PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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8月15日──【異界:蒼醒めた廃墟】異界攻略3

 

 

 敵の消え去った空間に、静寂が戻る。

 いつの間にか、洸たちも目の前のシャドウを殲滅したらしい。

 だが、突然緊張からの解放されたからか、誰も動かなかった。

 

「コイツが、俺の……?」

 

 唯一動きを見せたのは、救出を成功させた張本人である、高幡先輩だ。

 彼が目覚めさせたのは大剣のようなソウルデヴァイス。

 見た目的な意味で全長を考えると、最大まで引き伸ばした状態の“レイジングギア”には及ばないだろうが、それでも大柄な高幡先輩の身体と同等以上の長さを誇っている。

 更に、そこに“在る”という重量感もひとしおだ。存在感という意味では、恐らく今まで見てきた誰のソウルデヴァイスよりも顕著だろう。

 

 高幡先輩は、そんなソウルデヴァイス“ヴォーパルウェポン”を上げ下げする。自分のもの。という認識がしたかったのだろうか。

 

 不意に、はっと目を見開いた高幡先輩が、ソウルデヴァイスを地面に突き刺し、背後へと振り返る。

 そこには、体勢を崩したままで固まっていた、彼が助けた人たちの姿があった。

 

 

「大丈夫か?」

「……うっす」

 

 腰が抜けたかのように尻もちをついていた男へ手を差し伸べ、掴み、引き上げる。

 やがて全員が無事であることを確認すると、彼自身も数歩後ろに下がり、溜息。張り詰めていた糸を解した。

 

 そのまま、己らの無事を安堵したBLAZEの青年たちがわいわい騒ぎだすのを見守るようにして立つ高幡先輩。その表情は、なにより柔らかい。 

 その姿を視界に収めたまま、自分たちは高幡先輩へと近づいた。

 

「高幡先輩、ありがとうございます。助かりました」

「ハッ、よせよ。寧ろやっと借りが少しでも返せたみたいでよかったぜ」

 

 そうは言うが、感謝せずにはいられない。

 危うく目の前で命が失われてしまう所だったのだ。自分たちだけだったらどう足掻いても間に合うことはなかっただろう。

 

「ほんとッスよシオさん! さすがッス!」

「マジでスゲーって! あのバケモノを一撃で仕留めちまうんだからなァ!」

 

 BLAZEの方々も、口々に高幡先輩を褒める。

 その背中に守られていた安心感は大きかったのだろう。

 

「……ってかよぉ、そのデケェ剣なんスかシオさん。やっべえッスね!」

 

 異界の地面ににざくっと突き刺さり、存在感を放ち続けているソウルデヴァイスについて、言及をせずにはいられなかったらしい。そもそも救われた場面的にも気になってしまうだろう。

 だが、それを詳しく説明することはできない。いや、できることにはできるが、そもそも関りを持たない方が良い“こちら側”へ無闇に引き込むことは避けるべきだ。

 ……となると、やはり、記憶消去か。

 記憶を失っている身からしてみれば、あまり良くは思わない方法だ。

 だが、被害を拡大させないという意味では、最善手と思えるのも確か。代案がない以上、やむを得ないだろう。

 

「一回引き返そう。話はその後でも良いですか?」

「お、おお……つかよォ、ここどこだ?」

「……ってかアキヒロさんは!?」

 

 1度気になり始めたら、どんどん気になることが出てきたらしい。

 だが、すべてに答えていたら相当な時間が掛かってしまう。

 ……道中で少しでも答えられると良いんだけれど。

 

 

「待ってくれ。もう少し先まで見に行っても良いんじゃねえか? ここは今安全なんだろ?」

 

 

 引き返そうとした自分たちを、高幡先輩が引き留める。

 先に進みたい気持ちは、分かるつもりだ。

 しかし、それでせっかく助け出せる彼らを再び危険に晒すのは避けたい。

 

 

『あの、そのことなのですが……』

 

 

 不意に自分の胸元から、儚い声が響く。

 胸ポケットからサイフォンを取り出すと、ディスプレイには、深刻そうな表情のサクラが映っていた。

 

『皆さんの進行方向、すぐ近くに、大きな反応があります。恐らくは救助対象者のものかと』

「……引き返そう。下手に踏み入れて戦闘になれば、疲弊した自分らには、できないことが生じる」

「やるなら万全を期して、だな。冷静じゃねえか、リーダー」

「囃し立てるな」

 

 リーダー云々は置いておいて、洸の言うとおりだ。

 十全の力を発揮できる状態で救出に臨みたい。その方が色々なことができ、救助の成功率も上がる。

 

 

「異論は……ないみたいだな」

 

 見渡した限り、不満そうな表情の人はいなかった。

 

「よし、帰ろう」

 

 

────>蓬莱町【裏路地】。

 

 

 

「柊、その……」

 

 

 言おうとした言葉が、出てこなかった。

 自分で思っている以上に、“記憶消去”という措置に納得がいってないらしい。

 

 だが、それでも、言わなければ。

 それも責任を負うということなのだろうから。

 

 

「彼らの記憶を、消してくれ」

「「「!?」」」

 

 自分の言葉に目を見開いた者、息を詰まらせた者、目付きを鋭くした者がいた。

 

「……」

 

 最初は驚いた様子を見せた柊だったが、それでも無言のままBLAZEの面々に手を翳す。

 

「おい」

 

 当然、待ったをかけるのは高幡先輩だ。

 それはそうだろう。誰だって、『身近な人の記憶を今から消す』と言われたら反論するし反抗をする。

 

「何言ってやがんだ岸波」

 

 そして、その反論なり反抗なりを受けるのは、指示者の役目。

 つまりは、責任の一端なのだと思う。

 

 鬼の詰め寄ってくる高幡先輩を見詰める。

 胸ぐらでも掴まれるかと思ったが、存外早く彼は腕を振り上げた。

 

 殴られたって文句は言えない。それだけのことを言っているのだから。最低限、異界攻略に支障をきたさないようにさえしてくれれば──

 

 

「ッ」

 

 

 

 ──目の前に、割り込む影があった。

 背中越しで、表情は見えないが、見覚えのある“薄紫色の髪”。

 

 表情は、見えない。

 自分に背を向け、両手を広げる少女が、無言のまま自分をかばうように立っていた。

 

「……」

「……チッ、説明は、してくれんだよな?」

「勿論です」

「……ハァ」

 

 振り被った拳を、溜息混じりに下ろす高幡先輩。

 そのまま腕を組み、鋭い瞳でこちらを見詰めてくる。

 

 ……それでは、本当に申し訳ないが、やらせてもらおう。

 

 

「柊、頼む」

 

 こくり、と彼女が頷きを返した。

 

 

────

 

 

「話は分かった。消さない方がデメリットが多いってこともな。正直そこまでやらなくても良いんじゃねえかとは思うが……」

「っ」

「……そんな悲しそうな目で指示する奴を、責められねえよ」

 

 悲しそうな目。そんな顔をしているのか。今の自分は。

 正直、決断を下した今でも、悩んでいる。今回はこれしかなかったとしても、次回はどうするべきなのか、とか。

 きっと、甘えてはいけないのだ。

 自分の魂が間違っていると叫び続けているのだから、同じ選択をしていればきっと、いつか何かが変わってしまう。

 

「それで、話を戻すが、俺の中に目覚めた“力”は、ソウルデヴァイス……ってやつで良いんだよな?」

「はい。間違いないかと」

「発してた光も同じだったし、オレらの時の状況が近いしな」

「へえ……いつか聞かせろや、時坂、岸波も」

「ええ、いつか」

 

 だが、気になることがある。

 

「けれど、ペルソナには目覚めていないみたいですね」

「確かに、よく分からねえが、先輩が目覚めたような気配はしないな」

「分かります。ペルソナが目覚めたときって、割となんか感じますよね! ブワーッと」

「なにそれこわっ」

 

 そういえば、祐騎は他人のペルソナ覚醒に立ち会ったことがないのか。

 正直、どこをどうしたらペルソナを使えるようになるのかは分からないが、その人が目覚めた時には、基本的に青い粒子のようなものが漂ったり、もしくは単純に何かを感じ取れるようになる。

 

 今回はそういった前兆が一切なかった。自分たちが知り得ない前兆があったのかもしれないが、楽観視は止めておこう。

 つまり。

 

「高幡先輩の力は十全でない可能性があるので、戦闘にはやはり参加させられません」

「……チッ、そうか……まあ仕方ねえ。腹は括ってる。だが、このソウルデヴァイスってのがあれば、防衛くらいはできるんだろ?」

「そうですね」

「なら、必要以上に足を引っ張ることはねえってことだな」

 

 プラスに考えようや。と彼は大柄な身体を揺らしてから、右拳を左手に撃ち付けた。

 

「これまでと同じで構わねえ。漸く、もう少しってところまで来たんだ。次も早目に頼むぜ」

「ええ。必ず助けましょう」

 

 全員が頷く。

 恐らく、次の攻略でこの異界は踏破でき、アキヒロさんを救出することになる。

 万全の準備をしておこう。 

 

 

────

 

 

「それにしても、信頼されてんだな。岸波」

 

 そのまま現地解散ということになり、それぞれが疲れを癒すため帰路に着く中、高幡先輩が自分のことを呼び止めた。

 だが、脈絡なくそんなことを言われても困る。

 

「? いったい何を?」

「つい感情が昂って、お前を殴ってでも止めようとした時のことだ。久我山が真っ先に動いたから分かりづらかっただろうが、その他の連中も全員いつでも動ける体勢を取ってたぞ」

「……」

「言わずもがな、そこには柊だって含まれている。全員が、反射的にお前を守る為に行動しようとしたんだ。少なからず、全員お前を大切に想ってんだなって分かった」

「そう、ですか」

 

 気付かなかった。

 あの時の自分は、自分の責任を負うことしか考えられていなかったから。

 そんな自分を、皆支えようとしてくれたのか。

 ……まだまだ頑張らないとな。

 

 

 

 


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