リミテッド・ストラトス   作:フラワーワークス

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Ⅻ 雨の中のストレンジャー

 想い人と戦うというのは、鈴にとってうれしくもあり、また複雑な心境でもあった。もしふがいなければ自らの手で叩き直して、今後訓練を共にする口実にしてしまおうと思ったが、一夏は決して弱くはない。むしろ、ISに搭乗して一月あまりの初心者にしては驚異的な実力を備えていた。

 

(暴走したトミーと戦った時なんて、切込みもガードもしっかりしてたもんね)

 

 あんな動きはとっさに出来るものではない。何度も訓練を重ねて体に覚えさせたからこそなせる技だ。剣道を習っていたとしても数年のブランクがあるのだから、IS学園に入ってから鍛え直しているのだろう。

 そういえば、一夏はトミーや箒、セシリアと訓練を重ねていると聞いている。今度は自分も混ざって一緒にやるのも面白いかもしれない。

 

(それにしても、あの時はアタシのために、飛んで来てくれたんだよね)

 

 先輩になじられていた自分を見て、いても立ってもいられず飛び出したのだと後から聞いた。それはつまり、一夏も自分に対して少なからず想っているということだろう。もっとも、自分が持っている想いとはまた別のものかもしれないが。

 

(わかってるわよ。一夏が唐変木なのは今に始まったことじゃない。でも、ちょっとはアタシを見てくれたっていいじゃない)

 

 クラスは違うし、代表戦があるからと放課後もなかなか付き合えない。せいぜいランチを皆で一緒にするくらいだ。二人っきりになんてなれやしない。

 だが、このクラス代表戦は、ある意味二人だけの世界になれる特別なものだ。せっかくの機会を逃すつもりはない。一夏の目に自分の勇姿を刻みつけて、『鈴、お前凄いんだなあ!』と言わしめてやる!

 

「そう思っていたんだけどなあ……」

 

 窓の向こうの雨天を見上げて、鈴は深いため息をついていた。

 クラス代表戦当日。晴れを伝えていた天気予報は派手に外れて未明からの雨となった。

 小雨決行とはお触れが出ていたものの、こう朝から本降りでは進行に文字通り水を差されることになった。それに、女性が傘も刺さずに雨空の元に出るというのはどうしても抵抗があってしまう。

 

「あ〜ぁ。せっかく一夏と二人っきりになる戦いだったのになぁ」

「この雨模様では中止もやむを得まい。しかしまったく、あいつらはよく元気に訓練できるものだな」

 

 テーブルをはさんで鈴の向かいに座る箒は、その屋内観覧席から見える雨のアリーナ内で、訓練に励む一夏とトミーの姿に呆れ声を上げた。

 化粧やセットに勤しむ女性では雨の中での訓練は敬遠される。男性だからこそ気兼ねなくできる雨天練習だった。

 

「これまで代表戦に向けて改修工事がありましたもの。アリーナを使えるのは久しぶりですから、お外で動いてみたくなったのではないかしら」

 

 鈴と箒の間で窓向かいに座っているセシリアが楽しそうに言った。

 鈴は足を組みながら、

 

「これまで外で訓練できなかったからってさあ、なにも雨の中でやることも無くない? 風邪でもひいたらどうするのよ」

「それもそうだが、この雨で今日のスケジュールは自主トレだし、誰も練習に使わないアリーナは貸し切り状態だ。伸び伸びと飛び回りたいと思うのも無理はないだろう」

「殿方は気ままで羨ましいですわね」

 

 会話を交わす三人の視線の先で、一夏が瞬時加速(イグニッション・ブースト)を仕掛けトミーに切りかかった。しかし容易く剣銃『グローリー・シーカー』で受け流され、尻尾鋏『ペンチ・ヒッター』がムチのようにしなり逆襲にかかる。それを読んでいたのか飛び込んだ勢いを殺さず一夏は飛び退いた。

 一撃離脱戦法だ。接近戦しかできない一夏の【白式】ならではの戦術だが、その動きは代表候補生の鈴とセシリア、そして全日本剣道優勝者の箒から見てもにもサマになっていた。

 

「まだまだね。って言ってやりたいんだけど、正直上達早くない? 前に見たときより動けているんだけど、どういうこと?」

「私達の指導の賜物だな。特にトミーは教えるのが上手い」

「そうなの?」

「もちろんですわ」

 

 なぜかセシリアが得意そうに言った。

 

「なんであんたが偉そうなのよ。それにトミーは、ついこの間まで休んでたじゃない? その、アタシのせいでさ……」

「あれは鈴が気に病むものではないさ。一夏はトミーが床に伏している間も、前から課せられた訓練をひたすらこなしていたんだ。もっと俺に力があればトミーを止められたのに、と一層稽古に身が入っていた」

「ふーん。ちなみにどんな練習をしてるワケ?」

「回避と、機動と、攻撃。この三つのみですわ」

「はあ!? それであんだけやれるようになったっていうの?」

「一夏の【白式】はピーキーな機体だからな。教科書通りに練習するより、メニューを絞ってやる方が効果がある。と、トミーが言っていたぞ」

「細かく言いますと、わたくしの銃撃や箒さんの斬撃からの回避。瞬時加速(イグニッション・ブースト)や三次元躍動旋回(クロス・グリッド・ターン)の取り入れ、単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)である零落白夜の運用。これらを反復練習で身につけておりますのよ。もっとも、この間までは私もトミーさんに付きっきりで、顔を出せておりませんでしたが」

「ま、まあ、おかげで私は一夏と二人っきりで練習ができたわけだがな」

「うわっ、ズルい! 今度からアタシも混ぜなさいよ!」

 

 鈴が唇を尖らせて抗議した。

 箒の反論を受けて立つ気でいたようだが、

 

「そうだな……。クラス代表戦もお流れになったことだし、鈴が一緒にいてくれた方が一夏の上達のためになるだろう」

「あら、随分と殊勝ですのね?」

「専用機持ちではない私が相手をしたところで、たいした稽古にはならないからな」

 

 その箒の言葉に自嘲が混ざっていたのを、鈴は逃さなかった。

 

「なによそれ。好きなヤツのために本気を出そうとか考えないわけ?」

「へ、変な言い方はやめろ! 私だって、一夏と一緒に強くなれるなら本望だ。だが、未熟者同士で競い合っても、先を行く熟練者に敵わないことぐらい知っている」

「一夏さんのために、あえて自分以外の手を借りると?」

「そうだ。私がもっと強ければ、一夏を導いてやれたのだが……」

 

 箒は顔を赤くして俯いた。自分の不出来を恥じているようで、また一夏への想いに戸惑っているようだった。

 

「ふーん。ま、そういうことなら手を貸して上げても構わないわよ。レッスン相手が一人でも二人でも同じことだわ」

「私も、いいのか?」

「情けない幼馴染から一夏を奪い取ったって、嬉しくなんかないわよ」

 

 ふん、とそっぽをむく鈴に、箒はぎこちない謝辞を述べた。

 

「鈴、かたじけないっ」

「そ、そんな頭を下げないでよ! 周りから変なふうに見られるじゃない」

「ウフフ、一夏さんとトミーさんの練習、見ているのはわたくしたちだけではないようですわね」

 

 屋内観客席は三人のいる席の他にも設けられている。そこには少なくない生徒たちが雨の中で戦う男子二人に熱い視線を送っていた。時折、黄色い声援も湧き上がっている。

 鈴はそれを横目で見ながらセシリアにささやいた。

 

「セシリア、あんたも気をつけなさいよ。一夏ほどじゃないけど、トミーだってけっこう人気あるんだからね。……向こうの席の話、聞いてみなさい」

 

 小声で付け加えられた話に、鈴の視線の先にいる生徒たちに耳を傾けた。

 二人の女子生徒がアリーナで繰り広げられる練習を見ながら、何やら熱く語り合っている。

 

「えーっ! あんた最初一夏くんの方がカッコイイって言ってたじゃん?」

「そうだったけどさあ。部活の後輩の話を聞いていたら、トミーくんもいいかなって思うようになっちゃって」

「後輩って、ハンドボール部の?」

「そう。その子ね、毎朝トミーくんと一緒にジョギングするくらい仲が良いんだって。それである日タオルを貸してあげたら、洗濯してドリンクと一緒に返してくれたんだってさ」

「ふぅん」

「しかも、その子の好きなチョコレートミルクだったの。覚えていてくれたんだ、って聞いたら、ちゃんと低脂肪のやつだから疲労回復にも最適だよ、って言われたんだって」

「へー、気が利くじゃん」

「でしょ? ジョギングのときも、さり気なくに道路側を走ってくれたり、ペースを見てその子の体調を気遣ったりしてくれるらしいよ」

「あ、そりゃ良物件だわ」

「そんなわけで、まあ今のうちに唾つけとこうかなって……」

 

 話を聞き終わる前にセシリアの腰が浮かぶのを箒は慌てて静止した。

 

「お、落ち着け、セシリア。単なる世間話じゃないか」

「そうよ。別に殴り込みかけることないって」

「そんな野蛮なこといたしませんわ。……いけません、手袋を忘れて来てしまいました」

「決闘する気まんまんじゃない!?」

「練習に誘うだけですわ。――足腰が立たなくなるまで」

「だから落ち着けと言ってるじゃないか!」

 

 セシリアを椅子に座り直させ、鈴と箒はヤレヤレと一息をついた。

 

「まーったく。セシリアも大概トミーには甘いわよね。やっぱりアイツのことが好きなんじゃないの?」

「そういえば以前、トミーはお前の知り合いではないかと話していたな。あいつは複雑な事情を抱えているようだが、その後なにか分かったのか?」

 

 鈴と箒の問いかけに、セシリアは躊躇うことなく「ええ」と肯定を返した。

 

「そうですわね……。では、お答えする前に、鈴さんと箒さんに聞きたいことがありますの。もし、一夏さんが記憶を無くし、お二人の事を忘れてしまったとしたら、それでも一夏さんのことをお想いになりまして?」

「わ、私は、別に一夏のことなど……」

「アタシは想うわ」

 

 慌てふためく箒のセリフを、鈴は断言で遮った。

 

「記憶を無くしたってんなら、叩いてでも思い出させる。それでも思い出さないんなら、また一緒に思い出を作る。昔よりももっと楽しい記憶をあげて、二度とアタシの事を忘れないよう一夏の心に刻みつけてやるわ。どこかの幼馴染さんとは違ってね」

「むっ、一夏を見捨てるような事を言った覚えはないぞ。私だって、記憶を失った程度で離れるような付き合いはしていない。一夏が世話のかかるやつなのは、昔っからだしな」

 

 ふん、と、鈴の気勢を受け止めた。

 そんな二人に、セシリアはクスクスと浮かぶ笑みを手で隠した。

 

「そうですわよね。そのとおりですわ。なのにわたくしは、そのことに気づくのがこんなに遅れてしまいましたの」

「ふーん。……ん? なに、アンタまさか自分の気持ちに気付いていなかったの?」

「恥ずかしながら、そうですわ」

 

 セシリアは頬を赤くして言った。

 

「トミーさんは、やはりわたくしの幼馴染でした。お転婆だった頃のわたくしを包み込んで受け入れてくれた愛しい『彼』でした。もっとも、かつての記憶を無くし、もうわたくしのことなど覚えてはおりませんでしたが……」

「そう、か……。それでも、彼を?」

「ええ。もう、迷いません。『彼』が昔のことを思い出さなくとも、また一緒に思い出を作っていきます。鈴さんのおっしゃるとおりに」

 

 ふふん、と鈴は得意げな笑みを浮かべた。

 

「ま、この三人の中じゃぁアタシが一番先を走ってるってことね。せいぜい周回遅れにならないよう付いてきなさい」

「なに、私はスタート地点が鈴よりも先にあるのだから、丁度いい手加減というやつだ」

「わたくしだって、『彼』を狙う有象無象なんかに容赦はしませんわ。『彼』の優しさも、強さも、暖かさも、わたくしだけのものですもの」

「……なんか、セシリアの重くない?」

「そうでしょうか?」

 

 キョトン、と首を傾げるセシリアの姿はあどけなく可愛らしい。

 それが幼い子供の残酷さでナチュラルに人を傷つけてしまいそうで怖くもあった。

 

「アンタさあ……」

 

 鈴がその辺りを突付こうとする、その瞬間、窓の外の闘技場に巨大な光が突き刺さった。一拍遅れて、大きなガラスが割れたような破砕音が鳴り響く。

 

「なに!?」

「落雷か!? しかし雷鳴などはなにも……」

「ご覧になって! 全天周バリアが!」

 

 空を見上げると、セシリアの言うとおり半透明だったバリアが割られ、雨空にヒビが入ったような亀裂が走っていた。雨風は通しても、いかなる衝撃や斬撃にすら耐えうる特殊な防壁なのに。

 

「一夏たちは!?」

 

 闘技場を見ると、一夏もトミーも光が落ちた場所からは離れた位置にいた。二人共何が起きたのかと、煙を立てる落下地点に目を凝らしている。

 

「大丈夫だ。無事なようだが……」

「過信してはなりませんっ。すぐに安否の確認を」

「待って! 煙の中から何が出てくる。あれは……」

 

 鈴の言うとおり、落下地点の煙の中から、何ものかが浮かび上がってきた。

 人型だ。しかし、首がない。

 手も異常に長く、つま先よりも下まで伸びている。

 全身を、今の空模様と同じ深い灰色の装甲で覆われており、さらに二メートルを超える巨体だった。

 

「IS、なのか……?」

 

 箒が窓際に近づき、窓に手を当てようとすると、急に機械的な音と共に上からシャッターが落ちてきた。目の前が遮られ、屋内が一瞬暗くなり、非常灯が薄明かりを作る。

 

「遮断シールド!? しまった、出入りができない!」

「一夏っ!」

「トミーさんっ!」

 

 それぞれの想う名前を叫び、彼らを助けるためにすぐさま三人は次の行動を模索した。

 

 ◇

 

(学園アリーナに正体不明の侵入者だと……!?)

 

 アリーナのピットに続く廊下を競歩で歩く織斑千冬は、このイレギュラーに半ば予期していた懸念が的中してしまったと悔やんでいた。 

 

(希少な男性IS操縦者である一夏。特殊な事情を抱えた一(にのまえ)。何か起きるかとは思っていたが、このような強行手段で来るとは……!)

 

 二人にアリーナ使用を許可したことを後悔した。全天周バリアがあれば外部からの攻撃は防げると思っていたが、それをぶち抜く輩が現れるとは誤算だった。

 そして、それは強敵が来襲したことを示唆していた。

 

「状況を報告せよっ!」 

 

 ピットに到着し、すでにアリーナ内外の情報を集めていた山田真耶と整備科の生徒たちに確認を入れた。

 

「あっ、お、織斑先生! あの、実はですね、その」

「山田先生、落ち着いて下さい。アリーナの織斑と一(にのまえ)は、どうなっていますか?」

「そう! それがですね、撃破なんです!」

「撃破!? 一夏と十三八が、やられたんですか!」

 

 驚愕に、千冬は素で二人の生徒を名前で読んでしまった。

 

「いえっ、違います! 織斑くんと、一(にのまえ)くんが、正体不明の敵を撃破したんです!」

「……は?」

 

 唖然とした素の織斑先生の姿に、居合わせた生徒たちは珍しいものを見たような顔になった。

 

「二人が、侵入者を、退治したのですか? まだ入られてから十分と経っていないのに?」

「そうなんです! 一(にのまえ)くんが牽制して、怯んだ敵を織斑くんが一撃で仕留めたんです! いやあ、感激しました!」

 

 さすが織斑先生の弟さんですね、と声をかけるのを聞き流し、千冬は備え付けられているモニターからアリーナの状況を確認した。

 山田先生の言うとおり、謎の侵入者は左右に真っ二つに切り捨てられていた。首のない両肩の間から、股下までずんばらり、と。

 

(信じられん……)

 

 何かの冗談かと思っているところに、一夏から通信がよこされた。山田先生がすぐに応じる。

 

「もしもし、織斑くん!? 無事ですか?」

「あ、山田先生。はい、俺もトミーも怪我一つありません。それにしても、コイツ、どうしましょうか?」

「えー、っとですね……」

 

 山田先生は横目で織斑先生を見て指示を待った。織斑先生も判断しかねるのか、すぐに返答を寄越さない。

 さらにそこに、一夏たちの同級生である箒、鈴、セシリアの三人がピットの中に勢い良く飛び込んできた。

 

「すみません! 一夏たち、無事ですか!?」

 

 走っていたのか、みな息を切らしていた。それほど二人の安否を気にして急いで来たのだろう。

 幸いなことに一夏もトミーも無事だ。しかし、

 

(男性IS操縦者と、LS操縦者が謎の敵を撃破したなどと……)

 

 これは、下手をすると世間を騒がすことになるかもしれない。

 千冬は今を忘れて明後日の事に頭が一杯になってしまった。




千冬が生徒の名前を呼ぶときって、名字呼びなんですね。
つい最近知りました。ちゃんと読んでたのに気がつかないなあ。

また、「」や『』の使い方など、近いうちに以前のものを修正統一していきます。
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