PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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8月7日──【保健室】フウカと応援

 

 

 攻略会議から一夜明けた、次の日。

 消耗品や装備品などを買い揃えたいこともあり、数日の間は夜間バイトを入れることにして、普通通りに過ごすことにした。

 というわけで、夏期講習が終わって初めての、朝から何の予定も組んでいない日。

 条件付きではあるものの自由を得た自分は、しかし初日からまたしても学校へと赴くことにした。

 夏休みということもあり、生徒はほどんど居ない。

 居るとすれば活動的な運動部や吹奏楽部くらい。もしかしたら他にも居るのかもしれないが、あまりの暑さに考えることを止めて校舎へと逃げ込んだ。

 このまま水泳部にでも行けば目立たないかもしれないが、進む方向はクラブハウスとは逆。少し目立っているように思うのは、自分だけが夏休みの校舎に馴染めていないように思うからだろうか。無論、時間を潰す為にわざわざ学校へ来たわけではなく、呼ばれたから来たのだ。何のために呼ばれたのかは分からないが。

 正解の分からない問いに悩ませた頭を振ってから、保健室の扉を開ける。

 

 

「あ……こんにちは、岸波君」

「こんにちは、フウカ先輩」

 

 たまに廊下ですれ違ったり、保健室の前を通る時にふらりと立ち寄ったくらいで、ここ最近がっつりと話すことはなかった彼女。3年生のフウカ先輩。

 病に侵されていて病弱な彼女から、今朝、唐突に連絡があった。

 ただ一文、『今日、空いていますか? もしも空いていたら学校に来てくれませんか?』と。

 急な話ではあったが、何の予定もなかったので迷わず了承。炎天下のなかを歩いて、学校までやって来たのだ。

 

「実は、お願いがあって今日は来てもらったの。本当に時間は大丈夫?」

「はい。1日空いてますので」

「そう、良かった」

 

 説明するからどうぞ。とベッド横に備え付けられた椅子へと誘導される。

 自分がそこに座ると、ベッドから半身を起こしているフウカ先輩が、ゆっくりと説明を始めた。

 

「実はね、今日の午後、空手部の練習試合がこの学校で行われるの」

「練習試合、ですか」

 

 初耳だ。空からは何も聞いていない。

 ……いや、普通わざわざ報告なんてしないか。

 

「それのね、応援に行きたいなと思って。なんとか学校まで来たんだけれど……」

「難しくなってしまったと」

「暑い中を歩くのは久々で、少し無理をしてしまったみたい」

 

 テレビでは連日、猛暑日を知らせる気象予報ばかり流れている。買ったテレビでニュースを頻繁に見ているが、1日数回は熱中症で倒れた人の情報を耳にしているかもしれない。

 それほどまでの猛暑。身体を壊すのも納得の外気だった。

 

「頼ってもらえて良かったです」

「本当に申し訳なく思ってるんだけれど、空手部に縁があって、かつこんなこと頼めるの、マイちゃんを除くと岸波君くらいしかいなくて」

「大歓迎ですよ」

 

 悪く思うわけがない。元より用事があったわけでもないし。マイちゃん──空手部主将、寺田 麻衣先輩の代わりを務められるよう全力を出すだけだ。

 そう応えると、彼女はその特有の儚げな笑みで、笑うのだった。

 

「ふふっ。……あ、始まるまで少し時間があるから、お話でもしない?」

「良いですよ。何を話しましょうか」

 

 

──Select──

  勉強の話。

  友達との話。

 >バイトの話。

──────

 

 

 せっかくだし、彼女が体験したことのなさそうな話をしよう。

 

「実は自分、アルバイトをしてるんです」

「そうなの? どんな?」

「実は──」

 

 

 神山温泉での出来事や、ゲームセンターでの出来事、病院清掃の想い出などを語る。

 案外、興味を引けたらしい。彼女は積極的に話に絡んできた。

 唯一話が長引かなかったのは、病院の夜間清掃について。彼女も長期入院を経験している身だ。話の内容に新鮮味を感じられないのは当然と言える。逆に本来の狙いとは異なり、己の経験や記憶と照らし合わせて同感してもらうといった会話になってしまったようにも思う。

 

 一方で一番気を引けたのは、神山温泉での仕事話だった。どうやら小さい頃はたまに連れて行ってもらえたようで、情景を思い浮かべるのが容易だったのだろう。

 尤も、今となってはまったく行く機会がないとのことだが。長風呂は少し良くないらしい。きっとすぐにのぼせちゃうと思う。と彼女は笑った。

 

 悪くない雰囲気だ。話すテーマとしては良かったのかもしれない。

 

 

「あ、そろそろ時間ね」

「試合のですか? 場所は、道場ですか?」

「ええ。連れて行ってくれる?」

「勿論です」

 

 ベッドから降りようとするフウカ先輩を待ち、彼女が手を差し出すのを待つ。

 差し出さない、ということは、彼女が自分でできると認識した範囲のことだから。無闇に手伝っては彼女の意志を阻害してしまうし、何より成長も回復もしないだろう。

 リハビリとはそういうことだ。結局は意志が必要になる。今日はここまでやろうという意志。何かをできるようになるまで辞めないという意志。それを邪魔するなんて、自分からしてみればもっての外だ。

 

 

 ────>クラブハウス【道場】。

 

 

 学食から廊下を挟んで反対側にある一室。普段は複数の部活で共有して使っている空間に、現在女子空手部の関係者のみが集まっていた。

 部屋を2分するように敷かれた畳の上には、見覚えのある胴着姿と顔が複数ある。寺田部長は勿論、相沢さんや空。その他空手部の生徒たちが数人判別できた。残念ながら全員は分からなかったが。

 その一方で、見慣れない胴着姿もある。いや、両方とも初見で見れば同じような服装をしているのだが。両方空手の正装なわけだし。

 その一方とは、今回の試合相手。杜宮高校空手部が招き入れた、他所の高校の空手部ということだ。

 畳のない空間、つまり今自分たちのような空手部ではない者たちがいる空間には、数人杜宮高校ではない学校の制服を着ている人たちもいる。

 胴着を着ている人たちは畳の上。それ以外の人たちは誰であれ畳の外ということか。

 

 

「フウカ先輩は、よくこうして応援に?」

「たまにね。調子がいい時とかは。……けれど、こうしてマイちゃんの応援に来れたのは初めてかも」

「そうなんですか?」

「ほら、いつもはマイちゃんに頼んでいるから」

 

 寺田部長が手足を存分に動かせ、いざという時にフウカ先輩の助けに入れる時でないと、誘導はできない。そして部活ともなれば、そちらの纏め役でもある部長職の寺田部長に暇なタイミングなんて早々訪れる訳がなかった。

 考えてみると、フウカ先輩が空手部の試合などに応援しに行くなんて、まったく機会に恵まれないだろう。

 

「だから、少し新鮮。ありがとうね、岸波君」

 

 彼女は笑ってお礼を言う。いつもと同じ、影のある笑い方で。

 もはや見慣れた、フウカ先輩の満面には程遠い微笑み。

 彼女の笑顔は楽しんでいる証というよりは、“見た人に安心させる為だけ”に作られるもの。

 友人の晴れ姿をその目で見れば、何かしら変化が訪れるだろうか。

 

「……いいえ。さっきも言いましたけど、気にしないでください」

 

 

 

 首を横に振っていると、不意に部屋の空気が変わった。

 畳の上へ目を向けると、向かい合うように座っている両校の空手部員たちの姿が。

 どうやらそろそろ本格的な練習が始まるらしい。自分とフウカ先輩は、適当なところへ腰で落ち着け、試合開始を黙って待つこととなった。

 

 

 

 

───

 

 

「いいなあ……」

 

 ぼそりと呟くフウカ先輩。

 

「憧れますか?」

「うん。例え元気になっても空手はやらないと思うけどね」

 

 少し想像してみた。

 華奢な体付きのフウカ先輩が少し筋肉質になって、笑顔で回し蹴りを繰り出し、相手の顔そばで寸止めする絵を。

 違和感が酷い。

 ……というかそもそも、筋肉質なフウカ先輩の時点で違和感はあるのだが。空手をしていればムキムキになるということもないだろう。現に空はあんなに線が細い訳だし。……いや彼女の場合、あの細腕や細足からあれだけえげつない格闘技が繰り出されることの方が違和感なのだが。

 

 

──Select──

  今度元気な時は外で遊んでみましょう。

 >回復したら何をしたいですか?

  ……(黙って試合を見る)

──────

 

 

「治ったら、ということ?」

「はい」

「……治ったら」

 

 向き合わせていた顔を下に向けて、考え込むフウカ先輩。

 数秒の時が流れる。

 

「治ったら、何がしたいんだろう?」

 

 彼女は、俯いたままそう零した。

 

「不思議。元気になりたいと思ってたはずなのに、やりたいことが思い浮かばない」

 

 ……それはある意味、仕方のないことかもしれない。

 治った後のことを考えられるような、軽い病気ではないとのことだし。回復に向かっているのか悪化しているのかも分からず、その狭間を行ったり来たり。好転も暗転もなく、強いて言うなら座礁しているのが彼女の病状だ。

 そんな先行き不透明な状態で、何を願えば良いと言うのか。

 ……だがそれでも。

 

「願うことや夢を持つことは大事だと思う」

 

 それは、生きる原動力だから。

 人が諦めない理由になれるから。

 どちらも璃音に教わったことだ。

 目指すものがあれば、自分を奮い立てることができるのだと。

 

「……そうね、少し、考えてみる」

 

 

 だが、そう言いながらも浮かべる笑顔は、決して前向きなものではない。きっと彼女のどこかに諦めがあるのだろう。

 ……それを追求することは、まだできない。以前も考えたことだが、やはり彼女を知る人も含めて話すべきだろう。

 

 とはいえ、彼女の現状を知れて良かった。また少し理解が深まった気がする。

 

 

 

 どこか上の空気味な彼女を連れて、保健室まで戻る。

 話を聞いてみると学校までは迎えが来るらしいので、少しだけ話をして帰ることにした。

 いつか彼女に、目標ができると良いんだけれど……

 

 

────>【杜宮総合病院】

 

 

 今日は病院での清掃バイトだ。頑張ろう。

 

 

 

 

 

 




 

 コミュ・死神“保健室の少女”のレベルが4に上がった。


────


 度胸+3。


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