ドイツ国内軍施設。IS配備特殊部隊シュヴァルツェ・ハーゼ、通称『黒ウサギ隊』が駐屯している官舎に一本の電話が鳴った。ディスプレイの色は赤、部隊では秘匿回線を意味している。受付の隊員は少し眉をひそめ、低い声で受けた。
「はい、こちらシュヴァルツェ・ハーゼ」
『久しいな、クラリッサ・ハルフォーフ』
「! お、織斑教官!」
副隊長のクラリッサが放った言葉に、ガタ! と周囲の隊員が色めき立った。隣の隊員がすぐさまハンズフリーボタンを押し、皆に会話が聞こえるようにする。
『元、教官だ。今は教師なのだからな』
「ハッ! 失礼いたしました。しかし我ら黒ウサギ隊一同は、貴方にご指導頂いたことを誇りに思っております!」
『相変わらず、律儀なことだ。ラウラ・ボーデヴィッヒはいるか?』
「ハッ、お代わり致します」
言うなり、クラリッサから受話器を渡される前に、銀髪と眼帯が特徴的な少女はひったくるように電話口へ近づいた。
「お、織斑教官っ! ご無沙汰しております! ラウラ・ボーデヴィッヒです!」
『ああ、久しいな、ボーデヴィッヒ。お前たちの中で私は相変わらず教官なのだな。まあ良い。お前が近々IS学園へ転入することになったことは聞いているな?』
「ハッ! 教官と再会できる日を一日千秋と待ちわびております!」
『学校では先生だ。呼び方に気をつけろよ』
「了解です!」
いいな〜、と隊員の声が漏れるが、クラリッサはすぐに、シッ! と唇の前に人差し指を立てて静粛にさせた。
『うむ。さて、せっかくだがお前に聞きたいことがある』
「なんなりとおっしゃってください!」
『ああ、――VTシステムについてだ』
! という声にならない、息を呑む動きが周囲に巻き起こった。
「VT、システムについて、でありますか」
『……なにか知っているな? 話してくれ』
「はい、存じております。なにせ、私の義姉弟が運用テストを行ったのですから」
『きょうだい?』
「トミヤのことです」
ラウラははにかむように口角を僅かに上げた。
「私もトミヤも、人為的に作られた存在です。それに、日本では同じ釜の飯を食べた仲間を釜姉弟と呼ぶという、素晴らしい風習があると伺いました。ですので、私とトミヤは釜姉弟の契を交わしたのです」
『……その話をたれ込んだのはハルフォーフか?』
「そうですが。な、何か間違っておりましたか?」
すがるようなラウラの言い方に、
『ん、あ、いや、まあ、いいのではないか。プライベートな事だしな』
「そ、そうですか。良かった。私も、教官のように弟を持てば強くなれるかと思いまして」
『……そういえば言ったな、そんなこと』
「はい。教官に強さの秘訣を伺った際に、弟がいることだとおっしゃっていました」
『だからとは言え、義姉弟とはな。相変わらず一(にのまえ)に入れ込んでいるな。確か、私がお前たちの教官になる前から、IS学園に入るまで一緒にいたのだったか』
「そうです。私が出来損ないと呼ばれていた頃も、変わらず側に居てくれました」
『なるほど。その義弟に、VTシステムのテストを、掟破りをさせたのか。大した義姉だな』
う、とラウラは痛みに堪えるような声で呻いた。
「……上からの命令でした。トミヤの乗る機体は、正式にはISとして扱われていないという理由で、IS条約には適用されない、と」
『なるほど、理屈だな』
「はい、言い訳です。……他にも、トミヤには幾つも負担の大きい試験をさせてしまいました。あいつの目が悪いのも、ヴォーダン・オージェ、いわゆるIS適合性向上手術の弊害です。その失敗を踏まえることで、以降問題が発生することはなくなりましたが」
『ドイツ軍は、一十三八を実験用鼠と扱った訳か』
「はい……。織斑教官、お願いします! どうか、私をトミヤと同じクラスへ入れて下さい! 今度こそ、私に義弟を守らせて下さいっ!」
『泣き言を言うな。勘違いをするな。姉が弟を守るというのは、その程度のものではない!』
千冬のピシャリとした物言いに、ラウラだけでなく、聞いていた黒ウサギ隊の全員が首を竦めた。
『お前がIS学園に転入してくるまでまだ時間がある。それまで義姉弟とは、家族とはどういうものか、よく考えておくのだな』
「はい……」
『よろしい。では、他の黒ウサギたちへ、人の話に聞き耳を立てる暇があれば自分の仕事をさっさとやれ、と伝えておけ。以上だ』
そう通話が途切れると同時に、ひええ、と隊員達の声があがった。ハンズフリーにしていたの気付いていたのかな〜、という、怪訝な会話がなされる中、ラウラは呆然と受話器を手にしたままだった。
「家族、か……」
そう口にする言葉に、ラウラは胸がほのかに暖かくなるのを感じた。その温もりは、これまでトミヤにしでかしてきたことを思い出して、急に締め付けられるような痛みに変わった。
◇
IS学園生徒会室。普段は生徒会長が座る席に千冬は腰掛け、立派な机に設置された電話機の受話器を置いた。
「さて、お前たち、今の話をどう思う?」
机の向こう側に立つ生徒会長の更識楯無と、生徒会会計の布仏虚に話しかける。
楯無は神妙な面持ちで、そうですね、と前置きをして、
「釜姉弟という表現はマズイと思います」
「そこを拾うな馬鹿者。向こうの履き違えだ」
「では、織斑先生はやはりブラコン……」
「忘れろ更織。それ以上言うと口を縫い合わすぞ」
「あ、ラウラちゃんのプロフィール写真を見ましたが、彼女の銀髪とトミーくんの髪の色、結構似ていますので義姉弟と言われても馴染むかもしれませんね」
「ボーデヴィッヒの方が透き通った色だ。ああ、もういい。くだらん話はここまでにするぞ」
千冬は椅子の上で足を組み、背もたれにもたれかかって少し見下ろす姿勢で生徒会二人を見た。
「どうやら、一(にのまえ)のVTシステムはドイツ軍の関与があったらしいな。これでLSというイレギュラーに対するウィークポイントを掴めたわけだ。暗部の面目躍如と言ったところか。良かったな、更織?」
「織斑先生、今回の件については全て私、布仏虚が勝手にしでかしたことです。生徒会長には何の落ち度もありません」
沈黙を続けていた虚が口火を切り、楯無をかばうように前に立つ。が、その肩を楯無が掴んで抑えた。
「いいのよ、虚。私の監督不行届に変わりはないわ」
「そんなことはありません! 私がLSを快く思わない者達に訓練について誑し込んだ結果です。お嬢様の責任ではありません!」
「あなたの気持ちはよく伝わっているわ。それで十分よ」
「気持ちではなく、責任についてです!」
「それも含めて、よ」
楯無には分かっていた。
おそらく、暗部である自分の家、更識家の中でLSに対してよからぬ意見があがったのだろう。それに対して自分へ直接話が通る前に、忖度した虚が先に動いたのだ。仕官である布仏が、主人の更識の手を汚さないように。
(いつものことだけど、今回だけはちょっと手際が悪すぎるわね)
しかし、まさかLS否定派を扇動し、十三八に対して凶行に及ばせたのはいただけない。ましてや先日、楯無は十三八の身を案じて目の届く場所へ置く意味で生徒会へ誘っているのだ。いくら虚が楯無のためを思っているとはいえ、楯無以外の生徒についてこの扱いでは生徒会長として見過ごせない。
「茶番は済んだか?」
そういったやり取りを全く意に介さず、千冬は冷たい目で楯無達を見た。
「織斑先生、十三八くんの件について、生徒会長である自分が問題の責任を負います。何なりと申して下さい」
「いいだろう。では、近く転入してくるドイツのIS代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒを一(にのまえ)と同じクラスとすることを認めろ」
は? と生徒会の二人は目を丸くし顔を合わせた。
「それは一向に構いませんが、そのようなものでよろしいのですか?」
「ああ。ボーデヴィッヒは一(にのまえ)と繋がりがあり、保護者を自称している。近くに置けば今回のような問題は防げるだろう。とはいえ、ボーデヴィッヒはドイツの代表候補生で専用機持ちだ。一組に入れば人選的に偏りが出来てしまう。その弊害を許容してほしい」
「確かに、代表候補生の偏りはクラス対抗イベントに差し支えが生じます。なる程、分かりました。今回の責任として、生徒会としても一組を特別クラスとして捉えるように致しましょう」
「話が早くて助かる。では、そのようにしてくれ」
そう言うと、千冬は席を立って生徒会室から出ていった。
それを見送った後、虚は、
「オルコット嬢は彼を守りきれなかったようですね」
ぬけぬけとそう言った。
「わざわざ付き添いと称して彼と行動を共にしていましたが、イザというときその手が届きませんでしたか」
「虚、あなた私を怒らせたいの? あなたが変なことをしなければ起きなかった話よ」
「怒って下さい、お嬢様。私はオルコット嬢が彼を守ると踏んでいました。イギリス代表候補生である彼女がそうすれば、暗部としてもイギリスと事を構えないためにしばらく静観するだろう、と」
パシン、と楯無の手が虚の頬を叩いた。
「お望み通り怒ってあげたわ。人を試すような真似はよしなさい。今のセシリアさんの気持ちを察することができないの?」
「ありがとうございます。ですが、私としては、影で溜まっていた膿達の方が気にかかりました。彼女たちが暴発する前にガス抜きをしようとしたのですが、思いの外凝縮されていたようです」
「まったく。そう先走るのはあなたの悪い癖よ。何か気がついたら、まずは私に相談なさい。もっといい解決策を出してあげるから」
「申し訳ありません、お嬢様。自分の不出来を恥じるばかりです」
虚はそう言うと深々と頭を下げた。
それが形式的なものであることは、長い付き合いから楯無には分かった。
(ひょっとすると、虚自身も、LSを容認していないのかしら?)
楯無は懐から扇子を取り出し、口元に当てて思案にふけった。
以前、トミーを生徒会室に呼び出したとき、虚が席を外していたのは別件があるからと聞いていた。だが、彼女の妹の本音にはトミー一人で召し出すよう言いつけていたと聞く。
(セッシーがどうしてもって聞かなくて〜)
本音は申し訳なさそうに詫ていた。しかしなぜ、一人で、だったのだろう。セシリアが付き添っていなければ、虚も生徒会室に控えていたかもしれない。彼に直接問いただすことがあったのだろうか。
楯無は無地の扇を閉じ、虚に目を向けた。
「虚、教えてちょうだい。あなたはトミーくんの何を疑っているの?」
「お答えします、お嬢様。私は、一十三八が亡国機業(ファントム・タスク)の差し金であり、周囲に危害を及ぼすのではないかと踏んでいるのです」
虚の口から飛び出してきた単語に、楯無は目をしばたたかせた。
「まさか、ね。その考えに至った理由はなに?」
「彼のスポンサーです。企業連の中に亡国機業(ファントム・タスク)との繋がりが噂される名前もありました。事実とすれば、彼をネズミとしてこの学園に潜らせたと考えることもできます。それに」
「それに?」
虚は眼鏡をかけなおし、周囲に誰もいないことを確かめてから告げた。
「VTシステムの研究を続けていたとされる施設が、何者かに襲撃されて破壊されたと聞きました」
「へえ……。その何者かが、今後トミーくんのもとに現れるかもしれない、と?」
「恐らくは。彼が亡国機業(ファントム・タスク)の差し金であれ、VTシステム運用者であれ、この学園に害をなす恐れがあることに変わりはありません。ですので、私としては早々に退学させるべきかと」
「……」
トミーくんは不憫な子だな、と楯無は思った。
実験用に扱われて、スパイに疑われて、ISもどき運用者だと蔑まれて。
そういう星のもとに生まれたのだろうか。あんなに明るそうで、友達思いの良い子なのに。
しかし、そういうところが、
(な〜んか、お姉さん、守ってあげたくなっちゃうなあ)
笑みを浮かべて自分の気持ちに従った。
「あなたの話はよくわかったわ。特に、亡国機業(ファントム・タスク)への対策は望むところ。仮にトミーくんがネズミだったとしても、逆にこちら側へ着かせることが出来たら、面白いと思わない?」
「それは危険です、お嬢様」
「いつものことじゃない。それに、織斑先生も彼のガードを固めようとしてくれているし、その織斑先生自身もこちら側にいる。危機感を持つのは大事だけど、悲観的になる必要はないと思うわ」
楯無は扇を広げた。虎視眈々、と、可愛い虎の顔と一緒に書かれていた。
「まずは餌付けといきましょう。この学園での生活を堪能させて、よく馴染ませてあげるの。彼の友達がドライだったら、今度は無理にでも生徒会に入れて散々接待してみようかしら。まあ、あの子たちが悪い子でないのはお姉さんにもわかるから、心配はしていないけどね」
「何か起きたら、いかがしますか?」
「それこそ待ってましたって所よ。生徒の暴発だったら風紀の乱れの払拭。亡国機業(ファントム・タスク)の関与だったら彼を泳がせて尻尾を掴む。VTシステム関連だったらその正体を解明する。いざとなったら織斑先生に出張ってもらう。簡単な話よ」
楯無はクスクスと扇の奥で笑った。
「だいたい、こんな可愛らしいネズミさん、放って置くわけないじゃない。私がチェシャ猫って呼ばれていること、あなたも知っているでしょう?」
◆
トミーは目を覚ました。眼が悪くぼんやりとだが見覚えのある天井で、背中の感触はいつもの硬いベッドの上に寝ていると実感した。
ただ、かけられているのが普段使わないブランケットで、その裾を掴んで頭を載せているのは、
「……セシリア?」
一際目を引くブロンドの髪は視界が悪くても目に止まった。半身を起こしてあたりを確かめる。自分の部屋だ。なのに、自分のベッドの隣に椅子を置いて、セシリアが寝息を立てている。
「ずっとアンタについていたのよ」
声の方、流しのある付近を見ると、ツインテールか動いていた。
「その声、凰さん?」
「鈴でいいわよ。はい、お水」
コップに入ったミネラルウォーターを渡してきた。距離感を間違えて落とさないよう、両手でしっかりと受け取った。
「薬もあったほうがいいのかしら?」
「……全部見ちゃったの?」
「見たわよ。色々あって、アンタをここに運んだ時に千冬先生に教えてもらったわ。アンタの名前の由来もね」
「そっか……」
トミーはコップの水を一口含んだ。
「棚の一番右下にある錠剤を貰える? ボトルのやつ」
「コレね。因みにどういう薬なの?」
「簡単に言うと、覚せい剤」
「ちょっと!?」
「冗談だよ」
クックッ、と笑うトミーに、鈴は錠剤をぶん投げようとして、フォームの途中からゆっくりになった。
「それ、笑えないから止めなさい。縁起でもない」
「ゴメン。それで、僕がここにいるってことは、VTシステムでも暴走させた?」
「なによ、わかってたの?」
「頭が、すごく、痛いんだ。前も似たような事があったから覚えてるよ」
ザラザラと錠剤を出すと、一気に口に含んで水で流し込んだ。一見、鈴には危険な量ではないかと危ぶんだ。
「そう……。あ、一夏は箒と一緒に事情聴取を受けているわ。一応、訓練中の事故ってことで、済ませることになったみたい」
「うん、わかった。二人にありがとうって、伝えておいて。鈴も、ありがとう。助けてくれて」
「わ、私は、別に。問題の原因を招き入れた事もあっただけだし」
「うん。わかっているよ。セシリアにも、起きたらちゃんと言わなくちゃ」
言うと、トミーは再びベッドに横になった。
「ゴメン…、もう少し…、眠るよ。薬が…、痛みを消してくれるから」
「ちゃんと休みなさい。今度は模擬戦以外の訓練も付き合ってよね」
「うん…。おやすみ、鈴。それと」
ベッドに半身を預けて眠っているセシリアの手を取って言った。
「おやすみ、セシリア……」
トミーはすぐに寝息を立てた。
その安らかさに、しかし鈴は顔色が優れない。
(まる三日寝込んでいたなんて、言えないわよね)
セシリアは、授業が終わるとすぐに看病に来ていた。鈴がどうしてそこまでするのかと尋ねると、
(大切な友達だから、って、ちょっとそれだけじゃない気もするけどな)
自分も一夏がトミーのようになったらセシリアのようにするだろう。つまり、そういうことではないかと鈴は思った。
(早く元気になってよね。みんな心配してるんだから)
トミーとセシリアを残し、静かに部屋を後にした。ここの薬品の匂いは、何度来ても慣れなかった。