とある禁術の魔道秘法   作:名無しの権左衛門

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とある禁術の魔道秘法

 

 

「ハッハッハッ――」

 

 少女は走っていた。

何かに追われているかのように、時折後ろを見る。

 

「ちょっと休憩……」

 

 少女は足を止め、近くにある壁に背中を寄り添わせる。

そして己の腕の中にある、その本の表紙をさらっと撫でる。

その本の表紙は、茶色であり革のようである。

 

 疲労の表情の中、少女の目の前に炎が現れる。

 

「クソッ!」

 

 少女はその炎が、徐々に人型になっていく前に、その場から去る。

追ってきているのは、その炎の人なのか。

しかし少女が見るのは、人をかたどる炎ではない。

 何かを探すように……炎を作る何かを探すように、周囲に頭を振る。

 

「陰険なガキめっ……!」

 

 長時間の逃走から、嫌味も全て走る呼吸の中つぶやきで消える。

 少女の怒りは、そのガキに対してぶつけられる。

 

「陰湿とは……僕も認められたもんだな」

「!」

 

 逃げる少女は、いきなり前方に星のマークが入った紙が出現し足を止めた。

そして突然聞こえる聲は、少女の意識を眼前の紙に向けられる。

 そんな中、少女は炎と人をかたどる炎に、周りを囲まれてしまう。

 少女は抱きしめるその本を、更に守るかのように強く抱きしめる。

 

「チッ」

「さあ、渡してもらおうか」

「黙れ。これを使って何をしようとしているのかわからんが、渡すわけにはいかない!」

 

 少女は眼前に浮遊する紙に向かって言い放ち、少し炎の勢いが弱いところを突破する。

 

 

「全く……手が焼ける」

 

 星が描かれた浮遊する紙から、ため息が漏れる。

手がかかる獲物だろう。

しかし包囲は狭まってきているようで、その声色は明るい。

 

「クソッ。こんな体じゃなければ、あいつらなんざどうにでもなるのにな!」

 

 少女は走りながら悪態をつく。

 そして何かを感じ取り、表の道から裏道へ入り別のルートへ向かう。

上弦の月が天上より少し東側に傾く時間帯故、とおりに人等の気配はない。

 

 しかしそれでも、ステージは確実に移り変わる。

 

「痛ぇっ!」

「キャッ!」

 

 少女は裏道から表通りへ角を曲がった瞬間、だれかにあたってしまう。

腕に抱えるその本は、少女から弾き飛ばされ遠くに落ちる。

 

「いたた……っ、本!」

 

 少女は手の届かない若干遠いところに、本があることを視認する。

誰かとぶつかったことを気にしないで、その本へ向かって走り出す。

 

「オラァガキ!ちゃんと謝れよ!」

「何っ!?」

 

 少女は腕を取られ、走り出せない。

少女はぶつかったと思われるいかつい青年を目にして、少し怯んでしまう。

しかしすぐに気を取り直して、拘束から逃げようとする。

 だがその細腕に、青年の筋肉質な腕に勝てる膂力はない。

 少女は本の方をみる。

 本は通行人の一人に、そのまま拾われてしまう。

それを見てさらに焦燥感に駆られてしまう。

 

「オイ!聞いてんのか!」

「は、離せ!」

 

 

 少女は背の高い青年に、そのような口調を放つ。

 青年はそれに苛立ったようで、腕をひねり上げる。

容易に空中に浮かんでしまう少女の体。実に無力である。

 

「ぶつかったことより、自分の事を優先すんのか!謝れよ!」

「そっちが勝手にぶつかってきただろ!?」

「よそ見して大通りに出てくる方が悪いだろうが!」

 

 少女はその青年の怒気に充てられ、少々涙目になる。

本に気を取られていたので、礼儀なんて無視していた。

そんな言い訳なんぞ通るわけがない。そんな雰囲気が出ている。

 

「ご、ごめんなさい……」

「チッ、次は気を付けろよ」

 

 青年は乱暴に腕を離して、少女を地面に落とす。

少女は地面に尻もちをつく。

 

「こ、怖かった……この体になってから、こんなことばっかりだ……」

 

 少女は意気消沈する。

更に通行人に本は取られてしまい、どこかに行ってしまったようだ。

 

「本に追跡機能なんてつけてないし……あれがないと、世界が終わる……」

 

 少女はついに、この誰もいない通りで泣いてしまった。

 焦げている服、土埃等で煤けた髪、藪や切り傷で傷んだ肉体、いろんな世界であった本をめぐる闘争で傷ついた心。

最後のよりどころであった本を失い、ダムが崩壊したかのように大粒の涙を流す。

 

「どうしたの?どこかいたいの?」

「ひぐっ……え……?」

 

 少女はいつの間にか隣にいた少年に話しかけられる。

リュックサックを背負っている少年は、膝をついて救急箱を取り出す。

 少女は何も言っていないのに、勝手に処置する少年。

呆然としていた少女は、手際のよい処置によりある程度の傷を回復する。

 

「それで、君はここで何してるの?」

「私は……」

 

 少女は本が盗られてしまい、これからの目的を失ってしまった。

再度少女の眼尻に、涙が溢れてきた。

しかしそんな少女の目の前に、あるものが映る。

 

「はい」

「っ!」

 

 それはあの本だった。

 

「ど、どこでこれを?」

「通行人が窃盗していたのをとがめただけだよ」

 

 少年はただ盗まれていた物を、所有者に戻しに来ただけなのだ。

どれだけお人よしなのか。

少女はそんな少年に、笑みを浮かべる。

しかしその瞬間、脳裏を掠める記憶がフラッシュバックされる。

そう、本を狙う者の襲来だ。

少女は先ほどの青年の件も相まって、一般人に対して自分たちの事にまきこんではいけないという思いが強くなる。

 

「え」

「ごめんなさい!」

 

 少女は少年から本をすぐにもらって、なりふり構わずその場から立ち去ろうと走り出した。

 

「待っ、周り見て!!」

「ひっ――」

 

 少女は少年から本を取り戻し、全力で走り出したかと思うと多量の火炎弾が飛んできた。

 彼女の意識は少年に向いていたようで、周囲に意識が向いていなかったようだ。

少女は少年の必死の形相と指でさされた方向に、顔を向け現実を直視する。

 

 走馬燈が少女を襲う。

 

 覚えのない土地、近くにあった本、頭に流れる記憶と本を狙う輩との死闘、周辺民衆との確執[かくしつ]……。

全身から感覚が消えていくことに、少女はなぜか恐怖を感じなかった。

 

 

焔が少女の体を、本毎飲み込む。

しかしその焔は、少女を完全に飲み込むことは叶わなかった。

全てが火球になる瞬間、その炎は何かにより薙ぎ払われてしまう。

 

 

「っだあ!危ないだろ!?」

 

 

 少女はのどが焼き付く感覚に見舞われる中、耳につくあの声。

少年といいつつ、自身よりも身長が高い彼が少女の目の前に立っていた。

 その姿は守るという動作が正しい。

 

 少女は人に守られたことに関して、思考がその事実を認めるのに時間がかかってしまう。

 

「防がれてしまったか」

 

 そういうのは少年の目の前に出てくる、星が描かれている浮遊する紙だ。

 

「君。悪いことは言わない。その少女から離れるんだ。

彼女は世界を闇に落とそうとしている」

「そうかもしれない。けど悪党って、決まって聞こえのいい言葉を発するんだよね。

だから信じられない」

 

 少年は相手の説得に耳を傾けず、頑なな態度をとる。

少女はいきなりの命の危機と救助されたことに、訳の分からなさを覚える。

結果助かったことをしって、脚どころか体に力が入らなくなってしまった。

まだ安心できる状況ではないのにだ。

 

「ふむ、仕方がない。排除させてもらう」

 

 完全な警戒からの死刑宣告。これを聞いて、少女は少年に向かって叫ぶ。

 

「逃げて!今ならまだ……!」

「逃げないよ」

「っ!な、なんでよ!見ず知らずの奴なのに!」

「知らん!助ける事に、いちいち理由が居るのか!」

「何でよ……バカ……じゃないの……」

 

 

 少年は別に格好をつけているわけではなく、本当に乗り掛かった舟だと思って戦闘意志を明確にしている。

少年に恐怖ややけくそのような表情が全く見えない。

 このなげやりのような行動に、星が描かれた紙からはまた黒焦げ人形ができるなとため息をつかれている。

 先ほどの火球を払ったのは、この都市特有の何かでしかないと結論付ける。

 炎を操る紙の奥にいるそのものは、おのれの炎に自身があるようだ。

 

「焼き殺せ、イノケンティウス!」

 

 その声が周囲に響き渡ると、周辺に大量の紙が散布されあたり一面から炎が出現し始めた。その炎は一か所に集まり始め、巨人を形成していく。

炎の巨人は徐々に大きくなり、周囲に火の粉を散布する。

 それが放つ熱量は圧倒的で、皮膚が熱さで燻るかのようだ。

 炎の巨人がさらに肥大化し、少年少女らを焼き殺せるくらいの大きさになる。

そしてイノケンティウスは、火炎の腕を振るう。

 

地面にぺたんと座り込んでいる少女は、イノケンティウスの炎に押しつぶされない少年を見てあり得ないと思いながら無事を祈った。

 

「何っ!?」

 

 浮遊する紙から聞こえる聲は、驚愕の色を出す。

 その声を聴いて少女も、眼前にたたずむ少年を見る。

その少年は全くの無傷で、無限に等しい劫火に焼かれながらその場にいる。

 

「何で……?」

 

 少女が訝しむのも無理はない。

 その少年はイノケンティウスの炎に包まれても、肉体どころか服や頭髪さえ燃えていないからだ。少年は無意味に攻撃してきている炎の巨人を見て、ため息をつく。

 

「このままじゃ、拮抗したままだよね。じゃあ、攻勢に移るよ」

 

 そう少年は言い、前に歩みを進め始めた。

 

「お、押し返せ!」

 

 紙からの命令に従うイノケンティウスは、少年をさらに焼き殺そうと火力をあげた。

 しかし彼の歩みを止められず、周辺に散らばっている紙を引きちぎっていった。

それによってイノケンティウスは、自らの体を維持することができず消滅していった。

 

「い、イノ、イノケンティウ――」

「はいはい、終わりだよ」

 

 ビリッとその紙も破り捨てる。

終わったと思って、一息つく少年。安堵しているかのようだ。

 少年は少女の方を向く。勝利報告をしようと歩み寄ろうとした。

しかしそんなことは願わず。

 

「後ろ!」

 

 突如道路や花壇を破壊する何かが、少年を襲った。

運よく少年は少女の前にいたので、少女に攻撃が通ることがなかった。

 攻撃を仕掛けてきた方向には、一人の女性が立っている。

 前衛的な服装をしておりながら、雰囲気はいたって剣呑である。

 

「すみませんが、その本を渡してもらえますか?」

「無理です。どんな理由かは知りませんが、正当な手続きなしで殺人強盗をしようとする輩を見逃すほど、僕は人間を捨てていませんので」

「そうですか、残念です」

 

 両手に持つ太刀と月光に反射して映る鉄糸で、周辺を破壊し土埃を巻き上げた。

 まずは視界を奪い、感知能力を低下させる。

これで勝ったと思う女性。

たかが一般人。しかしその勇気ある行動に、心の中で称賛を送りせめて痛くないように逝かせようと攻撃する。

しかしその攻撃はすんでのところで、何の力もなく止められた。

 土煙が少し落ち着き、攻撃対象の顔が映る。

 攻撃対象である少年の表情は、非常に悲しそうなものだった。

 

「お姉さん、学園都市をなめない方がいいと思うよ?」

 

 そういうと少年は、その真剣をつかみ取り片腕で女性をそのまま投げ飛ばした。

その威力はすさまじく、道路の脇にある街灯を二本破壊し奥にある横断歩道の支柱にめりこませ、漸く停止するほどだった。

 

「くっ、あ、ありえない……ステイル、聞こえますかステイル」

「ああ、聞こえている」

 

 横断歩道の支柱付近にばらまかれているルーン文字が描かれているカード。

そこから少年少女を襲った男性の声が聞こえた。

 

「少年の方は任せます。私はあの少女と本を」

「わかった。少女の方も非力ながら、なかなかやる。注意してくれ」

「はい」

 

 女性の視界先では、いつの間にかイノケンティウスが展開しており少年少女の逃げ道を塞いでいた。

その光景に女性は、口元を緩める。

 しかしすぐに気を引き締め、奪還作戦を開始する。

 

 ルーン文字が描かれている紙。

いつの間にか多量にばらまかれており、数多吹きだす火炎と炎の巨人に囲まれる少年達。

少年は苦々しい表情をして、腰が抜けている少女の盾になる。

 

「あのさ、このままじゃ戦況は好転しないんだけど、逃げれる?」

「全然駄目……腰が抜けて動けない。クソッ!折角逃げ切れる好機なのに!」

「まあまあ焦らないでよ」

 

 表情が曇っている少年。しかし口調は非常に楽観的な感じに柔らかい。

冷静とは全く違う。自分の防御を絶対に抜かれない自信があるんだろう。

 

「それでさ。君はこの後行く場所あるの?」

「……」

 

 少女ははっとして、自分の状況を思い直す。

そして結局は堂々巡りだという事を思い出す。

 

「そっか。じゃあ、物は相談なんだけど、僕の家に来る?」

「へ?」

「使ってないからっていうのもあるんだけど、その恰好で外を歩くのはまずいよ?」

 

 少女は自分の恰好を見つめなおす。

ぼさぼさの頭髪、煤けたり燻っている服や靴、傷だらけの肉体。

更に少女は切られたりしているため、服が服としての機能をはたしていない。

とても涼しそうで目のやり場に困るような、そんな恰好になってしまっている。

 少女は今まで平気であったのだろう。

しかし誰かに守られ指摘されたことは、本当に少なかったようだ。

 そのため少女は両腕を使って、自身の急所を隠す。

 少女は少年の後ろでへたり込んでいるため、少年にはわからないが少女は恥ずかしさで顔を紅潮させている。

 

「目的がないのは、たぶんまずいよ。だから、次の目標とか色々、僕の家で考えていくといいよ?僕の守りは絶対だけど、攻撃はできないからね」

 

 少年は近くに落ちている紙、吹き込んでくる紙をちぎって効力を無くしていく。

 

「ほんとに、いいの?」

「情けをかけてんだから、いいよ。寧ろ、君はいいの?」

「?」

「僕に色々されるかもよ?」

「あ、あんたが誘ったんでしょ!?」

「茶化しただけじゃないか、そんな怒らないでよ」

 

 少年は笑い飛ばす。少女はむっとするが、いつの間にか心に余裕ができてきて、笑みを零していることに気づく。

 

「そういえば、君は二人の力に関して何か知らない?」

「……大丈夫、そろそろ炎の方はガス欠になるから」

「OK. それで、女性のほうは?」

「気絶で」

「わかった。そんじゃ、やるよ」

 

 作戦会議が終わった瞬間、炎ではなく先ほど吹き飛ばした女性が少女に向かって高速でよってきた。それをみて、少年はその侵攻をとめるため、少女の前にたち女性の進行を止める。

 少年は女性の体に触ると、女性は琴線が切れたかのようにその場に倒れてしまう。

 ようするに気絶したのだが、何をしたのか全く理解できていない敵のもう一人は、猛攻を仕掛けてくる。

 しかし無駄な火力戦を挑んでいたため、敵の火力が低下し炎すらなくなってしまった。

 

「よし、逃げるよ!」

「え、どうやって!?」

「こうするんだよ!」

 

 少年は少女を抱き上げる。俗にいうお姫様抱っこ。

少女は自身でも驚くほど、恥ずかしい思いが出てくる。

 

 

「な、なんでこれ!?」

「背負うと腰に負担が来るよ?だから、こっちがいい。

それに人っていうのは、上下と後ろに弱い。だから君が、僕の目になるんだ」

「わかった……ありがと……」

「お礼はまたあとで。家に帰るまでが戦闘だよ?」

 

 そうだと肯定するかのように、付近から銃声が聞こえる。

 少年は何だろうと思い、歩む足を止めてしまう。

少女と少年は気づいた。先ほどの発砲音は、少年を狙ったものだと。

 理由はすぐに発覚する。

それは銃弾が、少年の頭の横20センチで回転を止め空中停止しているからだ。

 

「ふむ。面倒な輩とつるんだものよ」

 

 月に少し雲がかかる。しかし時折のぞかせる光の帯は、その声の主を照らす。

その者は紅いローブとフードを身にまとい、ハンドガンを片手に少年らの前に現れたのだ。

少女は驚愕し呟く。

 

「何で、こんなやつらが……」

「さあ、その本を渡しなさい。さもなければ、君の家や周囲・親しい者全てを排除するぞ?」

 

 老齢な聲を放つその者は、武力を背景に少年を脅した。

少年は横に振り向いて、その老人らしき人物を真正面にとらえる。

 

「そっか……だったら、手加減できないよ?」

 

 少年は自身の目の前に浮遊する弾丸に触り、その者目掛けて弾き飛ばした。

弾丸は向きを変え、再度加速しハンドガンそのものの威力となって、彼を襲う。

 弾丸は老人を貫き、鮮血を地面に大量に撒く。

 老人は腹を抑えず、最後にはケタケタと気味が悪い笑い声を上げ、人間のいろんなものを含んだ全てを爆散させた。

その異常な光景を見て、少年はしばし茫然。

 ついには吐き気が湧いてきて、胃液が溢れそうになる。

しかし少年はうつむいて食道を絞め、吐瀉しないよう我慢する。

 

 凄惨な現場から立ち去ろうとすると、少女が走るようにいった。

 

「早く!ここから逃げて!」

「わかった!」

 

 しかし逃げ果せる事等、到底無理だった。

 腐臭が背後から襲い掛かってくる。

 

「右によけて!」

「大丈夫!」

 

 少女が少年の背後からくる恐怖に、肝を冷やしている中少年は冷静に言う。

 少年が言うように、ある程度すすんだソレは後方で止まり、真っ白な骨となってその場で粉末状となった。

 

 少年は無事に倒したかどうか、後ろを向こうとすると少女は後ろを見ないで家に帰るよう言う。実際後ろでは、老人が散乱させた供物により、奇怪な生物が地面に描かれている魔法陣からぞろぞろと出てきていた。

 後に少年は少女からその状況を伝えられた。もしも後ろを振り向いていたらと思うと、と少年は肝が冷えた。

 

 

 少年は少女と彼女が抱えた本を抱き上げ、自宅に帰ってきた。

自宅とはいえ、ただの学生寮だが。

 

「ここだよ。はい」

 

 少年は少女から片腕を外して、ポケットから鍵を取り出し部屋に入れるようにする。

そして少女を抱き上げ、中に入りちゃんと施錠する。

少年は少女の靴を脱がして、自室のベッドに座らせる。

 

「おなか減った?」

「うん」

 

 少年は簡単な鶏肉料理を作って、ごはんも事前の冷凍を解凍して少女と共に晩御飯を食べた。ご飯の間、二人は静かに食べることになる。

 そしてご飯が終わって、片付けをした後少女と話すことになる。

 

「えと……ありがとう……」

「どういたしまして。もう立てるよね?」

「うん、おかげさまで」

 

 少年は少女の回答に笑みを浮かべると、何か思い出したかのように給湯器の電源を入れる。風呂を沸かすようだ。

 

「親切にしてもらってうれしいけど、このままじゃ確実に殺されちゃう」

「大丈夫。ここにはなかなかできる奴がいるし、君をこのまま住ませられる経済力はあるよ?」

「違う。このままだと、君の親も殺される。私のせいで、あなたのような人が傷つくのは見たくない」

 

 少女がそういうと少年は、少し真顔になるけれどすぐに笑顔になる。

そんなわけがないといって、彼は少女の傷の具合を見る。

 

「とりあえず風呂でも入ってきなよ。服は置いといて、洗うから」

 

 少女は後ろめたいながらも、風呂に入ることになった。

 

 そして少女は初めてのお風呂で、ちょうどよい温度のお湯に浸かりながら今日の事を振り返る。

今までの事、少年に助けられてからの事、湯気の出る美味しい晩御飯の事。

 

「……」

 

 少女はため息をついて、意を決する。

それは今後のためというのもあり、更に現状を打開するための決意でもある。

 そう、彼女は初めてのお風呂だ。

 何をすればいいのか、事前に聞くことを忘れてしまったので、少年に聞くしかないのだ。

 

「あの……」

「ん、何?」

「洗剤ってどれ?」

「あー……」

 

 

 少年は結局少女の体から頭髪を、全て洗ってやった。

風呂にしばらく浸かってもらっている間、替えの服を探し出す。

そして台所で少女が着ていた服全てを、桶につけて手洗いすることになる。

 さすがに細切れに近いボロボロな服を、洗濯機に入れてしまっては何も残らなくなる。

そのため彼は精神を研ぎ澄ませて、きれいに丁寧に洗浄に取り組む。

まさにここが戦場で正念場でもある。

 

「服の着替え方がわかんない」

「はいはい」

 

 少年はまたも少女に手を焼かされることになる。

 

 

 

 少女は少年からベッドを借りて寝る。

 初めてのベッドで健やかに寝入る。

 

 そして翌朝。

鳥の声が耳につきながらも、まだ太陽が出ていない時刻。

 

 少女は起きあがって、リビングにある机の上を見る。

そこにはきれいな服がある。手前に伝言の紙があり、その内容により少女は自分の服だとわかった。

 手にもって広げてみると、有り合わせの材料で組み合わされていながらなかなかのデザインである、元自分の服に感嘆のため息がでる。

更に冷蔵庫の中にある、そのパンと一万円札を手に取った。

 少女はパンを片手頬張りながら、机の上にある肩下げバッグにはいった本を見る。

 パンを食べた少女はソレを肩に下げ、気持ちよさそうにソファで寝る少年のそばに行く。

そして一万円札を、彼の目の前に置く。

 このまま立ち去ろうとしたが、少し悩み結局何もしないまま玄関口に立つ。

 

「じゃあね」

 

 少女は靴さえも直されていることに驚きながらも、彼女は彼の下から去った。

このままいると、巻き込んでしまうというのもあるが、本当はずっとその環境に甘えてしまう。そんな恐怖感があったから、少女は少年の下を疾く去った。

 少女は目的もない旅路であるが、何物にも渡さないことが最高の世界貢献だと思いながら、この学園都市をかけていった。

 

「はあ、少しは聲をかけていけよ……まあ、いいけどさ」

 

 眠そうな顔をして、目を開ける少年。

 実は寝ていたわけじゃなかった。そのまま反応を見たいがため、朝方までずっと起きていたのだ。おかげでうれしそうな少女の顔を見れただけで、少年にとってご褒美だったようだ。

 

 




 続きません。多分。

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