PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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6月21日──【空き教室】笑顔が怖い

 

 

「なるほどな、経緯は分かった」

 

 洸が頷く。

 一連の事件の翌日である木曜日の放課後、恒例となった空き教室に集まった自分たち5人は、まず昨日異界が発生した経緯について共有した。

 

「え、その後はどうしたの?」

 

 璃音が問う。

 その答えは、空が返した。

 

「岸波先輩がユウ君を抱えていたので、わたしがアスカ先輩に連絡しました」

「連絡を貰った私はできるだけ早く駆けつけて、そのまま少しのやりとりをして、当事者たちには眠ってもらい、記憶の処置をさせてもらったわ」

「少しのやりとり?」

「理想は発生源──父親に詳しい考えを聞くことだったのだけれど、正直思わしくない結果だったのよ。出てくる言葉は不信と自己の正当化。聞くに堪えなかったから、そのまま眠ってもらったというだけ」

 

 

 ……確かに、あの時の柊の顔。あれはやばかった。

 一見穏やかそうな顔で笑っていたが、その奥底に苛立ちが滲み出ていて。

 そういう所は美月と似ているかもしれない。一定の怒り水準を超えると、貼り付けたような笑顔で圧を掛けてくる辺り。

 

「岸波君、“ なにを考えているのかしら? ”」

「なんでもありません」

「宜しい」

 

 止めよう。

 これ以上は踏み込んではいけない所だ。

 

「つっても、記憶を封じちまったんじゃ、情報源が少ねえだろ。どうすんだ?」

「そこなのよね。……最悪、危険を承知でまずはお姉さんを助け出すべきかもしれない」

「あ、それでお姉さんから事情を聴くってこと?」

「ええ、あの世界で脅威を目の当たりにしているなら、他の2人より口が軽くなると思うから」

「なるほど、流石はアスカ先輩です!」

「あくまで予備策。頼りたくない手段だけれど、ね」

 

 褒めた空の言葉に、苦々しい表情をする柊。

 なぜ、その手段を決行したくないのだろうか。

 危険を承知でということは、何かしらの障害が生じると?

 

「まず、撤退の危険度ね。本人の認知度にもよるけれど、その存在を大事に想っていれば想っているほど、連れ去るのは困難よ。仮に奪い返せたとしても、連れ抱えていれば、絶対にシャドウが押し寄せてくるわ」

「大事に……」

「単純な庇護欲、もしくは親子愛ってことか」

「ええ、恐らくは、ね」

 

 えらく煮え切らない反応だったが、柊はそうやって障害その1についての話を締めくくった。

 

「次に障害となるのは、当然異界攻略の最後、“説得”ね。強引に連れ帰る以上、次回攻略時は話も聞かずに襲われる可能性が高いわ」

「つまり、どういうことだ?」

「理由が分かった所で、聞く耳を持ってもらえなければ、話し合いなんてできないと言うことよ。結局どう考えても、メリットは少ないという結論に至ってしまう」

 

 なるほど。

 ユウ君の父親からすれば、大事な1人娘を攫った集団がのこのこやってきて、お前が間違っている、と言ってくるわけか。

 それは逆上もするだろう。

 

 しかしかと言って、取れる選択肢は多くない。

 葵さんに頼らず情報収集が出来るか、と言えば難しいだろうし。情報収集がないままぶっつけで説得するのと、情報収集ができた状態で明確に敵対するの、はたしてどちらが正解なのだろうか。

 ……どっちも不正解な気がする。

 

「まず、ユウ君の家の家庭環境を調査するのが良いんじゃないか?」

「……当てはあるのかしら、岸波君」

「一応近所だし、聞けないこともないとは思う」

 

 丁度、近所づきあいを充実させたいと思っていたところだしな。

 

「なあ、家庭環境っていうなら、学校も頼れねえか?」

 

 時坂が腕を組みながら意見を述べた。

 学校……?

 

「個人情報にはなるが、家庭の状況なんかは保存してあるっつう話を聞いたことがある。なんかあったら職員会議なんかでも話題になるんだろうし。確かその……ユウってやつは学校にあんまり来てねえんだろ? それなりに情報が揃ってるんじゃねえか?」

「…………そうね。先に当たれる所を当たりましょうか。時坂君と郁島さんは、九重先生に。それと岸波君に久我山さんは、私と一緒に、生徒会室に来てくれるかしら」

 

 生徒会室……?

 

 

────>杜宮高校【3階廊下】。

 

 

 

 今日明日分程度であるが、各々の行動を決め、一旦解散することにした。

 先の話し合い通りここへやって来たのは、柊、璃音、自分の3人。

 

「ねえアスカ、なんで生徒会室なの? 職員室で、例えばクラス担任に話を聞いたりした方が良かったんじゃ……」

「それは時坂君たちにも出来るわ。それに、うまく九重先生を味方に付けられれば、1学年の先生全体から情報を得ることだって可能なはずよ」

「ならなおさら、アスカはそっちに行った方が良かったんじゃない?」

「あら、久我山さんはそんなに私が此処に居ることが不満なのかしら。岸波君と2人きりで歩きたいというなら席を外すわよ?」

「そ、それはまったくの別問題だから! そうじゃなくて、生徒会長との面識ならあるし、先生たちからの信頼が厚いアスカがあっちについていた方が、上手く話が回るんじゃないかと思ったから……」

「……」

「ど、どうしたのアスカ?」

「いえ……まあ、私だって本当なら来たくなかったけれど、それ相応の理由があるのよ。貴女たちだけだと、はぐらかされるか丸め込まれるかしてしまいそうだし」

「「あー」」

 

 心当たりがあった。璃音も思う所があったのか、微妙な顔をしつつ自分と同じ反応を示している。

 確かに、対等に話し合うにしては少し力が足りないだろう。自分は言わずもがな、命を直接救われた璃音だって、かなりの恩義を感じているはず。

 まあ、美月の性格上、それを引き合いに出して言いくるめるなんてことは……あるな。平然とやってのけそうだ。そこに確固とした善があるなら、彼女はその選択を取れるだろう。

 会って話した時間は少なくても、いちばん最初に関わり合いをもった少女の事だ。それくらい理解している、つもり。

 

 そうこうしている間に、生徒会室へと辿り着いた。

 

「さて、準備は良い?」

 

 

──Select──

 >いい。

  よくない。

──────

 

「そう、なら行くわよ」

 

 ふう、と息を吐いてから、柊は扉をノックする。

 

『はい』

「2年B組、柊 明日香です」

『どうぞ』

「失礼します」

 

 久し振りに訪れる生徒会室。役員の姿は……ないな。

 

「ようこそ柊さん、岸波君、久我山さんもお久しぶりです。本日はどのようなご用件でしょう?」

 

 水色の髪の少女は席に座ったまま問いかけてくる。

 表情は笑顔だ。貼り付けているものではない。極めて普通の笑顔のように感じる。

 

「……てっきり、知っているものかと。“その為に人払いを済ませて下さったのでしょう”?」

「「!?」」

「あら、人払いではありませんよ。“今日から少しの間、校外の見回りに力を入れる”よう伝えただけです」

「それは、何故?」

「言葉を返すようですが、知っているのではありませんか?」

 

 正直、話に付いていくので精一杯だ。

 つまり、美月は自分たちがここに来ることも、学校生徒が異変に巻き込まれることも察していた、と?

 だから生徒会室は美月以外待機していないし、他の生徒が“何らかの危機に巻き込まれない”よう生徒会役員を見張りに立てた、というのだろうか。

 

「……お互い、無用な詮索は止めておきませんか?」

 

 美月からの申し出。無用な詮索、という言葉が妙に引っかかったが、柊はそれに頷きという形で、了承の返事をした。

 

「それで、“そちら”としては、どこまで掴んでいるんですか? 今回の異変について」

「詳しい経緯はあまり。ですが、大まかな流れと、そこに至った原因くらいは存じております」

「お伺いしても?」

「……その言葉が出てくるということは、柊さんには“協力の意志”がある、という解釈をして構わないでしょうか?」

「……っ」

「柊?」

 

 美月に協力の意志の有無を尋ねられた直後、舌を噛んで黙りこくってしまった柊。

 ……なんとなく、背景が見えてきた気がする。

 柊本人が生徒会室へ向かうことに、あまり乗り気でなかった理由も。

 だがそれは、人命が掛かったこの現状で、本当に気にするべきところなのか……?

 

 

──Select──

  割って入る。

 >柊の解答を待つ。

──────

 

 

 ……いいや、待とう。自分は知っている。

 柊も美月も、自分の感情は置いておいて、“義の為に行動できる人間”であることを。

 それに、柊が間違った回答をしたら、止めればいい。

 話し合って、ぶつけ合って、“自分たちの総意”で応える。

 それが、信頼し合う人たちがするべき、解決の仕方。

 3度に渡る異界攻略で身に着いた、自分の、仲間に対するやり方だ。

 

「……そう、ですね」

 

 重い沈黙の後、これで良いのかという疑問を抱きつつ、彼女は口を開く。

 柊の、答えは。

 

「“今回の件に限り、情報の共有”という形で、“協力”したい、と考えています」

「……」

 

 なんだか、言っている途中に苦渋を飲んでいるような表情が見られたが、あれは良いのだろうか。美月も少し困っているみたいだ。

 

「私としては別に、“今回だけの協力でなくても良い”のですが……そうですね、まずはお互い、第1歩ということにしましょう。ふふ、これも岸波君たちのお陰ですかね」

「自分は何も……」

「あたしも特には……」

「気付かぬは本人たちだけ、と。まあそれは良いです。それでは、そちらが持っている情報を先に聞いても良いですか? どこまで話して良いか、判断に困りますし」

 

 しかし、柊はおいておくとして、美月は妙に協力的な感じがする。

 やはり真意までは探れないか。信頼している以上、探る必要性もほとんどないわけだから、別に良いのだが。

 

「えっと、良いんですか? 個人情報とか」

「私はただの一生徒として同好会活動の調べものに、私独自が持っている情報を使ってもらう、という体で行きますから。もちろん悪用するつもりでしたら何があっても話しませんが、柊さんと岸波君が居る以上、安心して任せられますし。……なにがあっても他言無用、ですよ?」

 

 ──破ったら退学、ですから。

 

 そんな言葉を笑顔で付け加えるものだから、やはり怖い。

 ……肝に銘じておくとしよう。

 

 

 

 

 





 ちなみにリオンが連れてこられた理由は、白野がミツキの側に回る可能性を加味して、味方が欲しかったから。リオン、コウ、ソラの中でアスカが知る限りミツキと面識を持っているのは、リオンのみ。かつコウは対トワ決戦兵器なので連れ出せず、単純に付き合いの長いリオンを連れて行くことに、という感じでした。


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