Ⅰ IS学園一年一組
IS学園。
ISの搭乗者、及び整備者等の育成機関として世界的な権威のある学舎。IS先進国の一つである日本に設置され、世界中から生徒が集まるこの学校には、国家のIS代表候補生も多く名を連ねる最優秀の教育機関である。
その狭き門を潜った生徒は名実ともにエリートであり、あらゆる期待と誇りを背負わされた次代を担うホープとされていた。
(そう、思っていたのですが……)
その学園の一年一組、後列上段の席に座るセシリア・オルコットは、同じクラスの生徒たちに些か落胆していた。
クラス担任の、第一回IS世界大会モンド・グロッソの優勝者、織斑千冬の姿を見るや、アイドルを目の当たりにしたような黄色い歓声があがる。
さらにその弟、女性にしか扱えないISに、男性でありながら乗ることの出来た稀代の逸材(クラスメイト)、織斑一夏には好奇の視線が集まっている。
(ミーハーな生徒も多いと聞き及んでおりましたが、これほどとは……)
セシリアは自然と頬杖をしそうになったところを慌てて正した。流石に登校初日に教員のいる前ですることではない。
それに、IS搭乗者に羨望が集まるのは無理からぬことだった。ISは兵器として以外にもスポーツとしても運用されている。選手は巷ではアイドルのように扱われ、ファンブックや週刊誌への掲載などもされていた。
そんな訳で、IS学園に通う生徒の中にはアイドル志望と変わらない気持ちの者が少くないのだった。
「俺の名前は織斑一夏です! ……以上です!」
珍獣さんの簡潔すぎる自己紹介に同級生が呆れる中、セシリアは彼を含むクラスメイトの殆どに対しても呆れていた。
いったい、この同級生の中にはIS学園の生徒であることに誇りを持っている者がどれくらいいるのだろう。自分のように国家代表候補生でなくとも、IS学園に入りたい多くの人を掻き分けのし上がった責任感はあるのだろうか。
「自己紹介くらいちゃんと出来んのか、馬鹿者が」
織斑先生の出席簿を使った一撃が一夏の脳天に炸裂する。他の生徒たちから笑いが巻き上がった。
あの《ブリュンヒルデ》と呼ばれた織斑千冬先生にならば、きっと自分が期待するものを背負っていることだろう。
(いえ、私の抱えているものは決して彼女に劣るものではありませんわ)
口を結び、手をギュッと握り締める。視線の先には自分の名前が書かれた学生証が机の上に置かれていた。
父親が男性としての誇りを捨ててでも護ろうとし、母親が精力を込めて磨き上げた"オルコット"の家名。その遺児たるセシリアがただ一人で担う覚悟は常人のそれではないと自負していた。
両親亡き今、金の亡者共から家を守るためにあらゆる策を講じてきた。その中で受けたIS適性試験でA判定を得るや、努力の末にイギリス代表候補生にまで登り、入学試験ではトップに詰めた。
挫けそうになる瞬間もあれど、亡き親友の言葉を励みに歯を食いしばって戦ってきた。
『セシリアは、ちゃんと頑張っているよ』
『セシリアは、偉いんだね』
心の中で響く声の主が、可能ならば隣にいて欲しいと願ったことは数知れない。しかし最早、幼い彼の幻を瞼の裏に空想することしかできなかった。
「次、立って自己紹介をしろ。ちゃんとクラスメイトの方を向けよ」
ザワ、と空気がにわかに変わった。織斑一夏の順番の時と同じようにだ。
そういえば、このクラスには"もう一人"男性でありながらISを動かせる者が配属されたのだ。最前列下段に座る彼が、後ろ同級生たちの方へ向き直る。
ふと、その揺れる髪に既視感があった。
(鉛色のショートヘアー……)
彼と同じ髪だ。
しかしそう思うのはもう何度目だろう。これまでも、似たような色の髪を目にした時は自然とその姿を追っていた。
我ながら女々しいと思うが、相手の顔を一瞬で判別出来るようになった。
目の前の彼は眼鏡をかけていた。だいぶ悪いのか、グラスが分厚くて奥が覗けない。額に紋様のような痣がある。しなやかな体格。シワの無い制服。
と、光の加減か眼鏡の奥がチラリと見えた。その瞳の色は、透き通るような空色(スカイブルー)。
「――あなたは!!」
叫び、席を蹴って立ち上がった。彼だ、彼がいる。
周囲がざわめくが知ったことではない。ただ彼だけしか見えなかった。
と、そこに、
「邪魔だ。座れ、オルコット」
織斑先生の有無を言わせぬ言葉に我に返った。
先生は、知り合いか? と彼に尋ねる。私はじっとその口元を見て、
「いえ、会ったことは無いハズです」
失望と自嘲の気持ちと共に、席に付いた。
すみません、知り合いに似ていたもので、とかろうじて絞り出した。
数瞬の間を置いて、副担任の山田耶麻先生が裏返った声で自己紹介の再開を呼びかけた。場馴れしていないのかぎこちない。
彼は改めてクラス全体を見渡し、
「はじめまして。僕の名前は一(にのまえ)十三八(とみや)といいます。僕はみなさんと同い年ですが、少し立場が違っています。IS企業団から出向という形でご一緒させて貰いました。どうかよろしくお願いします。特に……」
顔を一夏の方に向けて、
「正直、同じ男性の同級生がいたことにとても嬉しく思っています。たぶん男が僕一人だけだったら挫けていたかもしれませんから。他のみなさんも、どうかお手柔らかにお願いします」
にこやかに告げて頭を垂れた。テノールの声音は聞きやすく、トークテンポは絶妙だった。彼の後の順番だった布仏(のほとけ)本音(ほんね)がやけ間延びした話し方なものだから、余計に印象に残った。
チラリと十三八を見ると、一夏となにやらアイコンタクトを取っている。四面楚歌に陥った仲間同士のシンパシーだろうか。そういうところは普通の少年に見えた。
当然、自分の知っている彼の名前とは似ても似つかなかった。
◆
十三八のあだ名はトミーに決まった。名付け親は隣席の布仏本音。一文字しか違わないが、呼び名がある事で仲間意識が生まれるだろうと喜んでいた。
「それにしても、トミー、と初日から呼んでもらえるなんてコミュニケーション力高いよな。俺にも少し分けてほしいぜ」
休憩時間、借りてきた猫のように自分の机で動けずにいた一夏のもとに十三八、もといトミーが話しかけていた。周囲では女性同士の会話が広がり、チラリちらりと二人の様子を伺っている。
「隣の布仏さんが話しやすい人で助かっただけさ。後は仕事柄もあるかもね。知らない人と会話をキープすることなんてしょっちゅうだったし」
「そういやあ、企業団からの出向って言ってたけど。どこの会社から来てるんだ? いや、話せないなら無理にとは言わないけど」
「うーん、それじゃあ、国連関連企業ってことで一つ」
「国連!? それ凄いところじゃないか」
「成り行きだよ。僕は並外れてラッキーなんだ。実は、君のお姉さんとも面識があるんだよ」
「千冬姉と? なんだよ、だったら入学前に顔合せして欲しかったぜ。あ、そうだ」
話が弾んで緊張が和らいだのか、一夏は同じクラスにいる自分の知り合いを探し出した。
「箒! おーい、久しぶりに話そうぜ。トミーのやつ、千冬姉と知り合いらしいんだ」
箒、と呼ばれた少女は、ビクリ、と身を震わせると、おずおずと振り向いた。ポニーテールが特徴的で、自己紹介の時には凛とした印象があった。今は少し大人しそうだが。
「な、なんだ一夏。別に知り合いの知り合いだからといって、親しくなるわけでもないだろう」
不満を口にしつつも一夏の席に近づいてくる。
「ちょっと箒と話すきっかけが欲しかったんだ。6年ぶりに会ったってのに、顔も合わせてくれないんだから寂しかったんぜ」
「そ、そうか? そんなに、寂しかったのか?」
「当たり前だろ。お前が中学の時に全日本剣道大会で優勝した事とか、たくさん話したいことがあったんだぜ」
そうなのか、とまごまごする箒に、トミーは何となく彼と彼女の関係ついて察することができた。はは〜ん、と笑みが浮かんだ。こういういじらしいやり取りは、目の当たりにすると微笑ましく感じるものだ。
織斑一夏が篠ノ之箒と幼馴染だと改まって紹介された時、箒が一瞬目を泳がせたこともあって、ある種確信めいたものを感じた。
「改めてよろしく。篠ノ之さんのことも、名前だけは知っていたよ。と言ってもお姉さんが有名人だから、って理由で複雑かもしれないけれど」
「箒でいい。姉のことは私と関係ない」
断言は鞘から覗く白刃を思わせた。彼女の姉の風聞について知るトミーは、踏み込まないほうが懸命だと思った。
「それじゃあ、僕もトミーと呼んで。こう、気安く呼び合える間柄って、なかなか新鮮な感じだからさ」
「トミーには幼なじみがいないのか?」
「残念ながら。特に異性でとなると、まるで出会いが無い環境だったから」
「そっか。まあ、居たら居たらで面倒かもしれないぞ」
「どういう意味だ、一夏」
いや別に、とじゃれあいが始まろうとした矢先、学校の予鈴が響いた。めいめいに机に戻り、最初から自分の席に座っていた一夏は、早速できた友人に幸先良く感じながら見送った。
だから、気が付かなかった。その後ろから三人を見ていた、金髪の少女に。
◆
入学日の学校についての説明も一段落し、今はお昼休みとなっていた。
IS学園のランチルームは、流石に世界的権威を誇る学園だけあって開放的かつ豪華な作りをしていた。有名カフェのテラスや一流ホテルのラウンジを思わせる空間に、さも当たり前のように入っていく金髪の少女、セシリア・オルコットは、窓際の席で友達とくつろぐ目当ての人物へ歩を進める。
一緒にいる男、一夏はリアクションが大きく、その会話がよく聞いて取れた。
「じゃあ、世界初の男性IS操縦者って、俺じゃなくてトミーだったのか」
隣の箒はポニーテールを揺らし、
「新聞などで見なかったのか? だいぶ騒がれていたんだぞ」
「いや俺、入学試験の勉強でいっぱいいっぱいだったからさ。なんだ、それなら世間も俺をそんなに注目しなくたって良いのにな」
「いや、そうとは限らないよ、一夏」
トミーが分厚い眼鏡を光らせる。
「僕の場合、ウチの企業が作った試験的なユニットのサポートがあってこそ出来た訳だからさ。純粋に何の変哲もなくISを起動させた一夏とは話が違うんだよ」
「そうなのか? 動かせられるのは同じだろ」
「サポートユニットがなければ、本当に動かせるだけなんだ。適性試験はC評価。もっと細かく言えばC-だよ。普通落第だ」
「そういやあ、俺はBって言われたな。それ、凄いのか?」
「……悪かったな、一夏。私だってC評価だ」
「ああ、いや、ゴメン箒! 別に悪気があった訳じゃないんだ」
「ふん……。まあ、評価なんてただの指標だ。これからいくらでも挽回してみせるさ」
「――その通りですわ」
ソプラノの声が3人の会話の輪に押し入った。
見れば、周囲の調度品に溶け込むような女の子が立っている。何をせずとも、自然と周りの視線を集めていた。
「入学時点の評価なんて目安の内にも入りませんわ。大事なのはこの学園でそれをどう磨いていくか。そうは思わなくて?」
さり気なく自分の胸に手を当てる姿は綺麗な西洋人形を思わせた。
一夏は彼女の名前を思い出そうとし、
「ええと、たしか、トミーの自己紹介の時に割り込んできた……」
「セシリアさん」
「そう! セシリア、……ええと」
「セシリア・オルコットと申します。貴方も殿方でしたら女性の名前をちゃんと覚えてはどうかしら。お隣の彼のように」
チラ、と流し目を向ける先、自分の名前を言い当てたトミーを見遣った。
近くに立って、やはり似ていると、亡き親友の姿を嫌でも思う。成長していれば丁度このくらい、自分よりも背が高く肩幅も広くなっていたことだろう。
「まあ、僕と似ている人がいるって言ってたから、ちょっと気になってただけなんだけどね」
トミーの言葉にチクリと胸が痛くなった。
「あら、それでは私の名前以外にはご存知無くて?」
「まさか。イギリスのIS代表候補生にして、名家オルコットの御令嬢さまでしょう? そちらの国の会社さんともツテがあってね。にしても、同じクラスになれるとは思わなかったよ」
一夏は少しトミーの耳元に近付き、
「なあ、代表候補生って、何だ?」
「オリンピック強化選手みたいなイメージでいいと思うよ」
「つまり、普通より少し凄いっていうことか」
「一夏、その言い方は多くのスポーツマンを敵に回すよ」
「ええ! ワタクシ、ISに関して少しだけ、凄いというだけですの!」
ヒソヒソ話をぶった切ってセシリアの引き攣った顔が近づいた。
失礼を承知したのか、箒が間に入って詫びを入れる。
「すまない、セシリアさん。一夏はスポーツ、特に剣道に対してストイックでな。トミーの例えが変に空回ってしまったようだ」
「いや俺、別にストイックなんかじゃあ……」
「幼い頃私をボロ負けさせといてよく言うな」
「まだ覚えていたのかよ!?」
「覚えているとも! そのために剣の修行を積んで全国優勝まで勝ち上がったんだ! なんなら今からでも再戦といくか!?」
「いや、根に持ちすぎだろう!? ブランクを考えろよ!」
ぎゃあぎゃあ痴話喧嘩をはじめるお隣から離れて、トミーはあらためてセシリアに向いた。
「あの二人、何でも幼馴染らしくてね。仲の良いのも困ったもんだ。……それで、僕達に何か用があったの?」
「い、いえ、殿方のISパイロットなんて、とても珍しいでしょう? どのような方なのか、気になってしまっただけですわ」
「ああ、なるほど。といっても、代表候補生に期待されても何も出ないと思うよ?」
「そうかしら。例えば、貴方が男性でほぼ唯一この学園に入るというのには、いくら企業の出向とは言え、何か大切な理由があるのではなくて?」
む、とトミーの表情が固まった。
「……流石に初対面の人に話せる内容じゃあ無いかな」
「それでは、今後もお付き合いが続けば打ち明けてくれまして?」
「物好きだなあ。友達になるのに、そんな大層な理由はいらないと思うけど」
「あら、でしたら、率直に伺えばよろしいのですね」
セシリアは身なりを整えてトミーに向き直った。
「私とお友達になって下さらないかしら。一(にのまえ)、十三八(とみや)さん」
言い、真っ直ぐに手を差し向けた。
初対面の相手にこんな事、周りからは奇妙に映るだろう。
それでもセシリアにはそうするに足る理由があった。亡き親友の影を追うのではない。決して無い。それは彼への冒涜だ。
これは自分への戒めなのだ。この先どうあれ、彼と瓜二つな十三八とは、少なくとも一年は同じクラスで過ごすことになる。その間、下手な動揺を続けて学業に専念出来なくなるよりも、敢えて近づいて彼への未練を断ち切るために十三八を利用したほうが懸命だと判断しただけだ。
そう、それだけなのだ。
セシリアの大胆な友達申請に、十三八は優しくその手をとり、
「「わっ」」
「ん?」
「――えっ」
片膝を付き、差し伸べられた手の甲にキスをした。騎士がお姫様にするように。
見守っていた周囲が、異変に気づいた一夏と箒が、そして思わぬ行動に驚いたセシリアが声を上げた。
時間が止まったように、誰も動かない。
「……あれ、手の甲が上だったから、こうなのかと思ったんだけど」
キョトンとした十三八に、セシリアは見る見る顔が赤くなった。
「それじゃああらためて、これからよろしくね、セシリアさん」
未練を断ち斬るには、まだまだ時間が掛かりそうだった。