閲覧ありがとうございます。
だいたい月末は別作品の更新をしていますので、
一回分更新が飛びますのでご容赦願います。
璃音に同席してもらっていたのは、現状で所持している記憶の話や、異界適正値が減少している話を詳細に共有したかったかららしい。加えて言うのであれば、自分たちの現状や、何が起きたかの共有、といったところか。
ひと通り話し終えた彼女は、京香さんの迎えで帰宅することに。
「……で、どういうつもりだよ。アスカ」
「…………どうって?」
睨むように明日香を見る洸と、目を閉じ、飲み物を啜る明日香。
璃音が去って早々、険悪な雰囲気が室内を占めていた。
「とぼけてるつもりか? リオンに対する呼び方のことだよ」
「……ああ、そのこと」
「随分と露骨だったじゃねえか。ご丁寧に玖我山さんとリオンとを呼び分けて。いかにも今のリオンは友達じゃないみたいに」
コトン。
わざと、音を立てるように、明日香はコップを置く。
一方で洸は、明日香の発言を待った。洸だけではない、みんなも明日香の次の発言を待っている。
それを察したのか、彼女はため息。
「はぁ……事実、そうでしょう」
「……お前!」
「私と仲良くなった彼女も、約束をした彼女も、玖我山さんの中にはいないわ。貴方たちもそうでしょう。一緒に過ごしてきた彼女は、もう居ない」
コップの縁を撫でながら、目を伏せたまま彼女は語る。
「はっきりと言い換えるわ。死んだのよ、一緒に戦ってきた璃音は」
「それは言い過ぎだろうが!!」
「言い過ぎていないわ」
洸の激昂を受け流す。
まるで、分かっていたかのように。
……いや、分かっていたのだろう。
洸や自分たちが、その呼び分けどう思うかを。
その上で明日香は、区別することを選んだ。
だから彼女は、平然とそれを答えられる。
……平然と? 本当に?
随分と、らしくないことを言っているようにも思えたが。
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「確かに私はさっき皆が言っていたように、合理的な判断をすることはあるし、冷血な勧告をすることもある。けれど、自分や皆の命を諦めたことはないし、諦めることはないわ」
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ついこの前、サクラに明日香が言ったこと。
命を諦めるつもりはない、そう彼女は言っていた。
だとしたら、矛盾する。
明日香は明らかに、璃音を諦めようとしている。
……でも、諦めようとするのも、分からなくはない。
それは諦観からではない。
見落とすことのできない“諦める理由”が、確かに存在しているのだから。
……それが是が非か分からない以上、自分では判断がつかないけれども。
ともあれ平然を装っているが、明日香はやはり、平気ではなさそうだ。
どちらかと言えば、無理にそうしようとしている感が、強い。
「言ったはずよ。甘くはないと。私は元から、誰も無事で乗り切れると思っていない。いつか、絶対にこうなることは分かっていた。……分かっていたのよ」
ああそうだ、と思い出す。
だから以前の明日香は、X.R.Cの面々と仲良くなることを。特定の誰かに入れ込み過ぎることを避けていたのだったか。
────
「慣れ合うだけの関係に、成長はない。って考えているだけよ」
「慣れ合いでここまでやってきたわけじゃないと思うが」
「今までは、そうね。だからこそ今仲良くしていることで、これから先そのバランスが崩れる時が来てしまうのではないかと、心配になるの」
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そういって拒絶をし続けた夏までの彼女の姿を、今でも覚えている。
今の自分たちの距離感は、璃音が、洸が、自分が、みんなが、明日香の貼り続けた壁を取っ払った結果だ。
だけれどそのせいで彼女は今、傷ついている。
……この決断に至った経緯が見えているからこそ、余計に分かる。
それに。
詰まるように、絞り出すように明日香が口から零した、分かっている、という単語。
まるで自身に言い聞かせるように言い直したそれを、皆も感じ取ったのだろう。
感情を高ぶらせていた洸も、みんなも、何も言えなくなってしまった。
1人を除いて。
「……えらく冷てぇじゃねえか、柊」
それでも、昂った焔を目に宿したままの志緒さんは、彼女に噛みつく。
「高幡君、それは」
「失って、それで終わりかよ。……そうじゃねえだろ! それは、柊が楽になるだけじゃねえのか!」
「……っ」
「取り返しがつかねえって、誰が決めた? お前が勝手に決めつけただけだろうが。完全に決別しちまうのは、まだ早いんじゃねえのか?」
決別。
ふと、志緒さんがカズマさんに向けていたものを、戌井さんたちに向けていたものを思い出す。
死と折り合いをつけさせるために、志緒さんは戌井さんは決別を促していた。
明日香の言う通り、璃音が本当の意味で亡くなっていたのなら、そうするのも悪くはなかったのだろう。
……良いかどうかは、やはり判断が付かないけれども。
ただ、璃音はまだ、今を生きている人で、手を伸ばせば届く距離にいるのだ。
その点で、志緒さんの言うことは分かる。
……でも、どうする?
「なあアスカ、北都先輩。だいたい、リオンの記憶が本当に戻らないのか、っていうのも不確かなんだろ?」
「……そうですね。判断をするには、分かっていない情報が多すぎます。……希望的観測をするのであれば、有り得ない手段でなくなったものなら、有り得ない方法で返ってくる可能性だって、あるでしょう」
「……でも、楽観視はできないわ。記憶は戻らない、として動くべきよ」
「希望を持って行動するのが、そんなに悪いのかよ!」
「現実を見て行動しなさい、と言っているのよ!」
また、語気が荒ぶる。
どちらの意見も、分かる気がした。
……気がしただけで、賛成できないのは、自分の意見が定まっていないから、なのだろう。
今の自分は、とても中途半端だ。
「でもアスカ先輩、もっと調べたら記憶が戻る糸口があるかもしれないのに、それを投げ出すのは」
「そんな悠長なことをしていられるとでも? 異界化はすでに起きているのよ。危険度は日に日に増していく。そんな中で有りもしない希望に縋ってリスクを負うと?」
「有りもしない、は勝手な決めつけだよね。現実を見るにしたって、損切には早すぎると思うけど」
「損切という目で見たらそうかもしれないけど、そもそも、リターンの部分が何かを考えているのかしら?」
「……そりゃ、記憶が戻ることだろ」
洸の回答に、明日香は首を振る。
「記憶の戻る戻らないに関する不確かなことは一旦置いておくとして、今のリオンの状態のままで一番得をするのは、外ならないリオン本人よ」
「根拠は何だよ?」
「少し考えれば分かるでしょう。何の支障もなく、
「……それは──」
そこだ。
その1点で、璃音に対するアプローチの正解が、自分は分からなくなってしまった。
それは確かに、璃音にとっては、望外の望みだったのかもしれない。
元を返せば、璃音がアイドル活動を休止したのも、ここまで頑張って戦ってきた理由の1つにも、あの症状に抗うため、というものがあった。
「もう一度聞くわ。コウ君、それにみんなも。仮にリオンに記憶を戻せるかもしれないとして、戻ってきたら異界適正とともに彼女の
空気が、重い。
誰も、何も言えないし、何もできなかった。
明日香の発言を否定できる材料は、自分たちにはない。
何より自分たちは、知っているからだ。彼女の夢にかける想いの強さを。
……でも、だからといって、だ。
彼女の想いは、それで本当に叶えられるのか?
「明日香、璃音の望みは、そうやってアイドルを続けることだけなのか?」
「……いや、割って入って悪いが、そうじゃないはずだ。なあアスカ。異界でリオンと喧嘩した時、リオンは、アイツが求めるものを言ってたよな?」
「……」
────
「あたしはアイドルとして復帰する為に、この活動をしてる! 自分のチカラを完全に制御して、ステージに戻る為に! みんなを笑顔に出来るような、最っ高のアイドルになる為に!」
「……けど、最近はそれだけじゃないんだよね」
「“目の前の悲劇から目を逸らさずに、自分と同じような目に合う人を無くすために”あたしは闘うことを決めたの! だから杜宮で起こる問題はすべて解決するために全力を出すし、いつか杜宮が平和に訪れるように戦ってるつもり!」
────
それは、彼女が“どんなアイドルでありたいか”という話でもある。
「“みんなを笑顔にできるような、最高のアイドル”って、そういったものを切り捨ててなるもんじゃないんじゃないか?」
洸が言うことには、確かに一理ある。
だが、続く明日香の言葉は、予想できるほどに分かりやすい反論だ。
「それは、アイドルになれるという前提があってこそ、でしょう。せっかく掴んだ近道なら、そのままで歩んで欲しい。……私たちの勝手な都合で、想いで! 彼女を夢から遠ざけさせるだなんて、そんなの身勝手すぎるでしょう!」
そう。
アイドルらしい活動を休止せざるを得なかった以前に比べて、今の状況の彼女の方が、憂いなくアイドル活動ができる。できてしまう。
その事実は無視できない。
……本当に、本当に難しい。
何が彼女にとって、正しい決断なのだろうか。
「……じゃあ聞くが、玖我山がそれを本当に望んでいるのか? 記憶を戻さないことで、本来の夢から遠ざかってる可能性だってある。それこそ勝手なこちらの想いの押し付けでないと、どうして言えんだ、柊」
「……っ。想いを押し付けて、何が悪いんです。高幡先輩」
「お前が言ったんだぞ、一緒に過ごした玖我山はもう死んだと。なら敢えて言わせてもらうが、死人の意見を勝手に代弁するな。こうして欲しいだろうと勘ぐるな。……そうして自滅していく後輩を見るのは、もう御免だからな」
恐らく、戌井さんやBLAZEの方々のことを言っているのだろう。
少しつらそうな志緒さんの表情に、一瞬明日香も言葉が詰まる。
同時に、とある言葉を思い出す。
────
「いや……生きてたってあの人は、そういうことに口を出さねえよ。生きていたらまだしも、死んだ今となっちゃな」
「まったくだ、分かってるじゃねえかアキ」
「ああシオさん。きっと、カズマさんはこう言うよな」
「「それは、お前らが決めることだろ。いつまで死者の俺に頼ってるんだ?」」
────
……ああ、そうだ。
彼らの想う、カズマさんの言葉を借りるのであれば。
「自分たちが、璃音をどうするのか。璃音にどうあって欲しいのかを、決めよう」
「ッ。傲慢が──」
「傲慢が過ぎる、とは思う。けれども、それが彼女を“助ける”。“助ける責任を負う”ってことじゃないのか?」
だって、意見を挟めない璃音の想いを重視するような話であれば、助けられた側に責任が出てしまう。
“こうして欲しかったと思って”。なんて、それこそ身勝手な話だ。
自分たちはこれから、方向性はどうあれ、彼女の問題を1つ解決しに行くのだ。
スタンスは、関わりに行く自分たちが、決めないといけない。
「……なら、オレの答えは決まってる」
数秒の空白の後、最初に口を開いたのは、洸だった。
「ハクノの決めたことに従う。この中でリオンと一番付き合いが長いのは、お前だからな」
彼の力強い視線が、自分の身を貫く。
その視線は時を待たずに増える。
1つ、また1つ、と。
「意見を持たない訳でも、責任を放棄するわけでもねえ。けど、それがオレにとっての筋だ。こういうのは、一番仲のいいやつか、一番付き合いの長いやつの意見が、最も尊重されるべきだろ」
「付き合いの長さってのは馬鹿にできねえ。確かに筋で言うなら、一番は岸波の意見が優先だと、俺も思う」
「ま、だとしたら僕もそれに賛成かな。一番仲のいい人が誰かは分からないけど、少なくとも玖我山センパイと一緒にくぐった死線は、ハクノセンパイが多いんだし」
「私も、それが良いかと思います。……救った責任と向き合えているハクノ君の結論なら、文句は言いません」
「わたしも先輩の方針に従います。友達としては色々思いますがそれでも、ずっとリオン先輩を支えてきたのは、岸波先輩だと思うので」
『わたしは皆さんほどリオンさんとの付き合いが長くないので……効率とか現実味はこの際無視して、先輩の“こうしたい”を支えます』
「私は顧問として言うなら、皆の意見が一致していれば、それを方針にして良いと思うな。……むしろそれが纏まるまでは、舵を取らない方がいいと思う」
明日香を除くみんなが、自分へ託す、と選択権を与えてくれた。
だからあとは、自分が、明日香が、どうしたいか。
「……確かに私の意見は、リオンにとっての最善を勝手に考えただけ、か。リオンが望むことじゃなくて、私たちがリオンのためにできることを考えるのであれば……そうね。X.R.Cとして、リーダーのハクノ君の結論を聞きましょう」
「……いいのか?」
「ええ。……けれども、考えなしの意見は認めないわ。しっかりと考えて、貴方の後悔のない選択を、聞かせて頂戴」
さきほどまでの形相が嘘のように、穏やかな表情で、自分を見つめる明日香。
だが、みんなと同じだ。目に力がある。
自分たちの今後を見極めたい。そんな意志が伝わってくるみたいだ。
それに何より、自分を信じてくれている。
それが、ひしひしと伝わってきて。
それが何よりの、原動力になる。
「……ならすまない、少し。少しだけ、時間をもらいたい」
考えて、考えて。
自分の納得する、“こうしたい”を見つけにいこう。