国連本部、そこでは先日終結した通称『フロンティア事変』に関する対応、及び世界に向けてどのように公表するかの緊急会合が連日開かれていた。
とは言ったものの、中を覗けばそんなものはあくまで建前でしかなく、本当の議題…といってもよいのかどうかは分からないが話し合われているのは年端もいかない三人の少女の処断についてだった。
その上熱心に議題について語っているのはアメリカだけである。議題初日には加盟国全てが事の重大さに恐れ慄き、日本などのごく一部以外の国がアメリカに賛同していた。
だがそれも二日目、三日目となるにつれその数を減らしていき、遂にはアメリカの太鼓持ちと言われた国までもが賛同せず、ただ傍観するのみとなっていた。
理由は明らかだろう、アメリカが黒すぎたのだ。
月落下に関する隠蔽、レセプターチルドレンの存在、聖遺物の無断使用、きな臭い話が叩けば叩くほど出てくる。
だが誰もそのことについては指摘しなかった。理由は一つ、怖いからだ。こんなところでアメリカの機嫌を損ねたくない。今後得られる利益を考えれば例えそれが間違っていたとしても、三人の少女の命が失われようとしても、国を背負う者ならば当然の判断といえるだろう。
そんな中、ただ一人アメリカに反論するものがいた。日本の事務次官、斯波田氏だ。彼は頭が切れ、策に優れると有名だ。日本が聖遺物を用いた特務災害チームを国内で管理できているのも彼の手腕あってのものと言ってもいいだろう。
だがそんな彼でも今回はいくら粗をつつこうともアメリカの強行姿勢は止められず、時間稼ぎが関の山だった。
だがこの場において、その時間稼ぎこそが真の目的だと知るものは一人もいなかった。
「もういい、採決を取れ!あの三人を世界に対する反逆者として死刑にしろっ!」
アメリカが議長に対して声をあらげて要求する。議長も本来中立の立場とはいえ、大国の要求には逆らえずおどおどと採決を取り始めた。
「え~では、この採決に反対する者は…挙手願います」
国連の性質上、採決を覆すには常任理事国の反対が少なくとも一つは必要である。
だが反対の意を示したのは日本だけだった。
どこからどう見て要求が通った。アメリカはその光景に口許が緩んでいた。
だが忘れてはいけない。現代には、単独で世界と対等に渡り合える存在がいることを。
「異議ありだ」
その声は会議場の扉を吹き飛ばしながら、悠然と現れた。
男は黒かった。黒髪黒目、黒縁眼鏡、黒のコートを纏い、何食わぬ顔でその場に現れた。
会場全体が騒然となる。彼を知っている者は登場の仕方に驚き、知らない者は不審者の侵入に憤りを抱く。
そんな中、この男に始めに声をかけたのはアメリカだった。
「なっ何しに来た錬金術師っ!?ここは貴様が来ていいような場所ではない!」
「ああ、ちょっと用事があってな」
すさまじい形相で睨まれても錬金術師と呼ばれた男は何食わぬ顔で答える。だがその余裕すら感じさせる対応がアメリカには気に食わなかった。
「大体なんなのだ貴様っ!散々我々の邪魔ばかりしおってっ!」
アメリカの役員数人が罵声を浴びせる。それにより男に好意を持たぬ国からも次第に不満の声が上がり始めた。
大方あの大国が言ったのだ、ならば自分達も大丈夫とでも思ったのだろう。男は黙ってその罵詈雑言をただ受け入れ続ける。右から左に、馬の耳に念仏と言わんばかりに受け入れ続ける。
そんな態度に気を良くしたのかアメリカはさらに言葉を続ける。
「今度はなんだ!ばばあと小娘三人と一緒に愚かなことをしおって!ほだされたか!?」
これには会場中が嘲笑う声で溢れた。その中には先程口にはしなかったが彼に不満を持つ国も含まれていた。
だが忘れてはいけない。誰にでも逆鱗は存在することを。
「だまれ」
一言、たった一言で会場は波を打ったかのように静まり返った。
声を出そうとする者はいない。いや、出せる者は一人も
いなかった。
金縛りにかかったかのように全身が硬直してしまったのだ。
あるものは声を出す途中なのか口を開けたまま、あるものは立ち上がろうとしたのか中腰のまま、誰も彼もが鎖で縛られ錠をかけられたかのように微動だにすることも出来ず、瞬き一つすることすら許されなかった。
「…お前らがなんと言おうが自由だ」
男はゆっくりと、まるで言い聞かせるかのように続ける。
「だが忘れるなよ、今、この場において支配者は俺だ。それを理解した上で口を開けよ」
そして周囲をぐるりと見回し、指を鳴らす。すると枷が外れたかのように会場中が動きだし、荒い呼吸がそこかしこから聞こえる。中には泡を吹いて白目をむいている人もいた。だが男は何食わぬ顔でこう告げた。
「さあ、話し合いを続けようか」
ここに国連始まって以来、たった一人によって世界の行方を左右される総会が始まった。
これが数世紀ぶりに、そして初めて錬金術師によって世界征服が成された瞬間である。
「んで、アメリカはそんな事実は一切無かったと言いたいわけだ」
「は…はい…」
あれから数時間、議長席にどっかりと座る錬金術師メルクリアによって各国は尋問されていた。
といっても回答を求められたのはほとんどアメリカだけである。始めはそんな事実はないとつっぱねていたものの、メルクリアが指を掲げれば怯えたように震えすぐに質問に答えだした。よっぽどあの金縛りが堪えたようだ。
だが大国としての意地があるのか、それとも上層部からの命令なのかは分からないがそれらの事実は存在しなかったという点だけは曲げなかった。
その対応に飽きたのかメルクリアは大きく聞こえるようにため息をつく。そしておもむろに立ち上がり、アメリカの役人の耳元でこう囁いた。
「いいだろう、そういうことにしておいてやろう。今のところは…な」
そして今度は会場全体に響き渡るように叫んだ。
「FISも月の落下も存在しなかった。故に三人に処罰を下す必要はない。なぜなら存在しない組織が行動を起こせるはずがないからだ。え~っと、日本の斯波田さんだっけ?おかしいところはないか?」
「ああ、問題ない」
「他に付け加える点は?」
「今のところ問題ないだろう。後は三人の保護についてだ」
「分かった。ならそれは日本で受け持ってくれ。確かあんたの国には他にも奏者がいたよな?それをあの三人にも適用してやってくれ」
「分かった。全力を尽くそう」
「よし、ではこれに意見がある奴は前に出ろ。俺が相手してやる…っているわけないよな?んじゃ可決ってことで」
二人のやり取りは事前に打ち合わせがあったと言えるほどスムーズだった。だがそれを指摘するものはこの場にいない。誰もがこの場を早く離れたい一心だった。貰えるものだけ早くもらって帰りたいばかりだった。
だが現実はそう上手くいかない。特に相手が蛇ならば尚更だ。
「んじゃ次だ。あの三人に対する今後一切の干渉、接触を禁ずる。それと自由国籍を認め、恒久的に人権を保証すること。後はいかなる活動においてもそれを制限されないってところか。勿論必要に応じて変えたり増やしたりするがな」
これで会合は終わり、目的のものが手に入ると思っていた国は大いに動揺した。これでは話が違うではないかと。
三人の処断を決めるために総会が開かれた夜、各国首脳や王族、皇族の元を訪れたメルクリアはこう言った。
ー取引しよう、そうすれば賢者の石をやろうーと。
メルクリアとの契約は四つ。
一つ、アメリカの誘いに乗らないこと。
二つ、総会の場での要求はいかなる内容でも承認すること。
三つ、この契約、及び石の存在を生涯他言しないこと。
四つ、他言した場合呪いが発動し死に至ること。
不老不死、誰もが求める甘美なそれに殆どの国が契約を結んだ。
確かに呪いは恐ろしい、だがメルクリアが気にかけているあの三人を手に入れれば解呪など容易だ。各国はそう考えていた。
だがこれでは手に入れるどころか接触すらままならない。他国に協力を仰ごうとしても他言した場合には呪いが発動してしまう。おまけに要求を呑め、とは言ったがその数までは言って無いのでいくらでも要求ができる。あえて縛りを緩くすることで自由度を上げた非常に性格の悪い契約である。
だが彼らにはもうどうすることもできない。契約を破棄することもできず、一生呪いを背負いながら生きていくしかない。
だが一国だけ、たった一国だけメルクリアと契約を結んでいない国があった。それは今しがた世界中が見る中たった一人の男に成す術の無かったあの大国だった。
「ふざけるな!あの三人は、少なくともマリアだけはアメリカ国籍を持っている!それにわが国でアーティストとしても活動している!そんなことは認められるかっ!」
メルクリアはアメリカとは契約を結んでいなかった。理由は一つ、交渉するより脅迫した方が早くて確実だと思ったからだ。
だが奇しくもマリアがアーティストとして活動する際に取得したアメリカ国籍が思わぬ形でアメリカに活路を与えてしまったのだ。
これ発言で会場は二分化した。アメリカと友好を結ぶ国はその発言に便乗しメルクリアに反対意見を発し始めた。
例えば、法に抵触する可能性がある。
若しくは、不穏分子に加担、または利用される可能性がある。
曰く、個人に権力を与え過ぎている。
会場の半分以上、軒並み大国や先進国、独裁国家が異議を申し立てる。
だがそれでも決して動かない国も僅かながら確かに存在した。それは日本のような島国や小国、発展途上国や未だ伝承が語り継がれる国だった。
両者を分けたのは権力か、驕りか。そのどれもが正解であり、間違いであった。
ただ彼の恐ろしさを理解しているか否か。答えは様々であれ、本質的にはそれだけだった。
そしてそれは訪れた。突如会場中が眩い光に覆われる。それと同時に何かが吹き抜けるような圧を感じる。
光が収まり、視力が戻る。突然の事態に動揺する各国が目にしたのは、大きく穴の開いた天井と巨大な竜だった。
「選ばせてやるよ。国がこうなるのと自分から金縛りにあうの、どっちかをな」
忘れてはいけなかったのだ。話し合いや権力でどうにかなる相手ではないことを。圧倒的な暴威の前では何もかもが無力だということを。
「国とか、地位とか、名誉とか、そんなものはどうでもいい。お前らが好きなようにすればいい。だがこれだけは覚えておけ」
そして彼にも逆鱗が存在することを。
「俺の女に手を出すな」
「斯波田さん、お疲れ様でした」
「おお、メルクリアか。いい芝居だったぜ」
会議が終わった後、メルクリアは斯波田の控室を訪れていた。今日の一件の感想を聞くためだ。
「しっかしお前さんもやるね。今まで不干渉を貫いてきたってのに惚れた女のためにここまでやるとは正直見直したよ!」
「ありがとうございます。そう言っていただけるなら光栄です」
「あれなら他所の国も容易に手出しはできないだろう。だが問題は…」
「アメリカ…ですか?」
あの後の採決でメルクリアの要求は反対意見が出ることもなく可決、そして契約に基づき各国には賢者の石が贈与された。
これからは世間に対してフロンティア事変をどのように開示するかを話し合わねばならないがそれはメルクリアには関係のないことだ。彼にとって大切なのは調と、調の大切な人や物だけでそれ以外はどうでもいいものでしかないのだ。
だが斯波田はメルクリアの答えに首を縦には振らなかった。
「アメリカも、だ。俺はお前のことも心配してるんだぜ」
「俺を…ですか?」
「そうだ。いくら世界を相手にするとはいえ身を削って賢者の石なんて伝説級の聖遺物を世界に配っちまったからな。これから不老不死がわんさか出てくるかもしれん」
「大丈夫ですよ。不老不死なんて無理ですから」
「…は!?」
「あの石には仕掛けがしてありましてね」
斯波田の悩みにメルクリアはあっけらかんとした顔で解説を始めた。
なんの知識もない人間がいくら賢者の石を使おうと不老不死にはなれない。それこそいつぞやのナスターシャのように炎を放つので精一杯だ。
石の力を利用するには錬金術師の知識とそれを制御する術式が必要である。だが錬金術師の力を借りるにしても契約による縛りがあるためそれもできない。
仮に何らかの方法で石についてを話したり錬金術師の協力を得られたとしても渡した石には使用時に自壊するように設定してある。
つまり彼らはタダでメルクリアの提案にのってしまったというわけだ。そう伝えると斯波田は呆気にとられた顔をしていたがすぐに沈痛な面持ちで言葉を発した。
「なら尚のことだ。契約を逆手にとった呪いや脅迫、個人への過度の肩入れ。それに加え偽物の賢者の石ときた。お前さん、本格的に世界中に狙われるぞ?」
斯波田の凄みのある声は本心からメルクリアを案じているのが理解できる程だ。だがそれでもメルクリアは何食わぬ顔だった。
「ありがとうございます。ですがそれで彼女を守れるのなら俺は何度だって、どんな危険な事だってやりますよ」
悔いのない顔でそう言い切ったメルクリアに斯波田は今度こそ本当に呆れ顔になってしまった。
「そうかい。なら俺達も頑張らねえとな。お前さんをそこまで変えたマリアちゃんと、その妹達を守るためによ」
「ん?」
「ん?」
「いや、斯波田さん勘違いしてません?俺の彼女はマリアちゃんじゃなくて調ですよ」
後に斯波田はこう語っていた。
先史文明の巫女は依り代だけでなく彼女を愛した男も数奇な運命を歩ませる。
それは幾度となく繰り返される、同じ運命。
先代は多くを失い、代償として力を得た。しかし最後は袂を分かち、巫女は死を迎えた。
今代は巫女を守る代償に世界を敵に回した。だが巫女は自ら死を受け入れた。ならばこそ、願わくば今度こそ彼らには幸せがあらんことを。
今回も読んでいただきありがとうございました。