PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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9月26日──【■■■■■】それぞれの悔い

   

 

 異界化された学校の中で、叩き落とされたサイフォンを拾う。軽くタップすると、ソウルデヴァイスとペルソナの待機画面が映った。どうやら壊れてはいないようだ。

 周囲の光景は穏やかな日常の風景から一変し、地獄のような場所に成り果てている。

 黒板も、ロッカーも、机も椅子もなくなり、あるのは通路と悪趣味な装飾、後は禍々しさくらいか。

 全体的な装飾の特徴としては、今までの異界と違い、地面にタイルのようなものが敷き詰められていることか。野ざらしというか、自然色が強かった今までの異界とは違い、しっかりとした人工物という感じ。というかここは……異界だけれど、建物の中か?

 

「ハクノ、無事か?」

「ああ、自分はな」

 

 後ろから声を掛けられ、振り返る。

 あの場に居た全員から、璃音と柊を除いたメンバーが揃っていた。

 

「……すみません」

 

 俯いた空が、強く拳を握りしめながら、震えた声を出す。

 

「わたし……わたし、近くに居たのに!」

「……それは、別に空が謝ることじゃない」

 

 動けたのは、璃音と美月だけだった。柊本人ですら、左右から掛けられた呼び声に反応した程度。例え間に合わなくても、責めるようなことではないだろう。動いた彼女らに比べて、

 

「でも! リオン先輩は動けたんです! 柊先輩の隣に座ってたのは、同じなのに!! リオン先輩はっ! 間に合ったんです!!」

 

 ……よくよく考えてみれば、間に合う可能性を目前で示されたのだ。空が悔いるのも当然かもしれない。

 席順としては、璃音、柊、空、美月の並びだった。璃音が手を伸ばして届いたのならば、空に届かないはずがない。結果は気付いた時間差。いち早く気付いた璃音は手を届かすことができ、ほぼ同タイミングで気付いた美月は走り出すものの間に合わせることができず、2人の行動を見てから動いた空の手は空を切った。

 そう。タイミングの差。言ってしまえば、それだけの話。

 だけれど、彼女にとってその光景による傷は深すぎた。

 そんな空の背中を、彼女の兄貴分が強く叩く。

 

「しっかりしろソラ! まだ助けられるだろうが! 止まっててどうすんだ!」

「ッ!?」

 

 よろけた空の身体を、頭を掴むことで志緒さんが受け止めた。

 

「悔いる気持ちは分かる。が、今動かなきゃもっと後悔することになるぞ」

「……はい」

 

 それだけ言って、志緒さんは離れた。

 彼と入れ替わるようにして、美月が空の横に立つ。

 

「ソラさん」

「……ミツキ、先輩」

「次は、絶対間に合わせましょう。お互いに」

「……はい! はいっ!」

 

 袖で目元を強く拭った空は、気合を入れるためか頬を1度強く叩いた。

 痛い音がする。離れた手の位置には紅葉のような痕。

 だが、その甲斐あってか、彼女の瞳に光が戻り、やる気の炎は灯された。

 

「すみませんでした! 行きましょう!」

「「「「「応!」」」」」

 

 

 機動力に長けた空と、対応力に優れる洸を先頭に、全員で駆けだす。

 中衛に志緒さん。後から付いて行くのは、自分と祐騎、それから美月だ。

 

「美月、大丈夫か?」

 

 念のため、美月に声を掛ける。

 目の前で救えなかったと言えば、彼女だって同じだ。気付いてなお間に合わなかった心情は、自分に計り知れない。恐らく傷の付き方で言えば、空に劣らないだろう。

 だというのに、彼女は平然とした表情をしている。それが逆に心配だった。

 

「……気付かれますか。わたしもまだまだですね」

 

 ふぅ、とわざとらしく嘆息する美月。

 まだまだ、と彼女は言うけれど、何を目指しているのか。

 

「それ以上巧妙に隠さないでくれ。気付けなくなりそうだ」

「ですから、それで良いんです。放っておいてくれれば自分で折り合いは付けられますから。先程も言った通り、時間がないんです。放っておいても大丈夫な人に関わっている暇なんて──」

「仲間と関わる時間は、無駄にはならない」

 

 無駄話は時にするけれども、無駄話をすることは無駄ではない。

 どんな話題であっても交わされることに意味はある。時間を共にすることは大切なことだ。互いを理解する上でも、互いを信頼していく上でも。

 

「強がることが悪いこととは言わないけれど、沸いた気持ちを押し殺すのは良くないと思う。もちろん弱みを見せろと言っている訳じゃない。けれど、誰かしら明かせる人が居てくれるとこちらが助かるかな」

「……助かる、ですか?」

「誰も知らないと、美月のことを全員が“強い人”だと錯覚してしまう。彼女なら大丈夫、が当たり前になって、気を配るべき場面でできない可能性があるから」

「その余計な気を使われたくないのですけれど」

「あともう1つ。仲間が辛い思いをしているのを見逃していたことに気付いたら、その時は本当に辛いだろうから」

「……それは」

 

 美月は、何かを言いかけて、止まった。

 

「……いいえ、そう、ですね。でしたらその相手は、友人であるはくくんにお願いするとしましょう」

「みーちゃんの御使命とあれば、喜んで」

 

 少しだけ微笑んだ彼女。

 そういえば、いつか約束したな。

 

────

 

「何か会ったときは呼んで。できる限りで力を貸す」

「……ふふ、その時はよろしくお願いしますね、岸波くん」

 

────

 

 以前交わしたのは漠然とした、力を貸すという約束。

 けれども当時、その約束が美月の中に響いていないことは薄々理解していたし、彼女の返答が乗り気でなかったことにも察しが付いている。

 だけれど、今回は少し違う。

 自分の気のせいの可能性もあるけれど、彼女の返答が、本心から出たもののように思えた。軽口のように言われ、軽口をたたくように返したけれど、紛れもなく本気で伝えたつもりだ。

 ……昔だったら、はぐらかされるか、前回同様、“とはいえそんなことは起こらないでしょう”程度の流され方をしていたかもしれない。これも時間で積み上げられた信頼というものなのだろうか。

 

「……そういえば、わたしも1つ、気になることがありまして」

「気になること?」

「四宮君のことです。丁度近くを移動しているのですし、直接聞いてみましょうか」

 

 美月と2人で並走しつつ、祐騎のペースに合わせるようにして3人並んだ。

 

「四宮君」

「なに、会長。ハクノセンパイも」

「いえ、そう言えば先程の四宮君、ソラさんに声を掛けなかったなと思いまして」

「ああ、そのこと。……別に声を掛けなくちゃいけない、なんてルールはないからね」

「……おい、その言い方はねえんじゃねえのか、四宮」

 

 少し前を走っていた志緒さんが、ペースを落として後衛に並ぶ。どうやら前の方にもある程度は聴こえていたらしい。とはいえ空の集中力は落ちている気配がしないし、洸も後ろを気にする素振りは見せなかった。

 前方に未だ敵影はなし。なら一旦隊列を崩しても問題ないか。

 

「俺たちは別にルールだとか義務感やらで声掛けた訳じゃねえぞ」

「まあそうだろうね。センパイたち、揃いも揃ってオヒトヨシだし」

「だからお前は……」

「ですが四宮君、ソラさんのこと、心配してましたよね。最初にソラさんが謝った時、一番動揺していたのは四宮君のように見えたのですが」

「怖。なにこの人怖いんだけど」

「「まあ北都/美月だからな」」

「2人とも?」

 

 やはり美月は、しっかりと周りを見てくれていたらしい。あの時はまだ、そちらに思考を割くほど自分にも余裕がなかったし。本当に助かる。

 じっと、祐騎の顔を見詰める。志緒さんもだ。これは祐騎の話が聞きたいだけで、美月と顔を合わせたくないからとかでは決してない。

 

「……はぁ。お節介。流石はハクノセンパイの友達だね」

「すみません。ですが彼の言葉を借りるのなら、ため込むのはよくないそうですよ? 何か胸に抱える気持ちがあるなら、今の内に曝け出してください」

 

 どの口が言っているのだろうか。

 いやまあ確かに言葉を借りるとは言っていたけれども、それは現在進行形で溜め込んでいる美月の言う台詞ではないと思う。

 

 

 一瞬、会話の流れが止まった瞬間、前衛2人がシャドウと接敵した。

 美月と祐騎がペルソナをいつでも召喚できるよう待機。自分と志緒さんはソウルデヴァイスを構えて、洸と空の援護に出る。

 敵シャドウは3体。しかしいづれも大したことはない。後衛の2人がペルソナを召喚することなく、自分たち4人が立て続けに殴って、1体ずつ倒した。

 まあ、敵の攻撃も被弾しているけれど、この際仕方ない。

 戦闘が終わり、ソウルデヴァイスを待機状態へと戻す。美月と祐騎も構えていたサイフォンを仕舞い直した。

 

 そうしてまた走り出す。最初は少しの間、無言だった。

 祐騎が口を開いたのは、走り出してから30秒ほどしてからだろうか。

 

 

「……なんて声を掛ければ良かったっていうのさ」

「……何って、お前……」

「頑張れとでも? 今回何もできなかった僕が? どの面下げて言うんだよ」

 

 口を開いた祐騎は、怒っていた。

 志緒さんに対してではない。何もできなかった自身に対してだ。

 ただ、どの面下げてと祐騎は言うけれど、彼が頑張っていなかったとは決して思えない。資格云々の話をするのであれば、誰にだって頑張れという発言は認められる。気を抜いていた人もサボっていた人も、あそこにはいないのだから。

 仮に、空だって祐騎に頑張れと言われ、腹を立てることはないだろう。祐騎はたった1人でネットという情報の海を見張り続けてくれたのだ。確かに今回は裏を書かれてしまったかもしれない。けれどもそのことを責めることなんてできない。それこそ、どの面下げて言うのか。という話だ。

 ……と言っても、納得はしないのだろう。

 全員そうだ。君は悪くないと言われて、ああそうなんだと納得できる本気の人間なんて、いない。だから各自、悔いることがあったことを認め、それをバネにして跳ね上がるしかない。

 

「……悪かったな、四宮」

「謝られても困るんだけど。別に高幡センパイの言ってることは的外れってわけじゃないんだし」

 

 謝られたからといって謝罪を返さないあたりが祐騎らしい。

 少し悔しそうなあたり、彼も自身に非があったことは認めているのだろう。それを口に出さないだけで。

 

「ただまあ? この僕に求めることとしては、若干お門違いが過ぎるかな。励ますなんて行為、僕に向いてるわけないじゃん。出来るとすれば精々、煽って怒らせることくらいでしょ。……少なくとも今回は、僕の出番じゃない。事実、郁島はもう前を向けたことだしね」

 

 せめてもの強がり、のような言い方で、祐騎は語り出した。わざとらしく言っているけれど、そんなことはないだろう。彼には彼なりのエールの送り方があることを、自分は、自分たちは知っている。それで力を貰ったことだって覚えている。

 煽って怒らせることくらいしかできない、か。まあ確かに煽りの回数は多いかもしれない。けれど、それだけ。

 

「ほら、持ち場を離れないでよ、高幡センパイ。ハクノセンパイも、本来は中衛に居るべきなんじゃないの?」

「バレたか」

「さっきの戦闘を見て気付かない人がいたらただの馬鹿だよ」

「それもそうか」

 

 立ち振る舞いは、志緒さんと同じだったし。

 しいて言えば本当に中衛と後衛を務めるつもりだったけれど、今は彼の言う通りにしようか。そろそろ異界攻略に力を入れたいし。

 

 


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