ラウラとシャルルがIS学園に転入して来てから数日が経過した。
当初から人当たりの良いシャルルはすでにクラスに溶け込み、女子高に現れた希少な男子ということもあって大いに持て囃されていた。それに有頂天になることもなく、物腰柔らかく誰とでも公平に接する姿は、まさに優等生らしいシャルルの性格を示している。
一方、ラウラはまだクラスメイトとの距離感が掴めないでいた。それでもトミーが間に入り、ラウラの言葉足らずを補うことで、彼女の不器用な素振りの下に隠れている天真な純粋さを理解してくれる生徒が、次第にではあるが現れてきていた。
しかし未だにラウラとセシリアとの間には冷戦状態が続いている。
トミーの日課のジョギングにセシリアが参加するや、ラウラもすかさず割って入り、ジョギングがランニングに、ランニングがマラソンになってしまった。ラウラとセシリアがデットヒートを繰り広げたのだ。
流石にこれはマズイとトミーは注意したが、当初から一緒に走っていた相川清香が走りに対しての対抗心を燃やし、駅伝のトップランナーのように疾走して鍛錬の違いを見せつけた。
トミーは自分が発端でジョギングの調子を崩してしまったことを清香に謝ったが、
「専用機持ちに勝てたんだから、かえってトミーくんに感謝したいくらいだよ!」
と、さも嬉しそうに言いのけた。清香のスポーツマンらしいサッパリとした心意気が垣間見えた。
とはいえ、清香の理解に助けられはしたものの、このままで良いものではない。トミーはラウラとセシリアの仲を好転させるべく、どうしたものかと思案していた。といって、これという妙案がサッと浮かぶものでもない。
今、トミーがIS学園寮1025号室、つまり織斑一夏とシャルル・デュノアの部屋の前に立っているのは、とりもなおさずラウラとセシリアの事を相談したいからであった。
「一夏ー、シャルルー、部屋にいるー?」
ノックをして中に呼びかける。その手にはおにぎりを乗せた皿をラッピングして持っていた。
放課後のIS訓練の後、汗を流してから夕食で落ち合おうと交わしていたのだが、いくら待っても一夏とシャルルは顔を出さなかった。
IS操縦は全身運動のうえに頭も使うから余計に腹が減る。きっと二人共お腹を空かしているハズなのに。
(訓練の後、何かあったのかな?)
そう思っていると、中からドタバタという慌ただしい音が聞こえてきた。
「と、トミーか!? 悪い、少し待ってくれ!」
一夏の焦った声がする。
トミーは、どうしたんだろう、と疑問に思うが、了解して大人しく待っていた。
しばらくして、
「すまん、待たせちまったな」
一夏が息を切らしてドアを開けた。
「どうしたの、一夏? 夕飯も取らないで。はい、差し入れ」
「おお、サンキュー、トミー! まあ入ってくれよ」
お邪魔します、とトミーは中に入る。部屋は普段と変わらない様子だが、
「ゴ、ゴホッ。こんばんわ、トミー」
シャルルが布団に入って横になっていた。
「え、シャルル風邪引いたの?」
「う、うん。シャワーを浴びた後に、ちょっとグラッとして……」
無理もない、とトミーは思った。
「転校して来てからこのかた、みんなからもみくちゃで休む暇もなかったからね。疲れが溜まっていたのかもしれないよ」
「そ、そうかもね」
「一夏、シャルルをちゃんと労ってあげなよ?」
「お、おう。もちろんだとも」
何となく二人ともそわそわしているな、とトミーは疑問に感じた。ともあれ、シャルルは体調も優れないみたいだし、長居は無用だろうということにした。
おにぎりをテーブルに置いて、
「それじゃあ、ちょっと相談したいことがあったんだけど、シャルルもそんな状態だし、また今度来ることにするよ。ちゃんと休むんだよ、シャルル」
そう部屋を後にしようとドアに手をかけた。
すると一夏が、
「ああっ、待ってくれ、トミー!」
「うん?」
「いや、なに。シャルルはともかく、俺は大丈夫だからさ。せっかく来たんだし、その相談事について聞かせてくれよ」
「でも……」
トミーは布団から顔だけ出してコッチを向いているシャルルを見遣った。
「僕のことなら気にしないで。そんなに悪くはないんだし」
「な? シャルルもああ言っていることだし。それに、トミーが相談事だなんて滅多にないものなんだから、余計に心配しちまうぜ」
「そうだったかな?」
苦笑混じりに一夏に答えた。
トミーは一夏を信用している。しかし彼にあまり相談事を持ちかけないのは、その内容の多くが人間関係についてだからだ。
一夏は仲間たち満場一致の朴念仁だ。人の心のひだについて絶望的なまでに推し量れない。それにも関わらず一夏が多くの人に好かれるのは、彼の裏表の無いひたむきさと、時に見せる熱い男らしさに心を惹きつけられるからだろう。
トミーは正直シャルルメインで相談したかったが、こうなっては仕方ない。相手が一夏でも打ち明けて心の重しを下ろすことにした。
「実は、ラウラとセシリアについてなんだけど……」
◇
シャルルはベッドの中でトミーの相談事を聞いていた。
ラウラとセシリアを仲良くさせたい。けれどどうすれば良いのかわからない。
(これは一夏には辛いお話だなあ……)
ルームメイトに失礼ながらシャルルはそう思った。実際に一夏は腕を組んでどうしたものかと悩んでいる。その頭から名案が閃くことは、ラクダが針の穴を通るよりも難しいだろう。
トミーも苦笑を浮かべつつ、
「まあ、おにぎりでも食べながらにしようよ」
と自身はキッチンに立ってコンロの火を着け、ヤカンに水を入れて沸かし始めた。棚にある緑茶パックを取り出し、湯呑みも人数分用意している。
緑茶パックはトミーが前に部屋へ来たとき置いていってくれたものだった。日本が初めてだというシャルルと、お茶が好きな一夏のために調達してくれたのだという。
(ラウラとセシリアが気にするわけだよね)
トミーのさり気ない気配りにそう思う。きっと二人とも、そのトミーの優しさを独占したいのだろう。彼が二人の仲を取り持とうとすればするほど、自分でない女性への配慮が気に喰わないのだ。
トミーは人間関係への気遣いには長けているが、女性への配慮という点ではまだまだ少年だなとシャルルは思った。
ところで、
「ねえ、トミー。君は、ラウラとセシリア、どっちが大事なんだい?」
我ながら意地悪な質問をぶつけてみた。
トミーは難しそうな顔を見せると思ったが。
「そんなの、両方大事に決まってるじゃないか」
事も無げにそう言った。
「でも、ラウラは君のお義姉さんなんでしょう? だったら、普通家族を一番に……」
と、シャルルは言い終える前に言葉を途切らせた。
家族の方が大切じゃないか。そう言おうとした自分に自分が否定したのだ。なにせ、
(子供を見捨てる父親もいるのに、何を言ってるんだろう)
自分の身の上を振り返ってそう思った。
トミーはそんなことに気が付くはずもなく、ふんわりと返した。
「確かにラウラは僕の家族だよ。血の繋がりが無くてもそう思っている。でも、セシリアは前に僕が寝込んだ時に、付きっ切りで看病してくれたんだ」
シュー、とヤカンから蒸気が上がった。コンロの火を止めて緑茶パックの入った湯呑みに注ぐ。
「それだけじゃない。セシリアは、いつも僕のことを気にかけてくれている。でも、それは僕が、前にセシリアが言っていた知り合いに似ているからに過ぎないんだと思う」
お茶が染み渡るのを見るとパックを取り出し、湯呑みをお盆に載せて、まず一夏の元へと置いた。サンキュ、と一夏はおにぎりを頬張りながら手を上げている。
「けれど、僕はセシリアのその優しさを無下にしたくはないんだ。僕が彼女の知り合いの代わりでもかまわない。変な話かもしれないけど、看病してくれたことが、とても嬉しかったからかもね。はい、お茶」
トミーはベッド脇のサイドテーブルに運んでくれた。
「ありがとう」
シャルルはベッドの中から起き上がらずに、首をもたげて礼だけ述べた。
シャルルの近くへ来たとき、覗き込んだトミーの横顔には、切なさが少し浮かんでいるように見えた。
(誰かの代わりか……)
詳しくは知らないが、それはトミーの思い過ごしだろう。セシリアはトミーの事を昔から知っているふうだった。トミーとセシリアの間でどういうやり取りがあったかは分からない。
ともかく、今そのことを詮索する場面ではなかった。
「それじゃあさ」
お茶をすすって一息着いた一夏が言った。
「ラウラとセシリア、二人に告白してみたらどうだ?」
「……は?」
トミーが一時停止して目を丸くした。
シャルルもポーズボタンが押されたみたいになっている。
「俺はラウラが大切だ。そしてセシリアも大切だ。大切な人同士で喧嘩なんてしないでくれ〜、ってな感じでさ」
「いやあ、一夏、それで解決するような話じゃあ……」
「あると思うよ!」
シャルルが元気よくそう言った。
「名案だよ、一夏! ラクダが針の穴を通ったね!」
「針の穴?」
「それは天国へ行く話の例えじゃあ……、ってそれはともかく、シャルルもなの?」
「僕もだよ! むしろそれしかないと思う」
風邪だと言うことも気に留めず、シャルルはワクワクしながら、つまりね? と説明しだした。
「ラウラとセシリアの仲が悪いのは、二人ともトミーと仲良くしたいのに、相手が邪魔して来ると思っているからなんだ。だから、トミーの方から二人のことを大切だって言ってあげたら、二人とも安心して仲違いも収まるはずだよ!」
「そ、そうかなあ……」
「そうだよ! それに女の子って、いつもいろんな不安を抱えているんだ。今回の事だって、乙女の不安のなせる業だと思う。それをトミーが払拭して安心させてあげたら、きっと喜んでくれるハズだよ!」
トミーは瞠目してシャルルに返した。
「なんて言うか、流石シャルルだね。乙女心、っていうの? そういうのにこんなに精通しているなんて」
「そりゃあそうさ。だって」
シャルルはベッドから身を持ち上げた。布団が身体から下にずれ下がる。
そこに、男性にあるはずの無い、胸元の膨らみが備わっていた。
「僕も、女の子なんだから」
◇
「うわぁああ!?」
と、トミーが驚きながら後ずさり、ベッドの足に引っ掛けて尻もちを着いた。
「お、おいトミー!」
「だ、大丈夫っ?」
一夏とシャルルがトミーに駆け寄る。しかしトミーはシャルルから離れるように身をよじった。
「えっ……、ええっ!? ちょ、一夏っ! どういうことコレ!? シャルルが女体化しちゃったよ!?」
「落ち着け、トミー。シャルルは始めっから女の子だったんだよ」
「いやいやいや!? だって普段から胸ぺったんこだったじゃんっ! しかもフランスの代表候補生なんでしょ? 国家を上げて嘘つきはあり得ないよ!」
「それは、うん、僕もそう思う」
シャルルは済まなそうに頭を垂れた。
一夏はそんなシャルルの姿に、
(シャルルがそう畏まる必要ないのにな)
そう彼女の不憫に心を痛めた。
一夏がトミーを部屋へ留めたのは、頃合いを見て一夏からシャルルについて打ち明けようと思ったからだった。
トミーには伝えておきたいと、一夏はシャルルに漏らしていた。と言っても、シャルルが女性だと知ったのはついさっき、放課後の訓練後にシャワーから上がった全裸のシャルルと鉢合わせてしまったせいなのだが。
(トミーになら、話しても大丈夫だ)
そう一夏は確信している。なぜかとを聞かれれば、彼の感だ。あれこれと詮索するより、一夏の直感がそう告げていた。それに女の園のIS学園で、二人だけ放り込まれた男子が持つ連帯感が育んだ信頼かもしれない。
「トミー、シャルルのことについて、聞いてくれないか」
トミーはコクコク頷いた。シャルルもうつむき加減になりながら、不安そうに一夏を見ている。
一夏は告げた。
シャルルが父の愛人のの子供だということ、父親から疎まれていること、デュノア社の目論見で一夏のISを調べるために学園へ来たこと、そのためにわざわざ男装してまで偽っていること。
さっきシャルルから告白された一連の事情をトミーに伝えると、神妙な面持ちで言った。
「デュノア社のIS開発が進んでいないのは聞いていたけど……。アルベールさん、難しそうな人だったけど、そんなことをする人だったなんて」
「お父さんのこと、知ってるの?」
「一度、会ったことがある。もっとも、ほとんど会話を交わしたりはしなかったけどね」
「どこで?」
「前に開かれた、欧州連合の統合防衛計画(イグニッション・プラン)会議。といっても本会議ではなかったけど」
「トミー」
シャルルはトミーに身を乗り出した。同時に女性らしいふくよかな胸元がずいとトミーに近寄ってくる。ジャージ姿であるせいで余計に形も目立ち、ジッパーが喉の下まで開いているせいでその奥が覗けそうになっていた。
「君は、いったい君は何者なの?」
「いや、シャルル、近い、近いんだけど」
「ドイツ軍で、しかもデザインベイビーらしいラウラとは義姉弟だし、本物の男性なのにISを使えるし、しかも統合防衛計画(イグニッション・プラン)の会議席へ顔を出しているなんて、只者じゃないよ」
「そうだよな」
シャルルの真剣な問いに、一夏もかねてからの疑問を打ち明けた。
「トミー、お前が国連関連企業に所属しているのは聞いている。薬品や肉体改造で無理にISへの適応力を備えたことも知っている。でも、それだけでそんな幅広い関わりを持てるはずはないだろう?」
今、シャルルの正体について聞かされた。今度はトミーについても、という流れにしたいようだった。
トミーは、
「別にそんなだいそれたものじゃないよ」
と前置きして、答えた。
「僕は国連関連企業に所属して、男性でもISもどきを使える。いろんな国の軍隊や防衛組織に顔を出して、そして有事の際は国連軍に真っ先に徴収される、つまり」
トミーの胸元にぶら下がる、リミテッド・ストラトスの待機状態のドッグタグが光った。
「僕は国連子飼いの私兵みたいなもんなのさ」