リミテッド・ストラトス   作:フラワーワークス

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XVIII 何をするかよりも誰がするか

 

「ねえ、一夏。まだ起きてる?」

 

 IS学園寮1025号室。

 すでに部屋の照明は消され、ベッドライトの淡い灯りが暗闇を照らしている。

 その住人であるシャルルは、隣のベッドで横になっている同居人の一夏の背中に呼びかけた。

 

「ああ、起きてる」

 

 返事はすぐに帰ってきた。

 トミーが部屋を出ていってからしばらく経った後。もう夜も更けてきているというのに、シャルルも一夏も眠れないでいた。

 シャルルはおずおずと問いかける。

 

「一夏は、本気なの?」

「本気だ」

「どうして?」

 

 シャルルはベッドから起き上がって言った。

 

「僕はそこまでしてくれなんて言ってないよ。これは僕の、デュノア社の問題だ。一夏にもトミーにも関係ない」

「関係なくないさ」

 

 一夏もベッドから起き上がり、心配そうな顔のシャルルに向かい合った。

 

「シャルルは俺達の仲間だ」

 

 一夏の真っ直ぐな言葉に、少女は息を飲んだ。

 

「俺は仲間を守りたい。だからシャルル、俺はお前を守る。たとえ相手が千冬姉でも、逃げたりするもんか」

 

 並の男性が言えば歯の浮くようなセリフだが、一夏の口から言われると不思議と胸に響く宣言だった。

 その余韻に浸るように、シャルルは目尻を下げて頬を赤らめた。

 

「ありがとう、一夏……」

「トミーにも言ってやってくれよ。アイツはIS学園の学生最強の、生徒会長に立ち向かうんだから」

「うん、分かってる。……ふふ」

「どうしたんだよ、シャルル? いきなり笑いだして」

「だって、一夏の向かう相手は元世界最強で、トミーの相手は学生最強。その目的は僕を助けてくれるため、だなんて。まるでお姫様にでもなった気分だよ」

「確かにそうかもな。いわば、シャルル姫ってところか」

「……シャルロット」

「え?」

「僕の本当の名前は、シャルロット」

 

 そう、少女は真実の自分を打ち明けた。

 嘘にまみれたこんな自分を仲間と呼んでくれた少年に、もう隠すことはなにもない。

 頼もしさと、嬉しさと、そして芽生えはじめた思いを胸に抱いて、シャルル、もといシャルロットは熱い眼差しを一夏に向けた。

 

「ねえ、呼んでくれるかな。僕の、……ううん、私の名前を」

「……わかったよ。シャルロット」

 

 一夏は手を差し伸べた。

 

「改めて、これからもよろしくな。シャルロット」

「――うん、うん! こちらこそよろしくね、一夏!」

 

 シャルロットは、差し出された手に縋り付くように両手で握り締めた。その掴んだ手に身を寄せ、顔を近づけて、確かに繋がれた二人の絆に、瞳を潤ませた笑顔で見つめ続けていた。

 

 ◆

 

 翌日。IS学園、生徒会室。

 その立派な両開きのドアを開けて現れた生徒会長、更織楯無は、座っていた客席から立ち上がるトミーに笑顔で手を振った。

 

「は〜い♪ 遅れちゃってゴメンナサイね。トミー君からお誘いを受けるなんて初めてなものだから、準備に手間取っちゃった」

 

 心なしか、いつもよりも肌や髪の手入れが行き届いており、普段と変わらない学制服も新品のように綺麗に手入れされていた。

 しかしトミーはそこには触れずに、

 

「お手間を取らせてしまってすみません」

 

 と丁重に頭を下げた。

 

「んも〜、固い固い! そんなに肩肘張ったアプローチじゃあ、おねーさんも緊張しちゃうでしょ」

 

 ケタケタと笑いながら、トミーの目の前のテーブルに腰掛けた。半身を向ける距離は手を伸ばせば届くほどに近い。

 いかにも無遠慮な行儀だが、彼女とそれなりの付き合いがあるトミーはさほど気にした素振りも見せなかった。

 

「あら? これは……」

 

 座るテーブルに、二つの物が置かれていた。生徒手帳と紙封筒だ。トミーはそれを楯無の近く、自分と楯無との間にスライドさせた。

 

「今回は、折り入ってご相談がありまして」

 

 微笑を浮かべながら、真剣な目でそう告げる。

 楯無はつまらなそうにムスッと唇を尖らせた。

 

「だからって、こういうやり方はどうかと思うな。生徒手帳は退学覚悟、その封筒の中身は小切手かしら? おねーさん、そんな安っぽいオンナに思われちゃうなんて、心外だな」

「楯無さんのことは信頼してますよ」

 

 楯無は横目でチラリとトミーの顔を覗き込む。彼女の人相見によれば、嘘はついていないようだと思った。

 

「ただ、あんまり頼りすぎるのもどうかと思いまして。これは自分なりの誠意のつもりです。その封筒はどうかお受けとり下さい」

「まずは話を聞いてからにしましょう。だいたい、トミーくんには色々とお願い事を聞いてもらっているんだもの、大抵のことは応えてあげるつもりよ?」

「ありがとうございます」

 

 トミーは小さく頭を下げた。

 

(もう、本当に気立ての良い子なんだから)

 

 楯無は内心そうつぶやいた。

 トミーは亡国機業(ファントム・タスク)と繋がりがあるかもしれないという、楯無の右腕である布仏虚の指摘から、彼の行動にはそれとなく注意を払っていた。

 彼が生徒会に入っていないにも関わらず、様々なお役目を言いつけているのも、近くで泳がせて様子を見るためだった。

 しかし、これといった素振りは楯無の目をしても全く無い。むしろ、買物を頼めば差入れを用意してくれるし、書類整理を頼めば誤字や書類順を訂正してくれるし、部活動への連絡を頼めば要望や揉め事などを事細かく教えてくれるなど、実に精力的に活動してくれる。

 だから、彼に何か要求があれば、よっぽと無理な話でもない限り、楯無としては叶えるつもりでいた。

 

「実は……」

 

 トミーは少し躊躇いがちに話しだした。

 

「同級生の、シャルル・デュノアについての事なんです」

 

 ◇

 

「なるほどね。シャルルくんはシャルルちゃんだったのか」

 

 トミーの話を聞いて、楯無は携帯している扇を開いて口元を隠した。扇には『思案』という二文字が書かれている。

 彼のお願い事とは、要は性別を偽って入学して来たシャルルを、学園側としては退学させないようにして欲しいというものだった。

 シャルル・デュノアはフランスの代表候補生だ。それが性別詐称をしていたとなれば国家の体裁として問題だし、国としてIS学園に送っていたとなれば強制退学も考えられる。

 しかし、IS学園はどこの国や組織、団体にも属さず、また生徒本人の同意がない限り外的介入は原則として許可されない。つまり、フランスがシャルルを退学させようとしても、本人の同意がなければ彼女はIS学園に残ることができるという訳だ。

 とは言っても、デュノア社に面目を潰されたフランスとしては何かしらの行動を取るかもしれないし、またそれがIS学園へのあてつけとなれば、生徒会長や教師へも波紋が広がりかねないだろう。そうなれば学園内でシャルルを退学させようという動きが出てもおかしくはない。

 

(それでも、トミーくんはシャルルちゃんを守ろうとしている)

 

 それが一時しのぎで根本的な解決でないのは百も承知だろう。だが、悲しい経緯のある彼女をむざむざと学園から追い出すことを、彼には見過ごすことが出来ないのだ。

 

(まあ、トミーくんならそうするでしょうね)

 

 それにしても、と楯無は思う。

 

「ねえトミーくん、あなたがここまでしてお願いしなくとも、おねーさんはシャルルちゃんを守るわよ? 生徒会長だもの、生徒を守るのは当然じゃない」

 

 暗に、見くびらないでよね、と言ってみた。

 するとトミーは首を振って答えた。

 

「楯無さんならそう言うと思いました。けど、それだけではダメなんです。なぜなら、シャルルはフランスの代表候補生として入学して来たからです」

「どういうことかしら?」

「楯無さんは生徒会長であると共に、ロシアの国家代表です。そうであるならば、おいそれとフランスの要望を無下には出来ないでしょう。ロシアとフランスは昔から仲が良いですから、ロシアからの横槍が入らないとも限りません」

 

 ですので、とトミーは続ける。

 

「落としどころが必要なんです。最悪の場合に責任を負わせる落としどころが。それで、シャルルは男性と偽って入学して来た訳ですから、こういう理屈を立てようと思うんです。つまり、男性IS操縦者がシャルルを逃さなかった、という」

「あなた、まさか……」

 

 はい、とトミーは胸に手を当てて言った。

 

「男性のISもどき操縦者である一(にのまえ)十三八(とみや)が、シャルル・デュノアを男性側に引き入れ学園から逃さなかった。そういうことにすれば、シャルルにも楯無さんにも害は及びません」

「ちょ、ちょっと待ってトミーくん! あなたはそれで良くても、同じ男性の一夏くんや君のスポンサーはどうするのよ?」

「一夏は別に織斑先生への説得にあたっています。僕がこんなふうに動いている事を一夏は知りませんので、僕の独断の暗躍と銘打ちます。また、僕のスポンサーは男性の復権を望んでいますから、うまく収まれば良し、失敗したら僕を切り捨てるだけの話です」

 

 なるほどね、と楯無は目を細くした。

 

「そうすれば一夏くんも君のスポンサーも巻き込まれない。シャルルちゃんがトミーくんのせいで学園に残らされたという名分の責任は、トミーくん自身にしか被らない。そういうことね」

「ご理解が早くて助かります」

 

 パンッ、とトミーの頬をはたいた音が響いた。

 

「あなたいったい自分自身を何だと思っているのっ! それで一夏くんやシャルルちゃんが喜ぶとでも思っているの!? そんな自己犠牲的な理屈、私が受け入れる訳がないでしょう!」

 

 楯無の激高を、トミーは涼しげに受け止めた。

 

「あくまで最悪の場合の話です。ひょっとしたらフランスは大人しくするかもしれません。でも、もし万が一すべてが悪い方向へ転がったら、そのようにして欲しいんです」

「どうして? 理由を説明しなさい」

「僕が世間から嫌われていることを知っているでしょう?」

 

 トミーはぎこちない微笑を浮べた。

 そこには楯無がトミーの身を案じる優しさへの嬉しさと、自分自身への虚しさが混在しているようだった。

 

「一夏は男性の英雄、楯無さんはロシアの英雄です。その名誉はいつか来るべき機会のために残しておくべきだと思うんです。スケープゴートは薄汚れた一匹でいい」

「シャルルちゃんは泣くでしょうね。あなたがそんなことをすると聞いたなら」

「もう泣いていましたよ。家族から見放され、祖国を偽った悲嘆から。それを救ってあげられるのは、社会的な名声がある者しかいない」

「……一夏くんね」

「そうです」

 

 トミーは力強く頷いた。

 

「僕にはシャルルを救えない。もし手を差し伸べたら、嫌われ者同士です、世間はそれを叩くでしょう。だから一夏がシャルルを救うのを、裏側からしっかりとサポートしようと思うんです。僕の大切な、友達ですから」

「バカね……」

 

 楯無はそうため息を着いた。

 それではあまりにも彼が不憫だと思った。

 しかし彼の言うことは正しい。ロシア代表である楯無の立場と、一夏の名声をしっかりと汲んでいる。そしてトミー自身の立ち位置を、悲しいほどに利用している。最悪の流れになっても、ほぼ間違いなく切り抜けられる。

 

(悪名も名声のうち、か)

 

 フランスがシャルルを退学させようと悪意を持って暗躍してきたら、一(にのまえ)十三八(とみや)が頑としてはねつけたことにする。たとえ物事が暗礁に乗り上げても、責任は彼が被るとなれば、世間は喜々として再び彼を非難し、ISを汚さないようにLSをなじって事を収めようとするだろう。

 仮に物事が及び腰に進んだとしたら、男性IS操縦者である織斑一夏が仲間を見捨てなかったと公表する。そうすればフランスや世間は一夏の名声を利用して一気に解決しようとするだろう。

 

(一夏くんが陽で、トミーくんが陰。男性IS操縦者と、男性LS操縦者だからこそできること)

 

 楯無は、深いため息をつきながら沈み込んで、答えを告げようと口を開いた。

 とその時、生徒会室のドアがノックもなしに勢い良く開いた。

 

「すみませんっ! 楯無さんいますかっ!?」

 

 飛び込んで来たのは、IS学園のアリーナを管理する整備科の生徒だった。

 急ぎ駆けつけて来たのだろう、肩で息をしている。

 

「あのっ、第三アリーナで、一年生のセシリアさんとラウラさんがっ。模擬戦と称して、決闘をっ!」

「何ですって!?」

 

 聞くや、トミーは直ぐに動き出した。生徒会室を出る手前で、首だけ振り向いて断りを入れる。

 

「すみませんっ、僕、行きます! 楯無さん、お返事はまた今度に!」

 

 言うなり、風のように駆け消えた。

 廊下を走らないっ、と注意を入れる場面でもない。ともかく自分も向かわねば、と楯無もテーブルから立ち上がった。

 

「教えてくれてありがとう。私もすぐ行くから、安心してちょうだい」

「はいっ。でも、トミーくんお返事は今度にって……。あら、その封筒は?」

「あ、これ?」

「あ、ま、まさか、トミーくん楯無さんに……! し、失礼しましたっ!」

 

 何を思ったのか、整備科の生徒は頬を赤らめて逃げるように去っていった。

 楯無は、あちゃあ、と苦笑する。

 

「今の、絶対勘違いしちゃってるわよねえ」

 

 まあいいか、と楯無は思った。

 

「やっぱりトミーくんって、守ってあげたくなる子だもの」

 

 もし彼を自分の近くに置けるなら、きっと安心するし便利だし、それに面白いことにもなりそうだ。

 そう楯無は微笑むと、トミーの後を歩き出した。

 その手にある彼の生徒手帳と封筒にキスをして、しっかりと胸元にしまい込んだ。

 

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