PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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5月27日──【有閑の回廊】兄妹弟子

 

 

 

「……未来?」

「ああ、最初は責任感から逃げているのかと思ったけど、違う。郁島さんが逃げていたのは、そういうのだけじゃない」

『わたしが、何から逃げているっていうんですか』

「だから、未来だよ。明日を、その先を考えることを、君は放棄している」

 

 若いうちにしておきたいことを急に考えだしたのはなぜか。

 1日1日を楽しく過ごそうとしたのはなぜか。

 空手から──才能を見込まれている領域から、離れる為だ。

 

「単純な話だ。郁島さんが恐れていたのは、自己評価と他者評価の差。前日に褒められたことが、次の日には出来て当たり前のように扱われる。他の人が自分に対する認識をコロコロと変えていくのに対し、自身のなかではまだ何も変わっていない。そういった切り替えが上手くいかなかったのが、そもそもの原因に当たったんじゃないか?」

 

 時坂や相沢の一件でショックを受けたのも、同じ理由からだと推測できる。

 彼女は、己が周囲に与える影響をそこまで大きく考えておらず、普通に振る舞っていた結果、大事な人たちを傷つけていた。

 このまま空手を続けていけば、また知らない所で誰かを諦めさせてしまうかもしれない。

 その心配事から逃げるように、彼女は全力の空手を──才能を封印しようとした。

 

「お、恐れてなんか……」

「いない? さっき言っていた通り、辛くはなかったんだろう。けれど君は、ずっと疑問に思っていたんだよな。“わたしなんかが、そう呼ばれる資格あるのかな”って」

「……っ」

「その戸惑いが予想以上に大きなしこりになった。理性は仕方のないことだと割り切っていても、本心から認めることは出来なかったんだろう」

 

 

 ある意味で、相沢さんとは対極的だった。

 相沢さんは弱く、劣って見られることを恐れたのだと思える。それ故に対等に戦うことを放棄し、結果で並ぶことを選んだ。

 対して郁島さんは、強く、優れて見られることを恐れたのだろう。だからこそ結果を出さないように尽力し、そもそも戦うことすら辞めてしまった。

 

 両者ともに空手が好きで、しかし他者の影響によって気持ちが歪んで。

 好きなことを続ける辛さ、というのは自分に理解できない。ある意味で自分はすべてにおいて初心者で、なにもかもの上達を楽しめる立場だ。

 だから、何をしても今は楽しい。バイトだって、勉強だって、趣味を探すことすら喜びを覚えてしまう。

 勝手な推測を重ねるなら、郁島さんも、自分のような立場になりたかったのかもしれない。変に高い期待もされず、一個一個の成長に喜べるような、そんな在り方に。

 ……それが彼女の在りたい姿なら、自分も何も言わない。個人の決定に口を出す権利なんて、本当はないはずだから。それも、殆ど無関係な人間が介入するなんておかしな話だろう。

 そう、意志を弱め、夢を諦めた先を、彼女が本当に見据えているのか。

 10年後、20年後の未来を、きちんと考えた上で発言しているのなら、大人しく引き下がろう。

 ……だからこそ、今の状況を見過ごす訳には、いかない。

 

『……あの、岸波先輩。そうは仰りますが、実際今日を楽しむことの何がいけないんですか?』

「決まっている。今の君に目標がないことだ」

 

 首を傾げながら問うてきたシャドウに、はっきりと回答する。

 そうだ、これこそが、自分が見過ごせないと判断した理由。

 他でもない君の本心が、夢を、目標を考えられてないのは、大問題だろう。

 

『目標……ですか。目標ならありますよ。料理ができるようになって、掃除ができるようになって、家事ができるようになって。これって立派な目標だと思うんですけど』

「だそうだ、郁島さん。君の目標は、それで間違いない?」

「……え?」

 

 目を丸くする彼女に、もう一度問う。

 

「君が考える目標、いや、君の望む夢は、家事全般ができる“だけ”の人間で、良いの?」

「……いいえ」

 

 ゆっくりと、確かに、彼女は首を振った。

 先程まで、半ば同化していた理性と本心の意見が再び食い違う。

 

 

「違う、違います! わたしの夢は、目標は、あなたのモノとは違う!!」

『……ふう』

 

 その否定に、シャドウは大きく溜息を吐いた。

 

『余計な、ことをッ!』

 

 突如、郁島さんのシャドウが、膨張し始める。明確な拒絶の意志に反応したのだろう。璃音の時や相沢さんの時と同じだ。

 本心が、力づくで理性を押し込める為の準備。意見を聞き入れられない時の最終手段が、とられようとしていた。

 

 郁島さんの本体が、糸の切れた人形のように倒れる。

 心が掛けてくる負荷に耐えられなかったのかもしれない。

 それと同時に、シャドウの巨大化が止まる。

 その姿は奇しくも、相沢さんのシャドウが巨大化した姿と似ていた。

 違う点を挙げるとすれば、他者を見下す姿勢が感じられないことと、より人型に近いことか。

 それ以外は、空手の道具のようなものを身に纏っているところなんかがそっくりに見える。

 ……結局、最後に頼るのは培ってきたもの(カラテ)か。

 色々理屈を捏ねてはいたがやはり、空手を完全には忘れられなかったのだろう。もし自分たちが負ければ、才能を裏打ちしていたこの熱意も、無かったことにされてしまうかもしれない。

 ……それは、嫌だ。

 

『まったく、失礼しちゃいます。せっかく新しいやりたいことができたのに……』

「冗談!」

 

 シャドウの言葉を、璃音が鼻で笑う。

 逆境に屈さず抗い続けている少女は、その経験から得た力を胸に抱いて、喧嘩を売った。

 

「やりたいことをやるのは結構。ケドね、諦めたわけでもないのに、諦めなくちゃいけなかったわけでもないのに、どちらかしか見てない時点で、その夢は間違ってんの!」

 

 そしてその啖呵に、柊が便乗する。

 

「そうね、ええ、その通りだわ。郁島さんは何よりも先にまず、それらを両立する方法を考えるべきだった」

「強さの為に私生活を捨てる必要はない。生活を潤わせる為に強さを諦める必要もない。まだ、諦めるには、早いんじゃないか?」

『うるさい……煩い!』

 

 象られたのは、現実の彼女とは掛け離れた、筋肉質で巨大な肉体。

 それはさながら、鬼のようで。

 すべてを破壊するような、暴力的な外見をしていた。

 

我は影、真なる我

 

 シャドウが拳を振るう。

 拳圧で髪が揺れた。

 

『期待されるのは嬉しい。けれど、勝手にわたしを決めつけないで。過大評価が怖い。失望されるのが怖い。自分の知らない所で、自分が原因となった不幸が怖い。ああ、誰もわたしを知らない場所で、一から努力をしてみたいな……』

 

 自分、璃音、柊がソウルデヴァイスを構える。

 時坂は……まだ無理か。無理もない。助けたい相手を傷づけたのが自分自身と言われたら、立ち直るのも一苦労だろう。

 だが、最後に必要なのは彼の力だ。

 専門家の柊でも、境遇の分かる璃音でも、勿論ほぼ無関係な自分でもない。きちんとした信頼関係の築かれている、頼りがいのある先輩の言葉が、彼女を救えるはず。

 だからどうか、戻ってきてほしい。精一杯の時間は、稼ぐから。

 

『だから、邪魔……しないでッ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘開始から、どれだけの時が経っただろうか。

 

『あはは、持ちこたえますね』

 

 余裕のあるシャドウの声。それとは対照的に、軽口さえ叩けないのが自分たちの現状。

 悲痛な叫び声と共に始まった戦闘は、何というか、圧倒的だった。

 防戦一方。誰かが攻撃を喰らえば、他の誰かが回復し、残った1人がペルソナ能力での補助を掛け直していく。

 手が足りない。攻撃に転じることができないのは、誰かが今の役割を抜けることで、かろうじて防げている猛攻を止める手段が瓦解するから。

 

 そんな均衡状態が、いつまでも続くわけがない。

 回復も支援もノーコストじゃないのだ。このまま相手の息が切れるのを待つくらいなら、仲間を強引に駆り立てる方がマシだろう。

 

 ……そろそろ良いかな?

 ……良いよな?

 

 と、いうわけで。計算よりも少し速いが、強制出動だ。

 

「いつまで抜け殻みたいになっているんだ、時坂!」

「ホント、そろそろヤバいから! 手伝ってって!」

「……」

 

 どうやら3人とも同じことを考えていたらしい。声を出すのはほぼ同時だった。

 まあ消耗も激しいし。限界はけっこう目に見えて迫っている。

 だがいくら疲れているからと言って、無言で睨み付けるのは止めてあげてくれないですか、柊さん。怖いから。

 

「……オレ、は……」

 

 か細い声が返ってくる。

 本当に時坂のものかと疑いたくなったほどに、力が籠っていない。

 

「助けてえ、と思った。けど、オレが、負担を掛けてたから」

「負担? そりゃ掛かるよ! 身近な人からの声が、一番重いに決まってる。でも、応援しようって気持ちは間違いじゃない! 郁島さんだって言ってたでしょ、“期待されるのは嬉しい”んだって!!」

 

 そう、璃音の言う通りだ。決して応援することは間違っていない。

 時坂はいつも言っていたじゃないか。ソラはすごいヤツだって。自慢の後輩なんだって。

 しっかりと褒めて、認めてくれる先輩。どれだけその存在が有り難いことか。

 そんな時坂を、武を尊び、礼に厳しそうな郁島さんが、迷惑に思うなんて絶対にない。

 

「嬉しかったって、そんなワケ……」

「嬉しいでしょ。身近な、それも慕ってる人に応援してもらえたら。その人が自分を信じてくれていると知ったら、嬉しいに決まってる!」

 

 ただ、昔の出来事が尾ひれを引いていて、間が悪く今回に関わってしまっただけ。

 だから、きっと2人の間は修復できる。

 信頼関係そのものは、きっと失われていない。だって郁島さんは、躊躇いながらも時坂を頼ろうとしていたじゃないか。

 本心は誰かに期待することを拒絶しているかもしれない。しかしあの時、彼女自身が過去の交流すべてを踏まえて判断した結果、信頼しても良いと考えて時坂の質問に対し口を開いたのだとしたら。

 

「後輩からの信頼を裏切るのか! 前に言ってたよな、先輩として慕ってくれる後輩の力になりたいって! 今がその時じゃないのかよ、時坂!!」

 

 どんなに薄くても、信頼はあるのだ。時坂が郁島さんを信じている分、郁島さんも、時坂を信じている。

 その言葉を聞いたのは、先月辺りだったか。よく覚えていた。

 だから、そのまま返そう。きみの言っていたことを。

 その上で、言わせてもらう。

 お前の自慢の後輩は、立派に立ち上がってみせたぞ、と。

 お前は、そのままでいいのか。

 

「時坂 洸が貫きたかった“先輩”っていうのは、後輩の決意に応えずに、ただ立ちすくんでいるような人間か!」

「────」

 

 時坂の顔が、ゆっくりと上を向く。

 ニヒルな笑みを浮かべていた。

 

「……へっ、言ってくれるじゃねえか。響いてきたぜ」

 

 ゆっくりと、時坂の腕が、ズボンのポケットへ伸びる。

 彼の手に、サイフォンが収まった。

 

「……行けるか?」

「ああ、待たせて悪かった。……まあその、さんきゅ」

 

 後頭部を掻きながら礼を伝えてくる彼に、安心感を抱く。

 ああ、いつもの時坂だな

 優しくて、頼りがいのある、自分の友人だ。

 

「行くぜ、ペルソナァ!!」

 

 順に防御支援(ラクカジャ)を付与させていき、味方全体の耐久値を上げる。

 防御で一苦労していた敵の攻撃に余裕をもって対処できるようになった所で、さあ、反撃の準備だ。

 

「皆、再度支援術の掛け直しを!」

 

「“ラー”、【ラクカジャ】!」

「“バステト”、【スクカジャ】!」

「“ネイト”! 【タルンダ】」

 

 攻撃術のように全体付与が出来ればもう少し短縮できるんだが……今はこれが精いっぱいだ。

 時間切れで空いた補助の術を自分が埋めていき、その間、他の面々で弱点属性を洗い出していく。

 

「火炎は効きが弱いみてえだ!」

「念動もイマイチかも!」

「氷結は等倍ね。無理に攻める程じゃないわ」

「分かった。なら次は、自分の番だな」

 

 ペルソナを付け替える。

 支援に集中する必要のない今、一刻も早く攻め方を確立しないと。

 

「“タマモ”、【エイハ】!」

『くっ……ふふ、効きません!』

「させねえ!」

 

 初手から効きが薄い攻撃を選んでしまい、反撃を受けそうになったところを、時坂がカバーしてくれた。有り難い。

 

「すまない、助かった!」

「構わねえ、次頼むぜ!」

「ああ!」

 

 火炎も呪怨も聞きづらいなら、チェンジだ。

 

「“スザク”、【フレイ】!」

『ううっ! まだまだぁ!』

 

 核熱は……普通だな。氷結と変わらない。

 攻撃の手に入れても良いが、詰め手に持っていける程でもないだろう。

 次。……なんとなく、光は効かなそうだから、次は、こうだな。

 

「“シーサー”、【ジオ】!!」

『うあああああ!』

「「 効いたッ!? 」」

「ボサっとしない、畳みかけましょう!」

「ああ」「応!」「ウン!」

 

 柊を筆頭に、各々がペルソナをソウルデヴァイスへと切り替え、全力で畳みかけ攻撃を行う。

 だが、倒しきれない。群がる自分たちを払うように体制を立て直したシャドウは、先程よりも疲れた面持ちで構えを取った。

 ここからは弱点を付ける自分を、積極的にマークしてくるはず。

 ……誰かが、意識を逸らしてくれるとやりやすいんだが。

 

「なんだソラ、疲れてんのか。腕、下がってるぜ」

 

 時坂が挑発する。

 ……ああ、そうだな。一番興味を惹けるのは、時坂に間違いない。

 

『コウ、先輩』

「この前道場でやった時の気迫はどうした? お前らしくねえ」

『わたしらしい、って、なんなんですか! コウ先輩は、わたしを、どう想ってるんですか!!』

 

 その剣幕に、璃音の肩がビクッと震えた。

 一瞬、集中を切って時坂に視線を向ける。

 

「……はっ。ンなの、自慢の妹弟子に決まってるじゃねえか」

『……妹、弟子』

「違えよ、“自慢の”妹弟子だ。何処に出しても恥ずかしくねえ、誰に自慢するのも躊躇わねえ、たった1人の大切な妹弟子だよ」

 

 ……なんだろうか、璃音の表情が段々険しくなっていくのだが。

 気になって仕方がない。

 集中、集中。

 

「お前はオレの誇りなんだぜ、ソラ。一緒に鍛練して、兄弟子と慕ってくれたお前が輝いているのを見るのが、好きなんだよ。嬉しいんだ。きっとオレだけじゃねえ。お前の親父さんも、ジッちゃんも、相沢だってマイ先輩だって、きっとそう思ってる」

『ならどうして、ちゃんとわたしを見てくれないんですか! なんで皆さん、わたしを期待して、勝手に離れちゃうんですか……わたしは、我儘だとしても、一緒にやっていたいのに……』

 

 そう、か。ようやく本人の口から、それらしい言葉が出て来た。

 ちゃんと聞いたか、時坂。彼女の望みを。

 

「しかと聞き届けたぜ、ソラ。お前の望み」

 

 ソウルデヴァイスを抜いた時坂が、彼女のシャドウへ駆け寄る。

 

「オレらは……いや、オレは! お前に夢を押し付けたりだとか、託したりだとか、そんなことは無責任なことはしねえ! 誰が過剰な期待も責任も押し付けるか! 誰が離れるかってんだ!」

 

 “レイジング・ギア”が巨体目掛けて振るわれる。

 一撃、二撃。溜めを作って──

 

「だからお前も、勝手に背負い過ぎてんじゃねえッ! その我が儘を、きちんと相談しやがれってんだッ!! らあああっ!!」

 

 ──三撃。思いを込めて繰り出された連撃は、巨体を揺らすのに十分だった。

 

「行け! ハクノッ!!」

「──“シーサー”、【ジオ】!!」

 

 崩れ掛けたシャドウの弱点に重ね掛ける攻撃。

 重い身体が倒れる。総攻撃のチャンスだ。

 

「チャンスだ、ハクノ!」

「ああ、突撃する!」

「ええ!」「ウン!」

 

 2度目の全員特攻。

 これ以上シャドウが起き上がらないように、力を込めて、思いを乗せて、斬って、打ってを繰り返した。

 

『そん、な……わたし、まだ……』

 

 徐々に崩壊を始める巨体。

 数秒と経たずにその身体は、元の郁島さんと同等のサイズへと戻っていた。

 シャドウの縮小が完了すると同時、郁島さん本人が目を覚ます。

 

「んん……あれ、わたし……」

「ソラ!」

「コウ、先輩?」

 

 郁島さんは周囲をゆっくりと見渡し、夢じゃなかったんだ、と呟いた。

 どうやら、はっきりと認識できているらしい。

 

「コウ先輩、1つ、聞かせてください」

「……おう、なんでも聞いてくれ」

「わたしが居なかったら、コウ先輩は、空手、続けてましたか?」

「それはねえな」

 

 きっぱりと、断言した。

 

「元から、これじゃねえとは思ってたんだ。いまいち夢中になれなくて、のめり込むこともできてなかった。どちらにせよ辞めるのは時間の問題だったと思うぜ」

「……そう、だったんですか」

「だから、ソラがスゲェと思うんだ。オレに出来ねえことをやってのけてるからな」

 

 時坂が、郁島さんへと手を伸ばす。

 彼女はそれを掴もうとして、しかし引っ込めた。

 

「でもそんな、わたしなんて」

「そんなお前が良いんだ、ソラ。一緒に訓練して、一緒に過ごしたオレだから分かる。唯一の妹を誇らねえ兄貴がどこに居るんだよ」

 

 その手を強引に掴み、彼女の身体を引き上げる。

 そして逆の手で、妹弟子の頭を撫でた。

 

「……あっ」

「決してもう1人で悩ませねえからな、ソラ。頼りづらかったら他のヤツを頼れ。相沢でもマイ先輩でも、トワ姉やジッちゃんでも、ここに居る連中でも構わねえ。1人で考えこまなくて良いんだ。明日が不安なら、誰かと一緒に過ごそうじゃねえか」

「コウ、先輩……」

「少なくともここに居る連中と、オレと、相沢は、等身大のお前を見てる。それに、もっといっぱい居んだろ。アユミちゃんとかも、色眼鏡なしで付き合ってくれる良い子じゃねえか」

「……はい、はい!」

 

 これからも、期待や信頼はし続けるけどな、と笑う時坂。

 臨むところです、と郁島さんも泣き笑い返した。

 

 

 

 

 

 

 やがて時が経ち、泣き止んだ郁島さんは、目元を袖で強く拭うと、自分たちの方へと向き直る。

 

「ありがとうございました、先輩方」

「気にするな。頑張ったのは、君と、時坂だ」

「ウンウン、あたし達は、その手伝いをしただけ!」

「ほら、そんな私たちよりも先に、話すべき相手がいるんじゃないかしら」

 

 柊が指をさす。

 その先には、いつの間にか復活していた郁島さんのシャドウが立ち尽くしていた。

 

「えっと、ごめん、無理させちゃってたね」

『……』

「でももう大丈夫。皆さんと一緒なら、明日もその先も、きっと良いものにできるって信じられたから! だから、また一緒に歩いていこう? 少し寄り道しながらでも、夢はもう、決まってるから、ね?」

『──』

 

 シャドウが頷き、淡く光り始める。

 段々と崩れゆき、まるで泡のよう消えていく。

 その光の一部は、郁島さんへと流れ込んでいた。

 

 シャドウを受け入れることで、郁島さんも薄い光を纏っていた。

 ……彼女から、大きな力を感じる。璃音の時と同じだ。これは、ペルソナの力……?

 

 その一部始終をしっかりと見送った自分たちは、なんとなく顔を見合わせる。

 自然と笑みが浮かんできた。

 

 

 

 

 

「……グスッ、お待たせしました!」

 

 郁島さんが元気よく言う。

 少し目元が赤いものの、素敵な笑顔を浮かべていた。

 この笑顔が守れたのなら、頑張った甲斐があったな。

 緊張が解けたのか、それとも彼女の涙に感化されたのか。時坂が顔を隠して後ろを向いた。

 すかさず柊と璃音が揶揄いに行く。

 

 

 ──そんな有り触れた光景を眺めていたら、いつの間にか異界は消滅し、気付くと自分たちは杜宮公園でただ笑いあっていた。

 

 

 


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