間について詳しくない以上、あらゆる推測が出て、止まらなくなる。

すると、シノンは俺の顔色が七変化するのが滑稽だったのか、クスッと笑い、

 

「別に変な話じゃないわよ。だから、身構えなくて大丈夫」

 

と、緊張を解くように言ってくれた。その言葉を有難く頂戴し、俺は若干落ち着きを取り戻した。

そして、シノンに話の先を促した。

 

 

「じゃあ、私から一言だけ言わせてもらうわね。エギルと同じく──早く、『仲直りしなさい』よ」

 

 

「……え?」

 

「え?私、何かおかしなこと言ったかしら?」

 

「あっ、い、いや……!そ、そう来たかと……」

 

「そう来た?まぁ、いいわ。それよりも、さっきの言葉を引き継ぐと、私はアナタたちには仲良しでいてほしいの」

 

「仲良しで……いて……」

 

俺はシノンの言葉を弱々しく、繰り返した。それに対し、ウンと頷いたシノンは話を続けた。

 

「実はね、私もエギルと同様に何度かアナタとリーファが街を歩く姿を見ていてね。その時のアナタとリーファ……とても楽しそうだった。だから、そんなアナタたちが仲違いしていることを想像するだけでも苦しくって」

 

シノンもどうやら俺とリーファに幾度か出くわしていたらしい。

そして、まさかシノンにもそんなことを思わせていただなんて。

俺は苦虫を噛み潰したような顔になった。

けれど、俺の様子を見て取ったシノンはまたもや、可笑しそうに、そして可憐に笑った。

 

「フフ。そんなに思い詰める必要無いわよ。私は単純に仲直りしなさいって言ってるだけなんだし」

 

「で、でも……心配かけて……」

 

「そこがアナタの悪いところね」

 

俺の話を遮り、俺の鼻をピンと人差し指でシノンは軽く弾いた。

俺は驚いて、咄嗟に鼻を抑えた。

 

「極端に悪い方向に考えすぎなの。アナタかリーファか、何をしたのかは分からないけど、事の発端が明瞭なら、単純にそのことについて詫びるだけじゃない。難解なことなんて一つもないはずよ。仲が良いアナタたちなら簡単でしょ?」

 

と、言われても。

俺はシノンが言うようなことを簡単にこなせるほど、器用な人間ではない。確かに、原因は明らかだ。なにせ、あの一件以降リーファが関わってこようとしないなんて、『あの一件のせいで』と言っていることと同義だからだ。

 

クソッ……!本当なら、シノンに告げられなくとも、分かっていた!

けれど、そうか……俺は……物事を重大に考えてしまっていたのか。

 

勿論、リーファの気分を害してしまったのならば、俺が百パーセント悪い。それは前提としてだ。

けれど、シノンが言う『仲が良い』という要素が加味されていれば、俺は真摯に自らの欠点を顧みて、誠実に謝罪できる……と思う。

 

それに、もし、今回の件。リーファが悪かったとして、俺が謝罪される側だったとすれば、しっかりと謝ってくれるリーファを必ず許す。

そこには、彼女への信頼があるからだ。信用に足る人の全身全霊を無下にすることなんて、俺にはできないし。

 

──なんだか、こう思うと暗鈍とした心地が幾分か楽になったように思えた。

 

俺はカフェを後にしてから、初めて笑った。すると、シノンは俺の笑顔を見て、満足したようだ。

シノンは数歩前進し、くるりと可愛らしい所作で振り返った。

 

「思ったんだけど。そのリアクションからして……事の発端はアナタね?」

 

「へぇ!?」

 

俺はギクりと肩を跳ねさせた。

そのあからさますぎる俺の反応に、一瞬言葉を失ったシノンは、次の瞬間今日一番の笑顔を見せた。

 

 

「アナタって本当に面白いわね」

 

 

──ズキッ。

 

俺は胸を抑えた。

 

……なんだ、これ。

 

胸中で得体の知れない痛みが(うごめ)いている。そのまま、手足先まで広がり、容赦なく俺を翻弄する。

しかし、その痛みに何故か不快感は無く、むしろ暖かな心地が波のように押し寄せてくる。

 

「どうしたの?」

 

シノンが小首をかしげ、訊いてきた。その小さな動作も、それと共に揺れるセルリアンブルーの髪の毛も……儚いものに見えて仕方がない。俺は慌てて「なんでもない!」と、言い返した。

 

「変なの。──じゃあ、私はこれからリアルの方で用事があるし、お(いとま)させてもらうわ。じゃあね、ゼノン」

 

散々、俺で楽しんだシノンは最後に軽く手を振り、踵を返した。

彼女の軽装と、しなやかな尻尾の後ろ姿が俺の目に焼き付いて離れなかった。

 

次に会えるのは……いつになるのかな。なんて、柄にもなく未来へ期待を寄せた。

 

すると。

 

数メートル先を歩いていたシノンが突如こちらへ振り返って、つかつかと歩み寄ってきたではないか。

思いは通じるものなんだな!我ながら天晴れ!と、歓喜に打ち震えたが、

 

「ごめんなさい。言い忘れてたわ」

 

単に、何か言い忘れていただけらしい。

……嬉しいような、悲しいような。

って、どうしてこんな複雑な気持ちになっているんだ俺は。調子が整わない自分の心情が不可解だった。

そんな俺の内心を勿論知る由もなく、シノンは口を開いたが、その後、会話には発展しなかった。

 

なぜなら、

 

 

「──またね」

 

と、だけ言い残してシノンは再びその場から去っていったからだ。

……色々と考えていた話の展開が崩れていく音が聞こえた気がした。

けれど、あの一言はそんなものより遥かに価値があり──、

 

俺の複雑な心情を幸福一色で満たすのに充分な言葉だった。

 

 

 

 

俺はアミュスフィアを取り外し、うんと伸びをした。

そして、猫背になって、不気味に独りで笑いだした。

 

「いやぁ、充実した一日だった」

 

俺は閑静な自室で独り言を漏らした。ニヤけが止まりそうになく、どうにかなってしまいそうだ。

けれど、楽しかったのは事実。

 

スリル満点な乱戦、カフェでの一時、シノンからのアドバイス、そして──、

 

『またね』

 

未来へ期待させてくれる一言。

 

ALOを始めて以来、ここまで嬉しくも楽しい感情を抱いたのは初めてだった。《セツナドライブ》を獲得した時でさえ、こんなにも高揚はしなかった。

パジャマ姿の俺はそっと胸に手を当てた。心臓は熱く打っていて、俺自身が生きている証拠と──別の何かを主張していた。

 

このままだと、どうにかなってしまいそうに思えた。俺は悶々とする気持ちと共にリビングへ向かった。

 

リビングは当然、無人だった。

父は仕事だ。それに母はこの家にいない。日曜日にも関わらず、俺の養育のために心火を燃やして労働に従事してくれている父に感謝の念を送った。

いや、それどころか俺は世界中の労働者へ感謝の念を送った。

そうまでしてしまうほど、俺は幸福感に満ちていた。

 

足取りが軽く、家の中だというのに天まで翔けていけそうだった。

そんな気持ちの中、独りでリビングをスキップするという謎の行動をしていると、やがて、何かに足の小指をぶつけ、悶絶しながら、停止した。

俺は眉間にシワを寄せながら、ソレを確認した。

 

「……ありゃ?りんご?」

 

それは真っ赤に熟れた、大きなリンゴを無数に詰めたダンボール箱だった。

そりゃあ、痛いわな。と、納得しつつ、俺はそのリンゴの数々をしげしげと見つめた。しかし。

 

「こんなに……食べ切れる?俺たちだけで」

 

いや、この家には男が二人もいるのだ。なんとかなるだろう。

けれど、少なくともリンゴは十個以上はある。やはり、難しいなと結論づけた俺はキッチンへ足を運び、ビニール袋を取り出した。

そして、リンゴを数個袋へ入れ、着替えてから、家を出た。

 

そして、俺はある家の前まで歩き、インターホンを躊躇なく押した。

って、躊躇なく押せるのな。

と、今の自分の状態に軽く驚いた。

 

──しばらくすると、玄関から物音がした。スリッパで地を蹴る音が外まで響き、相見えるまであと僅かだなと思った。

そして、ドアが開いた。

恐らくこの時間帯、応対してくれるのはあの快活な女の子だろう。

初めて、会った時から緊張しっぱなしのあの快活な女の……子……。

 

「って、す、直葉ちゃん!?」

 

俺は唖然とした。

手に下げていたビニール袋を落としそうになった。

だって、あの快活な直葉が……、

 

目を真っ赤に充血させ、目の下に酷いクマを作っていたのだから。

 

「いらっしゃい。どうしたの、アルムくん?」

 

さらに、直葉はその外見からは想像もできないほどに掠れた声を出した。俺はそれに対して、ただただ驚くばかりだった。何があったんだ、と驚愕に満ちる脳で考えるしかなかった。

 

そして、この日から──歯車が狂い始めたんだ。

 

 

 

 

 

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