とある禁術の魔道秘法   作:名無しの権左衛門

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「ん……ぅん…… ここは……?」

 

「病院だよ、インデックス」

 

 ここは早朝の病院。

 ベッドに寝ているのは、イギリス清教のアークビショップなる人物に呪いをかけられた禁書目録[インデックス]という少女だ。

昨晩彼女はその呪いを破壊した代償として、大きなけがを負ってしまった。そのため今現在、彼女に今の場所を伝えた青年が看病していたのだ。

 

 青年は彼女の事を、同じイギリス清教所属兼同僚の男女二人組に聞いた。

 一人は男性で、赤髪長躯のルーン文字使い、ステイル=マグヌス。

もう一人は女性で、長髪黒髪前衛的服装が特徴、太刀使い神裂火織。

 

 彼らはインデックスにかけられた、一年毎に記憶を消さなければ脳破壊が発生し死に至る呪いについて、保護者になってしまった青年に話す。

この事により―――いや、青年に出会ってしまったことで、全ての歯車が狂ってしまったのかもしれない。

 二人組の男女は、昨晩の出来事により今までの確執に終止符を、青年により打たれたのだ。

 そう、呪いが解け事だ。

 

 これに関して、神裂火織は表情から読み取りにくい感謝を、ステイルからは“僕が解除するはずだった”と憎まれ口を叩かれる。

それでも二人の語気は、とてもうれしさに塗れているように感じた。

 

 昨晩の解呪行動から、インデックスが非常にまずいこともあったりしたわけだが、今は平穏を取り戻している。

 その証拠として、今青年の目の前にいる少女であり銀髪シスター禁書目録[インデックス]は、その眼を開いた。

 

青年は昨晩に起こった魔術的ダメージを深く負っていない事に、安堵を胸に抱く。

 

「ぇと……?」

「どうした、インデックス?」

 

 

青年は少々沈黙した。彼女から、元気の一声が聞きたいのだ。

 病院に送り届けても、治療だったり代えの服を取りに帰る為、家に一度帰宅した。その時自宅で感じた静寂に、青年は一抹の寂しさを覚えたのだ。

 

“ただいまー”

“おかえり、とうま!”

 

 二日ほどでしかなかったその生活は、青年にとって日常に明色を取り込んだようで、今までにない高揚感を味わった。

 

 

「あの……」

「ん?」

 

 青年は焦らされるが、彼女の元気な帰還の宣誓のためしばらく我慢する。

だが……一向に話しかけてこない。青年の心にちょっとした不安が募っていく。

 

 

 そう、それは昨晩、魔術的ダメージも含め、男女二人から聞いたことが頭をよぎった。

 

“竜の息吹[ドラゴンブレス]の術式にある、魔力の塊である羽に埋もれていました。早く、お願いします”

“わかりました。――の病院に運びますので、そこへ来てください。たらいまわしの心配はございませんので、ご安心を”

 

“魔力の塊?羽?”

“貴方の右腕だと消えますが、あれは外的損傷を与えぬまま内部損傷を与えます。術者は自滅しないはずなのですが、念のため話しておきます”

 

 昨晩の顛末にて、羽がインデックスの上にかかったことがある。それは彼女が使った魔術という魔法に近いもので発生した、演出でもあり防御結界でもある。

棒立ちの術者のために用意されたとか、されていないだとか。

 とにかく青年の右腕に宿る、異能の力・現象を消し破壊する幻想殺し[イマジンブレーカー]によって、その羽はすぐに消え去った。

 

 

 すぐに消したはずだ。

 

 術者が自滅するはずがない。

 

 だが発動したのは、術者ではなく呪いによるシステム。

 

 守るべきは、禁書目録の記憶。

 

 ならば、この反応の遅さは何だ?

 

 いたずらならば、まだかわいいが、この素のような反応は何なんだ?

 

「なあ、インデックス―――」

 

「ねぇ―――」

 

 青年が口を開こうとしたとき、インデックスが口を開いた。それに伴い、青年はくちを閉じる。

 

 

 

 

 

「あなた、だれ……?」

 

「ッ!?」

 

 

 

 時が止まったようだった。

 それと共に、青年は目の奥から、何かがにじみ出て表にあふれ出そうになった。

しかし目を力強く閉じ、深く我慢する。

 

 

「っ、ぁあ、いや―――」

 

「何で、泣いてるの?」

「ち、違うんだ……そう、あれだ! う、うれし涙ってやつだよ! ちょっと、先生呼んでくるな!」

 

 

 

 

青年が背中を向け走り出そうとしたとき、インデックスの声が聞こえた。

 

 

それはどんな音よりも優先して聞こえ、青年をその時間と空間にくぎ付けにする。

 

 

 

「――――っ!!」

 

 

「ッ!? インデッ―――」

 

 

「ただいまっ! とうまっ!」

 

 

 インデックスは体を起こして、青年―――とうま、上条当麻に微笑んでその声を伝える。

決して大きくはない声。しかし青年上条にとって、これ以上の声はいらなかった。

 

 

 

 

 青年上条は踵を返して、インデックスに抱き着く。

 

「インデックスッ! 心配したんだからな!?」

 

「ごめんね、とうま」

 

 インデックスは聖母の如く、その雰囲気で彼を包み、彼女自身も上条を抱擁する。

 

 

 

 しばらくして、目元を少々赤くした青年は、顔を洗って先生を呼ぶと言って外へ出ていった。

 

 

 

 そして、インデックスは体を震わせ、青年上条に見せなかった涙を流し始める。

 

 

「違う……違うんだよ、とうま。 貴方が知ってるのは、以前の私で……今の私は、あなたの名前しかしらないんだよ……ごめん……ごめんね、とうま……あなたを悲しませたくなかったから……」

 

 

 ばれたときの顔。そう、彼が見せた悲壮の表情を見れば、どれだけ彼が苦しんでしまうか……。それは容易に想像できてしまう。

唯一彼女に残された言葉、『上条当麻』。これは彼女にとって、最大の枷になってしまったようだ。

 

 

 数分後、扉からノック音が聞こえる。これを聞いて、インデックスはすぐに裾で涙をぬぐい去る。少しでも動揺を隠さないといけないと思ったのだろうか。

 

 しかし主治医である本人は、確実に全てを把握している。その行動は、全く意味がなかったのだ。

 

「君。嘘をついたのかね?」

 

「っ……うん」

 

 インデックスはその幼い瞳を揺らして動揺するも、すぐにその言葉を肯定する。

 医者、まあ彼は特別な医者なのが、彼にとってこれくらい造作もない。

 

「正直言って、長年医療研究に従事してきているけど、記憶障害にこういう事例は極めて珍しいね? 外部から干渉を受けない限り、絶対にありえないと思ったんだがね? そこらへんに、記憶はないかね?」

 

 インデックスは頭を横に振る。それを見て医者は一息つく。

 

「とにかく、彼の名前を知っているのであれば、まあ問題はないね? それに脳自体に損傷はないから、今まで通り生活できるよ。 一応今すぐにでも退院できるけど、どうするね?」

「それは……とうまと決めるよ」

 

「そうかね。では、お大事に。 あと、朝食は食べていくようにね?」 

「うん、ありがと」

 

 大食いの彼女でも、こんなときは少食に――ならなかった。

 普通に全てを完食できたのだから、インデックスはこれから新たな人生を歩んでいくだろう。

 

 

―――一方、病院の外では、上条当麻は少年と少女と出会う。

 

「やあ、当麻」

「よっ、隆馬。昨日はお疲れだったな」

「当麻こそ、疲れが取れ切っていないようだけど?」

 

 少年こと隆馬は、当麻の目を凝視する。花粉症やドライアイもないことを、当麻から聞かされている隆馬は状況との照合を行い、その目の充血は泣いたことを意味していると判明させる。

 

「えーと、隆馬さんのお隣にいる女の子は、だれなんだ? もしかして、隆馬の」

「違うよ? 事情がなければ、声はかけたいね。面倒だけど」

「面倒なのかよ!?」

 

 一時積極的だなぁ、と上条は隆馬の意外な面を聞いた。と思ったら、ただの面倒くさがり屋だった。

 

 

 立ち話もなんなので、この病院にある広場のベンチに座る。早朝なので若干寒いくらいだ。それに人影も少ない。これからの話をするには、絶好のチャンスだ!

 

「インデックスは大丈夫だ。俺の名前、ちゃんと言えてたしな!」

「へー、それはよかったじゃん。これから、インデックスと楽しい同棲、同居生活が待ってるぜー。いやぁ、うらやましいなあ!」

「隆馬も俺と同じだろうが」

「家計と経済力が違うんだよ?」

「ごめんなさい。まじ許して、このとおり!」

 

  男特有のノリで会話を進める。上条が謝罪しているが隆馬にとってこれくらいで、友情云々が揺らぐことはなく、今まで通り支援はしていく所存である。

 

 

「えーと、いい加減私も話の輪に入れてくれてくれないかな?」

 

 

 上条当麻が隆馬の左手側にいるならば、少女は隆馬の右手側にいる。

 この発言でようやく、男二人の意識が少女の方へ向く。

 

「ごめんね、忘れてたよ」

「忘れないでよ……」

 

 あははと苦笑いをする隆馬は、ベンチから立ち上がり上条の視界を妨げないようにする。

これによって上条は右を向くと、少女を視認することができる。少女にとってもそうだ。

 

「この子とはちょっとした縁があるんだよ。でも、名前は知らないんだ」

「名前を知らない? だったら、教えてもらえばいいじゃねぇか」

 

そういうと少女は少しうつむくが、顔を上げて上条の方へ向く。

 

「実はね、私、名前がないのよ」

「え」

「正確には、名前を思い出せない」

 

 上条の呆気にとられるような表情に、少女は後ろめたさを感じる。基本の接点はなく、関係自体もないに等しい。

それでも昨晩、お互いに命をかけて敵を相手に死闘を演じた仲だ。そういう事もあって、少女はこの状況に愛想笑いを浮かべるしかない。

 

「そんなわけあって、これからこの子の名前を決めたいと思います」

「唐突だな!ってか、三人で決めるのかよ!?」

「え、だめ?」

「俺より、この子に聞けよ」

「いいよ」

「いいのかよ!?」

 

 突然の名前を決めるという大切な行事に、参加者が三人しかいない。しかも本人はそれを認めてしまった。

 

「でも、つけるならそれ相応でお願いね?じゃなかったら、ぶっ飛ばす」

「うん、わかってるよ」

 

 少女の脅すような目を向けられる隆馬は、全く意に介せず受け流した。上条もこれには冷や汗だ。

 しかしいざやろうと思っても、いい考えが浮かばない。

 

「よし、駄目だね」

「よしじゃねえよ!?」

「じゃあ、『狭間の書』ということで、LINEにしよう」

「どういうわけだ!?」

「流石にラインは直球過ぎ」

 

 ですよねーと上条も同意する。だが関上げた本人は、これでごりおそうとする。

 

「あー、だめだこりゃ。じゃあ、中間として、『リーネ』でよくないか?」

「安直じゃない?」

「隆馬よりましだと思うぞ?」

 

 隆馬は異論を唱えるが、上条に呆れられた。またこの提案によって、少女の名前がリーネになりました。これにより、名前不明が解消されることになる。

 

「これで謎の文学少女の名前が決まったね」

 

 肩下げバッグに、『狭間の書』を入れて持ち歩いている少女は、リーネという名前を小声で反芻する。LINEからじゃ到底たどり着かない、自分自身の名前ににやけ顔が止まらない。

 

「それじゃ、私はリーネってことで、よろしくね」

「よろしく」

「よろしくな!」

 

 名前も決まったちょうどその時、イギリス清教の神裂火織とステイル=マグヌスが、この病院に到着した。彼ら二人を発見した隆馬は、上条とリーネを連れて二人を出迎えることにんする。

 ステイルはまだしぶしぶといった感じだが、神崎に関しては友好的に彼ら三人を迎え入れる。

 

「貴女の名前は『リーネ』になったのですね」

「ええ、よろしくね」

「よろしくお願いします」

 

 神崎の表情は昨日と打って変わって、無表情ではなくそこらの一般人の様に普段通りの分かりやすい表情を見せてくれた。

 

 さてこんなところに二人が来たのは、インデックス絡みというのと隆馬と上条の今後の扱い方になる。

 

 

「上条当麻。貴方はインデックスの保護者として、責務を全うしてもらいます。

隆馬もリーネと『狭間の書』の保護者として、認可されました。

二人とも重大な責務を負っていますので、死ぬまで守ってください。もちろん紳士的にお願いしますよ」

 

「おう、任せとけ!」

「そうだね。騎士が居ないと、夜も眠れないね」

 

 ちょっとした沈黙が訪れる。それに対して、リーネが少し笑う。リーネが笑ったことに、隆馬が慌ててどこがおかしかったか聞くが、リーネは教えてくれなかった。

上条は全く分からずの様子。しかし神崎とステイルは気づいたようだ。

 神崎は口元を緩め、ステイルはため息をつく。

 

 さて、ひとしきり話した後、この病院の広場からインデックスがいる病室へ向かう事になる。さすがに当事者だけで済ますのも、疎外感を与えてしまうかもしれないから、顔みせと決定を教えに行こうということになった。

 この事を提案したのは、他でもない隆馬だ。

 少年は、顔合わせせず上条の家に訪れ、インデックスを一目だけみて立ち去ろうとする気満々な彼らを、引き留めた。仕事ならばどんな状況や状態であっても、確認しインデックスの保護を引き継ぐことを伝えるべき、と。

 

 

 実際に仕事の事を口に出されたので、責任感がある神崎は逃げ出そうとするステイルを呼び止め、病室へ行くことを隆馬達にいう。

 

「では、行ってまいります」

「応!俺たちは、この階のロビーにいるからな」

「済んだら言ってね。次は僕らの番だからさ」

「何があっても、彼女を否定しないで」

 

「はいわかりました」

 

 気遣いMAXな三人に、神崎は微笑んでステイルを強制連行する。

 さすがに病室前にくると、ステイルも覚悟を決めたようだ。

 

 リーネに促されたように、否定だけはしない。いや、それはずっと前からあった。

寧ろ受け入れる。今までそうだったからだ。警戒心とか、仕事とか、そんなのどうでもいい。

この世界で信頼できる友人として、これから歩めるように努力するだけだ。

それが上条当麻に全てがひきつがれようとも、決して変わりはしない。

彼女の世界を守るには、それは最善の一手なのだから。

 

「いきますよ、ステイル」

「ああ。可能性はゼロじゃない。どんな事だろうと、僕は受け入れる準備はできている」

 

 ステイルの打って変わった表情と覚悟に、神崎も覚悟を決めドアをノックする。

 

 

「どうぞ」

 

 

 インデックスの声が聞こえ、二人はその世界へ入る。

 

 

「失礼します」

「失礼する」

 

 お互いに部屋に入るとき、名前は言わなかった。そうしたほうが、覚えているかどうか確認しやすい。

 神崎は面接者が座る椅子に腰かけ、インデックスと対面する。

 ステイルは神崎の後ろで立ちっぱなしだ。

 

 

 

「えと、二人とも、元気みたいだね……二人の顔を思い出せないけど、凄く懐かしいよ。

きっといろんな世界を、旅してきたんだろね……それで」

「もう、何も言わないでください、インデックス」

「あの、えと……」

 

 神崎は俯く。覚悟はしていたが、やはり胸にくるのだろう。

 ステイルも苦虫を噛み潰したような顔になり、自身の非力さを悲観する。

 二人が徐に表情や態度を示したことに、インデックスは自分が如何に二人にとって大事な存在なのかを痛烈に感じ取ってしまう。

 

 

「ごめんなさい……私、思い出そうとしても、何一つ……思い出せないんだよ……!」

 

 神崎は顔を上げ、インデックスを見る。

 よく見ると若干目が赤く充血し、頬には涙を流した痕跡があった。これはきっと先ほど面会したという上条当麻も、きっとどうにかして切り抜けただけなんだ、と神崎は思う。

 インデックスの様子を見て、先ほどの上条の喜び方について少し違和感がでた。

しかし、いや、人の機敏に聡い上条が、彼女の異変に気付かないわけがない。

 

 

「インデックス、大丈夫です。どんなにあなたが、私達の事を忘れようとも、私たちがあなたの事を覚えています。それに、私たちは友達ですよ? これから思い出を作っていけばいいじゃないですか」

「ごめんね、よろしくね……えっと……」

 

 インデックスは自分のために涙を流し悔しがってくれ、しかも友達だって明言してくれた彼らを愛おしく感じる。だから、離れるのではなく、むしろ近寄っていこうと心に決めた。

だから名前を知りたい。早くその名で呼びたい……友人として、これから仲良くなっていこうと努力する。

 

「私は神裂火織です。後ろの彼は――」

「僕はステイル=マグヌス」

「――です」

 

 ぶっきらぼうなステイルの自己紹介に、神崎は苦笑いする。ステイルにインデックスが目線を合わせると、少し微笑んだ。神崎もいつもの事として、明るくインデックスに紹介する。

 

 インデックスは二人も相当仲がいいという事も確認できた。これで新しく、三人で思い出を作ることができると確信した。

 

 

「よろしくね、火織! ステイル!」

「よろしく、インデックス」

「ああ、よろしくな、インデックス」

 

 

 

 

 こうして三人は新たにお互いの事を確認して、絆を確かめ合った。

そして何故このような経緯になったのかは、あとで説明するので今は隣人住人であるもう二人の友人と話してくれるよう、神崎はインデックスに頼む。

 インデックスは上条当麻・神崎・ステイルのほかに、大切な隣人がいる事を知らされ驚く。

 

「隣人?」

「上条によると、貴方はその隣人の方に、ごはんを沢山もらっていたとか聞いてます。

そして最近の一番の話題だったのですよ」

 

 友人になっても敬語が抜けない神崎に、インデックスは苦笑いではなくこういう人なんだとおもって、ただただ笑顔になる。そしてその神崎の言う記憶消失以前は、友人でなくともただの隣人にご飯を貰っていた事に対して自身の食欲に驚いていた。

 

(あれ?私って、結構大食いだったんだ)

 

 そうだ。まさか、そのことを記憶消失後に、自他共に認めるとは、なんとも悲しいこと。

本来は供物の意味での贈り物なのだが、エンゲル係数やら家計やらが大変な上条にとって、それは二の次の問題なほどうれしい供え物だった。

そう、泣くほど。

 あの不幸に見舞われる上条が、その供物と皮肉やら毒舌やらを込めた言葉を喜んで受け入れるほど、インデックスは色々負担になっていた。

 

「火織。私って、そんなに隣の人に頼ってたの?」

「食料の面で、頼ってた?のかもしれませんね」

「だが、君はそいつの作る料理を、喜んで食べていたぞ?」

 

 記憶消失によって、いろんな出来事が消えたインデックスにとって、それはシスター像を破壊するのに充分であった。普通は支援する側が、支援されていたのだ。

しかも住んでいるのは、料理を持ってきてくれている隣の人ではなく、上条当麻の部屋。

 インデックスはそれによって、顔を真っ赤にする。恥を知ったインデックスは、あとで入って来るその人に最大の感謝としようと、心に決めた。

 むしろこれで感謝しないのは、人間性に劣っているということを認めてしまうからだ。

 

 

 神崎達が出て行って数分後、ノックが聞こえる。

インデックスは入室許可を、声に出して言う。

 

「―――ってことだから、上条はちょっと待ってて」

「いやいやいや、インデックスにそれは―――」

 

 ピシャ。

 ドアを自動ではなく、自力で閉める少年と事前に入ってきた少女。

 

 

「ふう、心配性だなぁ」

「しょうがないと思うんだけど?」

「そだね。 それじゃ、話そうか」

 

(あれ? 隣の人ってこの人なのかな。 雰囲気が柔らかいかも)

 

 

 眼前に来た少年は、来客用のいすに腰掛ける。少女ももう一つある椅子に座る。

 

「やあ、初めまして、インデックス」

「初めまして、インデックスさん」

「!」

 

(落ち着いて。あのお医者さんに聞いてる可能性はないと思う。だから、これは火織かステイルが二人だけに話した事だと思う。だから、警戒心を緩めて……)

 

「初めまして。 えっと、火織にきいたのかな?」

 

 

 インデックスは表情にあまり出さないで、質問をして聞いてみる。きっと火織か、確率は低いだろうけどあのお医者さんに言われたんだと思う。

そう思いたい彼女。

 そう思っているのに、眼前の二人は呆気にとられる。しかしすぐに少年の方が、微笑みだす。

 

 

「何いってるの? 誰に聞いたわけじゃないよ?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、インデックスの表情が明らかに悪化。なぜ知っているのか、疑問とともに上条当麻にその事を言ってしまっている可能性が……。

 インデックスはすでに一度死んでしまっているのも同然。

なにせ記憶消失というものは、過去の経験や知識を全て皆無と化し、連日の連続性を虚無にする現象だ。だから、これを正義感が強く、人一倍に人の痛みを知っているであろう彼に、それを知られてしまえば、自分自身を大きく傷つけるのではないだろうか?

 

 そのようにインデックスは、驚愕の表情を表に出した後、彼らをにらみつける。

 

 

「あれ、まずいこと言ったかな?」

「まずいのも、当然でしょうが。私から行くから、ちゃんと黙ってて」

「わかったよ」

 

 少年は身を引いて、少女に場所を明け渡す。

次に近寄るのは少女の方。さすがにインデックスも、謎の集団に感謝するほど馬鹿じゃない。むしろ恩を売って、当然その対価を受け取ろうとする悖逆の二人組なのかもしれない。

 そんな悪に対してとる措置は、口を閉じ無言を貫き情報を与えない事。

 何か発生すればこの病院の事だから、すぐに警察機構が駆けつけるに違いない。そうでなくとも、看護婦さんがこの場に駆け込むかもしれない。

 

 

「あーもう!隆馬のせいで、聞く耳を貸してくれないじゃない!」

「それって僕のせいなの?」

「そうだから。はぁ……。この場はもう無理だから、皆が居るときに話しましょ」

「えっと、ごめんね?」

 

 何をしたいのかわからない彼らに、インデックスは困惑する。

 

「とにかく、自己紹介するね。僕は隆馬だよ」

「私はリーネ。 変な誤解を生んでると思うけど、安心してね。寧ろ、狙われる側だから」

 

 そういって肩下げバッグの中に入っている、原典『狭間の書』を軽くたたいてインデックスにどういう立場か教える。インデックスはそれを見て、リーネに対してだけ哀れみの目を向ける。

 

「リーネ……」

「大丈夫。インデックスさんだって、上条君に守られてるでしょ? まあ、私はこの感性ずれまくってるバカに厄介になってるけど」

「それを直接他人から言われるのは、すっごくつらいわー」

「だったら、主導権をこっちにさっさと渡しとけ、バカ」

 

 がくんと項垂れる隆馬を後目に、リーネは同じ境遇の人物としてインデックスの心に迫る。このおかげで、リーネはインデックスに少しだけ信頼された。

 

「隆馬。紹介できたから、皆を呼んできて」

「ねえ、ぞんざいな扱いになってない?」

「感謝してるけど、それとこれとは別! はい、行ってくる!」

「あいよー」

 

 そういって立ち上がった隆馬は、病室外にでてロビーへ向かっていった。

また間髪入れず、リーネはインデックスの耳元で囁くように言う。

 

「インデックスさん、なんで記憶消失がわかったのかは、昨晩起こった戦闘に発生した魔法陣を解析してわかったわ。それと上条君に、この話はしてないしあのバカ隆馬にも話してないから。あと隆馬は、本当に誰にも聞いてないから。ただの振りだから」

 

 小声で最小限につぶやくには、そんなに大それたことではない。

 だがインデックスは、その吹っ掛けに容易に引っかかってしまったことに歯噛みする。

この事でインデックスは、隆馬にちょっとした憎悪を持つことになるが、子供の怒りに等しいので徐々に霧散していくだろう。

 

 

 

 

 

 少ししてノック音が聞こえ、インデックスが入室許可を出す。

 入ってきた上条当麻・神裂火織・ステイル=マグヌスは、隆馬を置いて其々椅子に座った。

隆馬だけは空気椅子で座っている。

 

「辛くねぇか?」

「全然?」

 

 

 さて……役者がそろったので、昨晩の事をインデックス以外が補完しながら再確認していく。インデックスについては、面接が終わった神崎が、上条に昨晩の戦闘の模様だけしらないことを伝えた。

 

 

“面接しましたが、インデックスは昨日の戦闘の儀式とあの形態の時だけ、記憶が全くないようです”

“やっぱり、そうか……”

“はい。そこで、隆馬と共に何が起こったか確認しましょう。もちろん彼女の病室で”

“OK、わかった。俺もリーネ達の事を知らないといけないからな”

 

 

「というわけで、昨日の事を結論として言いますと、儀式発生、インデックスが暴走、空鬼という怪物が暴走、教団に逃げられたということです」

「あと、『狭間の書』と『原典図書:禁書目録』がコピーされたことですね」

 

 

 

「それだけじゃない。あのクソジジイ、コピペどころかインデックスの記憶まで消しやがった」

 

 

 

「「「は?」」」

 

「記憶消去? 何言ってんだよ……インデックスは、俺の名前、ちゃんと言ってくれたぜ?」

 

「そっちじゃない。『原典』の十万三千冊の99%がコピーと共に、消されているの」

 

「なぜ、君にそんなことがわかる」

 

「魔法陣の読み取りと共に、クソジジイがあと3%のところで撤退しなければならなかったことを、隆馬から聞いたわ」

 

 

「じゃあ、なんだよ。また、インデックスがあの訳分からねぇ奴らに、攻撃されて攫われるっていうのかよ!? ざっけんじゃねえぞ! イギリス清教が絡んでやがんのは、知ってんだ! なあ、神崎、ステイル! あいつらをなんとかできねえのか!?」

 

 

「アレはイギリス清教とは違う、完全に派閥以前に宗教が違います! どうにもできません」

「じゃあ、指くわえてみてろってか?! くそが。どこのどいつかわからねぇが、自分の思い通りに進むと思ってやがる。 そんなクソッたれな奴らの幻想、俺がぶち殺す……!」

 

 

 上条は怒りながら、拳同士を合わせ音を鳴らす。

 

「とにかく、コピーは例の加齢臭がしまくる赤の教団にあるわ。隙を見て、そのコピーまたは魔法陣をインデックスに見てもらいましょ。基本的にああいう原典魔術は、原本文章をそのままの意味で使って、魔術的意味合いを複合させたその副作用で効果を発揮するから」

 

 

 こうしてリーネ進行役の下、上条達は対策を練っていく。

 またこの時隆馬が、インデックスの記憶を埋めるため、数日間に起きたインデックスと上条の間に起こった出来事を話していじりまくった。

 このことに上条は、何しゃべってやがる!、と突っ込みながら隆馬を攻撃する。さらにこの事から赤裸々な事情がばれた為、神崎やステイルに攻撃を受けてしまうが、悉く能力で無効化された。

 

 おかげでインデックスは、当時の状況と自分の性格との整合性を確かにし、上条から何か反応を求められたりしても普段通りに返すことができた。

またリーネもインデックス達の日常を、隆馬たちから得られる情報で様子を知ることができたし、知らない性格を垣間見ることもできた。

 

そしてそのまま数時間が経過した……。

時刻は十二時。

お腹が減ったという事もあって、インデックスを退院させてファミレスでごはんを食べることになった。資金に関しては、イギリス清教持ちなので問題はない。

 インデックスは気化された話の通りにして、上条に違和感を持たれないように頑張った。そしてそれに尽力する隆馬とリーネ。上条はそんな二人のフォローにより、記憶消失に気づかないまま過ごしてしまう。

 

 そして今回の事により、インデックスは上条との会話等のテンポを覚えてしまった。これによりこれ以降上条自身が、インデックスの記憶消失の事実を知る事は自力での発見は不可能になってしまった。完全記憶能力者であるインデックスに、日常の模倣は容易にできる。

それはプロや勘では、どうにもできなくなってしまったようだ。

 上条はインデックスの彼に対して、ばれないかどうかの気遣いを気づかないまま過ごし、ステイルと神崎と友情を結ぶことになる。

ステイルは太々しく、上から目線のなってやろう感が強い。だが神崎とインデックスのおかげで、上条と友人になる道を選ぶしかなかった。

 

 彼らの様子を遠くから見る隆馬とリーネ。

実に近くでも疎外感を感じる二人は、二人なりにお互いを知る機会が与えられたため、二人の関係が進展することになる。

 

 

 

「そんじゃ、今日インデックスは神崎達と行動してね。これからは上条と一緒にすごすから、学園都市の娯楽がある学区で楽しんできなよ」

「色々あったが、すまないな。楽しませてもらうよ」

 

 ステイルはそういって、神崎と共にインデックスを両脇から挟んで手をつなぎ、その学区に向かって歩き始めた。

それを無言で見送る。

 

「そんじゃ、上条……戻るよ」

「ああ。あいつらも、インデックスと一緒にいたいだろうしな」

「そりゃそうさ。昔ながらの友人だもの。これからだってそう。上条だけの占有者じゃないのさ」

「わーってる」

 

 会話に入れないリーネはため息をついて、二人の後を追う。

 

 

 

 

 だが、この歩き出した時公衆面前で隆馬に向かって、多量の雷撃や火炎が飛びかかった。周囲に爆風が立ち込める中、彼らはどうなってしまったのか。

 

 いや、それはいわずもながら、上条が右手を前にして立っている。

その目は怒気に塗れ、この行動に出てくる人物に対して憎しみを抱く。

 

 

 そう、その者の歩みは、三人の日常の逸脱を如実に表すものであった。

 




10/12朝9時から、10/13 6:24に書きました。
できたてほやほやですよ。

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