「フ、フフフ……。フフフフフ……!」
IS学園のジャーナリズムを一手に賄う新聞部。その部室で、黛薫子はこみ上げる笑いをだだ漏れにしていた。
(IS学園に現れた謎の機体、それを撃退した二人の勇者! それを目の当たりにできた私。これはジャーナリストにとって、まさに、運命!)
整備科の二年生である薫子は、謎の襲撃者がアリーナに現れた際にピットに控えていた一人だった。同科でもエースであったその腕を買われていたのだが、まさかあんな特ダネが目の前で起きるとは記者冥利に尽きる事態だった。
「黛副部長、学園新聞の号外は売れに売れています」
「新年度特集号も飛ぶように捌けています!」
「まだ5月なのに来年の予算が手に入りそうな勢い」
「さすがは黛先輩!」
新聞部の部員たちが薫子を褒めちぎる。
薫子はトレードマークの眼鏡の位置を整えながら不敵な笑みで皆を制した。
「なぁに、かねてより注目の的だった男子二人の勇姿を書いた記事ですもの、驚く程のものではないわ。それよりも、注目すべきは世界のメディアよ!」
ビシィッ、と指さす部室の壁に展開された7つのディスプレイには、各種、各国のメディアの表紙が展開されていた。その内容はただ一つ、IS関連特集だ。
「皆もご存知の通り、私の姉、黛渚子にこの特ダネをタレコミ、姉が副編集長を務める雑誌『インフィニット・ストライプス』経由で、私達の記事は世界を駆け巡っているわ! そして今日、この画面の雑誌の中にその特集が組まれているとの連絡があった!」
おお! と部員たちが湧き上がる。
そう、このIS学園新聞部が手がけた記事が世界のメディアに登場するのだ。それは記者を志すものとして最高の栄誉と言えた。
部員たちに感動がみなぎってきた。
「このページの中に」
「私たちの記事が……!」
「やばい、ドキドキしてきた」
薫子は皆の興奮を受け止めると、音楽の指揮者のように両手を広げた。
「さあ、レッツ、オープン!」
薫子の合図のもと、すべての記事の表紙が開かれた。
曰く、
『男性IS操縦者、IS学園への襲撃者を撃退』
『ラストサムライ、IS学園を救う!』
『ブリュンヒルデの弟はジークフリートか!?』
そこに踊るはIS学園襲撃事件と、謎の敵を撃退した織斑一夏の勇姿が映る多数の写真。
文章はプロが書いたと思わせる人目を惹く表現の羅列。その中に自分たちの記事は、
「……ない!?」
ない。
自分たちが精魂込めて作り上げた記事がない。
一文も、ない。
「馬鹿な!? 写真はともかく、あれだけ練りに練ったた記事が一文も使われていないなんて!」
「あ、あれ? 全部の雑誌、一夏くんについての話しか載っていませんよ!?」
「十三八くんの記事が一つもない! どうして!?」
薫子はその疑問を解くべく携帯端末で姉の渚子に連絡を入れた。
相手はジャーナリストだけあってコール一回ですぐに出た。
『は〜い、渚子お姉さんで〜す。こないだは特ダネのタレコミ、ありがとうね〜!』
「ありがとうね、じゃないわよ姉さんっ! 私たちの書いた記事、一つも載っていないじゃない! いったいどういうこと?」
『いきなりどうしたのよ薫子〜? 自分たちの書いた記事が採用されないなんて、ありきたり過ぎることじゃない』
「にしたって、特集には一夏くんの話しか載ってないじゃない! 十三八くんと二人合わせての活躍だったのよ? この写真だって、せっかく苦労して手に入れた二人のコンビネーションの瞬間なのに、意図的に十三八くんが消されているみたいなんだけど!」
『わかってんじゃない』
端末からの渚子の声は嘲笑に似た響きだった。
『そうよ。世の中では男性IS操縦者に注目が集まり、その活躍を欲しているの。だから一夏くんの話だけクローズアップされている。なぜだと思う? メディアがそう仕向けたからよ。リミテッド・ストラトスを犠牲にしてね』
「犠牲に、って……」
『知っているでしょう? LSが登場したときのメディアの反応。まるで親の敵を糾弾するかのような批判だったわよね。そりゃあそうよ。女尊男卑の世の中に売り込むんだもの、お客様の求めるような記事にしなきゃ響かないわ』
「意図的にLSを非難したってこと!?」
『そう。そうすることで、女性の力の象徴たるインフィニット・ストラトスは改めて注目を集め、各メディアへのスポンサーは増加した。IS業界からメディアに向けられた献金の額聞いたら驚くわよ。そして男性で唯一のIS操縦者が現れたとき、世界にそのことを売り出した。男性側の面子を立てる必要もあるからね。そしてそんな世論を作った者達が』
渚子は声のトーンを落として言った。
『LSの活躍を取り上げる訳無いじゃない』
薫子は姉の冷酷な一面に息を呑んだ。
「そんな……。じゃあ、私たちの記事は読まれる価値すらなかったってこと?」
渚子は小声ではあるが訂正した。
『ううん、薫子、あんたたちの記事、私は最高だと思ったわ。でもね、世の中は女尊男卑なの。男性の活躍は女性が認める範囲でなければならない。十三八くんだっけ? その子には悪いけど、LSに乗っている限りどんなに活躍しても誰も見向きもしないわよ。たとえIS学園を救った英雄だとしてもね』
「おかしいよ、そんなの。まるでプロパガンダじゃない」
『そうね。そうかもしれないわ。でもね薫子、あなたもジャーナリストを目指すんなら理解しておきなさい。国営であれ民営であれ、真実は人が好きなように作り出すんだってこと』
「お姉ちゃんは、それでいいの?」
『ん〜、どうだろ? 私も昔から捏造入れておもしろおかしい話を作るの好きだったし。割りとすんなり馴染めちゃったから』
薫子はむぐ、と口をつぐんだ。自分もIS新聞で記事を作る際そうしている自覚があるからだ。
『話はそれだけかな? それじゃ、記者を志す後輩たちにアドバイスを一つ。世界は自分一人で回っているのではない、っていうこと。それじゃあね』
バ〜イ、というおちゃらけた挨拶をして通話は切れた。
同時に、薫子はガクッと机に項垂れた。
「ふ、副部長?」
後輩たちが心配そうに詰め寄ってくる。自分と一緒に夜なべして記事を作った仲間たちだ。
彼女たちには伝えねばならない。
「……真実は、いつも一つ」
「え、名探偵?」
「皆のもの聞けぇいっ!」
薫子がうがー! と立ち上がった。
驚く部員たちに向き直り、胸を張って宣言する。
「IS学園新聞部三訓、その一!」
「じ、自分の目で確かめろ!」
「新聞部三訓そのニ!」
「偉い人のために記事を書くな!」
「よぉし、新聞部三訓その三!」
「責められる者の側に立て!」
訓練された皆の揃った返答に、うむ、と薫子は頷いた。
「そう、私たちはIS学園新聞部としての誇りを胸に、この学園内においては、世間のメディアが切り捨てた事実を報道し続ける!」
おおっ! と部員たちが意気込んだ。
たとえ記事が世の中に受け入れられずとも、学園内の生徒からの支持が盤石なのは変わらない。
それは先輩たちから受け継いできた信用であり、後輩たちに引き継ぐべきモノなのだ。外野の都合など知ったことか。
「うおー! 世間の風がなんぼのもんじゃーい!」
そうペンを握った拳を天井に掲げた。
◆
薫子の煩悶(?)を他所に、IS学園に謎の襲撃者が現れ、一夏が瞬く間に撃退した話は世界を駆け巡った。
弱い立場にいる男性側は一夏を英雄視し、次なる男性IS操縦者の発見を目指して各地でテストが行われた。
一方の女性側は、一連の話は八百長ではないか、IS学園のセキュリティに問題があるのではないか、といった批判意見が相次いだが、意外にも総じて好意的な方向にあった。
それは、自分たちを確固たらしめるISの話であったからだ。男性IS操縦者はあくまでゼロに等しい可能性である例外であり、俯瞰すればさしたる脅威ではない。そういう余裕のなせる話だった。
ここ、ドイツでも同様の意見が広まっている。
「ですが、我々が得た情報によりますと、やはりLSの、トミヤの活躍が隠蔽されているのは間違いないようです」
ドイツ国防軍IS配備特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』、通称『黒ウサギ隊』。
その兵舎にて、副部隊長のクラリッサ・ハルフォーフ大尉は、部隊長のラウラ・ボーデヴィッヒ少佐に調べた情報を報告した。
「ふむ、やはりそうか」
ラウラは手渡された資料を速読で読み取る。その目が止まるのを見計らって、クラリッサは声をかけた。
「また、学園を襲撃した所属不明のISは、未登録のコアを使用していた模様です」
「……どうにもきな臭いな。嫌な感じがする。どう思う、クラリッサ?」
「はい。以前我が国で起きた例のIS事件と似ているかと」
「やはりそうか。であればやはり、トミヤがいたからこそ早期に鎮圧できたのだろうな」
「あの事件には、彼も我々と共に居合わせていましたからね」
「ああ。そうでなければ、織斑一夏一人で対処できたとは到底思えん」
ふん、というラウラの物言いには蔑むような響きがあった。
「とは言っても、織斑教官の弟君が活躍したことはさすがと言うべきかもしれません」
「当然だ。そうでなければ、織斑教官の寵愛を受ける資格は無い。教官がIS世界大会二連覇を果たせなかったその責任を負うならば、少しは歯ごたえのある男であってほしいものだな。もっとも……」
と、資料をクラリッサに返しながら、
「義弟を持つ身にもなると、私も栄誉など放り捨てて助けに行く気持ちは分かる気がする」
「決勝戦の直前でさらわれたのでしたね、織斑一夏は。織斑教官は躊躇うことなく肉親の捜索を選んだ」
「同じ立場になれば私もそうするだろうな」
ふ、とラウラは柔らかい笑みを浮かべた。
「その義弟に、トミヤにもうすぐ会えるのだ。なんとも言えぬ高揚があるのを否定できない」
「上からの命令は、あくまで織斑一夏への接触でしたが」
「名目など何でもいいさ。こうして転入日を早めてくれたのだからな」
本来なら、ラウラがIS学園へ向かうのはもう半月は先のことだった。しかし、今回の件を受けて予定を早めることになったのだ。
すなわち、世論を動かした男性IS操縦者の実力をはかること。
機を見るに敏とは、軍人にとって必要な性質である。
「トミヤ……。元気にしているだろうか。女だらけの学校には慣れただろうか。友達はできたろうか。寂しくはないだろうか」
「義姉というより、親のような心境ですね、隊長」
「当たり前だ。同じ釜の飯を食べた釜姉弟、つまり家族なのだぞ。可能であればずっと私と一緒にいて欲しかった」
「麗しい姉弟愛です」
「お前たち『黒ウサギ隊』の皆も同様だ。クラリッサ、私が留守の間、部隊のことを頼んだぞ」
「ハッ、お任せ下さい!」
気持ちの良いクラリッサの敬礼がラウラに向けられた。答礼を終えると、その目を東の空へ向けた。
この空の彼方に、日本が、IS学園が、トミヤがいる。
「待っていろ、トミヤ。お義姉ちゃんがいま行くからな」
少女の目にはトミヤの笑顔が映っていた。
◆
フランス、パリ=シャルル・ド・ゴール空港。
その広大なロビーに、その人物はいた。
よく手入れされた艷やかな金髪を後ろで結び、その中性的な外見は、少年であれ少女であれ、頭に『美』が着くこと請け合いの容姿だった。
だが、性差を示す胸元は平らであり、手元の搭乗券の名義には『シャルル・デュノア』という男性名から、彼の性別は伺えた。
シャルルのアメジストような瞳は空港で紹介されるフランスの名所を映している。彼がこれから外国へ飛び立つ前に、祖国を名残惜しむように振り返っているためだった。
エッフェル塔、ルーヴル美術館、ノートルダム大聖堂。一つ一つ丁寧に歩き見るその足が、あるところで止まった。
「――――」
それは、フランスが誇るIS企業『デュノア社』の広告ポスターだった。量産機ISシェア世界第三位の有名企業。その名は彼の名字と同じであり、その会社の関係者であることを示している。
しかし、ポスターを見る彼の表情は沈鬱としていた。
(お父さん……)
彼を日本、IS学園へ行くよう命じた父の姿は、空港のどこにもいなかった。その命令すら直接会って伝えたものでも電話の口頭で伝えたものでもなく、辞令という書面での伝達だった。
(僕は、もう一人ぼっちなんだね……)
彼を見送る人影はない。
デュノア社という世界的大企業であるにも関わらず、である。それが彼自身の立ち位置を表していた。
それでも祖国フランスを惜しむのは、生まれ育った故郷であるからと、今は亡き母が眠る地であるからだった。
(行ってきます。お母さん。どうか、僕を見守っていて下さい)
ぐっと手を握り、胸の中で祈りを捧げるその身体は、小さく震えていた。
日本行きの便の搭乗を知らせるアナウンスがされるまで、シャルルはデュノア社のポスターの前で佇んでいた。
新聞部三訓は、ジャーナリスト内藤克人さんの記者三訓がモデルです。