PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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11月6日──【杜宮総合病院】異界化の真相 1

 

 

 美月に呼び出され、総合病院の廊下を歩く。

 ……ここにいると、異界の様子が気になってくる。

 後で見に行こうか、とも思うけれども、1人で行くべきではないと自分を諫める声が聞こえてくる気がした。行って何かが分かったとして、後でみんなへ報告する際に何を言われるかは、想像するまでもない。

 歯がゆい気持ちだけれども、一旦置いておこう。

 今はとにかく、呼び出しに意識を向けるべきだ。

 

 

 美月に指定されたのは、会議室のような場所。かなり広いが、ここで病院の会議やミーティングを行うのだろう。

 多くのパイプ椅子と長テーブルが並ぶ先、彼女と、彼女の秘書が控えていた。

 

「こんな時間に呼び出してしまってすみません」

「いや、謝らないでほしい。美月も忙しいだろうし、そんな中でも自分と話したいことがあって時間を取ってくれたんだろう?」

「そう言ってもらえると。一度、貴方が答えを出す前に、どうしても話しておきたいことがありまして」

 

 どうぞ、と美月は引いた椅子に自分を誘導する。

 その対面に、京香さんが美月の座る椅子を用意した。

 当然、向かい合うように自分たちは座り、席のない京香さんのみが立つ形に。

 ……座らないのか、と聞きたいが、聞いたところで答えは見えている。

 彼女は、仕事ですので、と返すだろう。

 座るとしたら、美月に言われて渋々、が精いっぱいな気がする。

 例え善意だとしても、京香さんの仕事を奪うべきなのだろうか。

 将来、京香さんと同じ立場になるかもしれない自分が。

 

「……それで、話って?」

「何点かありますが、まずは御厨さんのことと、私のこと。それから、北都グループのことについて、ですかね」

「それは他の皆が聞いたらマズいのか?」

「何を伝えるか、共有するかは、リーダーである岸波君にお任せします。ただ、岸波君は知っておいた方が良いかと思いまして」

 

 なるほど。

 自分個人に教えておきたいことがある。それを他のみんなに言う気は現状ないけれども、自分が必要だと思った内容は共有して、ってことか。

 頷きを返す。

 では、と美月が息を吸った。

 

「知っての通り北都グループは、ゾディアックに名前を連ねる12の会社の1つ。主な業種はサイフォンなどの電子機器、通信機器……と、なります。表向きは」

「裏では、サイフォンを使用した異界の特定や、AIによる危機察知、か?」

「あとは人材派遣なども表も裏もしてますが……そうですね。岸波君が言ってくれた通りです」

 

 サーチアプリや、サクラなどのAIの存在には大変助かっているから、その辺は察することができた。

 そういった、電子機器類を異界で使えるようにするのが、ひとつ、北都の武器であり、意義なのかもしれない。

 

「北都、そしてゾディアックに加盟している組織の、異界に対して共通している理念は、“異界の利用”。その異界で取れる材質などを活用することや、シャドウの研究などがここに当たります。対するシャドウワーカーが掲げているのは“異界の消滅”。利益よりも、人の生活などを守ることを優先して行動しています。ここら辺は、私たちのように企業が絡まないが故、でしょうか」

 

 シャドウワーカーは、異界の消滅を目標に動く組織らしい。

 一方でゾディアックの掲げる異界の利用は、実際に異界すべてが消滅するとなると困ってしまうことになる。

 元々、明日香が美月に対して懐疑的というか、頼りたくなさげだったのは、このスタンスの差異によるものか。

 

「……調査や確認の結果、御厨さんがリオンさんの“素質”に目をつけていたのは、確かなようです。そして今回の異界の発生が、故意的であることも、病院のスタッフから聞き出しました」

「……さっきわざわざ前置いた所を考えるのであれば、御厨さんは璃音を使って、異界で何かを企んでいる、ということか?」

「ええ」

 

 こちらを、と京香さんが差し出してくる資料を見る。

 ……璃音のカルテ、だろうか。

 診断記録と、通院結果などが記されているように見えるけれども。

 

「岸波君は、リオンさんが春先、異界を発生させたときのことを覚えていますか?」

「ああ」

 

 忘れるはずがない。

 あれが自分にとって、今の自分が始まった瞬間だったように思える。

 あの出来事がなければ、異界に関わることも、みんなと部活を立ち上げることもなかっただろう。

 ……いや、温泉で聞いた内容が本当なのであれば、自分は遅かれ早かれ異界に関わらざるを得なかったのかもしれないけれども、それはそれとして、だ。

 

「では、その原因については?」

「原因? 色々な悩みがあったから、じゃないのか?」

「そうですね、彼女は悩んでいました。何に悩んでいたのか。その核となる悩みは? ご存じの通り、“感情が、心が昂ると異変が起こる”という特殊な事態に、です」

 

 そう、彼女の悩みは美月の言う通りだ。

 だからアイドルを辞めるべきか、憧れを抱いたままでいることを辞めるべきかと悩んで、異界を発生させ──

「ではなぜ、リオンさんにその特殊な事態が起きていたのか」

 

 自分の思考を遮るような、新たな疑問点。

 確かに、そこまでは考えていなかった。

 そもそもが理解の及ばない事象。そういうものか、と片づけてしまっていたのが大きいけれども。

 美月がそう言うのであれば、今回はそのことに対して、知らなければならないのだろう。

 

「……どうしてなんだ?」

「“魅入られていたから”です。“天使”と呼ばれる存在に」

「……“天使”?」

 

 初めて聞く単語だ。

 いや、単語としてはもちろん知っているけれども、異界関連で聞かないワードだと思う。

 手持ちのカルテには、“天使憑き”という単語が何回か出てきている。

 

 

「時に大規模な異界化が発生した際、そこに顕現した超常の存在に魅入られてしまう人が、一定数居ます。それがただのシャドウであったり、天使であったり、神様であったり、死神であったりなどと様々な形の異業種に見染められて、彼ら彼女らは憑かれる存在になるのだとか」

「大規模な異界化……東亰し、じゃない、“東亰冥災”か!?」

 

 合宿の時に、聞いた話。

 杜宮全体が異界化したという、大規模な災害のことだろうか。

 

「……確かにあの時、話を聞いていた璃音の様子がおかしかったような」

「話をせざるを得なかったとはいえ、トラウマを刺激してしまったので。彼女は、あの冥災の後の入院中、その“天使憑き”の影響で色々なものを壊してしまったと言いますから」

「あ……」

 

 

────

 

 

「最初は、病院のベッドを切り刻むような鎌鼬が起きた。次に、機械が異常をきたすようになった。変な音が聞こえるようになった。変な声がするようになった」

「……」

「それでも最近までは収まってたの。確か……あたしが、アイドルになるって決めてから。歌ってる時も、踊ってるときも、今まではなんとも無かった……なかったのに……!」

「玖我山……」

「どうして今なの!? 全部上手くいってて、三周年ライブも目前で、みんなでもっと上に行きたいって話してて……なのに、どうして今さら、こんなことが起こるの!」

 

────

 

 

 あの時の璃音は、とても辛そうだった。夢を、憧れを諦めるなんて発想が出てきてしまうほどに、彼女は追い詰められていたのだろう。

 そうか。あの時璃音が言っていた最初に起きた話、というのが、東亰冥災の後のことなのか。

 

「ですが、リオンさんがペルソナに目覚めたことで、状況に改善の見込みが生まれました。彼女のペルソナ使いとしての力が上がれば上がるほど、“天使”の影響が軽減されていき、やがて」

「アイドルとして復帰ができる、という段階までやってきた、ということか」

「ええ。だから私たちは、みなさんにこのことを話すつもりがなかった。解決が見込めていて、培ってきたものは確かになくならないのだから。……なくならないはずだったのだから」

「……そういうことか」

 

 記憶を、なくす。

 つまり、璃音が積み上げてきた成長がなくなる。

 そうするとどうなるのか。

 成長したことで抑えられたものが、抑えられなくなる。

 

「経過観察の、最後のページをご覧ください」

 

 言われた通りに捲る。

 そこに描かれていた文字と図は、まさしく、この紙束を破り捨てたくなるような内容だった。

 

 “思い出の消失”、“記憶除去装置での無期期間指定”、“ペルソナ能力の喪失”、“天使の暴走”、“奪取”、“天使の調査と活用”、“研究”。

 

 

「璃音さんから“天使”の力を奪い、研究すること。それが、御厨さんの“動機”です。何を研究しているのかまでは、ここからは分かりませんが」

「そんなことのために……」

「……すみません」

「美月が謝ることじゃ」

「いえ、ゾディアックとして、同じ異界の力の利用しようとする同胞として、謝罪をさせてください」

 

 立って、頭を下げる美月。

 同時に腰を追っていた京香さん。

 

「自分に頭を下げられても、困るから。多分、一番下げるべきは」

「ええ、リオンさんに、ですよね。この一件が終わったら、必ず謝罪することを誓います」

「なら、なおさら自分には下げないでくれ」

 

 ほら、と姿勢を正すことを勧める。

 彼女らは沈んだ面持ちのまま、元の姿勢へと戻った。

 

「……ところで、この記憶除去装置って」

「異界の被害にあわれた一般人の方から、悲しい記憶を消すための装置です。期間が指定でき、おおよそ異界で起きた出来事分を指定できるようになっています」

「……それが、無期の指定だって?」

「……ええ。恐らく、彼女の今の記憶が残ったのは、“運が良かったから”に過ぎません」

 

 自分たちと関わった記憶がなくなり、彼女も違和感を抱えながら生活しているのに、それもすべて運が良かったから成り立っているもの?

 本当はすべての記憶を失って、生活させられるところだった?

 記憶喪失がどういうものなのか、どれだけ本人も、周りも、傷つけると思っているのか。

 そこまで、考えて。

 

「……」

 

 自分の記憶喪失も、同様に誰かをこんなにも傷つけているのか。

 ……ああ、不意に、分かってしまった。

 自分の中にある、よく分かっていなかった感情に。

 

「……みーちゃん」

 

 吐き出したい感情と、吐き出すべきでないという理性がせめぎ合っているのが分かる。自覚はできている。でも、止まりそうにない。吐き出してしまいたい、という気持ちが勝った。

 だからせめて、冗談のように、軽く受け取ってもらえるように、彼女をあだ名で呼んでみる。

 

「……なんです、はく君」

 

 

 そんな自分の気持ちを知っているのか。

 いや、汲み取ってくれたのだろう。美月は先ほどまで浮かべていた深刻そうな表情を崩して、自分の言葉を待ってくれている。

 そんな彼女に。

 ともすれば、傷つけてしまうかもしれないことを、言おうとしているのだ。

 

 

「忘れられるって、つらいよな」

「……そうですね。つらいです」

「でも、忘れた方も、かなりつらいんだ、と思う。自分はすべてを忘れているから、そのことも分からないけれども……璃音は」

 

 璃音は、知っていることが多いから。

 遡ろうとすれば、メッセージの履歴からやり取りは追える。

 日記なんてあれば、すぐに足取りを補完できる。できてしまう。

 自分が何を失ったのかを、いつだって突きつけられてしまう。

 少しも知らなければ、気づけなかったはずのものに。

 

「璃音の立場なら、本当につらいと思う。なのに」

「……なのに?」

「それが一番分かるはずの自分が、何もサポートできなかったのが、悔しい」

 

 そう、悔しい。

 余裕がなかったことが。

 忘れられるというダメージを受け止めきれなかったせいで、大切な友人の気持ちに寄り添えなかったことが。

 

 

 

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