Ace Combat 4.1 The Unrecorded ZERO   作:丸いの

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3. 前線基地強襲さる

[ニューフィールド島泊地 搭乗員待機室 2007年11月21日 11時35分]

 

 

「貴方が私の直掩隊の隊長だったのね」

 

 青い和装に身を包んだ一人の若い女が、驚いたような様子の口上とは裏腹に欠片も表情を動かさずに言った。向こうがこちらのことを認知しているように、俺も目の前の女には見覚えがあった。格好が全く異なるものの、美人に部類される無表情な顔は思い出すのは容易い。

 

「軍艦一隻を小型の練習機で運べる時代が来るとはな。お前さんの頭上を守ることになったガルム隊一番機、ラリー・"ピクシー"・フォルクだ」

「……やはり番犬ガルムは偽名でしたか。改めまして。航空母艦、加賀です」

 

 互いに目を合わす。服の色も手伝ってか、全体的な印象はまるで氷のようだ。相も変わらず、その表情は愛想笑いの一つも浮かべる様子が見られない。彼女こそが、直掩で護衛することになった空母加賀に宿る中枢こと艦娘なのだ。

 

 こいつの戦歴については、今朝がたに渡された書類の中に含まれていた資料からある程度は頭に叩き込んできた。大陸の隅の小国ノースポイントが、大国オーシアと戦争を繰り広げていた大戦時のことだ。大春洋の中心部にあるミッドウェー島を巡る大海戦の最中、ノースポイントは4隻もの空母を失うこととなった。当時のノースポイントでは最高峰の練度を誇った機動部隊の内の一隻が、目の前で無表情にこちらを観察する空母加賀その人である。

 彼女を含めた、この島における空母の数は3隻に上るという。今の基準から考えれば空母が一隻でも存在すればかなり有力な軍艦集団として捉えられる。その上、昨日提督の執務室からこの離れまで俺を案内した長門を筆頭に、現代では廃れた艦種であり大戦当時の主力級であった戦艦までもが合計2隻。随伴の駆逐艦も含めたら、ノースポイント方面艦隊は、総勢10を超える軍艦からなるかなりの規模の艦隊なのだ。

 

「お前さんの経歴には目を通した。大戦当時はかなりの練度を誇る機動部隊に所属していたらしいな」

「……昔の話よ。それに、この泊地では私が一番の新米です」

 

 そんな歴戦の経歴を誇るこの航空母艦も、艦娘としてみればただのルーキーだ。船体をニューフィールド島泊地に残して最低限の座学を本島で学び、ようやくクリアしてこちらに戻ってきたのが昨日のことだった。二度目の初陣はまだ訪れてはいない。中枢というものが存在する艦娘という存在は、良くも悪くも軍艦全体で見たときの練度は中枢の戦闘経験に依存するらしい。つまり実践未経験のこいつは、戦力としてカウントするにはいささか不十分ということだ。

 

「……今の段階では、私よりも鳳翔さんや龍驤さんの方がよほど戦力になるでしょう」

 

 そう言いながら、彼女は初めて表情を僅かに歪ませた。どことなく悔しさを感じさせるその言葉を、特に答えるでもなく聞き流す。ノースポイントの海軍の歴史には明るくないから、その二隻の名前には生憎心当たりはない。だが、おそらくこの泊地に先んじて着任している軽空母のことを指しているのだろう。

 

 ふと、遠方の空から轟音が鳴り響いてきた。海側の空から近付いてくる鳥のような小さい影は、みるみる内にその姿を巨大なものに変化させた。鉄の翼をもつ猛禽類、PJの操るF-22Aだ。そこらの旅客機よりもよほど大きな音をたてて、その体は滑走路へと降り立った。これで終いではない。更に後方から、今しがた通り過ぎたラプターよりも小型の機影が幾つか滑走路へと近づいてくる。片や最先端の第五世代戦闘機のF-22Aラプター、片や大戦時から蘇ったレシプロ戦闘機の零式艦上戦闘機52型。いびつとも言える半世紀のギャップを持つ混成部隊をものにすることが、俺たち戦闘機乗りに与えられた仕事なのだ。

 

 これからこの空港の一画は、頻繁に二機のジェット戦闘機が離着陸を繰り返すことになるだろう。一応離れた場所を飛ぶとはいえ、近隣の市街地の人間はうるさいと不満を持つに違いないと思っていた。だが渡された資料を確認していると、その点についても問題はないようだ。元々人口自体が非常に少ないこの島の住人達は、その半数以上が本島の方に移っている。対外的には火山活動による避難指示というのが一応の理由らしいが、無論それはこの地が全線基地になりつつあることを隠匿するための方便に過ぎない。民間人の避難が完了するのは、順調にいけば明後日にも終わる。現在港に停泊している、大戦時の並みいる軍艦をしのぐほどの大きさを持った近代護衛艦。残りの島民全てを乗せてもお釣りがくるそれが本島に向けて出港するのはあと少しだ。

 

 そこまで考えたところで、横へ視線を移す。相も変わらず無表情で滑走路を眺め続ける加賀。ここは調度品で飾り付けられた応接間なんかではない。むしろそのような無用の長物がすべて排除をされた、俺たち戦闘機乗りにとっての最終準備の部屋である。そんな殺風景な搭乗員待機室において、彼女は泊地の本棟へと戻る素ぶりも見せずに窓の外を見つめていた。ジェームズの機体はそのままハンガーの中へと消え、滑走路で動いているのは着陸したゼロ達のプロペラくらいである。

 

「顔合わせはここらでお終いだ。次は俺が飛ぶ番だから、お前さんもそろそろ本棟の方へ戻りな」

 

 航路で敵機が襲撃してくる程度には、ここは前線基地なのだ。正規空母たる彼女にも与えられた仕事はあるに違いない。それをここに留めておく理由は無いから帰還を促そうと声を掛けてみると、彼女は小さく首を振った。

 

「出撃未経験者である私の仕事は、直掩となる貴方の飛行を見学することです」

「……了解した。ただし俺に宛がわれた機体はこの前と違って単座だ。見学と言っても地上から見てもらうことになる」

 

 全く問題ありませんと即座に返答した彼女の顔は、少しだけ苦々しく見えた。昨日のホークを用いた旅客飛行の折に巻き込まれた不明機からの襲撃。着陸後に意識が戻った加賀は、少なくとも見た目から判断される年頃の女性としては少々体験したくもない事態に襲われた。具体的に言えば、表情を真っ青にしながらトイレへと駆け込んだ。そのせいもあってか、たとえこれから乗る機体が複座仕様であっても、彼女は首を縦には降らなかっただろう。

 

「時間だ。見学するならばしっかりと頼むぞ。これからの実戦では、お前さんがガルム隊に指示を出すんだからな」

「もちろん、最善を尽くします」

 

 加賀は近くに置かれていた手提げ袋の中からヘッドホンを取り出した。用意周到なことだ。恐らくは無線受信用だろう。管制官との間で交わされる通信内容を把握して、近代における航空隊管制について学ぼうということか。

 離陸予定時間までもう20分を切っている。ハンガーへと続くドアを開けて廊下へ出る間際も、当然の如く見送りの言葉が掛けられることも無かった。

 

 

* * *

 

 

 格納庫の前方を占領する、一機の大型制空戦闘機。その後ろ側には、つい先ほどまで空を飛んでいたラプターが駐機してあり、整備員達が点検を行っていた。全長が20 m近い戦闘機がハンガーに縦列で置かれている光景は、ヴァレーのスクランブル用の特別ハンガーを思い出す。あの時は、どちらも同じ機種だったこともあってより統一感のある風景ではあった。

 

「……まさか、本当に用意をしてくるとはな」

「ええ、彼らの気前の良さは嬉しいを通り越して不気味ですらあります。アンタを取り込むように進言してから一週間もたたずにF-15が配備されるだなんて普通じゃない」

 

 この大型制空戦闘機こそ、長年乗り慣れてきた機種であるF-15C、通称イーグルである。ご丁寧なことに、右側の翼は中ほどから先を赤く塗られていた。機体塗装を含めて、コイツがこれからの仕事における自身の専用機となるのだろう。傭兵時代と同じく、地に足を付けて己のいる国を実感する生活はもう終わりを告げ、また境界が曖昧な空へと昇るのだ。これから飛び込むことになる戦いが、存在があやふやな国境線を巡ったものでないことが、唯一とも言える不幸中の幸いだった。

 

 隣にPJを伴いながら、機体の各部を歩き見て回る。12年ぶりとなるイーグルとの対面は、微妙な気まずさは感じつつも、それと同時に高揚感も抱く。地上で空を見上げ、そしてホークで空を駆ける。この一年で浸かっていた緩やかな生活は不満を言うには贅沢すぎるものだった。だが、より力強く空を駆けたい、そしてそれを生きがいとしたい。そんな欲求は必ずしもすべて立ち消えた訳ではないようだ。

 

「流石に、アヴァロンでアンタが使っていた化け物は持ってこれなかったようです」

「当然だ。何事も大事なのは堅実さだ。モルガンは戦闘機としての体をなしていない。一度飛ばすのに丸一日の整備が必要な機体など、頼まれたって勘弁さ」

 

 目の前で発進を待つ歴戦の鷲は、初飛行からもう40年近くが経っている由緒のある機種だ。身をもって証明させた、例え片方の翼をもがれても墜落することなく任務を遂行できる生存性。そして最新鋭のF-22Aに匹敵する格闘戦能力。長い期間の中で未だ第一線を張り続けていることには、堅実さという根底が元にあるのだ。

 

「十年以上のブランクだ。くれぐれも墜落だけは避けてくださいよ」

「……ああ、エンジン推力の強さにおっかなびっくりしながら飛ばしてくるよ」

 

 何をふざけたことを、と言い返そうとしてやめた。今やコイツの方が世間様には名の通ったトップエースだ。それに対して俺は現役を退いてから十年以上も経過したんだ。いくら当時は日常的に飛んでいたとはいえ、細かな機器の操作まで完全に頭の中に残っているかといわれると頭を頷ききれない。飛んでいる内に思い出すだろうというのは、多分に希望的観測を含んでいるのだ。

 タラップを掴む手袋の中は、この寒さの中にあってもじんわりと汗が浮かんでいる。柄にもなく緊張をしていた。なんせ久方ぶりの戦闘機だ。いくら練習のためにすべてのミサイルがハードポイントから外されていようが、この機体の本質は敵航空機の撃墜である。タラップを上った先にあるコックピットは、飛行機同士で殺しあいをする戦場への入り口だ。練習機のそれとはワケが違う。

 

 最後の段に足を掛けた。もう、あとは乗り込むだけだというのに。一体何人葬ってきたと思っているんだ。今更その世界に足を踏み入れることへ抵抗を覚える段階は当の昔に通り過ぎたはずだろう。そうだ、ベルカ戦争でもそうだった。例えて敵が自分の祖国であろうが貴様は容赦なくその鷲を操り幾多もの航空機を叩き落してきたはずだ。散々墜とし、散々墜とされた。そこに正義も悪も存在なんてしていない。その殺しあいの果てにあったのは――

 

「――今度の戦いは俺たち自身の生存をかけた戦いだ。単純明快で、大義名分で相手の陣地に出張ることはない。なんたって相手に領土なんて無いんスよ。ピクシー、アンタの飛ぶ姿、また見せて下さいよ」

「……生意気な英雄だよ、本当」

 

 雑念が、ジェームズの声でかき消された。流石の俺も、戦闘機のコックピットへ足を跨げないほど老け込んではいない。躊躇っていたのが嘘のように、そのまま座席へと腰かけた。両肩からシートベルトに腕を通し、そして腰の上でベルトの金具を閉める。エンジン出力計、高度計、そして速度計。目の前には様々な計器が所せましと並び、自然とチェック項目に向けて視線が順々に動いていく。総計数十項目にも及ぶチェック箇所を確認し、最後にキャノピーを閉めた。機体脇に待機している整備士に手で合図を送り、同時に前方にいる牽引車へ運転人員が乗り込んだ。

 ハンガーを出たら再度チェック箇所を確認後にタキシングで滑走路へと向かうことになる。動き出す牽引車とF-15C、その間にエンジン計器へと目を落とす。スイッチ、メーター、燃料計。全ては記憶通りの場所のままだ。幸いなことに、現状では12年間のブランクは訪れちゃあいない。そう、少なくとも自分自身の方には問題は無かったのだ。トラブルは概して向こう側からやってくる。そのことを、急に鳴り響いた無線通信によって嫌というほど思い出させられた。

 

『こちら泊地司令部。当基地に接近する所属不明機を確認しました。現在空母から迎撃機が発艦中。基地航空隊、そちらも全部隊を発進させて下さい』

 

 その通信を聞いた瞬間に、閉め切っていたキャノピーを押し開けて叫んだ。緊迫しているはずなのに妙に静かな基地空襲警報、それを聞かされて一瞬静まり返るハンガー内部。その空間に俺の声は、想像以上に大きく響く。

 

「全整備兵へ、事情が変わった!! このイーグルとラプターに最低限の武装を取り付ける。これは訓練ではないぞ!!」

 

 キャノピーから地面へと飛び降り、そのまま兵装保存庫へと走り出す。発進準備は全て中断。練習用に全武装を解いた機体を迎撃機として空に上げるなんて失態もいいところだ。一旦ハンガーから中途半端に出してしまったものは仕方がない。短時間で全てのハードポイントにミサイルをくくりつけるなんてことは不可能だ。だがせめて、両翼下の数ヶ所には何かしら付けるべきだ。

 

「ラプターとイーグル、双方に2本ずつAIM-120を、それと機関砲の残弾数を確認して――」

『――基地航空隊へ。航続距離を最優先で考えてください』

 

 現時点での基地航空隊で最高位階級であるジェームズが指示を飛ばす中、それを遮るかのようにまた新たな通信がハンガーに響いた。航続距離の最優先化、つまりはミサイルなんぞよりも増槽を積めということだ。だが航続距離を多少伸ばしたところで、眼下の基地にて最低限補給を行えば燃料については然したる問題は無いはずだ。そんな反復出撃ではなくあえての増槽という選択肢。

 

『基地だけではなく市街地への襲撃も予想されます。島民の避難は開始しています。全整備士も、作業が終了次第護衛艦"ひゅうが"へ向かってください。遅れた人間の収容は出来ません』

 

 整備士たちの表情に緊張が走った瞬間を見た。島民の避難、そして恐らく海軍所属ではない整備士までもが護衛艦へ向かいように命令されている。そこにかすかな違和感を覚えた。

 

「こ、こちら基地航空パトリック少佐です。提督、まさか"け号作戦"の決行を考えているのですか!?」

 

 焦燥して無線通信機へ叫ぶジェームズ。しかし彼の焦り様とは裏腹に、淡々とした返答が被せられる。

 

『……ええ。戦況次第で、私は容赦なくけ号作戦を発令します。ですが今は敵の迎撃が優先です。敵の爆撃機編隊を全て叩き落せ。命令は以上です』

 

 正直一体何が何だかよく分からない状況下における一方的な通告。だが少将階級の雲の上の存在が一切の妥協を見せずに言うのだ。一介の特務大尉や少佐に過ぎない俺たちは、その決断に対して立ち止まって中身を考えるのではなく、まずは命令の遂行を第一に考えるべきなのだ。運搬車に乗せられた増槽、カバーを外されて露わになったバルカン砲の砲身部分。無駄に云々考えるよりも、俺たちのやることはこの二つの戦闘機に喝を入れることだけなのだ。

 

「……仕事始めが基地の防空とは、ヴァレーの時と何ら変わらん」

 

 ハンガー外から鳴り響く空襲警報。そして聞こえてくるプロペラエンジンの稼働音。最後に残されたのは、俺たちの発進のみ。これだけお膳立てされたら、もう戦場の空に上がるしかないだろうが。今にも雪が降りそうな雲の張った空を、ため息とともに見上げた。

 

 

* * *

 

 

『こちら対空艦"ちょうかい"。基地管制官が避難中に付き本管が臨時で管制を行う。全機、方位3-1-5へ修正。交戦空域まであと30マイル』

「ガルム1からちょうかいへ、了解した。指示は頼んだぜ」

 

 操縦桿を傾けて機体方角を緩やかに変更する。港湾地区を越えて目の前に広がるは広大な大春洋だ。決して明るいとは言えない曇天では、水平線の存在があやふやになる。高度4,000フィートという高さも、そして時速500 kmという速度も、晴天の時とは全く異なる印象を与えるのだ。信頼できるのは己の今までの経験だが、信用できるのはFUDや計器に表示された数字なのだ。久方ぶりのイーグルドライブ、そしてこの天候ともなれば、必然的に己の視線は頻繁にFUDの数字へと向けられた。

 現在の速度はF-15のエンジン出力からしてみれば随分と遅いものだ。巡航速度から見てもかなり下回る。こんな低速度域にて飛行を続けているのは、ひとえに後続の主力編隊をけん引しているからに他ならない。見晴らしのいいイーグルのキャノピー内で振り返れば、後ろに続く彼らの機体は容易に視界へと収まるのだ。

 

『艦隊直上を通過。交戦区域まであと26マイル』

 

 機体全体を濃い緑色で染め上げた、古風なプロペラ機。そんなものが後方に8機もずらりと並んでいるのである。前方を行くPJが率いるのと同じようなレシプロ機の編隊だ。だがアイツが率いている機体の名前が零式艦上戦闘機である一方で、こちらは三式戦闘機という名称であるらしい。艦上運用が可能なものではなく、陸上運用のみを考えて製造された歴戦の機体だ。

 

「……ガルム1から各機。まもなく交戦圏に入る。3発だけ射撃、味方には当てるなよ。不備があったら迷わず基地へ戻れ」

『りょーかいです、たいちょう!!』

 

 そんなノースポイントのレトロなレシプロ機を乗り回すのは、目に見えない妖精という存在なのである。どこまで本当の話なのかは分からないが、ジェームズ曰くそこまで深く考えても仕方のないとのことだ。コックピットに人影が無いにもかかわらず、無線通信には元気良く返答が入る。しかもまるで女子供のようなあどけない声色だ。もしこれが無人戦闘機の一種であり、それに搭載された音声システムがあえてそのような設定であるとしたら、酷く虫酸の走る悪い冗談であると思う。戦なんてものは、専門家に任しとけば良い。傭兵稼業で学んだ数少ない道徳的知見だ。

 

『みんなもんだいありません!!』

「そいつは朗報だ。続いて計器と各空力系統の確認を実施しろ。こんなところで墜ちたら回収されないと思え」

『……ぼくらもうみにとりのこされるのはごめんです』

 

 もし仮に妖精が無人戦闘機操縦のために作られた人工知能だとすれば、随分とオーバースペックなものだ。会話はもちろんのこと、まるで人間のようにこちらの発言の意図を読む。ただ敵を機械的に落とすだけならば、そんな人間らしい機能は不要なのだ。むしろ感情の発現ともとられるそんな機能は作戦遂行の妨げになりかねない。そう、彼らはまるで人間だ。妖精とは名ばかりの、それこそ透明人間でも乗っているのかと勘ぐるほどに。

 

『こちらちょうかい。敵のタイプは翠色が多数、橙色は少数だ。メビウス隊は龍驤及び加賀の航空隊と共同で制空権の維持に、ガルム隊は敵爆撃機の迎撃に専念しろ。基地及び避難船には到達させるなよ』

「了解した。こっちも勤務初日で基地を焼け野原にはされたくない」

 

 今回の敵である深海棲艦の航空機については、未だよくわかっていないことが豊富にあるという。だがこれまでの交戦経験から、奴らの見た目によって機体の種別についてある程度把握できるようになったとのことだ。腹に爆弾やら魚雷を抱えた機体が爆撃機、そうじゃない機体が戦闘機タイプ。これはレーダー反応の形状からも判別することは容易であるという。そしてそれぞれの機体の性能については、黒々とした機体から発せられる光の色で概ね分けられる。翠色の機体を基準とすると、橙色は速度や機動性といった戦闘能力が全体的に高いらしい。

 ただ、そういう前情報があったとしても、実際の敵の性能については正直把握しきれてはいない。あくまでここら辺の情報は全て紙の書類で読んだものであり、自分自身の体験ではないからだ。それに比較上では翠が格下の存在であるとは言えども、今回その翠タイプがメインであることにまったくもって安心感などは無い。何故なら、曇天の中ホークを追い回してきた敵機の正体が翠タイプであったと聞かされたからだ。弱いレベルの敵で、練習用とはいえジェット機のホークに追従してくる性能なのだ。油断なんてできやしない。

 

「……ガルムよりPJ、いやメビウス1か。前みたいに気分転換で何か喋れ。今更だが奴らとやり合う上でなんかアドバイスはあるか。こちとら完全なビギナーだ、なんかいい情報を与えてくれ」

『ピクシー、無茶言わないで下さい。こっちも奴らとやり合うのはまだ4回目ですよ。まあ精々、大抵のミサイルはあてにならないってことぐらいっスかね。奴らは腐ってもレシプロ機だから赤外誘導も本領発揮しないし、自動追尾型もレーダー反応の弱さとそもそもの機動性の高さから簡単に避けられます』

 

 ジェームズからのにべもない返答に、思わずヘルメット越しに額を押さえたくなる。そりゃあ最強の制空戦闘機であるF-22を運用するメビウス隊で苦戦をするわけだ。現代兵器による攻撃があまり効果的ではないことに加えて、攻撃の要であるミサイルがそもそも当たるかどうかから話が始まるだなんてどうしようもない。

 

「冗談きついぜ。翼にぶら下げたAIM-120は牽制程度にしかならないってか」

『その通りですよ。奴らに一番効果的なのは視界内戦闘における機関砲射撃だ。経済的にも一番お得っスよ。ただしレーダー管制による照準はあてにしない方が良いですね』

 

 一本30万ドルを超える超高級兵器がその程度の扱いとは恐れ入る。急に頼りなく思えてきた操縦桿の側部にあるミサイル射出スイッチを見て、思わず変な笑顔が浮かんでくる。まさか射線予想を自力で行いながらバルカン砲を扱う日が来るとは思わなかった。傭兵稼業を始めた当初からミサイルを無駄撃ちしないようにと機関砲の精密射撃練習をしていた経験が、ここにきて生きてくるとは驚きである。

 

『作戦空域に到達。メビウス1、交戦!!』

 

 ジェームズ機の交戦合図と共に、メビウス機に連れられたゼロファイターの面々から交戦開始の無線通信が入る。こちらもあと数マイル。ドッグファイトが繰り広げられる戦域を辛くも逃れてきた敵の爆撃機を、俺たちガルム隊で引き受けることとなる。おこぼれをご相伴になるとは、番犬にはお似合いの任務だ。

 

「これより交戦区域に入る。各自散開して敵に密集する隙を与えるな。敵護衛機が紛れ込んできた場合は、他の機体を連携し迎撃しろ」

『がるむつー、らじゃー!!』

 

 段々と隊列を崩して横へと広がっていくレシプロ機の群れ。いわば残飯処理たる俺たちの仕事の要は、如何に効率よく逃れてきた敵機を墜とすかである。乱戦の空域を逃れてきてもはや編隊の体を成していないと思われる敵爆撃機に対して、こちらが行儀よく密集体系で相手をしてやる理由は無い。

 レーダーサイトにようやく形状がはっきりとした光点が映り込んだ。索敵距離が200マイルに達するこの機体のレーダーで、たった10マイル先の情報がやっとなのだ。強力なレーダーを配備したイージス艦ならまだしも、限られたレーダーしか搭載出来ない戦闘機では精々この程度ということか。連中のレーダーへの映りにくさというのは伊達では無さそうだ。

 

「5機を確認。高度4,500フィート、距離10マイル。全機、高度を上げて上空から狙い撃て」

『こちらちょうかい。その5機は交戦区域を抜け出した爆撃機だ。一機も残さず撃墜せよ』

 

 操縦桿を上げ、後続機に指示を出す。大戦時を反映してか、彼らの機体には十分なレーダーは付属していない。一方のこちらは、使用する武器の多くが有効打とはなり得ないが、少なくとも10マイル圏内は索敵可能なレーダーを積んだジェット機だ。完全な目視でしか戦域を確認できない彼らの引率係としちゃ、十分すぎる代物だ。5,000を越してなお悠々と上昇を続け、敵との距離も一層に縮まる。後続機もすべてがこの高度までついてきている。流石に目視は不可能。しかしレーダー上の光点が、あと数秒でこちらの座標と重なる。勝負の時は、今だ。

 

「ガルム隊、全機降下しろ。さあ仕事始めだ、獲物のケツに食らいつくぞ」

『こうせんかいし!!』

 

 操縦桿を横に倒し、天と地がひっくり返る。そしてそのまま宙返りを行えば、もう目の前には敵の後ろ姿だ。不気味に翠色へ点灯する小さな光点。一般的な航空機の外部灯火とは異なる、有機的なぼんやりとしたものだ。それはまるで一部の深海魚が発する生物的な明るさのようにも見える。

 馬力の差は一目瞭然だ。スロットルを押し込めば瞬く間に光点が大きくなり、機体形状までがはっきりと目に入った。妙に丸っこい、どう揚力を得ているのかも分からない意味不明な形だ。その中心で瞬く光点をHUD正面に捉え、機関砲のトリガーに指を掛けた。距離は1マイルを優に切り、十分射程圏内には捉えている。HUDになかなか表示されない目標点、やはりレーダーに捉えにくいというのは伊達ではないか。ならば、目視でやるまでだ。

 

「ガルム1、ワンキル――クソッ、なんて耐久力だ」

 

 キャノピー脇で迸るマズルフラッシュ、そして僅かに伝わる振動。12年ぶりの飛行だというのに、驚くくらいに曳光弾の軌道は目標へ到達をしていた。僅か1秒間の射撃でも、100近い機関砲弾を射出し半分以上が直撃弾だ。普通ならば主翼なりエンジンなり機体の主要部分が木っ端みじんに粉砕されてしかるべきだ。しかし目標は若干ふら付いた程度。確かに機動が乱れたとはいえ、撃墜になんて至ってはいない。現代兵器が有効ではないというジェームズの一言を、射線上から逃げ惑う敵機を見つめながら思い出す。多少は覚悟をしていたとはいえ、ここまで効き目が薄いというのは想定を超えている。思わず舌打ちをするとともに、上下左右に攪乱する敵機を再度捉えようとHUDを睨め付けた。

 

『がるむすりー、いっきげきは!!』

『ふぁいぶ、しっくすとともにきょうどうげきつい!!』

「まったく景気が良いことで――チッ、後方から新たに4機!! 艦隊本部、こちらガルム1。こっちじゃ機体判別は出来ない。詳細を伝えよ!!」

 

 再度の照準合わせを切り上げ、新たにレーダーサイトに現れた四つの機影を睨め付ける。どう考えても先ほど相手をした爆撃機よりも脚が早い。もしや、という嫌な予感が脳裏をよぎった。

 

『が、ガルム隊!! 私の、いえ艦隊航空隊の防空網から4機の戦闘機が離脱しました!! タイプは翠と橙の混成、気を付け――』

「報告が遅い!! そいつらはもうこっちに到達しつつあるぞ。戦闘機タイプか、ラジャー」

 

 割り込むように入ってきた加賀からの通信を、若干の怒りを含めて返答をした。報告漏れが起こるくらいだ、それだけ空戦エリアは激しい戦いが行われているのかもしれない。そこから零れ落ちる数機を相手すれば良いだけなのだから、ガルム隊のポジションは十分恵まれていると取った方が精神的にも落ち着きが出てくるだろう。

 

「全機、続いては敵の護衛戦闘機だ。色は翠と橙両方。敵の編隊が崩れたところを一気に狙え」

 

 距離は3マイル、流石にまだ敵機は視界外だ。しかし目視では遠距離であっても、機体の腹に括り付けられたミサイルにとってはごく短距離として扱われる。アクティブミサイルの射出スイッチに指をかけた。両翼下に取り付けられた2本のAIM-120は、もう既にロックオンが完了している。あたるかどうかわからなくても、けん制程度にはなる。それに使わないものをずっと装備しておくよりも、とっとと発射して身軽になった方が都合が良い。

 

「ガルム1、フォックス3!!」

 

 途端に感じる僅かな浮遊感、そして白煙を吐きながら翼下から猛進する二本の槍。金額にしてトータル70万ドルが獲物に向かって突き進んでいく。こちらの機体をはるかに上回る速度で遠ざかるAIM-120をしり目に、再び機関砲のトリガーに指を移した。

 しかしもうミサイルは敵機に接触しても良い頃だというのに、敵機影の数に変化は無い。撃ったのは最新鋭の対空ミサイルだ。真正面から相対速度マッハ3近くで突っ込んでくるミサイルなんて、そうそう避けられるもんじゃない。だが結果はレーダーに映る、健在な四つの機影。つまりはミサイルも完全に外れ。莫大なコストのミサイル発射で得たものは、多少の機動性向上だけ。十分予想はしていたとはいえ、それでも舌打ちの一つは投げつけたくなる。

 

 ただそれでも敵の数は四機。こちらの主力たるレシプロ機たちの数がその二倍の八機だ。順当にいけば、終始二対一をキープできる有利さがこちらにはある。そしてミサイルの影響だろうか、敵機の編隊が崩れかけている。敵に集団戦をさせずこちらだけが数を生かすには、十分すぎる配置だ。

 

「敵の陣形が乱れた。僚機と連携しこちらの数を生かせ。一気に落とすぞ」

『がってんしょうち!!』

 

 近接攻撃とミサイル共に敵へ有効打を与えられていないこっちとは裏腹に、レシプロ機たちは威勢のいい掛け声と共に敵機へ向けて猛然と加速していった。合計8機の三式戦闘機が、イーグルの下を通り抜けていく。彼らと連携しガルム隊としての運用方法を確立する、そのための試金石とも言っても良い初陣でここまでの格差を体現されたのだ。連携とは簡単に言ってくれるが、現状ではただのお荷物状態だ。先ほどから彼らに指示を出すことくらいしかしていない。

 

 結局味方機がほとんど被害なしで護衛機を片付けるまで、俺がしたことと言えばレーダーサイトを見ながら簡単な指示を飛ばしたことくらいだった。囮になろうにも、味方機の動きの良さからそんな状況になる前に敵機が叩き落されていく。安定しているといえばそれまでだが、それ以上に自身の存在意義が分からなくなってしまう。

 

「……こちらガルム1、突破してきた敵機は掃討した。メインの戦場に向かえば良いのか?」

 

 時折遠方のレーダーサイトに映り込む、幾つかの機影。恐らく数マイル先では未だメビウス隊や艦隊の航空隊が入り乱れるドッグファイトの最中なのだろう。普通に考えればそちらの増援に向かえば良いのだろうが、無線通信の問いかけに対して返答がなかなか戻ってこない。向こうの管制にタスクを裂いているのかもしれないが、こちらも指示なく勝手に援軍を行うわけにもいかない。

 

「繰り返す、こっちの掃討は終了した。艦隊本部、指示を――」

『――こちら空母加賀。提督から通告です。ガルム隊、方位0-7-5へ転進。繰り返します。方位0-7-5へ転進して下さい』

 

 こちらの通信に答えたのは、ちょうかいの管制官ではなく加賀だった。指示系統の混乱か、それとも分担して全ての隊に通告を出しているのか。そしてその内容に、思わず眉をひそめた。HUDに示された方角から考えて、方位0-7-5という向きは決定的におかしい。

 

「こちらガルム1。加賀、確認せよ。本当に方位0-7-5で正しいのか? その向きには艦隊はおろか基地すらないぞ」

 

 方位0-7-5、つまりは東北東。発進した地点であるニューフィールド島の基地や、海上に展開した艦隊とも全く向きが異なる。精々何かがあるとすれば、かなり離れた先にノースポイントの本島があるくらいだ。だが作戦の最中、まさか本島のどこかの場所に用があるとは思えない。そんな方角に向かえと言われたところで、一体何を目的としているのか検討もつかない。だが、抑揚のない言葉で告げられた内容はそのまさかであった。

 

『……いえ、間違いはないわ。方位0-7-5、横須賀鎮守府へ向かってください。け号作戦が発令されました。これより基地航空隊の全部隊は、当該戦域から撤退を開始してください』




6とXでは序盤で基地バイバイというハードな展開
ヴァレーは恵まれてたんだなって

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