「どうだった?」
「あっという間だったね。本当、あっという間だった」
病院のフロント、俺と調はそこで退院手続きをしていた。だが病院の朝は特に忙しい。なので待ち時間に治療の感想を聞いてみるとおおむね予想通りの答えが返ってきた。
常にシンフォギアを纏って過ごした入院生活、初日は数時間で全員が疲労で意識を失いそれを俺が治癒するのを何度も繰り返して終わった。
この時厄介だったのが治療する際に術式を再生ではなく回復にしなければならなかったことだ。再生と回復では前者の方が効率がいい。魔力を使って身体を負傷する前の状態に戻すからだ。
だが今回それは出来なかった。今回の目的は聖遺物と身体との拒絶反応の抑制、それを元に戻してしまっては意味がない。だからこそ回復術式を組んだのだがこれがまた厄介だった。
時間もかかれば一人一人によって展開速度も変えなけばならず、こまめに調整が必要だった。そんな術式なのもあるが、それに加え彼女たちは時間を選ばない。しかも治療が必要になるインターバルもまちまちなためろくに睡眠時間も確保できない。
これが後何日も続くのかと思うと気が滅入った。だがその予想はいい意味で裏切られた。
二日目になると前日と比べ出力が上がっていた。それは僅かだったが確かなものだった。しかも訓練を始めて数時間でそれが更に上がったのだ。
中でも一番成果があったのは調だった。当初調は三人の中で最も適合係数が低かった。だがこれを始めてたった二日でそれをひっくり返したのだ。流石の俺もこれには驚かされた。
これが三日、四日と続き、退院当日には三人ともアームドギアを展開しなければ今までと同様のギアを纏えるようになった。三年かかると言った手前認めたくはないが若さってのは凄いなと認めざるを得ない一件だった。
とは言えそれでも俺の術式の処置は定期的に必要にわけで、おかげでここ数日まともに寝れてない。
だがそれ以上に確かな成果があった。この処置はこれからも続けていった方がいいだろう。もちろんそれ相応の準備をしてからという一文を付け加えさせていただきたいが。
「でもソウ君、アームドギアはどうするの?私たち武器なしじゃ戦えないよ?響さんじゃないんだし」
「そうなんだよな…。とりあえず錬金術でレプリカ作れるかどうかやってみるかな。それまでは悪いがリンカーでどうにかしてもらうしかないな」
「そっか、でもイガリマやアガートラムはどうにかなってもシュルシャガナは厳しいんじゃないの?」
「あ~、そっか。数や形か…」
「それか武器を新しい形にするとか?」
「…まあそこらへんも含めて試行錯誤していくしかないな」
それに魂を切り刻む刃ってどうやって作るのか俺知らないしな。シュルシャガナなら最悪アルカノイズと同じ錬金術の分解術式を組みこめばどうにかなりそうなんだがな。幸い両方とも紅だし。
「二課本部?」
「安全と防衛のためにしばらくは潜水艦暮らしだってよ。必要な物があったら帰ってもいいらしいが一言言ってくれってさ」
手続きを終え、自宅に戻ると思っていた調達、だが迎えの車が向かったのは二課の潜水艦が停泊している港だった。
錬金術師は今までの敵とは違い空間転移ができる。それに対応するためにはなるべく固まって行動していた方がこちらも対応しやすい。
病み上がりで悪いが事態を終息させるまでは我慢してもらうしかない。もちろん調達の安全を保障するためにも俺も最大限協力する所存だ。
とりあえず詳しい話は指令室に行ってからだろう。
潜水艦に乗り込み指令室までの道を歩く。すると何人かのスタッフとすれ違ったのだがなぜか態度がよそよそしい。
はて、何かそんな扱いを受けるような事をしただろうか。そんなことを考えながら指令室へと足を進める。
「三人とも退院おめでとう!そして新しい仲間を紹介しよう!」
「初めまして、僕はエルフナイン。ずっとお会いしたく思っておりました、メルクリアお兄様!」
『お兄様?』
「ソウ君?」
「うん、待って?ちゃんと説明するから少しでいいから待って?」
指令室に入り弦十郎がまた何か言い出したと思ったらとんでもない爆弾が飛び出してきた。お前も碌でもない事ばっかりするな。
とりあえずここは一度ちゃんとした自己紹介をしてもらった方が…いや、俺が話した方がいいパターンだな。きちんと説明しておかないと後々面倒くさくなりそうだ。
「いいか?まず今回の敵だが名前はキャロル・マールス・ディーンハイム。そいつも長い年月を生きる錬金術師だ。その方法はホムンクルスの作成と記憶の転写、ここまではいいな?」
周りを確認するとみんな一様に首を縦に振る。ある程度の基礎知識はエルフナインが説明してくれたようだ。
「それでエルフナインだが恐らくキャロルのホムンクルスの制作過程で何かしらの不備があった素体にキャロルの記憶を転写して作られた労働力ってところか?」
「はい、その認識で大丈夫です」
「え~っと、つまりどういうことですか?」
立花ちゃんが申し訳なさそうに解説を求めてくる。さて、どうやって説明したものか…。あんまり彼女たちの前で調整不良の話はしない方がいいしな…。
「ざっくり言えばキャロルのそっくりさんで同じ記憶を持ってるけど本人程の力はない別人ってところかな?」
「なるほど!なんとなく分かりました!」
「んじゃ次行くぞ。なんでエルフナイン、基キャロルが俺のことを知っているかというと昔ちょっと知り合う機会があってな。それで面識があるって感じだ」
「ふ~ん、そうなんだ」
よし、調も何とか納得してくれたようだ。後は話題を変えて詳しい事は二人っきりの時に話せばいいだろう。あんまり大っぴらにするような話でも…。
「そんなあっさりしたものではありませんよ!キャロルにとってお兄様は全てだったんです!」
あれ?
「幼少期から面倒を見ていただき、錬金術の師事もしてくださって、あのお兄様との日々は今でもキャロルだけでなくホムンクルス全ての支えになっています!」
ちょっと、エルフナインさん?
「それだけではありません!お兄様の開発した様々な術式により錬金術のレベルが数百年進歩したとも言われてるんですよ!そのすごさにお兄様の歴史を綴った本まで刊行される程なんですよ!もうお兄様は全錬金術師の憧れなんです!」
お願い!落ち着いてエルフナインさん!
「今回皆さんがやられたアルカノイズも元々お兄様が開発したものなんですよ!他にもテレポートジェムや錬金術の体系化、ホムンクルスの技術革新も全てお兄様のおかげなんです!」
そう言ってエルフナインは何処から取り出したのかメルクリア録と記された分厚い本を何冊も取り出した。
「因みにこちらは最近発売されたばかりの恋の章です!最近お兄様に恋人ができたとのことで急遽刊行されたんですよ。ですので錬金術の世界で月読調さんは超有名人なんですよ!あのメルクリアを口説き落とした素晴らしい女性だと!」
え、あれまだ作られてたの!?いや、まずは調をどうにかするべきだ。さっきから俯いていて顔が良く見えないがきっと怒っているに違いない。なんとかしなければ!
「あ~、調…さん?これはだな…その…」
「…いい」
「へ?」
「そこまで有名になってるならいい。錬金術師の世界に私が彼女だと知れ渡っているなら満足」
よく分からないがどうやらご満悦のようだ。顔がいつも以上に綻んでいてご機嫌だ。まあ調が満足しているならそれでいいか。
「でもキャロルとの昔の事は後でじっくり教えてもらうから」
「…はい」
ああ、やっぱり忘れてなかったか…。でもそんなに怒ってないみたいだし良かったよ。これで一安心かな。
「いや、一安心みたいな顔してんじゃねえよ!お前がアルカノイズ作ったってどういうことだよ!?」
「あ、やっぱり覚えてた?」
「たりめえだ!きっちり説明してもらうぞ!」
くそ、せっかくいい感じに話が流れたと思ったのに。風鳴ちゃんや立花ちゃんはやり過ごせても雪音ちゃん駄目だったか。流石に一筋縄ではいかないか。
「いやね、アルカノイズって元々錬金術の素材集めのために考案したものなんだわ」
ノイズは触れたものを炭素に分解する。それを基に考案されたのがアルカノイズだ。アルカノイズは触れた対象を赤い塵に変換する。
実はこの赤い塵、錬金術の研究でとても重要な物質なのだ。万物を構成する分子、ノイズは対象をその一つ、炭素に変換する。
ではアルカノイズが変換する赤い塵とは何か、それは万物の素である。錬金術とは様々な物質を錬成し、最終的には最高純度の黄金を錬成することを目的とした学問だ。
しかしある時期からその研究は停滞することになる。それ原因の一つとして黄金に錬成できる物質が圧倒的に足りなかったのだ。
計算上では道端に転がっている石ころでも黄金に錬成することは可能だった。ただしそれによって錬成できる黄金は極々微量で肉眼で捉えるのも難しいほどだ。
それは黄金と石ころの純度や価値、魔力など様々な要素を計算し、錬成に際しての消費エネルギーを差し引いた結果が大きさとして現れためだ。
では錬成する石ころを山に代えてはどうか。結果はどのみち失敗だった。そうすると今度は術者自身の魔力や処理能力が追い付かずにパンクしてしまったのだ。
そのため錬金術は何度目かの低迷期に陥ることになったのだが、そんな時、とある錬金術師が奇跡的な発見をしたのだ。
それはなんとなく石ころや鏡、木材、果ては食料まで気まぐれに分解できるところまで分解していたところ、最終的に全ての物質から同じものが出来上がった。それがあの赤い塵だ。
これにより万物は分解しきると最終的に赤い塵になることが発見されたのだ。これにより逆説的に赤い塵を必要数集めればこの世の全ての物質を錬成することも可能であることが証明されたのだ。
これにより錬金術はまた一歩進歩したのだが、今度は別の問題が発生した。錬金術師全てが赤い塵ができるまで分解を行えるほどの技術を持ち合わせていなかったのだ。
そのため術師によって研究に大きく差が出始めたのだ。その当時俺も赤い塵まで分解することは何とかできたのだが一つの物質を錬成するのに数日を要していた。
これでは効率が悪い、そこでノイズを参考に紅い塵まで分解するだけの術式を考案し、形を与えた。それがアルカノイズの原点だ。
そして長い年月を経てアルカノイズはシンフォギアシステムですら分解しきるほどの出力を持つ兵器になっていたというわけだ。
「だから俺は始めのアルカノイズを作っただけで現代のアルカノイズには全く関わってないんだよ」
「…本当だな?」
今の説明を受けてみんな一応は納得してくれたようだ。だが雪音ちゃんだけは別なようで未だに疑いの眼差しを俺に向けてくる。
だが何と言われても俺はこれと言って現代のアルカノイズには関わっていない。だがしいて言うのならば…。
「アルカノイズの製造方法を売ったりパワーアップ、その他改造を有償で引き受けたことはあるけどそれ以外に心当たりは無いな…」
「あるじゃねえか!それで十分だよ!」
「え?」
「え?じゃねえよ!そのせいでシンフォギアも分解されちまったじゃねえか!」
あ~、確かに言われてみれば昔どんな物でも、それこそ聖遺物でも分解できるほど強力にしてほしいって依頼があったような無かったような…うん、確実にそれが原因だな。
「安心しろ、作ったのが俺ならその対策も分かっている。アルカノイズ対策、俺が完璧に仕上げてやろう」
じゃないと調にも危険が及ぶってことだしな。
「それについてだがメルクリア、エルフナイン君からも提案があるんだ」
「そうでした。お兄様、こちらを」
そう言ってエルフナインが手渡してきたのはルーンが刻まれた小箱だった。おもむろに蓋を開けてみると、僅かな欠片とはいえ未だに背中に汗をかくほどの呪いを放つ何かが入っていた。
「これは…中々の逸品だな」
「ドヴェルグ・ダインの遺産、魔剣ダインスレイフの欠片です。これをシンフォギアシステムに組み込めば大幅なパワーアップが望めるかと思います。僕はこれは『プロジェクト・イグナイト』と名付けました」
なるほど、確かにこれをものに出来れば奏者の実力は一回りも二回りも強化できるだろう。だがこれは少々危険すぎる。俺が調に対して過保護というのもあるが十代の少女たちに背負わせるには少々重すぎる呪いだ。
セーフティを三つ…いや、四つはかけておく必要があるな。
「分かった、そのプロジェクト・イグナイトはお前が主導で行え。俺はサポートだ」
「ええっ!?でも僕なんかがやるよりお兄様がやった方が確実では…」
「危険を冒してでもそれを持ってきたのはお前だ、ならばお前がやれ。それに俺はいつまでもサポートしてやれるわけじゃない。いずれは戦線に出なければならない時が必ず来る。だがらお前がやれ」
エルフナインの目を見つめ、諭すように伝える。しばらく視線が宙を泳ぎ、オドオドするエルフナイン。だが俺の目を見て意思を固めてくれたのか首を縦に振ってくれた。
「お兄様…分かりました!僕やってみます!」
「ああ、頼んだぞ」
こうしてキャロル一派に対抗するべく強化型シンフォギア開発計画『プロジェクト・イグナイト』が始動した。
お兄ちゃんっていい響ですよね。
今回も読んでいただきありがとうございました。