「可能性だと? そんなもの、ノルマをこなしていれば見えてくる。それを放棄したのは愚息だ」
「それは違うだろ。意志が伴わないものを、可能性と呼べねえ。ノルマを越えるか越えないかで見えてくるものとは確実に違う。俺にもそんなによく分かってねえけど、夢に見るほど遠いモノを為せるかどうかが可能性と呼べるんじゃねえのかよ、祐騎のオヤジさん」
洸が冷静に反論する。大事なのは、願うことだと。
それが叶おうと叶うまいと、それに向けた努力と得られた結果が、個人を成長させる。
まずは志し、努力すること。故に、それを決定付ける己の意志が大切なのだと、彼は言うのだ。
「意志? それこそ不要なもの。やりたいことを仕事にすることに意味など無い。それはただの子どもの夢だ」
「それは違うよ! 意志なく仕事なんて続けられない。嫌だ嫌だと思ってて成功なんてしない! 夢は押し付けられるものじゃなくて、見付けるモノなの!」
更なる否定が、異界に響く。
介抱された葵さんを含む全員が、自分たちの後ろに着いた。
尤も、葵さんの衰弱は激しい。支えを得てなお立っているだけで奇跡。意識だっていつ失ってもおかしくないくらいに、顔が真っ青だ。
そんな彼女を柊と空に任せた璃音が、一歩前に出る。両手を大きく広げて、全身を使って気持ちを訴える為に。
「子どもの夢って何!? 子どもだろうと大人だろうと、みんな大なり小なり夢は見るでしょ!! それを叶える力は確かに大人の方がすっごいのかもしれない。でも、子どもがみんな夢をかなえられないワケじゃないっ!! 良い? 夢を、目標を持ち続けられない人間が成功なんてできるはずがない! だってそこに挑戦は生まれないから! そんな人間が社会で通用するワケないでしょ!」
「……社会に出てない小娘が何をッ」
「いやいや出てます、アイドルやってますっ!!」
「アイドル? ……フッ」
「……ちょっとムカッと来た。やっちゃっていい?」
「駄目だろ」
駄目に決まっている。
猫が尻尾を逆立てるように威嚇を続ける璃音を下がらせると、葵さんの身体を支える柊が、説得の続きを引き継いだ。
「私は彼女の言う通りだと思いますが。それに、成功するしないを語るなら、本人が持つ情報処理能力を伸ばしたほうが将来は明るいのでは?」
「ふん、そんないつ廃れるかも分からん業界に居たところで、長く勝ち組に居られるわけがなかろう」
「……やはり、“信じてはいないのですね”」
残念です、と、少し落ち込むような演技をする彼女。
そう、その反応は明らかに演技だった。
何かしらの確信があったのか、返ってきた答えは予想通りだったらしい。この場において1番考えを読めない彼女であるが、今のところ問題はなさそうだ。
「信じるも何も、それで食べていけるような才能ではないのだ。ならば今のうちに矯正してしまうのが正しい教育だろう?」
さも当然のように、自分が正論を言っているかのように話すシャドウ。
ああ、恐らく言っていることも間違いではないのかもしれない。
「それは、違う」
でもやはり、すべてがすべて正しいと認める訳にもいかないんだ。
それを認めてしまっては、何かが終わってしまうことを、自分は多分、知っている。
「それを教育と呼ぶなら、本人の意見を無視してまで行うべきことではないと思います。貴方がしていることは、ただの夢の否定に過ぎない」
「夢を否定して何が悪い。いつまでも夢を見ている方がおかしいだろう。さっきそこのアイドル擬きが言っていたな。大人の方が叶えられる夢が多いと。当然だ。大人は現実を知って夢に挑むのだから。子どもは夢しか見ていないのだから、親が導かなくてどうする」
「…………」
「……アンタのは、導いてんじゃない。引きずり降ろしてんだろ!」
祐騎が、声を荒げた。
「ユウ、くん……」
その背中を、葵さんが止めようとする。力の籠らないはずの手を伸ばしてまで。
彼は姉の声に、一旦足を止めて振り返った。
だがその顔は、戦いへと赴く戦士の顔つきをしている。
「姉さん、ゴメン。もう一度だけ、喧嘩してくる」
「……これで最後ね、約束」
弟が退かないことを察したのか、彼女は儚く、しかし優しく笑って、弟へ小指を伸ばす。
「ああ、約束」
祐騎が、葵さんと小指を絡めた。
指切りげんまん。……拳万という言葉は似合わない2人だけど、それが起こらないくらい、固い約束を彼らは交わしている。
「破ったらユウ君の家住んじゃうんだから」
「破らないよ、今回だけは」
指を解いて、微笑み掛ける祐騎。その顔を見て安心したのか、葵さんは意識を失った。
「昔からそうだった。口喧嘩じゃ埒が明かないのなんて知ってる。僕らは心底厭なことに、頑固なところだけは似ているらしいから、さ」
祐騎の指が、ディスプレイの上を走る。
「“
『フン、調子に乗るなよ。──だが、良いだろう』
不敵に笑う祐騎に、同様の挑発的な表情で返す彼の父。
挑戦者と王者みたいだ。彼らの視界には、彼らの姿しか入っていないのかもしれない。
不意に、シャドウの身体は波打った。
『我は影、真なる我。人の意志では、現実に勝てない。凡人の才では、天才に勝てない』
影が集められ、膨らんでいく。
暗闇の集合体が色を持ち、やがて怪物へと成り果てた。
攻撃的な見た目だ。鋭く細い目、尖った爪と、きちりと生えそろった凶悪な牙たち。
その、背中には“折れた翼”が。
見方によっては堕天使のようにも見えるが、肉食の大鳥、もしくは翼竜のようにも見える。
……そうだな、翼竜だ。それが一番近い表現かもしれない。翼をもち、しかし身体が重く飛ぶことに異常な疲労を得る、大地を走ることに順応した恐竜の一種。図鑑などで見るそれに、一番印象が近い。
『全力で、全員で来い。貴様らに、本物の天才がどういったものかを、教えてやろう!』
親子喧嘩がついに始まる。
「いくよっ!」
ソウルデヴァイスを持った祐騎が走り出した。
シャドウが彼を目で追う。
注意は惹き付けた、ということでいいのか。いや、そういうことにしよう。
「洸!」
「おう!」
洸と共に、祐騎が回り込もうとしている方向と逆側へ駆け出す。
走りながらサイフォンを操作。半身を呼び出した。
「“ラー”、【ラクカジャ】!」
「“タマモ”! 【ラクンダ】!」
洸が、狙われている祐騎の防御力を上げ、自分は敵の防御力を低下させる。
「璃音、準備!」
「オッケー! 奏でて“バステト”!!」
自身にスクカジャを掛けた璃音が、ペルソナを戻してソウルデヴァイスをセット。突撃準備をする。
「それそれっ!」
『猪口才な……』
祐騎がソウルデヴァイスのピットからエネルギー弾を発射し、シャドウの意識をコントロール。意識を彼一点に集中させることには成功しているが、きつい反撃が彼を襲おうとしていた。
「桜、脅威度は!?」
『……ひどく高いです。センパイ達、気を抜かないで!』
喰らって即死、という類ではない。気を抜かないで、ということは、気力さえあれば耐えきれる範囲の攻撃ということだ。
それでも攻撃を受けないに越したことはなく、洸にも防御支援を掛けてもらったが……せめてこっちを意識させられれば良いのだけど。
「チェンジ。“クイーンメイブ”、【テンタラフー】」
シャドウの混乱を誘うスキルを放ってみたが、効果は……ないか。
「うわっ!」
「祐騎!?」
鋭いひっかきが祐騎の左腕を捉えた。
4本の裂傷が走る。
「……上等じゃん!」
「祐騎、突っ張り過ぎんなよ!」
「分かってるよ! そら、弾幕弾幕!」
そうは言いながらも、走りながら狙撃することを忘れない祐騎。
最初の頃、自分のソウルデヴァイスは他の動きをしながら動作させることが困難だった。苦手意識があったと言っても良い。思い通りに動かせるようになったのは、
だが彼は経験を必要とせずに思い通りの挙動でソウルデヴァイスを扱えている。凄い情報処理能力だった。
やはり、彼になんの力も才もないなんて間違っている。こうして、誰かの力になれること以上に、何が必要というのか。
「「「──」」」
やがて、それぞれの走った軌跡が半円ずつを描き、スタート地点の反対側で相まみえようとしていた。
一瞬だけ、シャドウに割いていた意識が、視線が重なった。
『ふッ!』
「甘い甘いってね!」
2度同じ攻撃は喰らわないよ、と言わんばかりの回避を見せつける祐騎。少しばかり大げさに回避しているのは、やはり意識を向けさせるためだろう。
実際、ここまで近づいているのに自分たちへはほとんど目を向けない。
『ならばこれなら、どうだ!』
翼竜が大きく息を吸い込んだ。
『熱エネルギー上昇! 火炎攻撃が推測されます!』
「了解、洸!」
「応!」
火炎攻撃なら、洸が一番堪えられる。問題は攻撃範囲だが、なんとかするしかない。
属性に対する防壁を張れるスキルなんかもあればいいんだが、まあ無いものねだりか。
『ゴアッ!!』
シャドウが、火球を放ってきた。
そのタイミングで、祐騎の前に洸が駆けこむ。
ソウルデヴァイス“レイジング・ギア”が、その炎を受け止めた。
「ちっ、うおおおおおおっ!」
両足で踏ん張りながら、洸が甲に付けた“レイジング・ギア”で、攻撃を受け流そうとする。
しかし受け流すどころか、押し込まれている。踏ん張ってはいるが受け止め切れていない。両足が地に付いたまま後方へ下がっていた。
そしてシャドウは──再射の準備を始めている。
……まずい!
「チェンジ。“カハク”! ……璃音!」
火炎耐性を持つ2体の手持ちペルソナのうちの1体。“魔術師”のアルカナを持つ妖精、“カハク”を召喚。洸が止めようとしてる火球の一部を受け持つ。
その一方で、璃音に合図。彼女と、2人の女子が動き出す。
「駆けよう、“セラフィム・レイヤー”。アスカ、ソラちゃんもお願い!」
「すべてを流せ、“ネイト”!!」
「行きます! “セクメト”【アサルトダイブ】!」
柊の氷結攻撃が翼竜の腹部に。空のペルソナによる物理スキルが、こちらを向くシャドウの頭部へと突き刺さった。
攻撃の準備動作が、止まる。
「ここ──とりゃぁあああああ!」
己の、折れていない翼を存分に広げて、璃音が宙を飛ぶ。
1閃、2閃、3閃4閃。
飛翔による疾風の刃が、シャドウの身体を刻んだ。
『ぐあああああ!』
「見たか、アイドルの力!」
いや、それアイドル関係ないでしょう。
一瞬そんな目を柊に向けられる璃音。
戦闘前のやり取り、結構気にしていたのかもしれない。
そして、彼女らが時間を稼いでくれたから、こちらもなんとなかなった。
「うぉぉおらあああ! 祐騎ィ!」
「サンキュー時坂センパイ……!」
祐騎が手を広げる。
ビームビットが、4つに増えた。
シャドウが冷静さを取り戻し、祐騎へ注意を向け直した時には、もう遅い。
「これで最後だ」
『しまっ』
「吹き飛べぇえええッ!」
今までのような単発ではない、レーザーのようなものがビットから射出され、シャドウの腹部を貫通。
敵の腹に、4か所の穴を開けた。
『そんな……馬鹿なことが』
「当然の結果、ってね」
崩れ落ちる体から背を向け、祐騎はソウルデヴァイスをしまう。
続いて自分たちも武器を仕舞い、シャドウが元に戻るのを見送った。
『私が、負けたのか……』
「ああ、僕らの勝ちだ」
『私が間違っていたということなのか……』
「先程も言いましたが、すべてがすべて間違っていたというわけでは、ないと思いますよ」
間違っていたとすれば、向き合い方だろうか。
“信じてはいないのですね”。といった柊の呟きが分かる。彼は祐騎の可能性を信じていたわけではない。祐騎が一人で何かを為せると信頼していないのだ。
掛ける言葉としては、何が正解だろうか。
──Select──
>祐騎が心配だったんですよね。
本当の気持ちを話してください。
どうすればよかったのか、分かりますか?
──────
『このままいけば、絶対に後悔することになる。ならば、それを避ける為の道を用意するのが、親というものだろう』
「……その気づかい方が、不器用すぎるんだっての」
両手を上げる祐騎。
祐騎自身、もしかしたら理解していたのかもしれない。これまで認めようとしなかっただけで。
「……絶対、ではないでしょう。祐騎の可能性を、信じてあげたらどうですか?」
『だから、可能性など』
「ない、とは言い切れないはずですよ」
柊が、口を挟む。腕を組んだまま険しい表情で、有り余る感情を隠そうともせずに。
「現に彼は、私たちの力を借りたとはいえ、貴方の予想を超えられたではないですか。それが信頼に値する一例となり得るのでは?」
『それは……』
「貴方の言う“絶対”は“絶対ではない”と分かったはずです。その上でもう一度問います。本当に、息子さんは信じるに値しない人間だと?」
『……いいや、私の想像を超えたのは事実だ。そこは認めよう』
薄く、笑う父親。
子離れを実感しているのだろうか。祐樹が彼の予想を超えられるようになって、嬉しいような寂しいような、という、よく小説などで描かれている気持ちを、父である彼も抱いているのかもしれない。
『だが、だからと言って私が提案する道の方が易しいのも事実だと思うが、それについては?』
──Select──
>それは夢を諦める理由にならない。
易しいことは祐騎のためにならない。
もっと易しい道もあるはずだ。
──────
「……心残りや心配事があると、仕事って手に付きづらいものだと思います。自覚なく周りが察するパターンとか、自覚あって周りに隠すパターンとか、症状は色々あるけど、きっと純粋に効率よく結果を出せるなんてことはなくなるんじゃないですか」
他でもない、心配事が理由で休業を決意した璃音がその内容を話す。実際、彼女だから言えることだろう。必死に悩んで、答えを出して、もがき続けている璃音だからこそ。
『それは……』
「ねえ、僕が歩くのは、僕の道のはずだ。父さんのじゃない」
『……』
「不確かでも良い、険しくても、辛くても、激ヤバだって構わない。そっちの方が燃えるってもんでしょ。踏み慣らされた道は、多くの人が歩んだ道ってことでしょ。先人たちがいっぱいいて、そんな中を競争するなんてメンドイしさ。……きっと、父さんと同じことをやったとしても、同じ結果は出ないよ。出せない。だってそれは、アンタが足掻いて作ったものだし」
『祐騎……』
「ま、僕が選んで進む以上、険しい道なんて存在しないけどね? アンタが得た成功だって、数年後にはその程度って切り捨てられる程度かもしれないし。悪いけど、成功に胡坐をかいてるヤツなんて、蹴落とすの楽勝だから」
『……フン、誰に向かって口を効いている』
不敵な笑みが、シャドウの表情に戻った。
何というか、らしい感じがする。祐騎にそっくりだ。言わないけれど。
『愚かな……本当にお前は愚息だ』
「愚かで結構、滑稽で結構。でもさ、やらずに後悔するなんてゴメンだ。手を伸ばせば届くかもしれない時に、両手がふさがってるなんてことしたくない」
『そうだな……祐騎、最後にもう一度聞く。大丈夫だな?』
「勿論」
──Select──
自分たちも支えますから安心してください。
>もっとコミュニケーションとった方が良いですよ。
いざという時は葵さんがいるので大丈夫ですよ。
──────
『フン、それこそ今更だろう。それに、私たち親子にそんな慣れ合いなど……』
「家族が触れ合うことに、話し合うことに、慣れ合い云々なんてないんじゃないですか。どんなに厳しい家でも、笑顔がない家庭なんておかしいと思います! ユウ君もお父さんも、アオイさんを含めて皆さんが笑顔で食卓を囲むことを想像してみてください」
「『……おえっ』」
想像したのか、気持ち悪そうな顔を同時に浮かべた。
どれだけ仲が良くないんだ、この2人。
「……自分には家族が居ないから分からないが、愛って一緒に居て何かしら楽しい相手との間にある物じゃないのかって思ってました。でも、お2人は家族としての愛があるのに、あまり楽しそうにしませんね」
『ふふ……愛が楽しいもの、か。子どもだな、君は』
……なんか微笑ましいものを見る目で見られた。
……空を除く全員がこちらをそんな目で見ている気がする……!
『確かに、楽しいと感じることもある。そこの愚息を真っ向から正論で黙らせたりする時などな』
「それはこっちのセリフ」
『……だがまあ、楽しいだけではない。相手を想うからこそ辛く、悲しいこともある。楽しいこともある。家族愛も友人愛も隣人愛も、そこは変わらないのではないか?』
「……勉強になります」
確かに、その通りだった。
まだ、家族というものに幻想的なものを抱いていたらしい。
愛の複雑さなんて、少し前に“他人を想うがゆえに暴走した空”を見て、痛感したはずだったのに。
『さて、私はそろそろ元の場所へ戻る。葵の事、頼んでも良いか?』
シャドウの体が、粒子に変わり始める。
祐騎の父親の顔が透け始めた。
「任せてください。必ず無事に戻します」
『ああ、頼む。それと、祐騎』
「なにさ」
微笑み、口を開こうとする父親だったが、何を思ったのか止めた。
ほんのわずかな時間、次の言葉を探して、漸く出た言葉は──
『……せいぜい達者でな』
──それだけ言い残して、シャドウは消滅した。
宙へと昇る粒子を見送り、祐騎もそれに返事をする。
「……そっちこそ、過労死しない程度に頑張りなよ」
難産……!
遅れて申し訳ありませんでした。
なんでプロット段階でも初書きした時もドシリアスなのに、こんなふわっとした感じに纏まったんですかねえ。シリアスは覚醒シーンに取られたと思おう。ユウ君パワーすげえ。
この章はあと数話入れて、テストを挟み(書かない)、エピローグとなります。