午前授業が終わり、放課後。鞄に筆記用具を詰め込みながら、今日の予定を企てる。
明日は日曜日だから1日旅館でバイトをするとして、今日はどうしようか。
流石に連日バイトという気分でもない。かといってやりたいこともなければ、部活のようなやるべきこともなかった。
誰かと過ごすのもありだろう。
だとしても誰を誘うべきか。
ここで璃音を誘うのは得策ではない。彼女は既に周りを囲まれていて、連れ出すと非難の目を浴びること間違いなしだと直感したからだ。
……洸でも誘ってみようか。
席を立ち、彼のクラス──2-Bを尋ねてみる。
「時坂君? さっき倉敷さんや伊吹達と帰ったわよ」
「そうか……」
入口近くに居た生徒に洸の所在を聞いてみると、帰宅済みで知らないと答えられてしまった。
さて、本当にどうしようか。
頭を抱えかけたその時、教室の隅で立ち上がった少女の姿を視界に捉えた。
「あら、岸波君」
「柊」
そういえば、2人は同じクラスだったな。
何にしても、まだ帰っていなくて良かった。
「柊、この後暇か?」
「? ええ、買い物をして帰るだし、少しくらいの時間はあるけれど……何かあったのかしら?」
「いいや、たいしたことじゃないんだが、遊びに行かないか?」
「……は?」
────>七星モール【城嶋無線】。
「ここに用があるのか?」
「ええ、そうよ」
誘いを掛けた時は猜疑の眼差しを向けられたが、やがて少し考え込んでから、了承の答えを貰った。
そうしてやって来たのが此処、ジャンク屋の【城嶋無線】。
何て言うか、連れてこられた場所は少し予想外だった。とはいえもともと謎の多い彼女。自分が予想に使っている部分だって、彼女を構成する側面の1つに過ぎないのだろう。
「テツオさん」
「ん……おお、アスカじゃねえか! 久し振りだな」
「ええ、ご無沙汰しております。すみません、この所、顔すら出せずに」
「良いってことよ、無事だったんだからな!」
どうやら柊は、店主の男性と知り合いらしい。
恰幅の良い男性だ。短めの金髪につなぎ姿で、いかにも技術屋といった風貌をしている。
かといって怖いわけではなく、快活な笑顔を浮かべている辺り、人当たりは良さそうだ。
「んでそっちは……ははーん?」
「「?」」
自分を見た後、急にニヤつき始めた店主。
まったく謂れのない反応に、自分と柊は揃って首を傾げた。
「隠すな隠すな。お兄さんにはすべてお見通しよ。差し詰め、そこの少年が“特別な存在”ってトコだろ?」
「!? 流石ですね、テツオさん。見抜きますか」
「ああ、伊達に長く生きちゃいねえ」
特別な存在……自分がそう言われるとしたら、ワイルドのペルソナ使いという面に他ならないだろう。それを一目で見抜くとは、もしかして凄い人なのかもしれない。柊も驚きを隠せないみたいだ。
初見でそれが分かるということは、他の事例への関与を推察できる。他のワイルド能力者に触れたからこそ分かる、みたいな。
しかし、この人も異界関係の人だったのか。まあ、柊と馴染みのある人と分かった時点で、薄々勘付いてはいたが。
「しかし、どうして分かったんですか? もしかして月光館学園のときも──」
「月光館? なんでその名前が出てくるんだ? ひょっとして、初デートがそこだったとか?」
「「……はぁッ!?」」
む、寧ろ何でデートなんて言う単語が出てくるんだ。
まさか……
「ま、まさか……」
柊が頭を抱えている。
自分と同様の結論に辿り着いたのだろう。
「テツオさん、正直に答えてください。岸波君が、どういう存在だと?」
「ん? 正直も何も、アスカと彼は、恋人同士なん……だよな?」
「違う」「違います」
1人キョトンと驚くテツオさんを尻目に、自分たち2人は重い溜息を重ねた。
────
「なるほど、現地協力者……謂わば、杜宮のペルソナ使い達のリーダーってことか」
「リーダー、と呼ばれる実感は沸きませんが」
「ハハハ、何事も諦めが肝心だぞ。それに、ワイルドに目覚めた人間は総じて集団の中央に配置されるもんだ。って言っても、俺自身生で見るのは初めてだがな」
テツオさんは、フリーの技術者らしい。
なんでもソウルデヴァイスの修理・改修も行えるとのことだ。彼曰く、【倶々楽屋】のジヘイさんには劣るらしいが、安さや多様さでは負けるつもりがないらしい。
今日は、彼に修理をお願いするついでに、自分を紹介するつもりで連れてきたのだとか。
「それにしても、杜宮にワイルド。アスカの仲間、ねえ……」
「何か?」
「いんや、大事にしろよ、アスカ。その縁はきっと“一生のもの”になる」
「……まあ、それなりには」
端から見ると、結構仲が良さそうだ。洸や自分に対するのとはまた違った接し方。年齢……いや、これは過ごしてきた時間の差、なのかもしれない。
まずは少しずつ、柊 明日香を知っていかなければ。
柊との縁が強まった気がする。
柊の昔話という後ろ髪を引かれるワードをぶら下げられながらも、氷を背中に突き付けられている錯覚を得ながら、【城嶋無線】を後に。店で無事にソウルデヴァイスを修理に預けられた柊とも、帰路の途中にあった分かれ道にて別々の方向へ。
……自分も早く帰ろう。
──夜──
「そういえば、Tシャツ……」
オリジナルのものが作れるという話を、一昨日あたりに聞いた。デザインと生地さえ決めてもらえれば作れる、とも。
だが、デザインは頑張れるとしても、生地か……あまりよく知らないな。何か分かる本でも買ってこようか。
今日は取り敢えず……ああ、その時にもらった本を読もう。
“手芸入門編”を読んだ。
小物の種類や難易度、気を付ける部位などが乗っていて、同時に簡単にできるアクセサリが紹介されている。
少しだが、アクセサリの知識を得たことで、魅力が上がった気がする。
──6月10日(日) 午前──
────>駅前広場【オリオン書房前】。
今日は神山温泉でのバイトの日だ。
何か用事があるなら、朝のうちに済ませておきたい。
という訳で、昨日の夜に考えていた、家庭科の教本“服飾の基礎・基本が分かる! 本”を購入し、次の機会に備えることに。
今持っている本に優先順位はあるが、それでもできるだけ早く読んでみよう。
他には……何もないな。
さて、そろそろバイトへ向かおう。
────>神山温泉【休憩室】。
「ああ、岸波じゃないか。久し振りだな」
「こんにちは。会う度に久し振りって言っている気がしますね」
「確かに」
バイトの先輩と他愛無い話をして、休憩時間を過ごす。
「そうだ、先輩。先輩は何か趣味とかありますか?」
「趣味? ……勉強かな」
「勉強が趣味って、珍しいですね」
「まあ受験生だし。ただ、勉強と言っても教科書的なものだけじゃなくて、雑学的なものも含むが。何かを知ることっていうのは大事で、かつ面白いものだぞ」
「……まあそれは、分かります」
退院してからというもの、知識を得るのが楽しくて仕方がない。
新しいことを知る。新しい人と関わる。新しい場所へ行く。結構普通なことだが、そのどれもが大切で、かつ面白いものだ
だが、趣味かと言われると、そうでないような気もする。
「それに、知るということは、備えるということだ」
「備える?」
「授業で教わる知識は試験に備えるもの。人から聞く知識は危機に備えるもの。知らなければ何もできず、知っていれば行動を産むことができる」
「……」
「だから、気になることがあったらまず調査をするべきだ。って考えてる」
確かにその通りだろう。
勉強をしなければ試験でまったく点が取れない。十分な備えがあってこそ、きちんとした点が取れるのだ。まあ勉強しても今回のように赤点を取ることはあるが、それは置いておくとして。
異界を攻略する為に、その人の抱えていた悩みを調査するのも同じだろう。知らなければ、対策ができない。対策ができなければ、助けるのが遅れる。
勉強は、後悔しない為に行うものだ。気になったことがあって、それを放置して、失敗する。なんて最悪は、引き起こしてはいけない。
「そうだな……岸波は本を読む方か? 何だったら今度から何冊か古本を持って来るけど。勉強になるものも多いし」
「え、良いんですか?」
「ああ、ほとんど内容も覚えているしな。格安で譲ろう。ただし、新刊と呼べるような本はまだ持ってこれないから、そういうのは新品で購入してくれ」
「勿論です。ありがとうございます!」
そこまで話して、丁度休憩の終わる時間になった。
自分と先輩はそれぞれの担当場所へ戻っていく。
あまり会う機会もないのに、なんて良い人なんだろうか。
残りの仕事も頑張ろうと心に決めた。
──夜──
昼に勉強の話題があったし、せっかくだからテスト勉強をしようと思い当たった。
とはいえテストはまだまだ先。確か“7月の2週目”だった気がする。次こそは上位に入りたいものだが……まずは、頑張ろう。頑張って備えよう。
コミュ・女教皇“柊 明日香”のレベルが2に上がった。
────
知識 +3。
優しさ +2。
魅力 +2。
────
先輩「やった。これで本棚の整理ができる」
獲り損ねた本を読めないのはペルソナというより軌跡シリーズとかのような気がしますが、まあ良いとして。
まあ質屋【大黒堂】の代わりみたいなものです。
今話のタイトルはそのまま。彼らが学校を出た後の一幕。最後に驚いているのは、なんかとばっちりを受けそうな人。