セシリアは肩で息をしていた。
自身の駆るIS【ブルー・ティアーズ】の武器、67口径レーザーライフル『スターライトMKⅢ』を持つ腕が震えている。自分の身長を超える長大な銃身は、機動性の高い相手に対してはいかにも取り回しが悪く、既に腕の筋肉が限界に近くなっていた。
「どうした? 銃口がブレているぞ」
対戦相手であるラウラ・ボーデヴィッヒが、嘲笑しながら自身の武器『大口径リボルバーカノン』を連射する。
セシリアは回避機動を描いてかわそうとするが、相手の放つ88mm砲弾には近接信管がついているのだろう、セシリアの周囲で次々と炸裂する。まるで花火の中を掻い潜って飛ぶようなものだった。それでもセシリアは歯を食いしばりながら突破する。
「この距離なら!」
十分に間合いを取ったと判断したセシリアは、反転、翼のようなアンロック・ユニットを展開し、向きを変えてその銃口をラウラのIS【シュヴァルツェア・レーゲン】に振り返った。
自立機動兵器『ブルー・ティアーズ』。IS機体の名前と同じ武装は、機体から離れ操縦者の指示のもと遠隔射撃を行うことができる。
セシリア自身も『スターライトMKⅢ』を構え直し、全五門の一斉射撃を放った。
「容易いな」
ラウラはその弾幕の中を難なく突き進む。セシリアの武装が非実体弾主体であることを見越しての機動である。ラウラの砲弾のように近接信管による炸裂がないため、射線から逸れさえすれば遮るものは何もない。
そしてラウラには射線を読んで回避することなど造作もなかった。その目は、いつもは眼帯で隠された左目が開放され、金色の輝きをおびている。
「わかるかっ、この眼帯を外す意味が!」
ラウラの【シュヴァルツェア・レーゲン】から四本のワイヤーブレードが放たれる。セシリアへではなく、『ブルー・ティアーズ』のユニットに対してだ。越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)を発動させたラウラには、セシリアの攻撃も『ブルー・ティアーズ』の動きも手に取る用に見ることができた。
セシリアはユニットを回避させようとするが、ラウラの『リボルバーカノン』がこちらを向いている。ユニットの遠隔操作と自分の行動を同時にできないセシリアは、『ブルー・ティアーズ』を回避させれば自分が撃たれ、自分が回避すれば『ブルー・ティアーズ』が撃たれるという、将棋で言えば王手飛車取りの状態に瀕した。
止むなく王将たるセシリア自身が離脱し、『ブルー・ティアーズ』が全滅した。
「見敵必殺の決意であり、私が出来損ないであることの証明だ!」
ラウラは距離を取ろうとするセシリアに向けて瞬時加速(イグニッション・ブースト)で追いすがり、『リボルバーカノン』が露払いと火を吹いた。
セシリアはまたも逃げ回る事になるが、ラウラは先程のセシリアの機動から把握した予測進路に砲弾を撃ち込み、
「キャアァァッ!!」
遂にセシリアの機体を捉えた。
【ブルー・ティアーズ】のシールドゲージが大きく削られ、絶対防御が守りきれない衝撃がセシリアを襲う。それでも、きりもみし墜落しかけた【ブルー・ティアーズ】を持ち直させたのは、セシリアが諦めていない証拠だった。
「この金色の目のせいで、私はIS操縦者として遅れを取り、部隊内から嘲笑と侮蔑を受けた!」
叫びながら、ラウラは『ワイヤーブレード』をセシリアに放った。今しがたの直撃で動きを鈍らせたセシリアには回避できようはずもなく、それでも二本を避けきり一本を『スターライトMKⅢ』を犠牲にして受け止めたが、最後の一本に絡め取られた。
「だが、トミヤは私を見捨てなかった! 私たちは落ちこぼれコンビと後ろ指を刺されながらも、励まし合って高めあった! そして共に織斑教官の教えを学び、バカにした連中の鼻を明かした!」
ワイヤーを手繰り寄せたラウラは、獲物のセシリアの首を掴み上げた。シールドバリアがその身を守るも、ギリギリと締め付ける握力はセシリアに苦渋を味合わせる。
「そんなトミヤを誑かすお前などに、私は絶対に負けない……!」
憎しみで血走ったラウラの目が、苦しみもがくセシリアを睨みつける。
そこに嗜虐心が頭をよぎったせいか、本来ならしないミスを犯した。セシリアが後ろ手で背中に呼び出したショートブレード『インターセプター』に気付かず、その斬撃をかわしきれなかったのだ。
「チッ!」
腕を切られたせいでシールドゲージを削られ、間合いを取るラウラだが、既に戦闘の情勢は決している。
セシリアの武装は見た目には『インターセプター』一振りしか残っておらず、シールドゲージもカツカツで、蒼を基調とした【ブルー・ティアーズ】の機体は砲撃によって痛めつけられていた。
にも関わらず、セシリアの目は決して諦めてなどいなかった。
「わたくしは、トミーさんを誑かしてなどいません……! 大切な人に、そんなマネは致しませんわっ!」
ラウラは鼻で笑いながら言った。
「ほう? ではあの朝、お前とトミヤが遅れて来た日は何をしていた? お前がやけにニヤついていて、トミヤがくたびれていたあの朝だ」
「あれはっ、貴方がトミーさんの部屋から朝帰りするからでしょう! わたくしはそれを見かけて問い詰めただけです。眠るのが怖いなどとトミーさんに頼り、あまつさえベッドを奪うだなんて、はしたないとは思いませんのっ!?」
「義姉が義弟と一緒にいて何が悪い? ああ、それにしても暖かいベッドだったな。トミヤの温もりが残っていてなぁ。思わず愛していると口に出してしまった」
「ッ!!」
セシリアは堪えきれずに『インターセプター』による刺突を放った。それに対してラウラは両腕を振りかざし『プラズマ手刀』で受け止め、二人の顔の間近で火花を散らした。
その中で、ラウラはセシリアを嘲笑うように言う。
「トミヤも愛していると答えてくれたよ」
「お黙りなさいっ!」
「それに、あの朝のキスは格別だった」
「だ……ま、れぇぇぇえっ!!」
セシリアはアンロック・ユニットの最後の二つをラウラにぶつけた。それも自立機動兵器『ブルー・ティアーズ』の一部だった。実体弾であるそれはほとんど自爆に近い位置で炸裂し、ラウラとセシリアを吹き飛ばした。
爆煙から逃れたラウラは憎らしげに毒づく。
「クソッ、まだこんなものがあったとは!」
体制を立て直し『リボルバーカノン』を構えるラウラは、一方のセシリアが仰向けのまま墜落していくのを見て、この戦いの結果を確信した。
「勝った……!」
ラウラはその感慨を噛みしめながら、堕ちていくセシリアを見下ろした。
◇
「飛んで……! 飛びなさい! 【ブルー・ティアーズ】!」
セシリアはもがいた。しかし【ブルー・ティアーズ】は応えない。
ISを空へ飛ばすPIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)は度重なるダメージでイカれたのだろう。
背中に広がっていた『ブルー・ティアーズ』をすべて失い堕ちていく姿は、まるで翼を失った天使のようにも見えた。
(もうダメですわ……)
彼女の脳裏で諦めの言葉がよぎった。
(愛の告白をされて、キスまで交わしているのに、今さら何ができますの)
セシリアの意図しない考えが頭の中で駆け巡る。
「イヤだ……」
口で懸命に払拭しようとするも、脳内で流れる言葉が止まらない。
(諦めましょう?)
「イヤだ……!」
(幼い頃の事など覚えておられないのですよ?)
「イヤだ、黙りなさい!」
(これ以上頑張っても虚しいだけですわ。だって……)
「やめて! 聞きたくないっ!」
(彼にはもう愛するお方がいらっしゃるのだから)
「――――!!」
言葉にならない絶叫と共に、セシリアは地面に墜落した。
残るシールドゲージを使い切り、絶対防御がセシリアの身体を守る。
しかし内部からの、心の中からの衝撃には何の備えもできなかった。
地面の上で仰向けに見上げる空はどんよりと曇っていて、自分を見下ろしながら降りてくるラウラの顔が憎らしいほどに綻んでいた。
涙がとめどなく頬を流れる。悔しさと、切なさと、虚脱感で指の一本も動かせなかった。
「………ぁ…」
地面に降り立ったラウラの『リボルバーカノン』がコチラを向いている。トドメを刺すのだろう。完全に勝利を得るために、セシリアの心を撃ち壊すために。
「終わりだ」
ラウラの宣言と共に砲弾が放たれた。
もはやセシリアには避けることも動くこともかなわなかった。
彼女のすべてが敗北を受け入れかけていた。
その時――
セシリアの前に鉛色の影が躍り出た。
その巨体は彼女の視界を遮るほどに大きく、備える異形の四脚は飛び込んできた勢いをグラウンドに爪痕を残して無理矢理に抑え込み、彼女の前でドリフトして身体を回転させながら手にする剣銃を振り抜いた。ラウラの放った88mm『大口径リボルバーカノン』の砲弾を切り払った火花が周囲に散華する。
その一瞬の煌めきを、その背中を、セシリアは見た。
セシリアの目には虹色の光彩をおびてスローモーションのようにゆっくりと流れていた。
聖剣のように輝く剣銃を持つ大きく逞しい背中が、彼方で炸裂する88mm砲弾の閃光が映し出すその横顔が、まぎれもなく彼であると知ったとき、
(あぁ――)
自分は、勝利したのだ。
そうセシリアは確信した。
彼は、恋する人は、自分を選んでくれた。
ラウラではなくこの、セシリア・オルコットの前に立ってくれた。
彼は、騎士が後ろに庇う姫君を気遣うように、顔だけ振り返りながら問いかけた。
「大丈夫かい、セシリアっ!?」
はい、と答えようとする口元が震える。
瞳から溢れ出すものが止まらず、視界がぐしゃぐしゃになりながらも、彼女の耳は確かにトミーが自分の名前を呼ぶ声を聞いた。
◇
セシリアの前に立ちはだかったトミーは、LS【グレイ・アイディール】の巨体を構え直しながらラウラに向かい合った。
ラウラの表情は目を剥いて驚愕を浮かべている。その左目に眼帯が無く、金色の瞳が顕になっていることみとめたトミーは、ラウラが自身のコンプレックスを飲み込んで相対するほど、本気でセシリアにぶつかっていたことを悟った。
何が彼女をそうまでさせたのか、トミーには分からなかったが、ひとまず矛を収めるよう呼びかけた。
「ラウラ、もう勝負はついたよ。君の勝ちだ」
呼ばれたラウラは、あ、ああ。と目を瞬かせて頷き返した。
「そうだ、私はセシリア・オルコットに勝ったのだ。だが、まだトドメを刺していない。後顧の憂いのないように、トミヤ、そこをどいてくれないか」
「イヤだ」
トミーは手にする剣銃『グローリー・シーカー』を真横に向けて言った。
それは相手を通さないという意思を示していた。
「ラウラ、ここは戦場じゃない。それにセシリアも敵じゃない。もう模擬戦の決着は着いたんだ。トドメを指す必要はどこにも無い」
「そんなことはないっ!」
ラウラは叫ぶように言った。
「その女はお前を誑かしていたんだぞ!? ここで悪縁を切って置かなければ、またお前がその女の毒牙に噛まれないとも限らないっ!」
「そんな、言い過ぎだよラウラ! セシリアは僕の大切な友達だ。誑かされたり酷いことをされた事なんて一度もない!」
「嘘だっ! 騙されているんだ、お前は!」
ラウラが必死に呼びかけてくる様に、トミーは半ば混乱していた。ラウラのこんな姿を見るのははじめてだったからだ。
「ラウラ、いったいどうしたの? 戦いや物事に向き合うときは先入観を捨てろって、いつも僕に言っていたじゃないか。そんな姿、普段のラウラらしくないよ。いったいセシリアの何が気に食わないの?」
なだめるようなトミーの落ち着いた口調に、ラウラはトミーから視線を反らし、うつむき加減に言った。
「……うるさい」
「え?」
「うるさいと言ったんだっ!!」
悲鳴のような叫びたった。
「お前は私の義弟だろう? だったら義姉である私の言う事を聞いていればいいんだ! 織斑教官だって、弟は姉のものだと言っていたじゃないか! お前は私のものだ、私だけを見てくれていればいいんだっ! そんな女に愛想を振りまく必要なんてありはしないんだっ!!」
限界を超えた声量の叫びだったのか、ラウラは言い終えたあと少し咳き込んだ。
息を整え、トミーに向き直ったラウラの目には涙が溜まっている。その表情は孤独に怯えているようでもあった。
「ラウラ……」
「どいてくれ、トミヤ。お前を、撃ちたくない」
【シュヴァルツェア・レーゲン】の『大口径リボルバーカノン』の砲口が、トミー越しにセシリアを向いている。もしトミーがどけば間違いなく放たれるだろう。
トミーは、もはやラウラに説得の余地が無いように感じた。ラウラの言っている話も、理由も、幼い彼には理解出来なかった。
「分かったよ、ラウラ」
その言葉に、ラウラの顔には安堵と、セシリアの顔には絶望が映った。
「そこまで言うのなら、もう、しょうがない……!」
ラウラとセシリアの反応に構わず、トミーは【グレイ・アイディール】の巨大な下半身の四脚を広げ、後ろに跳躍した。ちょうどセシリアの頭上に覆い被さるような格好になった。
すると、節足動物のようだった四脚が真っ直ぐに直立し、アンカーが撃ち込まれたのか金属音と共に地面が揺れた。
セシリアは、自分を取り囲み屹立する柱のようなそれと、覆い被さる【グレイ・アイディール】が屋根のように見えて、かつてイギリスの自宅で『彼』と遊んだ西洋風東屋(ガゼボ)を思い出した。
その【グレイ・アイディール】が作ったガゼボが歌う。柱の中央、普段なら関節部分である部位に埋め込まれていた銀色の宝石のような雫型のパーツが、聖堂で奏でられる音響じみた音を立てて輝き出したのだ。放たれる四つの光は幾重にも屈折して、ガゼボを護るように煌めいている。
その光景を、ラウラは知っていた。かつてラウラもあの輝くガゼボの中に護られた事があるからだ。それは【グレイ・アイディール】の能力の一つ、飛べないLSの辿り着いた一つの答え。
「拠点防衛兵装(フォートレス・ガジェット)……!」
対象を強力なISのシールドと絶望防御を以て守り抜く防衛兵装。それは地上のいかなる防御シールドよりも優れた最強の盾だった。
その拠点防衛兵装(フォートレス・ガジェット)の前に、【グレイ・アイディール】の下半身から分離したトミーが降り立った。剣銃『グローリー・シーカー』を手に持ち、まるで聖堂を護る衛兵の如く、ラウラの前に立ち塞がった。
「トミヤ、お前はそこまでして……! そうまでしてその女を守るのか!?」
トミーは応えなかった。
もはや説得の機会を逸してしまったと判断したからだ。
ただ、かつてセシリアにそうしたように剣礼を捧げ、その剣先の砲口をラウラに向けてみせた。
「……いいだろう、非行に走ってしまった義弟を正すのは義姉の務めだ!」
悲痛に顔を歪めながらラウラは叫び、瞬時加速(イグニッション・ブースト)をもって突撃する。
【シュヴァルツェア・レーゲン】の『プラズマ手刀』と、【グレイ・アイディール】の『グローリー・シーカー』が真っ向からぶつかり合った。