一夏は階段を飛び降りるように疾走した。
IS学園屋内訓練所は、屋内とはいえISの飛行を加味した構造となっているため高さがある。そのためキャットウォークの場所が二階表記とされていても、通常の建物の何階分も降りなければコートに到着できなかった。
また、コート周囲にも不可視のバリアが張っているため、出入口以外からは入れない仕組みとなっている。
(セシリアはバリアを撃ち抜いて飛び出そうとしたけどな!)
トミーと鈴の訓練試合の佳境で、トミーを砲撃した先輩方にセシリアはISの武装である『スターライトmkⅢ』の照準を向けていた。一夏だって鈴が涙を流した姿を見て飛び出そうとし、キャットウォーク前に張られているバリアに防がれたところだった。
(あいつら、誤射とかぬかしやがって……! 完全に故意だったじゃねえかっ!)
上から眺めればコート隅で暗躍している先輩二人が何をしているかよく見て取れた。砲身は短いが口径の大きな大砲を展開し、トミーのスキを伺っていたのは間違いないない。
その後の鈴を貶す言動も一夏には我慢がならなかった。そしてさらに、
(トミーのやつ、なんで千冬姉みたいな姿になったんだ!?)
敬愛する姉が扱っていたIS【暮桜】の姿を模したトミーの変貌にも怒りを覚えた。大切な肉親の勇姿をあんな劣化コピーで再現されるなど、
(絶対にゆるさねえっ! あの先輩共も、トミーも、みんなまとめてぶっ飛ばしてやるっ!)
怒りが全身を駆け巡り、何もかもが敵に見えた。すでにISを展開しているが、その翔る足も遅すぎるように感じて、さらに怒りが増していた。
そして最後の下り階段を半階分飛び降りてやっとコート入口に到着し、中の様子を確認すると、
「な……!?」
黒い【暮桜モドキ】を身に包んだトミーが、先輩の片割れの首を右手で締め上げ、左手の刀『雪片』はもう一人の胸に突き立てていた。シールドバリアと絶対防御が辛うじて黒刃を阻んでいるが、キイイイ……! という歯医者でよく聞くような音が次第にオクターブを上げていき、今にもその柔肌へ届かんとしていた。
「ヒッ…! ィ、ヤァアアーーッ!!」
腰を抜かし半身だけ起こしている先輩が涙と絶叫を響かせる。もう一人の締め上げられている方もバタつく手足の力が次第に無くなっていった。
「やめろおおおおおおっ!!」
瞬時加速(イグニッション・ブースト)で疾風のごとく【暮桜モドキ】に驀進する。それに気づいた敵は右手に持っているものを一夏へ放り投げた。
「くっ……!」
いかに憎い相手とて、気を失った女性を放っておくわけにもいかない。急ブレーキを踏んで飛んできた女性を抱きとめる。そこに、
「一夏っ!!」
鈴の声に敵を見ると、一瞬前にいた場所から消えていた。どこに? という疑問がよぎる前に、足元から地を縫うように迫ってきた刃が光る。
「うぉおっ……!」
女性を抱えながら真後ろへ跳躍し、ギリギリで回避した。鈴の声がなければ二人まとめて切られていただろう。
こんな卑怯なマネを【暮桜】は、織斑千冬は絶対にしない。
「――ふざけるなああああっ!!」
女性を優しく下ろすと、激昂と共に斬りかかった。
踏み込みはバッチリ、間合いは決して悪くない。敵はまともに剣で受けるしかなかった。
一夏のIS【白式】の白い『雪片弐型』が、トミーのLSが起こした黒い【暮桜モドキ】の『雪片』とぶつかり合う。
怒りで血走る一夏の目が、恐ろしく冷えたトミーの瞳を捉えた。
「――トミー…?」
変わり果てたトミーの姿に、不意に熱いものが急速に冷やされていく。
(これは、トミーなのか? まるで、機械人形じゃないか!」
困惑が剣を鈍らせ、鍔迫り合いが押し負けそうになった。その時、
「一夏を離せ! 化け物!!」
鈴が『龍砲』を放ち、敵の横っ腹を撃ち抜いた。大きくコート端まで飛ばされるが、足で地面にブレーキ痕を残して止まり、剣を持つ構えは緩めない。
鈴は追い撃ちをかけようとするが、
「鈴っ! 後ろだっ!!」
「――えっ?」
巨大な鋏が鈴を咥え込んだ。トミーのLS【グレイ・アイディール】の下半身が尻尾鋏『ペンチ・ヒッター』を振るっているのた。
その挟力は容赦なく鈴のシールドバリアを削っていく。
「あ、あああああっ!」
「鈴っ!! こいつ、自立起動までするのか!?」
一夏がその鋏を切り落とそうとするも、【暮桜モドキ】が長い間合いを一瞬で詰めて斬撃をかましてきた。それを辛うじて受け止められたのは、千冬の技をトレースしていて一夏が見慣れていたからに過ぎない。
(セシリアの『ブルー・ティアーズ』の遠隔操作とは違う。制御に集中して動きを止めることも無く、操作も行動も両方を同時にこなしている……!)
一夏の後ろから【グレイ・アイディール】の下半身が鈴を挟み上げたまま突進してくる。前からは【暮桜もどき】がギリギリと剣を押してくる。
(マズイ……! やられる……!?)
そう敗北を意識した一夏の目の前を、金色の髪がたなびいた。青いIS、セシリアの【ブルー・ティアーズ】が【暮桜モドキ】を抱きかかえてコートに押し倒したのだ。
「トミーさんっ!!」
トミーの空色に輝く目を覗き込み、セシリアが叫ぶ。
「しっかりなさって下さい! トミーさんっ、私を見てっ!!」
セシリアの声に、トミーは何の反応も示さなかった。瞳は冷たく無機質な色を帯びて何者も映さず、その漆黒の身体は、
(熱っ……!?)
焼けたフライパンのような高温を放っている。
セシリアもISに乗るようになってから数多の機体を見てきたが、こんなことは初めてだった。
異変はそれだけではない。
(トミーさん、呼吸が……)
その呼吸は乱れに乱れていた。木枯らしのようなヒュー、ヒュー、という息が彼の黒い仮面の中から漏れている。よく見れば、瞳も小刻みに震えていた。否、彼の全身が小さく震えているのだ。
黒いISモドキのなかで、彼の身体が異常を来しているのは間違いなかった。
それなのに、
「ダメ……! 立っては、ダメです! 動かないでっ!!」
トミーは止まらない。
セシリアを押しのけ、刀を摑み、再び立ち上がろうとしている。
なおも抑えようとすがるセシリアに、黒い機体は刃を振り上げた。
「やめろーー!!」
「逃げて、セシリアーー!!」
一夏と鈴の絶叫がコート内に響く。しかし振り下ろされた黒い刃は鈍らない。
「――止まれっ! No.11038号!」
その、誰の声も聞かなかった黒い機体が、凛とした声にピタリと止まった。
「千冬姉……? 箒…!」
声の方を見れば、織斑千冬と篠ノ之箒の姿がコート入口に現れた。箒は急いで呼んできたのか、膝に手をついて息を荒げている。
千冬はいつもと変わらない調子で、かつて自分が搭乗していたISのデッドコピーの前に立った。
「No.11038号、VTシステムの試験は無事に完了した。装備をしまえ」
千冬の呼びかけに、番号で呼ばれた者は素直に展開していたものを解除した。鈴を襲っていたLSの鋏は四脚の下半身と共に量子化し、黒い【暮桜もどき】もその装甲がもとの鉛色のLSに戻り、そして量子化していく。
残ったトミーは、未だに瞳を空色に輝かせ、さらに額の痣が焼き付けたように紅くなっている。
「これにて訓練を終了とする。ご苦労だった」
千冬の宣言にトミーは見事な敬礼を見せた。そして掲げた手が降ろされたとき、彼の身体が膝から崩れ落ち、
「――っ」
セシリアが優しく抱きとめた。その体はなおも高熱を放っている。
「渡せ、オルコット。今すぐにそいつへ処置を施さねばならない。お前の細腕では持って走れまい」
「急いでいるなら、このままISを使って彼を運ばせて下さい。それに、この試合を提案したのはわたくしです。彼への責任も取らせて下さい」
「フン……、良いだろう。処分は追って伝える。他の者達も先ずは保健室に行き体調を確認しろ」
「千冬ね……、織斑先生、俺も仲間を止められなかった罰を受けさせてくれ。トミーの体調を優先したい」
「あ、アタシも、一緒に行かせて下さい。あの先輩たちを同じコートに入れたのは、アタシだから……」
千冬は横目でコート隅に転がっている上級生を見ると、
「篠ノ之、山田先生が到着するまで、あの寝ているバカどもをみていてくれ」
「わかりました。……みんな、トミーを頼んだぞ」
「ありがとう、箒。お前だけが冷静でいてくれて、本当に助かった」
「相変わらず、一夏は仲間のこととなると頭に血が登りやすいのだ。おかげで私はいつもこんな役回りだ」
「すまない。埋め合わせは必ずする。後でなんでも言ってくれ」
その小さなやり取りに、鈴は胸がチクリと痛くなった。一夏のことを何でも知っていると思っていた自分が、自分の知らない彼を指摘する箒よりも小さいように感じたのだ。
(幼馴染の称号、か)
箒がそう自分を表していたことを思い出す。少なくとも、今この場で最良の行動をとったのは箒だ。その相手を思いやる姿は、自分も見習うべきだと思った。
「おしゃべりはそこまでだ。走るぞ、付いてこい」
声をかけるや、先頭を切る千冬は後ろを置いていってしまうほどの速さで駆け出した。
◆
「なんだよ、これ……」
トミーが自室として使っている研究室の中で、一夏は驚愕をこぼした。
「壁の棚一面、薬品でいっぱいだ……。それに、機材まで。コレじゃあまるで病室じゃないか……!」
「うわ、開封済みのこれ、かなりキツイ薬じゃない? 他のも分かんない名前の物ばっかり」
一夏と鈴の言うとおり、トミーの部屋は人の生活する部屋にはおよそ似つかわしくないものだった。
研究室というからには書類や薬品があるのはわかるが、明らかに使用された形跡があるものが少なくない。中には針を使うものまである。それらがキチンとあるべき場所に収まっているのは部屋の主人の性格だろう。
(俺を泊めさせてくれなかったのは、これを見せないためだったのか?)
鈴と箒にドアを壊されて部屋を明け渡した夜、トミーの部屋に宿を求めたところ「関係者以外立ち入り禁止」と断られたことを思い出した。
「トミーさん、いったい、どうして……」
セシリアは腕の中でグッタリしている彼を抱きしめた。熱は未だ引かず、うなされているように呼吸が苦しそうだ。
千冬は彼の使っているベッドの上にブランケットを敷くと指示を飛ばした。
「お前たちも動け。織斑、その奥に赤いボックスがある。持ってきてくれ」
「おう」
「凰、洗面器に水を汲み、タオルと一緒に持ってきてくれ。タンスはおそらくあれだ」
「わかりました」
「オルコット、お前は一(にのまえ)をベットに寝かせ、上半身を脱がしてくれ」
「かしこまり……ぇえ!?」
「どうした? 緊急時の羞恥は命に関わるぞ」
千冬はそう言うと次の作業に移っていた。
セシリアはどぎまぎとトミーをベッドに寝かせる。
(お姫様抱っこでやさしくベッドに寝かせ、服まで脱がせるのは、普通逆だと思うのですが……)
顔を赤らめながらトミーの着る制服のボタンを外していく。中のシャツは汗でぐっしょり濡れ、肌に引っ付いていた。息は荒く、顔はのぼせ上がっているようにぼうっと火照っている。
(なんというか、背徳的な感じがしますわ……)
シャツのボタンをゆっくりと上から外し、胸元を開いた。熱に侵された肌は赤くなっていた。薄っすらと湿る汗は、彼の鍛えられた肉体の上を流れ、筋肉を光らせた。
(これは、かなり、クルものがありますわね……!)
ゴクリとつばを飲むセシリアに、
「何をやっている、マセガキめ」
「ひゃあ!?」
千冬にタオルを投げられた。
「これで汗を拭け。できるだけしっかりやれよ。後に関わる」
「は、はぃ……」
言われたとおりにトミーの身体を拭き始める。
都合上、どうしても肌に触れてしまった。しかもしっかり拭けということは、髪や、首元も拭わなければならない。大人しくタオルをそわせるが、
(興奮するな、という方が酷でしてよ……!)
ウブな少女には刺激が強すぎる作業となった。
それがおおかた拭き終えた所で、一夏が持ってきた赤いボックスが開かれ、中の機材が準備された。その見た目は、医療器具のAEDを思わせた。
「オルコット、一(にのまえ)を横にしろ。織斑、私がよし、と言ったらボタンを押してくれ。凰、念のためタオルを一枚湿らせて置いてくれ。……いくぞ」
千冬はパッドを両手に持ち、彼の胸に押し当てた。
「……よし!」
一夏がボタンを押すと、バシンッ! と彼の体が跳ね上がった。一夏は低い声を漏らし、鈴は目を背ける。セシリアは口元に両手を当てたが、目は決して逸らさなかった。
千冬は彼の瞳を開け覗き込むと、
「効果が薄いな。もう一度いくぞ、……よし!」
バシンッ! と再びトミーの体が跳ねる。セシリアは声こそこぼさなかったが、目尻に涙が浮かんだ。
と、彼の額の痣から黒い体液が流れた。使い古されたオイルのような色だった。それを確認した千冬は、
「よし、成功のようだ。凰、濡れたタオルをオルコットに渡してやれ。後、ブランケットをもう一枚探してきてくれ。オルコット、彼の額を拭ってやれ。織斑、後片付けだ」
「わかった。けど、千冬ね……織斑先生、今のは一体何だったんだ? それにトミーの額の黒いのは……」
「手を動かしながら聞け。これはヤツの体内にあるナノマシンの活性化作業だ。今のショックで肉体の回復機能を促進したんだ。額の黒い液体は、古いナノマシンの残骸だな」
「どうして、トミーさんは、そんなものを宿しているんてすか……?」
「アタシも聞きたいんですけど、織斑先生。訓練所のコートでソイツを番号で呼んでましたよね? アタシも番号呼びされる人を見たことありますけど、みんな特殊な事情を抱えた人たちでした。ソイツも、何かあったりするんですか?」
「……そうだな」
千冬は全員が作業をしながらも自分を見ていることを確かめてから、応えを話した。
「11038、この数字と一(にのまえ)の名前を比べてみろ」
「え? 一(にのまえ)十三八(とみや)……あ!」
「そう、そいつの名前だ。正確には、被検体No.11038号。つまり、実験体というわけだ」
「い、いったい何の実験をさせられているんですの!?」
「この学園に居るのが答えだ。男性でもISを運用できること。それを、擬似的であれ達成するために、あらゆる薬物投与やナノマシン付与をされてきた」
「なんで、そんな無茶なことするんですか? 大体、ソイツの身体は大丈夫なんですか?」
「大丈夫なハズないだろう。これほど無理を重ねてきたんだ。恐らく、お前たちの半分も生きれまい。目的は、そうだな……」
千冬は少し話を区切り、
「……女尊男卑を良しとしない男たちが、男性の尊厳を復興させるため、といったところか」
「勝手ですわ! そんな人達のために、トミーさんがこんなことをさせられるなんて!」
「そう言ってもな。そんな奴らが居なければ、コイツはすでに死んでいたかもしれないんだぞ」
「え……?」
「一(にのまえ)を学園に受け入れる際にスポンサーに聞いたんだが、実験体はみな、怪我や病気などで寿命が短いか、死にそうな奴らを使っているそうだ。戸籍操作が楽だからな。おそらく、一(にのまえ)も何らかの事故にあったかして、死にそうな所を生き長らえさせられたんだろう。まあ、エゴな話だが……」
「それは!」
セシリアが千冬のもとにすがった。
「それは、ひょっとしてとある経営コンサルタントの息子さんとおっしゃられてはいませんでしたか? イギリスで数年前にあった列車事故の犠牲となった、ある会社から大学者(サヴァント)と呼ばれていた家族の子ではありませんてしたか!?」
「いや、知らんな。それは、お前の知り合いか?」
セシリアは頷きで答えた。
「……調べてみよう。だが、期待はするなよ」
「わかっています」
そう答えるが、セシリアには、きっと目の前の少年は『彼』に違いないと思っていた。そうでなければ、
(この胸にこみ上げてくるものも、鼓動の高鳴りも、懐かしさも、全て、……すべ、て)
何なのだろう。
もし、可哀想な実験体だったトミーが『彼』でなければ、この気持ちは納得がいかないものになるのだろうか? それとも、自分はトミーを看病したから胸が高鳴っているだけなのだろうか。
それに、本当にトミーが『彼』だったとしても、
(わたくしのことなど、何一つ覚えていないというのに……)
夢の中から掴み取りかけた『彼』の幻が、再び霞と消えていくように感じた。