「おい、茅場ァ.....」
血命騎士団の団員を、全員転がしたうえで。俺は、背中から片手剣を抜き放ち、「相手」のリアルネームを告げた。
眼前に佇むのは、聖騎士ヒースクリフ。赤い鎧を着込み、十字盾をこれ見よがしに掲げる、「SAO」界でも1、2位を争うほどの実力者であった。
「ほう、君はーー」
「御託はいい。テメェでかけた不死属性を解除して俺と戦え」
そこまで言ったところで、奴の顔は驚愕に歪んだ。
「まさかそこまで見抜かれているとはな。否、名前が割れた時点で、そこまで推察されるのは当たり前のことか.....?」
俺はその言い回しに我慢できず、腰から1つだけ残ったナイフを投擲した。そのナイフは真っ直ぐヒースクリフへと向かい、そして、奴に命中する直前で十字盾に弾かれる。
「ああ。すまない。御託はいいのだったな」
言いつつ、奴は左手を繰り、ウィンドウを出現させたうえで、それを何やら操作した。
「血気盛んなプレイヤーは嫌いじゃあない。いいだろう。望み通り戦ってやる」
手に出現させた無色のクリスタルを放り投げ、未だ残ったウィンドウに何やら情報を入力したうえで、奴は腰から剣を抜き放った。
それを見ると、俺は7歩ほど後方へ下がり、剣を構えた。
「ほう、事は急いでいるがーー存外、まだ剣士の心が残っているとは。間合いを開けたな。決闘の基本だ」
「しかし、いいのか。私を殺す機会は、偶然にも間合いを詰められた、決闘宣言のあの瞬間だけだろうに」
言い終わらないうちに、俺は地面を蹴り、剣を構えて駆け出していた。手に持っている剣はクリムゾン・レッドの輝きを帯びている。
ーーヴォーパル・ストライク。片手剣上級ソードスキル。
次の瞬間、その攻撃はヒースクリフの構えた十字盾へと命中し、そして、その動きを止めた。奴は仰け反りもしない。当然か。速さだけを貪欲に求めたこのアバターの一撃で、奴にダメージを与えることは難しいのだ。
「君は、カーディナルに選ばれた人間だ」
ふと。不躾に奴は呼び掛けてきた。
「私は勇者と魔王を設定し、ゲームを開始しようとしたところでーー手を止めた。物語にはトリックスター。つまり、イレギュラーが必要だと思ってね」
「ぐぐぐ.....!」
剣は動かない。俺はじれったくなり、盾に剣を構えていない方の手で触れてレベルドレインを発動させた。
「おっと。こんなスキルもあるのか」
刹那、奴は、盾でソードスキルを発動させた。ライトエフェクトが盾から飛び散り、俺の重心を後方へと動かしたうえで、横薙ぎに盾を振るい、こちらへと攻撃を入れる。HPバーが、4割ほど減少した。
「私はそのイレギュラー選別を、カーディナルに行ってもらうことにした」
しかし、攻撃はそこで終わりではなかった。ヒースクリフは右手の剣で打ちかかってきたのだ。それをなんとか自分の剣で受けるも、STR対抗判定で敗北した俺の剣は、緩慢に自分の方向へと押し込まれていく。
「カーディナルによって創造されたスキルだ。その内容は私も知らないがーー」
遂に、剣が押し込まれた。自分の剣が肩口を裂き、そのまま、心臓の位置へと向かっていく。
ーーと次の瞬間。ヒースクリフの片手剣が紫色の輝きを纏ったかと思うと、瞬間的に奴の力が高まり、俺は切り裂かれてしまった。
「拍子抜けだったようだな」
その言葉とともに。俺のHPは0になり、HPバーが消滅した。
ガラスを割ったかのような大音響が響き渡り、体が無数のポリゴン片となって大気へ溶ける。
しかし、俺は完全には死なない。1拍後には、奴の後方に配置された土管から飛び出し、復活を果たしている。
「な、なに.....ッ!?」
ヒースクリフは俺の復活を早くも認識したようだった。背後を振り返り、剣を構える俺に視線を向ける。対処しようと動いている左手が、俺には良く見えた。
だが、遅い。
次の瞬間。速さだけを極めた単発ソードスキル、レイジスパイクが奴の肩口へ突き刺さった。本当は頭を狙ったのであるが、土壇場で見せた生への執念か、奴は頭を剣の軌道から逸らしたのだった。
奴のHPバーが7割地点まで割り込む。不意をつき、完全に剣を突き刺したからである。ついでに、その攻撃はクリティカル判定であった。
しかし、いかんせん威力が低いソードスキルであるため、奴を殺すには至らない。
「復活するスキルか。成る程、成る程ーー」
次の瞬間。生き残ったヒースクリフは、右手の剣をこちらの頭へと突き刺した。
「さながらデスゲームの半死人といったところか.....?」
「このデスゲームのルールを、カーディナル自ら否定する、か」
刹那。自分のアバターが大気へ溶ける寸前、俺はヒースクリフと目があった。
その目は、怒りに見開かれていた。
「ふざけるんじゃないッ!」
それは「ヒースクリフ」が始まって以来の激昂だったかもしれない。奴は恐らく、ゲームのルールに反するシステムが許せないのだろう。
復活後。1秒とかからずこちらを発見した奴に、俺は貫かれた。単発ソードスキルで胸を貫かれ、再び絶命する。
「こ、この野郎!」
奴の剣幕に気圧されないために叫ぶと、俺は素早く復活して奴への攻撃を試みた。しかし、放ったレイジスパイクがヒースクリフの胸を貫くよりも早く、俺は再び殺された。姿勢を低くした奴の水平斬りで、胴体が真っ二つに裂かれたのである。
ならばこれならどうだ、と、次の復活の直後、俺は敢えて攻め込まずヒースクリフの攻撃を待った。1秒ほど後、奴の剣がライトエフェクトを纏い、こちらへと肉薄してきたので、それを盾で受ける。
と次の瞬間、その盾にはヒビが入ってしまった。恐らく、後一撃食らえば砕けてしまうような状態だ。
しかし、今隙ができた。このチャンスを無駄にしてたまるか。
俺は剣を、奴の眼球へと向けた。その刃は、恐ろしい速度でヒースクリフへと肉薄する。
だが、奴へと剣が命中する直前、奴はその盾でこちらの剣を弾いたのだった。それで、逆に俺の方に隙ができてしまった。
刹那。奴の盾を喉元に打ち込まれ、俺は大きく吹っ飛んで死んだ。
ダメだ。敵わない。全く、これっぽちも相手にされない。奴は死への恐怖というものがないかのように動く。だから、こっちの攻撃はすべて外れてしまうのだ。
勝てない。俺はうっすら、そう思い始めていた。