やはり俺は青春ラブコメがしたい。 作:ルマンド
007
翌日。
雪ノ下に宣言した通り、俺は彼女が所属する国際教養科に探りを入れた。
流石、普通科とは違って英語と文化理解力に力を入れている学科だけあってとっつきにくい、あるいは変人らしき人間が多く見られたが、それでも訊いたことや噂なんかについては気軽に、気さくに、やや分かりづらい言い回しで教えてくれた。
そうして分かった事実は二つ。
一つ、雪ノ下に関するチェーンメールは彼女が所属するクラス内でしか回っていなかったこと。
二つ、雪ノ下は既に一部の人間を魅了していたということ。
後者の説明は省くとして、一つ目の情報で俺は大方、八割、藤沢真紀が今回の事件の首謀者であると判断した。出回っているチェーンメールを受け取った生徒たちに見せてくれないか、と頼み込んだところ躊躇や戸惑い、驚愕の色を見せなかったからだ。まるで、雑誌を見せるような気軽さでメール画面を見せてくれた。つい数週間前まで中学生だった子供が、自分の悪事を追跡する男に驚かない、あるいは戸惑わないはずがない。過酷、または凄惨なトラウマがあったり、幼いころから役者を目指して猛特訓していたりした場合を除いて。
送られた生徒たちの共通の人物が藤沢真紀だった、というのも判断材料だ。動機は色々と思いつくが、今は割愛しよう。
授業終わりの放課後、昼とは打って変わってやや暗い青空が晴れ渡っている下の屋上で、俺は一人の女子と対峙していた。
現状、最も疑わしい藤沢真紀だ。勘違いされないように言っておくが、俺が呼び出したわけではない。そんな大胆さは持ち合わせていないし、そんなことをしたらあっという間にクラス中の話題を引っさらってしまう。彼女もそれを考慮してか、靴箱に一通の手紙を入れて俺を呼び出した。一瞬ラブレターと勘違いしたとか、心拍数が幾らか上昇したとか、周りの目を気にしたとか、そんなことは一切ない。ホントに。
フェンスに寄りかかる藤沢に、俺は「で?」と切り出す。
呼び出された理由についてはチェーンメールの件八割、告白一割、その他俺の考えが及ばない話一割だ。
「……チェーンメールのこと、聞きまわってるって聞いたんだけど? どうして?」
「雪ノ下に解決を頼まれたから」
俺の言葉に藤沢は反応する。大きな挙動はないが、目線が不自然に動き、髪を撫で始めた。どうやら小心者タイプらしい。行動はするが、揺るがぬ信念はなく、ちょっとした揺さぶりにも反応してしまう。
「もう終わりにしよう。人の噂も七十五日だ。メールの送信がなくなって、お前自身が話題を出さなければこの件は終わる」
「私がやったみたいに言わないで!」
「頼むよ藤沢。俺に追い詰めさせないでくれ」
「……なによ、あんたも結局雪ノ下に好かれたいだけのくせに。どいつもこいつも雪ノ下雪ノ下って……!」
俺が得た情報の中に、藤沢真紀が中学生時代から付き合っていた男が雪ノ下に惚れ込んで破局した、というものがあった。今回の件もそれに由来するものなのだろう。雪ノ下に仕返しがしたい、見返したい、自分の方が優れているということ証明したい……。どんな感情があったかは定かではないが、そんな彼女が思いついた方法がチェーンメールだったのだ。
手軽に、手っ取り早く、着実に雪ノ下をクラスから孤立させる方法。孤立させることで、グループに囲まれている自分と比べて優越感にでも浸るつもりだったのか……。だが、誤算があった。そもそも雪ノ下が孤立気味だったことだ。
容姿端麗、頭脳明晰、お淑やかで、気品に溢れていた雪ノ下は既にクラスで近寄りがたい存在として扱われていた。その様はまるで小学校時代から変わっていなかったが、それは置いておく。
更に誤算だったのは彼女、雪ノ下は自分に敵対する者には容赦がなかったこと。それが例え根も葉もないチェーンメールだったとしても、敵対と見なして徹底的に排除しようとする。
だからこそ俺は藤沢真紀とこうして屋上で相対していた。雪ノ下に任せれば間違いなく、絶対に、見るのも聞くのも嫌になるようなエグイ追及をすることに相違なかったからだ。
「諦めろ、藤沢。お前は雪ノ下には勝てない」
「なっ……!」
「深く考えすぎだ。所詮高校生活の三年間、勝てない人間と一緒ってだけで、大学生になって、いつか社会人になれば笑い話になる。あんなすげー奴がいたんだってさ」
そしてその頃には。
雪ノ下雪乃の名前など――顔など、忘れているのだろう。
それでいい。いいはずだ。そもそもこんなことに暗い感情を抱くことが本来的に間違っている。
「なによ、それ……」
「お前だって分かってるんだろう? 認めたくないってだけで」
「それは……」
「俺が最終ラインなんだよ。ここから先は地獄だぞ」
雪ノ下が出張ってくれば、うんざりするような理詰めが待っている。そんなことをされれば大抵の人間は、ましてや雪ノ下を嫌う藤沢がそんなことをされれば、鬱、不登校、最悪のケースもあり得る。考えすぎなのかもしれないが、人間とは儚くも脆い生き物なのだ。身体的な意味でも、
行動には責任が付いて回る。俺の制止を振り切って藤沢が雪ノ下に挑んだのならば、例え最悪のケースに陥ってもそれは藤沢の責任だ。俺は同情しないし、気にかけもしない、当然の結果だと斬り捨てるだろう。しかし今、もしも俺の行動でそれらが未然に防げるのならば、俺は行動する。行動すると、決めたのだ。数年前、悲しそうな顔をして教室に戻る幼い雪ノ下雪乃を見てしまったあの瞬間から。
「どうするかは任せる。警告はしたからな」
「……」
沈黙を保つ藤沢を見、俺は屋上のドアノブを捻る。と、そこで疑問がわき上がった。
「どうやって屋上に入ったんだ? ここ立ち入り禁止だろ?」
まさか俺のように鍵をパクってきたのか?
「……横の窓から。鍵、壊れてるの」
そう言われ、俺はチラッと出入り口の横側に顔を覗かせる。確かに丁度人一人分くらいが通れそうな横窓がついてる。
なるほど。細い女子ならば通れそうだ。帰る時はドアに鍵を掛け、また窓から校舎に侵入するわけか。藤沢が唸りながら窓を通り抜けようとしている光景を想像して笑いそうになるが、それを堪えて屋上を後にした。
008
「それで結局、藤沢が折れた訳か」
翌日の放課後に奉仕部部室、という扱いの教室に事の顛末を聞きに来た平塚女史はそう言った。
「ええ。メールの送信はなくなって、雪ノ下の話題を避けるようになった。いずれ全て過去になる」
「犯人捜しだけを望んでいた雪ノ下からはなにか言われなかったかね?」
「特になにも。二度とこんなことが起きないとは言い切れませんけど、そこは人間の善性を信じましょう」
そう、なにも言われなかった。
雪ノ下がこの一件に対して望んでいたことは、犯人を探し出し、徹底的に潰すことによって二度とあんな事態に発展しないようにする土壌消毒じみたことだった。俺もそのことを重々承知していたし、だからこそ事後報告の際に小言の一つでも言われるかと思ったのだが、返されたのは涼しげな、いつものトーンでの、「そう」だけで、他にはなにも言われなかったのである。
「……善性、善性か。君が信じているのは人間の善性ではなく、諦念じゃないのかね」
平塚女史の言葉に、俺は硬直した。まるで心臓を鷲掴みにされたような緊縛感が全身を襲う。
「今回の一件で確信したよ。君は諦めこそが人間の本質だと、
……人生とは折り合いの積み重ねである。
折り、折られ、折り折られ。そうやって人の道は成り立つ。降すか、降されるかだ。勝つか負けるか、と言ってもいい。仙谷顕彰は降し続けてきた。その為にどうすればいいかを考え、人の心の隙間に入り込み、悪魔じみた手法で人を操った。
行き場のない怒りと、どうしようもない虚無感が俺を襲う。
変わりたいと、一度目とは違う人生をと決めておきながら、結局のところ俺は繰り返し始めている。
「一色、変われ」
「え?」
「君が今の自分がダメだと思えるならば、変われる。その為の奉仕部であり、その為の私だ。最も、君が諦念こそ人間の真理だと本気で思っているならば私から言うことはなにもない。個人的には悲しい価値観だと思うがね」
机に腰掛けた平塚女史は言い終わると、俺の答えを待つように黙った。
一秒、五秒、十秒。俺は息を吸い込み、彼女の目を見る。
「俺は、変わりたい」
そうだ。暗い過去はもういらない。俺は俺の現実を生きる。
「然らば奉仕部を続けたまえ。人と関わり、人を知り、人を想え。それがきっと、君を良い方向へ導いてくれるだろう。なあに、心配するな。もし変われなかったらその時は盛大に笑ってやろう」
「……いやな教師だ」
でも。
だけども。
「君は一人じゃない。忘れるな」
こんな美人に笑ってもらえるならば、それはそれで悪くない。
だから恐れず前に進もう。
理由を付けて助けなかった前世を見限り、理由を考えずに助けようと決めたかつてのように。
なあに、大丈夫だ。
もし失敗したならばその時は、このアラサーの悪教師と一緒に大笑いすればいい。
数年後のことは分からないけれど、精一杯やった結果ダメだったのなら、きっと、いや間違いなく俺は心の底から笑えるだろう。
きっと、それだけのことなのだ。
次話予告
雪ノ下雪乃から寄せられた一件を無事解決したアキラは、またも雪ノ下雪乃から依頼を受ける。
その依頼内容は「事故にあった総武高生に謝りたい」というもので――?
――青春は、過ち無しでは過ごせない。